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そこで、治安当局以外のデータから中国の安定性について考察する

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はじめに

2008年8月開催の北京オリンピックが次第に迫ってきている今日、大会期間中、および閉

幕後の中国の「安全性」に対して関心が集まっている。オリンピック開催の経済効果は非 常に大きく、観光やビジネスなどで大量の外国人が中国を訪れることになろう。しかしな がら、テロ事件が起きないか、暴動が起きないかといった社会治安面の安全性や2007年に 世界的な話題となった中国食品の安全性に対して、さらには中国社会の長期的な安定性に 対して一抹の不安感を払拭しきれないというのが大方の感覚であろうと思われる。

そこで本稿では、中国の安定性と安全性について、①安定性に対する中長期的な予測、

②暴動(騒乱事件)の新特徴、③北京オリンピックの安全問題、④食品の安全問題といった 切り口で考察を行なうことにしたい。

1 中国の安定性に対する中長期的予測

中国の安定性や安全性を数値化して把握することは容易でない。中国が面子を重んじる 国であり、「家醜不可外揚」(家の恥は外部にさらけ出してはいけない)という伝統的価値観を 色濃く残す国であるために、国家イメージを傷つける治安・犯罪面などのマイナス情報(た とえば死刑者数や暴動の数など)は発表されないか、もしくは発表されても公安機関や政法 機関だけの内部情報という形をとるからである。また情報に一定の「調整」が施されて発 表される場合も少なくなく、信憑性は必ずしも高くない。さらには地方政府の役人が自ら の業績審査に不利とならないよう、中央に対して正確な情報を上げないという傾向もある。

そこで、治安当局以外のデータから中国の安定性について考察する。

(1) 内外の専門家への調査に基づく危機予測

中国の1人当たり国内総生産(GDP)は1996年に650ドルであったが、その後の驚異的な 高度経済成長に伴い、2003年に初めて1000ドルを超え、2005年には1740ドル(世界約128位、

世界銀行発表)に達した。国家統計局は、2020年には3000ドルに到達すると予測している。

社会学者の李培林や鄭杭生らによると、1人当たりのGDPが1000―3000ドルの段階は世 界的に「各種の社会的リスクに直面する時期」であり、「社会矛盾の多発期」「社会矛盾の最 も激化しやすいハイリスク期」であるという(1)

こうした問題意識の下、国家発展・改革委員会マクロ経済研究院の丁元竹を責任者とす

(2)

る課題組は、経済・社会・環境・軍事・外交などの分野の専門家98名にアンケート調査を 実施した。被調査者は大陸の専門家81名と大陸外・国際組織の専門家17名(香港、日本、ア メリカ、スウェーデン、国際連合、世界銀行、アジア開発銀行、フォード財団)である。この調 査の意図は第11次5ヵ年計画(2006―2010年)の策定にあたって危機管理を同計画に盛り込 むことを促すことにあった。

2004年9月、「2010年:中国の3つの可能性―98名の政府系・非政府系の専門家に対す る調査と諮問」と題する報告書が発表された(2)。そのなかに、人々に「きわめて大きな震動」

を与える内容が記載されていた。すなわち、「中国で2010年以前に、この時期の経済・社会 発展のプロセスに影響を及ぼす重大危機が発生するかどうか」という設問に回答した77人 の専門家のうち、51人(66.23%)がイエスと答えたことである。このことは、約7割の専門 家が2010年以前の時期は「リスクがかなり大きい時期」または「危機多発期」であると判 断していることを示している。2010年以前の時期は、北京オリンピックから上海万国博覧 会にかけての時期にあたり、ポスト・オリンピック不況や株・不動産バブル崩壊が懸念さ れているだけに、警鐘を鳴らすには十分の指摘であった。同報告書にはさらに次のような 注目すべき指摘もあった。

(1) 危機発生の可能性が高いと判断された分野は、社会(総数の14.22%)、経済(11.21%)、 金融(11.21%)、環境(8.62%)、信念の危機(8.19%)、就業(6.90%)、公共安全(6.03%)、 政治(5.60%)、農民・農村・農業問題(5.17%)、外交・国防危機(3.88%)、台湾(3.88%)

の順であった。

(2) 社会危機(公共危機も含む)には、格差(貧富格差、都市と農村の格差、地域間格差)の 拡大、公共衛生状況の悪化(重症急性呼吸器症候群〔SARS〕、エイズの拡散など)、中産階 級の成長と権力に対する要求拡大、高失業率、腐敗(汚職など)の氾濫、農民工(出稼 ぎ労働者)の抗議活動と騒乱、少数民族地区における衝突、公共安全事故の多発などが 含まれる。

(3) 社会分野のうち、格差(貧富格差、都市と農村の格差、地域間格差)拡大と失業問題が ハイリスクである。危機が発生するとしたら、この社会分野が発火点となる可能性が最 も高い。

(4) 経済・金融分野では金融リスクに対する懸念が最も大きい。

(5) 都市と農村の格差拡大は大問題で、農民工に対する対応が適切でないと、教育を受け たエリートの農民工が指導者となって2010年以前に社会的不安定をもたらす可能性があ る。一方、農民や農民工のセイフティー・ネット問題を全面的に解決すると、政府の財政 支出や労働コストが大幅に上がり、国際競争力を失ってしまうというジレンマもある。

(6) もし深刻な腐敗・汚職問題を近いうちに効果的に規制できないならば、2010年以前 に社会的動揺の根源となり、危機の導火線になる可能性がある。この腐敗・汚職問題が 失業・貧困問題などと結びつくと一段と危険性が高まる。

(7) 中国の社会システム全体は非常に脆弱であるが、大規模騒乱に発展する重要な条件の 一つである民衆の組織性はまだ高くない。

(3)

(8) 政府・企業・個人に対する信頼・信用度が著しく低いという信念の危機が最も解決困 難な課題となっている。

一方、上記のような深刻な危機意識に対して反論する学者も少なくなかった。たとえば、

李楯(清華大学)は「現在の状況下では、台湾海峡での開戦を除いて、中国に大きな動乱が 起きる可能性はあまりない」と述べ、また張成福(中国人民大学)は「現在における中国の 危機は、第一に予防できないわけでなく、第二に大規模な危機が発生する可能性はまだな い」と主張した(3)。さらに孫立平(清華大学)も中国の社会構造に弾力性があるために、社 会矛盾は確かに増加しているが、大規模な社会的動揺が起こる可能性は小さい、と指摘し ている(4)

(2) ジニ係数からみた中国社会の安定性

ジニ係数は、社会における所得分配の不平等さを測る世界的に認められた指標である(5)。 中国のジニ係数は次のとおりであるが、調査機関によって数値に開きがある。

(1) 財政部科学研究所および国家統計局の調査によると、中国のジニ係数は1991年に0.282 であったが、1998年0.456、1999年0.457、2000年0.458、2001年0.459、2002年0.460と 毎年0.01ポイントの速度で上昇した(6)

(2) 世界銀行の統計数字によると、中国のジニ係数は2003年に0.458、2004年に0.465に達 し、2005年には0.470に接近した(7)

(3) 中国人民大学と香港科技大学の合同調査によると、2003年中国のジニ係数はすでに ほぼ0.53―0.54に達していた(8)

(4) 南開大学経済研究所(陳宗勝・周雲波)の調査によると、不法・非正常所得(脱税、腐 敗など)を入れると、中国のジニ係数は1995年に0.517に達していた(9)

(5) 国連開発計画(UNDP)の統計数字によると、世界主要国のジニ係数は悪い順にブラ ジル0.59(1998年)、南アフリカ0.59(1995年)、ロシア0.46(2000年)、中国0.45(2001 年)、アメリカ0.41(2000年)、インド0.33(2000年)、フランス0.33(2000年)、日本0.25

(1993年)であった(10)

都市と農村に分割された二元的構造をもち、また都市化と工業化がまだ達成されていな い中国に対し、欧米の経験から抽出されたジニ係数を機械的に当てはめることに一定の限 界はあるにせよ、以上の数値から次の点を指摘できよう。

一つは、きわめて短い間にジニ係数0.2―0.3の平均的な状態(1980年代初期)から、国際 的な警戒線の0.4を突破して格差のきつい警戒状態(Warn)に入ったということである。0.4 を超えた時期は、1987年(何慶光)、1990年(丁冰)、1993年(世界銀行の世界開発報告)など とされる。二つは、現在ジニ係数が是正を要するとされる0.5に接近していること、また不 法所得を入れるとすでに0.5を超えていることを考慮すると、現段階における中国の所得分 配の不平等性は相当深刻であると言える。三つは、早急に所得格差是正のための抜本的対 策(相続税導入などの税制改革や不法な手段で得た所得に対する規制強化など)が講じられ、ま た都市化の速度が加速されないと、さらに数値は上がりつづけ、南米やアフリカ並みのジ ニ係数に到達し、「動乱線」と称される0.6に至る可能性があるということである。

(4)

(3) 拡大する都市・農村間の格差

中国のジニ係数の数値が上昇しつづけるのは、主に都市・農村間の所得格差が開く一方 だからである。李実と岳希明は、2001年都市住民の1人当たりの所得は農村住民のほぼ3倍 となり、もし非貨幣的要素を考慮すると、都市と農村の所得格差は世界最高であると指摘 した(11)。また何慶光の指摘によると、都市住民と農村住民の所得格差は1.82倍(1983年)、 2.86倍(1994年)、2.90倍(2001年)、3.53倍(2004年)と拡大し、もし都市住民が享受する各 種の手当や労働保険・福利、社会保障などの「隠性収入」を考慮すれば実際の格差は5―6 倍もあるという(12)。さらに中国社会科学院社会学研究所(李培林・陳光金)の調査によると、

2006年の都市と農村の住民の所得格差のジニ係数は0.496に達している(13)。2006年7月に発 表された武漢市社会科学院の調査によると、被調査者の80.5%が中国社会の貧富格差がすで に合理的な限度を突破しているとみているという(14)

こうした貧富格差の急速な拡大は、中間層の少ない不安定な社会構造をもたらし、また 必然的に社会矛盾を激化させている。近年、貧困層の新富裕層に対する「仇富」心理が増 大し、企業家に対する殺傷事件が増える傾向がみられる。そこで新富裕層は人身の安全の ためにボディーガードを雇い、またひそかに暴力団と結託して彼らに活動資金を提供する ことさえするようになっている。一方、社会に対して報復をする犯罪(爆破、投毒など)も 増えている。

貧富格差の拡大が人々の許容限度を超えた場合、蓄積された不満は一定の条件下で突然 爆発し、社会を不安定状態に陥れる破壊力を秘めている。これには、以下のような中国的 特色をもつ要因がかかわっている。一つは、「不患寡而患不均」(少なきを憂えず、等しから ざるを憂う)という伝統思想があるために、民衆が貧富格差や不公平に対し敏感に反応する ことである。欧米では結果の平等よりも機会の平等のほうが重視され、貧富格差問題を個 人の努力問題に帰結させる傾向が強い。これに対し、中国では機会の平等よりも結果の平 等のほうが重視され、貧富格差拡大の原因を作った政府のせいにする傾向が強いのである。

二つは、貧富格差をもたらす非合理的要素(腐敗・汚職など)が大量に存在し、それが民衆 に強烈な不公平感や「相対的剥奪」感を抱かせていることである。三つは、貧富格差の急 拡大が約20年というあまりにも短い期間に起こったために、それによってもたらされた心 理的アンバランスが社会矛盾を激化させていることである。

2 多発する群衆事件

(1) 群衆事件とその新特徴

中国では、一時的かつ非組織的な集合体とされる群衆(群集)が公共の秩序を乱す事件の ことを「群体性事件」(以下、群衆事件という)と称する(15)。これは公安用語である「群体性 治安事件」の略称である。騒乱事件(暴動)はこの群衆事件の類型の一つで、2005年その数 は群衆事件全体の5.1%を占めた(16)。その他の類型の群衆事件とその割合は、農民による権 利擁護闘争型(約35%)、労働者による権利擁護闘争型(約30%)、市民による権利擁護闘争 型(約15%)、械闘などの社会紛糾型(約10%)、暴力団等が引き起こす組織犯罪型(約5%)

(5)

である。

群衆事件は、第1表のとおり、と くに2002年以降激増し、2005年には 8万7000件に達し、1日平均238件も 発生するようになった。これは、急 速な都市化や工業化の過程で、農地 の強制収用や住居の強制立ち退き、

環境汚染などによって権利侵害を受 けた被害者が激増し、彼らが権利の 回復をはかる行動を正規の司法的手 段(行政訴訟など)でなく、非正式 の自力救済的方式で行なっているこ とを示している。

被害者が司法的手段で権利の回復をはかろうとしないのは、司法制度上の問題に一因が ある。中国では司法が独立しておらず、地方裁判所の経費等はその地方の行政首長の匙加 減次第で決まるのが一般的だ。制度上、司法が行政に従属しているために、被害住民がも し行政訴訟を起こしたとしても、被告(加害者)の地方政府が公正な裁判官に事件を担当さ せることは皆無に近く、敗訴する確率がきわめて高いのである。

被害住民は、司法的ルートが事実上ほとんどふさがれているために、「信訪」(陳情)とい う特殊な行政救済ルートを通じて権利回復をはかろうとするが、実はこれも行政側の職務 怠慢や妨害(陳情窓口からの強制排除など)等のせいできわめて細いルートになっており、

しかも解決するまでにはきわめて長い時間を要する。このような状況下、被害住民にとっ て残されているのは「大きく騒げば大きい解決が得られるが、小さく騒げば小さい解決し か得られない。騒がなければ何事も解決しない」という伝統的な道だけとなっている。こ うしたことから、権利擁護闘争型の群衆事件は、①要求の合理性と行為方式の違法性、② 多数者の合理的要求と少数者の無理な要求、③多数者の一般違法行為と少数者の犯罪行為 の入り交じったものとなっている。

近年における群衆事件の新しい特徴は、些細なことがきっかけとなって爆発する騒乱型 の事件が多発するようになったことである(17)。この騒乱型の群衆事件には以下のような特徴 があり、群衆事件の大半を占める権利擁護闘争型とは異なっている。

第一は、発生前に陳情や行政訴訟などの過程がまったくなく、突如、偶発的に発生する ことである。しかもそのきっかけは下級役人の農民工に対する殴打や車と通行人の接触事 故など比較的軽微な事件である。第二は、大多数の事件関与者(臨時的に集合した者)にと って騒乱の引き金となった最初の事件とは直接的な利害関係が何もなく、イシューレス(特 定の目標がない)となっていることである。換言すれば、不公平に対する鬱積した不満や鬱 憤を晴らすことだけが目的だと言える。第三は、明確な指導者や交渉相手が不在であり、

しかも暴徒化した群衆がすさまじい破壊行為を行なうことである。公用車(警察車両など)

第 1 表 全国における群衆事件の発生件数と参加者数

1993年 8,709 70

1994年 10,000 73

1996年 12,000

1997年 17,000

1998年 25,000

1999年 32,000

2000年1―9月 30,000

2002年 51,100 280

2003年 60,000 307

2004年 74,000 376

2005年 87,000

件数(件) 参加者数(万人)

(出所) 李永寵ほか「関於群体性事件的理性思考」『晋陽学刊』2004 年第1期、「中央急研処理群体性事件機制」『大公報』2005年7 月12日、などから筆者作成。

(6)

や庁舎などへの放火・破壊行為や武装警察との流血を伴う衝突へとエスカレートするケー スが多い。第四に、携帯電話のショートメールやインターネットという新しい情報伝達手 段が重要な役割を果たすようになってきたことである。なお、この点は群衆事件一般に共 通する新傾向である。

こうしたタイプの典型として、2004年10月の重慶万州事件、2005年6月の安徽池州事件、

2007年6月の重慶南岸区事件などが挙げられる。あたかも充満したガスがマッチ1本の点火 で一挙に大爆発するかのごとき様相を呈した事件であった。近年における騒乱型群衆事件

(暴動)の頻発は、中国社会の安定性に質的変化が起こっていることを示す危険な兆候であ ると思われる。

(2) 当局の群衆事件への対応 

前述したように、1人当たりのGDPが1000―3000ドルの段階、すなわち社会矛盾の最も 激化しやすい危機多発期を乗り切れば、やがて群衆事件は減少するであろうという認識の 下、危機管理が第11次5ヵ年計画(2006―2010年)に盛り込まれた。こうして行政レベルで は、国務院を中心に「国家応急預案体系」が築かれ、各レベルの「預案」(事前対策)が策 定され、国務院「応急管理弁公室」や地方政府「応急管理指揮中心」などといった行政機 構の設置がなされた。また立法レベルでは、2007年8月に「突発事件応対法」が制定された。

この「突発事件」には、①自然災害、②事故災害、③突発的公共衛生事件(SARSなどの伝 染病)、④突発的社会安全事件(重大刑事事件、渉外突発事件、テロ襲撃事件、動乱、叛乱、規 模の比較的大きな突発的群衆事件)、⑤経済危機が含まれる。

こうした措置は、従来からの欠点である、①各人の責任が不明確で、統一的で機敏な対 応ができない、②一部行政機関の対応能力が低く、危機意識も低い、などといった問題を いち早く克服するためのものであった。

以上のような国務院を中心とした動きのほかに、軍でも騒乱事件鎮圧に正式介入するこ とを可能にする動きがあった。2006年3月、新「中国人民解放軍条例」(12章90条)が公布 され、「突発事件処理の組織・指揮」という章が新設された。同年11月14日、中央軍事委員 会は「軍隊が突発事件を処理する際の全体的応急預案」を公布し、軍隊が突発事件処理に 参与する重要な勢力であり、各種突発事件の処理で重要な役割を発揮することを明確にし た。大半が人民内部の矛盾として処理すべきとされている群衆事件に対して、武装警察や 公安特警部隊だけでなく、軍隊まで動員するようになったのは、とくに騒乱型群衆事件(暴 動)のもつ破壊力や一部群衆事件の政治化の可能性を当局が警戒し、恐れていることを示し ていると思われる。

このように、行政を中心に暴動に対する万全の対策がすでに講じられたようである。権 利擁護闘争型の群衆事件に対しては用意された事前対策がある程度功を奏し、未然に防い だり、たとえ発生したとしても萌芽段階で抑え付けることが可能であろう。しかし、これ はせっかく芽生えた民主主義の萌芽を摘み取ることにつながり、中国の民主化の進展を遅 らせる恐れがある。一方、騒乱型の群衆事件はいつ、どこで、どういう形で爆発するか誰 にも予測がつかないという特徴を有するだけに、こればかりは対策のとりようがなく、鎮

(7)

圧に手を焼くのではなかろうか。

3 北京オリンピックの安全問題

中国はいま、国家の威信をかけてオリンピック開催を成功させようと躍起になっている。

オリンピックの安全面で最大の脅威はテロ活動であるが、中国は国際的テロ組織や東トル キスタン独立勢力、チベット独立勢力、法輪功などをターゲットに対テロ工作を進めてい る(18)

中国共産党に反対する立場の政治勢力は、オリンピックを失敗に導くことが共産党に対 する最大のダメージになると考え、オリンピック開催期間中およびその前後の時期におい て何らかの行動を画策する恐れがある。もしこれを未然に防ぐとしたら、すべての大会関 係者に対して安全検査のほかに政治的な審査も実行しなければならないという難問にぶつ かる。

中国公安部は、2007年4月、「オリンピックおよびテスト・イベントへの申請者の背景に 対する審査を厳格に展開することに関する通知」と題する秘密文書を作成し、選手、役員、

運営スタッフ(ボランティアを含む)、メディア、正式招待者、スポンサーなどを含む国内外 のすべての大会関係者に対して厳格な審査を実施することを要求し、11類・43種の者が大 会に参与することを禁じた。審査の対象となったのは参観者(観客)ではなく、数万人に上 る「参与者」である。このなかには、敵対分子(大陸外の敵対勢力、敵対的組織のメンバー、

イデオロギー分野の重点人物など)、法輪功および有害邪教組織、極端な宗教者、民族分裂分 子(新疆、チベット)、オリンピックに危害を加える恐れのある報道関係者、「上訪」(陳情)

重点人物、共産党に対して著しい不満を抱く者、暴力テロリストなどが含まれる(19)

中国は、オリンピック開催期間中、何らかの突発的な事件(食品安全事件、不公正な審判、

ドーピング違反など)が起きた際、一部の外国人記者が中国のイメージを損なうマイナス報 道をする恐れがあることを強く警戒している。こうした問題が発生しないよう、外国メデ ィアの報道内容のチェック、記者の行動チェック(尾行)、対外報道の主導権確保などを含 むさまざまな対策を検討している(20)

次に、北京オリンピックの潜在的脅威として看過できないのは、北京在住の「外来人口」

または「流動人口」と称される農村出身の出稼ぎ労働者の存在である。2006年末現在、北 京の総人口1581万人のうち、外来人口は384万人(24.3%)を占める。換言すれば、北京総 人口の4人に1人は外来人口なのである。ある予測によると、2008年その数は約600万人に 達するという。

2003年、外来人口の管理対策において一定の調整が行なわれ、以前のような「収容法」

という強制手段や「身分証」の不携帯者を随時検査し拘束するといった管理手法が使えな くなった。これは外来人口の人権擁護という点では大きな前進であったが、オリンピック の安全管理面では難題に悩まされることになった。

一つは、政策調整後、「暫住証」の手続きをしなくても以前のような強制送還という処罰 を受けないとわかった一部の外来人口が、めんどうな「暫住証」手続きをしなくなったこ

(8)

とである。これは行政が基本的な住民情報を得られなくなり、管理範囲が狭まったことを 意味する。二つは、偽物の製造・販売や売春などの違法行為を働く一部の外来人口が規制 緩和に乗じて好き勝手をし始めたことである。三つは、外来人口の多くがオリンピック競 技施設のある近郊区の都市・農村結合部に居住していることである(21)

都市・農村結合部とは、次のようなところである。①外来人口の占める割合が他地域よ り多い。②都市末端の行政と農村末端の行政の管理が複雑に交錯しているために、管理上 の混乱をきたしている。③合法的な資格をもたないで商売をする者が多く、取り扱う商品 やサービスの質が悪い。④行政管理当局に対して対立感情を抱いている者が多く、衝突が 起きやすい。⑤当地の外来人口のうち、中卒以下の教育水準の者が約73%を占める。

農民工は長期にわたり平等な権利保障が与えられず、なかには給料の遅配・欠配に苦し む者も少なくない。彼らはまさに不満の感情が渦巻いている存在と言ってよい。建築業に 従事する農民工が多いだけに、オリンピック閉幕後に建設工事が激減すると、一挙に不満 が爆発する恐れがある。彼らの存在は、2005年10―11月にかけて起きたパリ郊外暴動事件 の際の北アフリカ系移民にたとえられよう。それゆえ、オリンピックの開催中は潜在的危 険性を有する外来人口をできるだけ会場に近づけない対策をとると思われる。

4 食品の安全問題

中国食品の安全性を考察する際、日本など外国へ輸出される食品の安全問題と中国国内 で中国人が食べる食品の安全問題を区別する必要がある。前者は、外圧を受けて管理強化 が一段とはかられた結果、大規模輸出企業の食品に関しては「輸出される中国産食品の安 全性は高く、合格率は99%以上」というレベルに達しているものと推察される。

問題は、中国国内で中国人が食べる食品の安全問題である。これも所得水準によって異 なる。富裕層は少し価格が高くても日系スーパーなどで安全な食品を求めることができる。

しかし、貧困層はそういうわけにはいかない。農産物や中小・零細企業の食品が安全でな いと思っても、それを食べ続けるしか選択肢がないのである。

中国国内で中国人の食べる食品が安全でないのは、①農作物、家畜、魚介類を生育する 水源・土壌の汚染、②家畜、魚介類の飼育・養殖基準の不徹底(不潔な生育環境、抗生物質 の乱用など)、③不適切な農薬の使用(他国ではすでに使用禁止されている農薬の使用および不 適切な使用量)、④製造・加工過程での衛生基準の遵守違反、⑤食品添加物・内容物の偽装、

などの要因がある。今後、行政上の管理強化によって解決できる問題もあるが、水質・土 壌の汚染や農薬・化学肥料の乱用問題はそうはいかない。

まず、河川の汚染問題であるが、中国の河川は上流ですでに工業廃水や生活排水によっ て汚染され、その水が中・下流の灌漑用として使用されるため、深刻な土壌汚染が起きて いる。長期にわたってそうした土壌で作られた穀物などを食べ続けると健康被害を生じる 可能性が高い。近年、東部沿海地区の汚染企業が環境規制の緩やかな中・西部地区へ移転 する現象がみられるが、これが上流での汚染に拍車をかけている。

次に、農薬や化学肥料の大量使用という問題がある。中国は農薬の生産・使用大国で、

(9)

毎年約100万トンが使用される。毎年、農薬中毒患者が10万人以上、死亡者が約1万人(全 世界の1割)も出ていると言われる。農薬の残留率も相当深刻で、2000年に農業部が野菜・

果物に対して行なった検査では農薬の検出率が32.28%、基準超過率が25.20%もあった(22)。 一方、化学肥料の使用量も多く、河川に流れて水質を著しく悪化させている。

第三に、農村部の郷鎮企業による環境汚染がきわめて深刻であるにもかかわらず、十分 な対策が講じられていない問題である。ある調査によると、1995年における郷鎮工業の廃 水量は全国総量の21%、二酸化硫黄排出量は総量の23.9%、工業粉塵排出量は総量の67.5%

を占めた。しかし、郷鎮企業の工場廃水はほとんど未処理のまま河川に放出されている。

直接被害を受ける農村では女性の妊娠率が下がり、奇形児が多数生まれ、寿命も短くなっ ている。現在、中国の汚水処理は大都市だけで精いっぱいで、農村部の小城鎮(小都市)の 汚水処理はほとんど着手されていないのが現状だ(23)

このように、中国の食品(特に穀物、野菜、果物)の安全性は悪化の一途をたどる環境問 題と深くかかわっており、短期的に解決できる問題ではないのである(24)

おわりに

中国はいま、社会の安定・安全面で難しい段階に差し掛かっている。所得分配の不平等 さを測るジニ係数が不法所得を入れるとすでに0.5を超え、動乱線の0.6に接近し続けている ことが示すように、抜本的な対策が講じられない限り、中長期的には不安定な状態が続く ものとみられる。しかし、既得権益層の利害にかかわる政治体制改革や司法制度改革など の諸改革を断行することはきわめて困難であるため、現体制を維持したまま主に警察や軍 隊などの力に頼って「危機多発」段階を乗り切る道を歩むことになろう。一方、格差の拡 大や行政腐敗の蔓延、環境汚染などによって鬱積した不満が爆発する形の「小乱」は今後 も頻発するであろう。しかし、民衆の利益や価値観が多様化し一つにまとまりにくくなっ ているため、経済成長が続くかぎり「大乱」は起こりにくい。ただし、金融危機が引き金 となってバブルがはじけ、経済成長に陰りが出ると、問題が一挙に顕在化するおそれがあ る。その場合、政権にとって最も脅威となるのは大都市の農民工であろう。

国家の威信がかかる北京オリンピックでは、空前の警備力の動員や国内外のマスコミへ の規制、大会関係者に対する事前の政治審査などによって、開催期間中の安全は確保され る可能性が高い。問題はオリンピック閉幕後である。オリンピック開催のために犠牲を余 儀なくされた人々の反感と開催国に必ず訪れる「ポストオリンピック不況」(建設労働者の失 業など)が「共鳴」すれば、2010年前後の「激震」が現実味を増す。

中国国内の食品安全問題は根が深く、短期で解決できる問題ではなくなっている。その 背景には、国民の多くが短期的利益に目を奪われ、長期的利益(環境、健康など)を顧みな くなっているモラルハザードの問題や、役人と悪徳業者の癒着構造(既得権益共同体)の問 題がある。この根っこの部分が近い将来において変わる可能性は低いと思われる。

1) 李培林「調整社会結構 構建和諧社会」「中国網」2004年12月2日)、鄭杭生「 三失 制約中国

(10)

社会矛盾高発期」『南方日報』2006年6月5日、を参照されたい。

2) 丁元竹「2010年:中国的三種可能前景―対98名政府和非政府専家的調査与諮詢」「中国社会 学網」http://www.sociology.cass.net.cn/shxw/shfz/P020041029313791096323.pdf)

3) 林堅「中国能否承受社会危機?」『国際先駆導報』2004年9月22日。

4) 孫立平「穏定問題新思維」『南方都市報』2007年11月7日。

5) 係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少なく、1に近いほど格差が大きい状態 であることを意味する。一般的には、0.2―0.3の間が平均的なベストの状態、0.3―0.4の間が少し 格差はあるが正常の状態(Normal)で、0.4を超えると格差のきつい警戒状態(Warn)に入り、0.6 を超えると社会動乱が随時発生する危険状態(Danger)に入るとされる。

6) 孫立平『転型与断裂 改革以来中国社会結構的変遷』、清華大学出版社、2004年、272ページ。

丁冰「基尼系数在我国的適用性分析」『中州学刊』2007年第2期。

7) 王遠鴻「中国基尼系数逼近0.47―縮小収入差距七大対策」『上海証券報』2006年3月13日。

8)『社会藍皮書 2005年:中国社会形勢分析与預測』、社会科学文献出版社、2004年、229ページ。

9) 陳宗勝・周雲波「非法非正常収入対居民収入差別的影響及其経済学解釈」『経済研究』2001年第 4期。

(10) 前掲注(8)、229ページ。

(11) 李実・岳希明「中国城郷収入差距調査」『財経』2004年第34期。

(12) 何慶光「我国城郷居民収入差距的統計分析」『市場論壇』2007年第1期。

(13)『社会藍皮書 2007年:中国社会形勢分析与預測』、社会科学文献出版社、2006年、8ページ。

(14) 丁冰「基尼系数在我国的適用性分析」『中州学刊』2007年第2期。

(15) 詳しくは宇野和夫「中国の群衆犯罪事件の概念と特徴」『文化論集』第27号(2005年、早稲田商 学同攻会)を参照されたい。

(16) 于建 「中国的騒乱事件与管治危機―200710月30日在美国加州大学伯克利分校的演講」

「多維新聞網」2007年11月7日)

(17) 詳しくは、宇野和夫「W杯が口火となった中国学生騒乱事件」『中国研究月報』2006年7月号、

「中国騒乱事件の新傾向と軍隊介入の制度化」『中国研究月報』2007年6月号、を参照されたい。

(18) 李寧「関于北京奥運会防恐工作的幾点思考」『北京人民警察学院学報』2004年第1期。

(19)「看 是否上榜? 公安部禁11類43種人参与北京奥運」『中国時報』2007年11月15日。

(20) 楊春玲ほか「奥運会中突発事件媒体内容監控的分析和対策探討」『首都体育学院学報』2007年第 4期。

(21) 李強ほか「2008年奥運会与北京的流動人口問題」『北京社会科学』2004年第2期。

(22) 張英洪「農村環境悪化与農民環境権」『農村権利論』、中国経済出版社、2007年。

(23) 詳しくは、宇野和夫「都市化の現状と諸問題―西北地区を中心として」、西川潤ほか編著『中 国の西部開発と持続可能な発展―開発と環境保全の両立をめざして』、同友館、2006年、を参照 されたい。

(24) 食品安全問題に関しては、周勍(廖建龍訳)『中国の危ない食品―中国食品安全現状調査』、草 思社、2007年、陳恵運『中国食材調査』、飛鳥新社、2007年、富坂聰『中国ニセ食品のカラクリ』 角川学芸出版、2007年、福島香織『危ない中国点撃!』、産経新聞出版、2007年などを参照されたい。

うの・かずお 早稲田大学教授

参照

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