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ASEAN - 日本国際問題研究所

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(1)

はじめに

2005年12月14日、マレーシアで東南アジア諸国連合(ASEAN)10ヵ国と、北東アジアの 日中韓3国に域外のオーストラリア、ニュージーランド、およびインドを一堂に集めて第1 回「東アジア首脳会議」(EAS)が開催された。「東アジア共同体」(EAC)を長期目標とする この首脳会議に参集した16ヵ国は、地球上の全人口のほぼ半数に近い30億の人口を擁して おり、しかも、日中韓からなる北東アジアは久しく地域主義の不毛地帯とみなされてきた という事実に注目すれば、東アジア首脳会議は、ほぼ半世紀前の第1回アジア・アフリカ首 脳会議(バンドン会議)がそうであったように、文字どおり歴史的意義をもつ成果と言いう るものであった。しかし、アジア戦後史の転機を画する潜在的可能性を秘めた東アジア首 脳会議は(1)、日中両国の非妥協的な路線対立のあおりを受けて、ほとんど「から騒ぎ」とさ え酷評されかねない運命に追いやられた(Malik, 2005〔末尾「参考資料」参照。以下同様〕)。 というのは日本が、台頭する中国の影響力を牽制すべく、「開かれた地域主義」を標榜しつ つオーストラリア、ニュージーランドという域外2ヵ国(自由民主主義を共有する先進国)の 参加を強く要求したのに対して、親米勢力の排除に固執する中国が、東アジア共同体構想 の原点たる「ASEANプラス3」に限定することを主張してこれに対抗したからである。

本来なら東アジア共同体の中核をなすべき域内大国たる日中両国が、過去(歴史認識)・ 現在(東シナ海エネルギー争奪)・未来(国際連合安全保障理事会改革)にまたがる対立の呪縛 で行動の自由を失っている以上、東アジア共同体構築への主導権は事実上ASEANの手に委 ねられざるをえなかった。これによって、いわゆる「1997年の破局」以来、最低水準に落 ち込んでいたASEANの国際的評価は―おそらくその力量も同様に―明らかに上昇に転 じた。パワーが幅をきかせる国際政治の場にあって、ASEANのように弱者の連合体でしか ないプレーヤーが、このような課題を成功裏に担うことができるのだろうか? 可能であ るとすれば、それはASEANのいかなる能力によるのか?

本論はこのような問題意識を念頭において、(1)東アジア共同体の意義とこれをめぐる日 中両国の角逐の実態を概観し、(2)日中両国に対するASEANの働きかけのあり方を論じた うえで、(3)東アジア共同体構築に際してASEANが果たしうる役割を明らかにしようとす るものである。

ASEAN

3

Kuroyanagi Yoneji

(2)

1 「東アジア首脳会議」の意義

(1) 2つの路線

東アジア共同体構築にかかわる本格的NPOとしての「東アジア共同体評議会」による東 アジア首脳会議評価に際して招かれた外務省担当者2名は、「結果的には、すべての国が 100%じゃないですけれども、それなりに満足する形でコンセンサスができ……全体として

はよかった」と好意的な判断をしている(http://www.ceac.jp/j/pdf/060209.pdf)。発言要旨からみ ると、(1)域外の(民主派)3ヵ国が参加する首脳会議が実現されたこと、(2)9年間の実績の ある「ASEANプラス3」とならんで、新規に登場した「東アジア首脳会議」がともに「東 アジア共同体」構築にあたるという2部構成が容認されたこと、そして(3)日本が固執した

「開放性・包括性・透明性」や、民主主義を示唆する「グローバルな規範・普遍的価値」な どの語が最終文書(クアラルンプール〔KL〕宣言)に盛り込まれたことが論拠のようである(2)。 しかし、日中両国の路線の意味するところを比較検討すると、両者は相互補完的というよ り平行線というに近く、無期限には併存を許さない性格であると思われる。以下にこれを 図示しておこう(第1表参照)。

問題は、東アジア共同体をめぐる主導権争いの背景には、経済的には翳りがみえるもの

第 1 表 「東アジア共同体」に向けた日中両国の綱引き

(1)「東アジア共同体」は望ましい、長期目標である。

(2)ASEANがその「推進力」(the driving force)である。

(3)「ASEAN共同体」樹立が基礎となる。

「東アジア首脳会議」(EAS)主導路線 路線 「ASEANプラス3」(APT)主導路線 共通要素:

ASEANプラス3(日中韓)プラス2(豪、NZ)

プラス1(インド)(16ヵ国)

日本 主導国

参加国

同調国 主要論理

本音

KL宣言

中国

インドネシア、シンガポール マレーシア、タイ

「開かれた地域主義」 実績ある地域協力メカニズム

ASEANプラス3(13ヵ国)

(1)「中国の優勢」を牽制。

 →人権・民主化で事実上の対中批判。

(2)APTでは「民主派が劣勢」。

(3)APTには「米国が懸念」。

(1)「親米派」は歓迎できぬ。

(2)地域アイデンティティーを重視したい。

(3)日本の外交姿勢に反発。

 →「EASは 対話 の場」にとどまる。

 →小泉首相の「靖国参拝」批判。

(1)EASをASEAN年次首脳会議に引き続いて、

ASEAN議長国の下で定期的に開催する。

(2)EASは共同体構築で「重要な役割」(a significant role)を果たす。

(3)EASは国際的規範や普遍的価値強化のた めの開放的・包括的・透明かつ外向きのフ ォーラムである。

(4)民主的で調和ある環境の下での平和的共 存を目指す。

(1)APTは東アジア共同体構築の「主要な手 段」(a major vehicle)。

2) 東 ア ジ ア 共 同 体 構 築 を 主 導 す べ く 、 ASEAN首脳会議と連動してAPT首脳会議 を毎年開催する。

(3)「われわれ意識」(we-feeling)を醸成す べく   、民間交流を推進する。

(4)2007年のAPT10周年に向け「東アジア協 力に関する第2声明」を準備する。

(3)

(3)

の、米国との同盟関係をテコに国際安全保障の分野でも積極的な役割を果たそうと決意し つつある日本と、核大国としての力量のみならず、目覚ましい経済発展に支えられて

21世

紀の経済超大国として台頭しつつある中国との熾烈な勢力争いが存在することにある。

(2)ASEANの外交的中心性

新規に発足した国際的事業の常として、東アジア首脳会議については評価が大きく割れ ている。概括的に言えば、16ヵ国首脳が一堂に会し、最終文書の署名にまでこぎつけたこ と自体が画期的であるという好意的評価と、いわば呉越同舟となった東アジア首脳会議は

「から騒ぎ」以上のものではないという消極論とが拮抗する一方、さらに、問題は東アジア 首脳会議が自己目的化するか、具体的なプロジェクトをともなって定着するかは今後の展 開次第とする醒めた見方が大勢を占めるというところであろう。ただし、練達のASEANウ ォッチャーたるヴァティキオティスは、国際世論が重要な点を見落としているとして、次 のように東アジア首脳会議を高く評価している(The Jakarta Post online, December 2, 2005)。

まず何よりも、ASEANがその「政治的中心性」を広域アジアに投影するのに成功したこ とである。ASEANは、オーストラリアやニュージーランドなど域外民主諸国を排除しよう とする中国に、これを甘受させるのに成功している。しかも、日中韓の熾烈な抗争にもか かわらず、これら3ヵ国を一堂に会せしめた。これは他の国にはなしえない「火中の栗を拾 う」行為であったという。さらに彼は、米国を排除していることが不当であるとして東ア ジア首脳会議を批判する人々は、主要8ヵ国首脳会議(G8サミット)が閉鎖的であるからと いうのでこれを解散せよと要求するとでも言うのかと反駁し、東アジア首脳会議が「単な るトークショップ」でしかないと酷評する論調に対しても、国際社会では首脳間の接触は 相互理解を増進し、誤解と対立を回避するという重要な役割をもつと指摘する。

いずれもASEANに対する積極的評価であるが、3つの点で疑義がある。ひとつは、

ASEAN諸国自体が、日本の主張に同調する諸国(たとえばインドネシアやシンガポール)と、

中国に同調する諸国(たとえばマレーシアやタイ)とに分裂している状況をどう理解するか の問題である。1990年代初頭にマハティール前マレーシア首相が「東アジア経済協議体」

(EAEC)構想を提示した際、これに対してスハルト元インドネシア大統領が難色を示したこ とがEAEC構想頓挫の一因となったことはまだ記憶に新しい(4)

もうひとつは、中国社会科学院アジア太平洋研究所の張薀嶺所長も認めるように、中国 が東アジア共同体構築に際して「ASEAN Way」を積極的に支持すると言明しているものの、

その構図については一貫して「ASEANプラス3」ではなく「10プラス3」という表現に固執 しているという事実は(Zhang, 2004)、単なる修辞以上の問題があるのではあるまいか(5)。つ まり、ASEANという地域機構としてよりも東南アジア10ヵ国として認識しているわけで、

域内諸国の一体性を最優先しようとするASEANの基本姿勢とは無視しがたい齟齬があると 思われる。

これと関連して第3に、「コンセンサス方式」や「内政不干渉原則」などの行動原理への 支持が、実は「総論賛成・各論反対」を許容するという脆弱性に注目してのことではない かという点である。というのは、人権問題で国際的指弾の標的とされているミャンマー軍

(4)

政に対して事態の停滞に忍耐しきれなくなった

ASEAN

諸国が対ミャンマー制裁―最悪の 場合には「除名」―を考慮しようとしても、中国が内政不干渉原則を振りかざしてミャン マー支持にまわるのではないかという懸念がASEAN諸国を牽制する結果となっていること は周知の事実である(6)

2 東アジア共同体とASEAN

(1)ASEANの仲裁機能

東アジア共同体をめぐる問題は、前述のように、東アジア共同体構築をめぐる日中両国 の主導権争いとして表面化したが、その背景には、何よりも「台頭する中国」という時代 の最重要ファクターがあり、これを憂慮し、この地域に関与することでグローバルな影響 力を維持し続けようとする米国の焦燥感と不可分に結びついている(7)。こうした大国間の権 力闘争とも言うべきリアリズムの世界に、弱者としての

ASEAN

がいかなる位置を占めるこ とができるのだろうか(第1図参照)。

注目すべきことにアリ・アラタス前インドネシア外相は、すでに

2001

年の論文で、

ASEANプラス 3

が「瀕死のASEANにとってのライフライン」とする『アジアウィーク』誌 のレイエス記者の評価に反駁する形で、ASEANプラス

3

という協力はASEANにとって有益 であるだけでなく、プラス

3

諸国にとっても「ASEANが提供しうる外交的接着剤」は有益 であるという互恵的関係を忘れるべきではないと強調している(Alatas, 2001, p. 5)。つまりは、

日中韓という北東アジア

3

ヵ国が自発的に和解する契機を欠いている状況にあって、

ASEANプラス 3

という枠組みが対話の機会を提供していることの意義は過小評価されては ならないというのである。

東アジア共同体との関連で言えば、日中両国が(いずれかが単独で、あるいは共同で)イニ シアティブを発揮しえないと いう条件下で、いわば「消去 法によって」ASEANにイニ シアティブが委ねられるとい う 消 極 的 な 理 由 で は な く 、

ASEAN

プラス

3

というメカニ ズ ム の 「 運 転 席 に 座 る 」

ASEAN

が、日中間の対峙状 況に対していかなる姿勢で臨 み、いかなる方向で機能しよ うとするかという意図の問題 こそが問題の焦点である。

ASEAN

プラス

3

という枠組 みが「外交的接着剤」として 機能しうるか否かは、恐らく、

第 1 図 東アジア共同体をめぐる国際関係の構図

中国 日本

ASEAN 米国

歴史認識・領土問題・

資源争奪・主導権争い 人権外交

日本外し 中国脅威論

豪NZ印

ASEANプラス3   東アジア首脳会議 靖国問題  東アジア共同体  民主主義

(5)

次のような3つの要因によって規定されると考えられる。第

1

は、日中両国が「政冷経熱」

という現状を憂慮し、基本的には和解を必要としていること。言い換えれば、反日・嫌日 と反中・嫌中気運の応酬という現状の固定化に利益を見出していないということが最低限 必要な要件である。第

2

は、両国が

ASEANによる仲裁を甘受できること。つまり、たとえ

ば米国のような超大国や、国際連合のような超国家的な機構ではなく、伝統的な意味では 弱者でしかない

ASEAN

による仲裁に屈辱感などの拒否反応がないか否かが問われねばなら ない。これまでの経緯が示すところでは、日中両国の側には、この点で決定的な支障は表 面化してはいない(8)

そして第

3

は、仲裁者としての

ASEANが、日中両国に対して冷静で客観的な第三者とい

う姿勢を維持しうるか否かである。これまでのところ、ASEAN諸国の姿勢は慎重な中立維 持という点に力点が置かれ、仲裁的努力についてはほとんど発揮されないか、せいぜい二 義的でしかなかった。ただし、終戦

60

周年を目前に控えた

2005年頃から、ASEAN

域内で

―折しもバンドン会議50周年を迎えて―日中両国の不和を憂慮しつつ、「両国の問題に 干渉するべきではないが」との留保をつけたうえではあるが、明らかに日本の側に軌道修 正を求める論調が散見されるに至った(9)。日本が伝統的に、ASEAN諸国をいわば親日派の 牙城と認識してきたという事実に照らせば、こうした変容は微妙だが深刻な意味をもつも ので、軽視しえない動向と言わねばなるまい。

2)「台頭する中国」への対応

次に、「台頭する中国」とASEANの関係について。周知のごとく、この問題については、

相反する

2

つの解釈が拮抗している。これを端的に反映するのが、『インターナショナル・

セキュリティ』誌におけるD・シャンボーとN・クーらの論争であろう。あえて単純化すれ ば、前者は、中国の多国間対話枠組みへの参加や周辺諸国との関係改善に焦点を当て、ア ジア諸国はすでに中国を「よき隣人、建設的なパートナー、注意深い聞き手、そして脅威 でない地域大国」(Shambaugh, 2004/05, p. 64)とみなしていると主張するのに対して、後者は、

とりわけ台湾問題や対日姿勢に注目しつつ、中国が十分に力を蓄えたと自信をもてば、「他 の大国がそうであったように、必要なら実力に訴えてでもその選好を尊重せよと迫るよう になるだろう」(Khoo, Smith and Shambaugh, 2005, pp. 197)と強調するのである。中国の国力と 対外姿勢との関連に注目して図式的に言うならば(第2表参照)、前者は改革・開放から四半

第 2 表 中国の国力と対外姿勢

(4)地域覇権の追求(?)

強大

弱小

(3)多国間対話への本格関与   胡錦濤時代

(1)孤立的/現状破壊的   毛沢東時代

中国の対外姿勢

強硬 柔軟

(2)平和的環境下の発展    小平時代

(6)

世紀を経た中国は(3)の位置にあり、対中「関与政策」によってこれを定着させることが賢 明であると主張するが、後者は今「封じ込め政策」によってこれを牽制しないと中国が遅 かれ早かれ(4)の「覇権国家」へと変容するのを助長することになるというのである。

しかし、強硬策としての「封じ込め」路線や柔軟策としての「関与」路線のいずれかに 固執することは賢明でないとする

Z・カリルザードは、両者を組み合わせたいわゆる「関

与・封じ込め」(congagement)政策―つまり、対中関与によって建設的な側面を助長する 一方、危険な動向を牽制する政策―を提唱する(Khalilzad, 1999)。これらも、中国が恐れ るほどの軍事力を保持し、あるいは中国が切望する代価を保有する超大国米国にとっては 選択可能であっても、非力なASEANにとっては単独では実現困難である(10)。とはいえ、こ のことは、ASEANにとって現実的な選択肢がありえないことを意味するものではない。む しろ、「弱者であるがゆえに担いうる独自の役割」があるのである。ひとつには、中国が上 記マトリックスで(4)の方向を志向する気配を察知したとき、いち早くこれを国際社会に伝 達することで牽制するという、いわば「鳴子」としての役割であり、もうひとつは、中国 が切望する安定的発展のための地域・国際環境は、重層的多国間対話のメカニズムに参画 することで形成されることを繰り返し追体験(最終的には確信)せしめるようなインセンテ ィブを不断に提供することである。

こうした「牽制・慫慂」機能は、いわば弱者向けに再調整されたcongagement政策にほか ならない。というのは、中国がライバルとして台頭することを恐れ、これをあらかじめ抑 圧すべしと主張する「封じ込め」論者の考え方は、(1)米国の一国覇権路線に傾斜しがちで あり、(2)中国が現に大国であるという現実を忘れ、かつ、(3)真に警戒すべきは中国が国際 社会を敵視し、その結果、現状を力で変更しようとする覇権志向を抱くことにあるという 点を見落とすという、錯綜した通弊を宿している。弱者としてのASEANにとって重要なこ とは、一方で、中国の意向をすべて受容することで結果的に中国の覇権志向をあおること を回避するとともに、他方で、封じ込めという非現実的かつ非建設的な政策をも忌避する ことによって、現に大国である中国の―覇権志向を自粛するという―選択に整合的な 環境を提供するという点にある。

3 東アジア共同体とASEAN共同体

1)「ASEAN Way」の効用と限界

2005年 2

月、インドネシア外務省のM・ナタレガワ

ASEAN

協力局長は、ASEANプラス

3

と東アジア首脳会議の単純な重複にも、ASEANプラス

3の東アジア首脳会議への発展的解消

にも賛同しかねるとし、「ASEANをハブとし、北にプラス

3

諸国、西にインド、南にオース トラリア、ニュージーランド両国という3本のスポークを備えた構造」としての東アジア首 脳会議を想定すべきであるとの自説を展開している(The Jakarta Post online, February 8, 2005)。 弱者の連合体にすぎないASEANが、超大国たる米国と同じく「ハブ&スポークス」メカニ ズムを志向しようとするのは、笑止な「夜郎自大」とみなされるべきか、協調的安全保障時 代にふさわしい「脅威なきイニシアティブ」として評価されるべきか。
(7)

興味深いことは、国際関係論における2つの代表的理論潮流がASEANに対する評価におい ても対照的であることである(11)。ゆるぎない物理的パワーに重きを置く「現実主義者」にと ってASEANは弱者の緩やかな連合体でしかなく、極端な場合には「模造共同体」(Jones and

Smith, 2002, pp. 93―109)とさえ酷評してきた。これと対照的に、規範やアイデンティティー

を重視する「構成主義者(コンストラクティビスト)」の対ASEAN評価は高く、設立以来三十 余年間域内に武力紛争を起こしていないという現実に注目して、「萌芽的な安全保障共同体」

の基準を満たしつつあるとみなす(Acharya in Adler and Barnett, 1999, pp. 218―219)論者も少なくな い。このような実績があればこそ、ASEANは自らの行動原理たる「ASEAN Way」に満々た る自信を抱き、これを広域アジアで展開することが可能かつ望ましいと考えてきたのであり、

1993

年にASEAN地域フォーラム(ARF)を結成したのも、さらに東アジア共同体を志向しつ つあることも、この延長線上にある(12)

確かにASEANは、東アジア共同体構築に際しても「主要な推進力」として認知されたが、

あるインドの外交官は「ASEANが運転席に座るとしても、乗客には彼らがどこに向かってい るのかを尋ねる権利がある」として、白紙委任ではないことを警告しているという(Malik,

2005)。東アジア首脳会議というバスの行き先について当面の手がかりとして注目すべきは

KL宣言や議長声明などの ASEAN公文書以外では―シンガポール南洋技術大学防衛戦

略研究所(IDSS)の

10名の研究者による 30項目提言である

(Tan and Emmers, 2005)。同提言 の本体は2部からなり、第1部「信頼・制度構築」では信頼醸成(3項目)と制度構築(7項目)

が提示され、第2部「機能的協力」では第1バスケット(短期・即時的課題)にテロリズム(4 項目)・海上安全(4項目)・健康(2項目)、および第

2バスケット

(中・長期課題)に経済(3 項目)・エネルギー(2項目)・人間の安全保障(3項目)・越境犯罪(3項目)・大量破壊兵器(2 項目)をそれぞれ列挙、解説している。ただ、域外の観察者にとってこうした網羅的な提言 にも増して興味深いのは、提言の前書き部分で言及されている、

(1)

ASEAN

プラス

3

やASEANプラス

3プラス 3

でなく、16ヵ国の新体制として位置づけ るべし、

(2) 当面は―そして今後とも―信頼醸成と親和感育成を主眼とすべし、

(3) 東アジア共同体構築への契機を維持すべく、適宜機能的協力にも着手すべし、

などの一連の基本的認識である。

ちなみに、ASEANプラス3のトラック

2活動として認知されている「東アジア・シンクタ

ンク・ネットワーク」(NEAT)も、2005年

8

月、東京で開催された第3回総会で、「東アジア 共同体に向けて」と題する政策提言を採択している(13)。こちらは、共同体構築の指導原理、

共同体構築の構図、機能的協力、および東アジア地域アイデンティティーの増進という

4部

構成からなるが、(1)人権・民主主義など普遍的価値、(2)公開性・透明性・包括性、(3)

ASEAN

プラス

3ユニットなど制度化推進を強調している等の点で IDSS

提言との顕著な相違 が読み取れる。

2)次の焦点としての「ASEAN憲章」

最後にASEANの「自強機能」について。「東アジア首脳会議に関するKL宣言」の第2項目

(8)

によれば、東アジアにおける共同体構築努力は「ASEAN共同体」の実現に資するものでなけ ればならないとされ、第

3項目では、東アジア首脳会議は ASEANを推進力とするとしてい

る。端的に言って、東アジア共同体構築の成否は、ASEAN自体の再活性化を不可欠の前提と しているわけである。この意味で、最も注目すべきは、2005年

12

月の第

11

回首脳会議で

ASEANが、

「ASEAN憲章制定に関する

KL

宣言」を採択したことであろう。同宣言は、1967 年のバンコク宣言(ASEAN設立宣言)に始まる一連の公文書に盛り込まれた諸原則を総合的 に一本化し、ASEAN諸国を法的に拘束する憲章を制定することでASEANを「共同体」の名 にふさわしい高みに押し上げようとする決意を表明したものである(14)。これに盛り込まれる べき諸原則として例示された18項目のうち「民主主義、人権、透明性と良き統治、民主的諸 制度の強化」に言及した第

7項目には、伝統的な「ASEAN Way」からの脱却の決意を読み

取る必要がある。

従来、必ずしも十分には注目されてこなかったが、ASEANが公文書のなかで「民主主義」

の語を用いるのはきわめて例外的であり、明らかに欧米諸国からの批判に応えようとする意 図が込められているとみるべきである。問題は、これまでもそうであったように、「総論賛 成・各論反対」という体質をもったASEANが、域内保守派に―とりわけ社会主義下のベ トナム、ラオス、軍事政権下のミャンマー、絶対王制下のブルネイに―「民主主義と人権」

という苦い薬剤を進んで服用させる用意があるか否かである。実際、この分野では、2004年 にインドネシアが「ASEAN安全保障共同体行動計画」(ASC-POA)原案を提示した際、「民主 主義と人権の推進、自由で定期的な選挙の実施、情報の自由な流れ、開かれた、寛容で透明 な社会の建設」という案文が域内の強硬な反対に直面して撤回を余儀なくされたという体験 がある(15)。ここから学びうる教訓は、インドネシア戦略国際問題研究センター(CSIS)のリ サール・スクマが言うように、ASEANは時代の要請に応えるべく保守主義の殻を破って自ら をリセットする必要に迫られているが、「望ましいことと可能なこととの間にある緊張」を十 分に認識せねばならないということである(Rizal, 2004)。この教訓を学び損ねれば、ASEAN 憲章に向けての営為がかえって域内諸国間の不和をもたらす結果となりかねない。逆に、保 守派の抵抗によって自強機能の限界が露呈すれば、地域・国際社会の評価が低下することが 避けられない。ムサ・ヒタム元マレーシア文相を委員長にする10名からなる

ASEAN憲章起

草のための「賢人グループ」(EPG)に課せられた課題は、きわめて重いと言わざるをえない。

むすび

要するに、東アジア共同体の構築における

ASEANの役割については 3つの文脈で考察され

る必要がある。第1は、当面の日中間の軋轢が新たな地域冷戦にまで激化するのを阻止し、東 アジア共同体という共通課題に向けての協力を軌道に乗せること、すなわち「仲裁機能」で ある。第2は、「台頭する中国」という新たなファクターを、東アジアにおける緊張激化への 引き金とせぬよう、望ましい方向に誘引できるか否かの問題、つまり「慫慂機能」である。

そして第3は、ASEAN自身が、こうした建設的機能を果たすに足る国際的評価と信頼を確保 すること、すなわち、「自強機能」である。

(9)

これらの機能を果たすにあたって―成功であれ失敗であれ―鍵になるのが「ASEAN

Way」である。

「ASEAN Way」と総称される行動原則は、域内諸国の多様性、国民統合の不 足や統治の正統性の欠如などの脆弱性を保護しつつ加盟国間の信頼醸成と友好増進を図るた めに不可欠であったという出自からして、いわば保護機能に力点があったから、地域協力の 果実に力点が移行するにつれて、かえって阻害要因ともなりかねない。このため、東アジア 共同体構築という新たな課題に挑戦するに際して、ASEAN内部からも、「ASEAN Way」の 再検討を求める声が次第に強まりつつあるのは異とするに足りない。ここ数年の動向が示唆 するところによれば、軌道修正の要諦は、(1)内政不干渉原則が人権侵害、民主主義抑圧の隠 れ蓑となってきたとして、友好的助言を認める「建設的関与」を容認すべしとする意見、(2)

コンセンサス方式に基づく意思決定がしばしば判断停止をもたらしてきたとして、たとえば

「10マイナス

X」や「2プラス X」方式などを採用すべきとの主張、あるいは(3)

国益至上主 義がASEANの制度化を阻害してきたとして、「一部主権のプール制」を検討すべしという3 つの焦点領域にあったと言える。

従来からASEANは、ライバル機構の台頭によって自らが周辺化されることにきわめて敏 感で、終始自らが「運転席に座る」ことに固執してきた。しかし、「noblesse oblige」(ノブレ ス・オブリージュ)という言葉があるように、運転手には、乗客を無事に確実に目的地に到着 させるという責務がともなうという側面には必ずしも十分に光が当てられてこなかったうら みがある。ASEANの低迷は、東アジア共同体構想の前途を暗転させずにはおかない以上、

「ASEANが東アジア共同体構築の運転席に座る」ということの意味を当然視すべきではない と強調するゆえんである。

1) マレーシアのアブドゥラ首相は、2004年12月、「第2回東アジア・フォーラム」開会演説で、「東 アジア首脳会議」を、「東アジア共同体憲章」→「東アジアFTA」→「東アジア友好協力地帯」な ど、「東アジア共同体」構築への7つの里程標の最初のものとして位置づけている(http://www.

aseansec.org/16952.htm)

2) 主催国ASEANも、「東アジア共同体」という目標への道が日中角逐という侮りがたい障碍を抱え たという不満を憶えざるをえなかったという意味で、事態は日中両国とASEANにとって「三方一 両損」という様相を呈したと言えるだろう。

3) もちろん、これはドイッチュの言う「安全保障共同体」の主要要件たる集団的アイデンティティ ーであり、この語が最終宣言に盛り込まれたことは、APTが9年の実績を自負していることと無縁 ではない。

4) 一般にインドネシアとマレーシアは、マレー系国家として同文同種の関係にあり、多くの場合、

ASEAN内で共同歩調をとってきた(たとえばカンボジア紛争における対ベトナム柔軟路線)

5) 同様に、200512月の第9回「ASEANプラス3首脳会議」における温家宝首相演説でも、一貫 して「10プラス3」の語が用いられており、一度も「ASEANプラス3」という用語を用いていな い。

6) 注目すべきことにオン・ケンヨンASEAN事務総長は、2006年3月、ASEANの対ミャンマー圧力 が奏功していないことを認め、ASEANに強制力がないことを知っているミャンマーに対して中印 両国が説得力を行使するよう求めざるをえないと発言している(Reuter, March 30, 2006)

7)「中国主導下の東アジア共同体」への米国の危機感については、たとえば、次の米議会図書館調

(10)

査局報告(Vaughn, 2005)に顕著である。また、D・ディロンらは中国の対東南アジア進出と対照 的に米国のプレゼンス後退に警鐘を鳴らし、「ASEAN関連のあらゆる対話メカニズムに関与すべし」

など4つの積極策を提言している(Dillon and Tkacik, 2005, p. 6)

8) たとえば、張薀嶺所長は、「ASEANの役割がなければ、中・日・韓(とりわけ中日両国)が同席 することは困難だったろうと想像できる」と認めている(Zhang, 2004, p. 3)

9) たとえば、インドネシアの――おそらく東南アジア全域の――代表的論客たるユスフ・ワナンデ ィも、東南アジアは、これまで日本が過去60年間「平和的で協力的なパートナー」であったこと を知るがゆえに、第2次大戦期の日本の歴史をあまり語ってこなかったが、小泉純一郎首相の靖国 参拝は、中韓両国にとってのみならず、東南アジアにとっても「ますます不快なもの」になりつ つあると明言している(The Jakarta Post online, February 2, 2006)

(10) 弱者の連合たるASEANの対中政策は、妥協的な場合にはいわゆる「勝ち馬便乗(bandwagoning)

路線、強硬な場合でもせいぜい「重層牽制」(omni-enmeshment)路線を両極とした選択肢となる。

これらの政策については、さしあたり、Goh, 2005を参照のこと。

(11) ネオ・リアリストとコンストラクティビストとのASEAN観を、パワーとは何かという概念と、

ASEANの展望という2つの視点から比較考察したのがEaton and Stubbs, 2006, pp. 133―155である。

(12) 現に、1995年にASEANが提示した「ARFコンセプト・ペーパー」(http://www.aseansec.org/3635.

htm)は、「ARFの主要推進源としてのASEAN」に言及し、コンセンサス方式や内政不干渉原則な

ど「ASEAN Way」が事実上ARFの行動原理をなすことを示唆している。ただし、米国、オースト ラリア、欧州連合(EU)の先進諸国はこれに対する不満を隠してはいない。

(13) NEATの日本窓口にあたる日本国際フォーラムの伊藤憲一理事長によれば、同政策提言は、全体 構造(日本)、ガイドライン(マレーシア)、金融協力(中国)、エネルギー安全保障(シンガポー ル)など6つの作業部会による準備作業に基づいて策定されたという(http://www.ceac.jp/j/pdf/neat- 003.pdf)

(14)「ASEAN憲章」制定の背景と意義については、セベリーノ元ASEAN事務総長による簡潔かつ的 確な解説を参照されたい(Severino, 2005, pp. 1―29)

(15) このとき、もうひとつ集中砲火を浴びたのが「ASEAN平和維持部隊」創設提案であった(Wain, 2004; Kuah, 2004)

■参照資料

Amitav Acharya, “Collective identity and conflict management in Southeast Asia,” in Emannuel Adler and Michael Barnett, eds., Security Communities, Cambridge University Press, 1998.

Ali Alatas, 2001, “ASEAN in a Globalizing World,” Asia-Pacific Review, Vol. 8, No. 2, pp. 1―9.

Alice D. Ba, 2006, “Who’s socializing whom? Complex engagement in Sino-ASEAN relations,” The Pacific Review, Vol. 19, No. 2, pp. 157―179.

Sarah Eaton and Richard Stubbs, 2006, “Is ASEAN powerful? Neo-realist versus constructivist approaches to power in Southeast Asia,” The Pacific Review, Vol. 19, No. 2, pp. 135―156.

Evelyn Goh, 2005, “Great Powers and Southeast Asian Regional Security Strategies: Omni-Enmeshment, Balancing and Hierarchical Order,” Working Paper Series, No. 84, IDSS, Singapore.

Dana Dillon and John J. Tkacik, Jr., 2005, “China and ASEAN: Endangered American Primacy in Southeast Asia,”

Backgrounder, No. 1886, The Heritage Foundation.

Zalmay Khalilzad, 1999, “Congage China,” RAND Issue Paper, RAND(http://www.rand.org/publications/IP/IP187/

IP187.html).

Nicholas Khoo, Michael L. R. Smith, David Shambaugh, 2005, “Correspondence: China Engages Asia? Caveat Lector,” International Security, Vol. 30, No. 1, pp. 196―211.

(11)

Adrian Kuah, 2004, “The ASEAN Security Community: Struggling with the details,” IDSS Commentaries, 15 June.

Mohan Malik, 2005, “The East Asia Summit: More Discord than Accord,” YaleGlobal online(http://yaleglobal.yale.

edu/display.article?id=6645).

David Martin Jones and Michael L. R. Smith, 2002, “ASEAN’s Imitation Community,” Orbis, Winter 2002, pp. 93―

109.

David Shambaugh, 2004/05, “China Engages Asia: Reshaping the Regional Order,” International Security, Vol. 29, No. 3, pp. 64―99.

See Seng Tan and Ralf Emmers, eds., 2005, An Agenda for the East Asia Summit: 30 Recommendations for Regional Cooperation in East Asia, IDSS, Singapore.

Rodolfo C. Severino, comp., 2005, Framing the ASEAN Charter: An ISEAS Perspective, ISEAS.

Bruce Vaughn, “China-Southeast Asia Relations: Trends, Issues, and Implications for the Unites States”(http://www.

fas.org/sgp/crs/row/RL32688.pdf).

Barry Wain, 2004, “ASEAN: Jakarta jilted,” Far Eastern Economic Review, June 10.

Zhang Yunling, 2004, “Emerging New East Asian Regionalism,” presentation at an SPFUSA(The Sasakawa Peace Foundation USA)seminar, Promoting Dialogue between the U. S. and Asia(http://www.spfusa.org/Program/

av2004/dec0704.pdf).

くろやなぎ・よねじ 大東文化大学教授 [email protected]

参照

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