要旨 中等学校は学力格差があり,必然的にユニバーサルな授業が不可欠とされる。なぜなら,学力上位層に視 点を当てると授業は崩壊し,学力下位層に当てると,「内職」が蔓延するからである。社会科教育,とくに 経済教育は,日常生活を紐解き,分析し,その背後にある「みえない」ものを探究するものである。そのこ とから,他教科と比較してユニバーサルな授業が可能である。従って,経済教育の“未来”は,いわゆる学 力低位層にとっても“明るく未来ある”学習でもある。本論文では,以上のようなユニバーサルデザインを ふまえた授業事例を紹介する。 キーワード:アクティブラーニング,ユニバーサルデザイン,EU 離脱,爆買,機会費用
Ⅰ.はじめに
大人も子どもも両方が美味しいスパゲッティを作る ことは可能だろうか? のっけから授業とは関係ない 話しだが,これは天海祐希主演のテレビドラマ“シェ フ”の一話である。一流の料理人である天海は,親子 給食会を開催し,親子で同じメニューのスパゲッティ を提供し,両方に「美味しい」と言わしめた。プロの 料理人の所以である。教師は教えるプロであるから, 勉強が苦手な生徒も,また得意な生徒も,同じ“メ ニュー”(教材)で,双方が,意欲的で,しかも,わ かる授業をつくることが大切である。そのためには “学力差”のない教材や発問そして,討議課題が不可 欠である。 「社会科の授業は,誰もが主人公になれる」。ある研 究会での若手の先生の発言である。社会科は教材や内 容の工夫ですべての生徒が参加できる“学力差のない 授業”が可能である。深い教材研究で臨んだ知的興奮 のある授業では,子どもの目も輝いている。授業とは, いわゆる低学力の子どもも含めすべての生徒が参加し, 思考・判断できるものでなくてはならない。 アクティブラーニングが叫ばれている。アクティブ ラーニングとは「主体的」「対話的」な「深い学び」 である。いわゆる「できない子」は,往々にして学習 意欲がなく「非主体的」であり,話し合いにも参加せ ず「対話」も難しい。そこから「深い学び」などはと てもおぼつかない。しかし,意欲的に追究したい教材 とアクティブラーニングによる授業改善により,ユニ バーサルデザイン型授業が可能である。授業では一気 に意欲を高める“すぐれネタ”がある。そのネタが単 元のねらいと合致すれば“わかる”授業へと転化する。 “すぐれネタ”を開発し,授業に活かすことで,“学力 差のない”授業が可能になる。すべての生徒の目が輝 く授業をつくることはプロである教師の責務であり, 教える内容を子どもの目線で紐解く眼力が問われてい る。 本論考では「経済学習」における,ユニバーサルデ ザイン型アクティブラーニングの実践事例を紹介する。Ⅱ.
「主体的学び」とアクティブラーニング
~京セラドームのビールから~
アクティブラーニングとは「主体的」「対話的」な 「深い学び」である。「主体的」とは,活動的で活発な 授業と一般的には考えられるが,教材や題材に対する中等学校における
経済教育の未来
-アクティブラーニングによる
経済の授業-
The Journal of Economic Education No.36, September, 2017The Future of Economic Education in the Secondary School: The Lesson of Economic Education by Active Learning
KAWAHARA, Kazuyuki
河原 和之
「切実性」でもある。具体例を紹介しよう。 大阪の京セラドームに野球観戦にいった。リュック を背負った売り子さんが,ビールを販売にくる。その ビールの銘柄は“サントリー”であり,他のメーカー の販売はない。「なぜ京セラドームでサントリービー ルが販売されているのか?」企業系列を調べてみると, 京セラとサントリーは,同じ系列に属していた。それ では,甲子園球場のビールはどうか? 売り子さんが 販売するのはアサヒビールである。(売店にはキリン も販売されている)これは阪神電鉄とアサヒが元住友 系列であることによる。そうなると他の球場も知りた くなる。東京ドームに電話をした。すると「すべての 銘柄を販売している」とのこと。ちょっとガックリし たが,よく調べてみると,東京ドームは旧第一勧銀グ ループで,どのビール会社とも系列関係がなく,すべ ての銘柄が販売されている。“球場のビール”から “企業系列”がみえる。社会科の授業,特に経済学習 は“みえるもの”から背後にある“みえないもの”を 探究することであり,“日常の世界”から“科学の世 界”へ誘うことでもある。
Ⅲ.
「みえるもの」から「みえないもの」へ
~回転寿司が安いワケ~
価格が安いモノって何があるだろう。「牛丼」「100 円バーガー」「激安自販機」「100 円回転寿司」などだ ろうか。ハンバーガーは単品 100 円で販売されている が,原価は 60 円である。ここに人件費や光熱費を加 えると利益は5~10円程度。看板商品なので赤字覚悟 で販売している。ただ,ドリンクやフライドポテトと セットにすると急に価格が高くなる。フライドポテト の原価は 30 円。ドリンクは 10 円以下なので,セット 販売で利益をあげている。こんな“しくみ”を紐解く のが経済学習の楽しさだ。 〈グループ討議〉なぜ円回転寿司は 100 円と安い のか考えよう ・ネタを安く購入している ・ロボットににぎらせている ・寿司以外の味噌汁やソフトクリームで儲けている ・卵,きゅーり巻など格安寿司がある 〈クイズ〉回転寿司のネタの平均原価率は 60%と 言われる。つまり100円寿司の平均原価は60円で ある。それでは原価率が高いベスト 3 は何か ウニ たこ ホタテ えび えんがわ いか マグロ イクラ 「ウニだ」『ウニは原価が 85 円と言われています。100 円では赤字です』 「ウニばかり食べると店は損なんだ」 「ウニばかりは食べないって」「マグロ」 『そうです。マグロです。マグロは原価は 75 円です』 「えび」 『えびは比較的安いです』「イクラだ」 『いくらの原価は 70 円です。したがってベスト 3 はウ ニ(85 円),マグロ(75 円),イクラ(70 円)になり ます。』 〈考えよう〉この原価に加えて,人件費,宣伝費, 光熱費,設備などの費用が必要です。ベスト 3 の ネタばかり食べられると赤字になりますね。どう して,利益を得ているのだろう 「バイト代を安くする」 『最低賃金制もあるし,そう安くならないだろう。人 件費を100円中15円以内におさえるためにしているこ とは?』 「無理言って働いてもらう」 「それはだめだし,できない」「ロボット」 『ロボットが握るシャリにアルバイトがネタをのせる だけの手順により安くしている』 「客に原価の安いネタを食べてもらう」 『安いネタって?』「いか」「タコ」 「卵」「キューリ」「いなり」 『安いのは,かっぱ巻き,卵などです。他は?』 「えび」 『えびやツナマヨも安く原価は 20 円前後です』 「卵が好きだけど,食べると損しているんだ」 「ソフトクリームも」『そうですね!』 「子どもが来て,卵やツナ,ソフトクリームを食べて くれると利益があがるしくみなんだ」「味噌汁は?」 『原価は 10 円くらいです』 「あれっ!ってことは味噌汁を注文してもらうとすご く利益が上がるんだ」 ※本事例は,特定の回転寿司メーカーである。Ⅳ.時事問題とアクティブラーニング
~「イギリスの EU 離脱」の授業~
“大航海時代から大後悔時代へ”イギリスの EU 離 脱を揶揄した言葉である。このジョークを理解するた めには,“大航海時代”の意味とイギリス EU 離脱の 分析が不可欠である。社会科(経済)の学力とは,こ の“名言”の意味や背景を理解する力である。 〈考えよう〉「“大航海時代から大後悔時代へ”」と いう言葉の意味は何か 『大航海時代って何かな』 「コロンブスのアメリカ大陸の発見」 「マゼランの世界一周」 「大航海時代の主役はスペインやポルトガルじゃな かったっけ?」 『イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国は大航海時 代からはじまり産業革命を経て,世界に君臨するよう になったよね』 「でも,アメリカや中国のほうが経済力をつけてきた」 『そのために作られたヨーロッパ諸国の経済統合は何 というの』「EU」 「フランスとドイツの石炭や鉄鋼の共同利用からはじ まったよね」 「関税のない貿易は合理的だ」 「平和と繁栄をめざしたんだ!」 『EU にも問題がでてきた。どんなことかな』 「移民が増えると働く所が減少するね」 「EU 内の経済格差もたいへんだ」 『大後悔時代って』 「イギリスが EU を離脱して後悔してるって意味」 『何を後悔しているの』 「EU 内の自由な貿易ができなくなる」 「移民排斥国イギリスというイメージになる」 「働く場所が自由でなくなる」「平和の理念が壊れる」 以上のような「学び合い」を通じて,大航海時代の 歴史的意味,EU の歴史・現状・課題・離脱による影 響等を考え,“イギリスの EU 離脱”に対する価値判 断力を培うことが大切である。これが“協働の学び” であり,“社会科におけるアクティブラーニング”の 真骨頂であろう。Ⅴ.見方・考え方とアクティブラーニング
~ “ 爆買 ” の授業から~
2015 年の流行語大賞は“爆買”だった。キャリー バックにいっぱい商品を詰め込み授業に臨む。バック から,薬や電気製品などを出し机に並べる。『爆買っ て何か?』「中国人が日本製品をいっぱい買いこむこ と」「薬や電気製品が多い」「日本製品は信頼されてる から」など自然と会話(?)が弾む。 “爆買“について感想を聞く。「日本経済が潤う」と いう声もあるが「大挙押し寄せて騒然としている」 「礼儀が悪い」「自分たちが買いにくくなった」 「自分の国で買えばいい」「お金があるからってやり すぎ」「昔は貧しい国だった」と悪評が多数。キャ リーバック持参の導入はインパクトが強い。“爆買” については,マイナスイメージが多いがこの認識を揺 らせることが授業のねらいである。 ○“爆売”する中国 『“爆売”って言葉を知ってる?』「・・・」『こんな言 葉はありません(笑)でも中国は“爆売”をしていま す』 〈グループクイズ〉今から紹介する電気製品の中 で中国が世界一の生産台数のものはどれか? カラーテレビ パソコン DVD デジタルカメラ 携帯電話 カーオーディオ 談笑しながら選んでいる。正解は「すべて」である。 「先生ずるい!」の声。 カラーテレビ(40.8%)パソコン(98%) DVD (55.5%)デジタルカメラ(71.7%) 携帯電話(60.4%) カーオーディオ(29.2%) また,日本は中国から農作物を“爆買”している。 次の資料を提示する。 〈農作物の輸入に占める割合〉2011 年度 たけのこ(98.5%)しいたけ(90.2%) ねぎ(99%) ごぼう(95.5%)まつたけ(76.3%) 落花生(81.8%) 「日本も“爆買”してるんだ」「輸入に占める割合だけ ど,中国に頼ってる」「ちょっとは考えが変わった」 「中国と仲が悪くなるとヤバイ」等。 *“爆買”に対するイメージに変化がでてきた。事実 を知ることから,認識が変化していることがわかる。○「復活」を遂げる中国 中国は昔から貧しかったのか? 西暦 1500 年から , ほぼ 100 年刻みの GDP の変化を記入するために用紙 を配布する。 〈グループ作業〉16 世紀以降,中国が世界の GDP に占める割合を色塗りしよう。 グループの代表が黒板に書きにくる。 A - 1973 年までは停滞,2001 年は 10% B -徐々に増えてきて 2001 年は 20% C - 1500 年は多いが,その後停滞し 2001 年には 20% D - 1500 年は 50%,以下は徐々に減り,2005 年は 40% 1500 約 25% インドも 25% 1600 約 30%アジアで 50% 超 1700 約 25% 100 年変化なし 1820 約 30% 中国全盛期 1870 約 15% 英が増えアジア激減 1913 約 10% 米が増える 1950 約 5% 米が 30% 弱 1973 約 5% 日本は 10% 弱 2001 約 12% EU 約 22% 米約 20% アジア約 12% 日本約 7% 「中国は昔はいっぱい生産していたんだ」 「アジアで 50%って驚き」 「なぜ中国やインドは減ってきたのか知りたい」 「1870 年からイギリスがなぜ増えてきたのか」「アメ リカが 1950 年から増えてきたのは納得」 『アジアは 18 世紀前半まで GDP の世界に占める割合 は 50% を超え,特に中国は単独でも 20 ~ 30% を占め ていた。なぜ,中国の GDP が減ってきたのか?それ は,欧米諸国の半植民地になったからです。特に, 1840 年のイギリスとのアヘン戦争,1894 年の日清戦 争の敗北が大きいです。歴史でまた詳しく学習しま す』 ○なぜ今“爆買”? 『なぜ中国は,“爆買”をするように(できるよう に)なったのか?』個人の多様な意見を集約し,“ダ イヤモンドランキング”で考える。 〈個人の意見例〉 品質がいい 価格が安い 免税 中国にないもの がある 近い 信頼がある 健康診断が正確 対応がいい 珍しいものがあ る 豊かな人が増え た 仲良くなったから 中国製品が悪い 品数が多い 高級志向になっ た オリンピックが近い 交通手段の発展 ツアーを企画し た スマホ 〈ダイヤモンドランキングの例〉 順に「かなり大きい要因」「大きい要因」「あまり影 響はない」 富裕層が増えた 日本への考え方 の変化 日本の宣伝 中国製品への不信感 免税 日本の製品の品 質 日本に近く格安 運賃 価格が安くなった 最先端の製品 サービスがいい 最も大きい要因は「中国富裕層の増加」「日本製品 の品質」との意見である。そして,「領土問題の鎮静 化」「免税」「日本に行きやすくなった」「日本のデフ レ傾向」との意見が続く。他に,「円安」そして,「ス マホの普及」がある。スマホにより安全・精巧な日本 製品の情報が流れ,多くの人が,買い物を旅行者に依 頼した。 ○“爆買”実践から考える経済学習 ~アクティブラーニングをふまえて~ 第一に,“爆買”という言葉をほぼ全員が知ってい ることが,すべての生徒が授業に参加する前提である。 また,自由に発言できるテーマ設定とクイズ,発問, 討議課題が“全員参加”の授業をつくる。 第二に,“爆買”の背後にある「みえないもの」を 探究していることである。社会科は,日常生活や社会 事象にある「みえるもの」の背後にある「みえないな いもの」を探究する教科である。“爆買”を歴史的背 景,日常生活との関連を踏まえ考察することが大切で ある。
第三に,「知的興奮」と「深い学び」である。アク ティブラーニングは方法論ではなく,内容論からの知 的興奮と認識の深まりが不可欠である。本実践では “爆買”という社会事象を,中国の工業製品生産や日 本の輸入,そして,中国や世界の GDP の歴史的な変 化について分析している。 第四に,社会的事象に関心を持ち,多角的・多面的 に考察し,公正に判断する能力と態度を養い,見方考 え方を成長させている。“爆買”へのマイナスイメー ジが,中国の世界生産に占める位置や,日本の工業製 品,農作物の中国への依存率,そして,“新興国”中 国ではなく“復活”中国への認識の転換から,中国に 対する“偏見”が変化している。学習を通じて,“価 値観”や“態度”の変容がみられる。