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世直しと子育てをつなぐ知恵 : 毛利子来の育児論に関する一試論

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Academic year: 2021

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世直 しと子育 てをつな ぐ知恵

毛 利 子 来 の 育 児 論 に 関 す る 一 試 論 -中 島 純 1.ゆたかな時代の育児のまず しさ おけがわ 埼玉県桶川市 にある 「いなは保育園」での子 どもたちの日常を活写 した映画 『こどもの 時間』(野中真理子監督,

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年) は,子 どものむ き出 しの魅力にあふれた作品だ(1)0「い なほ保育園」 は,山林 に囲まれ畑がある自然にめ ぐまれた環境で,0歳か ら6歳 までのお よそ

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人の子 どもたちが生活す るいわゆる 「どろん こ保育園

であ る。親 と保育者 と地 域の住民が14年かけて共同で築いてきた手づ くり保育な らではの生活臭が, スク リーン越 しに伝わって くる。主役の子 どもたちはヤギや馬たちと生活をともにしなが ら,素足で走 り,我を忘れて遊ぶ。旬の食物を手づかみで食 う。泣 き,笑い,怒 り,心 と身体を存分 に 躍動 させている。そこでは, リンゴはっペの子 どもたちは今で も健在だ。汗 と泥 と涙にま みれて 「こどもの時間」を充足 しなが ら暮 らす子 どもたちの姿 は美 しい。 今の私たちは 『こどもの時間』の情景を反転 させたような世知辛い現実 に向きあ ってい る。大不況のさなかにありなが ら,育児商品 とサー ビスは市場 にあふれ,過剰 と呼べるほ ちまた どに育児情報 は巷 に広 まっている。 にもかかわ らず,子育てに迷い,悩み,傷っ く親 たち は後を絶たない。毎 日のように報道 される痛 ま しい事件の数々は,「ゆたかな時代 の育児 のまず しさ」を如実 に映 し出 している。 そんな時代状況にあって,毛利子来 (もうり ・たねき)氏 は育児 に悩む親たちの救世主 的な存在だ。『新 エ ミー

ル』

(1979),『ひとりひとりのお産 と育児の本

(1988)はロング セラーとして名高 い(2).新聞 ・雑誌, テ レビ, ラジオ等で もな じみのある人は少なくない. その育児 ・教育論 は世代を越えて根強い支持を得ている。戦後,乳幼児の子育てが国民的 こ 関心事 とな り,古 くはスポック博士(3),松田道雄氏(4)といった母親の立場を重ん じる実践 的育児論が注 目を集めた。毛利子来氏 も同 じ系譜 に連なる存在 といえるが,その著作を読 めば明 らかなように親 に対するスタンスは啓蒙的 というより対話的である。その気取 りの ない人柄を行間にに じませなが ら,ユーモアをま じえて,平易な言葉 と明快な論理で読者 に語 りかけて くる。40年 におよぶ開業医 としての仕事 に加えて,育児相談 にも精力的に取 り組んできた永年の経験が, ライ ト感覚の文章 に奥行 きと深みを与えている。 -59

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-暁星論叢第50号(2002) 毛利氏 はこう語 りかける。「育児 に迷 いはつ きものだ。子 どもを育 て ることは, 契約 に 基づ く 「仕事」ではない。合理を追求する 「科学」の行為で もない。 それは 「人生」 のひ とっの営み としてある。 そ して, いうまで もな く,人生 には常 に迷 いがつきまとう」と(5)0 毛利氏の育児論 は,それを病気,事故,発育, しつけといった日常的な子育てをめ ぐる問 題か ら出発 しなが ら, まず親,家族 といった育児す る主体の生活のあ り様 に目を向けさせ る。 さらにそ こか らステ ップア ップ し,地域,国家, さらには文明社会 までを も視野 に入 れた文脈でその問題の本質を とらえ,解析 し,解決策を提示するという方法を特徴 に して いる。家庭医学書のような対症療法的な技術論 に終始 しない。読者 は毛利氏の眺望の高 さ に引 き上げ られて,問題を相対化 し迷 いを解 き放っ。科学の迷信にとらわれない知見を得 て 「か しこく」なった気 になる。 その 「か しこさ」 は暮 らしと結 びっいた知恵者のか しこ さだ。だか ら,毛利氏の 「育児論」 は 「育親論」 として も読める。

2.

毛利育児論の魅力について 「文 は人な り

ということわざがあるが,毛利氏の育児論の魅力 は,その人間味あふれ る人柄 と重ね合わせ るとだいたい以下のように説明できよう。 第-が,型にとらわれない自由な発想である。 毛利氏 は 「型破 り

な医者である.第-,毛利氏 自身, 日ごろは白衣 も着 けずにふだん 着で仕事をする。病院の待合室 は, オモチ ャ,絵本,漫画本であふれ雑然 としている。診 察 も,子 どもの動 きに合わせて聴診器を当て, あ くびや声をあげたときに口の中をのぞき こむ,そんなや り方だ。「お医者様」の威厳などそ こにはない。だか ら子 ど もはいたず ら に恐怖心を覚えず,休 と心 を こわば らせずに無理のない診療ができる。毛利氏 はこの方が 理 にかなっているとす る。 こうした 「型破 り

な発想の原点 は子 ども本位の医療観 にある。 たいていの医者 は薬を ロをこじあけてで も強引に飲 ませ る。力づ くで押えつけるように して注射を打っ。肝心の 病人をよく見 ようとせず検査 データだけでいかめ しい病名を付 ける.子 どもに医療被害が 多 いのは,かれ らを侮蔑的に時に暴力的に扱 うか らである。毛利氏 はそこに 「生身の総体」 としての人間をおきざりに して きた近代医学の倣慢を見ている。 「そ もそ も,健康 には, スタンダー ドなどありえない」 と毛利氏 は言 う.健康 にスタン ダー ドがあって しまった ら,個体差や個性 は否定 され, ほとんどの人 は健康 とはいえな く なって しまう, と。では,健康 とはどういう状態 を指すのか。 これ につ いて毛利氏 は, 「病気や障害があろうとなかろうと, 自分の体の状態を自分で判断す る力 を持 ち, 自分 の したいことをやってい くために,体を上手 にコン トロールできる才覚 を持 っていること」 とする(6)0 「生身の総体」 としての人間の暮 らしの感性に即 した, そ して.また主体的 な条 件 に即 した定義である。今 「一億総健康 ブーム」 と呼ばれ, コマーシャリズムとジャーナ ー 6

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0-リズムにあお られ,多 くの日本人が 「健康」過敏症 になっている.世界一の長寿国になっ たことも確かだが,健康を計 るものさしを自分の中に兄いだせてこそ真に 「健康」である とす る毛利氏の言葉 は説得的だ。 第二が,子 どもの 、、自然〟 に根拠を置 く立場である。 毛利氏 は,子 ども自身が持っ "育っ力〝 を信頼 している。そ して大人が気 にかけ, 目を かけ,手をかけす ぎるあまり子 ども内部の自然を押えつけて しまうことをいましめて次の ように語 る。子 どもは無能で も無知で も未熟な存在で もない。かれ らには,相当な生 きる 力,創造す る力,技能が自然にそなわっている。それは大人が妨げなければ,驚 くほどの 開花をとげる。そのためにわれわれ大人 は,子 どもの言 い分をよく聞 くようにつ とめねば しぐさ な らない。たとえ物言わぬ赤ん坊で も,耳を傾 け仕種に目をや り,子 どもの主張を認め, 尊重する構えが必要だ。子 どもに, 自分で 自分を生 きさせること,その立案 も,実行 も, そ して責任 も, ともか く一切をまかせること。 当然そこには,生命の危険 も,他人への迷 惑 も,世の規則 との抵触 も起 こるか も知れない。 もちろん危険などに対 しては,大人のバ ッ クアップも必要である。 しか し,大人が子 どもに主体性を持たせ ることを考え,干渉を意 図的に排す るな らば,彼 らはみずか ら環境 との葛藤に向き合い,乗 り越えようとす るだろ うし,そ うす ることで子 どもは生活の知恵を自ら学び取 ってい く, と(7)。毛利氏 は, こう した子 ども観を育児論の起点 にすえる。 第三が,経験を重ん じる姿勢である。 生活 と切 り離 して育児 について考えることを不毛だと語 る毛利氏 は,情報消費社会がふ りま く育児の言説 に盲信す ることをいま しめる.書店の育児 コーナーに足を向ければQ& A式- ウツウとマニュアルが氾濫する。 昨今の 「健康 ブーム」 と同様,扇動 と脅迫 に満ち た過剰な情報の渦 にふ りまわされる親たちの日常がある。学者や研究者 はこうした- ウツ ウとマニュアルにもっともらしい根拠を,数字 と外来語を並べなが ら示す。一応の答えは 示 して も断定 はた くみに避 けられ,ため して効果がなければ 「専門家に相談を」で結ばれ る。読後 に不安が増幅する。 そんな経験を筆者 自身 もしたことがある0 だが,毛利氏 は,「たとえ 「科学

の装 いをまとった情報であって も,頑か ら信用 して はいけない。学者 とか医者 とか教育者 とか専門家が提供する情報であって も,その権威 に ひれ伏 してはな らない」 と語 る。なぜな ら科学 自体が,それを研究する者の発想 と方法で. 異な り変動す る相対的な ものだか らである。 ところが, こみいった生活 と人間関係の中で お こなわれる育児 は,複雑かつ多様である。育児 に関する研究の多 くも,実験室やサ ンプ ル調査を もとに行われてきた。 ゆえに,「科学 とそれを担 う専門家 に過剰 な期待 や信頼 を 寄せないほうがいい

と毛利氏 は言 う(8)。学者,専門家の知見 はあ くまで も参考 として受 うの け止めるべ きで,マテ ユテル的に鵜呑み しないことが肝要だとする。 では,親 は何に依拠 し, どう判断を下せばよいのか。 これについて毛利氏 は,考えとか -6

(4)

1-暁星論叢第50号(2002) 理屈 とかよりも,私 たち自身の感覚 と事情 に基づいて判断する方が良 いと言 う。肌で匂 い で心で,そ して好 きこのみで,感覚を動員す ること。直感を大切 にす ること。 そ して もし 経験が とぼ しく自分の感性 に自信が持てない場合には, 自分の親や育児経験 ゆたかな先輩 とかに聞 き彼 らの洞察力を借 りるにか ざる, とし,生活者の経験を重ん じることを提唱す る。育児のよ うに日々の暮 らしと風習にかかわる営みには,分析科学 よりも経験科学の方 がはるかに威力を発揮す る。社会問題化 した 「森永 ヒ素 ミルク中毒事件

で も,「水俣病」 で も,その元凶をいち早 く嘆 ぎっけたのは,母親であ り生活者であったと,毛利氏 は指摘 す る。 第四が,社会への強 い志向性である。 毛利氏 は,杜会派の医師である。診察室を飛び出 して, さまざまな市民運動 に関わ り, 社会的に活動の場 を広 げてきた。世間が放 っておかないのか,世間を放 っておけないのか, はちめんろっぴ ともか く八面六腎の活躍ぶ りである。 そ もそ も毛利氏の 「世直 し」志向には根拠がある。 毛利氏 によれば,近代医学 はあまりにも個体の分析 に偏 りす ぎて きた。 「肺分 け」 に始 ま りDNA解読 に及ぶ,その進化の過程で,人間の全体性を見落 と して きた。 これだけ医学 が進歩をとげたように見える時代で も,「突然死」のように原因不 明の現象 は今 なお存在 す る。 毛利氏 は,病気や死亡 は,環境 に左右 されるところが絶大だと考える。 自然環境 はもち ろんの こと,生活環境,労働環境,広義の社会環境 と切 って も切 り離せない。環境 をっ く りだ し,変えてい くのは人為のなせ る業。人 びとの意識を変えていかねばということで, ベ ビーホテルでの死亡事件が問題 になるといち早 く有志 とともに研究会 を組織 し, 「突然 死」防止のための態勢づ くりを保母 たちに呼びかける。 また,バ ブルの時代 に,華や ぐ親 たちの暮 らしとは裏腹 に,子 どもたちが 自由を奪われ,生気を失 っているのを憂 い, 「太 陽の会」 とい う青空保育の自主サークルを立 ち上げる。ノ持論である 「地域保育」をみずか ら実践 した。地域を巻 き込みなが ら活動の輪が広が り 「原宿名物」 として話題を呼んで全 国各地 に同 じような試みが広が ってい く(9)。以来,医業 と筆業 という二束わ らじの多忙 さ を ものともせず,「男 も育児を しよう会」,「障害児を普通の学校 に入れ る会連絡会」, 「予 防接種を話 し合 う会」 と市民運動 にエネルギ ッシュに関わってい く。

3.

生活者の知恵の復権 前述の 『えせ医者Mの伝説』で,毛利氏 は 「下医は病を治 し,中医は人を治 し,上医は 国を治す」 ということわざを引 き合いに しなが ら,半生の歩みをふ りかえった。「子育て」 と 「世直 し」- 小児科医毛利子来氏のテーマであったこの両者をっな ぐキイワー ドは, 「生活者の知恵」である。子を持っ親が自覚的におのれを知恵者 として 「青 白」 して い く ごうまん な ら,大人社会の倣慢で子 どもをふ りまわす ことな く子 どもと大人が ともに共生す る社会 -

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62-を創造す ることにつながる。毛利氏 は,そんな未来図を示 しつつ迷い,悩みなが ら子育 て をす る世の親 たちに応援 メッセージを発信 しているように思 う. 付記 この小論 は,昨年10月17日,毛利子釆氏を講師にお招 きし,当学 にて開催 された第21回保 育研究会で当 日配布 されたプログラムに掲載の論考 に若干の加筆 と補正をおこな った もので あ る。 その後,幸 いにも,毛利子来氏のホームページ 「たぬ き先生のお部屋」 (http://www.tanuki.gr.jp /back/mt/mkiite64.html)で紹介 された。 ご多用の身 にもかかわ らず ご講演 いただいた毛利氏 に あ らためて感謝申 し上 げる次第である。 注 (1)監督 ・編集 :野中真理子,2001年,16ミリ, カラー,80分o語 り :イ ッセー尾形,制作 :マザー ラン ド

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子 どもの時間」映画上映委員会 (2)毛利子釆 (1929-),千葉県生 まれ。岡山医科大学卒。1960年,東京原宿で毛利 医院 を開業後, 以来,今 日にいたるまで小児医療 にたず さわる現役の医師である。開業医 として の仕事 のかたわ ら,母子保健,育児,教育の問題を追及 し,F現代 日本小児保健史J(1972)

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ひ とりひ とりのお 産 と育児の本

J

l(1982,毎 日出版文化賞受賞)

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エセ医者Mの伝説

.

a(2001) な ど多 くの著作 を執 筆,発表す る。季刊雑誌 rちいさい ・おおきい ・よわい ・つよい』の編集代表 と して, 形式 に と らわれない しなやかな発想で楽 しく育児がで きるようメッセージを発信 し,読者 か らの支持 を集 めている。 その活躍ぶ りは, テ レビ, ラジオ,新聞 ・雑誌等のメデ ィアで も広 く知 られて い る。 また,市民運動 において も

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「障害児を普通学校へ全国連絡会

世話人

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「ワクチ ン トー ク

全国 代表 として精力的に活動を展開 して きた。

(3)スポ ック (Spock,Benjamin1903-1998), アメ リカの小児科医。 コロ ンビア大学 医学部 を卒 業後,小児科医 として医療 に従事す る. ピッツバーグ大学, ウエスタン ・リザ ー ブ大学 の教授 を 歴任 し,引退後 は反戦運動や政治的活動 にも参加す る。主著 rスポ ック博士 の育児書

(1945) は,各国語 に翻訳 され

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「子育てのバイブル」 として多 くの読者の心をつかんだ。 (4)松 田道雄 (1908-1998),小児科医。茨城県生 まれ。三高 をへて,1932年京都大学 医学部卒。 戦前 は京都,和歌山で衛生行政職 に就 くかたわ ら,結核診断についての研究を手 が ける。 軍 医 と して召集 を受 けたことをきっかけに,戦後 は開業医 として診療 にあたる一方,小児科 医 と して の 豊富な経験 に基づいた育児書や結核患者のための啓蒙書を数多 く執筆す る。1960年 に保母 や教育 研究者を中心 に組織 された関西保育問題研究会会長 に就任,そこでなされた研究, 実践活動 が全 国か ら注 目される.代表作 に rわた しは赤 ちゃん

J

(1960)

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わた しは二歳』(1961) などがある。 また

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『育児の百科』(1967)は,育児書のロングセラーとしてあまりにも名高 い。 社 会思想 へ の. 造詣 も深 く, ロシア革命史研究 において もす ぐれた業績を残 している。 (5)毛利子来 町子育ての迷 い解決法10の知恵』集英社新書,1999年,11頁 (6)毛利子来 『えせ医者Mの伝説』新潮社,2001年,90頁 (7)毛利子釆 『新 エ ミール』 ち くま学芸文庫,1985年,15-16頁 (8)前掲 『子育ての迷い解決法10の知恵j25頁 (9)前掲 『えせ医者Mの伝説」146頁 - 6

参照

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