解説:特集
光赤外線天体観測技術衛星による赤外線位置天文観測の方法と技術
郷 田 直 輝
*
*国立天文台 JASMINE 検討室 東京都三鷹市大沢 2-21-1
*JASMINE Project Office, National Astronomical Observatory of Japan, 2-21-1 Osawa, Mitaka, Tokyo, Japan
*E-mail: [email protected]
キーワード:位置天文学 (astrometry),赤外線 (infrared), 人工衛星 (satellite), 天の川銀河 (Milky Way Galaxy).
JL 0006/17/5606–04212017 SICEC
1
.
位置天文学とは
位置天文学とその歴史については,「計測と制御」第51
巻第5
号2012
年5
月号に筆者による解説記事「超小型 位置天文観測衛星ナノ・ジャスミンでえがく天の川銀河 の地図」1)に記載があるため参照いただきたいが,ここで も簡単に以下に説明しておきたい. 星空に描かれるオリオン座,白鳥座,カシオペ座,さそ り座などの星座は,毎晩,毎年眺めてもその形状は変化 していないと感じる.つまり,星座を形作る恒星(
太陽の ように,内部での核融合反応により燃えている星)
の相対 的な位置関係は未来永劫動かないと思っている.しかし, 実は,恒星も動いており,星座の形も時々刻々変動して いるのである.恒星は,周りの星やダークマターなどか らの重量の影響を受け,独自に運動をしている.その速 度は,秒速にして数km
から速い場合は,100 km
以上に もなる.ライフルの弾丸の速度が秒速1 km
程度なので, それよりはるかに速い速度で動いている.ところで,地 球から見て星までの視線方向に垂直な方向に対する速度 の成分(
接線速度)
は天球上(
夜空)
に投影されると,天球 上の直線運動となる.直線運動に対して単位時間あたり に進む角度,つまり角速度を固有運動とよぶ(
図1)
.し かし,星までの距離は十分に遠いので,実速度は速くて も見かけの速度である固有運動は非常に小さい.そのた め,数十年や数百年では,星座の形は人間の目ではほと 図1 恒星の天球上での固有運動1), 2) 恒星は宇宙空間において独自の運動をしている.それは,ほかの星々やダーク マターなどからの重力を受けて運動をしているからである.その運動が天球上 に射影されると一般的には直線運動となって観測される.単位時間(たとえば 1 年間) に天球上で星が何秒角動くかという角速度を天文学では “固有運動”と よぶ. 図2 北斗七星の形状変化 固有運動により,10 万年も経つと,北斗 七星の形も明らかに変化する. んど変化しないと感じ る.しかし,何万年,何 十万年もたつと,変動が 顕著になり,星座の形も あきらかに変化するの である(
図2
参照)
.さら に,天球上で星は固有運 動,つまり直線運動する とともに,実は,年周期 で楕円運動をしている. これは,地球が太陽の周 りを公転していること による星の見かけの運 動である(
図3
参照)
. この楕円の長半径を年周視差とよぶ.年周視差が大き ければ星までの距離は近く,小さければ遠いことは自明 である.この年周視差が1
秒角になる場合の星までの 距離を天文学では1
パーセク(pc)
と定義しており,約3.09 × 10
13km (
約3.26
光年)
に相当する. 以上のように,天球上の星は,固有な直線運動(
加速度 はさらに天球上では小さく,一般には検出されず,直線 で十分よく近似できる)
と見かけの楕円運動の組み合わ せで,一般にはらせん運動をえがく(
図4)
.このらせん 図3 恒星の天球上でのみかけの楕円運動(1年周期)と年周 視差1), 2) 天球上での星の楕円運動は,地球が太陽の周りを1 年間で公転するために生じ る見かけ上の運動である.地球軌道上でA 地点から星を眺めると天球上の A 地点に投影される.半年後,B 地点から同じ星を眺めると B 地点に投影され る.地球は,ほぼ円運動をしているので,天球上の星は,見かけ上,一般には 年周期で楕円運動をする.この楕円軌道の長半径に相当する角度を“年周視差” とよぶ.三角測量の原理により,この年周視差と太陽―地球間の距離を用いて 星までの距離を直接測定することができる.図4 恒星の天球上での運動(模式図) 恒星の位置変化は天球上で一般的にはらせん軌道をとる.これは,恒星の動き が楕円運動(1 年周期) と直線運動との組み合わせとなるからである. 運動が検出できると,年周視差と固有運動を評価できる. すると,年周視差により星までの距離が仮定やモデルを 介さず,直接的に導出できる.星までの距離は,天文学 では非常に重要な基本情報である.星の明るさは,通常 は地球からみた見かけの明るさしかわからないが,距離 がわかれば本当の明るさがわかり,それにより,恒星が 放射している本当のエネルギーが算出でき,恒星物理学 の解析にとっては重要となる.また,星までの方向と距 離がわかると星の
3
次元空間分布がわかり,星団や銀河 系(
天の川銀河)
のサイズや形状も明らかになる.さらに, 固有運動(
角速度)
に距離をかけると視線方向に垂直な方 向の実際の運動速度がわかる.視線速度の情報がほかの 観測から加味されると,星の3
次元速度を評価できる. 現在の星の空間分布と速度分布は,銀河系の形成と進化 のモデルにも依存するため,観測によりモデルに制限を 付けることができる.また,銀河系中心に存在する太陽 の重さの約400
万倍もの重さをもつ巨大ブラックホール の形成進化もモデルによって,巨大ブラックホール周辺 の星の空間分布や運動分布に異なった影響を及ぼす.逆 に,星の空間分布や運動分布の観測により,巨大ブラッ クホールの形成進化のモデルを特定できる可能性もある. さらに,星々の空間分布や運動速度分布は,すべての星や ダークマターによって生じる重力場によって決まる.逆 に,空間分布や速度分布の観測情報により,背後にある 重力場を推定でき,それを生じるダークマターの分布や 軌道など“
見えないもの”
の情報も推定できる.以上は年 周視差や固有運動によって解明できるごく一部の事例で ある. 星は,天球上ではらせん運動をすると記述したが,実 は,このらせん運動から少しだけずれた運動をする場合 もある.詳細は割愛するが,たとえば,星が2
つ以上存 在し,お互いの周りを運動している連星系や恒星が太陽 のように惑星をもっている場合(
系外惑星系)
,さらに星 の手前をコンパクトで重力が強い重力レンズ天体が通過 した場合である.逆に言うとらせん運動からのずれを検 出すると,連星系の軌道や系外惑星の質量,さらには重 力レンズ天体の正体などを明らかにできる可能性がある. 以上のように,星のらせん運動やそこからのずれは,天 文学や宇宙物理学にとって重要な基本情報になる.この ような天球上の星の位置とその時間変動を測定する天文 学の観測の一分野が位置天文学とよばれる3).観測すべ きことは単純で,天球上の星の位置を観測する時間を変 えてプロットし,観測データを最もよくフィットするらせ ん運動を求め,固有運動や年周視差(
楕円の長半径)
を導 出する.らせん運動からのずれが検出できれば,そのず れの情報も取り出す.このように,位置天文観測のやる べきことは単純である.ところが,星は十分に遠く,こ のらせん運動,いわんやそこからのずれの角度スケール は非常に小さい.たとえば,太陽に最も近い恒星であるα
ケンタウリ星の年周視差はわずかに0.75
秒角である. ちなみに,銀河系中心(
約8
キロpc
,約2
万7
千光年)
よ り先の10
キロpc (
約3
万3
千光年)
までの距離に相当す る年周視差は,1
万分の1
秒角に相当する.年周視差の測 定は,距離を正しく評価するためには相対誤差が10%
以 下である必要があるため,10
キロpc
先までの星の距離 を評価するためには,誤差は10
万分の1
秒角(10
マイ クロ秒角)
,つまり,3
億6
千万分の1
度以下の精度が必 要である.この角度は,たとえば,100 km
先(
東京から 富士山頂程度)
にいる人の髪の毛1
本の太さの約1/10
を 見込む角度に相当する.いかに小さい測定精度が要求さ れるか理解いただけるかと思う.したがって,位置天文 学とは,いかに高精度に星の天球上での位置とその時間 変動を測定できるのか,観測装置やデータ解析にどのよ うな工夫をすればよいかを研究し,実際に観測を行う研 究分野と言える.では,つぎに位置天文学の歴史を簡単 に振り返ってみる.2
.
位置天文学とその歴史
位置天文学は天文学の中で最も古い分野の1
つであり, その歴史は古代エジプトや古代ギリシアにまでさかのぼ る.すでに古代において,シリウスの位置変動から地球 の年周期があきらかにされ,また,春分での太陽の天球 上での位置の時間変動から地球の自転軸の歳差運動(
首 振り運動)
も明らかとなっていた.中世では,チコブラ エーによる惑星の天球上の時間変動の観測により,ケプ ラーの法則が導かれ,結局,ニュートン力学という近代 物理学の誕生を引き起こすこととなった.固有運動は,ハ リー(
ハレー)
彗星で有名なハリーにより,1718
年に初 めて測定された.その後,1838
年にベッセル関数で数学 でも有名なベッセルにより,白鳥座61
番星の年周視差が 初めて検出された.これが世界初の年周視差検出であり, 星までの距離がはじめて直接測定できたとともに,この 観測事実は,地球が公転運動している,つまり,地動説の 直接的証拠にもなったことは興味深い.その後,地上の 観測により,固有運動や年周視差の測定が世界中で行わ れたが,可視赤外線による位置天文観測は精度の限界を 迎えていた.地上では大気の乱流現象により,星の像の中心位置に測定誤差がはいってしまう.また,地球重力 の影響による装置の変動なども誤差要因となり,年周視 差精度は
30
ミリ秒角程度で頭打ちをしていた.そこで, ヨーロッパ宇宙機関(ESA)
は,Hipparcos (
ヒッパルコ ス)
4)と名付けられた世界初の位置天文観測衛星計画を進 めて,1989
年に打ち上げ,約3
年間の観測運用を行った.Hipparcos
衛星の年周視差の測定精度は約1
ミリ秒角で あり,地上での精度より1
桁以上も向上し,革命的では あった.しかしながら,この精度では100 pc (
約330
光 年)
以上の星の距離の評価は信頼がおけなくなる.そこ で,ESA
では,Hipparcos
衛星の後継機としてGaia (
ガ イア)
を2013
年12
月に打ち上げ,2019
年まで運用を続 ける予定である5).可視光で全天をサーベイし約10
億個 の星を観測する.最終カタログは2022
年頃に公開され る予定であるが,その年周視差の精度は,ヒッパルコス 衛星より約二桁も向上し,10
万分の1 (10
マイクロ)
秒 角を達成する予定である.また,日本では,筆者が中心 となって,JASMINE
計画という赤外線位置天文観測を 推進中である6), 7).詳細は,6
章で記載する.3
.
位置天文衛星の観測方法
前述したように,星の天球上での位置とその時間変動 を高精度に測定するための観測方法を先ずは紹介する. なお,本稿では,可視赤外線による人工衛星からの位置 天文観測についてに限定する.同じ可視赤外線でも地上 では,今後,補償光学や干渉計を使った観測も計画され ている.地上の大型望遠鏡では,その集光力の大きさか ら暗い星まで高精度の測定が可能となるが,ただし,視 野は非常に狭くなる.一方,宇宙軌道上からの観測は,比 較的明るい星に限られるが,広域で高精度な測定が可能 となり,相補的となる. さて,位置天文観測衛星による観測方法は,基本的に は光学望遠鏡により星を撮像することである.星は理想 的には点状に撮像されるはずだが,回折限界(
波長を口 径サイズで割った角度サイズの拡がりをもつ)
の存在に よって広がった星像として検出器上に撮像される.その 星像の中心位置,つまり,ある時刻での星の天球上の位 置を評価する.そして,同じ天体を別の時刻で何度も撮 像することによって,その星像中心の変動を測定してい くことが基本である. 衛星による観測方法は大きく分けて2
つのタイプがあ る.1
つは,衛星が自転(
スピン回転)
しながら全天を サーベイ観測する場合であり,衛星でいうとHipparcos
,Gaia
やNano-JASMINE (
後述)
の場合が該当する.こ の場合は,全天の座標系も同時に構築する.星の位置を 指定するためには,天球上での座標系が必要であるが, 天球に座標系がもともと貼られているわけではない.む しろ,測定した星同士の相対位置の情報を基に座標系を 構築するのである.この場合は,大角度(Hipparcos
で は58
度,Gaia
では106
度,Nano-JASMINE
では99.5
度)
離れた2
つの視野を同時に観測するという工夫を行 うが,その理由は割愛する8). さてつぎに,ある限られた領域(
たとえば小型JAS-MINE
の場合は,銀河系中心方向領域)
の位置天文観測 を行う場合を考える.この場合は,衛星がスピン回転し ながら観測するのは適していないので,単一方向のみの 観測となる. 視野サイズ以上の観測領域をサーベイする場合は,視 野サイズの画像をパノラマ写真の要領で貼り合わせをし ていく.つまり,一視野を撮像後,視野が半分程度重な るように観測方向をずらして,つぎの視野を撮像する.2
つの画像には,視野の半分程度に共通の星が写っている ため,重ね合わせがうまくいくように,画像の歪みを補 正し,観測領域を広げていく方式である(
フレーム連結 方式)
.ただし,この方法では,貼り合わせの回数を増や すほど,重ね合わせの誤差が積もっていき,精度が悪化 していく.そのため,重ね合わせはなるべく少なくしな ければいけなくて,観測領域がある程度小さい場合に適 応できる. ここでは,例として,赤外線位置天文観測衛星である 小型JASMINE (
詳細は後述)
の観測手法の詳細を以下 に述べる.小型JASMINE
は,銀河系中心方向の領域観 測を主な科学目的としており,前述したフレーム連結方 式をとる.先ず,観測の流れは,観測領域内のある方向に 望遠鏡を向け,視野サイズの画像(
単位フレームとよぶ)
に写る星像を7.1
秒間撮像し,(
衛星の場合,通信量の制 限から地上にダウンロードできるデータ量に限度がある ため)
星像の中心の周りの一部の画素のみ切り出す(
小型JASMINE
の場合は,9 × 9
画素)
.この操作を後述する データ解析に必要なプロセスとして,20
回繰り返し,単 位フレームを20
枚重ねたものを(
一枚の)
小フレームと する.つぎに望遠鏡の方向を変えて,つぎの視野の撮像 を行う.その際,画像の貼り合わせに必要な操作として, 前の撮像とは,半分程度重なるような視野をとり,別の 小フレームを作成する.このような操作を繰り返し,約50
分間(
衛星の地球周回の半分の時間)
で小フレームを16
枚使って観測領域全域を覆う画像(
大フレームとよぶ)
を作成する.なお,残りの半周期は,銀河系中心方向が 地球の方向と重なるため,銀河系中心方向の観測は行え ず,望遠鏡を冷却できるような姿勢をとる.この観測を 春分および秋分の前後45
日,年間で約180
日間繰り返 し,3
年間運用する.冬季は,銀河系中心方向が太陽方 向に近いため,それ以外の方向の興味ある天体の観測を 行う.また,夏季も銀河系中心方向をみる姿勢をとると 衛星の熱環境が悪くなるため,ほかの方向にある興味あ る天体の観測を行う予定である.実は,4
章で記述する ように,このように同じ星を何度も(
約60
万回)
繰り返 しみるというプロセスが位置天文観測では測定精度を上げるための本質になる.
4
.
誤差要因とデータ解析
意外に思われるかもしれないが,1
回の撮像による星 像中心の位置決定精度は目標精度よりはかなり悪い(
悪 くてもよい)
.小型JASMINE
では,位置や年周視差の 最終の目標精度は20
マイクロ秒角であるが,回折限界で 決まる1
回の撮像での精度は0.5
秒角弱である.前述し たように,多数回撮像していくことによりポアソン分布 する光子数ノイズなどのランダムな誤差は1/
√
N
則(N
は光子数)
にしたがい,小さくすることができる.しか し,これは理想的な場合であり,一般には,サンプルが 増えても誤差が減少しない,つまり系統誤差成分がある. 系統誤差は,推定,除去,制御,校正などの操作により 減少させることを行うが,それは後述する. 先ず小型JASMINE
を例に取り,どのような誤差があ りうるか列挙してみることとする.星像を撮像し,星像 中心を推定する必要がある.その際に影響される誤差は, 光子数ノイズ以外には先ず衛星本体に関わることとして は,星像をぼやかす望遠鏡の指向擾乱(
系統誤差成分とラ ンダム誤差部分)
がある.そして星像の形に影響するの は,検出器に関連することである.たとえば,画素ごと の感度やサイズのむら(
系統)
,放射線からの影響による 出力変動(
系統)
,画素内の感度むら(
系統)
,読み出しノ イズ(
ランダム)
,暗電流(
ランダム)
,星の波長特性(
系 統)
などがある.天体に絡む誤差としては,太陽や月な どの天体からくる迷光(
拡散させた場合はランダム成分)
, また背景星による光の混合(
ランダムと系統)
,宇宙線の 撮像(
系統)
などが誤差要因となる. つぎに,小フレームの貼り合わせの際に影響するのは, 小フレームの歪み(
系統)
とその時間変動(
系統)
である. これは,望遠鏡などの観測装置の構造とその熱変動性に 関わる誤差である.そのほか,地球公転に伴う光行差(
系 統)
,重力レンズ効果による星像中心の変動(
系統)
など 天体に伴う誤差もある.今まで列挙した誤差以外にもさ まざまな誤差がありうる.また,要求する最終の測定精 度は厳しい値になるため,誤差に対する要求もおのおの おのずと厳しいものとなる. では,以上のような多数の誤差をどのように対処して 目標の精度を達成するのか以下にその手法を述べる.基 本的には,適格なデータ解析とその解析の前提として要 求されるいくつかの技術要素の実現が,目標精度達成の ための手法の両輪となる. 先ずデータ解析手法について概説する.基本的思想は, 前述したように同じ天体や(
ほぼ)
同じ画像を多数回撮像 することにより,誤差の内,ランダム成分(
統計誤差)
を 減少させていく.ただし,最後に残った誤差の大きさが, 要求される目標精度をみたすように,小さくしておく必 要がある.たとえば,光子数ノイズ(
ポアソン分布をす る)
は,要求精度に適合するように,撮像回数,つまり, 観測期間やまた測定できる星の明るさ(
ある程度明るい 星が望ましい)
に条件が付くことになる.さらに,望遠 鏡の指向擾乱や迷光,検出器の暗電流成分の場合は,そ れらを起因とする誤差の値が目標値を達成できるように おのおのの誤差を抑制するための技術の実現を要求する ことになる(5
章参照)
. つぎに系統誤差であるが,これはほとんどの場合,推 定を行う(
目標の誤差配分値以下になるように抑制が必要 な場合もある)
.要求精度レベルでは,測定や制御は技術 的に厳しい場合が多い.そこで,誤差の推定を行い,推定 値からの残差が無相関になるようにし,あとは多数回撮 像により,残ったランダム成分は,目標精度まで減少さ せていく解析を行う.では,一体どうやって誤差を測定 もせずに推定できるのであろうか.その鍵は,まさに観 測対象である天球上の星々の位置が“
ものさし”
となって くれるからである.星の相対位置関係は,ごく短時間で は動かない(
目標精度以内の動きしかない)
.また,単独 星と見なせる場合は,きれいならせん運動(
単純な直線と 楕円運動の組み合わせ)
をすることがわかっている.たと えば,簡単に説明を行うため,2
つの星の天球上での角距 離が不変だとする.しかし,それを撮像した場合,前述し たような画素ごとの感度やサイズのむら,およびそれら の時間変動,放射線による出力変動が原因となり,その2
つの星像中心が検出器上のどの画素の上に何時撮される かによって,2
つの星像中心の角距離は微妙に変動する. しかし,実際は2
つの星像中心の角距離は不変であると いう制限をつけて,変動成分のうちの系統誤差成分をモ デル化するとともに(
ある関数形でフィットする)
,必要 に応じて統計解析手法(
具体的には赤池情報量基準9))
を 使ってモデル化の妥当性を判断しながら推定を行う.変 動値から,その推定値を差し引いた残りの成分が無相関 になっていれば,推定は妥当であると判断はできる.こ の方法の利点は,誤差の原因を特定する必要はなく,ま たあらかじめその誤差の特性を測定などで知っておく必 要がないことである.実際,JASMINE
プロジェクトの チームでは,CCD
に星像にみたてた人工光源をあてて,2
点間の距離を測定する実験を行っているが,この方法 で,(
何が誤差の原因かを特定せずとも)
系統誤差成分を 推定し,数十万枚同じ画像を重ねると誤差の残差成分が1/
√
N
則で減少していくことを実証している.実際の星 は,相対的に不変ではなくて,おのおのがらせん運動を している.しかし,それは単純な系統的運動であるため, その成分は解くことができ(
ただし,星の運動と同じ変 動をする系統誤差との区別はできたいため,ほかの観測 により星の運動が既知のデータを用いて校正を行う必要 はある)
,実質は,星の相対位置は不変であると考えた場 合と同様の取扱が可能となる. なお,上記の多数回撮像による系統誤差の推定方法を適用するにあたり,大きな条件がある.
1
つは,観測領 域全体の画像(
大フレーム)
の歪みが補正されて画像が一 様になっていることである(
ただし,一様に膨張,また は収縮したり,フレームの原点がずれる成分は残ってい る可能性がある)
.一様になっていれば,たとえば固有運 動に関しては,ある星に対して,その固有運動が既知の 観測結果を使って校正することによって,大フレーム全 体の一様な膨張,収縮や原点の移動を解くことができる. そのため,ほかの星に対しても画像の膨張,収縮を補正 し,固有運動成分を取り出すことができる.しかし,大 フレームに歪みが残っていると,別の50
分間で作成した 大フレームの歪みとは一般的に異なる.すると,ある星 に対しては,その固有運動が既知の観測結果をつかって, 校正によって補正できたとしても,校正をしない(
できな い)
ほかの星は,その場所で画像の歪みやその変動が残っ ていると,局所的にスケールが異なっていたり,また,そ れが変動している可能性もあるので,固有運動成分を分 離して正しく求めることができない.このように,歪み やその変動が残っていると全体のスケール調整の校正だ けでは,補正することができずに,固有運動を正しく求 められなくなる.したがって,大フレームのの歪みを補 正することが重要かつ必要となる.そこで,小フレーム 連結によって大フレームを作成する際に,小フレームご との画像の歪みの時間変動を極力抑える必要がある.な ぜならば,画像の歪みの時間変動は一般には望遠鏡構造 の熱変動によって引き起こされるが,もし変動が起こる と構造の複雑な変動により一般的には,歪みによる変形 を多項式で表示した場合,高次の変形とその時間変動が 生じる可能性がある.そのため,その歪みと時間変動を 星の位置データを用いて補正することが精度的に困難に なるからである.そこで,小型JASMINE
では,この時 間変動成分を多項式展開した場合に2
次以上の項は,精 度要求値(10
マイクロ秒角)
以下とし1
次成分だけは要求 値よりも大きくてもよいという要求を課している.1
次 の変動成分は,画像全体が膨張収縮しているという変動 であるため,前述したように大フレーム内に写っているGaia
などで測定された既知の星の固有運動情報を使って 校正が可能である.以上より,2
次以上の項の変動が要求 値以下という要求が重要な技術要求の1
つとなる.なお, このような熱変動を抑制して(
さらに1
次の変動成分は 補正して)
作成された大フレームは,歪み自体は,変動が ないと見なせる.このとき,歪みによる空間的変形は比 較的低次の多項式として表示でき,星のペアが異なった フレーム(
つまり検出器上の異なった場所)
にも写ってい る場合,星同士の相対角距離は本来はフレームが異なっ ても同じであるということを制限条件として解析して歪 みを推定し,それを補正することが可能である. 上記の方法がうまく機能するための大前提は,撮像さ れた星像中心が要求精度以下で推定できていることであ る.中心位置の誤差が大きいと,前述した系統誤差の推 定に関しても精度が悪くなってしまうためである.星は 理想的には点状であるが,回折限界があり,一般的には, 中心にピークをもつ拡がった像となる.その拡がった像 を有限のサイズをもった(
通信量からの制限もあり比較 的少数の)
有限の画素数で切り取ることを行うため,中 心位置の推定が難しくなる.中心位置の推定には,画素 ごとの感度むらやサイズむら,画素内部の感度むら,放 射線による検出器の劣化などにも影響される.実際には, それらの誤差要因をすべて除去したり測定しておくこと は不可能である(
さらに,打ち上げ後に変動があった場 合,測定はできない)
.そこで,こういった誤差も加味さ れた現実の星像の拡がりの形状はどうなっているかをモ デル化し,形状と中心位置とを同時に推定する.では,ど うやって推定するかの方法であるが,画像をいくつかの ブロックに分けて,そのブロック内では星像の形状は一 定と仮定しモデルをたてる.そして多数回撮像し多くの 星が写っていると,画像のいろいろな画素上での星像の データがとれるが,星像中心が画素のどこにあるかで(
有 限サイズの画素などの影響で)
星像形状の実データが変 わってくる.ブロック内では星像形状は一定と仮定して いるので,ブロック内でのいろいろな星の実データをう まく説明できるような最適な星像形状と星の中心位置を 決定する.先ず形状を適当に仮定し(
ガウス分布など)
, 中心位置をいったん推定する.そして,その情報をもと に,星像形状を改定しその形状を使って再び星像中心を 推定する.このように逐次的に星像形状と中心位置の精 度を上げていくことを行う.これは,ハッブル望遠鏡で 撮像されたデータを用いて位置天文の解析を行ったチー ムが採用している方法でもある.なお.画像の絶対的サ イズ,星の絶対的位置は,Gaia
などの別の観測で星の位 置が既知のデータを用いて校正する. 位置天文学では以上のようなデータ解析手法を用いて, 目標精度までもっていく操作を行う.5
.
重要な技術要素
4
章で記述したデータ解析により目標精度を達成する ために実現しないといけない重要な技術要素がいくつか ある.先ず,系統誤差の抑制という点では,望遠鏡構造 の熱変動の安定性要求がある.小フレームの歪みの2
次 以上の項の時間変動が検出器上での長さに変換して,50
分以内で0.1 nm
以下であるという要求である.これを達 成するために望遠鏡の素材,構造,温度安定などに工夫 を要する.たとえば,鏡は低膨張率のクリアセラムを用 いるともに,同程度の低膨張率を達成した(0 ± 10
−8/K)
超スーパーインバーを支柱に用いる(
われわれが企業と 開発した)
.これにより,望遠鏡構造全体をほぼ同程度の 低膨張率素材で望遠鏡を構成することができ,低熱膨張 かつアサーマルな構造が期待できるようになった.図5 小型JASMINEの望遠 鏡構造 小型JASMINE の望遠鏡構造は,主鏡, 第4 鏡,第 6 鏡を一体化し,さらに,第 3 鏡,第 5 鏡,検出器部を 1 つのパーツ に組み上げストラットでつなぎ,望遠鏡 を一体化してトラス構造として組み上げ ることとしている. さらに,これにより,検 出器上での位置変動の 要求を満たすためには,
50
分以内で望遠鏡部分 の温度変動が±0.1
度程 度の温度安定にすれば よく,従来の衛星で実績 がある程度のものとなっ た.望遠鏡の温度安定に 関しては,望遠鏡ボック ス部にヒーターとセン サーを取り付け,望遠鏡 温度(
運用温度は,赤外 線検出器への熱源にな らないように摂氏5
度と する)
を遠火で安定化す る方式をとる.さらに, 光学調整の観点などの 条件から,望遠鏡構造は 主鏡,第4
鏡,第6
鏡を 一体化し,さらに,第3
鏡,第5
鏡,検出器部を 一つのパーツに組み上 げストラットでつなぎ,望遠鏡を一体化してトラス構造 として組み上げることとしている(
図5)
.こうしたトラ ス構造はバス部とのインターフェース面の熱歪みが望遠 鏡のミラー間の位置関係に直接伝わらない構造となって いる. 星像をぼやかすランダム誤差の原因の1
つとなる望遠 鏡の指向擾乱に対しては,撮像時間の7.1
秒間に340
ミ リ秒角以内の指向安定度を要求している.衛星姿勢を制 御するリアクションホイールなどの装置からの振動の固 有振動をはずすような構造設計を行うなどの工夫を行っ ている.また迷光防止対策としては,望遠鏡先端に迷光 防止用フードを付けるとともに内面での迷光の反射を極 力抑えるために炭素繊維植毛や炭素練り込みナイロン植 毛などを候補とした反射率が低い素材を用いることとし ている. 熱制御としては,サンシールド板を設置し,太陽光と 地球アルベドの直射を防止する.そして,望遠鏡は,6
枚の望遠鏡パネルで形成した直方体の望遠鏡ボックス内 に設置し,望遠鏡パネルをヒーターで制御して温度コン トロールとし,センサーを用いながら運用温度の摂氏5
度と±0.1
度の安定性を維持する.一方,検出器は暗電 流を低減し目標の精度にするためには,検出器の温度を180 K
以下にすることが要求される.そのため,ペルチェ 素子を用いて冷却する.ペルチェ素子高温部および検出 器ケースはヒートパイプを介して外面の検出器ラジエー タに熱接続し,常温の望遠鏡構造とは極力熱絶縁する工 図6 小型JASMINEの熱設計のブロック図 望遠鏡はヒータとセンサーにより運用温度を摂氏5 度に制御する.検出器は 180K 以下に冷却する必要があり,ペルチェ素子による冷却を行う.なお,図 の上方にある白色の短形部分は,図5 の検出器フードに対応する.詳細は本文 を参照. 夫を行う(
図6)
. 以上が小型JASMINE
にとって重要な技術要素である. 計算の上では要求を達成できる仕様の案はできあがって はいるが,これらの技術はクリティカルなので,部分試 作モデルやエンジニアリングモデルなどモデルを多段階 に作成し,1
つ1
つ段階ごとに検証し,技術実証を進めて 行く必要があり,実際に部分モデルでの技術実証を進め ている段階である.なお,これら以外にも誤差の低減の ための技術的工夫が必要であるが(
詳細は割愛する)
,こ のように高精度な位置天文観測を行うためには技術的な さまざまな工夫を行う必要があり,どの望遠鏡でも高精 度位置天文観測が実現できるわけではないことを申し添 えておく.6
.
最後に ∼
JASMINE
計画について∼
最後に筆者が中心となって推進している赤外線位置天 文観測のJASMINE (
ジャスミン)
計画について簡単に説 明する.2
章で記述したようにHipparcos
の後継機とし てESA
はGaia
を打ち上げて現在も観測運用中である. データの質,量ともに画期的であるので,天文学や宇宙 物理学の幅広い分野において大革命をもたらすことが期 待されている.ところが,Gaia
は可視光の観測であるた め,銀河系中心や天の川面のように塵(
ダスト)
が多量に 存在する領域では可視光が塵に吸収散乱され光が遮られ やすく,星が観測できなかったり,観測できても精度が 悪い.一方,赤外線は塵に吸収されにくいため,遮られ ずに,多数の星を高精度で観測できる可能性がある.そ こで,小型JASMINE
計画では,天の川で最も明るく星 が密集している銀河系中心方向の中心核バルジという部 分を1.1
∼1.7
ミクロンの近赤外線の波長域を用いて観測 する.年周視差の目標精度は20
マイクロ角程度であり, 約1
万個の星を観測する.望遠鏡の主口径は30 cm
で, 視野面積は0.5
度× 0.5
度である.光学系はコルシュ系 の3
枚鏡(
非球面)
を採用している.衛星の総重量は,約400 kg
で高度550 km
以上の太陽同期軌道を考えている. 小型JASMINE
は,JAXA
宇宙科学研究所の公募型小図7 Nano-JASMINE の 打 ち 上 げ 実 機 (上 図) と 小 型 JASMINE の イ ラ ス ト 図 (下図) 型計画宇宙科学ミッショ ンでの実現を目指して おり,宇宙研へ応募をす るとともに審査を受け ている.採択されれば, 最速で
2022
年度末の打 ち上げを目指している. 小型JASMINE
の観測 データを用いて期待で きる科学的成果として は,銀河系中心に存在す る巨大ブラックホールの 形成進化の解明,中心核 バルジの力学構造の解 明,中心付近の星団の起 源解明などである.さら に,中心方向が観測でき ない冬季や夏季は,共同 利用の一環として観測 対象を公募によって決め る予定である.候補としては,白鳥座X-1
のブラックホー ルの連星軌道の解明,X
線やγ
線連星のコンパクト星の 正体解明,低温星の系外惑星探査などである. 小型JASMINE
に先駆けて,JASMINE
チームは超小 型衛星であるNano-JASMINE
衛星を開発した(
図7)
.Nano-JASMINE
は主口径が5 cm
,望遠鏡重量が約2 kg
, 衛星のサイズが50 cm
立方,衛星重量が約38 kg
という 小さい衛星である.衛星ミッション部(
観測装置など)
は, 国立天文台が中心となり開発し,バス部(
衛星構造,熱 制御,姿勢制御,通信,電源など)
は東京大学工学部中須 賀研究室が開発を行った.学生や若い研究者が手作りで 製作,試験などをおこなってきた.衛星は,2010
年10
月に打ち上げ実機がすでに完成しているのだが,当初に 契約した海外のロケット打ち上げ会社が複雑な国際状況 により,打ち上げができなくなり,現在はESA
などの機 関による打ち上げを調整中である.Nano-JASMINE
は, 超小型ながらも,Hipparcos
と同程度の精度を達成予定 であり,さらにHipparcos
のデータと結びつけると,実 は,固有運動の精度がHipparcos
での精度よりも1
桁程 度向上する見込みである.Gaia
が当然もっと高精度な固 有運動を測定可能であるが,実は,Gaia
は鏡が大きくて(1.5 m × 0.5 m
が2
枚)
集光力があり,明るい星(6
等星程 度以下)
が検出器上でサチュレーションを起こすため星像 中心を決定するのが困難になる.一方,Nano-JASMINE
は,比較的明るい星まで星像中心決定が通常の方法で可 能であるため,星座にある星々(6
等星以下)
の固有運動 はNano-JASMINE
がデータを提供し,Gaia
を補足す る形となる. 以上のように,小型JASMINE
もNano-JASMINE
もGaia
を補完するという役割もあり,Gaia
チームや世 界の位置天文学コミュニティからの期待も大きい.赤外 線による位置天文学衛星としては,小型JASMINE
より もっと広範囲をサーベイ観測できる衛星が望ましく,わ れわれは主口径が80 cm
の中型JASMINE
も検討して きた.しかし,このクラスの宇宙望遠鏡になると予算も 莫大となり,日本単独と言うよりは欧米などと国際協力 で進める必要があると考えている. 以上,位置天文学と衛星による赤外線位置天文観測に ついて説明を行ってきた.位置天文は,天球上の星の位 置とその時間変動を測定するという単純な作業に思える が,輩出される観測データは天文学の重要な基礎データ となるものであり,さまざまな研究テーマへの適応が期 待できる.また,高精度での測定を要求されるため,デー タ解析方法や技術的な工夫も要求され,統計解析や光学, 工学のさまざまな分野とも密接している総合科学の宝庫 といってもよいだろう.読者の皆様がすこしでも興味を おもちいただけたならば幸いである. (2017 年 2 月 23 日受付) 参 考 文 献 1) 郷田直輝:超小型位置天文観測衛星ナノ・ジャスミンでえがく天 の川銀河の地図,計測と制御,51–5 (2012) 2) 岡村定矩ほか (編):シリーズ現代の天文学 I 「人類の住む宇宙」, 日本評論社 (2007) 3) 郷田直輝:天の川銀河の地図をえがく,旬報社 (2009) 4) ヒッパルコス計画,http://sci.esa.int/hipparcos/ 5) Gaia 計画,http://sci.esa.int/science-e/www/area/index. cfm?fareaid=26 6) JASMINE 計画シリーズ, http://www.jasmine-galaxy.org/index-ja.html 7) JASMINE(Scholarpedia 記事), http://www.scholarpedia.org/article/JASMINE8) Hangs G. Walter and Ojars J. Sovers: Astrometry of Funda-mental Catalogues, Springer (2000)
9) 赤池弘次ほか:赤池情報量規準 AIC,共立出版 (2007) [著 者 紹 介] ごう 郷 田だ なお直 てる輝 君 1989年京都大学大学院理学研究科博士課程修了, 理学博士.京都大学理学部助手,大阪大学理学部助教 授を経て現在,国立天文台教授.JASMINE 検討室 長を兼任.日本天文学会,国際天文学連合 (IAU),日 本物理学会,日本数理生物学会に所属.宇宙論,銀河 の形成・力学構造,重力多体系の非線形現象の研究が 専門.現在,赤外線位置天文観測衛星 (JASMINE) 計画を推進中.