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貨幣の循環に関する模擬取引の実践例

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Academic year: 2021

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要旨  貨幣の循環を理解するための模擬取引の実践例について,中学公民の「預金通貨の創造」および高校公民 の「信用創造」の双方で応用できる手法を検討する。前者では現金通貨と預金通貨の概念のみを用い,後者 では預金通貨と預金準備の概念のみを用いる。いずれも 7 人の生徒に銀行や企業の役割を課し,全体および 個別の指示書を用意して取引を進め,最終的に取引の結果を相互に報告する。その数値を集計用紙に記入し ていき,可視的な模擬貨幣と預金証を用いて通貨量の増大を理解できるような実践例を示す。 キーワード:貨幣の循環,模擬取引,預金通貨の創造,信用創造

Ⅰ.はじめに

 本稿では,中学校および高等学校で貨幣の循環を理 解する模擬取引の実践例に関して説明し,通貨量が増 大するメカニズムに関して可視的に理解する方法を考 察する。中学校の社会科公民的分野(以下「中学公 民」とする)における「預金通貨の創造」のモデル, および高等学校の公民(以下「高校公民」とする)に おける「信用創造」のモデルを題材とする。  現行の学習指導要領では,「言語活動」や「体験的 な学習」について明記され1),単方向的な授業からの 脱却が図られている。たとえば,伊籐(2015)は,3 つのシミュレーション教材を用いた中学公民での実践 例を示し,その中で直接・間接金融について学習する ケースを紹介している。また,河原(2017)は,中学 校の経済分野での授業実践例を示しつつ,学力格差が 存在する中でも「意欲的に追究したい教材とアクティ ブラーニングによる授業改善により,ユニバーサルデ ザイン型授業が可能である」とその重要性を説いてい る2)。大学までの教育課程も含めアクティブラーニン グについて議論されることが多い状況を踏まえ,教科 書の記載内容について,生徒が経済主体の役割を担う 模擬取引について説明する。  「預金通貨の創造」は,2012 年度に始まった新課程 の中学公民において,一部の教科書で記載されるよう になった。ただし,筆者が公民を担当する中学教員へ 実施したアンケート調査(2014 年度,有効回答 158) において,「預金通貨の創造」について教えている割 合は 30.8%であった3)。回答者の 65.0%がその記載さ れた教科書を利用していたにもかかわらず,この低い 割合であった。2016 年度の再改訂において当該教科 書での記載はなくなったが,また別の教科書で新たに 記載されており,教える必要性は変わっていない。  「信用創造」は,高校では「現代社会」でも「政 治・経済」でも記載されることが多く,センター試験 でも出題されている内容である。図解とともに通貨量 がどの程度大きくなるか,数値表を用いて説明される ことが多い。しかしながら,教科書に記載されるメカ ニズムでは数値例に注視しがちであり,具体的な循環 を考える意識が薄れやすい。  これらの状況を勘案すると,貨幣の循環についてき ちんと理解しうる教育手法が必要である。そこで,各 生徒が経済主体となり取引して理解するような実践例 について検討した。  本稿の構成は以下の通りである。第Ⅱ節では,生徒 が 7 つの経済主体の役割を担い,模擬取引をどのよう に進めるか解説する。第Ⅲ節では,中学校および高校

貨幣の循環に関する

模擬取引の実践例

The Journal of Economic Education No.37, September, 2018

Practical examples of simulated transactions on the circular flow of money

KANEKO, Kouichi

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の授業で,どのように取引結果をまとめるべきか説明 する。第Ⅳ節では,結びとして本モデルの応用の可能 性や課題について検討する。

Ⅱ.模擬取引の進め方

1.取引の開始の状況  この模擬取引は,高校公民の「信用創造」と中学公 民の「預金通貨の創造」と双方を同時に検討できるモ デルであるため,まずその相違について説明する。一 般に貨幣の循環を完全に説明するには,現金通貨,預 金通貨,預金準備の 3 つの概念が必要である(高校で は預金準備の代わりに支払準備の用語を用いることも ある)。しかしながら,「信用創造」では現金通貨を捨 象し,「預金通貨の創造」では預金準備を捨象してい る点に相違がある。ただし,捨象している部分を除け ばいずれも同じステップで取引を可視化できるので, まずは 3 つの概念すべてを用いた全体包括モデル(主 に大学の学習に適する)で説明する。その中で,それ ぞれの一部を捨象した場合の展開で注意すべき点を述 べる。  ここでは,生徒に 7 つの各経済主体(銀行 X,企業 a,企業 a*,銀行 A,企業 b,企業 b*,銀行 B)の役割 を課す方法で説明する。貨幣の循環にまつわるモデル は,取引のうち最初の数ラウンドが具体的に描かれる ことが多いが,本稿では第 2 ラウンドまでの取引を体 験させるケースを扱う。より多くの生徒がいるのであ れば,さらに多くのラウンドの取引を体験させること が可能である。  まず,全体の共通指示書(表 1)を配布する。現金 通貨を保有する割合 S%と預金準備の割合 T%を適宜 決め,板書などで指示する。本モデルは 100 万円でス タートするが,準備すべき模擬紙幣をあまり分割せず に活用できるようにするとよい。また各経済主体それ ぞれに個別指示書(表 2)を配布し,第 2 ラウンドま での流れを確認する。カギ括弧「」内の数値は,適宜 変更してよい。途中のプロセスで生徒の計算ミスが あっても気づけるように,企業 a の指示書(①’)では 100 万円,企業 b の指示書(①’’)では 40 万円と明示 第 0 ラウンド [1]中央銀行から銀行 X に 100 万円融資 [2]銀行 X から企業 a に 100 万円融資 第 1 ラウンド ①’ 企業 a は,商品の決済などで別の企業 a* に振込み(支払)を行う ②’ 企業 a* は 100 万円中,S%を現金保有とする(高校公民では省略) ③’ 企業 a* は残りを銀行 A に預金(預金証を受け取る) ④’ 銀行 A は預かった預金(預金証を渡す)のうち,T%を預金準備とする(中学公民では省略) ⑤’ 銀行 A は残りを企業 b に融資 第 2 ラウンド ①” 企業 b は,商品の決済などで別の企業 b* に振込み(支払)を行う ②” 企業 b* は受け取った額のうち S%を現金保有とする(高校公民では省略) ③” 企業 b* は残りを銀行 B に預金(預金証を受け取る) ④” 銀行 B は預かった預金(預金証を渡す)のうち,T%を預金準備とする(中学公民では省略) ⑤” 銀行 B は残りを企業 c に融資 表 1 全体の共通指示書 銀行 X ([2]) (①’)企業 a (②’ ③’)企業 a* (④’ ⑤’)銀行 A (①”)企業 b (②” ③”)企業 b* (④” ⑤”)銀行 B 企業 a に「100 万円」融資 「100 万円」を銀行 X から融資 受け,企業 a* に支払う 企業 a から受け 取った金額のう ち,「S%」を現 金保有とし,残 りを銀行 A に預 金する(預金証 を受け取る) 企業 a* から預 かった預金(預 金証を渡す)の うち,「T%」を 預金準備とし, 残りを企業 b に 融資する 銀行 A から融資 「40 万円」を受 け,企業 b* に 支払う 企業 b から受け 取った金額のう ち,「S%」を現 金保有とし,残 りを銀行 B に預 金する(預金証 を受け取る) 企業 b* から預 かった預金(預 金証を渡す)の うち,「T%」を 預金準備とし, 残りを企業 c に 融資する 表 2 個別指示書

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したが,この数値を明示せずに進めてもよい。なお, 本事例では,S%を 50%,T%を 20%とした。第 2 ラ ウンドまでの取引で終えるのであれば,模擬紙幣は 10 万円が 9 枚,1 万円が 10 枚で,合計 100 万円とする とよい。  ここでは,教員が中央銀行の役割を担い,銀行 X に 100 万円を融資することから始まる(第 0 ラウンド [1])。たとえば公開市場操作で日本銀行が債券を購入 したことなどを説明するとよい。 2.生徒間の取引  この先は生徒間での取引となり,銀行 X が企業 a に 融資することから始まる(第 0 ラウンド[2])。ここ では 100 万円と明記したが,あとは指示書に従い,各 位が取引を行っていく。注意すべき点として,銀行 X は預金を預かったわけではないため,預金準備がない ことが挙げられる。高校公民の学習であれば,誤って ここで預金準備を設けようとする生徒がいるかもしれ ない。その意味もあって,第 1 ラウンドを,この次の 企業 a の行動から始めるようにしている。  なお,筆者の大学のゼミナールで実践した際の様子 も付記する。ここでは,図 1 のように 7 つの経済主体 が着席するようにした。丸番号は全員の共通指示書に 対応しており,図内の矢印の通りに取引が進む。 銀行 B 企業 b 銀行 X 企業 a* ④” ②’ 企業 a 企業 b* 銀行 A ②” ④’ ③” ①” ⑤’ ③’ ①’ [2] 図 1 模擬取引における循環の図  次に,第 1 ラウンドの取引を進めさせる。企業 a の 役割の生徒は,個別指示書の①’ に従い,別の企業 a* に振込み(支払)を行う。直感的には,融資を受けた 企業 a がまたすぐに預金するよりは,他の企業 a* に支 払いを行い,その企業 a* が預金をすると考えたほう が理解しやすい。ただし,生徒が少ない場合は,企業 a と企業 a* を同一視することも可能である。高校公民 の教科書では,この単純化された記載がされるケース もある。  今度は,企業 a* は,受け取った一部を現金で保有 する(個別指示書②’)。S%を 50%としているので, 50 万円を現金で保有する。ただし,高校公民の「信 用創造」ではこのステップを省略することになる。企 業 a* の役割を担う生徒は,もう一つのステップもこ なす必要がある。現金を保有する以外の残額を銀行 A に預金する(個別指示書③’)。この実践例では,残り の 50 万円を預金する。ただし,「信用創造」では,前 ステップを省略するために 100 万円を預金することに なる。いずれにしても,通貨量が増大することを理解 するには,預金証(より平易に言えば預金通帳)の可 視化が重要になる。元の 100 万円の現金通貨(模擬紙 幣)は増えも減りもしないためである。  銀行 A は,預かった預金のうち一部を預金準備と する。T%を 20%とするので,10 万円を預金準備と する(④’)。「信用創造」であれば,100 万円のうちの 20%で 20 万円を預金準備とする。なお,このステッ プは「預金通貨の創造」では省略される。また,銀行 A の役割を担う生徒は次の取引も行わなければならな い。残りの 40 万円を融資することになる(⑤’)。現金 通貨が捨象される「信用創造」であれば,80 万円の 融資となる。「預金通貨の創造」であれば,預金準備 がないため 50 万円を融資することになる。  以上で,第 1 ラウンドが終了する。第 2 ラウンドは, 融資を受けた企業 b が企業 b* に支払いを行うことから 始まる。あとは,金額が異なるものの,同じ比率で各 ステップ(①”〜⑤”)の金額が変わっていくだけなの で,説明は省略する。

Ⅲ.集計と通貨創造の説明

1.集計用紙への記入  この後,各生徒が第 2 ラウンドまでの各ステップで 取引した金額を報告していく。具体的には,企業 a* および企業 b* が,現金通貨と預金証を示せばよい (画像 1 は企業 a* が預金証を示す様子である)。  生徒には共通の集計用紙を配布するが,配布時点で は数値は空欄になっている。ここでの発言をもとに, 各生徒がもっている共通の集計用紙の網掛けの箇所を 埋める。全体を包括するモデル(表 3)であれば 6 か 所であり,「預金通貨の創造(表 4)」,「信用創造(表

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5)」のモデルであれば,省略されるステップがあるの で 4 か所となる(単位は万円)。各表は,その後,周 辺の二次計算まで行って記入した状態で示されている。 2.前提となる循環による相違  まず,現金通貨・預金通貨・預金準備(表内の C・ D・R)すべてを全体包括する貨幣の循環(主に大学 で学習する)であれば,表 3 のようになる。各ラウン ドでの金額の計算が可能であり,たとえば第 1 ラウン ドではハイパワード・マネー(C + R)が 60 万円,マ ネー・サプライ(C + D)が 100 万円とわかり,信用 乗数が 5 / 3 (= 100 / 60 )と導出される。これは, 他の各ラウンドや,合計の欄においても確認できる。  中学公民の「預金通貨の創造」の場合,預金準備が 捨象される(表 4 参照)。ここでは,通貨量が増大し ていることを示す必要がある。そのため,第 1 ラウン ドと第 2 ラウンドとの合計を示さなければならない。 現金通貨も預金通貨も 75 万円となるため,合計(C + D)は 150 万円である。この時点で,当初の 100 万 円を超えており,通貨が創造されていることを確認で きる。  高校公民の「信用創造」の場合,現金通貨が捨象さ れる(表 5 参照)。まず,第 1,第 2 ラウンドでまでの 合計で既に預金通貨が 180 万円あり,当初の現金通貨 100 万円を超えていることがわかる。これにより,通 貨量が増大していることを簡潔に示せる。いわゆる信 用乗数を理解するには,第 1 ラウンドにおいて,預金 通貨100万円に対し預金準備が20万円あることから計 算すればよい。信用乗数(D / R)が 5 (= 100 / 20 ) であることがわかる。もちろん,第 2 ラウンド以降の 各ラウンドでも,同様に 5 となる。 画像 1 模擬取引の実践例の様子 第 1 R 第 2 R 合計 R 10 4 14 C 50 20 70 D 50 20 70 C+D 100 40 140 C+R 60 24 84 表 3 集計用紙(全体包括) 第 1 R 第 2 R 合計 C 50 25 75 D 50 25 75 C+D 100 50 150 表 4 集計用紙(預金通貨の創造) 第 1 R 第 2 R 合計 R 20 16 36 D 100 80 180 D / R 5 5 5 表 5 集計用紙(信用創造)

Ⅳ.結び

 本稿では,中学公民で学習する「預金通貨の創造」 と高校公民で学習する「信用創造」に関し,模擬取引 を通じてそのプロセスをどのように学習すべきかにつ いて検討した。7 人の生徒に対し,指示書や集計用紙 を用いて取引しながら計算させる実践例を示した。  「預金通貨の創造」では,現金通貨と預金通貨の 2 つの概念だけで,通貨量が増大することを示すことが できる。教科書では文章による説明しかないが,全体 の共通指示書などをもとに手順を具体化した。現金通 貨と預金通貨の合計が通貨量になる定義まで学ぶわけ ではないが,その増加のプロセスを可視化できる。  「信用創造」では,通貨量が当初の貸出量の「(1 / 預金準備率)倍」になるという結論に,生徒の注意が 向きやすい。現金通貨を捨象しているが,本来は口座 間で取引される過程をあえて可視化することで,理解 を深化させることに努めた。  「預金通貨の創造」については,現金通貨と預金通 貨を分ける際の比率を簡単にすれば,小学校社会科で の応用可能性も生じる。小学校の教科書には金融分野 に関する説明はほとんどないものの,筆者が 2014 年 度に小学校の社会科教員に対して行ったアンケート調 査では,77.4%の教員(有効回答数 319)が日本銀行 について説明していると回答していた4)  また,大学で学習する場合,上述の現金で保有する 割合 S%は,現金・預金比率と異なるので注意が必要 である。全体包括モデルの場合は現金・預金比率が S

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/ (1 - S)となる。また,信用乗数は 1/ (S + T - ST)となる。なお,SやTの数値自体を各生徒(銀行 あるいは企業の役割)が各ステップで自由に決めるモ デルでも構わない。本稿では平易な計算になるよう数 値を教員が決めて指示するモデルで行ったが,このよ うな取引で通貨量の増大を確認することも可能である。  本稿での実践例は,大学生を対象に実践したものの, 実際に中学生や高校生を対象に行ってはいない。今後 は,初等・中等教育で実際に教える機会を探り,わか りにくい点がどこであるか,どう説明すれば改善でき るかなど検討していきたい。 謝辞:本稿は科学研究費補助金・基盤 C(研究代表者 : 金子浩一,課題番号 15K04455)の助成を受けた成果 の一部である。記して謝意を表したい。 註 1) 文部科学省(2008)の p.18 参照。 2) 河原(2017)の p.14 より引用。 3) 金子(2017a)の表 14「記載の少ない用語の説明の有無」 (p.136)参照。 4) 金子(2017b)の表 2「経済用語の説明されている割合」 (p.76)参照。 参考文献 [1] 伊藤達也「シミュレーション教材を効果的に活用した経 済教育」『経済教育』34 号,2015 年,pp.24-29 [2] 金谷貞男『貨幣経済学 』新世社,1992 年 [3] 金子浩一「公民的分野における経済概念の説明の実態─ 中学校の社会科教員へのアンケート調査からの考察─」 『経済教育』36 号,2017 年 a,pp.129-139 [4] 金子浩一「小学校教員への経済教育内容に関する意識調 査」『公民教育研究』24 号, 2017 年 b, pp.73-85 [5] 河原和之「中等学校における経済教育の未来─アクティ ブラーニングによる経済の授業─」『経済教育』36 号, 2017 年,pp.14-18 [6] 文部科学省『中学校学習指導要領』,東山書房,2008 年

参照

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