今日の話題
278 化学と生物 Vol. 52, No. 5, 2014
がんの分子標的予防法 ・ 治療法の開発に向けた基礎研究
TRAIL 経路を介したがん細胞特異的アポトーシスの誘導
悪性腫瘍は,現在の日本人における死因の第一位であ り,その予防・治療に関して多くの研究がなされている.
その結果,細胞増殖調節機構,細胞死(アポトーシス)
調節機構,遺伝子修復調節機構などのさまざまな調節機 構の異常が発がんに関与していることが明らかとなって きた.がんの化学療法ではがんの分子メカニズムおよび さまざまな薬剤の薬理メカニズムが明らかにされ,科学 的に根拠をもつ分子標的薬が注目を浴びている.筆者ら は,こういった背景を基に,分子メカニズムに基づいた 分子標的薬や分子標的食品成分を組み合わせることで,
がん細胞特異的作用のみを増強し,副作用を軽減しうる 可能性を検討している.その中でも,筆者は特にアポ トーシス誘導において重要な分子である,tumor necrosis factor-related apoptosis-inducing ligand (TRAIL) に着 目している.
TRAILは,細胞膜に存在する特異的受容体への結合 を介してアポトーシス誘導シグナルを細胞内に伝達する 抗腫瘍性サイトカインである(1).TRAIL受容体として,
death receptor (DR) 4, DR5が知られている(2, 3).TRAIL が結合した後,DR4およびDR5は三量体を形成し,アダ プタータンパク質のFADDを介してcaspase-8が結合す ることにより複合体 (death inducing signaling complex ; DISC)が形成される(4).その後,caspase-8は自己分解 によって活性化され,2つの経路を介してアポトーシス を刺激する.すなわち,実行caspaseであるcaspase-3の 活性化へと進むextrinsic pathway,あるいは,Bidの切 断からミトコンドリア膜電位消失,cytochrome 放出,
caspase-9の活性化,caspase-3の活性化へと進むintrinsic pathwayへと進む(5) (図1).
TRAILは,DR4およびDR5への結合によりさまざま なヒトがん細胞にアポトーシスを誘導するが,正常細胞 に対する影響は非常に低いことが多数報告されている.
これは,腫瘍部・がん細胞と比較して,正常組織・正常 細胞においてはDR4およびDR5の発現量が低いためと考 えられている.さらに1999年,Walczakらの行った前臨 床試験において,recombinant TRAIL (rTRAIL) の投 与は強力な腫瘍退縮効果を示したことから(6),がん治療 においてTRAIL経路に対する注目は非常に高まった.
副作用を抑えた次世代のがん治療薬として,rTRAILお よびDR4抗体,DR5抗体の臨床試験が現在も進められ ている(7).さらに興味深いことに,Zerafaらの報告によ ると,TRAILをノックアウトしたマウスは発がん率の 増加を示し(8),その後,Grosse-Wilde,Finnbergらは,
DR5をノックアウトしたマウスが発がん率やがん転移率 の増加を示すことを報告した(9, 10).2012年には,Wilson らは腫瘍血管内皮細胞におけるDR5の発現量は正常血 管内皮細胞に比較して非常に高く,TRAILによるアポ トーシスに高感受性を示したと報告している(11).以上 より,TRAILはがんに対して高い特異性を有すること から,がん治療およびがん予防において,極めて重要な 働きを担うことが期待されている.しかしながら,TRAIL 経路を標的とするうえで,いくつかの問題点が存在する.
まず,①TRAIL耐性を獲得しているがん細胞の存在,
②rTRAILの生体内における不安定性(半減期が短い)
などである.①についてはXIAP, survivin, Bcl-xLといっ たアポトーシス阻害因子の過剰発現などの関与が示唆さ れている(12).その解決策として,これらアポトーシス 阻害因子の発現抑制剤とTRAILとの併用,ないしは TRAILのレセプターであるDR4,DR5の発現をさらに 増強する低分子化合物とTRAILとの併用により,extrinsic pathway経由のアポトーシスを増強させるなど,TRAIL 耐性機構に合わせた克服法が数多く報告されている.そ
図1■TRAILにより誘導されるアポトーシス経路
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れらの多くは 試験での基礎研究であるが,将来 的に個々のTRAIL感受性が診断可能という時代が訪れ たとき,実際的ながん治療法に向けた分子標的併用療法 の一つとなりうるかもしれない.②の問題点に対しては,
より安定性が高く,三量体化しやすいrTRAILの開発研 究も進められている.一方で筆者らは,別の観点から,
生体内TRAIL量を増強することで,この課題に対する 克服の可能性があると考えた.
TRAILの主な産生細胞は,好中球,単球,T細胞,
NK細胞,樹状細胞などである.細胞膜結合型TRAIL
(membrane TRAIL ; mTRAIL) と,mTRAILがTRAIL 切断酵素によるsheddingを受け,細胞外に放出された 可溶型TRAIL (soluble TRAIL ; sTRAIL)が存在する.
筆者らは,実際にヒト末梢血単核球(PBMC),および ヒト好中球(PMN)を用い,TRAILの産生を誘導する 成分を探索した.mTRAILについては,蛍光色素で標識 したTRAILモノクローナル抗体を用い,フローサイト メトリーにて検出・評価を行った.sTRAILについては,
培養上清中のTRAIL量をELISA法により検出・評価し た.既報から,TRAILの発現を誘導するものとして,
IFN-
α
, IFN-γ
, LPSなどが知られている.筆者らは,陽性 対照としてIFN-α
を用い,より低コストに供給可能であ り,かつ予防にも応用しうるいくつかの候補成分から探 索を始めた.京都のルイ・パストゥール医学研究セン ターとの共同研究の結果,京漬物から単離した植物性 乳酸菌株の中から, S1, DB22, DS41の3株に,ヒトPBMCにおける顕著なTRAIL発 現誘導効果を認めた(13).乳酸菌のTRAIL誘導効果は,mRNAレベルおよびタンパク質レベルで確認された.
さらにIFN-
γ
, IFN-α
の各ブロッキング抗体によって乳 酸菌によるTRAIL発現誘導効果が有意に抑制された.TRAIL遺伝子のプロモーター配列中にはIFN-stimulated response elements (ISREs)が存在することから,乳酸 菌刺激によるIFNの誘導を介するものと考えられる.
実際,3株の乳酸菌刺激によるTRAIL発現誘導の際,
IFN-
γ
ならびにIFN-α
の発現誘導も確認している(13).腸 管免疫系では,腸管上皮,腸管上皮間リンパ球,パイエ ル板,粘膜固有層などが相互間で連絡を取りながら免疫 機能を維持している.摂取された乳酸菌も,これら腸管 免疫系によって取り込まれ,免疫担当細胞と接触し,腸 管免疫から全身免疫へと働きかけることにより,TRAIL 産生誘導作用を発揮すると推測される.乳酸菌からの TRAIL誘導効果を報告した試験(13)における乳酸菌添加 量は,生体内でも到達の可能性が見込まれる濃度と推測 される.また,TRAILの発現は,多くの細胞において 認められている.免疫担当細胞に比べ発現は低いものの,各種ヒトがん細胞株においても,ある種の刺激によって TRAILの発現が増強することが報告されている.した がって,血中に限らず,消化管においても,TRAIL発 現誘導効果は期待できると考えられる.前述のように,
TRAILは受容体を有しない正常細胞に対してはアポトー シスを誘導しないと考えられている.よって,がん細胞 の発生に伴い,速やかにアポトーシスを誘導し,非常に 早期の段階で予防的にがん細胞を排除してくれるものと 期待している.
さらに近年では,膀胱がんの新規治療法を目指す過程 で,TRAIL誘導成分を見いだした(14).現在,筋層浸潤 のない膀胱がんに対して最も成功している免疫療法とし てBCG膀胱注入療法が挙げられるが,播種感染や敗血 症,多臓器不全などの深刻な副作用がいまだ存在する.
それゆえ,BCGと同様の抗がん作用を有しながら,副 作用の少ないほかの菌体の同定は膀胱がん患者に対する 図2■乳酸菌(左)および酪酸菌(右)
によるTRAIL産生誘導作用
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治療として求められている.近年,BCGの治療効果の 一機序として,膀胱粘膜におけるPMNの浸潤促進と,
PMNからのTRAIL誘導が示唆されていることから,
陽性対照としてBCGを用い,PMNにおいてTRAIL誘 導効果を有するほかの菌体の探索を試みた.その中で,
ミヤリサン製薬株式会社との共同研究の結果,経口整
腸剤に使用されている酪酸菌 (
MIYAIRI588) に,その作用を認めた.さらにがん細胞 に対する,PMNの細胞傷害活性を増強するという結果で あった(14).酪酸菌は,前述の乳酸菌とは異なり,TRAIL の発現量そのものは増強せず,細胞内TRAILの放出の み促進することが判明した.そのメカニズム解析のた め,TRAIL強制発現細胞株を作製した.TRAILのアミ ノ酸配列を解析すると,MMP-8切断予測配列が存在し ていたことから,MMP-8切断予測配列に対するミスセ ンス変異導入実験,siRNAによるMMP-8ノックダウン 実験を行ったところ,いずれの結果においても培養上清 中のsTRAIL量の顕著な減少を認めた.実際に,PMN 培養上清中のMMP-8量は,酪酸菌投与により,顕著に 増強していた.これまでTRAILのsheddingを担う酵素 は十分に明らかにされていなかったが,本研究において,
MMP-8がTRAILのsheddingにかかわる酵素であるとい う結果が得られたことは,TRAIL産生メカニズムの解 明につながると考えられる(14)(図2).この研究の成果と して,酪酸菌がBCGと同様に膀胱内注入療法に使用で きる可能性が期待される.
TRAIL経路の活性化に着目した基礎研究の結果,抗 がん剤候補物質やすでに臨床で使用されている各種薬剤,
そして食事によって摂取可能な天然化合物などにおいて,
多くのTRAIL感受性増強効果が報告されている(12, 15). 今後,これら候補物質の 試験データの蓄積に加え,
将来的にTRAIL感受性診断基準などが設けられること によって,効率良く無駄のないがんの治療法・予防法の 提案が可能になってくると思われる.
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(堀中真野,京都府立医科大学大学院医学研究科)
プロフィル
堀中 真野(Mano HORINAKA)
<略歴>2001年京都府立大学農学部生 物資源化学科卒業/2003年同大学大学院 農学研究科生物機能学専攻博士前期課程 修了/2006年日本学術振興会特別研究員
(〜 2008年)/2008年京都府立医科大学大 学院医学研究科統合医科学専攻博士課程修 了/同年同大学大学院医学研究科分子標的 がん予防医学助教/2013年同講師(学内), 現在に至る/<研究テーマと抱負>がんの 予防法・治療法の開発につながる研究を続 けたいと考えています/<趣味>旅行