コンピュータに数学研究ができないのはなぜ?
ゲーデルの不完全性定理の紹介
北海道大学理学部数学教室 辻下 徹
1998.9.18
第 I 部
12
1 不完全性定理前夜 3
1.1 形式システム. . . . 3
1.2 ヒルベルトの立場 . . . . 4
1.3 バッカス標準形 . . . . 5
1.4 ヒルベルト小伝 . . . . 5
1.5 カントールの楽園 . . . . 6
1.6 ラッセルのパラド ックス(1903) . . . . 7
1.7 ラッセル小伝. . . . 7
2 形式システムの完全性と不完全性 8 2.1 形式主義の定式化 . . . . 8
2.2 自然数論PAに現れる記号. . . . 8
2.3 メタ数と形式的数 . . . . 9
2.4 自然数論PAの公理 . . . . 10
2.5 推論規則 . . . . 10
2.6 「定理」の定義 . . . . 12
2.7 証明の例 . . . . 12
2.8 論理式の真偽. . . . 12
2.9 形式システムの健全性 . . . . 13
2.10 形式システムの無矛盾性. . . . 13
2.11 ヒルベルトの夢:理論の完全性 . . . . 13
2.12 ゲーデルの完全性定理(1929) . . . . 14
2.13 ゲーデルの不完全性定理(1931) . . . . 15
2.14 ゲーデルのプラトニズム . . . . 15
2.15 形式システム:まとめ . . . . 16
2.16 演習問題 . . . . 16
第 II 部
217
3 ゲーデルの不完全性定理の証明 17 3.1 不完全性定理の証明:スケッチ . . . . 173.2 問題点:「論理式についての論理式」の意味付け. . . . 18
3.3 ゲーデル数 . . . . 19
3.4 計算可能関数の組み込み . . . . 19
3.5 代入操作と自己適用操作 . . . . 20
3.6 不動点定理. . . . 21
3.7 証明可能性判定プログラム. . . . 22
3.8 不完全性定理の証明の完結. . . . 24
3.9 形式主義がもたらしたもの. . . . 25
1「数学のたのしみ」(日本評論社)No.8 (1998.8)p104–114
2「数学のたのしみ」(日本評論社)No.9 (1998.10)掲載予定
4 ロベールの不動点定理 28
4.1 ロベールの不動点定理 . . . . 28
4.2 ロベールの不動点定理の応用リスト . . . . 28
4.3 カントールの対角線論法. . . . 29
4.4 ラッセルのパラド ックス . . . . 29
4.5 タルスキーの真理定理 . . . . 30
4.6 プログラム停止問題の決定不能性 . . . . 30
4.7 生命システムでの不動点. . . . 31
4.8 心は脳の状態で表せない . . . . 31
4.9 自己印刷プログラム . . . . 33
5 まとめ 36 5.1 不完全性定理の含意 . . . . 36
5.2 数学の不定性. . . . 36
5.3 参考書 . . . . 37
第 I 部
2回にわけてクルト・ゲーデル(
1906-1978)が 1931
年に発見した不完全性定理について解説しよ うと思います。この有名な定理については数多くのよい解説書があるので、すでによく知っている 高校生の方も多いと思います。しかし 、数学という学問の鋭い切り口を与えるものとしては他に類 を見ない定理ですので、数理論理学の専門家ではないですが 、少なくともこれは知っておいてほし いと思う定理としてこれを取り上げることにしました。今回は、不完全性定理を理解する鍵となる形式システムというものを明確にし 、正しいことと 証明できるということとの違いを明確にし 、不完全性定理がど ういうことを明らかにしたかを話し ます。
不完全性定理の証明は次回概略を話します。その後、証明に使われるゲーデル論理式の構成を 普遍化したロベールの不動点定理を解説し 、そのいろいろな応用を考えます。
タイトルの説明 タイトルはいろいろな解釈が可能なので、何を話そうとしているのかをはっきり させておこう。
タイトルの問いは「疑似問題」である。まず考えるべき本質的問題に気づかずに二次的問題を 考える始めるとき、それは疑似問題であるという。もしも「コンピュータが数学を研究する」とい う文に意味がなければ 、「コンピュータが数学研究ができるか否か」など 考えることもできないし 、 ましてや「コンピュータが数学研究ができないのはなぜか」などと問うことは毛頭できない。
しかし 、擬似問題は探索の出発点となる。それと取り組んでいるうちに、本当の問題が姿を表 してくる。そういう点では、擬似問題は不可欠・不可避といってもよいかもしれない。ど ういう探 索においても、本当の問題は何かということが最初の(そして場合によっては最後の)困難な問題 だからだ。
最も楽な解答は、「コンピュータが数学研究をする」など 無意味だ、従って、タイトルのような 問いには全く何の意味もない、というものだ。
研究行為は、人間がすることであるからには論理的作業は氷山の一角に過ぎず、人間生物とし ての研究者のあらゆる面が研究行為に絡んでくる。この点を考慮すると、コンピュータが研究する などと考えることは無理だ。しかし 、この議論の論点はコンピュータは人間とは違うというだけ で、一般的すぎて物足りない。
これからの話しでは、わざと数学研究の表層的な部分、数学を形式システムとして表現した部
分、だけに着目する。この部分であれば「コンピュータが数学を研究する」という文に「コンピュー タが論理式を証明できるか否かを判定する」という具体的な意味を与えることができ、擬似問題で あったタイトルの問いが真性問題となる。
なお、人工数学者
(Artificial Mathematician,
略してAM)
という研究テーマがある。それは 、 数学研究における概念や定理の発見過程をコンピュータでシミュレートすることを目指すものであ るが 、これから話すことはAM
研究の意義について何か否定的な主張するものであると誤解しな いようにしてほしい。人工知能が思考理解への新しい切り口を与えたのと同様に、AM研究も数学 研究プロセスの詳細理解への有効な新アプローチを与えることは明らかであるし 、またそれ自身が 奥の深い数学的研究テーマともなっている。ど ういう立場でタイトルの問いを考えようとしているかを、少しわかっていただけたであろうか。
1 不完全性定理前夜
1.1 形式システム
序文で述べたように、研究成果の表現の仕方を通して数学を考えてみよう。これは、記号世界 というスクリーンに数学を写して考えてみることともいえる。その映像には映っていないことがた くさんあり、数学そのものは本当は映像にはないのだが 、その点には触れない。
数学は、いろいろな形( 文字、数、図形など )をたくさん使う、しかも、効果的に本質的に使 う。こういう「形」の一式とそれの取り扱い方を一緒にしたものを形式システムと呼ぶ。例えば 、 みなさんが一番よく馴染んでいるものの一つに、十進法と四則演算を込みにした、自然数の形式シ ステムがある。
数の計算は、機械になったつもりで邪念なくやると間違いが少ない。2+3=? という計算を考 えよう。数の形式システムを学び始める小学校1年の最初の頃は、2個の石の山と
3
個の石の山を 合わせたらいくつの石の山になるかという問いとして、指を使って答えを出す。しかし 、小学校2 年になれば 、一桁の数のたし算の結果は記憶しており即座に答えが出るし 、桁数が多くなってもそ の記憶と繰上りの規則を組み合わせて、頭の片隅で機械的に計算ができるようになる。このような 計算により5312+4321=9633
という答えが出る場合、` 5312 + 4321 = 9633
と書く。頭についた”`”という記号は、
5312 + 4321 = 9633
が計算により得られたことを表す。こ れを5312 + 4321 = 9633
は証明できる、と読む。これと対照的に、5312 個の小石の山と
4321
個の小石を合わせた石の山を数えてみて9633
個 となることを確認した場合には| = 5312 + 4321 = 9633
と書く。頭についた”|
=”
という記号は、5312 + 4321 = 9633が 、数や足し算の意味を考えてみる と正しいということを表す。これを5312 + 4321 = 9633
は正しい、と読む(表 1
参照)。この2つの記号
`, | =
の関係が数理論理学の中心テーマの一つとなる。この2つの違いがなん であるかはすぐにはわかりにくいと思うので、一応標語的にある主張が正しいということと証明できるということとは全く違う タイプのことだ
形の世界 意味の世界
1 •
2 ••
3 • • •
· · ·
10 • • • • • • • • • •
23 • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • 2 + 4 = 6
•• • • •• は • • •• • • と同じ 計算により
5312 + 4321 = 9633
5312個の石の山と4321個の石の山を合わせると 9633個の石の山となる
`5312 + 4321 = 9633 |= 5312 + 4321 = 9633 表
1:
数の形式システムとその意味ということ、つまり
` P
と| = P
とは似て非なることを頭の片隅に今は入れておいて頂きたい。こ のことは 、決して当たり前のことではなく、今世紀の前半の数理論理学研究の発展により明瞭に なった区別だった。1.2 ヒルベルト の立場
` 5312 + 4321 = 9633
の確認は計算機にプ ログラムしてやらせることができるのに対して 、| = 5312 + 4321 = 9633
の方は、数字の「意味」に関係することであり、数学的には扱いにくいこ とがらである。そこでヒルベルトは、意味の世界を切り捨てて記号の世界だけで数学の本質を表現 してしまうことを企てた、これがヒルベルトのプログラム( 有限の立場)と呼ばれるものである。もう少し詳しく述べると、ヒルベルトの立場は次のようにいうことができる。
数の計算が数の意味など 忘れても機械的にできるのと同じように 、数学でも記号の意 味を忘れて記号列の機械的な変形・操作だけに基づいて数学研究を表現しよう。
計算が正しければ 計算結果が役に立つと同じように 、記号の世界( 形式システム)が 現実世界のある一部を考慮して作られたものであるときは、記号の意味を考慮せずに 行った形式システムの研究成果は 、現実世界についての理解に有益であることが多い に違いない。
この立場を明確にすることが今回の主要な目標の一つ。まず、記号の世界を明確に表現する方 法を説明しよう。
1.3 バッカス標準形
数式をあらわす記号列を説明する方法として次のようなものがある。
・数字とは
0, 12, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9
のどれか、・演算記号とは
+, −, ×, ÷
のどれか、・数とは数字と数を並べたもの、
・数式とは、数であるか、または、数式と演算記号と数式を並べて括弧にいれたもの。
3番目と4番目は誤植ではないかと感じたかもしれない。説明するべきものを用いて説明している ので意味がないようであるが 、
数式
→ (数式 演算記号 数式)
→ (数 + (数式 演算記号 数式))
→ (5 + (数 −
数))→ (5 + (2 − 4))
という変形規則であると考えれば意味がある。
記号列の集まり( これを形式言語という)を指定するには 、チョムスキーが
1950
年代に導入 した生成文法( 以下単に文法という)が便利である。文法の中でも文脈自由文法と呼ばれる特殊な 文法は、数学やプログラミング言語に登場する記号列を記述するのに適している。バッカス標準形( 以下
BN
形式と略記)を用いると文脈自由文法を簡潔に表現できる。たとえば上の数式の定義は 次のようになる:Lを数字、Oを演算子、N を数、Eを数式をあらわすとするとL ::= 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 O ::= + | − | × | ÷
N ::= L | LN E ::= N | (EOE)
1.4 ヒルベルト 小伝
ここで、形式主義を打ち出したヒルベルト
(1862-1943)
の足跡をいくつかを紹介しておこう。19世紀後半、不変式( 読者にも身近な対称式や交代式がその例である)の研究は数学の中心 的テーマの一つであった。その研究は、膨大な計算により具体的な群作用で不変な多項式を具体的 構成することに重点があった。そういう中で28才のヒルベルトは、具体的構成なしに不変式全体 の代数的構造を明確にする論文を発表した。不変式を構成せずに精密に研究できるなどということ は全く予想外のことであったに違いなく、不変式論の大家であった53才のゴルダンは「それは数 学ではない、神学だ」と叫んだという。しかしゴルダン自身は直ちにヒルベルトの不変式論の革命 的な重要性を知りその結果の改良もしたという。
実物を苦労して構成する研究に比べると、背理法による存在証明を途中で使うヒルベルトの議 論は「言葉の綾」的な側面があり数学的内容に乏しいようにみえるが 、実物の個性によらないこと を調べることが目的であるならば 、「丁度よいレベル」の議論と考えることもができる。いずれに せよ、ヒルベルトのこの業績により、数学研究という概念自身が変容したことは確かといえる。
「幾何学基礎論」(1899)は、公理系における無定義用語の意味は何でもよい、点を机、線を椅 子と思っても良い、と述べたことで、公理的方法の適用範囲に限りがないことを宣言したものとし
て画期的なものである。
1900年の国際数学者会議では、数学の全領域から
23
の問題を選びだしたが 、それは今世紀 の多くの数学者にとって道標のような役割を果たすほど 射程の長い洞察に満ちた選定であった。ヒルベルトの数学研究の全体を貫いているのは数学が自由であることへの信念であり、それは 有名な言葉に表現されている:
何者もカントールの楽園から我々を追放することはできない
1910
年以降は形式主義を提唱し 、有限の立場で数学を基礎付けることに専念した。 なぜ、基 礎付けに専念したか。それは、かれの非構成的議論に意味があることを保証するのに必要があったこと
(§2.1
参照)、そして、彼がカントールの楽園と呼んだ集合論に矛盾があることをラッセルが1908
年に発表し(§1.6
参照)、カントールの楽園を守る必要が生じたためである。1.5 カント ールの楽園
集合についてはすでに習っていることと思うが、少しだけ補足しておこう。カントール
(1845- 1918)
3は集合を次のように規定した。「集合」というのは、われわれの直観や思考の対象で、しかも、区別のできる 確定した対象
m
を集めて、M
という全体にまとめたものだ、と考えることに する(mはM
の「元」と呼ぶことにする)。「対象の確定した集め方」には2通りある。外延的な方法( 要素を列挙する方法)と内包的な方 法( 要素の特徴付けを与える方法)とである。例えば 、奇数の集合は、外延的に
{ 1, 3, 5, · · · }
と 与えることもできるし 、内包的にn
x x
は2
で割り切れない自然数o
のようにも与えることができる。
内包的に与えた集合の外延を求めることもその逆も一般にはむずかしい。
たとえば 方程式
f (x) = 0
を解くことは、内包的に与えた集合n
x f (x) = 0 o
の外延を求め ることである。逆が難しい例としては、データ
s
がプログラムP
の出力として得られるかど うか の判定条件を求めよという問題がある。これは、プログラムP
の出力を集めて外延的に定義され る集合の内包を求めよという問題であるが 、計算機でも処理できるという制約下では、判定条件は 必ずしも存在しないことが知られている。カントールの数学への贈り物は、集合論にもまして、次の洞察にある:
数学の本質はその自由性にある
1.6 ラッセルのパラド ックス (1903)
どんな性質でも明確でありさえすれば 、その性質を満たすモノの全体である集合が存在する、
というのが内包性原理と呼ばれるもので、集合論の基盤をなす。ラッセルはこの原理から次のよう な矛盾が生じることを発見した。
3集合を数学に贈ったカントールの足跡については、志賀浩二「集合」(数学の楽しみ創刊号,1997.6, p91–104)を是非 一読頂きたい。
集合が自分自身を含まないとき、それは正統な集合であるということにしよう.自分を含む集 合なんて意味がないと思うかもしれないが 、法人( 法律上の人格)である団体を集合の例と考える と、ある法人が自分自身を法人会員として含んでも何もおかしくない。
内包性原理により正統な集合だけを要素とする集合がある。これを
V
と表す。このとき、V は 正統な集合であろうか?まず
V
は正統な集合であるとしよう。すると、V は自分自身V
を含まない。すなわち、V はV
の要素ではない。このことは、V は正統な集合ではないことを意味する。これは仮定に反する。よって 背理法により
V
は正統な集合ではないことになる。ところが 、V は正統な集合ではないということは、V は自分自身を含むことを意味する。すな わち
V
はV
の要素である。このことは、V が正統な集合であることを意味する。以上により、V は正統な集合ではなく、しかも正統な集合であることが示された。まとめると
V ∈ V ⇐⇒ V
は正統的でない⇐⇒ V / ∈ V.
となり、V
∈ V
かつV ∈ V
でない、ということになり、矛盾。“正統性”
のような明確な性質について内包性原理を適用すると矛盾が生じることは、集合論の有効性がすでに広く浸透していただけに、多くの数学者に大きな衝撃を与えた.カントールの友人 であったデデキントは切断による実数の定義を与えた「数とは何か、何であるべきか」(1872)とい う画期的な著書の再版を許可することをしばらくためらった、という。
1.7 ラッセル小伝
ユーモアと健全な常識を持った数学者・哲学者バートランド ・ラッセル
(1872-1970)
は、ホワ イトヘッドとともにプ リンキピア・マテマティカ(1910-3)
という大著を残している。この本に取 り組んでいる最中に、百年後の図書館で「この本はもういらないから処分しよう」という司書の会 話を夢で見たという逸話があるが 、北大数学科の図書室では現在この本は第2書庫に移されていて ふだんは利用者の目に触れない。完成までに10年を費やしたものであるが 、「『プリンキピア・マ テマティカ』を書く楽しみはことごとく1900年後半の数カ月に局限されていた」という自伝の 一節には心が痛む。しかし 、数理論理学という学問を樹立したものとして人類史上に残る著作の一 つであることは言うまでもない。ウィトゲンシュタインが哲学者になるか飛行士になるか迷って相談に来たとき、小文を書かせ 見た。それを読んで直ちに迷う必要はないことを告げた。ウィトゲンシュタインは後に主著の一つ
「論理哲学論考」でプ リンキピア・マテマティカを批判するのであるが 、ラッセルはとても愛情と ユーモアに満ちた序文を書いている。
1954
年84
才のラッセルは水爆反対の声明を出し全世界の科学者に署名を呼び掛けた。2 形式システムの完全性と不完全性
形式システムというものをもう少し詳しく説明し 、ゲーデルの発見を明確にしよう。
2.1 形式主義の定式化
まず、形式主義をもう少し正確に表現しておこう。数学理論の形式化は、次のステップからなる。
記号化 命題を論理式と呼ばれる特殊な記号列で表現し 、その意味は議論しない。
推論 推論を記号列の機械的変形と考える。変形の規則は推論規則と呼ばれる。
公理 いくつかの論理式を選びだし 公理と呼ぶ。ど うしてそれを公理として選んだかという問い は無視すると決意する。いくつかの公理は、理論に依存しない普遍的なもので、論理公理と呼ばれ る。4
定理 公理から推論して得られる論理式を定理と呼ぶ.論理式
P
が定理であるときΣ ` P
と書く。
自然数を扱う具体的形式システム
PA(ペアノの公理系)を通して形式システムを説明しよう。
2.2 自然数論 PA に現れる記号
BN
形式を用いて、自然数論PA
を表現する記号列を導入しよう。数式(E)
と論理式(P )
とい う2種類の記号列があり次で定められる。ただしV ::= x | y | z · · ·
は変数。E ::= o | V | sE; | E + E | E × E P ::= > | ⊥ | E = E | ¬P | P ∧ P
| P ∨ P | P ⇒ P | ∀x.P | ∃x.P |
各記号の「意味するところは」次の通りである。しかし 、形式主義の立場では、こういった意味 はプライベートなインフォーマルなものとして、それには一切頼らずに話しを進めると決意する。
たとえば 、yは
x
の約数である、という命題は∃z.z × y = x (1)
と表現できるので 、xは素数である、という主張は
∀ y.( ∃ z(z × y = x) ⇒ (y = x ∨ y = so)) (2)
と表現される。なお、(1)のy, x
や(2)
のx
のような変数は自由であるといい、(1)のz
や(2)
のy, z
のような変数は束縛されているという。4数学研究では何を公理として選ぶかは最も重要な点なのであるが 、形式主義ではそれは問題にできないし むしろ問題 にしない点が鍵となっている。
sx x
の次の数+,×
和と積>, ⊥
真、偽( 定数論理式)E
1= E
2 2数式E
1, E
2 は同じ値¬P
論理式P
の否定論理式∧
かつ∨
または⇒
ならば∀x.P
すべてのx
についてP
である∃x.P P
を満たすx
が存在する 表2:
記号の意味2.3 メタ数と形式的数
sssssssso
は数8
を表し 、z }| {
ns · · · s o
は数n
を表している。この直前の文を読んでオヤ、と思った方 は、重要なことを気づいたことになる。数についての理論を構築しようとしている最中に、z }| {
ns · · · s o
の中のn
は一体何ものなのか?形式システムを考えていて気持ちが悪い感じに襲われることがある。自分は形式システムとい う「明確なもの」について考察したり日常の言葉を使って議論したりしているが 、この考察や議論 は一体何ものなのか 、という気持ちの悪さだ。ふつう、日常言葉をメタ言語と呼び 、対象となって いる言語( 形式システム)と混同してはならないという注意が 、論理学の教科書には必ず書いて ある。
上の
n
は、記号列の体系PA
について語っている我々の方の数であり、メタ言語に属するもの である。しかし 、この2者の関係は注意書きで済ませられるような生易しいものでは本当はないと いってよい。たとえば 、メタ数10
100を「明確に」表現するはずの記号列10100
z }| {
s · · · s o
は、その存在は もはや現実のものではなく理論上のものであり明瞭さの度合いについては大きな数と違いはない。記号列の世界は意味を捨象しても決して明瞭な世界ではないのである。
メタ言語については、もう一つ注意しておきたいことがある。これは気付けば当たり前のこと なのであるが 、うまく説明することが困難なことである。それは、日常言語を用いて議論する部 分が形式システムの理論の中核であるという点だ。形式システム自身には何の”命”もないのであ る。この自明な点は、余りに自明すぎてかえって見過ごされてしまう恐れがある。数学の理論をう まく形式化すると、それによって産み出された形式システムは「我々がいようがいまいがそれ自身 としてすべてを語る」ということがありそうな気がするかもしれないが 、これはわれわれがその形 式システムを使って議論しているという肝要なことを忘れた錯覚である。このことは忘れないでお いて欲しい。
なお意味を捨象した形式システムは、それ自身自明でない数学的対象であり、その理解にはゲー デルのような稀な人物をまって初めて深まるような見通せない数学的対象なのであある。
2.4 自然数論 PA の公理
少し脱線してしまったが 、話しを元に戻そう。
形式システムの定式化( すなわち空回りのない議論ができるように言葉使いなどを明確に設定 すること )の仕方にはいろいろな流儀がある。公理と推論規則とはセットとなって論理システムを なすので、ど ちらに重きを置くかはいわば趣味の問題といえるかもしれない。自然演繹やシーケン ト計算の形式のものは、論理公理を最小にして推論規則を主にするもののであるが 、ふつうの証明 行為に近い形式化でわかりやすいので 、これを採用する。
まず、公理は次のような論理式とする。
s
の公理∀x.(¬(o = sx)),
∀x.(¬(x = o) ⇒ ∃y.(x = sy)),
∀x.∀y.(sx = sy ⇒ x = y).
(ゼロでないこととある数の次の数であることとは同値で、次の数が同じ2数は同じである。)
演算の公理
∀x.(x + o = x),
∀ x. ∀ y.(x + sy = s(x + y)),
∀ x.(x × o = o),
∀x.∀y.(x × sy = x × y + x),
(これらが「正しい」ことは
sx
がx + 1
を意味するとすれば明らかであろう。)数学的帰納法
P (o) ∧ ∀x.(P(x) ⇒ P (sx)) ⇒ ∀x.P (x),
(
o
がP
を満たし 、どの数x
についてもx
がP
を満たせばx + 1
もP
を満たすことが分かれば 、 すべての数はP
を満たす。)2.5 推論規則
以下の推論規則は自然演繹とよばれるタイプのものである。一般に、横線の上にならんだ論理 式が定理ならば 、下の論理式が定理であるという規則をあらわす5。
これらの推論規則は、自然数論
PA
だけでなく、多くの数学理論の形式化に共通に使われる普 遍的なものである。なお、これらの規則は、括弧内に書いたような当たり前の推論を記号列の機械 的変形規則として表現したものであるが 、形式システムの下では、これらの機械的変形規則による 変形自身を推論と考え、意味を考えた”推論”は一切認めない。5一部は証明過程についての「大域的情報」が必要なので、この説明では不正確である。詳しくは次の節§3.1を参照。
命題論理の推論規則
P ∧ Q P
P ∧ Q Q
P, Q P ∧ Q
(
P ∧ Q
が定理ならばP
は定理等々、PとQ
が定理ならばP ∧ Q
が定理)P P ∨ Q
Q
P ∨ Q P ∨ Q
[P] ·· · R
[Q] ·· ·
R R
P ⇒ Q, P Q
[P ]
·· · Q P ⇒ Q
(
P
ならばQ
が定理で、仮定P
が定理ならばQ
が定理である。また、P を仮定してQ
が証明で きれば 、仮定からP
を外してP ⇒ Q
が証明される。これら推論の最も根源的な部分であるとい えよう。)¬
の規則¬P
はP ⇒ ⊥
と考えて⇒
の推論規則を適用するが 、それ以外に排中律がある。P ∨ ¬P
∀
の規則∀x.P P [x/t]
P(x)
∀x.P (x)
( 前半の
t
は数式.P (x)
がすべてのx
について成立てば 、変数x
を具体的なものt
に置き換えたもの
P [x/t]
も正しいという推論.後半のx
は自由変数で仮定には現れないもの.ある仮定からP (x)
が示され 、仮定には変数
x
が現れていなければP (x)
はすべてのx
について正しいという推論で ある。)∃
の規則P (x/t)
∃ x.P ∃ x.P
[P (x/y)]
·· · Q Q
( 前半の
t
は任意の数式、後半の変数y
はQ
と他の仮定には現れてはいけない。)等号の推論規則
x = x
x = y P (z/x)
P (z/y )
( 最後は、P(z)の
z
にx
を代入して定理であれば 、z
にx
と等しいものを代入しても定理である、という推論。)次の推論規則は派生的に得られる。
x = y
y = x (対称律) x = y y = z
x = z (推移律)
たとえば 、対称律は、P
(z) ≡ z = x
について上の推論規則を適用すればx = y x = x y = x
.
推移律は、P(w)
≡ w = z
に等式の推論規則を使うとx = y
y = x
対称律y = z x = z
.
2.6 「定理」の定義
図1のように推論規則を続けた適用したものを証明図という。論理式
P
が 、•
ある推論の下段とはなっていない• [P ]
のように鍵括弧では囲まれていないときに、証明図の前提である、という。また、最下部の論理式を結論という。P1
, · · · , P
nを前提と してQ
を結論とする証明図があるとき、前提P
1, · · · , P
n の下でQ
が証明できるといい、P
1, · · · , P
n` Q
と書く。前提なしに証明できる論理式を定理と呼ぶ。2.7 証明の例
次の証明図には前提がないので、
so +so = sso
( インフォーマルには1 + 1 = 2)は定理となる。
∀x.∀y.(x+sy) =s(x+y)
∀y.(so+sy) =s(so+y) so+so=s(so+o)
∀x.(x+o=x) so+o=so
対称律 so=so+o
x=x
∀x.x=x sso=sso
(P(z)≡sz=sso) s(so+o) =sso
推移律 so+so=sso
2.8 論理式の真偽
形式システムの記号を解釈すると論理式は具体的な主張となり、正しいか否かということが意 味を持つようになる。数理論理学では、解釈は集合の世界で行われるが 、それについての解説は省
く。素朴に、記号に意味を与える、と考えてもらいたい。自然数論
PA
の場合でいえば 、§2.2で与 えたインフォーマルな説明が解釈であると考えていただければよい。解釈
I
の下で、論理式P
が正しい主張となるとき,I | = P
と書く.ある解釈の下でどの公理も正しいとき、その解釈は形式システムのモデルであるという。
論理式
P
がどのモデルでも正しいとき| = P
と書き,P はトートロジー( 恒真論理式)であるという.2.9 形式システムの健全性
` P
ならば| = P
であるとき,つまり定理はどのモデルでも正しいとき,形式システムは健全であるという.
形式システムを、特定の解釈のもとで使うことを意図して導入するときは 、健全性が成立つよ うに注意しながら公理や推論規則を定めなければ役にたたない。つまり、
•
正しい論理式の中から公理を選び,•
正しい論理式から正しい論理式が推論されるように推論規則を選ぶ.そうすれば健全なことが保証される.
§2
の第2,4,5
節で導入した形式システムPA
が 、自然数による表2のような解釈に関して健全であることはほとんど「明らか」であろう。
2.10 形式システムの無矛盾性
形式システムがモデルを持つとする。そのとき、ある論理式とその否定とが共に証明できる、
ということはありえない、その論理式の解釈は正しくしかも正しくないということになってしまう からである。
ある形式システムが無矛盾であるとは、どの論理式についても、それとその否定とが同時に証 明できることはありえないことをいう。あとで述べるゲーデルの完全性定理により無矛盾な形式シ ステムはモデルを持つこと、別言すれば 、単なる記号のシステムであるだけではなく数学的に意味 のある言説の表現となっているということ、がわかる。
2.11 ヒルベルト の夢:理論の完全性
ヒルベルトの夢は、簡単に表現すれば次のようになる。
すべての真理を定理として把握したい.
次に説明する意味で完全な形式システムを作ることができればこの夢は成就する。
ど の論理式も具体的な解釈の下では 、それが正しいかその否定が正しいかのいずれかである。
この主張の中の「正しい」を「証明可能」に置き直したものが完全性である。すなわち、ある形式 システムが完全であるということは、どの論理式についても、それが証明できるかその否定が証明 できるかのいずれかであることをいう( 図
1
参照)。証明可能な 論理式
反駁可能な 論理式
図
1:
完全な理論もしもその理論が健全で完全ならば,どの文
P
とどのモデルI
についても` P ⇐⇒ I | = P
が成立する。
理由は簡単だ。もしも
` P
ならばI | = P
であることは形式システムの健全性そのものだ。逆 に、I | = P ,
すなわちモデルI
でP
が正しいとする。形式システムは完全だと仮定したから、`P
または` ¬P
が成立つ。もしも` ¬P
であるとすれば健全性からI | = ¬P
となるが 、これはP
が 正しくないということなので仮定に反する。ゆえに、`P
でなければならない。ゲーデルはヒルベルトに夢は部分的には正しいことを示した( 完全性定理)が 、夢自体は叶わ ぬことを示してしまった( 不完全性定理).
2.12 ゲーデルの完全性定理 (1929)
1階の述語論理と呼ばれる形式システム
(自然数論 PA
の中の論理公理と推論規則とを持つ形 式システム)は、数学の多くの理論を表現できるもので重要なものである(しばしば形式システム という言葉でこれを指す)。トートロジーは証明できる.
すなわち
| = P ⇒ ` P .
対偶をとれば 、証明できない論理式はトートロジーではない、つまり、あるモデルでは正しく 無い。これを次のようにいうことができる。
証明できない論理式には反例がある
特別な場合として、形式システムが無矛盾ならば証明できない論理式
⊥
があるので、その反例 としてモデルが少なくとも一つ存在する。従って無矛盾な形式システムはモデルを持つ.
実際にはこの特別な場合を使って、一般の完全性定理が示されるのである。
これにより、記号列だけの世界に過ぎない形式システムも、無矛盾でさえあれば数学的内容を 持つことになる。これはヒルベルトが主張した数学の「自由さ」の根拠を与えるものと考えること もできる。
2.13 ゲーデルの不完全性定理 (1931)
しかし 、一つの形式システムにはたいてい複数のモデルがあり、一つのモデルでは正しいが別 のモデルでは正しくない論理式が存在してしまうことが 、ゲーデルによって示された。
ゲーデルは自然数論
PA
が無矛盾ならば完全ではありえないことを、` G
でも` ¬G
でもない ような論理式G
を構成することにより証明した。これにより、論理式の全体は図
2
のようになっていることがわかる。証明可能な 論理式
反駁可能な 論理式 G
図
2:
形式システムの一般の姿こうして、無矛盾な形式システムに数学的内容がつくにはつくが 、その内容は形式システムだ けではコントロールできないということが明確になったのである。ゲーデルはどのようにしてこの ような結果を得たののであろうか?
2.14 ゲーデルのプラト ニズム
ゲーデルは、自然数論の無矛盾性を仮定して実数の公理系の無矛盾性を証明しようとしていて、
自然数論では真理概念がその内部で定義できないことに気付き、それを整理して不完全性定理に 到ったことが知られている。しかし 、完全性定理の論文の序文にはすでに不完全性の可能性を予感 していたことを示す文がある( 以上は林晋氏に教示頂いた )。なお、後年、ゲーデルは強烈なプラ トニズムを表明し 、数学の
incompletability(完全に形式化できないこと), inexhaustibility
( 汲み 尽くせないこと )を「根本的事実」として述べている。プラトニズムは、数学的対象は「 イデアの世界」に実在すると考える、しかし 、我々はその影 しか認識できないという立場である。この立場からすれば 、形式システムも当然イデアの影を捕ら
えることしかできないのであるから、形式システムにより数学が完全に捕捉できるという形式主義 は最初から意味を持たない。ゲーデルがいつのころから強烈なプラトニストとなったかはわからな いが 、不完全性定理は当然と思っていたことは十分あり得る。なお、ゲーデルに限らず、多くの人 たちは形式主義に懐疑的であったようである。ヒルベルトの共同研究者であるベルナイスもそうい う主張をしてヒルベルトを怒らせたことがあるそうである。
2.15 形式システム:まとめ
今回お話ししたことをまとめておこう。
•
数学的対象・その操作・それらの間の関係を記号化し 、新たな操作や主張( 論理式)を合成 する方式を与え 、正しい主張を選び 、さらに正しい主張から正しい主張を導く方法( 推論)を記号変形規則として与えたものが 、形式システムである。
•
論理式については証明可能性と正しいという2つの異なる概念がある.– ` P
によりP
が証明可能であることを表し 、– | = P
によりP
が正しいことを表す。•
健全な形式システムでは,証明できる論理式は正しい.•
完全な形式システムでは,ど の論理式も、それが証明できるか反駁できるかのいずれかで ある。•
ゲーデルの完全性定理により、どのモデルでも正しい論理式は証明できる。•
ゲーデルの不完全性定理により、自然数論の形式システムでは証明を反駁もできない論理式 が必ずある。2.16 演習問題
自分自身を印刷するプログラムを書け。プログラミング言語は任意である。ただし印刷命令は 具体的な文字列に限るものとする。
第 II 部
以上、数学を形式化する、ということがど ういうことかを説明しました。それはユークリッドに始 まる公理的形式をさらに抽象化したものでした。少し復習しておきましょう。
まず、数学的対象を記号化するだけでなく、その性質やそれらの間の関係など も文字列で表現 し 、それを論理式と呼びます。次にいくつかの論理式を選び公理と呼びます。公理に特定な機械的 操作を施して得られる論理式を定理と呼び 、定理に到る機械的操作の全体を証明と呼びます。この ように表現された文字列・操作の全体が一つの形式システムをなします。
形式システムを導入することにより、ヒルベルトは今世紀初めに数学を襲ったラッセルのパラ ド クスという激震から、数学を救い出そうと試みたわけです。
その試みの成否を決める鍵は、完全で無矛盾な形式システムが作れるかど うかです。すなわち
「 正し いことはすべて証明でき、間違ったことはすべて反駁できるか否か
(前回の記号を使えば 、
| = P
ならば` P , | = P
でなければ` ¬P
とできるか否か)」が争点になります。「正しい」という 非形式的な言葉を消去すると、(証明と反駁が同時にできる論理式はないという)無矛盾性と、(証 明も反駁もできない論理式はないという)完全性とを合わせ持つものが 、まさにヒルベルトが夢見 た形式システムです。完全な形式システムを作ることができる数学的理論もありますが 、それは一般にはないものね だりであることをゲーデルの不完全性定理が示してしましました。
以上が前回の要約ですが 、今回はこの定理の証明の概略を説明し 、形式化という操作の本性を 見つめたいと思います。また、証明の核心にある「不動点定理」を普遍化したロベールの定理を概 説し 、それを用いて、生命的過程のある特徴や心身問題への一つのヒントが与えられることを見た いと思います。
3 ゲーデルの不完全性定理の証明
3.1 不完全性定理の証明:スケッチ
次の性質を持つ論理式
G
のことをゲーデル論理式と呼ぼう。G
は「Gは証明できない」を意味する。(3)
ゲーデル論理式G
は証明も反駁もできないことを証明しよう。G
が証明できるとしよう.このとき健全性によりG
は正しい。従って、その意味を考えると「G は証明できない」という命題も正しい。すなわちG
は証明はきない.これは矛盾である.G
が反駁できるとしよう.このとき健全性によりG
の否定が正しい。つまりG
ではない。その意 味を考えるとG
は証明できることになる.すると、上で示したことから矛盾。以上により ゲーデル論理式
G
は証明も反駁もできないことがわかる。Gは証明できないことがわ かったから、まさにそれを意味するG
は正しいことがわかる。一体ゲーデル論理式のようなものはあるのだろうか?
論理式についての性質6
ϕ
をϕ(x) = x(x)
は証明できないと定義する。つまり性質
x
が性質ϕ
を持つとは 、「x
が性質x
を持つことが証明できないこと 」 と定義する。このとき、xとしてϕ
自身を取ると、ϕ(ϕ) = ϕ(ϕ)
は証明できない となるので、ϕ(ϕ)がまさにゲーデル文となる。3.2 問題点: 「論理式についての論理式」の意味付け
スケッチで使った「論理式についての論理式」という概念はまだ定義されていない。
集合論では、論理式
P(x)
は集合n
x P (x) o
をきめる、ということにより、性質
P
が性質Q
を持つという文に、集合n
x P (x) o
が性質
Q
を満たす、という意味を与えることができた。私達は今「論理式が証明不可能である」というようなメタ概念を問題としている。この概念は メタではなく形式系に属する概念ではないか、と思い込んでいないだろうか?もう一度証明概念を 導入した前回の
§2.4–6
のところを読み直してもらいたい。そこでは、ど ういう図形が証明図であ るか説明し 、その図が 、その最下部に書いてある論理式の証明である、というように述べた。しか し 、証明図という幾何学的対象についての理論はまだ何も形式化してはおらず、それについてどの ような土俵で議論すべきかは何もまだ決めていないのである。それを決めないでは、証明不可能で あることが証明可能かというような問は、まだ問いとして確定していないのである。ゲーデルの不完全性定理の証明では、ゲーデル数という概念装置を利用して、証明可能性とい うメタ概念を形式化する。すなわち、
•
論理式P
を数dP e
で表わし,•
論理式P
についての証明可能性などの「 メタ的性質」を、数dPe
についてのPA
論理式と して形式化する。この
dP e
はP
のゲーデル数と呼ばれる。これは、メタ的存在である記号列を使って表現される論 理式を形式化したものということができる。もしもこれができれば 、PA論理式
P
についてのメタ的性質の中には、数dPe
についてのPA
論理式A
により形式的に表現されるものもあることになる7。PAは強い記述能力を持つので 、多 くの数学的なメタ概念はPA
論理式で表現できることがわかるのであるが 、後で述べるタルスキー の定理が示すように例外もある。以上の準備が終わったとすると、前節にスケッチしたゲーデル論理式の構成法は次のように実 現できる。PA論理式
ϕ(n)
がn
は1自由変数を持つ論理式R
のゲーデル数であり、dR(n)eは証明可能数ではない という意味を持つとする。このときϕ( d ϕ e )
は、まさに 、ϕ(d ϕ e )
が証明できないことを意味する ゲーデル論理式となる。この筋書きに基づいて証明するために以下
6自由変数を一つだけ持つ論理式のこと。
7「 メタ的性質PはあるPA論理式で表現できる」は、「正当化」という事が意味のないタイプの主張である。
•
ゲーデル数の導入.•
自己代入(dQ(x)e
のx
にdQe
を代入)を行うPA
関数の導入.•
証明可能性を形式化したPA
論理式Pr
の構成.を行う。
3.3 ゲーデル数
ゲーデル数の導入の仕方には大きな任意性があるが 、いくつかの制約はある。論理式
P
に対す る文字列操作が、数dP e
の数論的な計算によって表現されることが最も重要な点である。これによ り、記号列の操作という素朴な概念が 、形式システムPA
の中で記述できることになるのである。まず文字
c
に数ν (c)
を対応させる。これは1対1ならば何でもよい。ここでは、表1のように する。o s + × = ( ) ∧ ∨ ⇒ ∀ ∃ ¬ x
n1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
n表
3:
ゲーデル数次に、文字列
c(= c
1· · · c
n)
に数dce := p
ν(c1 1)· · · p
ν(cn n) を対応させる.(pk はk
番目の素数.)例えばd so + so = sso e = 2
23
15
37
211
113
517
219
223
1= 720326954760913500.
3.4 計算可能関数の組み込み
PA
の内部には+, ×
の組み合わせで得られるような「 関数」しか用意されてはいない。しか し 、計算可能関数は最初からPA
の内部にあるものとしてよいことがわかる。今言ったことの内容 を完全に説明することは多くの紙数を要するが 、考え方自身は以下のようにわかりやすいことなの である。まず、計算可能性の意味を了解することはコンピュータが身近な現代では簡単だ。身近な
Basic
やC
などのプログラミング言語を使ってプログラムできるものが計算可能な関数である。ただし 、 メモリーの大きさには制限がなく、どんな大きな数でも処理できる、という夢の計算機を考えるの であるが。ある入力に対していつまでも計算が終了しない可能性のあるプログラムもある。意図しない無 限ループが潜在する( いわゆるバグのある)プログラムがその例である。しかし 、「まともな」プ ログラムでもそういうことがある。例えば 、円周率を
10
進展開して7
が100
個連続することがあ るかど うかを判定するプログラムを考えよう。もしも、そういうことがないとすると、そのプログラムを走らせると止まらないことになる。こういう止まらないかもしれないプログラムによる「計 算」も計算論では取り扱う。
しかし 、今回の話しの目的には、計算が終わることが保証されているプログラムに話しを限定 してもよいので 、以下そういう計算だけを考える。
次は深遠な事実ではないが 、証明は煩瑣である。
定理計算可能な
n
変数関数f (x
1, · · · , x
n)
は 、あるn + 1
変数の論理式P
f によって表現され る。すなわち、数x
1, · · · , x
n におけるf
の値がy
になることと、x1, · · · , x
n, y
が論理式P
f を満 たすこととは同値であることが証明できるようなP
f がある。ただし 、xはs
の後にo
をx
個並 べたPA
の項である。もちろん関数
f
が既にPA
で用意されている場合にはP
f として論理式y = f (x
1, · · · , x
n)
を取れば十分である。たとえば関数
f (x
1, x
2, x
3) := (x
1+ x
2) × x
3は自由変数が4
個の論理式y = (x
1+ x
2) × x
3で表現される。
しかし 、関数
f
が計算可能であってもPA
の数式として+, ×
だけで書き下せるとは限らない。例えば 、f
(n)
をn
番目の素数 とすると 、関数f
は計算可能であるが 、PAの数式では書けない。しかし 、mが
n
番目の素数であるということを意味するPA
論理式P RIM E(m, n)
は存在する、ということが上の主張からわかるのである。
これを使うと 、計算可能関数は形式システム内部にあるものとして使ってよいことがわかる。
もう少し正確にいうと、その関数に対し 、上の定理により存在が保証された論理式を
P
とし 、今 まで使っていない記号(たとえばg)を用意し 、公理
` ∀y∀x[y = g(x)⇔P (x, y)]
を添加した形式システムを考えても、証明できる
PA
論理式は増えないことが比較的容易にわかる。以上により、停止することが保証されているプログラムにより計算できる関数は 、PA 内の正 式な関数と同様に使ってよいことがわかる。
たとえば 、Q(g(x), y)も正式な論理式であると考えてよい。もしも
g
を使わないでこれを表わ せば 、∃z[Q(z, x) ∧ P (x, z)],
すなわち、P
(x, z)
とQ(z, x)
とを満たすz
があるという間接的な言い方になる。このとき、zはg(x)
でなければならないので、結局 「Q(g(x), x)」を主張したことになる、というわけである。こ れに比べると、Q(g(x), y)
という論理式をじかに使える場合には、概念的見通しは遥かによくなる。概念的な見通しの良さの効力は少々の技術的煩雑さを償って余りあるものがあることは言うまでも ない。
3.5 代入操作と自己適用操作
以下、ゲーデルの定理の証明に必要な関数を用意しよう。まず最初に「代入」を行うプログラム
の に 数 を代入
を用意する。これは数
m
と論理式P(x)
のゲーデル数dP(x)e
を入力するとP (x)
の自由変数x
にm
を代入した論理式P (m)
のゲーデル数を出力するものである。このプ ログラムを書くには特別なアイデ ィアは要らない。まず数
dP (x)e
を因数分解して文字 列に戻す。文字x
を数m
を置き換える。最後に文字列をゲーデル数に変換する。終わり。2番目の入力が 、論理式のゲーデル数ではなかったり、変数が2個以上または変数がない論理 式のゲーデル数であったりする場合のことが気になるかもしれない。しかし 、いずれも計算の途中 でチェックできることなので、そうであることが判明した時点で
0
を出力して止まるようにしてお けばよい。このプログラムが与える2変数関数を
eval(x, y)
としてPA
に組み込む。これを使って変数 がx
だけの論理式P
に、自分自身のゲーデル数dPe
を代入する操作を表現する関数∆
が∆x = eval(x, x)
により定義される8。これは
x
を唯一の自由変数とする論理式P
については` ∆dPe = dPdP ee
が成り立つ。これは自己適用関数と呼ぶことができ、§3.1で述べた
x(x)
に意味が付けられたこと になる。3.6 不動点定理
前節で導入した関数
∆
を使うと、自由変数はx
だけの論理式R
から、やはり自由変数がx
だ けの新しい論理式Q
をQ := R∆x
と定めることができる。これを使って 閉論理式P
をP := Q d Q e
と定義できる。このとき、` P ⇔RdP e,
すなわち、Q, P を使わずに直に書くと、` R∆ d R∆x e⇔ R d R∆ d R∆x ee .
証明P の定義より、dP e = dQdQee = ∆dQe.
一般に
` t = s
より` Q(t)⇔Q(s)
であることがわかるので、` RdP e⇔R∆dQe.
8以下f(g(x))をf gxと括弧を使わずに表すことがある。
しかし 、R∆dQeは
QdQe
すなわちP
そのものである。 証明終R
は変数を持たない論理式の全体の変換をひき起す:T7→ RdT e .
上の定理はこの変換が不動 点を持つことに他ならない。この一見手品風の証明がよく飲み込めない場合は見取り図
3
を見ていただきたい。論理式 数
∆ ∆
に を代入
∆
図
3:
不動点定理の証明の見取り図: 左側に閉論理式の世界を書き、右側に数の世界を書く。Rx
は数m
ごとに閉論理式Rm
を定めるので 、右から左への写像を与えている。いま、∆は右の世界 の変換であるから、これをR
と合成して、右から左への写像Q
を得る。3.7 証明可能性判定プログラム
次に証明概念を形式化する。証明図は平面的図形であるがこれも数で表現できる。証明図の構 造自身は木グラフと呼ばれる幾何的構造を持っている。例えば 、前回の図1の証明図は、図
4
のよ うに木の各辺に論理式を書き各頂点に推論規則の名前を書いたもので表現できる。木の幾何的構造 を一次元的な文字列で表示できるのであろうかと心配になるかもしれないが 、それは簡単なことで ある。例えば 、上の図は次のような括弧式で表現すればよい。((((•))) ( (((•))) (((•))) ) ).
推移律
代入 特殊化 対称律
特殊化
特殊化
特殊化 一般化
公理
公理 公理
へ を代入したも のが右上の仮定なので、左 上の仮定から を代入 した結論も正しい
∀ ∀
∀
∀
∀
図
4:
証明木すなわち、一番上の葉ごとに
•
を用意し 、推論をするごとに括弧を加えればよいのである。証明木 のすべての情報を書くには、括弧を加えるときに、(仮定
1, · · · ,
仮定n,
推論規則,結論) というように付加情報を添えればよいだけだる。たとえば 、の場合であれば 、
((A, c), (a, b, B, d), C, e)
となる。証明図を文字列に表現した後は、論理式の場合と同じようにそのゲーデル数を定めること ができる。ただし 、推論規則に割り当てた新しい記号に対する数を決めておく必要があるが 、表
3
ではまだ使っていない、15以上の数で14
のべきではないものを割り当てればよい。以上のようなやりかたで証明図
Ξ
もゲーデル数dΞe
で表現されたことになる。そこで、2つの数
p, m
を入力し 、pが 証明図のゲーデル数であり、その結論のゲーデル数がm
である場合に1,
そうでないとき(m
が論理式のゲーデル数でないか 、pが証明図のゲーデル数 ではない場合も含めて )0を出力する関数P RV (p, m)
を考える。この関数は数学的には今言った ような言い方で決まっているが 、果たして計算可能であろうか?プログラムが得意な読者は、この関数
PRV
のプログラムの構想をすぐに思いつくであろう。入 力のp
を因数分解し文字列を復元しそれが木構造を表現しているかど うか確かめ、さらに、その 木に書かれているすべての情報を調べて、証明図になっているかど うかを確認することは容易であ る。証明図であることがわかったら、あとは、その結論の論理式のゲーデル数を計算して、それが もう一方の入力と一致するかど うかを調べればよいだけである。以上により、次のようなプログラムが書ける:
m p
p は証明図のゲーデル数で その結論のゲーデル数はmか?
1 if YES 0 if No
{
こうして、数
m
が 、定理のゲーデル数であることを表現する論理式P r
がPr(m) := ∃x.[P RV (x, m) = 1]
と定義され 、証明概念の形式化が完了する。
3.8 不完全性定理の証明の完結
以上により、ゲーデルの不完全性定理の証明ができたことになる。すなわち、論理式