独占と外国為替市場の安定性
田
中 茂 和1
平価変更が国際収支(貿易収支)に与える影響については,マーシャルーラーナー条件 あるいはラーナー条件によれば,外国および自国の輸入需要の価格弾力性の和が1より大 きいか否かによって対称的な結論が得られる。この外国為替市場の安定条件は幾つかの仮 定に基ずいている。すなわち,イクスプリシットにはすべての市場において完全競争がゆ きわたっていること,初期において収支均衡が成立していることが仮定され,インプリシ ットには同質的ないしはアグリゲィティヴな輸出財,輸入財の存在,そして非貿易財もし くは遊休資源の存在(輸出入の供給弾力性無限大)が仮定されている。ここで問題とされ るのは第一の仮定で菊る。貿易財市場においてどの程度独占ないし寡占的プライシングが 行なわれているかはファクト・ファインディングを待つしかないが,外国為替市場と財市 場との関係を考察対象とする国際収支調整メカニズムの理論は,わずかの例外を除いて,
ユ.
すべて完全競争のもとでの分析である。
平価変更と国際収支をめぐる様々なアプローチの理論的成果に対して,幾つかの展望が 2
試みられている。例えばジョンソン〔1976〕は,理論的精緻化の連鎖に応じてそれらを5 つに(弾力性アプローチ,アブソープション・アプローチ,ケインジィアン乗数アプロー チ,ケインジィアン政策アプローチ,マネタリー・アプローチ)分類し展望しているが,
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なかんずく不完全競争一硬直価格アプローチは,別の機会に展望されているにもかかわち ず(ジョンソン〔1967〕),上記の論文においては何ら言及されていない。これに対して 最近の展望論文においてマギー〔1975〕は,平価変更に対する理論的アプローチを弾力性 アプローチ,アブソープションーマネタリー・アプローチ,不完全競争=硬直価格アプロ ーチの3つに分類し,三番目のアプローチがこれまで十分な注意を払われてこなかったと
して,正当な扱いを与えようとするとともに,今後の展開方向を示唆している。
エ,独占ないし寡占のもとでのフォーマルな分析は数える程しかない。Brems〔1953),Gray 〔1965〕,Officer 〔1966),Dunn〔1970〕を参照。
2.国際収支の理論に対する抱括的な展望については,Bloomf王eld〔1969〕,Krueger〔1969〕,
Stern〔1973〕,Magee〔1975〕Jo:hnson〔ユ976〕を参照。ほとんどすべての展望論文におい ては不完全競争一硬直価格アプローチを注目していない。例外は,Bloomfield,弼4.,Magee,
扉4.,Johnson〔1967〕にみられる。ブルームフィールドはグレイのモデルを,マギーはグレイ とダンのモデルを,ジョンソンは他のやや直感的もしくは相対的にレス・フォーマルな分析をま じえて,ブレムズとグレイのモデルを吟味しており,筆者の知る限りではオフィサーのモデルは これまで無視されてきたようである。筆者はすでに「不完全競争と国際貿易」についてサーヴェ イを試みる機会をもったが,とくに国際収支調整の分野については,都合により省略せざるをえ なかった(田中〔1973〕を参照)。いずれ別の機会に着手するつもりでいる。
3.この名称の名づけ親はマギー,弼4.,である。
そこで本稿では,財市場に独占を導入し,それが外国為替市場の安定性にどのような影 響を及ぼすかを検討する。つまり,ラーナー条件が,独占のもとで平価切下げが有効であ るために実際に必要な条件を過大評価するものか否かを明らかにする。完全競争のもとで は外国為替市場の需要,供給は,財市場の需要,供給関係から導かれるのに対し,独占の 場合にはそれらは独占産業の利潤極大条件から得られる。その場合独占輸出産業は,為替 相場を所与として,その国内通貨タームでの利潤を極大化するものと仮定することによっ
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て,外国為替市場における完全競争は維持される。
豆
二国世界を考える。先述の諸仮定のうち財市場にのみ独占をみとめ,輸出財,輸入財の 需要,供給はそれぞれの価格にのみ依存し,他財の価格,所得水準,貨幣残高等の影響を うけないものとする。単純化の為,さらに各輸出産業の限界費用はその国内通貨タームで 一定とし,生産には輸入投入物は使われないものとする。
プ :
P# :
P甥 :Pオ*:
P腕*二 x 二 M :
x* :
M*:
邦貨建ての為替相場 邦貨表示の輸出財価格 邦貨表示の輸入財価格 外貨表示の輸出財価格 外貨表示の輸入財価格
自国の輸出供給量 自国の輸入需要量 外国の輸出供給量 外国の輸入需要量
以上の定義を利用すると輸出財の市場均衡条件は
M*(Pκ*)一x(fPκ*)
(1)であり,輸入財については
x*(P拠*)一M(プPπ*)
(2)外国為替の供給
π。 :自国通貨表示の自国独占輸出産業の利潤
4.外国為替市場における独占については,Pearce〔1970〕,pp.43−4。
丁凡*=外国通貨表示の自国独占輸出産業の総収入 M瓦*:外国通貨表示の自国独占輸出産業の限界収入 TC。 :自国通貨表示の自国独占輸出産業の総費用 MCぎ:自国通貨表示の自国独占輸出産業の限界費用
・・一肇・一頭,掴の輸出額の価格弾力性
ノ_Pκ* 吻距 ηド;η躍 コIP。*
催髪・歪泊国の輸出供給の儲渤性
8:外国為替の供給
自国輸出産業の利潤は
π労(X)置r・T.Rκ*(X)一TG(X)
と表わされるから,利潤極大の一階条件は 4πκ
=プ・MR。*一Mα=O (31
4x
となる。これをさらに為替相場rについて微分し,先述の限界費用一定および輸入投入物 ゼロの仮定を考慮すれば
4x MRκ*
4プ 4MR潔*
r■
4x
が得られる。ここでMR。*=P。*(1一⊥)の関係を自国の輸出供給量Xで微分すれば ηぎ
4姿*一一毒・肇ロ磯+畷]
となる。ただし,利潤極大の二階条件
42π罪 4MRκ*
<0
4×2謂プ 4X
より調撒卿の項の符号は正である.弾力性タームで卿&・,響報用いて整
理すれば,為替相場の変化に伴なう輸出供給量の変化は次式で示される。
4X X ηノーηκ
ニ
47戸 7・ ηκ一1十ηノ
(4}
次に平価変更によって外国通貨表示の輸出財価格がどう変化するかをみよう。それは(1}
式を全微分して,弾力性の定義を用いて整理すればわかる。すなわち,ω式を全微分して 整理すると 1
6jp藩* 亀 み P#* η 十θ諾 r
〔5}
を得る。外国為替に対する供給5LP。*Xの変化は
髪要4(書≠x)一亨・x+{護・L・
であるから,これに(4),㈲式を代入して整理すると,
響一[ ヨη罪一η虻
ηκ一一1十ηノ
ーロ,碑批壽尉+聖需)コ・÷
一[(,響箒テ給ゐ+空罧)]・字
論]・字
(6)
を得る。
外国為替の需要
π甥 :外国通貨表示の外国独占輸出産業の利潤 TR :自国通貨表示の外国独占輸出産業の総収入 M R慨 :自国通貨表示の外国独占輸出産業の限界収入
7℃諾:外国通貨表示の外国独占輸出産業の総費用
MC柵*=外国通貨表示の外国独占輸出産業の限界費用・・…一一一 ̲・自国の轍霰の価格弾力性
ノ_ P 4η桝 η規二
ナ勉
ホ鷺「解釜・課。,姻の轍齢の価格照性
D:外国為替の需要
外国輸出産業の利潤は
π物(M)一1・TR魏(M)一TC ・(M)
であるから,利潤極大の一階条件
號一碁・MR−MC柵・一・ (3>
を,為替相場プについて前と同様に微分すると 4M 、MR携 4r 4MR彫 プ■
4M
1
)である以上,自国の輸入需要量Mで微分すれがえられる。いま.MR窺=P滅1一 η郷
ば次の式が導かれる。すなわち,
4雛一毒・脅[・一等+嘉]
このとき利潤極大の二階条件
欝一1・紹R常く。
より,角括弧の中の項は正の値をもつ。したがって,為替相場の変化に伴なう輸入需要量 の変化を弾力性タームで示せば,
誓 一一㌍・肋警鑑, (4)
となる。
一方,平価変更による外国通貨表示の輸入財億格①変化は,②式を全微分して整理する
と
欝*一藷。4 (5}
で表わされる。外国為替に対する需要D=.P*Mの変化は
釜ター壁禦L繰*・M+響・P柵・
である以上,これに(4ド,(5γ式を代入して整理すれば,
誓一一[,。ピ講。・+,論]・字
一一[{η。警}驚。 一η響袈伽}+η弩夏転1)]・字
一一[(継碧緬器ゐ+η撫吉。 )]・争 {6)・
となる。
外国為替市場の安定性
以上の結果を使えば,初期均衡点の近傍での為替相場の変化に伴なう外国為替に対する 超過需要の変化は,次のように表わされる。
4D一ゴ5一[ η窺(η彿2一η7π一67πη魏 ){(,_、+,の(,轟)+η喋転 )}・D
+{ ηκ(η2躍一η郭一6κηκノ)(ηκ一1−1一η;ノ)(8κ十ηぎ)+聖霧)}・3]・諭
初期においてはD罵5であるから,わずかの平価変更の結果生じる外国為替の需要,供給 の変化は
4D−45一一[(霧脅峯藷畠絵)+η撫壱。1)
÷(ηκ(ηノー一ηズーθκηノ)ηκ一1÷η二τノ)(8鉱十つ2κ)+姦商)]5・字一
したがって外国為替市場が安定的であるためには,
(η郷(η?岡;2一ηfπ一θ7πη駕ノ)η伽一1一トη伽ノ)(η常一ト6仰2)+η鷺乱1)
+(ηκ(ηκ2一ηκ一6κηκノ)ηκ一1十ηκ!)(8罪十η寛)+聖場})〉・ (7)
が成立しなければならない。とくに輸出財,輸入財における供給が完全に弾力的(碗=6。
一。。)であるときには,{7)式はその分子,分母の各項を砺,6謬で除す「と,
お ヨ
η窺 η粥 ノ ー一一鼈鼈鼈鼈鼈鼈黹ナ初η窺
6甥 8解
(ηバエ+曜)(物+1)
8常
η餌(1+一L)
67π
十
迦一十1
6隅 ヨ コ
ηκ ηκ , 『 一ηκηκ
θκ 8κ十
(ηrユ+η。・)(1+⊥)
召κ
+ ηザ1>0
1十2k 8κ
とかきかえられるので,外国為替市場の安定条件は
加+η一一:L一
iη撃π十・η粥!一 1η幌η魏ノ+加箒」、)〉・ (8)
となる。
皿
生産量の削減によって独占利潤が増大するものとする。通常需要曲線の弾力性が,小さけ
れば小さ前町蝶の市激配力1ま大きくなるから,このことは農く・・差鶏く 0を仮定することに等しい。すなわちηノ<0,肋 >0となる。そして輸出産業の利潤 極大のための二階条件から,丸括弧の中の第1項および第2項の分母が正の値をもつこと
がわかっている。結局,独占のもとでの外国為替市場の安定条件は,η汁ηザ1〈0の
場合でさえ安定市場の可能性があることを示唆している。完全競争のもとでは市場支配力餌存在しない以上,明らかにη〆一ηノー0となり,周 知のうーナー条件(いわゆるマーシャルーラーナー条件)
η。+η規>1
が導かれる。つまり,結論としてはうーナー条件は独占のもとでは国際収支調整策として の平価変更の実効性を過少評価することになるといえよう。逆にいえば,輸出独占が市場 構造によって許容される場合には,ラーナー条件は平価変更が有効であるために実際に必 要な条件を誇張するものである。
最後に本稿でえられた結論はグレイ〔1965〕の分析から導かれたものとほぼ軌を一にす る。グレイの分析は寡占のもとでの輸出価格維持に基ずくが,いずれにせよ不完全競争一 硬直価格アプローチによる部分均衡分析の限りでは,市場構造の完全競争からの乖離は,
5 外国為替市場の安定性にポジティヴな貢献をするといえそうである。
(エ978年7月21日記)
5.本稿における分析のねらいはOfficer, oρ. o肱,のそれとほぼ同じであるが,分析の仕方は 異なる。オフィサーのモデルは弾力性アプローチとは独立の固有の概念を用いており,市場構造 が完全競争から独占へ移行すれば,外国為替市場の安定性は高まるか否かという問に答えること 歩できるようにイスタブリッシュされていない。それ故本稿にあっては,そうした比較分析を 可能にするよう,安定条件(ラーナー条件)を独占のケースへ直接拡張する方法がとられてい
る。
$ g Jt wt
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