菊桜会
KIKUOH-KAI
発 行 菊桜会 発行人 福川伸次(高2回) 振替口座 00130−1−8922 〒142−0062 東京都品川区小山4−11−12 小山台会館内 TEL:03(5725)7828 FAX:03(5725)7896No.
38
2004年(平成16年)
9
月
30
日
菊桜会総会案内2
高34回同期会案内2
四年目に入った同窓会講師派遣センター3
支部活動報告3
同期会報告4∼6
サークル6∼7
投稿(中2回生・中8回生・舞田正達)8
寄付のお願い9
会計報告・予算及び事業報告10
就職活動支援の会/名簿発行/東京校歌祭10
英語の「アート」
、仏語の「アール」の語源で
あるラテン語の「アルス(Ars)
」は、技術と芸
術の二つの意味を有している。
「アーティフィシ
ャル」というと人工を意味し、技術を連想させる
し、
「アーティスティック」というと美的な表現
を思い起こさせ、芸術の香りがする。
歴史を振り返ってみると、両者は、相互に補完
しながら発達してきた。西洋における教会建築や
シャトー、それに家具、陶磁器、タピストリー、
シャンデリアなどは、技術の粋と芸術的表現が見
事に融合したものであった。
日本においても、神社仏閣、そして伊万里焼、
友禅、輪島塗なども技術と芸術が結びついた素晴
「君たちは決して子供ではない。一人の人格を
もった青年であり、昔なら立派な大人である。高
い理想、志をもって自らの生き方を自分で考えよ
う。
」本年3月、このような語り口で、ご自分の
高校時代や大学時代を振り返りながら、力強く語
ってくれたのは、菊桜会幹事長の増田次郎氏であ
る。
この企画は、生徒に進路や生き方を考えさせた
い、早期に自己の進路と日々の学習とのかかわり
を一人一人に認識させたいという、学年の教員の
願いで開かれたものである。生徒たちは、先輩の
方からの貴重な体験談に真剣に耳を傾けていた。
本校は、平成16年度から3年間、東京都重点支
援校として指定され、
「学力向上・進学実績の向
上」
「文武両道の伝統校の復活」という目標のも
とに、教職員が一体となって取り組むことになっ
た。この目標達成の道は決して簡単ではないが、
創立81年目の重み
しかし、この1学期から夏までの取組みを振り返
ってみて、ささやかな手ごたえを感じているとこ
ろである。
一つには、数学・英語の習熟度別学習がスター
トし、2クラス3展開の小人数による、生徒の学
力等に応じたきめ細かい授業が開始したことであ
る。特別に教員の加配が認められたが、これを最
大限に活用し、確かな学力の定着のために工夫改
善することが問われる。
二つには、夏期の補習の増加である。普通教室
に冷房施設がないため、小山台会館をお借りした
り会議室まで使用して64コマの講座の実施を実現
できた。また自習室の提供のため図書室開館日の
増加と開館時間の延長など、教職員がそれぞれの
立場で考え努力している。率直に申せば今年の暑
さは厳しい。快適な学習環境を提供できない校長
としての辛さ、あせりはあるが、教員一人一人の
努力と熱意と汗は何よりも尊く、嬉しい。
三つには、班活動が活発に活動を展開し、1学
年101.
8%、2学年104.
1%、全校平均97.
5%とい
う参加率であった。6月には、男子バレー班が3
年ぶり通算11回目の関東大会出場という快挙を成
し遂げてくれた。残念ながら1回戦で敗退したも
のの本校にとって、幸先よいニュースといえよう。
5時完全下校という限られた練習時間のためか、
今夏の合宿参加者が500名という、全都に誇るべ
き状況でもあった。班活動は停滞することなく、
伝統が受け継がれていることを報告したい。
四つには、広報活動の活性化である。着実に学
力向上に努力していれば生徒は集まってくる、本
来そうあるべきだが、時代は違っている。東京の
城南地区で、いぶし銀のような地味で着実な歩み
を進めている本校のことを、広く全都の中学校に
も、塾関係者にもPRしていく必要がある。今年
度、
「学校案内」の大幅な刷新をはじめ、新たに
塾対象の説明会の実施や中学生を対象とした「数
学」
「理科」等の体験学習を実施するなど、教職
員の叡智を集め、PTAのご理解と協力を得つつ、
更なる活動を推進したいと考えている。
高校の3年間はまさしく成長期にあり、人格形
成の上で最も重要な時期である。教育という営み
を考えたとき、1日たりともその歩みはとどまっ
ていてはいけない。学力・進学実績向上という課
題と、一方で「生命の大切さ」
「命のはかなさ」
などを伝えていかなければならない責務も担って
いる。そうした課題解決のために、生徒たちのエ
ネルギーとひたむきさに期待しつつ鍛えながら切
磋琢磨する、心豊かな生徒を育てていきたい。そ
ういう覚悟と創立81年目の重みを実感している今
日この頃である。
今後とも、菊桜会の皆様方から、本校に対する
多くのご支援とご協力、そしてご批判をもお願い
したい。
らしい結晶であった。
ところが、二十世紀の近代化の過程で、両者は
次第に離れて発展の途を歩むことになる。技術は、
能率と正確さを向上させ、収益を拡大する手段と
位置づけられ、それを実行する企業家は、いつし
か芸術や精神文明への関心を忘れていった。一方、
芸術家も自らの仕事を高次元なものと位置づけ、
収益に奉仕する技術を軽視するようになった。
しかし、最近の情報技術の進歩は、技術と芸術
が再び融合する可能性をもたらしている。革新的
なディジタル技術は、アナログ技術を超える感性
を表現できるようになっている。
コンピューター支援デザイン(CAD)を活用
することによって、自動車、家電製品、家具など
のデザインは見事に文化性を高め、コンピュータ
ーグラフィックを利用して、オペラ、バレー、ミ
ュージカルの演出効果を格段に向上させている。
電子音楽は、一人でオーケストラの効果を楽し
めるし、アニメは新しい表現のジャンルを切り拓
いている。アイボのように心の癒し機能さえ発揮
できるようになっている。デジタルTV、DVD、
デジタルカメラは文化の伝達手段を飛躍的に進歩
させているし、音楽、映像、情報の無線配信が可
能となった。
技術と芸術の融合は、新しい経済の発展を促進
させ、人間機能を充実させるものである。それは、
ハードとソフト両面のインフラの整備を促すこと
になるし、その融合が国境を越えて展開されれば、
グローバリゼイションを促進する効果を持つ。そ
れは、多面的な国際交流を促して相互理解を進め
ることになるので、世界の安定にもつながるもの
である。
ここで強調したいことは、技術といい、芸術と
いい、その進歩はすべて、人間の能力に係ってい
るということである。我々が、常に自らの資質と
想像力を高め、未知の世界に挑戦する意欲を持ち
続けなければならない。
要は、総合的な人間力を高めなければ、アート
性を高めることはできない。技術、芸術といって
も何も専門的な能力でなく、求められるものは、
システムを理解する能力であり、文化的なセンス
である。自らの能力を磨くことによって、我々は、
情報技術の恩恵を活かし、成長を高めることがで
きるのである。
菊桜会 会長福川 伸次
都立小山台高等学校 校長高橋 ヨシ子
織田 修輝
(高19回) 1967(昭和42)年卒の皆さま!!! 今年はアテネ五輪!そして4年ぶりの同期会の年 です!!小山台時代の“あの東京五輪”から早や40年余!!様々な思い出と共に掛け 替えのない青春時代を過ごした、懐かしい皆さんと再び集いそして「友の輪」を 広げませんか?同期会はそんな新たな道づくりのお手伝いをします。 私たち“根っこが同じ”小山台卒生同士、共通の話題で会話がはずむこと請け 合いです。また、お世話になった先生方にもお会いできるチャンスでもあります。 今まで二の足を踏んでいたアナタ!皆の元気パワーをもらいに一歩踏み出しま しょう。そして皆で充実した一瞬を共に過ごし、手を繋ぎあって友の輪をつくり ましょう。歓迎します!!私たち「友の輪」に気軽にアクセスしてください。幹事 一同お待ちしています。 なお、本会は11年程前有志が発起人となり今回で4度目の開催となります。毎 回100名近くの方にご参加いただき、今回も、より多くの方にご参加いただきます よう切望しております。皆様へのご案内通知は9月上旬頃各クラス幹事から郵送 予定です。奮ってご参加ください。 私たちが小山台高校を卒業してから早22年。 あの時は成人式前だったけど、時は流れてすでに2度目の成人式まで済んでしま いましたね! みんなそれぞれの22年を過ごしいろんな変貌(?)をとげていると思いますが、こ の機会に是非小山台に足を運んで昔の懐かしい自分を見つめに、そして懐かしい 友人とアナログな時間を過ごしませんか? きっとまた違う明日が見えてくるかも! 同期会で語り足らなかった人、遅れて来た人のために、2次会も用意させていた だきました。 是非、こちらの参加もお待ちしております。 詳細は当日! 記` ■日 時:平成16年11月6日(土曜日) ●17時00分 菊桜会総会開宴 ●18時40分 同期会開宴 ●21時頃 2次会開宴予定 ■場 所:小山台会館(品川区小山4-11-12) 武蔵小山駅下車徒歩3分 ■電話番号:03(5721)6171 ■会 費:男子8,000円 女子7,000円(2次会 3,000円前後)◎日 時:平成16年11月6日(土)
17時より総会
17時30分より懇親会
◎場 所:小山台会館 3階ホール 電話 03(5721)6171
◎会 費:男性 6,000円/女性 5,000円
但し中学1∼21回 3,000円 高校47∼51回 4,000円 高校52∼56回 2,000円※出欠の連絡は不要です。
武蔵 小山 至目黒 至大岡山 26 号 線 小山台高校 ←商店街 小山台会館 芝信 用 金 庫 ● 東 京 三 菱 銀 行 ● 阿 部 修 二 安 藤 千 鶴 子 石 井 孝 雄 石 黒 富 美 男 江 藤 秀 男 榎 木 繁 男 楠 山 和 雄 粂 太 郎 小 林 日 忠 齋 藤 績 斉 藤 千 代 芝 茂 雄 下 河 原 五 郎 鈴 木 享 園 山 忠 夫 瀧 澤 利 夫 竹 内 淳 博 竹 内 庸 雄 多 胡 忠 治 直 井 治 永 見 至 松 井 泰 一 八 乙 女 盛 典◎総会懇親会ご出席予定の先生方
(敬称略)平
成
16
年
度
菊桜会ホームページ運営委員会 委員長杉原 民夫
菊桜会の活動内容、組織や事業報告、会計報告などがいつでもご覧い
ただけます。
講師派遣センターのページでは、各講師のプロフィールや講座内容が
確認できます。
「談話室小山台」は掲示板です。同窓生の交流の場として是非ご活用
ください。
各支部の情報、同期会の情報、
リンクのご依頼などございましたらお
気軽にお知らせください。
(ホームページ「お問い合わせ先」にメー
ルをいただければ結構です)
http://w w w.kikuoh-kai.jp
(検索サイトより「菊桜会」でヒットします)h t t p : // w w w. k i k u o h - k a i . j p
是 非ご覧 下さい。
あの頃には想像もつかなかった22年後。
歳月という名のタイムカプセルを開きに懐かしの武蔵小山へ!
S57卒
2003年11月15日(土)、第1回同期会から7年ぶりに100名近い同期の諸君の多 くが、初めて足を入れたであろう小山台会館に集いました。29回の先輩方から始 まりました、40歳になる期の同期会、我々の期で5回目です。同窓会総会との同 時開催という、素晴らしい企画。卒業以来同窓会総会に一度も出席したことの無 い、卒業生にとってとても良いイベントです。それに加え、なんと素晴らしい我 等が会館なのでしょう。33回皆感動しておりました。 新しい会館で、80年を迎えた母校小山台の丁度半分40歳を迎えた33回の我々は 何とも言えずに心地よい時間を過ごすことが出来ました。旧友との再会に心穏や かになり、恩師との語らいに、明日への糧を貰いました。 歴史を作ってきた先輩方、そして、創り続ける後輩達。一つとして同じ時間は 有りません。今と言うこの時だけ、皆と会う、皆と会ったあの時だけ、同じ時間、 空間に居たのです。そして、その積み重ねが、歴史を作ります。永遠に。 40歳の同期会が、6回、7回、10回、30回と続き同窓会の益々の繁栄に役立つ ことを望みます。そして、41、42歳と続けて同期会、同窓会に参加してくれるこ とを期待します。年齢を超えた、友の出逢いに感謝します。 小山台で出合い、そして、見つけた善友を大切に・・・・ 最後に、33回幹事の皆様お疲れ様でした。32回の先輩方ご指導ありがとうござ いました。 幹事長 鴨志田 眞宏 [email protected] 副幹事長 佐原 千春 [email protected] W E B 高橋 康一 [email protected] 総 務 石田 博之 [email protected] A 組 國井 和弘 [email protected] 時沢 務 [email protected] B 組 貝塚 俊樹 [email protected] 横溝 純一 [email protected] 立神 睦子 (久保埜) [email protected] C 組 樫村 由紀子 (野出) [email protected] D 組 佐々木 良実 [email protected] E 組 中村 昭彦 [email protected] 三森 真由美 (高橋) mim[email protected] F 組 佐藤 哲也 [email protected] G 組 桜井 晋吾 [email protected] H 組 浅海 清隆 [email protected]34回同期会通信 http://www.tarapc.net/Koyamadai/
同期会に関するお問い合わせ先 ▲ 各クラス幹事迄第 2 回 燦 讃( 3 3 )会
手塚 浩明
(高33回) 【期 日】平成16年10月16日(土) 【場 所】小山台会館3階ホール 東京都品川区小山4-11-12 TEL 03-5721-6171 【開催時間】午後5時∼8時 【参加費】男性7,000円、女性6,000円 【その他】 ・ゲームなどで楽しい交流の場にした いと思います。 ・19回卒生近況ホームページ開設のご提案 をいたします。 F組サンプル版「オアシス」 http://www.cablenet.ne.jp/~tashiro2/koyamadai_19-f/ 【連絡先】各クラスの幹事へ、または本同 期会における担当クラス・主幹 事旧F組松尾まで平成13年4月に始まった、都立小山台高校同窓
会講師派遣センターは順調に育ち、4年目に入っ
ております。講師にはセミプロ、アマを含め驚く
ほど幅広い人材が登録され、母校の卒業生の層の
深さを改めて感じております。派遣先も、皆様の
ご紹介、ご協力もあって、確実に増えております。
今年から講師派遣センターのHPも開設され、ア
クセスが容易に出来るようになりました。講師の
皆さんのプロフィールも簡単に閲覧できます。今
年活躍された講師の講演内容も紹介されていま
す。HPとの連携により、センターのさらなる発
展が期待されます。窓口は高32回の西尾(旧姓太
田)由紀子さんが担当し、毎水曜午後はスタンド
バイしております。
地域社会に貢献すべく、委員一同さらなる努力
をしたいと思っております。今後とも何卒宜しく
お願い申し上げます。
h t t p : / / w w w . k i k u o h - k a i . j p / k o u s h i . h t m l
講師派遣センター委員長河辺 清司
(高8回)四年目に入った同窓会講師派遣センター
平成16年4月13日(火)宝塚市にある愛宕原ゴルフ 倶楽部にて第39回関西菊桜会ゴルフ会が会長の折田基 行さん(高3)以下16名の参加を得て開催されました。 当日は天気も気温もゴルフには最適のコンディシ ョンでしたが、隣接地における前夜来の山火事の消 火作業で上空をヘリコプターが舞う中でのスタート となりました。スタートして間もなく鎮火に成功し たのかヘリコプターの騒音は聞こえなくなりました が、最初のショートホール(150ヤード)で2組目でプ レ ー し て い た 舩 木 誠さん(高 8 )が ホ ー ル ・ イ ン ・ ワ ン の 快 挙を達成、 話 題 の 中 心 は 火 事 騒 ぎ か ら ホール・イン・ワンへと移り、先ずは、なごやかな雰 囲気の中で一同プレーを堪能しました。 なお、今回のゴルフ場は佐藤茂さん(中21)にお世 話いただいたものですが、2月28日に急逝されまし たので、昨秋亡くなられた遊川悦史さん(高3)と共 に「お二人を偲ぶ会」として開催されましたことを ご報告いたします。 第40回の例会は平成16年10月5日(火)西宮高原ゴ ルフ倶楽部にて開催する予定です。 ゴルフは技量に関係なく一日同じ方々と楽しみを 共有するため、年齢や性別に関係なく非常に早く親 しくなれます。広く門戸を開けてお待ちしておりま すので是非ご参加ください。 その他「旅 と グ ル メ 部 」 は寒さが身に 沁みだした平 成15年12月4 日( 木 ) か ら 2 泊 3 日 の JTB格安沖縄 ツアーを企画 し、沖縄本島 中ほどの恩納 村西海岸のリゾートホテルを基点に琉球舞踊と琉球 料理、観光とゴルフを楽しんだようです。ホテルの プライベートビーチでは12月だというのに海水浴を楽 しむメンバーも…。沖縄海洋博の頃と比べ日本の南 国リゾート地として全てが随分と整備されつつある との印象を受けたようです。しかし、参加者は最終 的には9名まで減り、部会長の中畑恒さん(高8)と しては企画・日程等少しばかり反省材料を抱えたよ うです。 なお、次回は今年世界遺産に登録された“南紀・ 熊野古道”などどうかと目下検討中のようです。 また「文化部」は平成16年2月8日(日)に尼崎市 のアルカイックホールでオペレッタ、オッペン・バッ ハ作、“天国と地獄”の観賞会を開催しました。部会 長の新見明彦さん(高12)によりますと参加者は11名 でホテル・アルカイックで昼食を楽しんだ後、山地 一平さん(高2)の計らいで確保して頂いた特別席で 鑑賞に耿りましたがステージが跳ねた後、参加の皆 さんに感想を伺ったところ全員から十分に満足のい く観賞会であったとのお声を頂いたようです。 なお、山地さんのご令嬢であるソプラノ歌手の飯 田美奈子さんが主役の“ユーディリーチェ”を熱演 されましたことを最後になりましたが申し添えておき ます。支 部 活 動
報 告
関西
菊桜会だより
田中 厚
(高8回) 第14回千葉菊桜会総会は、7月12日(土)千葉駅 前『ぱるるプラザ』にて開催しました。 八中、高校出身合わせて、42名の方々が出席され ました。 来賓には、中学11回御卒業で、昭和24年から、58 年まで在職され、世界史の教鞭をとられた、三橋力 先生をお迎えしました。暑さの中、横浜からお出掛 け下さり、貴重なお話を伺い、感謝しています。 今回は、小山台高校の運動会の時のビデオを上映 しました。各色工夫された、大きなバックの絵、小 山台体操、男子による勇敢な棒たおし等々、また、 今は改築されてしまった八角塔も見ることができ、 皆懐かしい思いで見入りま した。そして、中学校卒業 の方々の近況報告に、元気 を頂きました。 最 後 に 、 八 中校歌と、小山台高校歌を、それぞれ、 声高らかに斉唱しました。 一年一度の総会で、話はつきませんで したが、また来年の再会を約束して、二 次会に移りました。二次会では、ハーモ ニカ演奏もあり、半数ぐらいの方々が残 って下さいました。 この会は、毎年7月第2土曜日の夕方 開催ですので、是非御出席下さい、初め ての方でもお待ちしています。千葉
年一度の楽しい総会の報告
石川 達雄
(高14回) ※連絡先 世話人代表 石川達雄(高14回) なのはなクリニック(043 − 641 − 6635) 恒例となった仙台菊桜会総会が平成16年3月13日、 ホテル仙台プラザにおいて開催されました。今年の 仙台菊桜会の第一部は青木茂之(高7)ホテル仙台プ ラザ会長の黄綬褒章受章のお祝いでした。40年近く にわたるホテルマンの視点から書かれた自伝「せん だいホテル物語」は「つくづく幸せだったと思う。 そう言いきれる先達の書」と紹介されています。 第二部の懇親会には齋藤千代先生(保健 昭和39 年から昭和61年)をお招きしました。同窓生が集ま れば必ず出る話題は小山台高校伝統の運動会です。 「ヤラセ無しの真剣ガチンコ勝負」、練習の時から気 を抜くことが出来ない伝統行事でしたが、もし保健 室に千代先生がいらっしゃらなかったら、運動会の 形は変わっていたかもしれません。「小山台は私の青 春」とおっしゃる齋藤先生を囲んで話は盛り上がり ました。 今年は仙台以外からたくさんの同窓生 が集まってくださいました。高校11回の 泉田尚男さんは福島から、高校12回の鈴 木明さんと松村孝さんは東京から、泉英 一(高30回)さんは山形から参加してくだ さいました。仙台菊桜会は毎年3月第2 土曜日、場所はホテル仙台プラザで午後 6時からの開催と決まっております。そ の時期に来仙の予定がある同窓諸先輩の 皆様、是非、仙台菊桜会を覗いてみてく ださい。次回は平成17年3月12日です。 事務局 ホテル仙台プラザ 青木 茂之(高7回) 事務員 玉川 明朗(高29回) 宮城県名取市相互台4−6−1 [email protected] FAX 022−717−8163仙台
菊桜会の集まり
玉川 明朗
(高29回) 写真後列左から、 井川俊太郎(高30)、玉川明朗(高29)、相原一良(高20)、小池信夫(高20)、高根沢展 夫(高20)、小倉迪郎(高17)、泉英一(高30)、松村孝(高12)、荒井尚通(高15)、橋本 忠光(高12)、鈴木満(高26)、石出信正(高16)、石原孜郎(高13)、高田正朗(高12)、 後藤久太郎(高16)、大家清(高14)、長曽加部紘(高10) 前列左から 鈴木明(高12)、鈴木真理(高30)、上野卓哉(高3)、渡辺敏之(中21)、齋藤千代先生、 青木茂之(高7)、栗原美穂子(高8)、泉田尚男(高11) 敬称略。▲
▲
▲
同 期 会
報 告
昭和12年4月に263名が入学。転校・編入及び四年 修了で上級学校へ進学のため、昭和17年3月卒業の 第15回生は225名。現在、生存者:104名、物故者: 103名、消息不明者:35名。 戦後は、折に触れてクラス会の形で懇親を重ねて きたが、転勤族もそろそろ東京に定着し始めた昭和 50年に、同期会の組織的な運営を図るために9名の 幹事を選出し「いちご会」を発足させた。 それ以来、年会費の徴収・総会の開催・会報の発 行・会員名簿の整備等により母校、菊桜会との連携 を図りながら、会員の交流と親睦に努めてきた。 ところが近年、われわれも寄る年波には勝てず、 健康状態や取り巻く環境に微妙な変化が現れ始めた ので、会の存続について検討を重ねた。その結果を 昨年の総会に諮り、次のことが決議された。 1.平成16年度の総会を「傘寿を祝ういちご会」と し、これを最後に組織は解散する。 2.同時に、会員相互の更なる親睦を深めるため、 「いちご懇話会」を発足させて移行する。 平成16年度総会は、去る5月25日に小山台会館に て48名の参加を得て盛大に開催された。 第1部 講演 小山台高校校長・高橋ヨシ子先生をお招きして、 「小山台高校の現況と抱負」と題し、学校の現状と将 来像について先生の熱の籠ったお話を拝聴する。 第2部 懇親会 真保君の音頭で健康を祝して乾杯、待望の宴が始 まる。傘寿ともなると、残念ながら目や耳の機能が 衰え、また腰痛等で歩行困難な級友も多く、健康に ついての話題には事欠かない。それでも中には80歳 は100歳までの単なる通過点と意気軒昂なグループも あり、頼もしい限り。また、海外・国内旅行、ゴル フ、囲碁にコーラスや謡、更に本格的な野菜作りな どで、老後を 楽しみながら 有意義に過ご している会員 も多い。 竹内君は八 中時代の写真 を引き伸ばし てパネルに貼 り ミ ニ 写 真 展。同君のユ ーモアに富ん だ説明に、六 十数年前にタ イムスリップ。青春の日々を懐かしく想い出し、ひ としきり昔話に花を咲かせる。 気の置けない仲間との歓談は弾んで、あっという 間に予定の時間となる。お互いに健康に留意して、 次なる目標は「米寿」とすることを申し合わせる。 竹下君の指揮で「富士の雄姿を」に始まる校歌を 元気に斉唱して八中時代の気分に。次いで“中〆” のベテラン金子君の発声で“一本〆”により見事に 締め括る。最後に神尾君の音頭で「傘寿バンザイ」 を力強く三唱して「いちご会」の掉尾を飾る。 「いちご懇話会」での再会を約し、別れを惜しみ ながら解散した。谷 正晴
(中15回) 中 学いちご会 総会
中学16回生は、東京府立八中最後の卒業生です。 東京の都制は、昭和18年7月1日に出発したので、 その年の3月に卒業した16回生は、「府立」最後の卒 業証書を貰ったことになります。 16回生標準の生年は、大正14・15年です。つまり、 大正の終りの誕生です。これが大変宿命的な人生の 出発点になっているようです。小学校入学は、昭和 7年ですが、最初の口語教科書は「ハナ ハト マ メ」で始まっています。翌昭和8年からは「サイタ サイタ」で始まる色つきの教科書になりましたから、 「ハナ ハト」教科書世代の最終です。去る大戦の折 りには、最後の徴兵の対象になって、帝国陸海軍の 最期を看取ってもいます。 このような因縁は、まだまだありますが、つまり 16回生は、アンシャン レジームの申し子みたいな 存在だということです。アンシャン レジームとは、 旧体制─政治史では、フランス革命によって打倒さ れた、それ以前の政治・経済・社会体制を云います が、16回生が、否定さるべき体制の人間だというわ けではありません。体制の代り目に遭遇する巡り合 わせにあった世代だということです。 同期生の会も、毎年開催していると、次第に定型 化し、従って、会報への報告文も定型化してしまい ます。平成16年の同期生会の要点は次の通りです。 時 4月10日(土)正午∼午後3時 所 小山台会館中ホール 会費 7,000円 参加者 47人 講演 角田謙二君 「癌とアガリスク─私の体験から」 今年の同期会で特筆しなければならないのは、卒 業60周年記念文集の発行です。昨年が卒業60周年に 当るので、もう一度記念文集を出そうということで、 編集委員は、50周年記念文集の時と同じ原田亮一君 を中心に岡林・羽鳥・原田明君等が担当してくれま した。50周年文集から10年しか経っていませんでし たが、50人を超える寄稿が得られ、原田亮一編集委 員長の獅子奮迅の活躍によって、予定通り発行出来 ました。同期会出席者には当日配布、欠席者には後 日郵送しました。発行の為の資金は、会の保有する 積立金を充てました。 因に、会の現在員は141人、物故者110人、消息不 明者3人です。 太平洋戦争開戦の年の春入校、終戦の年の春卒業 ……我等19回生の中学生活は戦争とピッタリ重なっ た4年間だった。 戦時特例により修業年限は4年に短縮されしかも 4年生の6月以降は学窓を離れ、勤労動員として軍 需工場に出動、兵器・軍需設備等の生産に明け暮れ た。実質3年数ヵ月の短い学業生活だった。中には 3年終了と同時に一足先に予科練(海軍甲種飛行予 科練習生)や特幹(陸軍特別幹部候補生)に身を投 じた仲間も少なくない。 短かった中学生活への心残り・郷愁はそれだけに 回帰心が強く、1995年3月25日の卒業50周年記念大 会には100名を超す恩師や旧友が参集、以後毎年70名 前後の同期生達が、時には遠く北海道、九州から馳 せ参じて交歓の杯を交わしている。 50周年記念大会を契機に同期会の名称を「篤友会」 と制定、後述する記念誌、年会報告の誌名に「篤友」 を冠した。字義的には、「懇篤な友誼」、音声的には 十九回に因む「トク」、字構的には「竹馬の友」に由 来する。 広報活動も活発だ。50周年記念大会に際し、「篤友」 と題して180余頁に及ぶ記念誌を発行、これを契機に 以後毎年100頁余の年会報を発刊して相互の情報交換 の場としている。 篤友会活動は年1回の大会に止まらない。略、1 年おきに大会に附随してギャラリーを併催、絵画、 筆墨、写真、工芸品等、趣味豊かな会員達の日頃の 力作を展示、披露している。 更に地域交流会や、旅行・山行会、ゴルフ・囲碁 等の趣味同好会等、ミニ篤友会活動も活発である。 来年は卒業60周年。また篤友会も発足から数えて 丁度10年目。更に世間的には、大半の会員が「喜寿」 を迎える。篤友会員として色々な意味で大きな、そ して恐らくは最後となろうワンチャンスの節目を迎え る年だ。 篤友会をここまで充実した会に成長させた原動力 は何といっても会員一人一人の会に対する愛情と熱 意に外ならない。来年は生涯心に残る意義深い総会 にすべく倍旧の御協力を菊桜会報紙上をお借りして、 今から懇請する次第である。持田 巽
(中16回) 中 学アンシャン レジーム
(八中16回生の会)
小介川 光之
(中19回) 中 学篤友会
(中19回)
報告
昭和19年都立八中入学、23年八中4年修了、25年 都立小山台高校(高2回)卒業、同期間内に一時在 籍された方々の同期会(八高会)及び八高会メンバ ー各位が余暇を愉しんでいる趣味等の作品披露を下 記により開催しますので、奮って出品、同期会への 出席お願いします。 ◇日時:平成16年10月19日(火)午後1時∼4時 ◇場所:小山台会館地下1階談話室(パーティ会場) 1階ホール(いきいき展<趣味の作品展>) ◇会費:6,000円 ◇作品:絵画、書、写真、工芸、著書、余暇を愉し んでおられる情景写真等 ◇連絡:太田秀一 TEL / FAX 048−685−0300 〒337−0015さいたま市見沼区蓮沼1250−8−101 ☆当日、「いきいき展」(午後1時∼4時)同期生以 外の方の見学大歓迎!太田 秀一
(高2回) 高 校八高会(同期会)
いきいき展同時開催のご案内
本年6月19日(土)午後2時から、小山台会館にお いて、第22回高八会を開催した。参加者は90名、ご 出席いただいた先生は、三橋、園田、鈴木、八乙女、 井沢の諸先生であった。今やどちらが先生でどちら が生徒か、その区別が難しくなりつつある。 私どもの自慢は、昭和58年(1983年)に第1回を 開催して以来、一度も欠かさず、毎年この会を続け ていることだ。こうしたことが可能なのも、総勢50 名の幹事が準備のために集まる労をいとわないから だろう。また集った仲間との語らいが半世紀の時空 を超えて、楽しくはずむからであろう。 毎年行っている仲間による卓話は、今回は、杉村 崇明元鹿児島大学教授による「鳥インフルエンザ、 BSE」であった。鶏肉や牛肉を食べても、もう 我々は大丈夫のようである。 高校時代の仲間の良い所は、その後の進路が多彩 なことだ。高八会も実にさまざまな経歴の持主がい て、卓話の講師に事欠くことはない。あと何年続け られるか判らないが、参加者の元気な姿を見ると、 まだまだ可成り続けられそうだ。なお二次会は、近 くの「丸太小屋」。オーナーのご好意で、いつもは休 みの土曜日だが、店を開けて貰っている。夜更けま で、歓を尽くす語らいが続いている。 高10回生同期会は既に1987年花山(大手町)、1992、 96年銀座東急ホテル、2000年小山台会館で開かれて いる。今回はE∼H組幹事が担当して、4月10日、 NEC芝倶楽部で開かれた。前回から行われている同 期生の講演会を再度行う他、新たにスライド上映と BGMを企画した。講演では、テーマ“過去・現在・ 未来”を設定しその中で小山台高校は何だったのか、 を話してもらった。①布施守敏君「ニュータウンづ くりに携って─東京のうつりかわり」②水嶋勝美君 「小山台高校と野球と甲子園」③西尾直毅君「この歳 になって、特殊法人の民営化プロジェクトに狩り出 されるなんて…」④山口五郎君「『食』を通じての第 二の人生」だが、レベルの高い話から充実した人生 と現在の余力を感じさせた。小山台高校での生活は それらの引き金になったこともうかがえた。1950年 代は社会全体が貧しかったが、その中であらゆる面 に意欲が感じられる時代だった。布施君から建築に 進み高度成長期に入り文字通りその面で我が国の屋 台骨を支えたこと、水嶋君から野球ひと筋の人生に あって甲子園の土を浜松工業高校部長として踏んだ こと、西尾君から民間企業を定年後特殊法人に招か れ組織の違いを体験中であること、山口君から物の なかった時代に如何にうまい物を食するかを探求し た原点をもち今趣味が高じて仕事になっていること が話された。この人生の多様性、それぞれ一流の人 生を送っていることは当時の小山台高校を表してい るだろう。三橋力先生と榎木繁男先生のお話は変わ らぬお人柄、生徒への思いやりに溢れたものだった。 欠席の通知を頂いた塩野入啓晃先生、瀬戸規矩夫先 生、青木木菟哉先生、小林年子先生、井沢弘児先生 と共に今後のご健康を祈りたい。幹事は、1950年代 にタイムスリップできるように当時の写真をスライド 上映し流行の音楽をBGMとした。3時間の時間が短 く感じられる程盛り上がったことは、この雰囲気の 中で当時の小山台高校の思い出に浸ることができ、 また改めて高校と同期生の素晴らしさを認識したた めだろう。出席者の男女を問わぬ“いい面構え”も 印象に残ったが、その原石がその後の人生の中で精 錬研磨されたのだろう。幹事にとってこの会が、皆 さんのこれからの人生での発憤の機会となればこの上 ない幸いである。 同期生400名中住所判明75%、案内の回収77%。 出席者:A組12名、B組10名、C組21名、D組19名、 E組15名、F組14名、G組15名、H組10名、 計116名。 幹事 E:仁保正和・三瓶千恵子 F:秦克彦・結城智子 G:広瀬明彦・山口五郎・堤紀江 H:藤村章一郎・槙田光江
鈴木 弘喜
(高8回) 高 校第22回 高八会開催
幹事仁保 正和
(高10回) 高 校高10回生 同期会開催
平成16年6月27日(日)午後1時より小山台会館に て高校四回生同期会の第12期総会が開催された。参 加49名。総会は2年に一度の開催で、これに毎年の 忘年懇親会や同好会、会報や住所録の発行などと併 せ、同期会活動は20数年に及ぶこととなる。 総会は物故者への黙祷に始まり、一般報告、会計 報告、役員選出等諸案件が審議可決された。 今総会の特徴的なことは次の三点。 ①全員古希に達したこともあり、今回初めて昼間の 開催とした。従来はウィークデイの夜の開催であ ったが、今後は休日の昼間の開催の方向である。 ②順調な会費収入と経費削減(会報、住所録は自己 出版)による繰越金を、可能な範囲で懇親会費用 等に還元する方向が示された。 ③総会や懇親会の開催、会報や住所録の発行等、同 期会を組織的に運営するのは、先輩方の例を見て も80歳まで、つまりあと10年が一応の区切りでは なかろうか、という見通しが示された。因みに、 高四会報は創刊が昭和58年、既に21号を数え、本 年度の主要掲載記事は、近況報告80編、自由原稿 随筆8編、追悼文4編、詩1編、最後に詳細な同 期会日誌が加えられている。また住所録の発行は 隔年である。 さて総会は30分ピタリで終了、続いての懇親会で は、10周年を迎えた歩こう会(毎月開催)、更に古い 歴史のある囲碁会やカラオケ会の活動報告が行われ た。初の昼間の懇親会はたっぷり用意された美酒美 肴と相俟って大いに盛り上り、次なる再会を約して 健康第一の一本締めでお開きとなった。玉川 正則
(高4回) 高 校高四回 第12期総会
23年目に入った同期会活動
高校6回卒のG組は毎年秋に継続してクラス会を開 いているが、この程クラス結成後50年を記念して有 志がローマに遠征し海外でのクラス会を開いた。 海外勤務の長かった同級生の新井範武君が退職後 も現地に居住しており、日本から奥方3名を含め11 名がローマ郊外の新井邸を訪ねて旧交を暖めた。新 井君とは殆どの人が50年振りの再会であったが、メ ンバー一同昔に戻って和気藹々と懇談し、新井夫妻 心づくしのバーベキューや山崎夫妻のピアノ連弾な ど、底抜けに明るい初夏のイタリヤを堪能した。 帰国前夜にはローマ市内下町のラファエロゆかり のレストランで再度邂逅し地酒のワインを痛飲し深 夜まで別れを惜しんだ。 参加者 3G 木下(夫妻)、島田、角田、中岡、 三浦、矢野(夫妻)、山崎(夫妻)、西島:以上日本か ら遠征。新井(夫妻):現地参加。 2003年6月(記録:角田) 以上に関する問い合わせは: 角田勝彦(高6回) 03−3410−2103 メール:[email protected]角田 勝彦
(高6回) 高 校高6回G組
ローマでクラス会を開催
サ ー ク ル
偶然の出逢いから、平成9年に誕生致しました本 会も今年で9回目を開催出来るまでに成長し、年に 1回の集いも毎回盛会に行なわれております。「皆で 気楽に集まって、話に花を咲かせよう。」と小山台高 校出身の方々に声をかけております。 まず最初は湘南の藤沢、鎌倉、茅ヶ崎、逗子の4 市に在住の小山台高校卒業生から始まり、今ではこ の4市に加えて、平塚、綾瀬、大和、各市と寒川町 へと徐々に地域を広げて居ります。何しろ、通信資 金不如意故に、この地の広範囲の、すべての年代層 の小山台高校出身の方々に「湘南小山台会」のお知 らせをすることが出来ませんが、この会への参加は 大歓迎ですので、お住居は何処であれ、是非、気楽 に、ご参加いただきたく、この紙面をお借りしてお 知らせ致します。 毎回、幅広い年代層の方々が、小山台高校出身と 言う、その唯一共通点のみで集い、その故か(?) 話題も盛り上がり、毎回40名余の参加者ですが、2 時間の総会だけでは物足りず、昨年などは、参加者 のうちのほとんどの方が二次会へ同道、カラオケの 大部屋で再度盛り上がり、楽しまれました。 又、最近は、同好会も出来、「ゴルフの会」、「里山 会(鎌倉散策など)」、「テニス同好会」、「マージャン 同好会」、「女性の集い〔フェスティナ・レンテ〕」な どなど、各々活躍しております。 2004年の「湘南小山台会」は 9月25日(土)pm3:00∼5:00 ポルトヴィーノ(藤沢駅そば) にて開催致します。 幹事は以下に記します。 会長:後藤眞治 副会長:浅沼広毅、兒玉玲子 幹事:石井佳須美(事務局)、松井、川村、小林、 平井、岡崎、清水、海老根、村田、川口、安藤 問い合わせ先 0466−29−5755(海老根事務所内) 又は 兒玉玲子 Tel. 0467-32-2509 Fax. 0467-32-4158 陸上競技班OB/OG会は菊桜会に因んで菊桜クラブ と称している。会員数は中学1回から高校56回まで 約520名である。 菊桜クラブの年中行事(年間4回)についてお知 らせいたします。 新年会を2月第1週の土曜日に開催。1月は何か と忙しいだろうという配慮から、2月始に開くこと としている。今年は2月14日(準備の都合で第2週 となった)に開催。26名が参加。例年高5,6,7回生 が多数参加するが、今年は高20回代が多く参加した。 中学の卒業生は千野先輩(19回)が今年も参加。若い 世代にもっと参加して欲しいのだが、残念ながら参 加してもらえない。今後の課題ではある。 現役時代のエピソードとして、犬塚先輩(高7回) から楽しいお話が披露された。駅伝大会に一人で全 区間走ったとのこと。当日は雪混じりの悪天候で、 大会は中止になるかもしれない程であった。1区を 走り終わって、中継点へ来たが、次走者はいない。 3区へ来ても、いない。4区、5区にも誰もいない。 とうとう全区間一人で走ってしまったとのこと。天 気が悪く会場へ行ったのは自分一人だったとのこと。 3月には3年生を送る会を開催。昔は1・2年生が 3年生を送る会を主催していたが、いつの頃からか、 菊桜クラブが主催するようになった。小山台記録を 更新した3年生に記録更新を称え、トロフィーを贈 呈。現役とOBが顔を合わせる数少ない機会である。 8月はOB戦を催す。OBと現役との戦いである。 昔はOBも卒業したての若いのが参加。現役と互角あ るいはそれ以上で、現役を負かしたこともあった。 当時顧問の榎木先生は分が悪い方に出場し、時には 現役に与して走り高跳びに出場し、現役を勝たせた こともあったと、昔を懐かしんで思い出話をされる。 最近はOBの参加が少なく戦いができなくなる。現 役・OBの合同記録会へと形を変えている。ここで出 した記録は公式なものと認められる。 OB戦終了後、場所を小山台会館に移して総会を開 催。OB戦に出場した者はもちろんのこと、総会だけ の出席者も時間までに集まってくる。総会は菊桜ク ラブの活動報告と会計報告及び現役の活動状況など を幹事から説明して、その後は懇親会となる。毎年 30名ほどが出席するが、総会も若手の出席が少ない のが淋しい。顧問の先生も出席し、昔懐かしい話や、 現役の活躍振りなどに話が及んだり、時間の経つの を忘れさせてくれる。 菊桜クラブが永遠に続く為には若い人達が今後ど れだけ参加、出席してくれるかが、鍵になる。若手 の積極的な参加を期待している。 6月4日朝、羽田空港に男女8人が集合した。今 年の一七会旅行の始まりである。傍から見れば50代 半ばを過ぎたおじさん、おばさんの集団であるが本 人たちは高校時代の修学旅行に出かける気分で静か に興奮している。 宮崎空港からレンタカーに乗って出発。車内はす でに昼食をどこにするかの議論で盛り上がっている。 この日は高千穂峡に遊び、宿をとる。夜は高千穂神 社で高千穂神楽の鑑賞。本番の全33番のうち、「手力 雄」「鈿女」「戸取り」と男女の夫婦神(イザナギ& イザナミ)が登場する「御神体」の4番を約1時間 で上演しているが「御神体」は夫婦の情愛を表現し た舞と二つの面の表情が実に秀逸で,時間の経つの も忘れるほどであった。 2日目は天岩戸神社のお参りに始まり、宮崎県か ら大分県へ北上し、「荒城の月」の岡城址から臼杵の 磨崖仏をめぐり、湯布院で宿泊の予定。 臼杵の磨崖仏は町の歴史遺産として大切に保存、 修復、整備がなされており、往時の威容を取り戻し たかのようである。私たちがお願いしたボランティア の無料ガイドは熱をこめて語りながら、由来、修復 の現状などをていねいに説明してくれた。このガイド の「最近は修学旅行の生徒がほとんど来なくなった」 ということばが印象に残った。 3日目は途中「国道○○号線」と言いつつ、乗用 車がやっとすれ違えるほどの幅員の山道を半信半疑 ながら、カーナビと地図を頼りに、深耶馬溪の「一 目八景」を見て、さらに下り、青の洞門で禅海和尚 の偉業をしのびながら、この旅の大目的、宇佐八幡 宮へ。広大な神宮を歩きながら、今回の旅の無事に 感謝した。その後国東の霊場巡り札所の一つ富貴寺 を訪れ、今回の旅を無事に締めくくった。 一七会では,旅行会のほかに同期生有志で忘年会、 新年会等を開いているが、これらへの参加者も次第 に増えており、今年の新年会には予定を越えて50名 近くが集まった。来年は卒業40周年になり、記念の 同期会も予定している。木内 清一
(高17回)一七会
高千穂・宇佐八幡宮への旅
埼玉菊桜会は、県内に在住、在勤の同窓生及び県 外でも入会希望の方を対象とし、平成13年5月9日 5名からスタートしました。徐々に懇親の輪を広げ ようということで、年2回程度菊桜会を開催し現在 会員は11名。とても家族的な楽しい集いです。その 都度世話人が趣向を替えて会場を設営しますので、 それも楽しみの一つです。参加をお待ちしておりま す。 世話人 ☆佐々木 世紀子(高12回) 電話:048−734−5082 住所:〒344-0023 春日部市大枝89武里団地9−4−509 ☆佐藤 秀樹(高29回) 電話:048−737−7231 住所:〒344-0025 春日部市増田新田413−9 (写真は、平成15年12月11日開催された第5回会合時のもの) 出席者 8名 太田 秀一(高2回)、渡辺 博司・大久保 美奈子・大山 美子・ 佐々木世紀子(高12回) 浜武 京子(高12回)、黒川 泰一・佐藤 秀樹(高29回) (文中敬称略)埼玉菊桜会の和
太田 秀一
(高2回)湘南小山台会
会長後藤 眞治
(高10回)菊桜クラブ
会長織本 聡
(高17回)2000年に発足した、我々「八中最後の高4回生の 中学F組クラス会」のメンバーを中心に、高4回同期 生の有志を加えた「同好会活動」については、2001 年の会報にてご報告したが、その後も積極的に活動 し、行事開催回数は延べ100回を超え、参加者も延べ 1000名を突破している。 「同好会のクラブ」としては、 1.「自然と歴史と写真の会」 イ.「都内歴史散歩」 ロ.「近郊自然探索」 2.「パソコンクラブ」 3.「音楽鑑賞の会」 4.「ゴルフを楽しむ会」 上記「4クラブ」で、会員各人が、現在までに修 得した「知識・技術・技能」等を互いに教え合い、 共有化し「老後の生活をより有意義にしていこう」 という同好会設立目的に沿った活動となっている。 2∼3年前、福田幹事長が『70歳になったら「古 稀記念作品展示会」をやりたいね』とつぶやいた。 『「絵画・写真」等、発表出来る作品を持っている連 中が結構いるんじゃないか?』という訳で「同好会 総会/会報」で会員諸兄に呼びかけたが、反応はい まひとつ。「一般の展覧会場は高いし、何とか金をか けないで…」とアンテナを張っていたところ、低額 の料金で借用できる会場・「世田谷区市民活動支援 コーナー」が三軒茶屋のキャロットタワーにあること を昨年2月に知り早速「会員登録」。大多数の会員が 「古稀」を迎える2003年中の開催を決意。「会場は確 保出来たし、あとは出品作品の準備を…」と改めて 会員諸兄に呼びかけたところ、「絵画/松原脩治」 「陶芸/浅見秀司・小川惣一郎」「写真/久保 敏/ 福田京一」「写俳/高木義夫」「著作物(江戸・東京 百名山を行く)の反響/手島宗太郎」「面白アルバ ム/高木義夫」「古稀年表(我々古稀仲間の歩んだ時 代をパソコンのエクセルの活用例として作成)/渡 辺俊男」と変化に富んだ出展候補作品が出揃った。 「作品の飾り 付け、会場の 装飾等も安く 上 げ よ う ! 」 と「100円ショ ップ商品」を 活用。「絵画」 「陶芸」等の表 示は「卓上に 塩・胡椒を置 くコースター にワープロで の文字を貼る。 「テーブルクロ スは紅白のハ ギレ」。その結 果「会場費を 含めて約2万 円」と、年金 生活者として も可能な形で、 12月中旬に4 日間の「古稀 記念作品展示 会」を実現。 併せて、展覧会場に隣接するスペースで「パソコ ンクラブ主催・パソコン基礎コース」を開催。この ことを「朝日新聞記者の知人」に話したところ「取 材に行きます」ということになり「12月24日・朝 刊・東京版」に「小山台高校OB・クラス会仲間で同 好会活動・古稀記念して作品展」の見出しで大きく 掲載され、我々同好会メンバー、びっくりするやら 嬉しいやら…。 「同好会活動は75歳まで頑張ろう!」を合言葉に、 前向きな年金生活を楽しんでおります。 私ども小山台吹奏楽団は、毎年6月に行われる定 期演奏会を中心に音楽活動を続けております。メン バーは今年卒業したてのフレッシュマン(高57回)か ら大ベテラン(高22回)まで、幅広い年齢層の吹奏楽 班OB/OGによって構成されています。また昨年よ り、指揮者の橋本久喜氏に指導をいただき、音楽を 楽しみながら活動を行っております。 さて、先日6月27日に第22同定期演奏会を大井町 「きゅりあん」にて行いました。菊桜会/偲桜会から も多くの方にご来場いただきました。この場を借り て御礼申し上げます。 今回は管弦楽の名曲を中心に、最近の吹奏楽作品、 ポップスまで幅広いジャンルの音楽を演奏いたしまし た。中でも、ポップスや映画音楽を中心に演奏した 第2部では、「ゴジラ」「踊る大捜査線」などの映画 音楽やTVでもおなじみの曲が多く、第2部全体をひ とつのニュース番組という形式にする、という演出 でお送りしました。演奏もさることながら、CMあり、 天気予報あり、アナウンサーの名調子(?)も飛び出 すなど、工夫を凝らした演出にご好評をいただきま した。 第3部ではドビュッシーの「海」を中心にシャブ リエの「狂詩曲『スペイン』」、「フィンランディア」 と管弦楽の名曲をお送りしました。どの曲も熱のこ もった演奏をすることができ、「海」やアンコールの 演奏のあとに客席から「ブラボー!」の掛け声が聞 かれるなど、演奏会は盛況のうちに終わることがで きました。 これからも小山台吹奏楽団では定期演奏会を含め、 さまざまな演奏活動を行って参ります。今後とも私 たち小山台吹奏楽団に暖かいご支援をいただきたく、 よろしくお願いいたします。演奏会場で皆様にお会 いできることを心から楽しみにしております。 私たちの今後の演奏活動に関するお問い合わせや、 同期会等での演奏のご依頼などに関しては右記まで お気軽にお問い合わせください。 小山台吹奏楽団・団長:中村 修(高22回) お問い合わせ先: 〒142-0042 東京都品川区豊町6−14−6 小山台吹奏楽団・広報部 谷 秀幸 電話・FAX:03−3788−5685(広報部・谷) E-mail:[email protected] 八中・小山台卒業の美術愛好家の会です。年1回 の展覧会を重ねて今年の5月には第21回を開催しま した。場所は例年銀座のど真ん中にある大黒屋ギャ ラリー(4丁目鳩居堂となり)です。銀ブラの途中 で看板が目に入り立ち寄る同窓生もいます。 今年の出展者で一番の先輩は中6回年の小石四郎 元さん、以下中14,17回、高1,4,6,7,11,19回の 同窓生が参加しました。勤めをリタイアしてから始 めて、公募展など審査のある展覧会で活躍している 会員も沢山います。 作品は、油絵、水彩画、版画、貼り絵、焼き絵な どの平面作品に加えて彫塑、焼き物などの立体作品 も受け付けています。今年の立体作品は、北アルプ ス・上高地の立体地図模型(高4回卒、村田啓輔さ ん)でした。
小山台吹奏楽団
広報部谷 秀幸
(高51回)八台展のご紹介
岡野 寛
(高6回) 資 格:旧制八中、小山台高校の卒業生 会 期:平成17年5月17日(火)∼22日(日) 場 所:大黒屋ギャラリー7階 (銀座鳩居堂となり) 作 品:油絵、水彩画、版画などの平面作品、 および、縦・横30cm程度の立体作品 (彫塑・陶器など) 審 査:なし ※1名当たりの展示幅は約2m ◎ご希望の方は下記までご連絡ください。 岡野 寛(高6回) 〒143-0023 大田区山王2−7−40 e-mail [email protected]「中3F同好会・古稀記念作品展示会開催」
高木 義夫
(高4回) 次回は下記のように開催します。同窓生であれば どなたでも出展できます。作品の巧拙は問いません。 自由で暖かい雰囲気の八台展へ気楽に出展してみま せんか? 代表幹事:山本降太郎(中14回) 副代表幹事:萩原茂、山本衛(以上中17回)、 斉藤栄(高1回) 幹事:岡野寛(高6回)、太田行英(高7回)八台展出展のお誘い
昭和4年卒業の第2回生は、明治44年(1911年) 生れ、93才になりました。近況報告と申しましても、 同じ1911年生れのレーガン元大統領や、鈴木善幸元 首相のように死亡報告しかない情況です。 お互い87才迄は、原則年1回目黒駅に近い「香港 園」で同期会を開いて愉しい一日を過しましたし、 88才の「米寿」の記念には文集「回想・府立八中」 に22名が執筆するなど第2回生は、15年戦争と戦後 の経済大国現出の当事者としての逞しさがあったよ うです。 が、さすがに90才頃から出不精となり、会う機会 がなくなりました。年賀状と文通で健在の確認され ている方々は右記の通りです。 今井正男、上野寛、岸上勉、陸井次郎、井口昌亮、 酒井重雄、武山栄雄 尚15年の年賀状では、木村昌雄、田口武一のお二 人もご健在でした。 小生主催詩誌「SPIRAL LINE」第17号には、「御 殿場口か富士吉田口か」のエッセイを掲載、府立一 中の河田校長と府立八中の岡田校長との対照的な教 育方針を紹介しました。 彼は、海軍機関学校の入試に失敗した。生れて初 めての屈辱に、身をふるわせた。その後、目黒の藤 山図書館へ通う姿が見られた。 暗い1年。翌年は憧れの士官への道を開いた。海 軍中将の息子という七光りは、通用しないことを自 ら悟り、「甘えのない、真剣勝負」の人生観を展開し たのである。 大東亜戦争勃発、連合艦隊の巡洋艦は直ちに出動、 汗と油まみれになって兵員を指揮、北はアリューシ ャン列島、南はガタルカナル、ソロモン諸島、更に 西は印度洋、月月火水木金金、光輝ある帝国海軍の 真髄を発揮し、赫々たる武勲をたてた。 昭和19年10月比島沖海戦に出動、1万屯重巡洋艦 「鈴谷」に敵機来襲、遂に沈没。海上に浮き上った彼 の顔面を覆う重油が呼吸困難を来し、海中に潜り、 洗い流して呼吸する動作を繰り返して5時間、駆逐 艦「沖波」に救助され、死中に活を得たのである。 内地に帰還後、新任の鈴木貫太郎首相の降伏方針 に不満の青年士官4名と語らい、厚木航空隊と連繋 して、クーデターを決意した。 信頼する岡田海軍大将に直訴。その後海軍省に通 報されて、1名はレイテ島へ1名は稚内守備隊へ1 名は南支沿岸の舟山列島へ転属を命令され、彼はク ーデターで抹殺する一人、和平論の最右翼海軍大将 井上成美に身柄を預けられ、副官勤務となった。井 上大将は、彼を愛し、時局の重大性を説いたのであ る。斯くして、憂国の至情に燃えた、空前のクーデ ター決行の壮挙は中止されてしまった。 戦後は石川島重工業に入社、船舶エンジンの改良 に日進月歩、目を見張る程の実力を発揮、世界の石 川島に育て、常務取締役本部長となり、昭和57年 系列の石川島汎用機械株式会社代表取締役社長に就 任したのである。 功績により勲四等瑞宝章、従五位に叙せられた。 彼はドイツ製ライカカメラを愛用し、その作品は優 美、品格にすぐれ、名作の数々を残して、見るもの を楽しませる。 惜しい!国益の為に惜しい。平成8年7月27日、 あの輝く星へ旅立った。 しかし、しかし彼を育んでくれた、八中・小山台 高校、2万の同窓の皆さんが、此の一文を読んで語 りかけてくれる。 ─ よく やった! ─ 以て 冥すべきでしょう………。 献・ (作 中8 小林庸一) 四月八日、花祭りの日に、私は九十五歳となりま した。 皆様から「おめでとう」の祝福のお便りをたくさ ん戴きましたが、例によって自分は、歳の祝いに関 わりのない日々老いと戦っています。ただ、ちょう ど桜庭の季節に巡り合わせたのが嬉しいのです。 今年も、誰もいない近くの社や高校の庭に咲く桜 を、朝な夕なに散歩がてら眺めては、楽しい時間を 過ごしました。妻からは「よく精が出ますこと」な どとからかわれていますがね。 でも、残紅を惜しむのは、中国文学でも、国文学 でも古来よりの佳き習わしです。ですから、私もそ れに倣っているだけ。それにしても今年はなぜか、 幾度も出かけて残紅を、そして、逝く春を独りそっ と惜しみました。 ところで、歳の祝いに関してですが、椿寿という 飛び切りおめでたい言葉をご存じですか。もしよろ しければ、この中国の古い言葉─中国文学の昔に遊 びましょう。 「椿寿(ちんじゆ)」とは長寿・長命を意味します。椿 年(ちんねん)、椿齢(ちんれい)という言葉もあって、太 古にあった大木の名という説があります。 木の名前がなぜ長寿と関係があるのでしょう。 近頃、世の中には百歳とか百何歳とかいって騒ぎ ますので、この言葉がにわかに脚光を浴びてきたの でしょう。 実はこれ、中国の大昔の書物『荘子(そうじ)』の中 にあるのです。今から三千五百年以上と推定される 思想家の荘子(そうし)が書いたものです。彼は道家と 呼ばれる思想家、道教という思想を持った人ですね。 無為自然を尊び、物の区別を無視します。金持ちと か貧乏人、偉いとか偉くない、そうした俗世間の煩 わしい区別を無視してのんびり生きることを尊びまし た。その当時の人々もきっと生命に執着したのでし ょうね。幾つまでも生きようと願ったのでしょう。 七十歳を古稀、七十七歳を喜寿、八十歳を傘寿、八 十八歳を米寿、さらに九十歳なら卒寿で、九十九歳 なら白寿といったようにおめでたい言葉で年齢を表 現したことでも判ります。 荘子はそうした風潮をあざ笑って「昔はこんなに も長生きしたものがいるよ」といって、次のような 寓話を語りました。 「楚の南に冥霊(めいれい)なる者有り。五百歳を以て 春と為し、五百歳を以て秋と為す。上古大椿なる者 有り、八千歳を以て春と為し、八千歳を以て秋と為 す」 大昔、楚という国の南に冥霊と呼ばれる木があっ た。長寿の木で、一回の春が人間の世の五百年にあ たり、一回の秋が人間の世の五百年にあたる。超長 寿の木である。いや驚いちゃいけない。もっと長生 きする木がある。大椿(だいちん)という木だ。一回の 春が五千年、一回の秋が五千年という超超長寿の木 だ。というわけで、それに較べたら、といってさら に次のようにも語っています。 「朝菌(ちょうきん)は晦朔(かいさく)を知らず。 蛄 (けいこ)は春秋を知らず、此れ小年なり」 朝生えて晩に枯れるキノコは月の晦日(みそか)と朔 日(ついたち)を知ることなく、ナツセミ、ムギワラセ ミは春秋を知らないで生命を終える。みな短命であ る、といった意味です。 荘子は、人間がやれ九十歳まで生きたとか、百歳 まで生きたとかいって大騒ぎするのは、大自然の永 久さに較べればくだらないことだと嘲笑しているので す。この話から「椿寿(ちんじゅ)」という言葉が出た のです。しかも、荘子の話に人間が登場しません。 前述したように荘子はものの区別にとらわれない、 つまり、人間も木も何もかもみんな一緒だという考 え方によるものですね。要するに、人間がくだらな い差別感に縛られている愚かさを嘲笑っているので す。 このへんが中国文学の凄さというか、魅力です。 さて、我が家には「椿寿」と書かれた掛軸があり ます。家内の萩邨(しゅうそん)の筆になるものです。ど うせ長寿を祈るなら、皆様の超寿を祝ってのことで す。 「落葉松」2004年4月30日発行より抜粋