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西 田 輝 彦
一九七二年三月に高松塚古墳の極彩色壁画が発見され、日本国中を驚嘆させ、考古学ブームに沸いた。ところが二〇 〇二年に文化庁の壁画発見三十周年記念事業として写真集の発刊を機に壁画が酷く劣化していることが露見し、世間を驚 愕させた。二〇〇六年秋に報道陣に公開されたが、劣化は更に進み、飛鳥美人は酷く汚 損・退色し、白虎は殆ど消失していた。千三百年間良好に保存された壁画が、発掘後わ ずか三十余年でカビと退色で著しく劣化したのは、不適切な保存処置のためで、決して 自然劣化ではない。二〇〇七年五月に古墳が解体されたのは非常に残念である。また古 代人を弔う墓が壊されるのは悲しい。壁画は劣化したとは言え、世界的に貴重な文化遺 産であり、数百年後も立派に残すことが現代に課された責務である。 (1) 漆喰及び壁画劣化の経緯 奈良新聞「特集高松塚光源」によると発掘時一九七二年年三月に故網干関西大学名誉教授の下で発掘に参加した当時の 学生は「床に見えたコの字型の茶色い物体は、漆塗り木棺の残がいだった」と、地元協力者花井節二氏と上田俊和氏は「驚 いたのは、取り上げたばかりの海獣葡萄鏡を網干氏に見せられた時、酸化していないせいか、鈍い銀色に光っていた。本 当にきれいだった」と、県立橿原考古学研究所から現場に派遣された故伊達宗泰花園大学名誉教授は、「漆喰が水を含み、 素晴らしい色を出していた。壁画館の模写とは比べ物にならないほどきれいだった」と、発掘に参加した学生、考古学者 森岡秀人氏は、「石室内流入土砂は全部篩いにかけて遺物の検出を行った。この中には虫の死骸は全くなかった。アリ一 匹もいなかった」と述べている。最初に石室に身を乗り入れた女子学生は「家に帰ると、『頭が白くなっているよ』と母 親に言われた。パウダー状になった漆喰だった」と述べている。漆喰は薄く表面が粉状化していたが、破損は全くなかっ た。半年後一九七二年九月に国の総合学術調査会の委員が石室内に入り、壁画の保存状態を調べ、はく落の進行もなかっ た。一九七三年にイタリア専門家の指導により現地保存を行った。一九七四年八月に保存施設の建設が始まり、一九七六 年三月に空調完備の鉄筋コンクリート製保存施設が完成し、一九七六年八月末に修復作業が始まったとき、米粒ほどの漆 喰は床に散らばり、劣化し、剥離・落下していた。発掘後石室に大気が流入し、漆喰が短期間に劣化した。空調は前室の 発掘時の飛鳥美人 1972年 3月(明日香村) 飛鳥美人の劣化 2006年 9月(読売新聞) 発掘時の石室内部 1972年(関西大学)2 温湿度を石室に合わせるためで壁画の保存効果はなかった。アクリル系樹脂を有機溶剤に溶かし、注射器で漆喰の割れ 目に注入し、危険個所は一応安定した。カビは一九七八年九月頃から少しずつ発生し、一九八〇年から八一年に一時大発 生したが、その都度ホルムアルデヒドとアルコールによる殺菌が行われた。一九九七年には壁画の様子が報道陣に公開さ れ、はく落やカビの繁殖はなった。しかし、二〇〇一年二月に石室入口天井部の修理工事が行われ、その直後にカビが大 発生した。その後も薬品による懸命のカビ駆除が行われたが、発生は止まらなかった。 壁画の退色は徐々に進んでいたが、世間に知れたのは二〇〇四年六月に報道関係者が文化庁監修の写真集「国宝高松塚 古墳壁画」を見て、白虎の退色を発見したのが始まりだった。毛利和雄著「高松塚古墳は守れるか」(NHKブックス) によると、実は一九八七年に文化庁が作成した報告書「保存と修理」の白虎の写真で退色が認められ、更に記録写真を調 べると一九八〇年頃に既に白虎の退色が認められた。カビ対策に用いた薬品によって退色が進んだようである。文化庁は 二〇〇三年三月に専門家による「緊急対策検討会」を立上げ、翌二〇〇四年六月に「恒久対策検討会」に切り替えた。 (2) 壁画が千三百年間良好に保存された理由 「特集 高松塚光源」(奈良新聞)等に古墳発掘時石室の一部に木の根があったが、全く虫やカビがおらず、出土した 銅鏡に金属光沢があり、壁画が極めて鮮明であり、漆喰の破損がなかったと報告されている。古墳は鎌倉時代に盗掘され たにもかかわらず、このように千三百年間にも亘って壁画が良好に保存されたのは、発掘前の石室が低酸素の状態に保た れていて、カビも生えず、漆喰の劣化剥落も生じなかったためと考えられる。土壌中は気体拡散が小さく、微生物が呼吸・ 消費するため、酸素濃度は深くなると減少し、酸欠になる。このため木根は通常一メートル以上入らない。 また、石室付近は水分が多いことが確認されたが、水分を多く含む土壌や石室壁石は殆ど気体を通さない。二〇〇六年十 二月に古墳版築の発掘結果、モチノキ根一本と古い松根跡一本以外、表面から一メートル以下に竹木根はなかった。石室 を地下二.五メートルに作ったのは古代人の保存の知恵で、発掘後の保存研究と技術が未熟であった。 (3) カビの生育抑制 カビは酸素、栄養、水分、温度の四つの要素が好条件になると生育する。古墳発掘前、石室内は低酸素で、貧栄養状態 にあり、カビやバクテリアは活動を休止していたが、発掘後大気が流入し、外部から栄養物も持ち込まれ、カビが繁殖し、 漆喰が劣化した。カビは酸素〇.一%以下で生育が止まり、虫は酸素〇.三%以下で完全に死滅する。 発掘時の白虎 1972年 3月(明日香村) 輪郭が殆ど消えた白虎 2006年 9月(読売新聞)
3 であるが、石室内は九五∼一〇〇%の高湿度であっ た。カビは〇℃でも生育し、二十五~三〇℃が最も好 条件である。石室温度は発掘前約十四℃一定であっ たが、発掘後約十八℃に上昇した。二〇〇五年九月 からカビ対策のため一〇℃に冷却されたが、カビ抑 制効果は一時的、限定的であった。文化庁はカビを 発見する度に薬品処理してきたが、後追いモグラ叩 きになり、被害が拡大した。今回の発掘で取り合い 部から外気とともにカビや虫などの生物が入り込ん だことが分かった。 (4) 地震亀裂の影響 版築を発掘し、多数の地震亀裂が見つかり、雨水、虫やカビの侵入路の可能性 が高いと報道された。しかし東南海地震等の巨大地震は百から二百年毎に繰り返 し襲っており、古墳発掘以前からあった地震亀裂が壁画劣化の主原因ではない。 発掘時、虫・アリ一匹もいなかったと報告されている。 (5) 壁画の退色・変色と壁石の劣化 高松塚古墳壁画は天然顔料を使って描かれている。顔料に酸化等の化学変化が起きると分子構造が変わり、可視光線の 吸収帯が変化して退色・変色が起きる。壁画の退色・変色は顔料色素の酸化が原因で、石室の中は発掘以前かびが生育し ない〇.一%程度の低酸素であった考えられるが、発掘後大気が入り、酸素濃度が二十%程度に増したためである。酸素 濃度に比例して物質の酸化速度は増加する。カビ対策として薬品ホルムアルデヒドを頻繁に使ってきたが、強力な還元作 用があり、顔料の退色・変色に影響した可能性がある。発掘後石室内の温度が数℃上昇したことも影響した。温度が一〇℃ 上がれば酸化速度は約二倍になる。また光や宇宙線が照射すると物質が活性化され、酸化し易くなるので、厚い版築が退 色防御の重要な役目をしてきた。 壁石は凝灰岩で出来ており、極めて脆弱になっている。壁石が脆弱になったのはいわゆる風化よるもので、岩石の構成 物質が酸化し、結合力が弱まったことと乾燥したため水分による結合力が弱まったためで、発掘後の大気流入が影響した。 地中では凝灰岩は風化しない。文化庁は発掘前から脆弱であったと言っているが、科学的検証をすべきである。また壁面 の漆喰は発掘後数年でぼろぼろに剥落し始めたが、大気流入し二酸化炭素が増し、漆喰が反応して中性化したためと考え られる。 酸素濃度とカビの成長(三菱ガス化学の実験を編集) 古墳版築掘下げ部全景 2006年 12月 多数の地震亀裂と東端にモチノキ根(文化庁)
4 (6) 保存のために窒素ガス封入 以前から、有志と共に石室に窒素ガス封入し、カビと退色を同時に完全に止め、現地保存すべきだと提案してきた。し かし、文化庁はこの方法は石室のすき間からガス漏れが多い、人命危険が大きいとして退け、解体修理を決定した。実は 窒素ガスは食品保存等に広く使用されており、安全で、効果的、経済的な方法である。石室の実測されたガス漏れ量は圧 力〇.一Paのとき毎分十五リットルで、市販の窒素発生装置の能力に比べ微小で、石室容積三.三立方メートルに対し、 湿った窒素ガスを毎分六十六リットル送気とすれば、一時間半で窒素ガスと置換され、人が入るときは空気と簡単に入れ 替えられ、安全性に問題ない。 しかし、二〇〇六年六月「国宝高松塚古墳壁画恒久保存検討会」で窒素ガス封 入について殆ど検討されず石室解体が決定された。窒素ガスを封入しても嫌気性 バクテリアが発生するとの意見もあったが、好気性のカビに比べ著しく成長が遅 く、成長に栄養とエネルギーが必要で、このため低酸素の石室で壁画が古代より 保存されてきた。専門家による充分な科学的検討が行われず、非常に残念であ る。文化庁は二〇〇一年にカビの大発生以来、速やかに情報を公開し、広く科 学的検討を行い、窒素ガス等不活性ガスを封入していたならば、壁画の劣化は 止まったと考えられる。 (7) 高句麗古墳群壁画の退色と他国における文化遺産保存事例 高松塚古墳より少し前一∼七世紀に築造された世界遺産、北朝鮮の高句麗壁画古墳群があり、その一つ平壌近郊の江西 大墓にも極彩色の四神図が描かれている。古墳は良く保存されているが、九十年前発掘当時の壁画模写と最新写真を比べ れば、明らかに退色・変色している。高松塚、キトラ古墳壁画が将来更に退色・変色する可能性を示唆している。 窒素 ガス 流 れ 送気管 送気量 Q (㎥ /h) 石室内 の 窒素 ガス の 流 れ 版築 石室 容積 V(㎥ ) 主 な 排気流 れ 窒素ガスの送気方法 古墳の外部に設置した設備より送気管で石室奥 に導く 江西大墓 玄武模写 1912年 (東大所蔵) 江西大墓 青龍模写 1912年 (東大所蔵) 江西大墓 外観 2004年 (共同通信) 江西大墓 青龍写真 2004年 (共同通信) ラスコー洞窟壁画 (ウィキペディア) 江西大墓 玄武写真 2004年 (共同通信)
5 被害が発生したが、科学者と共に対策し、人の出入りと外気の流入を制限し、復活した。 アメリカの独立宣言書は羊皮紙に書かれた国宝的重要文書で、保存技術者と物理学者やエンジニアが知恵を集め、不活 性ガスのヘリウムやアルゴンガスを封入し、格納箱に入れ、五〇年間完全に保存している。 古墳壁画の劣化は科学的問題であり、最善の保存対策のため、考古学者だけでなく、広く科学者や技術者の知恵を結集 すべきである。 (8) 古墳の解体と版築の一部保存 古墳は二〇〇六年秋から二〇〇七年五月に無事解体され、石室壁画が修理施設に搬入され、関係者の技術と成功が大き く報道された。墳丘の掘り下げた版築断面は三cm程の見事な固い粘土層がバウムクーヘンように積み重ねられ、古代技 術の結集なので、保存を提案し一部版築層を保存することになった。 (9) 壁画の褐色化の原因 二〇〇六年秋に公開されたとき、飛鳥美人は酷く汚損・退色し、白虎は殆ど消失していた。その後も壁画の劣化は更に 進み、わずか八ヶ月後の二〇〇七年五月、石室解体し修理施設搬入後には、壁画は漆喰が乾燥して所々にめくれ上がり、 飛鳥美人は全面が酷く褐色になり、白虎は退色して描線が殆ど消失していた。 壁画が褐色化したのは、地下水に溶けた無色透明の炭酸水素第一鉄が石室内に流入した大気の酸素に触れて酸化し、褐 色の水酸化第二鉄となって析出し、石室壁表面から水分が蒸発するにつれて、壁面に移動し凝縮したためである。更に石 室解体後は修理施設でカビ対策として乾燥したため、水酸化第二鉄がオキシ水酸化鉄(水和酸化鉄)に変化し、酷く褐色 化した。 版築一部切り出し、高松塚 古墳壁画館に標本展示 (朝日新聞) 石室解体状況 (読売新聞) 褐色化した女子群像 2007年 5月(文化庁)
6 (10) 壁画の修理と保存対策 文化庁は二〇〇七年五月に解体され修理施設に搬入後、カビ対策のために温度二十一℃、湿度五十五%に乾燥し、繁殖 したカビを除去し、十年間かけて修理する方針である。水分は物質の結合力があるため、乾燥すると壁石の凝灰岩が脆く ぼろぼろになり、漆喰が剥離しやすくなる。この対策として、壁石はステンレス棒を埋め込んで補強し、漆喰は樹脂を浸 透させて固定すると言われている。しかし、これらの材料耐久性は数十年しかなく、耐用年数が来た後の除去と再施工は 非常に困難で、科学的に検証する必要 がある。文化庁は目視で壁画が淡色化 しているのは乾燥したためで、濡れ色 になれば戻るとしているが、科学的測 定をすべきである。劣化は徐々に進む ので気付かないが、高句麗古墳群の極 彩色の四神壁画は九十年後に明らか に退色・変色しており、神社仏閣の壁画や仏像の退色劣化の例を見れば、高松塚古墳壁画の将来の劣化を示唆している。 壁画の退色・変色や壁石の風化という酸化劣化とカビの生育を同時に止めるには窒素ガス等の不活性ガス中に壁画を保存 することが有効である。 光や宇宙線が照射すると物質が活性化され、酸化し易くなるので、古墳の厚い版築が 防御の重要な役目してきた。劣化防止のためにも将来元の古墳に戻すべきである。元 の古墳に復元すればカビ等の問題が再発すると懸念する人もいるが、この場合も窒素 ガス封入が有効な保存対策になる。 (11) 世界遺産申請の中心・高松塚古墳壁画の要件 「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」は二〇〇八年に世界遺産に登録申請された。世界遺産の登録条件として、顕著な 普遍的価値の証明として資産の真正性・完全性の証明が要求される。即ち、意匠、材料等がオリジナルな状態を保ってい ることが要求される。古墳壁画の劣化を防止し、無理に人工的に修復せず、十年後に元の位置に復元し、元の材料のまま 元の保存環境に戻すことが必要である。解体修理しても元の鮮明さは戻らないので、発見時の様子を後に伝えるため、当 時の画像をきちんと残すべきである。発掘時の極彩色壁画を伝えるため古墳に付設された壁画館の壁画模写も重要な遺産 となるので、これも窒素ガス封入など最善の保存を講じるべきである。 (12) 壁画の恒久保存の訴え 二〇〇五年秋に明日香村文化協会の会合で工学博士北岡祥伯さんから高松塚古墳壁画の劣化と石室解体反対の訴えを 聞いた。北岡さんは以前から窒素ガス封入による保存対策を熱心に訴えられており、北岡さんから文化協会誌投稿文等の 資料を頂き、文献を調べ、古墳発掘後三十余年間の不適切な管理によって壁画が劣化したことがよく分かった。そしてカ ビだけでなく、顔料の変色・退色による壁画の劣化も窒素ガスを封入すれば防止できると確信した。北岡さんと共に文化 搬入された石室壁画(文化庁) 壁画修理施設 作業室内でカビ等の除去作業(文化
7 網干善教関西大学名誉教授を始め著名な考古学者や多くの有識者も報道機関や講演、インターネットを通じて積極的に石 室解体反対を訴えてきた。しかし、文化庁の当初の解体方針は変わらず、窒素ガス封入についても殆ど検討されずに石室 解体が決定され、非常に残念であった。またこの訴えが報道機関にあまり取り上げられず、世論に充分届かなかったこと も残念であった。 二〇〇八年一月二十六日に橿原文化会館で文化庁の石室解体の関係者と専門家による「高松塚古墳壁画シンポジウム」 が開かれ、考古学ファン千人が参集し、世間の関心の大きさを実感した。シンポジウムは石室解体の技術的成功の報告会 であり、壁画の劣化原因と今後の解体後の修理・復元について殆ど科学的な議論はされなかった。解体の成功のみでなく、 保存の失敗にも注目して欲しかった。また、二〇〇八年五月には修理施設外部窓より見る方式で一般公開された。しかし 修理施設内でもなお壁画の劣化が進んでいる。 壁画の劣化は極めて科学的な事象であり、考古学関係者だけでなく、化学、生物学、物理学、機械工学、土木工学など 広く科学者や専門家を結集して、壁画劣化の原因を徹底的に究明し、総合的な劣化防止対策を確立すべきである。壁画が 将来立派に、恒久的に保存され、文化遺産の現地保存の原則に沿って、古墳を復元して欲しいと思う。 (註)版築=中国における土塀や構造物の基礎の築造法。板で枠を作り、土をその中に盛り、一層ずつ杵(きね)でつき固める。古く 殷代に始まり現在まで存続。 *著者 技術士(機械、総合技術監理) 奈良県高市郡明日香村在住 本文は明日香村文化協会々誌「明日香三十周年記念号」(平成二十年八月発行)に掲載したものを編集した。
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表題 : 国宝高松塚古墳壁画の劣化と保存 副題 : 作成者 : 西田 輝彦 キーワード : 説明 : 作成日時 : 2009/02/02 23:24:00 変更回数 : 32 最終保存日時 : 2009/02/03 22:00:00 最終保存者 : 共有ホーム 編集時間 : 152 分 最終印刷日時 : 2009/02/03 22:00:00 最終印刷時のカウント ページ数 : 7 単語数 : 991 (約) 文字数 : 5,652 (約)