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環境変動が国内の農業生産に及ぼす影響とその対策

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Academic year: 2021

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Copyright 近畿作物・育種研究会(The Society of Crop Science and Breeding in Kinki, Japan) 55

緒  言

 水稲の高温登熟障害や,冷害など,農業は環境条件の変 動性に大きな影響を受けている.さらに,今後も温室効果 ガス濃度の上昇が続けば,気温上昇などの気候変化が生じ る可能性が高いと考えられている.したがって,農業生産 において,短周期の気候の変動性への適応が常日頃から求 められている一方で,長期的には温暖化への適応を図るこ とが必要となるだろう.本稿では,異常気象や地球温暖化 など,様々な時空スケールの環境変動が我が国の農業生産 に及ぼす影響とその対策について論じる.

1. 最近の高温傾向と気候変動

 気象庁の気候変動監視レポート 2012(気象庁 2013)に よれば,日本の平均気温は,都市化の影響が比較的少ない と考えられる 17 観測地点の 1898 ∼ 2012 年の年平均気温 のデータ解析から,100 年当たり 1.15℃の割合で上昇して いる.特に,1980 年代後半から急速に気温が上昇し, 四万十市のアメダス観測所(江川崎)で,2013 年 8 月 12 日に日最高気温が 41.0℃となり,日本の最高気温歴代 1 位 が更新されるなど,1990 年以降に頻繁に顕著な高温が記 録されている.水稲生産に大きな影響を与える夏期 3 ヶ月 間(6 ∼ 8 月)の全国平均気温についても,歴代 10 位の うちに,2000 年以降の年が 5 年入り,2010 年が観測史上 で最も暑い夏となった.このように,最近は高温年が増え たのではないかという我々の実感は,データとしても裏付 けられている.これらの高温傾向の要因としては,二酸化 炭素などの温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化の影響 に,数年から数十年程度の周期の自然変動が重なっている ものと考えられる(気象庁 2013).  さらに,IPCC の第 5 次報告書によれば,人間活動が 20 世紀半ば以降に観察された温暖化の主要因である可能性が 極めて高く,今世紀末までの気温上昇は 0.3 ∼ 4.8℃の範 囲に入る可能性が高い(IPCC 2013)とされている.温室 効果ガスの低位安定化シナリオ(RCP2.6)を除けば,気 温上昇は 1.5℃を超える可能性が高く,2100 年に温室効果 ガス濃度(二酸化炭素濃度換算値)が約 850ppm となる高 位安定化シナリオ(RCP6.0)では,気温上昇が複数モデ ルの平均値で 2.2℃と予想されている.降水については, 集中豪雨などの極端現象が,全球平均温度の上昇とともに 強度と頻度が高まる可能性が高いとされている.  その一方で,水稲冷害は現在でも 4 ∼ 5 年周期で生じて いるなど,個々の年については,低温年が出現している. 例えば,1993 年には,我が国は水稲の大冷害に見舞われ たが,その翌年は夏期が高温になるなど,日本の年平均気 温のトレンドからの偏差は,約± 1℃の範囲で変動してい る.地域を限定し,平均期間を短くとれば,さらにその変 動幅は大きくなる.例えば,つくば(館野)の 8 月平均気 温は,トレンドを考慮しても,平年値の回りで± 2 ∼ 3℃ 程度の年次変動を示す(第 1 図).このような短期的な気 候の変動性は,常に農業生産に大きな影響を与えていると 考えられる.

環境変動が国内の農業生産に及ぼす影響とその対策

中川博視

(独)農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター (〒 305−8666 茨城県つくば市観音台 3−1−1) 要旨:農業生産においては,短周期の気候の変動性と長期的には温暖化への適応を図ることが必要である. 環境変動によって,作物生産は,作物暦,生育と収量,品質など,様々な観点の影響を受ける.短期的な気 候の変動と長期的な視点で考える必要のある気候変化への適応は,共通する部分も多く,現在の高温年への 適応技術は,温暖化への適応策ともなり得る.しかし,温暖化の程度が現在の技術による適応幅を超えると, 試験研究によって新たな技術を創出する必要,さらにはより広範な社会経済的な対策の必要性が生じる可能 性がある.もう一つの違いは,長期的な気候変化への適応は,水稲品種の早晩性の変更,果樹における栽培 作目の変更など,より長期的な視点が必要となることである.逆に短周期の変動性に対する適応では,高温 と低温の両者に備えねばならないこと,天気予報や生育診断技術など,リアルタイムの情報活用の比重が高 くなる.環境変動への適応手段として,品種の変更,新品種開発,栽培技術的適応,作物種や作付体系の変 更,農業気象情報システムの活用,灌漑施設・排水施設などの農業基盤の整備,社会経済的方策などが挙げ られ,それらを実情に応じて適切に組み合わせることが重要である. キーワード:気候変化,適応,早期警戒システム,育種,栽培技術 2014 年 4 月 15 日受理 連絡責任者:中川博視(nakagawa16@affrc.go.jp) 作物研究 59:55 − 58(2014)

総 説

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2. 環境変動が農業に与える影響

 気象庁では,ある場所や地域で 30 年に 1 回程度発生す る気象現象を異常気象と呼んでいる.異常気象などの極端 な気象条件は,寒害,冷害,凍霜害,高温障害,水害,雪 害,干害,風害など,様々な農業気象災害を引き起こす. また,災害には至らないまでも,すべての気象・気候条件 は,作物の生育や収量に影響を与える.  例えば,温度条件について考えると,一般に気温の上昇 によって,作物の発育が促進され,生育期間が短くなるこ とが多い.我が国のコムギ作では,出穂までの日数が,過 去 20 年間で気温上昇のために 20 日以上短縮した地域もあ る.コムギなどの冬作物,果樹類,茶などでは,気温の上 昇によって花芽分化や萌芽が促進され,低温感受性の高い 発育ステージにおいて,遅霜に遭遇する確率が高まる可能 性がある.日本型水稲では,冷害を生じない程度の比較的 低い気温条件で収量が最大となり,気温の上昇とともに生 育期間の短縮,呼吸速度の増加などで収量が低下する.さ らに開花期の日最高気温が約 35℃を超えると,受精障害 によって収量が激減する可能性が高い.  また,我が国の水稲生産上,大きな問題となっている高 温障害として,登熟相の高温による玄米外観品質の低下が ある.登熟相の高温によって,玄米の全体もしくは一部が 白濁する,乳白粒,背白粒,基白粒などが発生し,玄米等 級の低下要因となっている.果樹では,高温による温州ミ カンの浮皮発生や,気温上昇によるリンゴの酸量の低下, 糖度上昇などの品質面での影響(Sugiura et al. 2013)が指 摘されている.  世界的には,洪水や旱魃は最も甚大な農業気象災害をも たらす要因である.降水に恵まれ,灌漑施設の整った我が 国の水稲生産についても,最近,登熟初期の水管理に必要 な用水が不足することがあり,高温登熟障害を助長してい る可能性がある.麦類と大豆などの畑作物では,乾燥スト レスとともに,土壌の過湿や雨害など,過剰な降水によっ てもたらされる障害も大きな問題である.  温暖化による長期的な気候変化が農業生産に与える影響 については,気候シナリオと作物生育・収量モデルを用い た予測が行われてきた.IPCC の第 4 次報告書では,トウ モロコシ,コムギ,イネの収量は,熱帯では気温の上昇と ともに減少し,温帯でも気温上昇が 2,3℃を超えると減 少すると予測されている(IPCC 2007).我が国の水稲生産 については,今世紀末の水稲収量は,北日本では増加する 可能性があるが,中部日本,西南日本では高温不稔による 減収の危険性があることが指摘されている(Nakagawa et al. 2003).  

3. 環境変動への適応策

 短期的な気候の変動と長期的な視点で考える必要のある 気候変化への適応は,共通する部分も多く,現在の高温年 への適応技術は,当然,温暖化への適応策ともなり得る. しかしながら,温暖化の程度が現在の技術による適応幅を 超えると,試験研究によって新たな技術を創出する必要, さらにはより広範な社会経済的な対策の必要性が生じる可 能性がある.特に,長期的な気候変化への適応は,水稲品 種の早晩性の変更,果樹における栽培作目の変更など,よ り長期的な視点が必要となる.一方,短周期の変動性に対 する適応では,気温の変動を例にとると,高温と低温の両 者に備えねばならないこと,天気予報や生育診断技術など, リアルタイムの情報活用の比重が高くなる.  水稲の高温障害を例に,生物学的な観点での適応策を考 察する.開花期の高温耐性について,少なくとも 3℃程度 の品種間差が報告されている.遺伝的改変や施肥・水管理 などによって蒸散速度を増加させると,群落温度の低下を 通じて高温障害回避に有効であろう.また,早朝開花性を 導入して,高温に対する感受性が最大となる開花時刻を早 めることによって朝の涼しい時間帯に開花させると,稔実 率が向上したとの報告がある(Ishimaru et al. 2010).さらに, 移植期や品種の早晩性を変更して,開花期の高温を避ける ことも高温障害の軽減に有効である.以上のような品種・ 栽培技術を総括すると,逃避,回避性,耐性という 3 つの 要素からの抵抗性もしくは適応技術を,対象とする形質と 作物研究 59 号(2014) 第 1 図 つくば(館野)の 8 月平均気温の平年値からの偏差の年次変動.

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57 環境条件に応じてバランスよく組み合わせることが重要で ある(第 2 図).  白未熟粒の発生に関する高温耐性についても遺伝子型に よる違いが存在しており,すでに各地域で高温耐性品種の育 成と導入が進みつつある.また,背白粒・基白粒に関する QTL が検出される(蛯谷ら 2008,Tabata 2007,Kobayashi et al. 

2013)とともに,デンプン代謝関連酵素群の関与(Yamakawa et al. 2007)など,生理的なメカニズムに関する知見が蓄 積されつつあり,高温耐性品種開発の加速が期待される. また,窒素栄養状態とシンクソースバランスが白未熟粒の 発生に影響を与える(森田 2011)ことが明らかにされ, 肥培管理,水管理によって高温障害を軽減する栽培技術が 開発されつつある. 筆者らの研究チームでは,農業気象情報システムの開発 研究を行っている.農業気象情報システムとは,気象・気 候情報の迅速な提供,農業気象災害のアラート(警報), 作物の生育状況の推定・診断,生育予測,適応策に対する 意志決定支援などに関する情報を提供する WEB ベースの 情報発信システムである.世界的にもこのようなシステム 開発が活発に行われているが,日本においては,東北地方 を対象とした水稲冷害早期警戒システムが現在稼働してお り,我々は,その全国展開と高温障害への適用を目指して いる(中川ら 2014).このような情報を活用した「賢い」 適応は,長期的な気候変化と短期的な気候の変動性の両者 に対して有効と考えられる. より広い視点で気候変動への適応策をとらえると,品種・ 栽培技術による適応に加えて,上述のような気候・気象リ スクを軽減するための農業気象情報システムの活用,灌漑 施設・排水施設などの農業基盤の整備,社会経済的方策な どが挙げられる。これらを地域や状況に応じて総合的に組 み合わせることが,環境変動への適応策の実施に重要であ ろう(第 3 図). 環境変動が国内の農業生産に及ぼす影響とその対策 第 3 図農業における環境変動への適応策. 第 2 図 イネの高温不稔に関する高温環境への生物学的適応.

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引用文献

蛯谷武志・山本良孝・矢野昌裕・舟根政治(2018).染色 体断片置換系統群を利用したイネの玄米外観品質に関す る QTL の検出.育種学研究 10:91−99. 気象庁(2013)気候変動監視レポート 2012 http://www.data. jma.go.jp/cpdinfo/monitor/2012/pdf/ccmr2012_all.pdf, 1−68. IPCC (2007) Climate Change 2007: Impacts, Adaptation and

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IPCC (2013) Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley  (eds.). Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 1535 pp.

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中川博視・菅野洋光・大野宏之(2014)異常気象・温暖化 への適応を支援する農業気象情報システム.遺伝 68: 156−161.

Sugiura, T., H. Ogawa, N. Fukuda and T. Moriguchi (2013). Changes in the taste and textural attributes of apples in response to climate change. Scientific reports, 3: 2418.

Tabata, M., H. Hirabayashi, Y. Takeuchi, I. Ando, Y. Iida and R. Ohsawa (2007) Mapping of quantitative trait loci for the occurrence of white-back kernels associated with high temperatures during the ripening period of rice (Oryza sativa L.). Breed. Sci. 57: 47−52.

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Climate change and agriculture in Japan: influences and adaptation

Hiroshi Nakagawa

NARO Agricultural Research Center(3−1−1 Kannondai, Tsukuba, Ibaraki, 305-8666, Japan)

Journal of Crop Research 59 : 55 − 58(2014) Correspondence : Hiroshi Nakagawa(nakagawa16@affrc.go.jp) 作物研究 59 号(2014)

参照

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