はじめに
中国は、1964年
10
月の核実験後、ペースは早くないものの着実に核戦力の整備を進めてきた。冷 戦が終了して20
年近く経た今日にあっても、核不拡散条約(NPT)上の5
核兵器国の中で唯一、核 戦力増強の手をゆるめていない1。このように、中国は、一貫して核戦力の強化を推し進めているが、核兵器の運用政策や核ドクトリンについて言及することがほとんどないために、その核抑止戦略を見 極めることは容易ではない。他方、安全保障研究者の間では、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水 艦発射弾道ミサイル(SLBM)など中国の戦略核兵器運搬手段が量的にも質的にも限られていること か ら 、 中 国 の 核 抑 止 戦 略は 少 数 の 都 市 に 対 す る 報復 核 攻 撃 に 基 づ く 「 最 小限 抑 止 (
minimum deterrence)」戦略をとっているとの見方が多い。しかし、命中精度の向上した DF-31
およびDF-31A
・ICBM
が展開されはじめたことから、相手の戦略核戦力を叩くカウンターフォース能力を活用する抑 止戦略に移行する可能性もでてきている。また、米国の弾道ミサイル防衛(BMD)計画に触発されてICBM
やSLBM
などの戦略弾道ミサイルの増強テンポを早める可能性も否定できない。こうした可能 性を念頭に置いて、本稿の前段では現在の中国の核抑止戦略の特徴や課題、さらには将来の方向性を 検討する。後段では、前段で検討した中国の核抑止戦略と核戦力整備政策を踏まえ、中国の核戦力が北東アジ アの安全保障、とりわけ日本と韓国の安全保障に及ぼす影響を考察する。さらに、昨今、核廃絶をも 視野に入れた核軍縮へのモメンタムが高まっているが、こうした情勢のなかでの核不拡散や核軍縮に 対する中国の姿勢についても検討を加えることとする。分析手法としては、これまでの中国の核軍備 管理・軍縮・不拡散に関する姿勢を分析し、今後の動向を推し量ることとしたい。
1.核戦力の構成と特徴
中国の核兵器運搬手段は、地上発射弾道ミサイル、爆撃機、SLBM、それに地上発射および航空機 発射巡航ミサイルである。これらの運搬手段のうち、米国本土に届く運搬手段は、
1981
年から配備さ れているDF-5A
と2008
年から配備され始めたDF-31A
・ICBM
である。DF-5A
は、射程が約13,000km
であり約20
基配備されているが、液体燃料であり、しかも配備方式は固定式であるため、残存性に 問題がある。これに対し、固形燃料を使用するDF-31A
は射程が約11,200km
であるが、命中精度を 向上させるとともに道路移動式であるため、残存性が高い。2008年の夏現在、DF-31A は6
基程度 配備されていると見積もられている2。最終的なDF-31A
の配備量を推し量ることは難しいが、中国は、1 例えば、Christopher P. Twomey, “Chinese-U.S. Strategic Affairs: Dangerous Dynamism,” Arms Control Today, vol. 39, no. 1, (January/February 2009), p. 17.
2 Robert S. Norris and Hans M. Kristensen, “Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2008,”Bulletin of the Atomic Scientists, vol. 64, no. 3 (July/August 2008), pp. 42-43.なお、ストックホルム国際平和研究所は、10
米国の本土防衛用の
BMD
配備の趨勢に応じて、報復核能力の確保のために同ICBM
を増強していく ものと考えられる。SLBM
戦力についてみると、中国は、Xia(夏)級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)を1
隻保有しているが、港に係留されたままの状況が続いている。しかも射程約1,000km
のJL-1
・SLBM
(固形燃料推進式)は現在搭載されているか否か疑わしいため3、米国本土に対する報復能力は持って いないとみるべきであろう。しかし中国は、海軍力の増強を重視しており、その一環として
SSBN/
SLBM
戦力の増強も顕著である。中国は、Xia
級SSBN
の後継としてJin(晋)級 SSBN
の建造を進 めており、将来的には4~5
隻を保有するものと予想されている。Jin
級SSBN
の1
番艦、2
番艦はそ れぞれ2004
年、2006年に建造が終了し、現在艤装中と伝えられている4。また、Jin級SSBN
に搭 載するSLBM
はDF-31A
より射程の短いDF-31
(射程約7,200km)をベースにした JL-2
・SLBM
(固 形燃料推進式)を開発している。Jin級SSBN
の実戦配備の開始時期は予想し難いが、同SSBN
が展 開され、太平洋を奥深く遊弋する能力を備えれば、米国本土を射程におさめることも想定される。このように、現在のところ、米国本土に対する中国の報復核攻撃能力は限られているが、アジア全 体およびロシアを射程に収める戦域的な核兵器運搬手段は多く見受けられる。地上発射弾道ミサイル では、先に指摘した
DF-31
を6
基程度のほか、射程約5,400km
のDF-4
(液体燃料推進式)、3,100km
のDF-3A(液体燃料推進式)、2,100km
のDF-21(固形燃料推進式)をそれぞれ 17、17、55
基配 備している5。核能力作戦機については、航続距離が約3,100km
のHong-6
爆撃機を20
機程度保有し ているほか6、Q-5戦闘爆撃機の一部も核兵器を装備できる。また、2007 年から配備され始めた核能 力運搬手段として射程約2,000km
のDH-10
対地攻撃型巡航ミサイルがある。DH-10
は地上発射およ びHong-6
爆撃機に搭載する空中発射型があり、約50~250
発配備されていると見積もられているが、実際に核弾頭を搭載している
DH-10
のタイプや数量は不明である7。中国は、戦術核兵器の保有状況や配備について曖昧な態度をとり続けている。自国の戦術核兵器に ついて中国政府が言及した事例は見あたらないが、一部の中国の研究者は、戦術核兵器の保有を否定 している8。しかしながら、1970年代末に低出力の核実験を数回実施していること、
1982
年6
月に戦基未満と推定している。Stockholm International Peace Research Institute (SIPRI), SIPRI Yearbook 2008:
Armaments, Disarmament and International Security (Oxford: Oxford University Press, 2008), p. 386.
3 Norris and Kristensen, “Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2008,” p. 43. また、SIPRI, SIPRI Yearbook 2008, p. 387.
4 Stockholm International Peace Research Institute,SIPRI Yearbook 2008, p. 387.
5 Norris and Kristensen, “Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2008,” p. 43.
6 Ibid.
7 Norris and Kristensen, “Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2008,” p. 44.ま た 、 Hans M.
Kristensen, “China Defense White Paper Describes Nuclear Escalation,” FAS Strategic Security Blog, January 23, 2009 <http://www.fas.org/blog/ssp/2009/01/chinapaper.php>, accessed January 31, 2009.
8 Chu Shulong and Rong Yu, “China: Dynamic Minimum Deterrence,” Muthiah Alagappa, ed., The Long Shadow: Nuclear Weapons and Security in 21stCentury Asia (Stanford: Stanford University Press, 2008), p.
170.
術核兵器の使用を想定した軍事演習を実施していること、さらには
1996
年9
月に包括的核実験禁止 条約(CTBT)が国連で採択される直前に戦術核弾頭の実験を行った可能性があることなどから、配 備はともかく中国が戦術核兵器を保有している公算が高い9。中国が戦術核兵器の配備について言及を 避けているのは、中国が1964
年10
月に実施した最初の核実験直後から核兵器の先行不使用を宣言し ているためであろう10。なお中国は、射程約600km
のDF-15
(固形燃料推進式)および射程約300km
のDF-11
弾道ミサイル(固形燃料推進式)を台湾の対岸近辺に多数配備しているが、核兵器を搭載し ているとはみられていない11。2.戦略核抑止と核兵器の運用政策
2009
年1
月に公表された『中国の国防2008
年』によると、中国は「自衛的(self-defensive)な 核戦略」を追求しており、陸上配備の戦略核戦力を担う第2
砲兵部隊は「他国による中国に対する核 兵器使用を抑止し」、核攻撃された場合には「他の軍種の核戦力とともに核兵器による反撃を行う」と述べるなど12、中国の核戦力は、核兵器保有国からの核攻撃を抑止することを基本目的にしている。
ただし、平時においては、
DF-5A
など中国の液体燃料推進式の弾道ミサイルには核弾頭が搭載されて いないと推定されている。DF-31A のような固形燃料推進式の弾道ミサイルについてははっきりして いないものの、おそらく平時にあっては同様に核弾頭を搭載していないものとみられている13。なお、中国は戦略レベルの早期警戒能力を十分に整備していないとみられてきたが、『中国の国防
2008
年』において、平時、危機、核攻撃の
3
段階それぞれにおける第2
砲兵部隊の対応を概略していることに 鑑み14、一定程度の早期警戒能力を備えつつあるのかもしれない。保有する核戦力の態様や整備方針については、「小規模だが効果的(lean and effective)」な核戦 力の整備を目指すこと、さらには過去いかなる国とも核軍備競争を行わなかったし、今後も核軍備競 争を行わないと述べている15。また中国は、1964年
10
月の最初の核実験後に表明した無条件の核兵9 SIPRI, SIPRI Yearbook 2002: Armaments, Disarmament and International Security (Oxford: Oxford University Press, 2002), p. 557; Norris and Kristensen, “Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2008,”
p. 44. なお、中国は約 150発の戦術核兵器を保有しているとの意見もある。 “NTI: Country Profiles: China”
<http://www.nti.org/e_research/profiles/China/Nuclear/index.html>, accessed on February 9, 2009を見よ。
10 Li Daoyu, “Foreign Policy and Arms Control: The View from China,”Arms Control Today, vol. 23, no. 10 (December 1993), p. 9. また、The Information Office of China’s State Council,China’s Endeavors for Arms Control, Disarmament and Non-Proliferation, September 1, 2005 <http://www.fmprc.gov.cn/eng/zxxx/
t209613.htm>, accessed on April 6, 2007.
11 Norris and Kristensen, “Nuclear Notebook: Chinese Nuclear Forces, 2008,” p. 44.
12 Information Office of the State Council of the People’s Republic of China, China’s National Defense in 2008 <http://english.gov.cn/official/2009-01/20/content_1210227.htm>, accessed on January 23, 2009.
13 Kristensen, “China Defense White Paper Describes Nuclear Escalation.”
14 Information Office of the State Council of the People’s Republic of China, China’s National Defense in 2008.
15 Ibid.
器先行不使用宣言を
NPT
上の核兵器国の中で唯一堅持し続けるとともに16、他の核兵器国に核の先行 不使用体制の構築を促している。さらに中国は、非核兵器国や非核地帯に対し核攻撃や核威嚇を加え ないという消極的安全保証を無条件で宣言している17。先に指摘したように、中国は戦略核戦力の増強を進めているが、そのペースは決して早くない。米 国本土に届く
ICBM
をみても、DF-5Aに加え、2008年頃から道路移動式で命中精度の向上した新型ICBM・DF-31A
の配備を開始したが、数量的には、DF-31Aを配備する以前の10
年間、約20
基の まま大きく変化しなかった18。2000
年の時点で、中国のICBM
の年間生産力が10~12
基と見積もら れていたことを考慮すれば19、ICBM の増強に関しては、DF-31A の配備開始以前、中国は明らかに 抑制的な姿勢をとってきたと言える。こうした態勢をとってきた背景には如何なる戦略的判断があったのであろうか。一つには
DF-5A
の命中精度が500~1,000m
と推定されているように20、大陸間の射程を持つ弾道ミサイルの命中精度 に難があることから、抑止戦略が対都市報復戦略の域を超えることができなかったためと考えること ができる。対都市報復能力に抑止力を見出さざるを得ないのであれば、DF-5Aの残存性を中国の為政 者が必要と考える程度確保できる限り、多数のICBM
を配備する必要はない。いわゆる「最小限抑止 戦略」である。中国政府が自国の抑止戦略を公式に「最小限抑止」という表現で説明した事例は見あ たらないが、長年、ICBM
戦力を約20
基前後に留めていたことを考慮すれば、中国の戦略抑止が「最 小限抑止」に依拠していると見なすことは可能であろう。ただし、抑止論からみて当然のことである が、「最小限抑止」は、中国に対する核攻撃を抑止するのに必要と為政者が判断する最低限の能力を 指しているのであり21、配備したICBM
の数量によって規定されるものではない。「最小限抑止」に 必要とされる中国の戦略核戦力は、ICBM を含めた中国の戦略核戦力の残存性の推移や、BMD など 相手側の戦略防衛能力次第で変化する動的なものと捉えなければならない。中国の抑止戦略が「最小限抑止」戦略に留まり続けると断定することはできない。核抑止論からみ ると、単なる対都市報復能力に基づく抑止よりも、これに加え損害限定能力、すなわち相手の戦略核 戦力を攻撃するカウンターフォース能力や
BMD
をはじめとする戦略防衛能力を、一定程度、備えた16 Ibid.
17 中華人民共和国国務院報道弁公室『2006 年中国の国防』(北京週報日本語版)6頁<http://www.pekinshuho.
com/wxzl/txt/2007-04/19/content_62028.htm#>。
18 SIPRI,SIPRI Yearbook 1999: Armaments, Disarmament and International Security (New York: Oxford University Press, 1999), p. 555および. SIPRI,SIPRI Yearbook 2008, p.386を参照。
19 Robert A. Manning, Ronald Montaperto, Brad Roberts, China, Nuclear Weapons, and Arms Control: A Preliminary Assessment (New York: Council on Foreign Relations, 2000), p. 36.
20 DF-5Aの命中精度については、様々な見方があるが、CEPが約500mという意見については、<http://www.
onwar.com/weapons/rocket/missiles/China_DF5.html>, accessed on February 23, 2009 を参照。また、約 1,000m と い う 見 方 に つ い て は 、<http://www.sinodefence.com/strategic/missile/df5.asp>, accessed on February 23, 2009を参照。
21 Shulong and Yu, “China: Dynamic Minimum Deterrence,” pp. 168-169.