筑波フォーラム第60号
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(2) 日本語教育のあり方について−私が思うこと/工藤博幸. 20. 筑波大生の『国語力』の問題点について/石塚修. 24. 「感動した!」に感動する世の中,言わせる君たちが 言葉も駆使するプレイヤーであれば天下無敵/三木ひろみ. 28. きちんと書けるように,書きたいことが見つかるように /川晶子. 3 3. 留学生(非漢字圏)の日本語力はなぜあがらないか /シュテファン・カイザー. 37. 隣りの国へ留学/李東俊(イドンジュン). 42. 外国人児童生徒の学習参加を支える日本語能力/齋藤ひろみ. 45. タッチタイプ・ワープロ・電子辞書/武藤建一. 50. 携帯絵文字メールは日本語か/上北恭史. 54. 新聞記事と作文力/金子秀敏. 58. 共同規範性のゆらぎ/伊藤益. 63. . デザイン/笹本純(芸術学系) 本文カット/清水麻紀(芸術専門学群).
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(4) 電子・情報工学系助教授. 言語には『コミュニケーションの手. ぼ終了しているという理由であろうが,. 段』と『各国の文化・伝統・習慣などを. 日本語を自由自在に使いこなし上達する. 形成する基礎』という二つの異なる意味. には読み・書きに加えて自分の考えや意. がある。車の両輪のように両者のバラン. 見を整理して文章にしたり発表したりす. スがとれた教育が理想的な日本語教育で. る継続的な訓練が必要である。この最後. あると思う。このような観点から日本語. の部分が現在の日本語教育には大きく欠. 教育のあり方について私が思うことを述. けているように感じられる。私は共通一. べる。. 次試験が始まって間もなく大学受験を. 『コミュニケーションの手段』として. 行った世代だが,高校以降大学4年まで. の日本語教育は小学校や中学校では比較. 自分の考えや意見を文章にしたり発表し. 的上手く行われている。小学校や中学校. たりする機会はほとんど与えられなかっ. では字の読み方・書き方から始め,読書. た。そのような訓練ができていない状態. 感想文などの文章を作成したり自分の考. で大学4年になって数十ページの卒業論. えを発表する機会が十分に与えられてい. 文を書くことを強いられるのであるか. る。しかし,高校以降大学4年まで日本. ら,多くの学生が思ったように良い論文. 語教育に値するものは実質的にほとんど. が書けず指導教官が『最近の学生は文章. 行われていないに等しい。高校の現代国. を書くのが下手だ』と嘆くことになるの. 語は文章の背後に隠れている作者の考え. は当然である。しかし,大学院に進んで. や意図を問う内容がほとんどで,これは. セミナーなどを通して訓練を始めればや. 日本語教育とは異質のものであるように. はり日本人なのだから上達は早く,支離. 思う。字の読み・書きは中学校まででほ. 滅裂な文章を書いたり主語と述語が一致. 20.
(5) 特集 「日本語力を考える」. しない発表をしていた学生が二年後には. 悪いのかが分からなければ次回に直しよ. 無難にこなすようになる。これは,学生. うがない。. 自体は本質的に日本語の能力があるのに. さて,コミュニケーションの手段を教. 訓練不足がたたっているからであろう。. えるだけの日本語教育だけでは十分であ. 『もう少し早い時期から訓練を行ってい. ろうか。言語を単なるコミュニケーショ. れば』と毎年学位論文提出の時期になる. ンの手段と考えるのであれば,敬語の絶. 度に思う。そこで,高校から大学3年ま. 滅,画数の多い漢字の簡素化,英語をカ. での時期に自分の考えや意見を文章にし. タカナに直しただけの単語の使用,など. たり発表したりすることを継続的に行う. の日本語の簡素化や形のくずれが進み,. 教育を取り入れれば効果的であると思. 正しい日本語が使えない日本人が増えて. う。テーマは文化系・理科系の相違や各. くるのは当然である。また,日本語を自. 学類の専門性を考慮して学生が興味を持. 国の言語として誇りに思わない日本人が. てるようなものを選べばよい。例えば,. 増えてくるのも当然である。二人の知り. 私が教育を担当している情報学類では,. 合いのフランス人研究者に『何故フラン. 二年ほど前に学生が自分で選んだテーマ. ス人は英語を話すのを嫌がるのか』とい. についてプログラム作成や実験を行いレ. う質問をしたことがある。答えは『フラ. ポートにまとめ受講生全員の前で発表す. ンス語はフランスの文化であり誇りに. るという形式の『情報特別演習』という. 思っているからだ』という単純なもので. 科目を設置した。このような様々な工夫. あるが,同様な答えができる日本人はど. を高校や大学のカリキュラムに取り入れ. の程度いるのだろうか。そして,先に述. ていけば, 『コミュニケーションの手段』. べたような風潮が強くなれば『文化・伝. としての日本語能力の低下はかなり防げ. 統・習慣などを形成する基礎』という言. るのではないだろうか。また,添削など. 語の意味合いが薄れ,日本の文化・伝統・. の教官から学生へのフィードバックも重. 習慣に悪い意味での大きな変化を起こす. 要である。中学校までは先生が細部まで. ことも考えられる。皆が意味が通じるだ. 文章の添削をしてくれるが,高校以降で. けの最低限の日本語を使いその背後に文. はレポートや論文を提出してもコメント. 化や伝統が何も感じられない国は良い国. なしのものが返ってくる場合がほとんど. ではないであろう。そこで,日本語を自. である。学生側に立ってみると,どこが. 国の言語として誇りに思い大切にする風 21.
(6) 潮を生み出すような日本語教育をなるべ. る。. く早い時期から継続的に行うことが必要. 最後に,コンピュータの導入と日本語. であると思う。例えば,私がイメージと. 教育の関係について述べる。コンピュー. して抱いている具体的な案として以下の. タを用いた文書作成は便利なもので日本. ようなものがある。科目名を『日本語』. 語教育の一部として取り入れるべきであ. とする。内容としては,(1)言語学的に. ることは言うまでもなく,今後様々なソ. 見た日本語, (2)日本語と他国の言語の. フトウェアが開発され日本語の読み・書. 相違,(3)日本語の歴史,(4)詩・民話・. きに貢献していくこと間違いない。しか. 童話・古文・俳句などの日本語から生ま. し,読み・書きをコンピュータで行うよ. れた文化,などのあまり実用的でないこ. うになると,ユーザの日本語能力に何ら. とから, (1)文法や字の読み書き, (2). かの影響を与えるであろう。例えば,多. 敬語の使い方, (3)文章や手紙の書き. くの人が感じているように,漢字が書け. 方,(4)スピーチや挨拶の仕方,(5)書. なくなる,丁寧に字を書くのが億劫にな. 道や字の練習, (6)コンピュータなどの. る,便箋に手紙を書こうと思ったがなか. 情報機器による文書作成,などの実用的. なか上手く書けない,などの現象であ. なことまでを含めてよいであろう。これ. る。また,コンピュータは人間の作業を. らの内容を年齢に応じて振り分け継続的. 補助するという位置づけである筈なの. に日本語を教えるようにするのである。. に,『コンピュータが全部やってくれる. 上記の項目の幾つかは現在の教育にも取. から人間は漢字が書けなくとも手紙や挨. り入れられているが,様々な日本語に関. 拶状のフォーマットが分からなくともよ. 連するものを『日本語』を前面に出して. い』などの奇妙な風潮が出てくることも. 体系的に教えることで日本語に関する従. 危惧される。コンピュータが導入されて. 来とは異なる価値観が生まれてくること. 数十年の間は人間の日本語能力にどのよ. が期待できる。例えば,日本語は外国語. うな変化があるかを追跡し,人間の日本. と対等以上の存在であるという意識や誇. 語能力が低下しないように定期的に日本. りを生み出すであろう。また,この科目. 語教育に軌道修正を施していく必要があ. は,文章を読んでその背後に隠れている. ると思う。コンピュータを教える情報学. 作者の考えや意図を問う文章読解的な内. 類の教官としては,上述のコンピュータ. 容の『国語』とは別の科目とすべきであ. の短所が適切な日本語教育により補われ. 22.
(7) 特集 「日本語力を考える」. コンピュータの長所のみが生き残ること. 最近の学生の日本語能力の低下であろ. を願う。. う。症状が軽い今のうちに何らかの手を. 英語教育の重要性や改善に関する議論. 打てばまだ回復可能なはずである。筑波. は多く行われ成果を挙げ,実際に英語教. 大学は,総合科目の導入や共通科目情報. 育は昔と比較して驚くほど盛んになり質. 処理のいち早い導入など基礎教育のあり. も着実に向上している。しかし,本文を. 方について手本を示した大きな実績があ. 執筆するにあたりインターネットを調べ. り,日本語教育のあり方についても筑波. てみたが,日本語教育に関する議論は留. 大学が主導で何か貢献できるのではと大. 学生などの外国人を対象としたもの以外. きな期待を抱いている。. ほとんど行われていないようである。そ.
(8) . れが具体的な症状として現れてきたのが. 23.
(9) 文芸・言語学系講師. . た結果からは,多くとも約40−30%程度. 筑波大生の「国語力」はどの程度かと. であると推測している。しかもこの数値. いう問題を,客観的データに基づき分析. は私の着任以来5年間,確実に低下して. して述べることは難しい。そのための経. きてもいる。学生宿舎での新聞購読率を. 費や労力は,到底一個人で賄えるもので. 調査すれば,より精密なデータをとるこ. はないからである。また,そもそも「国. とは可能であろう。新聞を購読していて. 語力」とは何かという明確な定義づけな. も,テレビ欄程度しか読まない学生もい. しに,その調査項目すら作成できまい。. るから,実際に新聞をきちんと「読んで. ただし「国語力」を,少なくとも「読. いる」率を,調査するのは難しいかもし. むこと」「書くこと」 「話すこと・聞くこ. れない。. と」の3領域として述べることは可能だ. ひと昔前は「新聞が読める」というの. ろう。今回は,毎年約500人の学生に共. が,「読 む」力 の 社 会 的 基 準 の 一 つ で. 通科目等「国語」を講義をする中で,私. あった。現代において,それがどの程度. なりに観察してきた彼らのその範囲での. 「学力」の基準になるのか疑問だという. 「国語力」の実態を報告し,課題への回. 見解もあろう。テレビやインターネット. 答としたい。. を利用して情報を的確に「読み」,そし て処理できれば新聞など「読む」必要も. . ないとする考えも,確かに肯ける。. 筑波大生の新聞購読率が,現在どの程. だが,私が問題としたいのは,新聞を. 度であるか厳密に調査した教員はいるだ. 購読しない理由が, 「お金がもったいな. ろうか。私が講義の中で挙手により尋ね. い」とする学生が多い点である。 「情報」. 24.
(10) 特集 「日本語力を考える」. は我々が意図的に入手し自己内に取り入. 見て示したいと考えている。. れて,初めて「情報」となりえる。つま. 新聞すら満足に「読め」ない学生が,. り,新聞を「読む」ことに投資を惜しむ. 新聞以上の語彙で「書か」れている学術. と言うことは,もしかすると筑波大生が. 的著述やそれに準ずる文章を「書ける」. 真の意味での「知的好奇心」を放棄して. かといえば,それは無理な話であろう。. いることに繋がっているのではないかと. 新聞こそ読んでいないが,学生たちは. 考えるのである。彼らが新聞購読料を惜. 主体的に何かを「読み」,自分の「こと. しんでいても,「好奇心」を持って他の. ば」の育成に励んでいるはずだという反. メ デ ィ ア を 駆 使 し て「情 報」に 接 し,. 論を持った方もいよう。その方は,ぜひ. 様々な社会のことがらへの関心を持ち,. とも講義中に「何でもいいからカバンか. 思索をめぐらしてくれてさえいれば何ら. ら教科書以外で持ち合わせている書物を. 問題はない。しかし講義中に,新聞に書. 出せ」と言って調べられるとよい。教員. かれている程度の社会的話題を提示して. が学生のとき「読み」親しんできた,典. も,狐につままれたごとくになる彼らの. 型的な学術的入門書としての「新書」 「文. 姿を見ると,どうも「知的好奇心」が横. 庫」の類を持ち合わせている学生は,お. 溢しているとは思えないのである。. そらく1 0人中1人か2人であろう。課題. たとえば,あるクラスで,新聞で最近. で出されれば「読む」が,自主的にとな. よ く 話 題 に な っ て い る「」「」. ると壊滅的なのである。さらに,そのこ. 「」「 」「」の略号の意味を. とをとがめると,きまって「何かいい本. 質問したところ,全問答えられたのは. を紹介してくれ」とせがむだろうことも. 12 0名中10名のみであった。理系の学生. 予測の中に付け加えておく。. にいたっては1問も回答できない者もい. 一見盛んに活用していると見せかけて. たのである。. いる 媒体は,「ケータイ」という「オ. これは ・スノーが「二つの文化と科. トモダチ」関係維持装置や という玩. 学革命」(1959)で指摘した「教養の分. 具に他ならないのである。それは,講義. 裂」を示している。今年度の「国語Ⅰ」. 中に机の下でうごめく彼らの手の動きの. では試みに,文理系「教養」の基礎知識. 激しさを注意深く観察されている方に. 問題を25問作りマークシート調査を実施. は,充分すぎるほどお分かりだと思う。. してみたので,その結果もいずれ機会を. 「こ と ば」を「読 む」 「書 く」以 前 に 25.
(11) 「ことば」にたいする好奇心がない。そ. えないのである。. の実態は物理学者の本間三郎氏が言う, 科学に必要な「分析・統一・法則化とい. . うのは言葉があって初めて可能である」. 筑波大学は学舎がオープンである反. (讀賣新聞2000. 5 . 3 )という点において,. 面,どこか人間関係が作りにくい面があ. 「科学」にたいする基本的姿勢の欠如と. るのも事実である。ことに研究室という. も連結するといえる。. 「共同体」がない文系は,異世代が共に. 彼らの「ことば」への関心は「オトモ. 「暮らす」環境からほど遠い。そのため. ダチ」による「ウワサ」であり, 「アノ. か「ヌー・バサッ・スー族」の出現率も. 人 ッ テ ∼ ラ シ イ」と 言 わ れ る 不 安 を. 高いようである。 「ヌー」族とは,国語. 「ケータイ」を駆使して懸命に解消して. 学者菊池康人氏の,一言も発せずレポー. い る に 過 ぎ な い。そ の「根 拠」を 訊 く. トを置いていくような東大生への命名で. と,およそ挙げられるのは「トモダチ」 ・. ある。. 「センパイ」なるきわめて曖昧な存在な. わが学系室でも,いい年をしてときお. のである。. り「ボーッ」と立っている学生を見かけ. 私が講義で,執拗なまでに彼らに「根. る。仕事をしている事務官に向かって何. 拠」の「明示」を求めるのは,そうした. と話しかけて良いのかがわからないよう. 「ラシイ族」の追放こそが,彼らを大学. である。私の研究室にも,時にコートも. 教育を受けた知識人・教養人としての第. 脱がずに飛び込んできて自分の用件だけ. 一歩を歩ませることになると痛切に感じ. をしゃべりまくり,いい加減言わせたと. ているからである。雪博士の中谷宇吉郎. ころで,こちらに「君は誰?」と切り返. の随筆「駅の一夜」 (1946)に描かれて. され,はいそれまでという学生もいる。. いる,戦時中の片田舎にあっても篤実に. もしかして,彼らに若いのだから「無. 「好奇心」を保ち続けようとした「教養. 礼」でいいのだとか,大学は民主的学問. 人」の再生なくしては,今日の「高学歴. の場だから皆「オトモダチ」でいいとい. 無教養社会」からの脱却はなしえまい。. う風潮が蔓延しているとしたら,その責. 「スキル」習得の以前に「知的好奇心」. 任は「教育」する側にあると言えはしな. こそを涵養しなくては,「国語力」どこ. いだろうか。学生に「話す」力を期待す. ろか「学力」のそのものの獲得などあり. る以前に,大学が社会人になるための. 26.
(12) 特集 「日本語力を考える」. 「教育」を施さなくては,彼らが持ち得. 社会に通じる「ことば」の力があると. ていないのも無理はないのかもしれな. は,まず社会に通じる「人間」の力が身. い。大人になると言うことは,「場」に. についていることでもある。私はせめて. 「似つかわしい」言語活動ができるよう. 講義の始まりに,先ずいずまいを正して. になることと同義である。「話す」力と. 学生に「挨拶」し,彼らにそれを気づか. は,日常生活で「話せる」ことで事足れ. せようとしているものの,なかなか道は. りではない。「場」に応じた語彙を的確. 険しい。. に選択して,相手に自分の考えを「話せ る」ことが大切なのである。私の周辺で. . も「大学の先生のくせに挨拶一つ満足に. 大学での「ことばの教育」と言うと,. 言えない」という陰口をよく耳にするこ. 外国語教育にばかり目が向きがちであ. とからも,そのことは解る。. る。国際化した学術世界で,その運用能. 筑波大学では,環境の点からも社会で. 力が求められるのは至極当然のことであ. 求められる「話す」力の育成をするに. る。しかし,学問における発見や創造. は,教官と学生が意識的に「場」づくり. は,まず「自分のことば」によって「考. を行わなくてはなるまい。そしてその. えられ」「書け」 「話せ」るべきでなかろ. 「場」には,落語の「小言幸兵衛」のよ. うか。. うに口やかましく若者に言い聞かせる年. 白川英樹博士は「セレンディピティ. 長者・異世代代表者に徹する人がいるこ. ( . )<偶然からものをうまく見. とも求められるのである。 「社会と連携. つけだす能力>」には,「偶然に出会っ. する教育」は,学問の面からだけでなく. た人が新鮮な好奇心や深い認知力と洞察. 生活の面からも見直す必要がありそうで. 力などに富んでいることは不可欠」だと. ある。. 説く。私は,学生にそうした能力を身に. 異世代との交流を厭う学生たちと教員. つけさせるため,たんなる「日本語」の. があえて交わり,しかも小言まで言うの. 知識にどまらず,発想のための「こと. はまことに骨の折れることである。ただ. ば」となる「国語」を講義するよう努め. そうした教員の覚悟もなくては,彼らに. ているつもりである。. 「話す」力を養成することは難しいかも.
(13) . 知れない。 27.
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(17) 体育科学系講師. この原稿を依頼されてから,日本語能. あいさつ,アイコンタクト,うなずき等. 力に関する論述を新聞や雑誌でよく目に. も,ある程度意識的に練習すべきであ. するようになった。妊娠中にも同じよう. り,このような演劇的な感覚は,学校教. な感覚,街にやたら妊婦さんが増えた気. 育に積極的に取り入れる価値がある。日. がしたことを思い出した。漠然と抱いて. 本語力については,小学校で,最高級の. いる考えはあるようでも,それをどう表. 日本語を膨大にこなすことで,格段に向. わすことができるか不安に思っているか. 上するだろうという意見である。. らかもしれない。. 反復練習で,膨大な量の練習をこな し,力と感覚を身につけていくといえ.
(18) . ば,学内では体育専門学群の学生が最も. 1月5日の朝刊には,「声に出して読. 得意とすることである。素晴らしい技,. みたい日本語」の著者である斎藤孝氏の. スピード,巧みなプレイ,高いパフォー. 次のような意見が「日本語力と身体感覚. マンス,どうしてそんなことができるの. 磨け」と題して掲載されていた(朝日新. か と 尋 ね る と, 「こ う し よ う と 思 っ て. 聞朝刊オピニオン欄) 。教育の基本は,. やっているんじゃありません。自然に身. からだづくりと日本語力である。日本語. 体が動くんです」 ,「何も考えずに,自分. 力は,反復練習して基本技として身につ. らしく自然にプレイするだけです」とい. ける。からだについては,自然体をつく. う答えが返ってくる。この能力は運動に. るとともに,レスポンス(応答)できる. 限ったことではない。外国語センターで. からだをつくることが重要である。ほか. 実施されている英語検定試験の不合格者. の人に対する基本的なレスポンスである. を対象に補習授業をしていて,にわか英. 28.
(19) 特集 「日本語力を考える」. 語教師が最初にぶつかった壁がこれであ. 繰り返すしかない。となると,完璧では. る。一流の競技者であり,かつ勤勉な何. ないがある程度覚えてきたところで,そ. 人かの学生が,ある時期を境に私が出題. の「反復するだけ」ということが苦痛に. する文法問題の正答率を急激に伸ばして. なってくる。そこで,暗誦反復に苦しむ. きた。大喜びで,「やればできるじゃな. 友達同士の間では,会話や授業中に密か. い。分かるようになったでしょ」と聞く. に回されるメモにそれらの名文がはさま. と,「文法は何となくという程度だけど,. れるようになる。名文,名句を替え歌し. 先生がこれを答えにしそうというのが分. たり茶化したりという遊びで,何とかこ. かってきたから」と申し訳なさそうに言. の苦痛を軽減しよう,少しでも楽しもう. う。彼らは補習の授業や小テストで,英. としたのである。これは,基本的なスキ. 文法を学んでいたというよりは,彼らの. ルをマスターしたスポーツ選手が,それ. 対戦相手である私の思考・行動傾向を読. を使って遊びながら少しずつ自分なりの. んでいたのである。意図的ではなく,お. スキルへと発展させていくことと似てい. そらく知らず知らずのうちに,彼らは慣. る。スキルがしっかり定着し安定してい. れ親しんだ流儀で補習という反復練習を. くにつれて余裕ができ,変形の仕方を思. し,結果的にそうなってしまったのだと. いつくこともそれを試すことも容易にな. 思う。それはそれで学習であり,私が出. る。ただし,これはあくまでも,学ぶべ. すような問題は「できる」ようになった. き適切な内容がある程度まで身についた. のだから無意味とは言えないが,英検突. 状態で初めて可能になることである。英. 破にも彼らの英語力向上にも程遠い学習. 検補習授業で前述の学生が学んだこと. をさせてしまった。. は,学ぶべき内容の核心ではなかった。 そして,そのやり方で学んだことを自分.
(20) . の能力として身につけていこうとすれ. . ば,私と違ったタイプの様々な相手(教. 斎藤氏が推奨する暗誦・朗誦は,高校. 官)と対峙(補習)して,最終的には本. 時代によくやらされた懐かしい学習法で. 質 に 近 づ き(文 法 を 理 解 し) ,遊 べ る. ある。百人一首やら奥の細道やら諸々の. (自習する)余裕を持てるようになけれ. 漢詩やらをひたすら暗誦させられた。と. ばならないだろう。それまでにはずいぶ. にかく覚えなければならない,ひたすら. ん時間と労力がかかりそうだ。 29.
(21) 難しい課題を前にし,大量の情報を. び,またほっとする。難解な問題を美し. 扱ったり集めたりしなければならないこ. くもシンプルなモデルにまとめ,この喜. とが予想される時,それをこなそうとい. びを人に伝えることができた時の快感は. う意欲や義務感が十分強くなかったり,. また格別である。きれいな図表や整然と. キャパシティが不十分であれば,学習者. したフローチャートを大画面に写し出し. が努力を繰り返す反復学習を採用するこ. て進めていく授業は学生にも好評だ。大. とはほとんど期待できない。最悪の場合. 型授業でも,伝えたい内容の核心を教室. は,即座に「できません」という言葉が. の隅々まで照射できる。学生自身も積極. 発せられる(そのすばやさから,どうし. 的にこの方法を使っている。. たらいいのか考えてみたり,一応チャレ. ところが,彼らの図表やチャートの全. ンジはしたという過程を経過していない. てが,情報を構造化し理解した結果生ま. ことが推測される)。この一言で,知っ. れたものであるとは限らない。例えば,. ておくべき情報の山も考え出すべき手順. 枠で囲って並べられている事柄の順序の. の数々も一瞬にして消える。. 後先について尋ねてみると, 「別の順序. では,努力を繰り返す覚悟がなく,こ. で並べ替えてもいいです」と言う。卒業. の魔法の言葉も通じない時は,どうすれ. 論文には,箇条書きを並べて枠で囲んだ. ばいいか。膨大な情報量を何とか圧縮す. だけの「表」が続く。中黒・ならば順番. るには,情報を関連づけて構造化すると. も気にしなくもいいと言う訳か,中黒の. いう処理が必要である。つまり,「分か. 箇条書きは本文中にも頻繁に出てくる。. る」ことである。教育心理学者の市川伸. 実験方法や手続きの節,事象の変化につ. 一氏が言うように,わかった時の快感と. いて考察するページには→が何本も引か. いうのは,丸暗記による記憶の負担から. れている。そして,項を立てる代わりに. 開放された喜びを表わしている。. 時折1, 2行の空白行がはさまれている。 尋ねてみれば, 「ここで内容が変わるの.
(22) . で,1,2行空けた方がいいかと思って」. 知っておかなければならない情報や役. という。こうした図表やチャートなど. に立ちそうな情報に囲まれたり,それら. は,情報が関連づけられ理解されて得ら. をかき集めてしまったりする私たちは,. れた構造を示しているものではない。理. 情報を関連づけて構造化し,分かって喜. 解を省略してもよいという御墨付きをも. 30.
(23) 特集 「日本語力を考える」. らった省略記号であるかのように,気軽. ための最良の武器である,この接続詞を. に使われているというだけである。授業. あまり使わなくなった。昔なら十年に一. のために多くの重要な情報を苦労して図. 回というような大事件が続けざまに起き. 表やチャートにまとめても,授業中の彼. るのでそのたびに思考が断ち切られ感動. らの瞳にはそのイメージが写っているだ. 詞を叫ぶだけ,接続詞を使う余裕を失っ. けで,構造化され表現されたものの本質. てしまった。(朝日新聞朝刊文化欄「接. である理解は,彼らの中まで伝わってい. 続詞のない時代に」から抜粋). ないのかもしれない。そう思うと,「分. 町中で私に多くの妊婦さんを感知させ. かりやすい」という授業の評判が恐ろし. ていた娘も11歳になり,「だって∼だも. くなってくる。. ん」,「だから,こうするんじゃない」と 口をとがらせて人生観を語るようになっ. . た。「本当は分かっているくせに。質問. 1月1日付の朝刊では井上ひさし氏が. してくるのはいじわるだからだあ」と彼. 次のように述べていた。子どもが言語を. 女が評する母親に,自分の言いたいこと. 習得していき,基本的な生活語彙が完備. が伝わらず苛々することもある。物わか. されるのは就学前後だが,その総仕上げ. りの悪い親に「それで?」と言われる. となるのが接続詞の習得である。 「でも. と,「だからあ,もう一度言うよ。良く. さ」で文脈を転換し, 「それからさ」で前. 聞いていなさいね」と続けてくれる愛情. の文に新しい意味を加え, 「それでね」で. と熱意に支えられて,互いに少しずつ理. 先行文を後ろへとつなぎ, 「だから,そう. 解が深まっていくような気がする。. すると,そうしたら」で考えを先へ先へ. 体専の学生には,「感動した!」と言. と展開する。獲得した膨大な語彙群を整. わせる自分達のすばらしさをもっと理解. 理するのも接続詞の役目である。接続詞. してほしい。そのすばらしさを人に伝え. を駆使することで秩序づけられた世界観,. られるように理解してほしい。自然体で. 「世界はこういうものらしいぞ。それなら. 人にレスポンスするだけでなく,その時. ばこう生きていこう」という見方をもと. にも人を感じ思ってほしい。そのために. に,彼らはそれぞれの人生観を築きあげ. は,言葉や考えを省略せずに,ああでも. る。接続詞こそが<考えるヒト>をつく. ないこうでもないと,いくつも接続詞を. る。ところが,最近の私たちは,考える. つなげて考え,伝える努力をすることで 31.
(24) ある。. いが,せめて自分にできることはした. 私自身はと言えば,字数内でうまく自. い。だから,これからも物わかりの悪い. 分の考えを伝えられない能力でありなが. 口うるさい教官でいようと思う。. ら人に対する要求ばかり高くて申し訳な. 32.
(25) .
(26) 特集 「日本語力を考える」. .
(27) 現代語・現代文化学系助教授. 活字離れ,メールなどの新しい媒体の. がユニークな柱として実施されていた。. 出現,男女差の減少等々,最近の日本の. 情報処理は今ではあたりまえになってい. 言語環境は急速に変化している。言語は. るが,当時は最先端で格好良かった。体. 変化するものではあるが,教育機関とし. 育は4年間必修という画期的文武両道主. ては日本人の一定の知的水準を保つため. 義で,卒論を書くときも体育があるから. にも,言語教育に真剣に取り組まなけれ. 少しは健康維持できるという学群学生の. ばならない時代になった。. 半分負け惜しみのような感想を聞いた覚 えがある。そして国語。社会言語学を専. . 攻していた私は,ともかく母語が人に与. 26年前,私は大学院生として筑波の地. える影響の大きさを痛感しており,大学. をはじめて踏んだ。パイオニア精神があ. レベルで新たに国語に取り組むという発. ふれていた時代で,茅葺き屋根の農家の. 想にいたく感激したのを覚えている。. 庭に建てられたアパートから,牛小屋や. 入学してすぐその秋にアメリカに留学. 蚕小屋の間を縫ってくい打ちの音が響く. した。言語学科に属していたため,身近. キャンパスへ自転車をとばした。中央図. に言語教育をする人達が何人かおり,お. 書館はまだなかった。ワープロもパソコ. しゃべりの合間に .
(28). の話. ンもなく,誤字を消す機能があるタイプ. を何度か聞いた。これは1年生用の英語. ライターがあこがれで,物がない分,教. の授業のことで,学生達は毎週作文を書. 官とのやりとりで学んだことが多かった. かされ,真っ赤に直され,徹底的に「論. ような気がする。当時,学群教育では,. 旨の通った,ルールにかなった,正しい. 実用的な外国語,情報処理,体育,国語. 英作文」の訓練を受ける。その訓練は, 33.
(29) 論理的思考やいずれ論文を書くときなど. 増えている。たとえば,段落もなく,思. にとても役に立つものなのだが,新入生. いつくままの文が延々とリストのように. にとっては面倒くさくて大変なコースだ. 並んでいるもの。私に口語で語りかけて. と言われていた。現在では,全学生対象. くるもの。書き手の感性だけに頼った感. の教養教育の一環としてチームを組んで. 覚的なことばが並ぶもの。一応の体裁が. 取り組んでいる大学,一般の授業でレ. 整っているものでも,各所でおしゃべり. ポートの書き方の指導をする科目を英作. 言葉が文章に混じる。. 文として認め柔軟に実施している大学,. 日常生活の中でフォーマルな場が激減. と多様化しているようだが,母語を大学. している現在,口語と文語の差やフォー. で再教育する必要がある,という認識は. マルな場の捉え方に変化が起きている。. 変わっていない。これは義務教育が低迷. 以前は,書くことはフォーマル,文語を. し基礎学力が低いまま大学に入学する学. 使うものと意識されてきたが,現在の若. 生の多いアメリカの特殊事情があるかも. 者にとって書くことと言えば携帯メール. しれないが,もう一つ,教育程度の高い. を打つことという状況も珍しくなく,そ. 人間の証の一つとして,日常のおしゃべ. の携帯メールは口語で打つものという認. りとは違うレベルの言語使用を習得する. 識がほとんどである。他に学生が「書く. 必要がある,という考えがあるからであ. こと」となるとノートをとることがあげ. る。. られるが,観察してみると授業中にノー. 現在の筑波の学生を見ると,やはり母. トを取らない学生も多く,また,早口の. 語の再教育,大学生としての日本語力の. 大量の情報から要点をノートに書き取る. 育成は必須であると思う。特に,日常の. という作業そのものができない学生も少. おしゃべりとは違うレベルの日本語の指. なくない。そのような状況下で,突然学. 導と,書いたり発言したりするときの基. 期末にレポートを書くことになるが,そ. 本的態度の養成という2つの点でその必. の書き方の細かな指導はあまりされてい. 要性を痛感している。. ない。良く書けた書物や論文をいくつも 読んでいればレポートの書き方は自然と. . 体得できるはずだが,インプットそのも. 毎 学 期 た く さ ん の レ ポ ー ト を 読 む。. のが少ない。本を読まない。情報収集と. 年々唖然とするようなレポートの割合が. いう点では新聞を読む必要もなく,目に. 34.
(30) 特集 「日本語力を考える」. する活字は気軽な雑誌程度で,語りかけ. いることない?」「なぜおもしろいのか. るように書かれた文章に共感する。そう. な?」 「それって,社会言語学でいう○○. なると,口語と文語の差に気づくチャン. ということにつながるんじゃない?」と. スもあまりないことになる。. 徐々に学生の中にあるものを引き出して. 若者の言語環境を見直してみると,き. いく。テーマが決まって「じゃ,それや. ちんとした堅い文章がどのようなもので. ります!」とにこにこ顔の学生を見るの. あるのか,文体の差や書き方そのものを. はうれしいが,そのあとの指示待ちの態. 知るチャンスそのものが減っている。現. 度にちょっと失望する。どう処理してい. 在の筑波の国語教育の現状を把握してい. いのかわからないのである。 「だれかそ. ないが,初期の筑波の共通科目に対する. のこと研究しているんじゃない?」とそ. 気概を引き継ぎ,世に先駆けて現代の若. れについての研究,データ等がどこにあ. 者向け母語再教育,今必要な日本語力の. るかを探すことを期待するが,その探し. 育成をユニークに展開していってほしい. 方は手取り足取り手ほどきする必要があ. と思う。. る。最近の傾向は安易なインターネット. . の検索で,その結果を印刷して調べた気. 演習やゼミで,日常の中に社会言語学. になる。主要な参考文献の近くを歩き回. や人類言語学的話題を見つけ,調べ,書. らざるを得ないようなチェックリストを. くという作業をやってきている。そこで. 盛り込んだ「図書館オリエンテーリン. 最も困ることは,トピックが見つからな. グ」を工夫し,本の請求番号を書かせた. い学生が多いということである。講義を. り,チェックにかかる時間を競わせたり. 聞いておもしろい分野と思ったから演習. して,開架式で長時間開いている筑波の. やゼミに参加してきているのだろうが,. 図書館の良さを実感してもらう。次は,. さて自分自身の話題を見つけるとなると. 情報の整理と出所のチェックである。出. 止まってしまう。分野が分野だけに,日. 典をメモするという発想もないのが普通. 常生活を見渡せば研究課題はそこここに. なのでそれを指導しながら,各自の分類. 転がっているのだが,自分の目で物を見. を加えた「注釈付き文献目録」など作. ること,いわゆるクリティカル・シンキ. り,調べたことを自分の目で整理しても. ングがなかなかできない。. らう。ここでやっと,自分の視点で選ん. 「身近なところでおもしろいと思って. だトピックを考える下地ができる。 35.
(31) 「こういうことを調べたい」 「じゃ,どう. キュラムの見直しをしている。英語の授. いう方法でそれが見えてくると思う?」. 業を通して学生に身につけてほしいこと. 教え込まないで自分で考えるようにしよ. を列挙していった結果,一般的言語力. うとすると時間がかかるが,学生にはそ. (話す事,聞く事,読む事,書く事,辞. れが必要だと確信している。半年も経過. 書やインターネットの利用) ,社会での. し,自ら考える態度が少しでも身につい. 運用力(自己表現,場にあった適切な発. てくると,話すことにもその効果は現. 言),基本的思考力(自律的批判的思考,. れ,授業中の発言が増え,選んだトピッ. 論理的思考,寛容な思考,地球規模の思. クの大家になったような自信に満ちた発. 考),異文化コミュニケーション力(多. 言をする学生がでてくる。まずは一安. 様な価値観やコミュニケーションスタイ. 心。次は,調査をして発見したことを,. ルに対する理解),研究力(目的設定,. 自分はわかっているが読む人は何も知ら. 実施,分析,考察),発表力(構成,形. ないのだということを口を酸っぱくしな. 式,文 体,効 果 的 論 述) ,自 学 自 習 力. がらくり返し,他人にわかるように書い. (目標設定,計画,実行,見直し)など. てもらう。ペアを作りお互いの初稿を読. があがった。さまざまなクラスの,さま. みあって,わからないところを指摘しあ. ざまなレベルの英語の授業で担当者が授. う。赤と青のペンで,自分の意見と他人. 業を通して学生に身につけてほしいと. の意見,引用部分などが明確に書き分け. 思っていることの集合である。対象言語. られているかもチェック,正しい情報の. は英語だが,いい学生になるための共通. 提示のしかたを試行錯誤で学んでいく。. 項目がたくさん入っている。そして,国. 最後までついてくる学生は半数程度。自. 語も英語もゼミも演習も学生にとっては. 分の発想を表現できるようになった学生. ちゃんとした大学生になるための全人的. には,初心にもどって,人の話を聞ける. な教育なのだとつくづく思う。. 態度の養成にはいる。カメの歩みの教育 現場である。そして,これは広い意味で の国語教育ではないかとしばしば思う。.
(32) 最近外国語センターで英語教育のカリ 36.
(33) .
(34) 特集 「日本語力を考える」.
(35) . 文芸・言語学系教授. 鎖国がとけてヨコハマなどが開港する. 彙6, 0 00語,漢字1, 0 00字)や3級(学習. と,日本周辺で待機していたおおくの西. 時間3 00時間,語彙1, 5 00語,漢字300字). 洋人が日本に上陸した。英米などの商. の学生も入学してきている。. 人・宣教師・外交官だった。そうしたひ. 少々ふるいが,日本語能力試験の報告. とびとはまっさきに日本語の学習にとり. 書がてもとにあるので,結果をのぞいて. かからなければならなかったが, 「日本. みることにする。平成8年度(1 996)の. 語の文法書は?」という質問に対してか. 分析がのっており,残念ながらあまりく. えってきたのは, 「ありません」という,. わしいものではないが,母語のタイプに. かれらの常識ではとてもかんがえられな. よる各技能(聴解,文字・語彙,読解・. い返答だった。. 文法)の平均点がみられる。ただ,素点. この状況は実はいまでもあまりかわっ. ではなくて,全受験者の平均点が0で,. ていない。日本語の文法を記述した本は. 標準偏差が1になるように標準化された. やまほどあるが,規範となる「日本語文. ものとなっている。そこで日本国外で受. 法」なるものはない。それでは,外国人. 験した漢字圏と非漢字圏グループを1級. の日本語力を計る尺度はというと,主と. と3級のレベルで比較してみると,以下. して『日本語能力試験』で,初級4級か. のようになる(括弧内は受験者数)。な. ら上級1級まで4段階で受験できるテス. お,欧州・ヨーロッパとあるのは,ヨー. トだ。私費留学生のばあい,1級(学習. ロッパの言語で,ドイツ語や英語などを. 時間900時間,語彙10, 0 00語,漢字2, 0 00. さしているので,新世界の英語やスペイ. 字)合格が大学入学の条件となっている. ン語なども含まれている。. が,実際は2級(学習時間6 00時間,語 37.
(36) 聴解 文字・語彙 読解・文法 1級 中国 −0. 4 4(7616) 0. 1 6(7615) −0. 0 8(7609) 欧州 0. 3 5(1 303) −0. 3 6(1303) −0. 3 7(1303). 3級 中国 −0. 3 5(8 407) 0. 2 0(8402) −0. 0 4(8406) 欧州 0. 5 0(3041) −0. 2 2(3041) 0. 0 6(3039). 人数がちがうので,単純比較は危険か. ようにもみえるが,1級では1 001時間以. もしれないが,傾向は一目瞭然だ。日本. 上学習した受験者が5 2%もいて,3級で. 語をきいてわかる能力は圧倒的にヨー. も60%にのぼっている。. ロッパがたかいが,文字が関係してくる と,おおきく逆転してしまう。その傾向. . は漢字数がふえるほどに顕著になる。日. 研究生などとして入学してくるものに. 本語の漢字表記が非漢字圏の日本語習得. ついてはうけいれ教官の判断にまかされ. をむずしくしているわけだ。. ている。その教官の判断の材料は留学生. なお,この試験が想定している標準的. 本人の自己申告となるばあいがほとんど. な学習時間を上記であげたが,報告書で. だが,判断があまいのか,あるいは過大. の級別の学習時間があがっている。全部. 評価の自己申告のためか,結果的には日. を引用するわけにはいかないが,1級と. 本語力がゼロに近い留学生もたくさんは. 3級のもっとも多いグループ(全受験者. いってくる。本学ではそのような学生に. 平均)の数字(パーセント)だけ以下に. は各学期のはじめにプレースメントテス. しめしておく。. ト()を課して,成績によって適当 なレベルの日本語補講コースにふりわけ. . 1級 3級. る。ただ,150時間の日本語学習相当・漢. 201∼300(時間)(省略) 21. 8. 字100ほどのレベルに達していないひと. 801∼1000. は受講の資格がないものとして,次回の. 25. 1 (省略). 以降まで,よそでそのレベルに到達 試験が想定している学習時間は妥当な 38. できる勉強をすることになる。.
(37) 特集 「日本語力を考える」. . 名だが,特に日本語の文字言語がふたつ. 一方,日本政府国費留学生のばあい. の面で世界にも類のない,たいへんな難. は,文部科学省が海外公館での面接など. 関となっている。. の情報をもとに留学生センターなどで日 本語の集中コース(予備教育)をうける. . べきかどうかを判断して配置する。週20. ひとつは,漢字とそのよみかたは1対. 時間,18週間の本学の予備教育コースに. 1の関係にないということだ。1 945字の. 配置される留学生のほとんどがいわゆる. 常用漢字表で公認されている音訓は4086. 非漢字圏の学習者だが,まったくゼロス. で,単純計算ではひとつの漢字が平均し. タートのひとと,ある程度の日本語がで. て 2. 1 のよみをもっている。しかし,特. きるひとがまじっている。 「予備教育」. に使用頻度のたかい基本的な漢字には,. という名称がしめしているように,この. もっとおおくのよみかたをもっている漢. 集中コースは大学院を受験しパスする日. 字もすくなくない。そして,そういう基. 本語力をつける目標があるが,ゼロス. 本的な漢字を最初におしえたりするわけ. タートの学生のほとんどがそのレベルに. です。ところが・・・. 到達しないどころか,初級後半の補講 コースのクラスで勉強をつづけなければ ならない。.
(38) 「人」という字を例に説明すると,「ひ と」ということばとしておしえることが. . おおいだろう。練習すれば,すぐよめる. これにはいろいろな理由がかんがえら. ようにもなり,かけるようにもなる。そ. れる。まずは,非漢字圏学者にとって,. れで,学生は「おぼえた」というきもち. 日本語の習得が一般日本人がおもってい. になるだろう。しかし,「日本人」にで. るよりも,ずっと困難なことがあげられ. くわすと,「いいえ, 『日本ひと』ではな. る。. くて,これは「日本じん」ですよ」とい われてしまう。「三人」がでてくると,. . 「いいえ,『三ひと』でも『三じん』でも. 18世紀に日本文典をかいたスペイン人. なく,『三にん』ですよ,とダブルパン. 宣教師 の「悪魔の言語」が有. チをくらう。で,今度は「一人」という 39.
(39) のにであうと,いよいよテクニカル・. 「日本の河川」 「山岳地帯」にはまるで役. ノックアウトです。もうそのままではた. にたたない。. た か い は つ づ け ら れ な い。だ い た い,. おぼえたかとおもえば,やりなおし,. 「音よみ」と「訓よみ」の概念そのもの. この悪循環ほどモティベーションをそぐ. が,かれらにはほとんど理解不可能なよ. ものはないだろう。現在つかわれている. うで,ましてや複数の音よみや訓よみと. 世界のあらゆる文字システムのなかで唯. なると,あたまのなかがもうまっしろ。. 一「訓」という不合理をつくって,いま なお漢字表記のなかでつかいつづけるツ.
(40). ケは,漢字圏以外の外国人がちゃんとし. この苦渋がなぜ日本人には理解できな. た日本語をほとんどおぼえてくれないと. いかというと,自分たちがこどものとき. いうかたちで日本国民にまわってきてい. におぼえた漢字は,ながい年月をかけて. る。わたくしカイザーのように,日本語. 柔軟なあたまですこしずつ学習したこと. そのものが専門で,しかも数十年かけて. と,そ れ か ら さ き ほ ど の 例 で い う と,. 勉強している人間はそれなりのレベルに. 「ひと」も「にほんじん」も「さんにん」. は到達するが,道具としての日本語力を. も「ひ と り」も,こ と ば と し て す で に. 必要とする留学生はなかなか一人まえに. もっていたからなのだ。一方,留学生は. はなれない。. 成人として学習しなければならない。短 期間でおおくの漢字を習得しなければな. . らない。おまけに,同時に単語もおぼえ. 日本人には,政治経済や安全体制に関. ていかなければならない(そして,文法. する危機感はなさすぎるとよくいわれる. の規則なども・・・)。. が,日本語の表記についても同様のこと がいえるのではないだろうか。9 9%の識.
(41). 字率をほこるとか,日本人には難読症が. それからもうひとつの問題は,一般語. 存在しないとか,漢字は優秀な文字だな. 彙とそれ以外の語彙がちがっている点. どの神話のうしろにかくれて,表記は現. だ。「このあいだ」はおぼえたが,「先生. 状のままでよいとおもいこんでしまって. に挨拶するときには,先日をつかいなさ. いる国民はどうかしているとしかいいよ. い。「か わ」や「や ま」は お ぼ え た が,. うがない。. 40.
(42) 特集 「日本語力を考える」. 漢字使用の是非もかんがえなければな. ているモノカキもいるし,本稿でもそれ. らない(おなじような状況のなかでおと. でやっている)。この「ちいさな親切」. なり朝鮮半島やベトナムでは,漢字をす. は日本語の表記の透明性をたかめて,上. てていることの意味をもっとかみしめて. 記の「人」字のよみかたのかずをへら. ほしい)が,ひとりひとりの日本人にと. し,日本語をマスターできる外国人を確. りあえずできることは,訓よみ,つまり. 実にふやしていくことにつながるとかん. 和語を,かな表記にすることだとおもう. がえる。. (思慮ある日本人のなかにこれを実施し.
(43) . 41.
(44) 体育科学研究科. . 語彙,単語,会話などを学ぶ。日本語の. 留学で日本に来たのは5年前になる. 学習は大学に入っても教養授業として続. が,外国語として日本語という言語に接. けられることが出来た。このように高校. したのは1 7年前の高校時代である。それ. と大学時代まで日本語に関心を持つよう. は大学受験のため,母国語(韓国語)以. になったきっかけは父親の仕事関係の影. 外いくつかの第2外国語(英語は必須;. 響とその当時公には出回っていなかった. フランス語,ドイツ語,日本語)の中か. 日本の雑誌や音楽などであったと思う。. ら選んで受験するためであった。今考え. また,1 988年(当時大学生)に韓国のソ. てみると,日本語の受験問題は日本語検. ウルで開かれたオリンピックの影響で体. 定試験の3級か4級のレベルであったと. 育を勉強していた私にとっても外国の体. 思う。今のレベルに比べると易しい問題. 育に関心が深まり,隣りの国,日本への. だと思われるが,その当時の私にとって. 留学を決心するようになった。. は漢字となかなか頭に入らない文字(か な)だらけという感じであった。漢字は.
(45). 韓国の新聞にも書かれる程度のなじみの. 韓国語(ハングル)は字音1 4字と母音. ある文字であったが,平仮名(ひらが. 10字からなる,韓国独自に作られた言語. な)と片仮名(かたかな)は苦労して覚. 文字である。ハングルは,正式的には小. えた記憶が今だに頭に残っている。高校. 学生から学び始めるが,入学前に家庭で. 時代の日本語の授業は始めにひらがなと. 親から自然に学んだり,幼稚園や塾に. かたかなの発音と書く練習が1ヵ月くら. 通って学び始めるのが通例である。世界. い続けられる。その後,基本的な文法や. の共通語として認められつつある英語は. 42.
(46) 特集 「日本語力を考える」. 中学から学ぶことになっているが,早い.
(47) . 子は小学校から学び始めることもめずら. 筑波大学には本学に所属している留学. しくなかった(1 5年前)。最近は小学生. 生( .
(48) ;正 規 生,研 究. から英語とコンピューターを学ばせる学. 生,日本語研修生,特別聴講生,特別研. 校がほとんどで,幼稚園児から学ばせる. 究学生)のために,一定の手続きを済ま. 大都会の両親が流行のように年々増えて. した上で日本語を補講することができる. いる。このような言語(特に外国語)に. システムがある。このシステムは留学生. 対する早期習得の現状は言語学的にもそ. センターで行われており,約1 0名の日本. れなりの早期教育の利点( )があ. 語専門の教官が日本語を教えている。し. るからであろう。それは個人的にも同感. かし,この日本語研修や補講コースを受. する部分が多い。私には4歳の娘がい. 講するためには,初級程度以上の日本語. て,家の近所の保育園に通っている。保. 能力が要求されている。それには以下の. 育園では日本語を,家では韓国語と日本. 4つの条件がある。漢字(1 00∼250字) ・. 語両方話している。アメリカの国籍も. 単語(500∼800語)を履修していること,. 持っているため,今後のことも考えて,. 短い文章の読み書きができること,日常. 英語もビデオで学ばせている。親として. 会話ができること,日本語学習100∼250. 4年間の言語学習の上達ぶりをみると,. 時間程度の経験であることになっている。. 子どもがもっている大人と違う素晴らし. 上記4つの日本語の能力を持ち,日本語. い言語習得力を強く感じた。確かに子ど. テスト( . . )に合格した者. もは短く限られた会話しかできないかも. が日本語研修および補講コースを受講す. しれないが,それをいくつかの別の言葉. る資格を持つ。そのカリキュラムは4つ. (韓国語・日本語・英語)として認知・表. のコース(日本語1 50,中級入門,中級. 現している。これはそれぞれの言葉を. 技能別クラス,専門日本語)から構成さ. 別々のものとしてとらえているのではな. れている。その中でも中級入門と中級技. く,すべて1つの言語(言葉)にしてい. 能別クラスが主なカリキュラムになって. ることがわかった。混乱してしまう時も. おり,日本語テストの成績によって難易. たまにあるが,コミュニケーションとし. 度が異なるレベル1から4までのクラス. て見事にこなしている時期であろうと思. に分けられ,文型・文法,読解,聴解,. われた。. 作文,漢字,会話の科目が教えられてい 43.
(49) る。コース別に受講できるコマ数が定め. ブ・ラーニングを確立することを目指し. られており,日本語1 50コースは7コマ,. て最大限の努力をしなければならない。. 中級入門コースは9コマ,中級技能別ク. それで,昭和58年の「2 1世紀への留学生. ラスコースは8コマ,専門日本語コース. 政 策 に 関 す る 提 言」及 び,昭 和59年 の. は3コマになっている。この日本語補講. 「21世紀への留学生政策の展開について」. コースは課外補講であるため,単位とし. の提言に示された,いわゆる「留学生受. て取得することができない。正規科目を. 入れ10万人計画」に基づいて,留学生受. 受講している正規生の場合,これらの. 入れ体制の整備のための諸般の施策を総. コースに参加する人はめったにみられ. 合的に推進したわけである。また,平成. ず,研究生や日本語研修生,短期留学生. 4年「21世紀を展望した留学生交流の総. がほとんどである。. 合的推進について」の提言及び平成7年 の「短期留学の推進について」の報告書. . に基づき,時代の変化に対応した新たな. 日本は昭和58年以来,いわゆる「留学. 施策の展開が図られている。. 生受け入れ10万人計画」に基づき,留学. 私費留学生の多くは,まず国内の日本. 生交流の推進に係る諸般の施策を総合的. 語学校で日本語教育を受けた後,大学等. に推進してきたが,最近の留学生の数は. に進学しており,日本語学校への「就. 減少の傾向にある。留学生交流は,諸外. 学」が,事 実 上「留 学」の 第 一 段 階 と. 国との国際関係およびグローバルに開か. なっている。また,海外における日本語. れた社会の構築にとって,極めて重要な. 学習は日本への関心を大いに高め,日本. 意義を持っている。特に近年の国家間の. 留学を促進するものである。このように. 相互依存関係の深化や情報化の進展の中. 日本語教育の振興は留学生交流と極めて. で,知的国際貢献の充実は国内的にも国. 密接な関係があるにもかかわらず,従来. 際的にも強く要請されている。このよう. 必ずしも十分な連携が図られていなかっ. な状況に対応するため,高等教育のグ. た。今後,就学生(留学生)にも配慮し. ローバル化,留学生に対する高度な教育. た一貫性のある留学生施策を展開してい. 水準の確保による国際的な競争力の強化. く必要があろう。. を図り,諸外国から優れた留学生や研究 者が集中するいわば世界のセンター・オ 44.
(50) .
(51) 特集 「日本語力を考える」.
(52) 東京学芸大学海外子女教育センター助教授. 外国人児童生徒教育の課題. な枠組みであって,個々の語彙や文型,. 日本語教育や外国人児童生徒教育関連. 文法項目にラベルを貼って選り分けるよ. の研修会で話をさせていただく機会が多. うな類のものではない。しかしながら,. いが,殆どの研究会で「日本語の不十分. 教育現場にこのモデルが広まっていく過. な子ども達に教科内容を教えるにはどう. 程で,「学習言語能力=学習言語=各教. すればいいか?」が話題となる。. 科の用語や頻出する文型」と,言語形式. は子ども達の第二言語能力を. についての知識・技能へと矮小化された. 生活言語能力と学習言語能力という二つ. きらいがある。確かに,算数の「相似,. の側面で捉えるモデルを提起してい. 合同」等の用語や,歴史の教科書によく. . る 。生活言語能力とは日常の生活場面. 見られる「受け身の表現」等を学習する. で会話ができる力であり,学習言語能力. ことは,子ども達のその語彙や文型の理. は認知的学力的側面に結びついた言語の. 解を助けることは間違いないであろう。. 力である。この言語能力の捉え方は,教. だが,「教室での教科学習」という文脈. 科学習が困難な子ども達について, 「生. から語彙や文型のみを抜き出し,その意. 活言語能力は身に付いたが学習言語能力. 味を理解させたり発話練習をさせたりし. はまだ身に付いていない」という説明を. ても,教科学習が可能になるとは考えに. 可能にし, 「外国人児童生徒の教科学習」. くい。全体の構造やコンセプトを考えず. の問題を解決する糸口となる。. に部品のみを造っているようなものだか らである。それらの部品を全体のどこ. . に,どのように利用するのかが解らなけ. この能力の捉え方はあくまでも理論的. れば,せっかく造っても役に立たない。 45.
(53) 「教室での教科学習」という文脈から語. の言語を理解し,利用する体験をどれだ. 彙や文型を抜き出して指導する方法に. けしたか,そして,それにどれだけ習熟. は,このような落とし穴がある。. しているかということである。」( 66) 「教室での学習」という文脈を伴わな.
(54) . い一般的な日本語の知識・技能の獲得は. ここで,再度「学習言語能力」とはど. 学習言語能力にはならないという指摘で. のような言語能力なのかについて考えて. ある。また,教科に関わる語彙や文型の. み た い。 (2000) は 言 語 能 力. みを抜き出して理解・記憶するだけでも. について次のように述べている。. 不十分であり,実際に教科等の学習活動. 「言語能力と認知的機能は,それを利. に参加し,そこで使われているそれらの. 用する特定の文脈に関連づけてこそ概念. 語彙や表現を理解・運用する経験を重ね. 化できるのであり,内容から切り離され. ることによってこそ学習言語能力は高ま. たものや文脈から切り離されたものでは. ると言えよう。. . あり得ない。」 66 言語は常に社会的文化的に状況化され.
(55) . た中で使用されており,言語能力や認知. 以上の言語能力の理論を背景に開発実. の働きは,埋め込まれた文脈とそこで展. 践されている内容重視のアプローチによ. 開される特定の内容から切り離して考え. る「日本語と教科の統合学習」について. ることはできないということである。学. 簡単に紹介する。内容重視のアプローチ. 習言語能力について見れば,学校という. とは,言語と他の教科等のカリキュラム. 社会的文化的文脈に埋め込まれたものと. を交流させ,言語の学習と内容の学習を. して語られてこそ意味を成すということ. 同時に成立させようという言語教育の方. になろう。では,学校という文脈に埋め. 法論である。それを年少者日本語教育に. 込まれた言語能力とはどのような言語能. 応用した形の一つが「日本語と教科の統. 力なのであろうか。. 合学習」である。教科内容を学ぶことに. 「学習言語能力は決して一般的な意味. より知的好奇心が刺激され,子ども達の. での言語使用に熟達することではなく,. 自発的な発話欲求によるやりとり,つま. その子が教育の場で使われる,または学. り相互作用が生じる。この相互作用を通. 習課題を完成するために求められる特定. して日本語が理解され,教科内容の学習. 46.
(56) 特集 「日本語力を考える」. が行われる。同時に教科学習に参加する. 「内モンゴルでも,りんごが流通してい. ために必要な日本語のコミュニケーショ. るかもしれないが,生産しているのでは. ン力が身につくと考えられている。. な い」と い う こ と を, 「産 地,い い えっ!」と発話している。確かに,文法.
(57) . 的に不正確で拙い発話であるが,学習し. . たての語彙「産地」を意味の上では適切. 「日本語と教科の統合学習」の授業の. に使い,自分が知っている情報を伝える. 様子(ビデオの文字化資料)から,日本. という機能を十分に果たしている。. 語が不十分な子ども達が日本語を媒介に. 後半, 1は「内モンゴルとハルビン同. してどのように内容の学習を行っている. じ!どうして内モンゴルありません?」. かを見てみよう。紹介するのは,中国帰. と自身の考えを再度主張している。日本. . の子どもクラ. 語としては不十分であるが, 「緯度が同. スの授業「りんごとみかんの産地」の会. じなのに,どうして一方はりんごの産地. 話である。. で,もう一方はりんごの産地ではないの. <会話>母国のりんごの産地についての. か。」という発話意図は伝わってくる。. 国者定着促進センター. 話し合いの場面. また,このやりとりを通して, 1が来日. : 内モンゴルにりんごがありますか。. 前に学んだ「果物の産地と気候との関. 1:あります。. 係,気候と緯度との関係についての知. 2: えーっ!ありません。. 識」が活性化されたと考えられる(これ. 1:あります!!!. に続くやり取りの内容から判断) 。日本. 2:内モンゴル 産地 いいえっ!. 語を媒介にした相互作用によって,既有. :じゃあ,ハルビンにりんごがありま. 知識,つまりスキーマが活性化されたと. すか。. 言えよう。. : あります。. この後この授業では,日本のりんご産. 1:えーっ?内モンゴル,ハルビン同じ,. 地を調べて日本地図で場所を確認し,分. どうして内モンゴルありません?. 布の特徴を探るという活動が行われ,日. :教師 :児童(複数) 1∼ 2:児童(個人) . 本のりんご産地の分布と気候との関係を 知るという話題がほぼ達成された。. 会 話 前 半, 1の 発 話 に 対 し て, 2が 47.
(58) . し,操作・作業等の体験的な活動をベー. 「日本語と教科の統合学習」の授業で. スに授業を組み立てる。産出(話す・書. の子どもの学習参加の様子から,学習内. く)を助けるために有用な語彙や表現を. 容を巡って積極的に相互作用を行ってい. 提供するという支援を行っていた。教師. たこと,その中で新しい日本語の表現が. には,内容についての学習が展開される. 利用されていたこと,また,スキーマが. 中で,その文脈に埋め込まれた形で日本. 活性されていたことがわかる。子ども達. 語が理解・使用されるのを側面から支え. は互いがリソースとなり,相手の発話を. ることが求められるのである。. 誘発し,相手にとって新しい情報や考え 方,感じ方,思いを伝え合っていたと言.
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