はじめに タイは、陸続きで国境を接するミャンマー、ラオス、カンボジアから数百万人の非熟練 労働者を受け入れると同時に、やや熟練した労働者を年間 15 万人程度海外へ送り出してお り(1)、アジア全体における労働移動において、メコン地域のハブとして存在する(RTWG 2008)。隣国 3 ヵ国からの、公式な数字で 206 万 756 人(2)、非公式にはその 1.5 倍とも 2 倍とも 言われる数の労働者を抱えるタイ政府の外国人労働者政策は、その近隣諸国はもとよりア ジア地域の労働市場に与える影響が大きい(3)。2008 年のリーマン・ショック、2011 年の大洪 水による景気後退を乗り越え、2013 年現在、失業率 1% を切るタイは労働力不足に直面して おり、この需要過多はしばらく続く(ILO 2013, p. 47)(4)。タイ政府は非熟練外国人労働者の受 け入れについてどのような政策をとり、どのような問題をどのように解決し、いまだどの ような課題を有しているか。 本稿では、タイにおける非熟練外国人労働者の受け入れに焦点をあて、その政策と制度 の現状と課題を分析する。タイにおける外国人労働者の問題は、その経済的・社会的イン パクトの大きさにもかかわらず、タイ政府は 5 年ごとに策定する国家経済社会計画に非熟練 外国人労働者の受け入れについて明記したことはなく、実態を後追いし肯定するかたちで 制度をつくってきた。端的に言えば、それは長期的展望に欠ける、短期的措置の繰り返し であった。タイの外国人労働者の受け入れ政策は、メコン地域における最も大きな労働人 口の流れである、ミャンマー、ラオスおよびカンボジアからタイへの労働移動の実態を反 映したものであると同時に、越境労働人口を管理することの困難さを表わしている。 1990年代初頭から始まった非熟練外国人労働者に対する対策は、タイの国内問題として その経済的要請と安全保障との綱引きのなかで形成されてきた。しかし、その外国人労働 者の 8 割を占めるミャンマー人の出身国政府が 2011 年 3 月末に体制変換し、自国民労働者に 関心を示すようになり、タイ政府の外国人労働者政策は、タイ政府による一方的政策から、 労働者の送り出し国であるミャンマーとの関係に影響されるようになった。外国人労働者 に関する政策は、受け入れ国および送り出し国間の関係および地域における立ち位置が反 映される。 本稿の構成は、第 1 節においてタイへの隣国ミャンマー、ラオスおよびカンボジアの 3 ヵ 国からの労働者の概要を述べ、第 2 節でタイの非熟練外国人労働者政策の変遷をたどり、第
3節でタイと隣国 3 ヵ国との労働者雇用に関する覚書について分析し、第 4 節でタイの非熟 練外国人労働者政策の問題と課題を論じる。 1 タイへの隣国 3 ヵ国からの労働者の概要 ミャンマー、ラオス、カンボジアの 3 ヵ国からタイへの労働者の流入は、1990 年前後より 増加した。「インドシナ半島を戦場から市場へ」と提唱したチャートチャーイ政権の貿易振 興策により、それまで閉鎖されていた国境が開放された。タイ経済はすでに輸出志向型に シフトしており、地方からバンコクや工業地帯への労働移動、さらには海外への労働移動 のため、労働集約産業における労働者が不足し、その穴を埋めるように近隣諸国から労働 者がタイ国内へ流入してきた。すでにタイにいて就労している外国人労働者を把握し管理 するために、タイ政府は彼らを登録させた。1992 年最初に登録されたのはミャンマー人 706 人(Scioritino & Punpuing 2009, p. 56)であった。その後、登録できる対象がラオス人、カンボ ジア人労働者に拡大され、タイの経済成長に伴って、隣国からの労働者数は右肩上がりに 増えてきた(Chantavanich et al. 2007; Huguet & Punpuing 2005; Sciortino & Punpuing 2009)。2011 年に はミャンマー人、ラオス人、カンボジア人を合わせて過去最多の 206 万 756 人が登録された。 2012年 12 月末時点では、後述する国籍証明を完了し滞在・就労する者は 133 万 1627 人、タ イ政府と出身国政府との二国間覚書に基づき入国・就労する者は 21 万 1789 人、合計 154 万 3416人が「合法に」タイに滞在し就労している(第 1 表参照)。 第 1 図は、2009 年 12 月末時点における 3 ヵ国からの労働者数合計 131 万 4382 人が従事する 上位 8 業種および「その他」に分類されている人数を出身国別に示した。多い順に、農業・ 畜産 22 万 1000 人、建設 22 万人、水産加工 13 万 7000 人、家事労働 12 万 9000 人、農産加工 6 万 5000 人、漁業 5 万 6000 人、食品販売 5 万 4000 人、縫製業 4 万 9000 人である。以下、卸売 り・小売り・移動販売、プラスティック製品、リサイクル業、金属製品販売、建築資材、 運輸、肉加工、陶器製品製造販売、車両修理、石材加工、燃料・ガス、鉱山・採石、電気 製品、紙製品の業種が続く。注意すべきは、これらの業種に分類されていない製造・加工 工場やサービス業(レストラン、ホテルその他店舗における接客、清掃など)などに「その他」 第 1 表 タイにおける隣国3ヵ国からの労働者数(2012年12月31日現在) 国籍証明手続き未了者合計 国籍証明手続き未了者*1 国籍証明手続き未了者*2 国籍証明手続き完了者 二国間覚書(MOU)による労働者数 合 計 198,701 126,812 161,622 487,135 171,227 27,793 21,438 220,458 27,474 99,019 140,184 266,677 1,179,341 34,999 117,287 1,331,627 36,326 37,507 137,956 211,789 1,414,368 199,318 416,865 2,030,551 (注) 2010年2月28日時点で労働許可を取得し、2012年2月28日までに国籍証明手続きを完了すべきだった者。 2011年夏に新規に登録・労働許可を取得し、2012年6月14日までに国籍証明手続きを完了すべきだ った者。 (出所) タイ労働省雇用局資料より筆者作成。 ミャンマー ラオス カンボジア (単位 人) 合 計 *1 *2
として 23 万 8000 人が従事していることである。これらの数字は「ミャンマー、ラオスおよ びカンボジア国籍の違法入国外国人労働者の就業許可証交付申請結果」としてタイ労働省 雇用局によって記録されている。 隣国 3 ヵ国からの労働者合計 131 万 4382 人のうち、ミャンマー人は 107 万 8767 人で約 82.1%が占める。数字に表われている人数は、タイ政府が規定した登録手続きをした労働者 であり、登録から漏れた者、求職中の者、さらに帯同している家族を合わせると、およそ 300万人のミャンマー人労働者およびその家族がタイに居住していると推定されている。ミ ャンマー人労働者はタイ全国におり、最も多いバンコク都に 19 万 5000 人、次にサムットサ コーン県 15 万 8000 人、チェンマイ県 6 万 6000 人が続く(5)。ミャンマー人労働者の業種別就 業人数からみると、「その他」に分類されている者が 19.7% で最も多く、次に農業で 16.6%、 続いて建設業 16.2%、水産加工業 12%、家内使用人 9.4% である。なお漁業労働者は 3.6% し か占めていないが、漁業労働者の多くは船上で過ごすため、登録をせず労働許可証を持た ずに就労している者が多く、実際には統計に表われないかなりの数のミャンマー人漁業労 働者がいると考えられる(6)。ラオス人やカンボジア人に比してミャンマー人は、水産加工、 農産加工および縫製業に従事する割合が高い。 ラオス人は 110 万 854 人で 3 ヵ国からの労働者合計の約 8.4% を占める。女性が男性よりも 5000人ほど上回り、その 31% が家内使用人であることが特徴である。男女合わせて多い職 種は、家事労働 19.1%、農業 16.2%、食品販売 11.7% であり、「その他」に従事するのは 11.8%である。ミャンマー人やカンボジア人に比して、家内使用人が圧倒的に多く、それは タイ語とラオス語の近しさゆえである。また食品販売や流通に占める割合も多い。ラオス 人の約 3 割は、バンコクに住み、次に中部タイのノンタブリー県、パトゥムターニー県や東 部のチョンブリー県に多い。 カンボジア人は 12 万 4761 人で 3 ヵ国からの労働者合計の約 9.5% を占める。カンボジア人 が従事する職種は建設業が 26% と最も多い。次に農業 19.3%、漁業 11.9% となり、その他 10%と続く。ミャンマー人およびラオス人に比してカンボジア人の割合が多いのは、漁業、
Huguet & Chamratrithirong eds.(2011)より筆者作成。 (出所) 農業・畜産 建設 水産加工 家事労働 農産加工 漁業 食品販売 縫製 「その他」 0 50,000 100,000 150,000 200,000 250,000 300,000(人) 第 1 図 隣国3ヵ国からの主な業種別労働者数(2009年12月現在) ■ ミャンマー人 ■ ラオス人 ■ カンボジア人 179,583 175,136 129,773 101,945 54,993 39,809 36,668 41,641 212,696 18,035 12,635 1,180 21,267 6,635 14,969 13,074 6,121 12,548 24,085 32,465 6,020 6,578 13,106 3,677 1,800 4,483 1,739
農業および建設業である。また男女比で男性が 6 割強を占めるのもカンボジア人の特徴であ る。就労地域としては、バンコクに約 2 万人おり、チョンブリー県、ラヨーン県、トラート 県などの東部タイに約半数が居住する。 2 タイの非熟練外国人労働者の受け入れ政策の変遷 (1) 移民労働者の登録・労働許可制度の始まり タイ政府は 1990 年代初頭まで非熟練外国人労働者を公式に容認する政策はとっていなか ったが、労働者の雇用を望む経済界の要請を受け、タイ国内ですでに雇われているミャン マー人労働者を登録させ労働許可を与える制度を 1992 年に開始した。 その制度は、非熟練外国人労働者を受け入れるという新たな立法によることなく、時々 の閣議決定によって、労働者を登録させ労働許可を与え管理しようするものであった。旅 券や査証もなく入国手続きを経ずにタイにいる外国人労働者は、タイの 1979 年(仏暦 2522 年) 入国管理法第 12 条に照らせば強制退去の対象であるが、同法第 17 条による内務大臣権限に よって、登録をすればタイでの滞在を認められるとした(7)。また 1978 年(仏暦 2521 年)外国 人就労法は、農業、建設などを含む単純労働への外国人の就労を禁止しているが、同法第 12条による内務大臣権限によって、隣国 3 ヵ国からの労働者の雇用を特定の業種において一 時的に認めるという運用がなされた。このように入国管理法上は不法入国でありながら、 「半合法」外国人労働者の雇用が常態化された。当初の対象はミャンマー国境に接する 10 県 および限定した業種であったが、1993 年には沿海部の 22 県および漁業、1996 年には 39 県お よび 7 つの業種に、さらに対象をラオス人、カンボジア人労働者にも広げ、2002 年に全県に 適用された(Huguet & Punpuing 2005, p. 34)。
この制度の最大の問題点は、閣議決定による短期的措置の繰り返しであり、長期的ビジ ョンに欠けていたことである。アドホックな閣議決定によって、労働許可の有効期間はま ちまちで、新規の登録者を受け付けたり、既存の登録者の更新しか認めなかったり、手続 きの実施時期が不定期であったため、雇用者ましてや外国人労働者が適宜対応することが 困難であった。手続きの複雑さ、費用の高さ、制度と運用実態の乖離のため、その実効性 は失われ、2004 年に登録された 128 万 4924 人をピークとし、年々その数は減少し、2008 年 の登録者数はその 3 分の 1 であった。登録をさせ労働許可を付与したにもかかわらず、タイ の公式統計上は「違法入国外国人労働者」であった。 (2) 外国人労働者政策の転換―「半合法」から「合法化」へ 国内にいる近隣 3 ヵ国からの労働者に対する閣議決定による不定期の登録と労働許可の発 給を繰り返してきたタイ政府は、タクシン政権下の 2003 年、国家安全保障評議会における 外国人労働者政策指示によって、これまでの「半合法」労働者ではなく、「合法」労働者を 受け入れる政策を打ち出した。政府が把握できない外国人労働者は国家安全保障、保健衛 生、社会保障上などタイ社会に悪影響を及ぼすとして排除し、「合法」に外国人労働者を受 け入れる。この政策は、複数の省庁からなる違法外国人管理委員会を執行機関とし、①労 働省を窓口とする新規の合法外国人労働者の斡旋・雇用、②「半合法」外国人労働者の「合
法化」、すなわち出身国政府による国籍証明の取得の義務化、③不法外国人労働者の取り締 まり強化、である。 この政策に基づき、第 1 に、タイ政府は政府間の公式手続きによる労働者の雇用に関する 覚書をラオスと 2002 年に、カンボジアおよびミャンマーと 2003 年に相次いで締結した(8)。 隣国 3 ヵ国からの労働者は、覚書に従って各国の労働省同士を窓口として斡旋・雇用される 者のみが、出身国政府発行の旅券を持ちタイ政府から査証の発給を受け、タイの入国管理 法上合法に入国し滞在し就労する。この労働省を窓口とする労働者の雇用に関する規定は、 1978年外国人就労法を廃し、2008 年 2 月 28 日に公布された 2008 年(仏暦 2551 年)外国人就 労法に盛り込まれた(9)。労働許可期間は 2 年間(同法第 21 条)、1 回の更新が可能で最長 4 年 間就労できる(同法第 23 条)。外国人労働者のタイ国から出身国への送還費用基金の設置が 新しく規定された(同法第 29 条)。 政策の第 2 項目である「半合法」移民労働者の「合法化」は、すでにタイに不法入国、不 法滞在、不法就労している労働者に対する措置である。これまでの登録・労働許可手続き では、外国人労働者は出身国政府発行の旅券や身分証を必要とせず、たとえば自らがカン ボジア人と名乗ればそれで足りた。それを改めタイ政府は、「合法化」手続きとして、隣国 3ヵ国との取り決めに基づき、タイにすでに滞在し就労している労働者に、出身国政府から 国籍の証明を受け、旅券(タイ国だけで通用する)を受給し、タイ政府から査証を受けるよ う求めた。タイ政府は、タイ領内にすでに滞在し就労している「半合法」外国人労働者に、 この手続きによって旅券を持った入国という法的形式を整えさせる企図である。タイ政府 は、2007 年 12 月の閣議決定によって、国籍証明による合法化手続きの期限を 2008 年外国人 就労法の施行日となる 2010 年 2 月 28 日と定めた。その日をもってこれまでの「半合法」外 国人労働者の労働許可制度は終了する算段であり、合法化手続きから漏れた者は、政策の 第 3 項目にあるように不法外国人として強制退去とする政策意図であった。 (3) 国籍証明手続きとミャンマー人労働者問題 国内にすでにいる数百万人の近隣 3 ヵ国からの労働者を「合法化」するための国籍証明手 続きは、タイ政府が当初予定していた 2010 年 2 月 28 日に完了することはなく、その期限は 五月雨式に延期され現在に至っている。タイ政府が 2000 年代央まで近隣諸国からの労働者 の国籍を確かめることなく、彼らのタイでの滞在および就労を認めてきたのは、それだけ 既成事実として外国人労働者がタイの経済構造のなかに組み込まれ、常態化していたから と言えよう。それゆえに、長期にわたりタイに滞在してきた外国人労働者、特にミャンマ ー人にとって、また雇用者にとっても、国籍証明手続きの導入は困惑と混乱をもたらして いる。 国籍証明による合法化の手続きは、カンボジアとラオス出身者については 2006 年から開 始された。カンボジアとラオスの両政府はタイ政府との合意に基づきタイ領内に係官を派 遣し、自国出身者が帰国しなくとも、自国政府発行の文書を受け取れるようにした。一方、 ミャンマー人の場合は、軍事政権であったミャンマー政府がタイ国内への係官の派遣に合 意せず、自国民に一時帰国を求めたため手続きは複雑であった。政府間交渉の難航ゆえに、
国籍証明手続きが実際に開始されたのは2009 年 7 月であった。その手続きは、①ミャンマー 人労働者は、国籍証明申請書を雇用主経由でタイ労働省に提出し、外交ルートで申請書が ミャンマー政府に送られる、②ミャンマー政府は申請事項について国内で照会し、国籍を確 認できた者の名前を外交ルートでタイ政府に伝え、タイ労働省から雇用主経由で労働者が 通知を受ける、③通知を受けた労働者は指定されたメーサイ、メーソットまたはラノーン の国境事務所へ出頭し、④タイからミャンマーへ越境し、⑤タチレク、ミャワディまたは コータンの暫定旅券発行事務所で旅券(タイのみへの入国用)を取得し、⑥ミャンマーから タイへ再び越境し、⑦メーサイ、メーソットまたはラノーンの国境事務所で査証を取得し、 ⑧就労地の県にある労働省地方事務所で労働許可を取得する、という複雑な流れである。 すでに多くの外国人労働者を雇用する産業界からの強い要請があり、それまで登録や労 働許可の取得や更新をできずに潜在する外国人労働者を顕在化させ、「合法化」をさせよう と、タイ政府は 2009 年 5 月の閣議決定をもって、未登録や労働許可を持たない者の新規の登 録も受け付けた。その結果、2009 年 11 月時点で労働許可取得者数は過去最多の 131 万 5932 人となった(10)。彼らもすべて 2010 年 2 月 28 日までに国籍証明手続きを完了することが求め られた。 外国人労働者、特にミャンマー人にとっては数ヵ月後に迫る期日までの手続き完了は非 現実的であった(11)。ミャンマー人移民労働者の手続きが進まない理由は第 1 に、手続き自体 の複雑さと自国領内まで戻らなければならないコストである。第 2 は、ミャンマー政府の措 置の不透明さにあった。当時のミャンマー軍政下では、ミャンマー人は身元が判明しタイ での就労が発覚することを憂慮した。特に政府と対立する少数民族にとっては自国政府係 官に対面せざるをえない国籍証明に赴くことは難しい。逆に国籍証明を申請するも自国政 府から証明を拒否されれば、無国籍者となる。第 3 に、時間、コストそして手続きの複雑さ や不透明さから、ブローカーの暗躍が最大の問題点であった。国籍証明手続きにかかる費 用は労働者の借金として累積され、借金さえできない者は手続きには進めなかった(12)。 国籍証明手続きによる「合法化」政策の成否は、その対象者の 8 割を占めるミャンマー人 の進捗状況による。ミャンマー人の国籍証明手続きが進まない現状を受けて、タイ政府は 2010年 2 月 28 日を目前にして、期限を 2 年後の 2012 年 2 月 28 日に延長すると決定した(13)。 はたして 2 年後の同日の期限直前、タイ政府は再び期限延長を閣議決定し同年 6 月 14 日とし た。その背景にはミャンマー政府からの強い要請があった。滞っていたミャンマー人の手 続きを加速化するために、同年 4 月には既存の 3 ヵ所の国境ポイントに加え、ミャンマー人 労働者が多く就労するバンコクを含む 5 ヵ所に国籍証明手続きの事務所が設置された。この 時点において、外国人労働者数最多であるミャンマー人の国籍証明手続き完了者は、56 万 5000人を超えたが、依然およそ 80 万人が手続き未了であった。2012 年 6 月 14 日の期限が迫 る直前に、再び閣議決定によって期限がさらに同年 12 月 14 日に延期された。 3 二国間覚書は機能しているのか―繰り返される新規登録と期限延長 タイにすでにいる隣国 3 ヵ国からの「半合法」労働者の国籍証明手続きによる「合法化」
が行なわれる一方、新規の需要を満たすはずのミャンマー、ラオス、カンボジアとの二国 間覚書に基づく労働者斡旋手続きはどのように進展したのであろうか。双方の労働省を窓 口とする、新規の労働者の雇用の手続きが開始されたのは、ラオスとカンボジアとは 2005 年であった。しかし、タイからの需要が最も多いミャンマー人労働者の二国間手続きによ る雇用は、政府間交渉が難航し、その開始は 2010 年 7 月であった。 タイと隣国 3 ヵ国との二国間覚書に規定されている手続きの概要は、次のとおりである。 ①タイ側雇用者からの労働需要に基づきタイ労働省が、募集する労働者の人数、期間、資 格要件、雇用条件、報酬などについて相手国労働省に通知する。②かかる求人リストを受 け取った相手国労働省は、それに適う自国の候補者を選定し、その年齢、住所、保証人、 学歴や職歴などを記載したリストをタイ側に提供する。③タイ側雇用者がそのリストから 被雇用者を選定する。④選定された候補者について、両政府の関係省庁が、査証、労働許 可、健康保険、貯蓄基金への拠出(14)、税金、雇用契約など必要な手続きのために協力する。 ⑤雇用契約は雇用者と被雇用者によって署名され、その写しは両国労働省に提出される。 また、本制度においては、労働者に賃金の月額の 15% を強制的に拠出させる貯蓄基金が設 置されている。雇用期間を満了した者には満額と利子を上乗せした額を受領できるとある が、その返還手続きは複雑である。またタイ政府は当該基金から労働者を強制退去させる ための費用を引き出すことができる。この労働者からの拠出金は、雇用者が徴収を肩代わ りすることになり、賃金からの控除になり、雇用者にとって手間がかかる仕組みになって いる(15)。2008 年外国人就労法に従い、雇用期間は 2 年間で 1 回の更新が可能で最長 4 年間就 労できる。その後は 1 度帰国、次の雇用まで 3 年間待たなければならない。 2012年 12 月末時点において、覚書に基づく労働者数は合計 21 万 1789 人、うちミャンマー 人 3 万 6326 人、ラオス人 3 万 7507 人、カンボジア人 13 万 7956 人であり、前年末から倍増、 特にミャンマー人労働者数の伸びが観察される(第 2 表参照)。しかしその数は、雇用者から の需要が最も多いミャンマー人労働者数を満たすものではない。需要に対する供給が追い ついていない理由としては、ミャンマー政府による労働者の送り出しリストの決定に時間 がかかっているためと言われていた。カンボジアやラオスと異なり、ミャンマー政府はタ イへの労働者の送り出しを民間斡旋業者に解禁していなかった。ところが 2012 年になり同 政府はタイへの労働者斡旋の許可を民間業者に与えるようになり(16)、ミャンマー側の労働者 の募集や選定は加速化されており、遅延の原因は逆にタイ側の手続きにあると指摘されて いる。ミャンマー側でリクルートされた労働者は、タイ国境に面するミャワディでタイ人 第 2 表 二国間覚書による3ヵ国からの労働者数 ミャンマー 1,513 7,280 36,326 ラ オ ス 25,207 23,985 37,507 カンボジア 51,966 69,829 137,956 合 計 78,686 101,094 211,789 (出所) タイ労働省雇用局資料より筆者作成。 2010年 2011年 2012年 (単位 人) 出身国 年
雇用者と面接し選定されるが、その後タイ領内で行なわれる査証および労働許可証発行手 続きに時間がかかり、労働者がミャワディで 1 ヵ月近く滞在を強いられているとも言われて いる(17)。さらには、政府間手続きの時間とコストを回避しようとする雇用者による非合法の 雇用がかえって増えているとも言われている。 政府間手続きによる労働者の雇用制度は、労働者を両国の法律に基づき管理するという 趣旨であり、この手続きによって雇用される労働者数が、将来的には「半合法」から国籍 証明によって「合法化」された既存の労働者数を上回り、取って代わることがタイ政府の 政策意図である。しかし、本来ならば当該手続きで満たされるべき労働需要は満たされず、 既述のとおり、産業界からの要請を受けてタイにいる既存の外国人労働者の登録を再び受 け付けたり、国籍証明手続きの期限を 3 度も延期したり、2013 年 2 月にまた登録を受け付け るという状況である(18)。つまり、政府間手続きで隣国 3 ヵ国から労働者を新たに入国させる よりも、すでにタイ国内にいる(もしくは違法に入国し続ける)これら 3 ヵ国からの労働者を 雇用する(もしくは雇用し続ける)ほうが手っ取り早いからである。好調な景気が続き、 2011年から過去最低の 1% を下回る失業率を記録するタイ経済社会において、労働者を二国 間覚書に則って雇用する仕組みは、現実の切迫した需要を満たしきれず、デファクトを追 認する「合法化」措置が断続的に続けられるという悪循環を生んでいる。二国間覚書に基 づく政府による労働者雇用の仕組みは、雇用主、労働者双方に当該手続きに基づき雇用・ 就労するインセンティヴを与え、現実の労働需要・供給に合致した機能を果たさなければ、 形骸化するおそれがある。 4 問題と課題 タイの外国人労働者受け入れ政策は、いずれの国から労働者をどのように受け入れるか という制度設計以前に、もはやタイ経済に不可欠となった隣国 3 ヵ国からの労働者をいかに 合法的存在とするかという対症療法である。2008 年外国人就労法では、それまで不規則な 方法でその存在を認め管理してきたミャンマー、ラオス、カンボジアからの労働者に関す る規定を設け、「半合法」外国人労働者を国籍証明によって「合法化」し、新規の労働者は 二国間覚書による手続きに従って斡旋され入国し雇用される制度がつくられ、制度上は外 国人労働者の法的地位が明確になった。しかし、本制度については以下の問題点が指摘で きる。 第 1 の問題点は、手続き自体の構造および複雑さにある。労働者の登録・労働許可取得や 国籍証明手続きは、労働者ではなく雇用者主導であるがゆえに、雇用者、行政官、ブロー カーによる制度的搾取の手段として歪曲、悪用、濫用される傾向が強い(19)。登録・労働許 可取得や国籍証明手続きは、タイの労働省雇用局と内務省間、バンコクの本省と地方事務 所間、タイ政府と相手国政府間で書類を往復させる。手続きの複雑さは、二国間覚書によ る労働者の斡旋・雇用手続きでも同様である。複雑な手続きは格好のブローカービジネス を生む。タイ語を理解できない労働者は、登録や労働許可取得手続きについて正確な情報 を得ることはできず、ブローカーの甘言に騙され不当な額を要求されたり、保証金を借金
させられたりしている。この問題はミャンマー人の国籍証明手続きで最も深刻であること は既述した。手続きの開始や変更は、タイ政府から雇用者に対し伝達され、タイ政府から 直接労働者に情報通知されるという制度ではない(20)。それを逆手にとった雇用者が、定め られた金額以上の申請手続き費用を労働者に負担させる例がある(21)。雇用者次第であるため、 時間とコストのかかる手続きを回避して労働者に労働許可証を取得させない雇用者もいる。 2008年外国人就労法にある労働許可証を持たない労働者の雇用に対する罰則規定は、雇用 者にとって、被雇用者の労働許可を取得させるインセンティヴとはなっていない(22)。労働 許可を取得させないことによる強制労働もある(23)。 第 2 の問題点は、労働許可証の付与が外国人労働者の労働者としての権利保護にはつなが っていない点である。登録をさせ労働許可を付与し、国籍証明手続きを課して「合法化」 することは法的形式を整えるための手続きであり、法的地位を確定させた労働者の権利を 保護する施策に欠けている。労働許可証を有していても「半合法」という不安定な地位に あり、健全な労使関係が構築されず、タイ労働基準法上の権利が現実として保障されるこ とはなく、労働災害補償からも排除されていた(24)。権利保護が不十分であることは、国籍 証明手続きを完了した「合法」労働者や二国間覚書によって雇用された労働者についても 同じである(25)。雇用者名が記載された労働許可が在留許可と結びついているので、労働者は 望まぬ労働条件や環境を甘受せざるをえず、また雇用者は労働者を搾取する傾向にあり、 これが昂じれば強制労働や人身取引に相当する(26)。タイ政府による非熟練外国人労働者に対 する作為・不作為の政策は、2011 年 8 月にタイを視察した国際連合人身取引に関する特別報 告者ジョイ・ヌゴシ・エゼイロ氏による報告書においても厳しく問題視されている(27)。 これらの問題点の根底には、タイ政府が外国人労働者をあくまで暫定的な存在として処 遇し、タイ国内に長期にとどまることを想定しないことにある(28)。近隣諸国からの労働者は、 国内の労働集約産業の廉価な労働力に対する一時的需要を満たす柔軟な労働力としかみな されていない。それゆえに、手続きは雇用者主導であり、労働者の権利の保護や強化を政 策目標とするものではない。 タイ政府が長期的ビジョンに欠け、現状追認の後手の対策の連続であることは、今夏ま たしても露呈した。2009 年夏に国籍証明を経て「合法化」されたミャンマー人労働者の労 働許可が、2008 年外国人就労法の規定どおり 1 回の更新を経て 4 年経ち、この 2013 年夏に失 効した。二国間覚書によれば、労働者は帰国し 3 年間を待たないと再びタイで就労できない。 昨今のタイの逼迫した労働市場において、雇用者はミャンマー人労働者を手放したくはな く、一方タイで長年働くミャンマー人労働者にとっても帰国後の生活は見通せず現在の収 入機会を失いたくはない。帰国して 3 年間の待機は非現実的であり、タイ政府はこの待機期 間を大幅に短縮するとの見解であるが、長期的展望に欠ける後手の措置は、雇用者および 労働者双方を混乱させている。 この 2013 年 9 月、インラック首相は、近隣 3 ヵ国からの労働者問題に対処すべく 4 つの委 員会を設立すると発表した(29)。その目的は、①労働省と社会開発・人間安全保障省は労働 者が直面している問題を調査し収集すること、②非政府組織(NGO)と関係省庁は協働して
法的手続きに則った登録・労働許可取得のメリットを労働者に教育すること、③国際機関 はこれまで労働者問題についてタイ当局と協働してきた経験から得た知見を共有すること、 ④内務省と保健省は国籍証明手続きをより効率化させること、である。労働者および労働 者を支援してきた NGO や国際機関からすれば、近隣 3 ヵ国からの労働者の処遇や社会厚生 の問題は、長年タイ政府に対して対策や改善を求めてきたものである。今回の委員会設置 がどれだけの長期的展望に基づくものなのか、そしてどのような具体的な施策を講じるの か注目される。 おわりに 近隣諸国からの労働者の流入によって、タイの労働集約産業は豊富な人手を低コストで雇 用でき、農産品などの国内価格を低めに抑えインフレ抑止になってきたこと、タイ人がより 高度な技術を要する産業へシフトすることができたことが指摘されている(Yongyuth 2009)。 ところが昨今にみるミャンマーの政治経済の変化は、これまで一方的にタイへ流入し続けて きたミャンマー人口、すなわちタイ経済が前提としていた廉価な労働力の変化を予測させる。 ミャンマーにおける労働力需要が増せば、必然的にミャンマーからタイへの労働力移動は減 り、タイ国内の産業構造に変化が起こり、これまで廉価な労働力に依存してきた労働集約産 業は、立地の移転かもしくは生産性の向上という選択を迫られるだろう。 労働市場の変化、産業構造の変化と同時に、労働者の送り出し国と受け入れ国との関係の 変化がある。これまでの二国間関係は雇用者側であるタイ政府が交渉を主導しミャンマー政 府は受動的であったが、昨今ミャンマー政府は、在外の自国民労働者を送金源として着目し、 その保護に積極的な政策がみられ、それに対しタイ政府が対応を迫られる状況も出てきてい る(30)。国籍証明手続きの期限延期や事務所の増設、2013年2月になっての新手続きの開始は、 ミャンマー政府からの強い要請にタイ政府が応えたものである。既述のように、ミャンマー からタイへの二国間覚書に基づく労働者の送り出しについては、2012 年半ばから民間斡旋業 者にライセンスを付与するようになり、その監督にも積極的な姿勢をみせている(31)。外国人 労働者に関する政策は、受け入れ国もしくは送り出し国が一方的に立案し施行しうるもので はなく、両国間の政治・経済関係および地域における立ち位置が反映されることを如実に表 わしている。 隣国からの労働者を暫定的な労働力としか捉えていないタイ政府の政策にもかかわらず、 タイでの滞在が長期にわたる外国人労働者、特にミャンマー人は少なくなく、デファクトと して彼ら/彼女らはタイ社会の一部を構成している(Boonchalaksi et al. 2012)。タイ政府は国 籍証明手続きや二国間覚書による雇用という労働者を管理する政策と並行して、労働者の権 利を保護し、タイ社会・経済を構成する重要な人的資源として処遇する政策が求められてい る。 本稿は非熟練外国人労働者の受け入れ国としてのタイの政策と課題を論じたが、ここで抽 出した制度の問題点や課題は、海外へ就労に出るタイ人労働者に関する制度の問題点や課題 と酷似している(32)。現在、タイをはじめアジア各国は外国人労働者に関する多様な政策を有
しているが、その制度や実態を精査すると多くの共通点が見出せる。それは、労働力の移動 について、送り出し国と受け入れ国の二国間で覚書を締結したり、受け入れ国による特定の プログラム下で労働者の送り出し国を指定したりなど、多国間ではなく二国間による制度構 築が活発になされている点である。共通の問題点は、外国人労働者受け入れ政策がとりわけ 非熟練外国人労働者を期間限定の一時的な労働力として前提するがゆえに、労働者の人権や 厚生の観点からその是非が問われていることである。これは労働者の送り出し国と受け入れ 国の二国間にとどまる問題ではなく、外国へ投資し事業展開する企業にも大きくかかわって いることは言うまでもない。各国政府は、自国企業が海外で事業展開するにあたり、進出先 国の市場が外資に対する差別のないレベル・プレイング・フィールドであることに大きな関 心をよせる。とするならば、外国人労働者に対して労働基準法違反の処遇や差別を行ない利 益を上げる企業が放置されている市場はレベル・プレイング・フィールドにはなっていない ということに関心をよせるべきではないか。外国企業の投資を誘致する側の政府としても、 より公正で健全な労働市場を整える必要がある。アジアにおける経済活動の共通基盤として、 労働者の送り出しおよび受け入れにかかる制度の問題の共有、そして制度の共通化が必要と される時が来ている。 ( 1 ) タイ労働省雇用局によれば、2010 年では 14 万 3795 人、行き先は 62% が東アジア(その半数は台 湾)、28% が中東およびアフリカである。 ( 2 ) タイ労働省雇用局資料による 2011 年 8 月時点のタイにおけるミャンマー、ラオスおよびカンボジ アからの労働者登録数。公式の数字として把握された最多の数字である。 ( 3 ) タイの労働人口は 3800 万人であるから、外国人労働者人口はその 5% 強に相当する。ミャンマー の労働人口は推定 3000 万人とすれば、およそその 5% 相当の人口がタイで働いていることになる。 またラオスの労働人口およそ 380 万人に比してもその 5% 強、カンボジアの労働人口およそ 104 万 人に比してもその 4% に相当する人口がタイで働いている。 ( 4 ) 自動車部品業は向こう 10 年で少なくとも 18 万人、電子工業で 10 万人、電気機械で 6 万人、金属 産業で 5 万人の求人がある(“Severe labour shortage looms,” The Nation、2012 年 12 月 19 日)。タイ政府 主導のメガ・インフラプロジェクトでも 50 万人の雇用を予定している(“New govt committee to study country’s labour shortage issues,” The Nation、2013 年 4 月 6 日)。“Labour shortage worries builders, developers,” The Nation、2012 年 12 月 3 日。“Thai fishing industry in ‘labor shortage’,” The Nation、2013 年 1月 22 日。 ( 5 ) 県別外国人労働者数については、いずれも 2009 年の数字。タイ労働省雇用局資料より。 ( 6 ) 漁業が主要産業であるラノーン県にいるミャンマー人漁業労働者の実態の詳細については、藤田 ほか(2013)、および Fujita et al.(2010)を参照。 ( 7 ) 1979 年入国管理法第 17 条「内務大臣は閣議決定をもって、特定の外国人または集団に一定の条 件の下で、タイ国内における滞在を許可できる」。
( 8 ) Memorandum of Understanding between The Government of The Kingdom of Thailand and The Government of The Lao People’s Democratic Republic on Labour Cooperation(2002 年 10 月 18 日締結). Memorandum of Understanding between the Government of The Kingdom of Cambodia and The Kingdom of Thailand on Cooperation in the Employment of Workers(2003 年 5 月 31 日締結). Memorandum of Understanding between the Government of The Kingdom of Thailand and the Government of The Union of Myanmar on Cooperation in the Employment of Workers(2003 年 6 月 21 日締結).
( 9 ) The Working of Alien Act B.E.2551, タイ王国官報 2008 年(仏暦 2551 年)2 月 22 日。本法はすべての 外国人労働者を対象としているが、本稿が対象とするミャンマー、ラオスおよびカンボジアから の非熟練労働者を対象とする規定と、タイ国内への外国投資企業の労働者を対象とする規定は明 確に分かれている。 (10) タイ労働省雇用局資料より。この数字の業種別が前掲第 1 図であるが、数字に若干の違いがある。 (11) ミャンマー人の国籍証明手続き問題の詳細は、山田(2010);同(2012a);同(2012b)。 (12) ミャンマー政府発行の 3 年有効の旅券は 3000 チャット(約 100 バーツ)、タイ政府発行の 2 年有効 の査証は 500 バーツ、たとえばバンコクからメーソットまでのバス代は往復約 500 バーツであるが、 ブローカーが要求する額は 8000 バーツとも 2 万バーツとも言われた(山田 2010)。 (13) 2010 年 2 月 28 日の期限直前には多くの労働者支援 NGO による政府への期限延長要請や国籍証明 手続きの問題に関するセミナーが行なわれた。期日直後には退去強制と言われていたため、パニ ックに近い状況に陥ったミャンマー人労働者コミュニティーもあった。 (14) 対ラオス覚書では「送還費用基金」、対カンボジアおよび対ミャンマー覚書では「貯蓄基金」と 表記されている。いずれも 2008 年外国人就労法 29 条に規定されている「送還費用基金」に拠出さ れるものである。 (15) この拠出金制度の実際の運用は、2013 年 6 月 10 日の閣議決定により 2014 年 3 月 1 日から開始され ることになった。賃金からの控除額は一律 1000 バーツである。 (16) 2013 年 2 月現在 49 業者がライセンスを受けている。2013 年 2 月 5 日、ミャンマーの海外労働者派 遣協会副会長からのヒアリング。 (17) 2013 年 2 月 1 日、タイの斡旋業者、2013 年 2 月 5 日、ミャンマーの斡旋業者からのヒアリング。 (18) タイ政府としてはこれまで 3 度も延期してきた国籍証明手続きのさらなる延長はしないとの方針 であったが、ミャンマー政府の強い要請により、最後はテインセイン = ミャンマー大統領からイン ラック = タイ首相への直接の働きかけにより、手続きが再開されることになった。タイ政府として は期限の延長ではなく、あくまで新たな手続きという立場をとる。 (19) 濫用の実態については、山田(2010)および藤田ほか(2013)など。 (20) 登録・労働許可や国籍証明手続きなどに関する情報は、タイ語で通達がなされ、それを入手でき るのは雇用者やブローカーであり、外国人労働者は彼らを通して情報を得るのみである。移民労 働者支援 NGO や国際機関によってタイ語からミャンマー語やカンボジア語に翻訳された情報が出 回る。本稿で詳述した、登録や労働許可取得方法および国籍証明手続きについてその全容を理解 している労働者は僅少であろう。ちなみにタイでは外国人労働者が労働組合を結成することは認 められていない。 (21) 2010 年 1 月サムットサコーン県でヒアリングした労働許可取得にかかった費用は移民労働者によ ってまちまちであった。ある工場では、各ラインのマネージャーの裁量で労働許可申請手続きの 費用が決められており、本来ならば 3800 バーツであるにもかかわらず 5000 バーツを賃金から引か れたという例をきいた。 (22) 旧法では雇用者に最長 3 年の禁錮刑が課されていたのに比べ、新法では罰金のみとなっている。 罰金の額は最低賃金による年収程度であるため、雇用者は罰金の額と労働許可取得の複雑な手続 きにかかる費用を考量し、経済的には非合法の雇用を選択することも考えられる(山田 2009、38 ページ)。 (23) あえて労働者に労働許可をとらせず、工場敷地内の寮に住まわせ、その敷地内には警察が立ち入 らないように工場主と地元警察官が結託している例もあった(2010 年 1 月サムットサコーン県にお ける調査)。移民労働者の惨状については、Human Rights Watch(2010); ILO(2006); Chantavanich et al. (2007); Mahidol Migration Center(2011)など。
ハラスメントを避けることができるという回答がもっぱらであり(藤田ほか 2013)、労働条件や労 働環境の改善につながるという回答はなかった。 (25) 2012 年 4 月に発覚したカンチャナブリー県やソンクラー県における労働者の賃金や処遇をめぐる 労働争議事件など。 (26) 移民労働者問題と人身取引問題の関連性については、山田(2009);同(2013)。タイは人身取引 問題に関する二国間覚書をミャンマー、ラオス、カンボジアとそれぞれ結んでいる。毎年 6 月に発 表されるアメリカ国務省人身取引報告書では、タイはミャンマー人をはじめとする外国人労働者 の搾取に対する対策が不十分として、2010 年 Tier 2 から Tier 2 Watch List へ格下げられて以来そのま ま 2013 年に至る。
(27) Joy Ngozi Ezeilo, “Report of the Special Rapporteur on trafficking in persons, especially women and children,” 2 May 2012(http://daccess-dds-ny.un.org/doc/UNDOC/GEN/G12/133/48/PDF/G1213348.pdf?OpenElement). (28) 2008 年外国人就労法第 23 条には、外国人の国内への定住を防ぐために、労働許可の更新は原則 1
回きりの 2 年間と規定している。
(29) “Yingluck urges rights equality for migrants,” Bangkok Post(2013 年 9 月 6 日)。
(30) ミャンマー軍政における移民労働者政策や問題については、山田(2012a)。2012 年 5 月アウンサ ンスーチーのタイ訪問において注目されたミャンマー人移民労働者問題やミャンマー労働省の変 化については、山田(2012b)。 (31) 2013 年 2 月ヤンゴンにおける斡旋業者、移民労働者支援団体および国際移住機関(IOM)ヤンゴ ン事務所からのヒアリング。 (32) タイ人労働者の海外就労の斡旋の制度や問題点の詳細については、Chantavanich et al.(2010)。 ■参考文献 [日本語文献] 伊藤路子(2010)「タイにおける移民労働者管理とその課題」、石田正美編『メコン地域 国境経済を見 る』、アジア経済研究所。 藤田幸一・遠藤環・岡本郁子・中西嘉宏・山田美和(2013)「タイにおけるミャンマー人移民労働者の 実態と問題の構図―南タイ・ラノーンの事例から」『東南アジア研究』第 50 巻第 2 号。 山田美和(2009)「人身取引問題に対するタイの法的枠組みにかんする一考察―ミャンマーからタイ への人口流入を背景として」『アジア経済』第 50 巻第 8 号、29―61ページ。 ―(2010)「転換期を迎えるタイの移民労働者政策―合法と非合法の間で」『アジ研ワールド・ト レンド』第 176 号。 ―(2012a)「ミャンマーの移民問題―越境する人的資源のゆくえ」、工藤年博編『ミャンマー政 治の実像―軍政 23 年の功罪と新政権のゆくえ』、アジア経済研究所。 ―(2012b)「アウンサンスーチーのマハーチャイ訪問が意味すること―ミャンマーの発展と移民 労働者問題」『アジ研ワールド・トレンド』第 203 号。 ―(2013)「メコン諸国における人身取引問題にかんする二国間覚書の比較分析―二国間覚書の 限界と可能性」『アジア経済』第 54 巻第 3 号、2―27ページ。 [英語文献]
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やまだ・みわ アジア経済研究所新領域研究センター 法・制度研究グループ長