1.問題の所在
現代の奴隷制と言われる人身取引(Trafficking
in Persons)は、アジア・太平洋地域だけでなく
欧米諸国や南米、アフリカなど地球規模で拡大し ている。モノ、カネ、ヒト、そして情報が国境を 超えて行き交うグローバル化の進展に伴って拡大 する人身取引は、グローバル化の負の部分である と言えよう。グローバル化時代の人身取引に対応するため に、国際社会では「国際的な組織犯罪の防止に関 する国際連合条約を補足する人、特に女性及び児 童の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議 定書」(以下、「人身取引禁止議定書」という)が 2000年11月の国連総会で採択された。そして、
2003年に人身取引禁止議定書の発効以降、国際機 関や国連加盟各国政府、地域連合体などさまざま な機関において人身取引対策が急速に採られてき た。国連薬物犯罪事務所(UNODC)が、2009年 に発表した報告書によると、2008年までに世界全 155ヶ国および地域の63%の国々が、人身取引は 犯罪であることを明確にして何かしらの法的な措 置 を 講 じ る よ う に な っ た と 報 告 し て い る
(UNODC 2009:9)。
しかし、全世界での規模はどのくらいか、被害 の形態はどのようなものか、被害者はどのような
人でどのくらいの数がいるのか、誰が人身取引加 害者でどのような手口やプロセスで人身取引を 行っているのか、世界各国の人身取引対策が講じ られていることが人身取引加害者の摘発や人身取 引事象の削減に効果を上げているのかどうか、な ど人身取引の実態に関する統計を正確に把握する ことは、国際社会が人身取引対策に講じるように なった現在でもなお難しい。なぜなら、人身取引 は国境を超える犯罪であること、人身取引者らは 人(被害者)の渡航を行うために、偽造旅券を含 む旅行者の虚偽の書類を扱う事例が多いこと、人 身取引の利益は国を越えて資金洗浄という犯罪と 関係していることなどが要因として挙げられる。
そのほか、移住労働を目的とする過程で人身取引 の対象とされた被害者には自身が被っている被害 性を諸事情で認知できないグレーゾーンの存在も 指摘されている(齋藤 2006:73)。
人身取引の被害者として認知された数が僅少で あることは、2000年から毎年発表されているアメ リカ合衆国国務省の「人身取引報告書2010版」の
「数字で見る人身売買」でも確認できる。同報告 書では、人身取引の可能性が高い行為である強制 労働、債務労働、売春を強要されていると推定さ れる全世界の大人と子ども1,230万人のうち、人 身取引被害者として認識された数は4万9105人で、
推定される人身取引被害者数のわずか0.4%を占 める数字であるとしている。人身取引と認識され 研究ノート
見えない人身取引─過去の人身取引被害者の複合的な脆弱性
齋 藤 百合子
(PRIME 所員)
た事案でも、有罪までもちこめた事例は、人身取 引 認 識 数 の 1 割 に も 満 た な い4,166人 だ っ た
(Department of State 2010:7)。
人身取引および人身取引被害者の定義は、2003 年に発効された人身取引禁止議定書第3条に示さ れているが、被害者の認知をするのに、「他の者 を売春させて搾取することその他の形態の性的搾 取」や「奴隷化もしくはこれに類する行為」など としているが、「その他の形態の性的搾取」や「奴 隷化に類する行為」とはどのような搾取や行為な の か が 不 明 瞭 で あ る。 さ ら に
Tydlum
とBrunovskis
は、これまでの人身取引調査研究において人身取引被害者が認知されたのは政府当局や
NGO
などに認知されたほんの一部のみで、大部 分の被害者はさまざまな形態の搾取や移住の中で「見えない集団」に押しやられてきたことを指摘 する(Tydlum and Brunovskis 2005:22-23)ととも に、被害の段階にも、「人身取引の対象となるリ スクが高い人々」、「現在、人身取引被害に遭遇し ている人々、そして「過去に人身取引被害に遭っ た人々」と時間軸を考察する必要を述べている
(ibid 21)。
現在進行している人身取引犯罪を予防および制 圧し、被害者を保護し、再出発のための支援をす る、という人身取引対策の基本とされる3P対策 の予防(Prevention)、摘発(Prosecution)、保護(
Protection)が十分な機能を果たせていないとす
るならば、より効果的な人身取引対策に資するた めに、「見えない集団」もしくは見えなくされて きた集団や、人身取引による長期的な影響に関す る基礎的な研究に関心が払われる必要があろう。またこうした人身取引による長期的な影響は、過 去の被害者の経験をていねいに聞き取り、その後 の社会統合もしくは社会統合や心身の回復につい ての調査を積み重ねることが重要である(Laczko 2005:9)。
本稿は、研究調査の過程で出会った1990年代に 人身取引の対象とされた経験があるタイから日本 に移送された無国籍の女性
A
の事例をとりあげ る。女性は、人身取引の被害者と認知されたこと は一度もなく、TydlumとBrunovskis
が規定する「見えない集団」に属すると筆者は考えている。
A
は北部タイ出身で、両親が中国国民党員でタイ では難民認定されていた女性である。Aに対する 図1 潜在化した人身取引被害者と人身取引被害者出所)Tyldum & Brunovskis 2005より、齋藤百合子が翻訳
調査は継続中で長期化が予想され、現時点で記述 できることはかなり限定される。しかし、本稿で は現時点で見え隠れする人身取引後の彼女たちの 脆弱性、そして「見えなくされていた過去の人身 取引被害者」に対する行政機関の対応と人身取引 対策への課題を研究ノートとして記すことを目的 としている。
2.統計から見えるタイから日本への人の流れと 見えない数
法務省出入国管理局によるタイ国籍者の日本へ の入国数は男女共に1980年代から増加傾向にあ り、1986年に一度減少するが翌1987年から再び増 加し、1990年から1992年にかけて第1次ピークを 迎える。その後1993年から1998年の小幅な増加と 減少の末、1998年からは右肩上がりで出入国が増 加している。
一方、入国数から出国数を引いて算出するなら ば不法滞在とかオーバーステイなどと呼称される 超過滞在者数は、1990年から1992年に増加傾向に あったものの1993年以降は少ないように考えられ る。しかし、法務省出入国管理局が示す日本にお けるタイ人不法滞在者数は1993年には5万人を超 え、1998年でも4万人弱を数えた。以降は減少傾 向である。
人身売買禁止ネットワークによる人身取引の実 態調査(2005)によれば、人身取引でタイから移 送された女性たちは、日本入国を手配するブロー カーによって陸路や海路でシンガポールやマレー シアを経由し、そこでシンガポールやマレーシア などの国籍者の偽造・変造パスポートを持たされ て 日 本 に 入 国 す る こ と も 少 な く な か っ た
(JNATIP/F-Gens 2005:74、HRW 2000:69-74)。 こ のことは、この時期には、タイ国籍者でなくても、
タイに居住するタイ国籍をもたない少数民族や難 図2 タイ人出入国者の流れ
出所)法務省入国管理局1980−2007
民、出生や登録の手続きを行わないために身分証 明書をもたない人々もタイを出国し、日本に入国 した可能性があったことを示している。また、入 国時はタイ国籍者ではなく、シンガポールもしく はマレーシア国籍者として入国記録がなされてい るならば、入国者数から出国者数を引いて算出す
るシンガポールやマレーシア国籍の超過滞在者 は、実際はタイ国籍もしくはタイから移送された 国籍を証明できない人々も含まれている可能性が ある。
1990年代以降のタイ人の超過滞在者の減少は、
タイ人の帰国が増加したことを示すのだろうか。
図3 国籍別超過滞在者(単位 : 人)
出典)法務省入国管理局統計
図4 国籍別・女性超過滞在者(不法滞在者)(単位:人)
出典)法務省入国管理局統計
この問いについてタイ人移民研究者のルアンケー オは、超過滞在者の減少の要因はタイへの帰国者 数の増加だけが要因ではなく、超過滞在のまま日 本に残留した数も多いと推測している(Ruenkaew 2009:69-79)。
ルアンケーオはさらに同時期、日本人男性と婚 姻したり、日本人男性との間に生まれた子どもを 養育するなどの要件で、超過滞在=非正規滞在か ら、正規の在留資格を取得した正規滞在者数が増 加したと分析する(Ruenkaew 2004:37)。日本に 滞在中に在留資格を「不法」から「正規」に変更 するパターンでもっとも多いのは、日本人と婚姻 を理由に特別在留資格から「定住者」としての在 留資格となること、もしくは日本人男性を父親に もつ子どもを養育する女性に付与される「定住 者」の在留資格である。
2009年に筆者が実施した先行調査では、1990年 代に入国し、超過滞在のまま10年以上日本に滞在 していたタイ人女性の事例は、日本人男性との数 年間の同棲後、その男性との子を出産し、男性に 子を認知された後にようやく正規在留資格を得て いた事例があった(齋藤 2010:21)。この事例に
見るように、超過滞在者は入管法には抵触する が、悪質な違法行為を行っているのではなく、日 本人男性側の事情によって婚姻登録できないまま 同棲や愛人関係を続けているために、超過滞在の 状態に留め置かれているケースもある。
3.無国籍による超過滞在
民間の緊急一時保護施設「女性の家
HELP」で
は、1995年にHELP
に相談に来所した無国籍の女 性について言及していた。この女性は日本人男性 3人に伴われてタイから日本に移送された女性14 人の中の1人で、母親がカンボジア国籍の難民 で、タイの難民キャンプで出生した(女性の家HELP 1996:68)。HELP
に来所したときには妊娠9ヶ月で、「勝手に難民キャンプを出てきてし まったので二度とタイには帰れないと思ってい た」という。この女性の場合は、HELPの支援に より、生まれた子どもに日本国籍を取得し、その 後、母親の在留資格についての正規化の可能性が 生まれたが、子の日本国籍が認められたにも関わ らず行方不明になってしまった。
図5 日本における外国人登録をしたタイ人数
出典)法務省入国管理局
本稿で取り上げる
A
は、第2次世界大戦末期 の中国内戦によって中国を追われた中国国民党党 員の両親から、中国からミャンマーを通ってタイ に移動する途中で出生したタイにおける難民で、無国籍であった。1989年か1990年頃に中国人ブ ローカーの男性とともに来日した。ブローカーの 男性は出発日に
A
に台湾国籍者の偽造パスポー トを渡してA
を日本に入国させた。Aはその後、家族が住む北部タイへの帰国を望んでいた。しか し、タイ国籍がないために帰国が果たせず、日本 で21年間超過滞在せざるを得なかった。
タイは近代の国際情勢の変化の中で、20世紀初 頭に戦禍を逃れて中国やインド、ベトナムからタ イに移り住んだ人々を受け入れたが、1950年代当 時は出生届や住民登録などの、国が発行した身分 証明書を携えて移動することはなかった。出生国 の国籍を証明する書類をもたず、また出生地主義 のタイ国籍を取得できず(タイでは1913年に国籍 法が制定されていた)、これらの移民は無国籍と ならざるを得なかった(Saisoonthon 2006:43)。さ らにタイには北部から北西部を中心にカレン、モ ン、ラフ、リス、ヤオ、アカ、ルア、ティン、カ ムという山地少数民族が居住しており、現在もタ イ国籍を付与された者もされていない者も混在状 態である。
人身取引の原因は、貧困などのために移住労働 の希望という供給側のプッシュ要因と、外国から の安い労働力や若年層の性サービスを需要するプ ル要因によって説明されることが多いが、雇用、
教育、ジェンダーによる差別、ジェンダー差に起 因する家庭や地域社会での暴力など、開発のプロ セスの周縁に置かれた脆弱性を有する人びとに注 目する必要がある(Lee 2005:178)。人身取引を容 易にさせる人びとの脆弱性の要件をさらに補足す るならば国籍や市民権を得ているかという法的な 脆弱性が加えられるべきであろう。
4.過去の人身取引被害者 A の脆弱性
Aの脆弱性の分析に入る前に、中国国民党(以 下、国民党)について簡単にふりかえる。
(1)中国国民党のタイへの移住
1949年に国共内戦に敗れた国民党軍は、多くの 師団が蒋介石に率いられて台湾に移住したが、雲 南や四川方面の部隊の一部は陸路で雲南からビル マに流入し、ビルマに軍事拠点を構えて中国雲南 省への再侵攻を試みていた。1950年代、国民党軍 はビルマのシャン州の山地を支配し、周辺の山地 諸民族を従えて阿片の生産・流通を独占し、軍資 金を調達していた(片岡 2004:192)。
ビルマ政府は国民党軍によるシャン州占拠に業 を煮やし、1960年11月から中国共産党と合同で掃 討作戦を開始した。この作戦により、国民党第4 軍および第5軍93師団(段希文将軍)は1960年か ら徐々にビルマを出国しタイ北部のチェンライ県 とチェンマイ県に集団で移住し居住するように なった。
1950年から1970年にかけて東南アジア地域でも 東西冷戦の時期であり、1960年代後半にはタイ共 産党のゲリラ活動が急速に激化した。タイ政府 は、国民党軍および家族を含む集団が移住してき た当初は速やかにタイ領土からの退去を求める方 針をとっていたが、反共対策として山岳戦に長じ た国民党軍を注目し、1970年10月の閣議で国民党 軍兵士とその家族を難民として認知した。タイ政 府は「異民族の出血によって自国を外敵から防衛 する」方針を「公式には否定しつつも実際には 泰緬国境の防衛を国民党軍に依存していた」(片 岡 2004:195-197)。
共産党の活動が沈静期した後、段将軍率いる部 隊は武装解除し、チェンライ県のメーサロンの
「ムーバーン・サタキリ」(平和山村)に根を下ろ した。住民は、お茶や果物のライチなどを栽培し
たり、レストランや土産物などを販売し、ホテル やゲストハウスを運営するなど観光業でも生計を 立てるなどして生活をしている(タイ政府観光 庁)。
(2)国民党の歴史と A の個人史
Aの父親は国民党兵士だった。Aの父親はどの 軍や師団に属していたか、いつ中国を出発したか は明確ではないが、中国を出て、数年間ビルマに 家族と共に移り住んでいた。Aは、家族がビルマ に滞在していたときに出生している。戦時下だっ たため、もちろん、彼女の出生を証明したり、国 籍の登録や、住居を証明する書類などない。Aの 記憶によれば、1970年頃に家族とともにビルマか らビルマ国境に近いタイの小さな村に移り住ん だ。タイ政府が国民党兵士とその家族を難民とし て居住することを認めた年である。ここで
A
の 個人史を記す。Aは子どもの頃から貧しい暮らしをしていた と回想する。貧しかったからか、タイ語の理解 が困難だったのか、学校が近くになかったの か、女の子だったからか理由は定かではない が、Aは学校に通う機会がなかった。中国語で さえ、字の読み書きを教えてくれる人はなく、
ようやく自力で自分の名前を覚えたが、自分の 名前を書けるだけの識字力しかなかった。自宅 で家事手伝いをしていたが、父親の体調病気治 療のために、人の誘いにのって、バンコクの中 国人家庭の家事労働者として働く決意をした。
A
が話す言葉は中国語と日常的な簡単なタイ語 だった。バンコクで働いている時に、中国からやって きたという男性と出会い、Aは恋をした。男性 は
A
と親しくなると、一緒に日本へ行こうと 誘った。Aは日本行きの決心がつかないため、実家に戻り、母親に相談した。「難民が外国に
行けるわけない」という母の言葉に納得してバ ンコクに戻ると、男性から日本行きの準備が 整った、との連絡を受けた。そして「日本に行 くには300万円のお金がかかるんだ」という男 性の言葉を信じ、Aは男性に事前に必要だと言 われた10万円相当の金を友人・知人から借金し て男性に渡した。
Aは、日本に渡航する前にバンコクのホテル で数日を過ごした。タイ人の女性が4、5人い たという。男性にホテルで渡されたパスポート は写真も名前も自分のものではなく、台湾人の ものだった。不安に思って男性に聞くと「タイ に帰るときの手続きは簡単だから」と言われ た。
バンコクから成田への直行便には、バンコク のホテルで一緒だった4、5人の他の女性と男 性とともに搭乗した。そして空港に到着すると ホテルに連れて行かれ、パスポートを取り上げ られた。A以外の女性たちはひとりひとり迎え が来て、ホテルを後にした。最後に
A
と男性 が残り、一晩を共にした後、男性は「また戻る から」と言って去っていった。すると違う男性 がA
の元にやってきて、渡航費と称した300万 円の「借金」の未返済金を月10万円ずつ支払う ことを命じた。支払わなければ殺す、逃げれば 追う、と言われた。売春をしたくなかったので、中国語が通じるレストランでの皿洗いの仕事を 見つけ、月10万円ずつ男に払った。2年間払い 続け、ようやく借金返済は完了した。恋人だと 思っていた男性は一度姿を見せたきり、二度と
A
に会いにくることはなかった。噂によれば、男性はその後警察に逮捕されたとのことだっ た。
その後も
A
は中国レストランで働いた。給 料が安いため父親の治療費はなかなか貯めるこ とができなかった。タイにいる両親の元に帰り たかったが、パスポートもなく、日本の中の中国語圏の人々はタイに関する情報を持っている 人はいなかった。「帰りたかったけど、帰り方 がわからなかった。警察に捕まったらずっと牢 屋に閉じ込められると思った」と
A
は語った。ある日、Aは入管法違反者として摘発され、入 管収容所に拘留された。そして強制退去処分が下 される。帰国の書類作成のために、タイの家族か ら家族の所在や
A
の住民票などが送られてきた が、タイ国籍がないために、タイ政府から入国を 拒否され、帰れる国がない宙ぶらりんな状態に なっていた。その頃、入管収容所の収容者を訪問 面会する神父がA
の存在を知り、女性支援のNGO
に支援の相談をなげかけた。入管収容所にいても国外退去処分ができないため に、Aは仮放免された。Aが収容されていた収容所 は居住地から離れていたが、仮放免後は居住地に 戻った。そのため、先述の
NGO
は居住地を活動範 囲とする民間グループに支援の継続を依頼した。(3)「移住労働意志をもつ超過滞在の移住労働 者」か「人身取引被害者」か
Aは、正規の在留資格も旅券も有していなかっ たために、入管法違反の罪で摘発された。摘発さ れた時点では
A
には何らかの強制力による監禁 や搾取を目的とした行為がなされていないことか ら、人身取引の被害者かどうかを調べられること もなかった。しかし、Aの詳述からは人身取引の要件を構成 する内容がある。Tydlum and Brunovskisの被害者 の分析に沿って、「人身取引の対象となるリスク が高い人々」、「現在、人身取引被害に遭遇してい る人々」、そして「過去に人身取引被害に遭った 人々」など人びとのあり方を検討する。
①「人身取引の対象となるリスクが高い」
人身取引リスクとなる指標は教育、雇用、ジェ
ンダーによる差別、ジェンダー差に起因する家庭 や地域社会での暴力、法的な身分である。もとも とビルマ軍の掃討作戦に追われて、タイに逃げ込 み難民の身分であるので、移動や職業選択が制限 されているという脆弱性が認められる。また、A は教育を受ける機会に恵まれず、識字も自分の名 前を書くことがやっとだった。雇用も、実家から 遠く離れた地(バンコク)で、家事手伝いをせざ るを得なかった。その他の情報がないのでこの ケースについてはジェンダー差別や家族や地域社 会における暴力については言及できない。
②「現在、人身取引被害に遭遇している」
Aにとっては過去のことになってしまうが、日 本に移送された状況を、人身取引禁止議定書第3 条(1)の人身取引定義を活用して検証してみる。
第3条は以下に記す。
(a)「人身取引」とは、搾取の目的で暴力その他の形態 の強制力による脅迫若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺 もう、権力の乱用若しくは脆弱な立場に乗ずること又は 他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金 銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸 送し、引き渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。搾 取には、少なくとも、他の者を売春させて搾取すること その他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の 提供、奴隷化若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器 の摘出を含める。
(b)(a)に規定する手段が用いられた場合には人身取 引の被害者が(a)に規定する搾取について同意してい るか否かを問わない。
Aはブローカーの男性を恋人と呼んでおり、売 春も強要されていないので、自身は人身取引の被 害に遭っていないと考えていた。
しかし、ブローカーの男性は時間をかけて搾取 の目的とする女性に近づき、恋人に発展したと思
わせて警戒心を解かせ、恋人の言うことを素直に 受け入れる状態にまでさせることは「その他の形 態の強制力による行使」と考えられる。また、日 本渡航に疑いをもっても心変わりや逃亡をしない ように渡航前に小集団で数日軟禁状態にしておく ことや、偽造パスポートの作成と使用、日本に到 着した途端に日本側のエージェントにパスポート を取り上げさせ、月10万円の支払いを命じるな ど、「人を獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、
又は収受すること」に相当する。Aは売春を強要 されなかったが、借金返済という「強制的な役務 の提供」を課せられていた。
③「過去に人身取引被害に遭った」
パスポートやビザ(在留資格)を所持していな いことに対する不安、警察当局への不信感、帰国 するための情報にアクセス方法できない、タイ国 籍がないために家族の元に帰国できず、精神的な 苦痛を被っている、などの脆弱性を有している。
日本の入管当局は
A
を「移住労働意志をもつ 超過滞在の移住労働者」と規定し、すでに国外退 去処分を発行しているために、人身取引被害者と して再考するならば長い期間をかけて、処分申立 申請などの手続きをとらなければならなかった。2009年に改正された「人身取引対策行動計画」の 被害者認知からは「人身取引被害に遭いやすいリ スクがある人々」や「過去に人身取引の被害に あった人々」の人身取引被害者としての認知は除 外されている。
一方、2008年に包括的な人身取引禁止法を制定 したタイでも「人身取引被害に遭いやすいリスク がある人々」や「過去に人身取引の被害にあった 人々」に言及する文言はない。しかしタイ国籍を 有さないがタイに長年居住し、人身取引の被害に 遭った者に対して被害者として認めるなど、柔軟 な対応がなされるようになった。Aのケースでは
中国語通訳者を介した事情聴取書により「過去で はあるが人身取引被害とされた可能性が高い」と タイ政府によって認定調書が行われた結果、人身 取引と認定された。その後社会開発と人間の安全 保障省下の女性と子どもの人身取引対策事務所
BATWC(Bureau against Trafficking in women and children)にその認定の調整を依頼した結果、内
務省において被害者認知が確認され、BAATWで は人身取引被害者支援のプロセスに沿って、Aの タイに帰国後の支援と保護の手続きがなされた。5.結論
日本政府による「人身取引対策行動計画」は、
人身取引被害者として認知されれば、犯罪者とし て扱われることもなく、帰国支援の委託を請け負 う国際移住機関から帰国費用も拠出されて帰国で きる。しかし、Aの場合、入管法違反の犯罪者と して空港の入管職員に再度拘束されて取り調べを 受け、機内搭乗までの間入管職員に監視された上 での出国となった。一方、Aはタイ政府から取引 被害者として認知された。そして
A
はタイの空 港に降り立った途端、BATWC
職員の出迎えを受け、入国審査も同職員と共に済ませ、自宅に到着する までの交通費も支払われたという。また、2008年 人身取引禁止法で定められた被害者支援基金より、
被害者の帰国後の生活支援も検討されている。
人身取引禁止議定書が採択されてから10年が 経っている。現代の奴隷制とも呼ばれる人身売買 に真摯に対峙するならば、「見えない集団」に押 しやられている人身取引被害者を認識し、その経 験をていねいに聞き取り、長期的な心身の影響、
その後の生活再建を含めた社会再統合に関する基 礎的な研究を蓄積していくことが重要だ。被害者 の複合的な脆弱性を分析し、具体的な支援策に結 び付けられるような人身取引研究の深化が求めら れている。
註
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