はじめに
言うまでもなく、一方的な軍備の削減(軍縮)は自国の防衛能力の減少、すなわち脅威の増大を意 味するが、二国間もしくは多国間において合意の下で軍備を削減する場合、「相対的」には軍備の縮小 が防衛能力の減少に必ずしも直結するわけではない。しかしながら、軍縮のプロセスにおいて、自国 が合意を遵守して軍備を削減する一方で他国がその合意を遵守しなければ、軍事力の不均衡が生じ自 国の安全保障が害される可能性が高まる。また、たとえ実際に裏切り行為(合意の不遵守)を行なっ ていなくとも、そのような懸念があれば、自国の軍縮の実施を躊躇し、約束の履行プロセスが妨げら れることになる。したがって、軍縮・不拡散に係る国際的な取り決めにおいて、それらの国際約束に 規定されている義務を締約国が誠実に履行し、約束を遵守しているかどうかを客観的に確認すること は、国際約束の実効性を担保する上で重要である。そのための作業が検証(verification)であり、検 証を通じて合意の締約国間の軍縮プロセスの透明性(transparency)を確保するのである。透明性の 確保は、合意締約国間において軍縮プロセスを進展させるにあたって、戦力バランスの不均衡の発生 等の安全保障上の懸念を解消する信頼醸成(confidence-building)の措置として重要な役割を果たす。
また、当事国以外にも国際社会に対して緊張緩和の明確なメッセージを発することになり、そこから 他の安全保障プロセスへの波及効果も期待できる。
このような軍縮プロセスの前提として、現在保有する核兵器の量や種類などを申告(declaration)
する必要があるが、核兵器国の核保有量を明らかにすることは、核兵器国の軍事ドクトリンを含む核 政策を明らかにすることとともに、非核兵器国も含めた国際社会の信頼醸成にもつながる。透明性の 確保により、偶発的な核兵器の使用の防止や安全保障政策における核兵器の役割の低減への道筋もつ けることが可能になる。
また、核兵器の軍縮プロセスにおいて、とりわけ重要な核分裂性物質の取扱については、軍縮プロ セスを確かなものとするために、核分裂性物質が軍事的な用途に再利用されないような措置をとるこ とが重要である。この再利用が不可能であることを不可逆性(irreversibility)という。不可逆性の担 保は、核分裂性物質のみならず、運搬手段や核兵器の開発・製造に関連する施設や、核開発・製造に 従事する科学者やエンジニア(あるいは、「知識」一般)についても、再び軍事的な活動に従事しない ような手当てをすることが必要である。
核軍縮の検証については、米国とソ連(のちにロシア)の二国間の軍備管理のプロセスにおいてそ の定義、対象、手法等について様々な議論が展開されたが、完全な核軍縮が不可能な理由の一つとし て、検証が不可能であるという点があげられてきた。しかし、その後、南アフリカ共和国による核兵 器の放棄や、湾岸戦争後のイラクにおける核開発計画の解体などを通じ、国際的な環境さえ整えば、
核軍縮は適切に検証することが可能であることが示唆されている。言うまでもなく、これらの事例は、
米国やロシア、その他の核兵器保有国による核軍縮とは核戦力の規模も戦略的な意味合いも異なるた め、同列に比較することはできない。しかし、検証を伴った核廃棄にかかる論点を抽出したという意 味では非常に有効な事例であろう。
以下、本稿では、核兵器の削減において、「透明性」、「不可逆性」、「検証」が果たす役割と、それ らを確保する方途・手段について、これまでの議論を概観し、それに基づき透明性・不可逆性の確保 および核兵器や核分裂性物質の削減の検証と核兵器や兵器用核分裂性物質削減のあり方の関係につい て議論する。
1.軍縮・軍備管理条約における検証問題
(1)
最近の核軍縮をめぐる議論と検証・透明性・不可逆性最近、核軍縮に対する関心が高まっている。とりわけ、2007年1月にいわゆる「ギャング・オブ・
フォー(Gang of Four)」が、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に「核のない世界」1を寄稿する と、世界各地でもこれに呼応するように核兵器削減に対する声が高まってきた。米ロ間では、第一次 戦略兵器削減条約(START I)の失効を2009年12月に控え、
STARTおよび戦略攻撃能力削減条約(モ
スクワ条約)を引き継ぐ軍備管理枠組みの交渉が行われている。そうした交渉に向け、米国内および 国際社会では、現行のモスクワ条約における1700から2200発というレベルでの戦略核弾頭のバランス をさらに低レベル(たとえば1000発)へと引き下げるべきとの議論(あるいは引き下げるであろうと いう観測)が高まっている。また、モスクワ条約においては、核兵器の削減は検証措置を伴わないも のであったが、オバマ政権は、検証措置を取り決めることに前向きである。検証・透明性・不可逆性は、第一に、核兵器の廃棄および核兵器製造の能力の消去の出発点(ベー スライン)として、次に能力評価およびプロセス進展に必要な信頼の醸成、核解体が実施されたこと
(実効性)を担保するために必要となる。核兵器不拡散条約(NPT)の運用検討プロセスにおいても、
こうした核軍縮における検証、不可逆性、透明性の重要性について繰り返し言及されている。2000年 のNPT運用検討会議の最終文書には、核軍縮の「透明性、不可逆性、検証可能性」の原則が合意され た2。2008年NPT運用検討会議準備委員会でも、いくつかのステートメントにおいてこれらの原則に ついて言及がなされている。欧州連合(EU)は、そのステートメントにおいて、核兵器国がSTART およびモスクワ条約に引き続いてさらなる削減をする必要、および不可逆性、透明性、検証可能性の 原則を強調する。また、核弾頭を非作動/不活性化(de-activation)し、軍事用の核分裂性物質備蓄 を核兵器に利用できないような物理的な状態に転換する努力の必要、すなわち不可逆性についても触
1 George P. Shultz, William J. Perry, Henry A. Kissinger and Sam Nunn, “A World Free of Nuclear Weapons,”The Wall Street Journal (January 4, 2007), p.A15.
2 “Final Document,” 2000 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons, New York, 2000. <http://www.reachingcriticalwill.org/legal/npt/2000FD.pdf>, accessed on March 24, 2009.
れている3。新アジェンダ連合(NAC)は、核兵器国に対し、現在の保有状況を明らかにすると共に、
国家安全保障・地域安全保障のドクトリンにおいて核兵器への依存を削減する計画を示すことを求め る4。またイギリスの主導する軍縮の検証に関する会合に関与することを慫慂する。言うまでもなく、
日本も、2000年の最終文書で合意された3原則「透明性、不可逆性、検証可能性」を強調し、核兵器 の役割の減少と核兵器使用の敷居をなるべく高くすることを主張している5。
また、兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)交渉においても、検証が焦点となっている。
FMCT
をめぐる交渉は、1993年11月の国連総会の勧告によりジュネーヴの軍縮会議(CD)で行うことが合 意された。1995年、カナダのジェラルド・シャノン(Gerald E. Shannon)大使の報告書に基づき、「核兵器あるいはその他の核爆発装置のための核分裂性物質の生産を禁止する、無差別、多国間で、
国際的・効果的に検証可能な条約」について交渉を行う特別委員会の設置が合意された6。その後、
FMCTをめぐる交渉は、
「宇宙における軍備競争の禁止」(PAROS)など他のイシューとリンクさせることを主張する中国と米国の対立など、政治的に行き詰まりを見せていたが、2006年になって米国が 提案した条約案は、既存のストックについては条約による規制の対象とせず、将来の生産のみを禁止 対象とすること、および有効な検証は不可能であるという理由から「国際的・効果的に検証可能」と いう部分が盛り込まれていなかった7。この提案には、核分裂性物質の生産禁止が検証を伴わない場合、
どの程度実効性をあげることができるのか、という大きな疑問があるが、同時に、実効的な検証は、
とりわけ多国間の条約の中で実施していくことは非常に難しいのではないか、との論点についても想 起させる。すなわち、「実効的な検証」を技術面だけでなく政治面からどのように定義するのかが問わ れることになろう。
3 “Statement by H. E. Ambassador Andrej Logar, Permanent Representative of Slovenia, on Behalf of the European Union,” Preparatory Committee for the 2010 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons, 2nd Session, Geneva, April 30, 2008.
<http://www.reachingcriticalwill.org/legal/npt/prepcom08/statements/Cluster1/April30Slovenia_behalf%20of
%20EU.pdf>, accessed on March 24, 2009.
4 “Statement by H. E. Don Mackay, Permanent Representative to the United Nations in Geneva, New Zealand on Behalf of the New Agenda Coalition,” Cluster One, Preparatory Committee for the 2010 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons, April 30, 2008.
<http://www.reachingcriticalwill.org/legal/npt/prepcom08/statements/Cluster1/April30NewZealand.pdf>, accessed on March 24, 2009.
5 Ga “Cluster 1: Nuclear Disarmament,” Working Paper Submitted by Japan, 2nd Session, Preparatory Committee for the 2010 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons, Geneva, April 28, 2008. <http://www.reachingcriticalwill.org/legal/npt/prepcom08/papers/
WP10.pdf>, accessed on March 24, 2009.
6 “Report of Ambassador Gerald E. Shannon of Canada on consultations on the most appropriate arrangement to negotiate a treaty banning the production of fissile material for nuclear weapons or other nuclear explosive devices,”CD/1229, 24 March 1995.
7 「ジュネーヴ軍縮会議(CD)における兵器用核分裂性物質生産禁止条約に関する集中討議―概要と評価」、平 成18年5月31日、外務省ホームページ<http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/fmct/tougi_gh.html>2009年2月 20日アクセス。