Duncan Uncas Middletonのもう一つの役割
世界の改革者としてのMiddleton
肴 倉 宏
D11m㎜Umca8Miωletom,s SO11Mo㏄Impo血㎜t Role:
㎜dd1el㎝AsaMomero舳eWorld
Hiroshi Sakanakura 抄 録 光と闇は、肋e肋池を構成する重要な要素であるだけでなく作品のテーマを支える重 要な意味も与えられている。光と闇は、それぞれ、善と悪を象徴的に示している。Duncan Uncas Middletonが肋e片。池の舞台に登場するまでにアメリカは、急速な都市化と世俗 化を経験している。Middletonは、キリスト教民主主義を通してアメリカ社会だけでなく ヨーロッパ社会をも改革しようとする。 キーワード:ジェームズ・フェニモア・クーパー、 「大草原」、ダンカン・アンガス・ミ ドルトン、アメリカ社会、ヨーロッパ社会 (2002年8月27日 受理) Abs血actThe cρntrast between light and darkness constitutes both stn』ctural and thematic rrames
of肋ε〃。〃ε.Light symbolizes good while darkness symbolizes evil.America has
undergone a rapid urbanization and secular:zation before Duncan Uncas Middleton
appea㎎on the stage of肋e丹。〃a Middleton tries to reform not only an American socie蚊
but a−so a European society。
K封word5:」ames Fenimore CoopeL肋ε〃ω旭Duncan Uncas Midd1eton,an American
society,a European society
James Fen1more Cooperの励ε片口〃ε(1827)に描かれたDuncan Uncas Midd1etonは、 物語が始まってしばらくした第10章から登場している。第ユ0章から登場するMiddletonを 光と闇から構成された肋e肋〃eの舞台の中で捉え直してみると、Middletonは象徴的な 意味を与えられた新しい人間像として浮かび上がってくる。Middletonは、メシヤUncas とHard−Hea血の死と復活を信じる信仰を通して救いを得た宗教的な人間であるだけでな く、急激な都市化と世俗化を経験したアメリカの都市社会をキリスト教民主主義の手法を 用いて平等で公正な社会にしようとする都市社会の改革者でもある。ωしかし肋e肋榊 におけるMiddletonの果たす役割は、都市社会の改革者でもって終わってしまう訳ではな い。Middletonは、さらに重要な役割をも果たしているのである。Middletonは、光と闇 から構成された肋e肋加eの舞台の中で捉え直してみると救いを得た宗教的な人間そし て都市社会の改革者に加えて、もう一つの象徴的な意味を与えられた人間像として浮かび 上がってくる。そして作品を構成する舞台は、重要な意味を持ってくるように思えるので ある。 光は、作品肋e肋〃eの舞台を構成する重要な要素となっている。Cooperは、物語の 第1章と最終章の第34章で夜の闇が訪れる直前に燃えるように輝いている夕日を描いた。 このようにして、彼は肋e肋施の物語を光の枠組の中に置いているのである。しかし、 この作品で光が果たす役割は、作品を構成する要素として重要であるだけでない。それは、 作品のテーマを支える重要な意味をも与えられている。Cooperは、夕日に示される光が 象徴的な意味を持っていることを示そうとしたのである。第ユ率でCooperは、夕日の場 面を次のように描いている。
The sun had faHen below the crest of the nearest wave of the Prairie,leaving the usual
rich and glowing train on its track.ln the center oi this Hood or fieW light a human
form appeared,drawn against the gilded background,as distinct1y,and seemingly as
palpable,as though it would come within the grasp of any extended hand.The Hgure was colossa1;the attitude musing and melancho1y,and the situation directly in the route of the traveHe肥.But embedded,as it was,in its setting of garish light,it w砥
imposs1ble to distinguish its just propo血icns or tme character.(14−15)ω
Natty Bumppoは、小高い丘の上にたって燃えるように輝いている夕日を満身に浴びてい る。この場面にやってきたlshmae1Bushは、Natty Bumppoを照らし出している夕日ρ背
後に自然現象を超えた宗教的な意味を読み取ったのであろうか、一瞬、“superstitious awe”
(15)に打たれて立ち止まってしまうのである。Cooperの作品における光の使い方に関心
を寄せているDonaldA.Ringeは、肋e〃。初eの冒頭の夕日の場面に注目して“thelight..、 sumunds the trapper with a ha1o oHight,and,in e肘ect,almost sanctifies him.”と述べて いる。㈹冒頭の夕日は、宗教的な意味が込められているとRingeは指摘しているのである。
光に与えられている象徴的な意味は、最終章の第34章でさらに強調されている。死を目
前にしているNat蚊Bumppoが、Duncan Uncas Midd1eton,Paul Hover,Pawnee族のHard− Heaれたちに囲まれて夕日を見つめている。Cooperは、その様子を次のように描いている。
肴倉:Duncan Uncas Middletonのもう一つの役割
The trapper had remained nearly motionless for an hour.His eyes,alone,had occasiona11y opened and shut.When opened his gaze seemed fastened on the・clouds which hung around the westem horizon,renecting the bright colou肥and giving form
and love1iness to the glorious tints of an American smset.The hour−the calm beauty of the season−the occasion all conspired to fill the spectators with solemn awe.(385)
夕日が放つ光は、ここでは、Natty Bumppoをはじめとして夕日を見つめているものたち の心に畏敬の念を呼び起こしている。そして、それから間もなく、Natty Bumppoは両側 を支えられながら立ち上がり、“withafinemilitaWelevationo“hehead,andwithavoice thatmightbeheardineveWpartofthatnumerousassemb蚊”(385)と描かれているよう に姿勢をただし大きな声で“Here!”(385)と応答している。夕日に示された光は、人間 の全身全霊を持って応答しなければならない神的な存在を象徴的に示しているのである。 Cooperは、肋ε肋〃eの第1章と最終章で栄光に輝く夕日を描いた。そうすることに よって、彼はこの作品を包む枠組を作り上げた。しかも、作品を包む枠としての光は、夕 日が織り成す色彩的な美しさを強調するためではなく、明らかに神的な意味を帯びる象徴 性を与えられているのである。 肋e〃口〃εの舞台を構成するもう一つの重要な要素は、闇なのである。Cooperは、物 語の冒頭の夕日の場面に続いて、すなわち第1章後半から第6章にかけて闇の場面を描い た。闇は、光と同様に作品のテーマを支える重要な意味を与えられている。Cooperは、闇 に与えられている意味をSiouxes族を通して示している。“the lshmaelites of the American
deserts”(40)と描かれているSiouxes族は、NattyBumppoに“themiscreants!”(37)や“the thieves”(38)と言われている。彼等は、倫理的に腐敗している連中なのである。Cooperは、
夜陰に紛れて獲物を求めて俳個しているSiouxes族を“Aband ofbei㎎s,who resembled demonsratherthanmensportinginthei川ight1yrevelsacrossthebleakplain”(37)と述 べている。Siouxes族は、人間というより悪魔に似ているというのである。このような連 中を包み隠す闇は、悪の跳梁を許す象徴的な意味が与えられているのである。 闇に与えられている意味は、Siouxes族の族長Mahtoreeを通して一層強調されている。 Cooperは、Mahtoreeを描くとき蛇のイメージをふんだに用いている。たとえば、略奪を 企むMahtoreeがlshmael Bush一家のキャンプに忍び込む様子は、次のように描かれてい る。
The progress of Mahtoree was now slow,and to one less accustomed to such a
species of exercise,it wou1d have proved painfully laborious.But the advance ol the
wily snake itsel〔s not more ceれain or noiseless,than was his approach.(50)
Mahtoreeは、ずる賢い蛇が音もたてず確実に獲物に近づくよりも巧妙にlshmaelのキャ ンプに忍び込むのだ。彼は、lshmaelBush」家の一人一人の顔を覗き込み寝静まってい ることを確かめたうえで、キャンプの中を歩き回る。Cooperは、Mahtoreeの様子を“he sta1ked through the encampment,like the master of evi1,seeking whom and what he
者を探しているMahtoreeは、悪の化身なのである。Mahtoreeの暗躍を許す闇は、倫理的 な腐敗を隠し悪の跳梁する象徴的な意味を与えられているのである。 Cooperは、まず初めに物語の舞台を設定した。彼は、象徴的な意味を帯びる光を物語 の枠組として設定している。神的な意味を与えられた光の枠組は、その中に倫理的な腐敗 を隠し悪の跳梁する恐ろしい闇を包み込んでしまうものなのである。このようにCooper が肋e肋肋θの冒頭で見せる光の舞台は、これから繰り広げられる事柄に関する問題の 中心が、光か闇に深いかかわりを持つ問題であることを予表しているのである。冒頭の光 の場面は、光が象徴的に表わすものを信じるか、それとも闇の世界にとどまるかという倫 理的な問題が、肋e肋地の中心課題であることを暗示しているのである。
象徴的な意味を与えられた光と闇から構成されている肋e肋伽eの舞台にNatty
Bumppo,lshmae1Bush一家,Paul HoverそしてObed Battiusたちが登場してくる。彼等 は、それぞれアメリカ社会の発展段階とその社会を支える工一トスを象徴的にあらわして いる。{4〕まず第ユ車で罠師として描かれたNatty Bumppoが登場する。彼は、狩猟採取の 社会を象徴的に示している。Natty Bumppoに具現された社会を支える工一トスは、彼の 伝道者にして聖餐式の執行者としての姿を通して示されている。彼は、Chi㎎achigookと UnCaSの係わりに描かれた愛する独り子を犠牲にしてまで人間を忌より救い出そうとする 神の愛、Hard−Heaれの復活に見られる死からでさえ生を造り出す神の豊かな創造力そして 終末の接近について語り、荒野であった人々や老犬のHectorを聖餐式に招くのであ乱 Natty Bumppoが具現している社会は、キリスト教信仰を工一トスとした宗教的な社会な のである。次に登場するlshmae1Bush」家は、数台の馬車に家財道具と農業に必要な道 具を積んだ開拓者の一団として描かれている。彼等は、農耕社会を象徴している。農耕社 会を支える工一トスは、lshmae1Bush一家のNatty Bumppoに対する姿勢に示されてい孔 1shmael Bush一家は、伝道者にして聖餐式の執行者であるNatty Bumppoに敵対的な姿勢をとっている。lshmae1一家に象徴された農耕社会は、反キリスト教的なのである。 lshmael」家に続いて登場するのは、Pau川。verである。彼は、蜂蜜採取を生業としてい る。蜂蜜採取業は、開拓地の近くでは金儲けになる商売なのである。Paulの登場は、ア メリカ社会が商業資本主義の段階に達した事を物語っている。商業資本主義の社会を支え る工一トスは、Natty Bumppoに対するPaulの姿勢に見られる。Paulは、NattyBumppo を伝道者にして聖餐式の執行者として理解できないだけでなく自分の魂の救済に関して全 く関心を持たない若者として描かれている。Paulが体現している商業資本主義の社会を 支える工一トスは、キリスト教信仰には無関心だが利潤追求には大いに関心を持つ経済合 理主義なのである。次に、Obed Battiusが登場する。彼は、博物学に未だ分類されていな い動植物や鉱物を発見して“Buffon”(69)や“Solander”(69)の名声を凌ぎたいと願って いる博物学者なのである。彼の登場は、アメリカが学術・文化の開花する社会になってき たことを示している。学術・文化の開花する社会を支える工一トスは、ObedのNatty Bumppoに対する態度に示されている。0bedは、Nat蚊Bumppoを伝道者にして聖餐式 の執行者として理解できないだけでなく彼を無学な猟師として蔑んでいる。そればかりか、
肴倉:Duncan Uncas Midd1etonのもう一つの役割 彼は、知識を得て人間は神にすらなれるというのである。Obedの象徴する社会を支える 工一トスは、人間を神の位置に据える自己絶対化の精神である。登場人物達を通して描か れたアメリカ社会の変化は、都市化と世俗化の進行である。急激な都市化は、経済的な豊 かさをもたらし巷には高価な輸入品や贅沢品が溢れるようになってきた。同時に貧富の差 が拡大しそれが犯罪を引き起こす要因にもなっていた。都市化は世俗化をともなっていた。 人々は、キリスト教信仰に関心を払わなくなってきた。その結果、人間関係は希薄になり 人々は個人の願望充足だけを追い求めるようになってきた。都市化と世俗化の進行は、ア メリカ社会を解体させてしまう危険を孕んでいるのである。 光と闇から構成されている肋e〃口肋の舞台に物語の第10章から登場するのが、
Duncan Uncas Middletonである。彼は、急速な都市化と世俗化の進行している都市社会 に登場しているのである。世俗都市へのMidd1etonの登場は、都市社会を再生させる使命 を帯びているのである。Middletonは、都市社会を再生させる手段として民主主義を用い るのである。実際、Middletonが持っている任命書は、“the sign manual o“he Philosopher
」eHe帽。n!”(111)と述べられているようにアメリカ合衆国第3代大統領Thomas」eHe帽。n
が署名した任命書である。Middletonは、民主主義の担い手なのである。彼の民主主義を
支える工一トスは、MiddletonのNattyBumppoに対する姿勢を通して示されている。 Middletonは、NattyBumppo本人を前にしているとは知らずに彼について次のように話
す。
He was a man,endowed with the choicest and perhaps rarest gift of nature,that of distinguishing,good lrom evi1,his virtues were those of simplicity,because such were
the lruits oi his habits,as were indeed,his ve収prejudices.(114)
Middletonは、Natty Bumppoを倫理的な善・悪を識別できる類い稀な洞察力を与えられ ている人物として尊敬しているのである。Na岬Bumppoを尊敬しているMiddletonは、 Nat}Bumppoに与えられている象徴性を理解できるのである。彼は、Natty Bumppoをメ シヤUncasとHard−Heartの死と復活について語る伝道者にして聖餐式の司式者として理 解しているのである。彼は、Natty Bumppoと同様にChingachigookとUncasの係わりに 描かれた愛する独り子を犠牲にしてまで人間を忌より救い出そうとする神の愛、Hard− Hea血の復活に見られる死からでさえ生を造り出す神の豊かな創造力そして終末の接近を 信じているのである。Middletonの民主主義を支える工一トスは、福音主義のキリスト教 信仰なのである。 Middletonのキリスト教民主主義を通して進められる都市社会の改革は、lnez,Ellen Wade,Natty Bumppoそして老犬のHectorに対するMiddletonの姿勢を通して具体的に描 かれている。lneZは、スペイン系のカトリック信者として描かれている。そのことは、彼 女がWASpといわれているアメリカの主流に属していないことを物語っている。lnezは、 人種的・民族的・宗教的・性的な違いから請われない差別を受け権利を奪われ苦しんでい る人々を象徴している。象徴的な意味を与えられているlnezは、lshmael Bush一家に捕 らえられているのである一shmael Bush一家は、農耕社会とその工一トスを象徴的に示
しているだけではない。1shmael Bush一家は、白人男性を中心とした家父長権威主義の 支配が確立された社会をも象徴的に表わしている。Middletonがlshmael Bush一家から lnezを解放することは、象徴的な意味が与えられている。lnezをMiddletonが解放するこ とは、白人男性中心の家父長権威主義の社会制度のもとで権利を奪われている人々の権利 を回復することなのである。Middletonは、lnezに具現された権利を奪われている人々を 社会に参画させることで民主主義の裾野をできるだけ広げ公正で平等な都市社会を形成し ようとする。Midd1etonの都市社会の改革は、E11enとNatty Bumppoに対する態度でさら に示されている。Ellenは、孤児でありNatty Bumppoは身寄りのいない老罠師であ乱彼 等は、WASPといわれているアメリカの主流に属しているが孤児としての境遇や高齢であ るために都市化し世俗化した社会の中で生存権を奪われ無視されがちな社会的弱者を象徴 的に示している。Middletonは、E11enが自立できるまで面倒を見ようと提案しているし、 一族の恩人であるNat蚊Bumppoが快適な老後を送れるように計らおうとする。Midd1eton は、EllenとNatty Bumppoに暖かい配慮を示すのである。こうしてキリスト教民主主義 者Middletonは、社会的弱者も安心して暮らせる福祉社会を形成しようとするのである。 Middletonの都市社会の改革は、経済的な格差を縮め政治的・社会的な差別を取り除く だけでなく都市社会を取り巻いている自然環境にも目が向けられている。Middletonの老 犬Hectorに対する姿勢は、彼の自然に対する姿勢を示している。Hectorは、NattyBumppo の飼い犬であるだけでなく象徴的な意味が与えられている。Hectorは、人問を除いた神 の被造物全体を象徴する代表なのである。象徴性を与えられたHectorに対するMiddleton の態度は、動物や植物を含む自然に対するMiddletonの姿勢を示すことになる。Middleton は、老犬のHectorが自分の連れてきた子犬と過ごし孤独を味わわなくても済むように暖 かい配慮をしている。Hectorに暖かい配慮を示すMiddletonは、人間も自然も神の被造 物として平等の権利を与えられた存在であることを認識し神の正義を人問だけでなく自然 界にまで拡大しているのである。彼は、自然の権利をも認めているのである。こうするこ とでMiddletonは、都市社会の拡大・進展による自然の大量破壊と大量消費から自然を守 り都市社会を取り巻く自然環境をバランスよく保とうとするのである。キリスト教民主主 義を通して進められるMiddletonの都市社会の改革は、都市社会における人間関係だけで なく人間と自然の共生をも視野に入れすべての被造物が平等で安心して生きていける公正 な社会の形成を目ざしているのである。
Duncan Uncas Midd1etonは、キリスト教民主主義を通してアメリカの都市社会を改革 するだけではない。彼は、キリスト教民主主義をヨーロッパ社会にも広めようとするので
ある。Cooperは、肋e肋池の時代設定をフランスのNapoleon皇帝とアメリカ合衆国第
3代大統領Thomas」effersonの間で1803年に締結されたthe Louisiana Purchaseの2年後
の1805年としている。フランス領であったし。uisiana地方がアメリカ合衆国に編入された とは言え、Louisiana地方には“more vivacious Gallic neighbo帽”(157)もいれば、“the
fomer heroes and grandees of old and New Spain”(157)を多く出した名門の貴族Don
肴倉:Duncan Uncas Midd1etonのもう一つの役割
的には“the catholic”(156)で政治社会的には“the compliant minions of absolute power” (156)と述べられているように絶対君主を頂点とした階級社会を奉じているのである。 Louisiana地方は、民族的・宗教的・政治社会的にもアメリカとは異なるヨーロッパ社会 の価値観が支配的な地域なのである。Louisiana地方は、いわばアメリカに隣接したヨー ロッパ社会なのである。Midd1etonは、大統領」e肘e脂。nに“a Captain of ArtilleW”(111)に 任命されLouisianaの駐屯部隊の司令官として派遣されている。彼の任務は、Louisianaを 守備するだけでなくヨーロッパ社会の価値観を色濃く残している地域にプロテスタントの
信仰に支えられたアメリカのキリスト教民主主義を浸透させることなのである。
ヨーロッパ社会にキリスト教民主主義を浸透させようとするDuncan Uncas Middieton の努力は、容易に達成されるものではないのである。そのことは、Middletonとlnezの関 係で示されている。Midd1etonは、Louisianaに着任して間もなくスペインの名門の貴族
Don Augustin de Ce血ava11osの娘1nezに魅せられ結婚する。しかし二人の結婚は、価値観
の相違から容易に進んだ訳ではない。Cooperは、その点を“it is not to be supposed that
the triumph of Middleton,was achieved without difficulty.”(158)と述べている。Middleton
と1nezは、互いの価値観の相違に葛藤している。第15章に描かれた二人の会話に耳を傾
けてみることにする。lnezは、“tobeahumbleinstrumentofbringingherloverintothe
bosom of the tme church”(ユ59)でありたいと願っている。彼女は、Midd1etonをカトリッ ク信者に改宗させようとする。それだけでなくlnezは、すべてにおいて父DonAugustin
を見習ってほしいとMidd1etonに言うのである。実際、lnezは“Belikehim,ineveW thing....in eveW thing.lmitate my father,Middleton and l can ask no more of you.”(160)と
Middletonに言っている。inezの父DonAugustinは、カトリック信者で絶対君主を奉じ る貴族である。彼は、ヨーロッパ社会をささえる価値観の体現者なのである。Don
Augustinを見習ってほしいと願うlnezは、Middletonにヨーロッパ的価値観を受け入れて
ほしいと願っているのである。lnezの願いに対してMiddletonは、次のように答えている。 Norわr me,lnez?I doubt not that i should be a11you can wish,were l to become as
good,as the worthy and respectable Don Augustin.But you are to make allowances
ior the infirmities and habits of a so1dier.(ユ61)
Middletonは、Don Augustinのようになれるだろうが一兵士の習慣や弱点を考慮してくれ なければならないとlneZに言う。彼は、駐屯部隊の司令官であるにも係わらず一兵士で あることを強調している。彼は、人間の平等性を信じるキリスト教民主主義者であること を強調しているのである。こうして彼は、やんわりとlneZの願いを拒否しているのであ る。Middletonは、アメリカ的な価値観にこだわるのである。Middletonとlnezに示さ.れ ているアメリカ的な価値観とヨーロッパ的価値観の対立は、なかなか解消しないのである。 Midd1etonとlnezに示されている価値観の対立は、Middletonがlnezをlshmae1Bush の砦から解放することで変わっていくのである。Middletonが1nezを解放した後の第16章 の場面に注目してみる。lnezは、解放された直後に誘拐犯1shmae1BushとAbiram White を次のように非難している。
l think the man,who is certainly the master here,is but a new beginner in
wickedness.He quarreled,frightfuuy,in my presence,with the wretch who seized me,
and they made an impious bargain,to which l was compelled to acquiesce,and to which they bound me as well as themse1ves by oaths.Ah!Middleton,l lear the
heretics are not so heedful of their vows as we who are nurtured in the bosom of the
tn』e church! (168)
lnezは、1shmaelとAbiramをカトリック信者に比べ不敬な連中だとしきりに非難して溜 飲を下げている。1neZは、ヨーロッパ的価値観からアメリカ的価値観を侮蔑しているの である。しばらくしてlnezが落ち着きを取り戻したころを見計らって、Middletonはlnez
に次のように言う。
一..now lnez,though−am here to guard you,with my life,and we are in possession oi
this rock,our difficulties,perhaps our dangers,are not ended.You will summon all yow courage to meet the trial,and prove yourself a soldier’s wife,my1nez?(169)
Middletonは、勇気を奮い起こし試練にたえ兵士の妻であることを証明するようにとlnez に話している。Middletonは、ここでも第15章の場合と同様に一兵士であることを強調し ている。彼は、人間の平等性を信じるキリスト教民主主義者であることを強調しているの である。Middletonは、ヨーロッパ的価値観を乗り越えてキリスト教民主主義に示されて いるアメリカ的価値観を受け入れるようlnezに求めているのであ乱Middletonの要求に 対してlneZは、次のように答えている。
l am ready to depaれthis instant.The letter you sent by the physician,had prepared
me to hope for the best,and l have eveW thing arranged for mght,at the shortest
warning.(169) lnezは、Middletonに従う心づもりができていると決意の程を披露する。彼女は、兵士の 妻として生きると決断したのである。彼女は、Middletonが具現しているアメリカ的なキ リスト教民主主義を受け入れるのである。ヨーロッパ的価値観の中で育てられてきたlnez は、それを脱却してアメリカ的価値観を受容しているのである。 Middletonとlnezの関係は、肋e〃口地の第ユ5章と第16章で対照的に描かれている。第 ユ5章でlnezは、Middletonにカトリックの信仰と絶対君主を頂点とした階級社会に示され ているヨーロッパ的価値観を受け入れることを求めていた。しかし16章ではMiddletonが lnezにプロテスタントの信仰に支えられたアメリカ的価値観を受け入れることを要求し ている。そしてlneZは、アメリカ的価値観を受け入れているのである。lneZのこの変容 は、lnezに対するMiddletonの深い愛情の為せる業だと言って簡単に片付けてしまう訳に はゆかない。ヨーロッバ的価値観の中で育てられてきたineZがそれとは異質のアメリカ 的価値観を受け入れるには、それなりの深い理由がなければならないだろう。lneZの変 容の理由を探るためにlshmaelBush一家とMiddletonに焦点を当ててみ.ることにする。 1shmaelBush一家とMiddletonは、対照的に描かれている。lshmaelBush一家は、 Kentucky州で保安官を殺し逃げる途中でlnezを誘拐してい乱彼等は、倫理的に腐敗堕
肴倉:Duncan Unc砥Middletonのもう一つの役割
落している」家なのである。さらに、1shmae1Bush一家は、白人男性を中心にした家父 長権威主義が支配している社会でもある。このような一家は、旧約聖書のイメージで描か
れている。lshmae1Bush一家は、Natty Bumppoに“aωom out,and an oω5θd,and a ∫oc〃egわ鵬world”(237)と批判された“O〃World”(237)と通じるものがある。lshmael Bush一家の存在は、アメリカの中にヨーロッパの封建的な遺制が存在していることを示 している。lnezは、lshmael Bush一家に捕らえられていた。lnezは、アメリカに残るヨー ロッパ的遺制のもとで人権を抑圧されているのである。lshmael Bush一家と対照的に Middlet㎝は、メシヤUncasとHard−Hea肘の死と復活を信じる福音主義の信仰に支えられ ている。しかも彼は、民主主義の信奉者でもある。キリスト教民主主義者であるMiddleton は、lnezをlshmael Bush一家から解放している。そのことは、lnezの人権が回復された ことを示している。Middletonは、キリスト教民主主義を通してアメリカの都市社会を平 等で公正な社会に改革していた。彼は、アメリカに残るヨーロッパ的遺制を取り除いてい るのである。キリスト教民主主義によって改革された平等で公正な社会でlneZの権利は、 認められているのである。しかもMiddletonの平等で公正な社会は、多様性を認める社会 でもある。lnezは、スペイン系のカトリック信者でWASPと言われるアメリカの主流に 属していない。lneZは、人種的・民族的・宗教的・性的な違いから請われない差別を受 け権利を奪われている人々を象徴している。Middletonの平等で公正な社会の中で1nezの 権利が回復されることは、人種的・民族的・宗教的・性的な違いがそのまま認められるこ とでもある。Middletonの都市社会の改革の根底にあるキリスト教民主主義は、人種的・ 民族的・宗教的・性的な多様性を尊重するのである。Midd1etonのキリスト教民主主義は、 平等化をすすめる一方でその弊害である画一化をさけ多様性を容認しているのである。 Midd1et㎝のキリスト教民主主義によって創られる社会は、平等で公正な社会であるばか りか多元的な価値の存在を許す柔軟で豊かな社会でもある。lneZの変容の理由は、ヨー ロッパ的価値観の中で育てられてきたlnezがMiddletonの主導する平等で公正そして多 元的な社会の中で無理なく適応でき自分の存在意義を体験できたことにある。Middleton の平等で公正そして多元的な価値観を容認する社会は、ヨーロッパ的価値観を持っている 人々のアメリカの民主主義に対する危惧を払拭することにつながるのである。Middleton は、キリスト教民主主義を通してアメリカの都市社会を改革するだけでない。彼は、キリ スト教民主主義を通してヨーロッパ社会を平等で公正な社会に変革しようとするのであ る。こうしてMidd1etonは、倫理的にも政治社会的にも世界を変えようとしているのであ る。
キリスト教民主主義を通して世界を変えようとするDuncan Uncas Middletonは、Obed Battiusと対比されている。0bedは、物語の第22章でNatty Bumppoと新世界と旧世界に 関して議論をしている。彼は、新世界と旧世界を比較してNatty Bumppoに次のように話 す。
By old and new world,my excellent assoclate lt ls not to be understood,that the hi11s,and the vallies,the rocks,and the rivers of our own moiety ol the eanh,do not,
physically speaking,bear a date砥ancient,as the spot on which the bricks oi
Babylon are found,1t mere1y signifies that its moral existence is not co−equal with its
physical,or geological formation.(238)
Obedは、地質学的に見ると新世界と呼ばれているアメリカも旧世界と同じ古い歴史を 持っているけれど、古い歴史に見合うだけの精神文化がアメリカにはないと言う。彼は、 精神文化が育っていないアメリカに学術・文化を根づかせようとするのである。物語の第 6章でのObed Battiusの登場は、アメリカが学術・文化の開花する社会になってきたこ とを示していた。Obedは、学術・文化の開花する社会を導くパイオニアなのである。彼 は、アメリカに学術・文化を創造するために率先垂範する。彼は、自分の研究に打ち込む だけでなく一般大衆の知的レベルをあげようと教育にも情熱を傾けている。実際、彼は“if
science cou1d be fairly brought to bear on a whole species,at once,for instance, education might eradicate the evil principle.”(240)と言うのである。彼は、自然科学を支 える合理主義の精神を浸透させることで学術・文化の基礎を据えようとしているのであ る。そしてObedは、彼の献身的な努力が報われると確信している。無知蒙味の輩とみな
しているSiouxes族から必死の思いで逃げてきたObedは、ほっとしたところでNa町
Bumppoに次のように話しかける。
H the chi1dren oi ease and security knew the hardship and dangers,the students of
nature encounter in their behalf...pi11a帽。r silver and statues oi brass would be reared
譜everlasting monument of their gloW!(236−237)
Obedは、一般大衆が彼等の知的レベルを向上させるため命がけで奮闘している自然科学 者達に報いるため銀の碑や銅像を建てるべきだと言う。Obedの話を聞いてNatty Bumppo
は、“Si1ver is iar from p1en蚊,at least in the wildemess,and your brazen idols are forbidden
in the Commandments oi the Lord.”(237)とモーゼの十戒を引き合いに出して偶像礼拝が
禁じられていると述べる。もちろん、学者である0bedは、無学なNa岬Bumppoに指摘
されるまでもなくモーゼが偶像礼拝を禁じていることを知っている。しかし、彼はNa岬 Bumppoに次のように反論して言う。
Such indeed was the opinion ohhe Great Law Giver onhe」ews,but the Egyptians.
and the Cha1deans,the Greeks,and the Romans were wont to manifest their gratitude,
in these types ol human fom−lndeed,many ot the illustrious masters ol Antiqui1y
have by the aid of science and ski11,even outdone the works of nature,and exhibited
a beauty and perfection in the human form,that are diificult to be found in the rarest
living specimens of any of species,genus.homo.(237)
Obedは、古代のギリシャやローマの有名な芸術家達が科学と技術の粋を集めて生身の人 間には見られない完全美を備えた人間像を造り学者達への感謝の気持ちを表わしたと主張 する。アメリカの一般大衆が篤志の人の寄付を募り著名な芸術家に製作を依頼してObed のような学者の努力を顕彰する記念碑や立像がつくられていけば、それだけ科学と技術の 粋を集めた文化遺産がアメリカに増えていくことになる。学術・文化を命がけで育んでい
肴倉:Duncan Uncas Middletonのもう一つの役割 こうと努力しているObedは、結果としてアメリカを豊かな文化国家にすることができる と信じているのである。Obedは、精神文化のないアメリカをヨーロッパのような文化遺 産に満ちた世界にしようとしているのである。アメリカの文化的な劣等性を強調する Obedは、合理主義の精神を浸透させてアメリカをヨーロッパのレベルに押し上げていこ うとしているのである。Obed Battiusは、ヨーロッパをアメリカが目指すべきモデルとし てみているのである。DuncanUncasMidd1etonは、ObedBattiusと対照されている。 Middletonは、社会改革の手段として合理主義に頼るのではなくキリスト教民主主義を用 いている。Obedは、ヨーロッパをアメリカのモデルとみなしていた。しかしMiddleton は、アメリカの都市社会の改革の根底にあるキリスト教民主主義が階級社会を特徴として いるヨーロッパ社会を平等で公正な社会に変革できると確信している。Duncan Uncas Middletonは、Obed Battiusと対照的にアメリカをモデルにしてヨーロッパ社会を改革し ていこうとしているのである。
キリスト教民主主義を通して世界を変えようとするDuncan Uncas Middletonは、Natty
Bumppoとも対比されている。Nat}Bumppoは、旧世界を倫理的に腐敗堕落した世界と
して痛烈に批判している。Obedが旧世界をアメリカのモデルとして礼讃するのを聞くと、 Natty BumppoはObedに次のように言う。
0〃Wor1d!一、.that is the miserable cワ。f all the ha胞talved miscreants that have come
into this blessed land,since the days of my boyhood!They tell you of the o〃wor1d,
as ir the Lord had not the power and the will to create the universe in a day!Or,as if
he had not bestowed his gifts with an equa1hand,though,not with an equal mind,or
equal wisdom,have they been received and used!Were they to say aωom out,and
an oわ口∫ed,and a soc〃egわ〃∫wor1d,they might not be so iar from the truth!(237)
Na岬Bumppoは、旧世界を全能なる神を否定し神から与えられた恵みを悪用してきた冒 涜的な世界だと批判する。NattyBumppoは、旧世界を礼讃する0bedと対照的にアメリ
カの独自の在り方を主張する。Natty Bumppoは、アメリカの守るべき独自性をObedに
次のように語る。
I am but litue g“ted in the tables of what you called the o’d world,seeing that my
time h砥been mainly passed lookingηo伽〆steadi1y in the iace,and in reasoning on
what I’ve seen rather than on what1’ve heard in traditions.But I have never shut my
ea帽to the words oi the good book,and many is the long winter evening that1have
passed,in the wigwams of the De1awares,listening to the good Moravians as they
dealt for the histoIy and doctrines of the elder times to the people of the Lenape■t
was ple砥ant to hearken to such wisdom after a weaW hunt!Right pleasant did川ind it,and often have l ta1ked the matter over with the Great Serpent of the Delawares,in
the more peaceful hou肥。f our ouHyings,whether it might be on the trail of a waト
party of the Mingoes,or the watch ior a York deer.l remember to have heard it,then
and groaning with its stores of grain and imits;but that the judgement has since la11en
upon it,and that it is now more remarkab1e for its barremess than any qua1ities to
boast of. (239) Natty Bumppoは、生涯自然と向き合い自然の中で体験したことに思索を巡らしてきたと 言う。彼は、自然を通して語る神に耳を傾けてきたのである。そのうえ、彼は、Delawares 族に伝道に来ていたモラヴィア兄弟団の宣教師からキリスト教の歴史と教理を学んだ。彼 は、アメリカが自然と聖書を通して語る神に従う国であるべきだと言うのである。自然と 聖書を通して語る神に従う限りアメリカは、倫理的に堕落したヨーロッパ社会の二の舞い をすることがないと言うのである。彼は、神に従うアメリカが冒涜的な世界に陥らずに済 むと信じているのである。Natty Bumppoは、倫理的に腐敗したヨーロッパと対照的にア メリカを神の祝福を受けている国とみなしているのである。彼は、アメリカがヨーロッパ 社会を模倣するのではなくヨーロッパから超然として独自の道を歩むべきであると言うの である。実際、Natty Bumppoは、Obedが“Merely,that it has not been so1ong known in morals,鎚the other countries of Christendom.”(238)とアメリカの精神文化的劣等性を嘆
くのを聞くと、逆に、Obedに次のように答えている。
So much the better,so much the better.l am no great admirator of your o1d morals,
as you cau them,for l have ever found,and l have liv’d long,as it were,in the veW
heart of naturI,that your old morals are never oi the best.(238)
Natty Bumppoは、アメリカがヨーロッパ世界に知られていないことがかえっていいこと なのだと言っている。彼は、アメリカが腐敗しているヨーロッパ社会とかかわりを持たず 超然としているべきであると言うのである。彼は、アメリカの孤立主義を主張しているの である。このような主張をするNattyBumppoは、Duncan Uncas Middletonと神に従う アメリカという捉え方においては同じだけれども、ヨーロッパ社会に対する姿勢において
は違いを見せている。Middletonは、NattyBumppoと違ってキリスト教民主主義を積極
的にヨーロッパ社会に広めヨーロッパ社会をも変革しようとしている。Midd1etonは、ア メリカをヨーロッパから孤立させるNatty Bumppo一と対照的にアメリカ社会だけでなく
ヨーロッパ社会をも変革しようとしている。
Duncan Uncas Middletonは、Obed BattiusやNatty Bumppoと対比されている。Obed Battiusは、ヨーロッパの文化的優秀性に比較してアメリカの文化的劣等性を強調してい る。彼と対照的にNatty Bumppoは、ヨーロッパの倫理的堕落性に対してアメリカの倫理 的優越性を強調している。Obed BattiusとNatty Bumppoは÷ヨーロッパに対するアメリ
カの姿勢において対極にあると言える。Obed Battiusがヨーロッパを模倣しようとするの に対してNattyBumppoはヨーロッパからの孤立を主張している。Middletonは、自然と 聖書を通して語りかける神に従う国アメリカというNattyBumppoの考えを受け継ぎなが らもNatty Bumppoに見られる孤立主義への傾向を克服している。彼は、アメリカの都市 社会を改革するだけでなくヨーロッパ社会をも変革していこうとしている。彼の改革をさ さえる精神は、キリスト教民主主義に対する揺る・ぎない確信である。Middletonのこの姿
肴倉:Duncan Uncas Middletonのもう一つの役割 勢は、ObedBattiusの姿勢とも対比されている。Obedは、ヨーロッパに遺されている形 ある記念碑や立像を賞賛しアメリカの文化的劣等性を嘆いている。そして彼は、ヨーロッ パをモデルにしてアメリカを変えるべきだと言う。彼と対照的にMiddletonは、アメリカ の誇るべき精神文化は目に見える記念碑や立像ではなく形を持たないキリスト教民主主義 であると理解している。そのうえ、Middletonは、アメリカの都市社会だけでなくヨーロッ パ社会をも改革しなければならないと考えている。Middletonは、倫理的にも政治社会的 にも世界を再生させていこうとするのである。Middletonは、世界を再生させ終末を招来 する救済史上の特別の役割を担っている人物なのである。 救済史上の特別の役割を担っている人物Middletonを考えるとき見落としてならないの は、肋e肋肋eの出版に至るまでの事情である。Cooperは、肋eム。∫∫of伽〃。〃。αη∫(1826) を出版後まもなく肋e肋加eを書き始めている。彼は、1826年4月4日のCarey and Lea
という出版社に宛てた手紙で肋e肋肋について述べている。㈲しかしCooperは、ユ826 年6月に数年間滞在する予定で家族を連れてヨーロッパに向かった。ユ826年7月には Cooper一家は、フランスのパリに落ち着いている。Cooperは、肋ε肋池の未完成の原 稿をパリに持っていきブルボン朝のフランス社会の動きを観察しながら肋θ肋池を完 成させユ827年に出版しているのである。㈹Cooperは、肋e〃∫fo舳e〃。〃。㎝∫で政治と宗 教をテーマとして取り上げキリスト教民主主義の信奉者としてのNatけBumppoを描いて いた。㈹政治と宗教の係わりに関心を持つCooperがパリ滞在中にキリスト教民主主義を 通してアメリカ社会のみならずヨーロッバ社会も改革される必要があると確信したと考え ても何の不思議もない。そのうえ、Genera1LalayetteとCooperの親交が、Cooperの確信 を一層強めたと考えられる。Genera1Lafayetteは、アメリカ独立戦争にフランスから費用 自前で参加した義勇士官でWashingtonに献身的に仕えた人として知られている。(剖彼は、 アメリカ独立戦争だけでなくフランス革命にも参加した共和主義者で死ぬまでフランスの 政治や他国の独立運動とかかわりを持っている。GeneralLafayetteは、Cooper一家がパ リに到着した直後のユ826年7月24日に自宅のあるLaGrandeに招待したい旨の手紙を Cooper」家の逗留しているホテルにあてて出している。⑨Cooperは、パリにしばらく滞 在するので機会を見てLa Grandeを訪問したいと感謝の返事を次の日に出している。{m〕パ リに滞在して2ヵ月過ぎた10月ごろにCooperは、友人の奥さんであるM帽.Peter Augustus 」ayに宛てた長い手紙の中でGeneral LarayetteのいるLaGrande訪問と肋ε〃。〃eの進行 状況について次のように書いている。
To mon.ow l intend to go to La Grange−La Fayette has written to me,and has been
to see me■l postponed my visit until l can,with prop㎡ety do so no longer−We are
ple鎚ed and displeased with France−But a residence of two months in such a place as this,is but a moment ol time−Prairie gets along,and about New−Year’s day you
wi11be reading the fi帽tユ。lume,as you were last year The Mohican§...o1〕
Cooperは、手紙で明日Ceneral LafayetteのLa Grandeを訪ねると伝えている。アメリカ の民主主義をよく理解しているフランスの老政治家General Lafayetteは、政治と宗教の
関係に関心を持っているCooperとアメリカの民主主義やフランスの政治制度について話 し合ったと思える。さらに彼は、手紙の中で正月頃には2巻本で出版される予定の肋ε 肋椛の1巻目を読めるだろうと報告している。Cooperは、パリ市内で開かれるパーティ
でGeneral Lafayetteと会ったりLa Grandeを訪問したりしながら肋θ〃口切εの原稿を書
き進めている。アメリカ社会だけでなくヨーロッパ社会をも改革しようとするMiddleton の姿は、Cooperのフランス社会の体験と密接に結びついているのである。救済史上の特 別の役割を果たす人物Midd1etonは、アメリカ社会とフランス社会を体験し比較すること ができたCooperの姿と重なり合っていると言えよう。 RobeれE.Spillerは、Cooperを時代の批判者として捉えている。彼は、Cooperの生涯 をヨーロッパに出発するまでとヨーロッパ滞在中そしてヨーロッパからの帰国後の3期に 分けて考えている。そして彼は、第2期のヨーロッパ滞在中とそれ以後のCooperと彼の 作品に焦点を当てて時代の批判者としてのCooperを論じている。Spi11erは、次のように 述べている。
With reasonable delays for the digesting of impre鵬ions,his w舳ngs follow these three stages.His early novels,up to肋e〃eρ‘o戸W1bわ一foη一W1軸 (1829),criticize American
cuhure only incidentauy in an enthusiastic and imaginative presentation oi the immediate past.The novels of his middle yea脂altemate between romance and the
ana1ysis or both Ewopean and American scenes in an effort to assort and define the
conliding e1ements in two civilizations.His final novels constitute an attempt to state
his social creed.His critica1writings,most of them for long almost entirely ignored,
start with the second period in his development and ioHow through to the end.ln them lies the key to an understanding of his imaginative work,u2〕
Spmerは、第2期のヨーロッパ滞在中とそれ以後が時代の批判者としてのCooperを理解 するのに重要であると指摘している。この指摘をするSpmerは、ヨーロッパに出発する 前に書かれた肋e五α∫f o戸肋e〃。〃。㎝s(1826)やヨーロッパに滞在して間もなく書かれた 肋e肋伽(1827)をほとんど論じていない。ましてやSpi11erは、Cooperの両作品の根 底にキリスト教民主主義があることを理解していない。時代の批判者としてのCooperを 論じるには、Spillerがほとんど取り上げていない肋θ〃sfo戸物Mo〃。㎝5と肋e肋地 こそが重要なのである。Cooperは、肋eム。∫f o戸物〃。〃。㎝∫のテーマとして政治と宗教 を扱っていた。彼は、キリスト教民主主義の担い手としてNattyBumppoを描きNatty Bumppoの視点からアメリカ社会を批判的にみている。肋ε肋〃θにおいてもCooperは、 都市化し世俗化したアメリカ社会を描きキリスト教民主主義によってアメリカの都市社会 を改革しようとするだけでなくヨーロッパ社会をも変革しようとするMiddletonを描いて いる。アメリカであれヨーロッパであれ世界の問題をイエス・キリストの福音を中心に据 えて批判的に捉えるCoo牌の視点は、Spillerの指摘とは違ってヨーロッパに行く前に十 分に確立されていたと解釈するべきであろう。ヨーロッパから帰国したCooperは、アメ リカ社会に対する批判を強めている。Cooperのアメリカ社会に対する批判の根底に横た
肴倉:Duncan Uncas Middletonのもう一つの役割 わっているのは、肋eム。Sf Of肋MOわた㎝Sと肋e肋榊で確立されているキリスト教民 主主義の視点である。Cooperは、肋e肋切eでアメリカ社会とヨーロッパ社会を含めて 世界を倫理的にも政治社会的にも改革しようとするMiddletonを描いている。Middleton は、救済史上の特別の役割を果たす人物なのである。 救済史上の特別の役割を果たす人物Middletonの姿は、読者に』ohn Winthropのことを 思い起こさせる。』ohnWinthropは、1630年にイギリスからニューイングランドのthe
MassachusettsBayCo1onyに向かうtheルわθ他号の船上で“AModel ofChristian Charity” という説教をしている。彼は、その説教の中で神の国建設の実験について“For we must considerthatwesha11beasacilyuponahi11,theeyesof.allpeopleareuponus。’’u3〕と述 べている。彼は、世界中の人々の目が神の国を建設しようとしている自分達に注がれてい ると説教している。彼は、自分達の実験の成功が世界を倫理的に再生させると信じている のである。』ohn Winthropは、自分達の実験を天地創造からイエス・キリストの死と復活 そして終末に至までのキリスト教歴史神学の枠組の中で捉えているのである。Cooperの M1ddletonもアメリカ社会とヨーロッパ社会の改革をjohn Winthropと同じように壮大な キリスト教歴史神学の枠組の申で捉えている。Middletonのキリスト教民主主義によるア メリカ社会とヨーロッパ社会の改革は、世界をイエス・キリストの再臨に相応しい世界に することを目的にしているのである。こうしてみるとCooperの肋e〃α〃eは、Cooper の時代から遡ること200年程前にニューイングランドに「神の国」を建設しようとした人々 の.書き残したキリスト教歴史文学の系譜に属する作品と解釈することができるのでないだ ろうか。 Cooperは、珊e肋加eを構成する時間の枠組として救済史を用いている。彼は、この 枠組の中にアメリカ社会とヨーロッパ社会を埋め込んでいる。Cooperが描くMiddleton は、アメリカ社会とヨーロッパ社会に係わりを持っている。Middletonは、アメリカの都 市社会だけでなくヨーロッパ社会をも平等で公正そして多元的な価値観が認められる社会 に変えていこうとしている。彼は、世界に神の前での平等と神の正義が確立されることを 願っているのである。彼は、倫理的にも政治社会的にも世界を再生させようとするのであ
る。こうしてMiddletonは、世界に終末を招来しようとするのである。Cooperが
Middletonを描いたのは、救済史と世界史におけるアメリカの存在意義を強調したかった からであろう。 註(1)拙論「Duncan Uncas Middletonの救い」大阪女学院短期大学紀要第3ユ号(2001)125−140、拙論 「都市社会の改革者としてのDuncan Uncas Middleton」大阪女学院短期大学紀要第31号(200ユ) 141−162
(2)』ames Fenimore Cooper me戸池痂ε;λ乃’ε(Albany:State Unive帽ity of New York Press,1985)
本論文中の作品からの引用は、全てこの版による。なお、()ないの数字は、そのぺ一ジを
示す。
(3〕Donald A.Ringe刀セHαo㎡o’〃。dσ助。ce oηdηme加肋eλκo戸Bαo肌’〃加gσηd Cooρα
(4)拙論「都市社会の改革者としてのD㎜can Unc譜Middleton」大阪女学院短期大学紀要第3ユ号 (2001) 141−162
(5)』ames Franklin Beard 肋e工e胞応口〃d Joum挑。戸Jomes庇η切。肥Cooρe7(Cambridge:The
Belknap Press of Haward Unive帽i蚊pre艶,1969)vo一.1131−132
(6)He岬Wa1cott Boynton 此mε5死〃mo”2Gooρεr(New York:Fredehck u㎎ar Publishi㎎Co.,
1966)141,Roben Emmet Long Jomε∫月εη’㎜o陀Cooρer(New York:A Frede㎡ck Ung苧r Book,
1990) 23, 63
(7〕拙論「肋ε〃5’o舳e〃。〃。oη∫のテーマ:政治と宗教」大阪女学院短期大学紀要第26号(1996)
73−83
(8)斉藤真「アメリカ革命史研究 自由と統合」東京大学出版会 1992年 334
(9)』ames Fenimore Cooper Co舵∫ρoηdεηce o∼omε∫柁η’mo附Cooρεr(New York:Haske11House
Publishe肥LTD,1971)voll 1100
(10)』ames Frank1in Beard冊ε工e胞㎎口nd Joumo’∫o戸Jomes月ε〃mo昭Cooρεr(Cambridge=The
Belknap Pre的。l Haward Unive肥ity Press,1969)vo1.1153
(11)』ames Franklin Beard肋ε此胞応。nd Joumo’s o戸Jomε∫柁η切。肥Cooρer(Cambridge:The
Belknap Press of Haward Unive帽i1y Press,1969)vo1.1163
(12)RobeれE.Spiller凡η切。昭Cooρ鉗C刷。 o戸〃たη.me∫(New York1Russell and Russell,1963)ix (13)Cleanth Brooks,R.W.B.Lewis,and RobeれPenn Wan.en eds.λme㎡cαn〃εm伽肥1m召Mo点2πs