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なぜ培養できないのか? - 化学と生物

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化学と生物 Vol. 53, No. 7, 2015

なぜ培養できないのか?

分離培養手法の革新

微生物学の歴史は肉眼では見えない小さな生命体を認 識することで始まった.それらの機能や存在意義を知る ためには,単一の微生物を分離して純粋培養するという プロセスが必要不可欠であり,それはコッホの4原則で 知られるように,プロセスそのものが現代まで続く学問 体系の基盤になっている.しかし今日では,圧倒的多数 の環境微生物が従来法では培養できないと一般的に認識 されている.実際に,顕微鏡で直接計数して得られた植 菌細胞数に比較して寒天平板上でのコロニーの出現数は 極めて低く,それを “Great Plate Count Anomaly” と 呼称することもある(1).しかし,これら培養できない微 生物(難培養性微生物)を科学的に定義することは非常 に難しい.そもそも「99%以上の微生物は培養できな い」という表現自体は非科学的である.なぜなら「絶対 に培養できない」と証明することは理論上不可能だから である.同様に「培養困難」,や「難培養」という表現 は文字どおり主観的あるいは感情的である.やや大げさ に言い替えると言葉が独り歩きして一種の神話を作り上 げている状態とも見える(ただし本稿では便宜上,上記 の単語を引き続き使用することにする).一方で,その 神話は比較的に単純に否定もできる.「培養できない多 くの微生物はそのときに与えられた特定の培養条件に適 合しなかっただけ」と説明可能だからである.本来,培 地組成,濃度,pH,温度,ゲル化剤,そしてそれらの 組み合わせ,など挙げればきりがないほど検討すべき培 養条件が考えられるため,植菌した細胞のほんの一部し かコロニーを形成しなかったとしても何ら不思議ではな い.したがって,培養条件の適合性が微生物の分離培養 の効率に最も影響を及ぼす因子であることに疑う余地は ないし,微生物の難培養性に関する議論はそこをベース に始めるべきである.

しかし,あえてそこからさらに一歩踏み込んで議論を 進めることにする.培養できない理由について一般性の ある普遍的な要因は存在するのであろうか,さらに,そ れら「培養できない微生物」を劇的に培養可能にする方 法論は存在し得るのであろうか.本稿では,培養できな い微生物の本質について議論しつつ,培養手法の革新の 可能性とその方向性について述べることとする.ただし

具体的な方法論の概説やすでに判明している増殖メカニ ズムなどについては,本誌にてすでに詳細な解説がなさ れているのでそちらを参照されたい(2, 3)

Buergerらは384プレートの各ウエルに計算上1細胞 ずつ環境微生物を植菌し,1年半という長期間にわたり 増殖を示したウエルを記録したところ,1年以上経過し ても新たな増殖が確認され続けること,長期間経過した 後に増殖が確認された菌株ほど新規性が高いという相関 性は全くないこと,短期間で増殖した菌株と長期間後に 増殖した菌株で全く同じ種類が獲得されることなどを明 らかにした(4).これらは極めて単純な実験から得られた 結果だが,「難培養性微生物とは何か?」という問いに 重要なヒントを与えている.つまり,各々の微生物種に 対する培養条件の適合性だけではなく,「植菌された細 胞が増殖を開始するか否か」が最終的に培養の効率に重 要な影響を与えること,そしてそれをコントロールする 因子の存在について示唆するという非常に興味深い結果 である.上記の研究と関連させてEpsteinは,「多くの 環境微生物は休眠状態に陥っているが,それらはほかの 微生物細胞の目覚めを感知して覚醒する」という仮説

(Scout仮説)を提唱している(5).この仮説に基づけば,

ほかの微生物の目覚めを感知できない場合覚醒はランダ ムに引き起こされるため,上記のような現象が引き起こ されることが説明可能になる.しかし,難培養性微生物 の増殖が実際に上記仮説に従ってコントロールされてい ることや,その一般性を証明するためには,さまざまな 角度からの直接的な実験的証拠が必要であり,それは単 純に得られるものでもない.

さて,培養を伴わない方法論(分子生態解析など)の 近年の著しい進展に比べると,培養に関する方法論は 150年前から大幅に進展したとは言い難い.もちろん,

既存の方法論を基盤にしつつさまざまな有効な工夫がな されてきたが,今日に至るまで平板培養法が主要な手法 であり続けている.しかし,逆に言えば,「新しいコン セプトに基づいた分離培養手法」の登場は,この閉塞し た状況を劇的に変える可能性があるとも言える.以下に 2つの新規手法を紹介する.

複数の微生物種が雑多に存在するサンプルからター

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ゲットを選択的に分離することが可能であれば分離株獲 得の効率は格段に上がるはずである.しかし未培養微生 物を対象にした場合,培養操作を伴わずにそれを実現す ることは至難の業とも言える.そこで,筆者らは,形態 学的な情報に基づいて対象微生物を生きたまま選択的に 分離する新規手法を確立した(6).そして本手法を適用し て,分離株獲得の成功例が極めて少ない亜硝酸酸化細菌 の未培養株の分離培養に成功している.本手 法は,セルソーターを用いて2種類の散乱光の強度比

(前方散乱光および側方散乱光)に基づいて細胞集団を 分画し,細胞の構造,大きさなどの形態学的な特異性に 基づいて目的の微生物を選択的に分離するものである.

分離された細胞は同時にマルチウエルプレートなどに任 意の細胞数ずつ植菌することが可能である.一方,上記 の分離培養過程において,植菌された各ウエ ルのうち,培養期間後(約1カ月)に増殖が確認された 割合はわずか数%であった.つまり植菌した

は何らかの理由によって増殖を開始していなかったこと が示唆される.また,サンプル中には対象微生物以外に も多くの雑多な微生物種が存在するため,もし従来法

(単純な限界希釈培養法)で分離培養を試みたと仮定す ると, の分離培養株を得るためには,非現実 的な数のマイクロプレートと作業労力を費やす必要があ ることが計算上推察された.したがって,この結果(低 い培養効率)は対象微生物を選択的に分離して植菌する ことの有効性と難培養性微生物の特性を同時に示唆して いると言える.

分離培養のプロセスを単位ごとに分解すると,①サン プリング,②分離,③植菌,④培養,⑤検出,⑥回収の 6つのステップから成り立っている.そこで,もし実環 境中に設置するだけで複数の菌株を,その場で分離・純 粋培養操作を行うことを可能にする道具,すなわち上記

①から④までのステップを自動的に行うことが可能にな

れば,それは全く新しい方法論・技術・コンセプトであ り,究極的な分離培養手法と言える.筆者らはナノ・マ イクロ成型技術を組み合わせて,上記のコンセプトを実 現する全く新しい分離培養デバイスを開発した(7).その 新規デバイスは,培地が充填されているチャンバーとそ こから外環境につながる細い管(ナノチャンネル:最小 幅600 nm, 最大幅5 

μ

m)によって構成されている.環境 中の微生物は入口付近で増殖を始め,培養容器に向かっ てナノチャンネル内を1列に分裂を繰り返しながら進 み,最終的に培養容器内で検出可能レベルまで増殖す る.一つの細胞が管内で増殖を開始すると管(ナノチャ ンネル)はふさがりほかの微生物は侵入できないため,

純粋菌株が得られるという原理に基づいている.混合培 養系から単一の種類を分離することはすでに実証されて おり,今後環境微生物への幅広い適用が期待される.現 存するすべての分離培養手法は,①限界希釈培養法また は,②平板培養法に立脚していると言っても過言ではな い.ところが,本手法は,「微生物細胞自身が能動的に 分離して増殖する」という点で,従来の方法論とは全く 異なる第3の方法として定義することが可能である.

最近,画期的な抗生物質であるTeixobactinが報告さ れた(8).それは新規分離培養手法( 培養)を通じ て獲得された菌株から発見されたものである. 培 養とは膜を利用したデバイスを用いて実環境中で分離培 養を行う方法であり,すでにいくつかの手法が提案され

ている(9〜11).Teixobactinを産生する菌株

が従来法では分離培養困難であったのかどうかは定 かではないが,上記の成果は新規分離培養手法の開発が 新たな未利用資源の再開拓につながり,産業的に有用な 基盤技術となりえることを示している.

革新的な分離培養手法の創造は,神話に挑戦するよう な途方もないことではなく,現実的な戦略に基づいて科 学的知見と既存技術を組み合わせ,ほんの少しの想像力 図1自動的に微生物を分離培養するデ バイスの原理とモデル微生物を用いたコ ンセプトの実証

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を添加して実現するものである.また分離培養技術への 革新を試みる努力そのものが,実は「微生物はなぜ培養 できないか」という問いの答えを導く最短のプロセスで もある.そしてそれこそが,未知なる環境微生物のポテ ンシャルを明らかにし,そして最大限引き出す起爆剤の 一つになるのではないかと考えられる.

  1)  J.  T.  Staley  &  A.  Konopka:  , 39,  321 (1985).

  2)  玉木秀幸,鎌形洋一:化学と生物,50, 730 (2012).

  3)  橋床泰之:化学と生物,52, 73 (2012).

  4)  S. Buerger, A. Spoering, E. Gavrish, C. Leslin, L. Ling & 

S. S. Epstein:  , 78, 3229 (2012).

  5)  S. S. Epstein:  , 457, 1083 (2009).

  6)  H. Fujitani, N. Ushiki, S. Tsuneda & Y. Aoi: 

16, 3030 (2014).

  7)  N. Tandogan, P. N. Abadian, S. Epstein, Y. Aoi & E. D. 

Goluch:  , 9, e101429 (2014).

  8)  L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. 

Engels,  B.  P.  Conlon,  A.  Mueller,  T.  F.  Schäberle,  D.  E. 

Hughes, S. Epstein  :  , 517, 455 (2015).

  9)  T.  Kaeberlein,  K.  Lewis  &  S.  S.  Epstein:  , 296,  1127 (2002).

10)  Y. Aoi, T. Kinoshita, T. Hata, H. Ohta, H. Obokata & S. 

Tsuneda:  , 75, 3826 (2009).

11)  D. Nichols, N. Cahoon, E. M. Trakhtenberg, L. Pham, A. 

Mehta,  A.  Belanger,  T.  Kanigan,  K.  Lewis  &  S.  S.  Ep-

stein:  , 76, 2445 (2010).

(青井議輝,広島大学サステナブルディベロップメント 実践研究センター,Northeastern University)

プロフィル

青井 議輝(Yoshiteru AOI)

<略 歴>1999年 早 稲 田 大 学 理 工 学 部 卒 業/2003年同大学大学院理工学研究科博 士後期課程修了/同年日本学術振興会特別 研究員/2004年早稲田大学大学院理工学 研究科助手/2007年同大学高等研究所助 教/2010年Northeastern University, Vis- iting Scholar(日本学術振興会海外特別研 究員)/2012年広島大学サステナブルディ ベロップメント実践研究センターテニュア ト ラ ッ ク 講 師(Northeastern University  Visiting Scholar兼務),現在に至る<研究 テーマと抱負>新しい分離培養手法の開発 と未培養・重要微生物の獲得を通じて,環 境微生物の難培養性を司る原理の発見と解 明を目指している<趣味>テニス・スノー ボード・植物栽培・顕微鏡観察<所属研究 室ホームページ>http://home.hiroshima-u.

ac.jp/sust6aoi/index.html

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.429

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