建築生産プロセス開示義務 : -施工プロセス開示義
務を中心として-著者名(日)
大森 文彦
雑誌名
東洋法学
巻
39
号
2
ページ
151-170
発行年
1996-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000508/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja建築生産プロセス開示義務
−施工プロセス開示義務を中心としてー
大
森
文
彦
菓洋芸学
一 建築物に関する品質確保の重要性 古来建築物は、住空間を構成するものとして人間社会生活のなかで重要な役割を果たしてきた。しかし現代社 会において建築物は、単に住空間として機能するだけでなく、その財産的価値から資金調達手段として、また経 済活動の場として、人々の経済活動において重要な役割を果たし、しかも建築生産活動はそれ自体国民全体の経 ︵−︶ 済活動に大きな影響を与えている。さらに、人口の密集する都市生活を見るまでもなく、建築物は単体としての 問題にとどまらず周辺環境に与える影響度が増すなど、社会全体における建築行為の重要性はますます増加して いる。とくに平成七年に発生した阪神・淡路大震災は、改めて建築物の安全性確保の必要性を認識させた。 また建築基準法も、第二次世界大戦後の一九五〇年に︵戦前の市街地建築物法に代わって︶制定されて以来、 社会の変化に対応すべく、幾多の改定を経て現在に至っている。例えば、大規模な火災の多発、土地の合理的な 151建築生産プワセス爾示義務 高度利用要請の高まり、日照紛争の多発、地震被害の発生、町づくりの要請、日米林産物協議など様々な社会事 象の発生を起因として、改定は制定直後から現在まで幾度も行われているが、これはそれだけ建築物が社会と深 く関わっていることの表れでもある。 このように建築物は、現代の社会生活に極めて密接した地位を占めており、その品質の良否が時として人間と しての社会生活そのものを左右することがあるといっても過言ではない。また他の製品と比べても、建築物の寿 命の長さやその財産的な価値の大きさなどを考えると、できるだけ良品質のものをストックする必要性が高いこ とはいうまでもない。 そこで本稿では、建築物の品質確保の重要性という観点から、現行の法的システムを概観し、解釈論としての 建築生産プロセスの開示義務について論じてみたい。 152 ︵1︶ 平成六年度の我が国の建設投資額は約八一兆円、このうち建築に対する投資は約四四兆円の規模となり、この建 設投資額はGNPの約九・ニパーセントに相当する︵平成七年度版﹁建設白書﹂二〇八頁︶。また建設投資は、国 内総支出の約三割を占める投資の六割程度、すなわち、国内総支出全体の約一七パーセントを占める︵同﹁建設白 書﹂五一二頁︶。 二 現状における品質確保の法的システム 建築物の品質を確保するためには、何よりその生産過程、すなわち建築物が完成するまでの過程が重要である。
と同時に、仮に完成後に何らかの暇疵が生じた場合には、それを補修、除去する必要もあろう。 現在ある法的システムを建築物の生産過程とその完成後に分けて考察する。 そこで本稿では、
,東洋法学
e 生産過程における法的システムとその限界 建築物の生産は、生産を意図する者︵ここでは便宜上、﹁発注者﹂と称する︶と生産に携わる者︵設計者又は 施工者︶との間の契約に基づいてなされるものであり、これまでの契約論を前提に考えた場合、その品質を確保 するための方策は、設計者ないし施工者の責任のもとで行われるのが原則である。そして、万一設計者や施工者 が一定の品質を確保できなかった場合には、それぞれが契約上の責任を負うことで建築物の品質確保をいわば裏 から担保している︵この点については﹁完成後の法的システムとその限界﹂で詳述する︶。 しかし、建築物が一定の品質を備えていない場合、すでに述べたように発注者のみならずその建築物の利用者 を含め広い範囲の国民の生命や身体の安全を損なう危険性がある。また、建築物の蝦疵は、内部に隠蔽されてし まうことが多く、外観から識別することは極めて困難であり、仮に蝦疵が顕在化した場合︵たとえば地震による 倒壊︶でも、その時点ですでに生命を失っているといった事態になりかねない。したがって、建築物の品質確保 は、できる限り生産過程でなされる必要があり、そのためには生産に携わる設計者や施工者自ら品質管理システ ︵2︶ ムの改善・向上を図ることは当然のこと、それにとどまらず、建築物の品質の良否と直接関係する発注者側から も必要に応じて設計ないし施工の状況を確認し、是正できることが有用である。この点現行システム上、建築が 153建築生、産プロセス粥示義務 前述のように社会的に重要性を有していることから、建築基準法が、建築物の敷地、構造、設備などに関する最 低基準を定めることによって、国民の生命などの保護を図っている。しかしその内容は、複雑かつ専門技術的に も高度であり、一般の発注者にとっては全くのブラックボックス化しているといっても過言ではない。したがっ て、発注者は、こうした複雑かつ技術的にも高度な内容を含む建築基準法に従って作成される設計図が出来上が っても、それが果たして法規に適合しているかどうかほとんど把握できない状況にある。またその結果、設計図 に従って行われる実際の工事についても、発注者はそれが適法な工事であるかどうかほとんど把握できない状態 である。加えて現在の状況下では、工事着工時点における設計図書のみでの施工は不可能であり、設計者の意図 どおり施工するためにはさらに部分詳細設計図や施工図など各種図面の存在を必要とするが、こうした図面を正 確に理解できる発注者は一般には存在しない。そこで法も、建築士制度を基礎とする建築確認制度及び工事監理 制度を中心にこうした事態に対処している。 ①建築確認制度とその限界 一般に建築工事は設計図に基づいて行われるため、完成建築物の品質を確保するには、まず設計段階が重要で ある。設計からして不完全なものであれば、完成建築物も完全なものにはならないからである。そこで建築基準 法は、一定の規模以上の建築物について資格を有する者︵建築士︶が設計しない限り工事をしてはならないとし ︵同法第五条の二第一項、同第三項、建築士法第三条乃至第三条の三︶、さらに建築士が設計したものについて適法で あることの公的な確認を受けない限り工事をしてはならないとする建築確認制度を採用している︵同法第六条︶。 154
,東』洋法学 つまり、法は設計段階で建築物の品質を確保するための方法として、建築士制度及び建築確認制度をその大きな 柱とした。これは、設計段階において、いわば発注者の能力不足を有資格者に補わせるとともに、直接国家が補 おうとするものである。しかし、こうした制度はあくまで設計段階のレベルであり、実際に行われる工事で手抜 ︵3︶ きが行われることまでは防止できないことはいうまでもない。 ②工事監理制度とその限界 建築確認制度によって計画建築物の適法性は一応担保できるが、前述したように実際の工事が適正になされる とは限らない。建築物の品質を具体的に確保するうえで極めて重要な意義を有するのは、まさしく施工段階にあ るといえよう。それゆえ請負契約上、工事は施工者の責任においてなされれば足りるはずであるにもかかわらず、 建築基準法は一定の規模以上の建築物について建築士である工事監理者をつけなければ工事をしてはならないと した︵同法第五条の二第二項、同法第三項︶。工事監理制度は、現実に完成しつつある建築物の品質を建築的知識 に乏しい発注者側からも確保しようとする具体的な一手段という点で重要な役割を果たす制度といえる。すなわ ち、建築物の品質の良否は、建築主のみならず建築物利用者など広く国民の生命の安全などに影響を与えるもの であるため、万一手抜き工事などによって危険性ある建築物が完成してしまった場合には、施工者による損害賠 償などの金銭的な事後的救済では不十分であることから、建築士による工事監理を義務付け、しかもこの工事監 理なしでは工事できないようにしたのである。これは、法そのものが、建築物の品質を確保することの重要性を 認識することはもちろん、発注者側の立場に立って品質を確保することの必要性を認め、施工段階においていわ 155
建蘂生産プロセズ鰐示義務 ︵4︶ ば発注者の能力不足を工事監理者という専門家に補わせようとするものといえる。 しかし、建築物が大規模化し、工事の技術自体かなり高度化し、建築物に要求される機能も複雑化してきてい る今日、工事監理者が建築工事全般にわたって設計図どおり施工されているか否かを漏れなくチェックすること ︵5︶ は事実上不可能である。また、工事監理業務そのものについても問題点は多々存する。すなわち、工事監理と言 ってもその業務範囲には自ずと一定の限界があり、原則として施工方法にまで口出しする権限はないばかりか、 設計図そのものの完成度が低く、工事監理としての報酬額も低い現状では、工事監理者に多くを期待することは できない。加えて、設計と施工が同一人である場合には、工事監理といっても発注者サイドに立っての品質管理 は実際上さほど期待できない。 156 法は、本来施工者がその責任において行うべき工事を工事監理者の監視の下におく一方、さらに行政自ら施工 状況に関する報告を工事監理者や施工者に対して要求することができるとしている︵建築基準法第一二条第三項︶。 しかし、施工状況は極めて複雑であるため、こうした報告は、ある程度定型的にならざるを得ず、また、この制 度の存在意義について十分な考察のなされていない現状では、必ずしも品質確保の有力な手段にはなっていない ︵6︶ と思われる。 また、建設業法では、施工者の業者としての資質を問題にして一定の規制を行っている。これも広い意味では、 建築物の品質確保に役立つシステムとなり得る。しかし平成六年三月末現在で許可を得ている建設業者数は約五
四万業者もあり、不良不適格業者の不当参入、圧倒的多数を占める中小零細企業における経営基盤の脆弱さなど 諸問題が累積している。こうした現状下において、発注者側からすれば、建築を依頼する際に施工者の施工能力 に関する客観的な情報を思うように得られないことは問題であろう。 以上の考察からも明らかなように、現行諸制度の存在意義はそれなりにあるものの、建物の品質確保という観 ︵7︶ 点からすると必ずしも十分とはいいがたい。
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︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ 工事契約が請負契約であることに問題はないが、設計契約が委任契約か請負契約かは争いがある。しかし、委任 契約としても設計者に対する高度な信頼のもとで設計方法などについては原則として設計者の裁量に委ねられ、ま た請負契約であっても、仕事の完成を目的とする契約である以上、その方法などについては原則として請負者の裁 量に委ねられている。それゆえ、品質確保の第一次的責任は設計者ないし施工者にあることになろう。 良品質の建築物を作るため、品質管理に対する努力をたえず行っている施工者も多い。TQC︵↓9巴O轟一一昌 Oo日8一、総合的品質管理︶はその一例である。しかし建設業界全体を見渡したとき、こうした努力をしている者 の割合は未だ少ないと思われる。なお、近時、発注者の立場に立って、設計と施工を全体的観点から管理すること により高品質、低コストの建築物を生産しようとするコンストラタション・マネージメント︵Oo拐霞8ロ9 匡き甜ΦBΦ鼻O竃︶の一部導入も始まりつつあるが、今後検討すべき点も多い。 本来プロフェッショナル・マンとしての自覚と責任のもとで業務を遂行すべきであるはずの建築士の手による設 計が、行政の建築確認というフィルターを通さなければ適法性を確認できないというシステムは、理想からすれば 過度的なものとも考えられる。また全ての設計について確認を行うことは、行政の効率化という観点からも問題が ある。しかし、一方で平成六年度末現在、一級建築士が約二六万人弱、二級建築士が約五五万人、木造建築士が約 157建築塗産プワセズ爾示義務 ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ 一万人存在するなか︵平成七年度版﹁建設白書﹂四八四頁︶、こうしたシステムがなければ適法性を担保できない という現実の問題もある。したがって今後は、建築士のグレードによって行政の関わり方を変えるシステムを採用 することは十分考えうる。これは、後述するISO9000にも関係する問題である。 工事監理制度は、発注者側の立場からの品質管理という観点から重要な制度であるが、この﹁発注者側の立場﹂ という視点は、将来的に重要である。ISO9000シリーズもその流れの中にある。こうした将来的な指向性の 中で、コンストラクション・マネージメント︵Ooおq8餓9霞き囲Φ営①づ∬O竃︶も忘れてはならない選択肢の一 つであろう。 工事監理に関する問題点については、拙稿﹁工事監理業務内容の法的解析﹂同三二巻二号、同﹁工事監理者の法 的責任﹂東洋法学三三巻二号を参照。 鉄骨の欠陥問題の発生に対応して、鋼材の材質、メーカー、溶接の検査体制及びその結果などかなり細かい報告 を要求するようにもなってきたが、今後は個別の問題としてではなく、全体的考察のもとでの運用方法を考える必 要がある。 建築学的にも建築物の性能をいかに確保するかという問題は重要である。また、一九九二年東京で開催された ﹁建築物の性能を担保するシステムに関する国際シンポジウム﹂において、日本、アメリカ、イギリス、フランス における主として行政の立場から建築物の性能を担保する制度の現状について報告・討議がなされたほか、建設省 でも行政の立場から問題点の分析・改善に力を入れている。また設計者や施工者の立場からISO9000シリー ズを、発注者の立場からコンストラクション・マネージメントを導入するなど、建築生産に関係する者それぞれの 立場から良質のストッタを形成するための方策が模索されている。しかしいずれにしても、建築物の品質確保にと って今後のポイントは、建築生産過程の透明化であると考えられる。 158
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⇔ 完成後における法的システムとその限界 建築物の品質確保のためには、設計ないし施工過程に重点があることはすでに述べたとおりであるが、完成し た後に環疵が存在する場合の対策も考える必要のあることは当然である。そこでここでは、建築物の完成後に蝦 疵が発見された場合の現状における主な法的対応システムについて触れる。 ①民法の対応とその限界 民法上、設計者は設計契約に基づく債務不履行責任︵同法四一五条︶または不法行為責任︵同法第七〇九条︶ ︵−V を、施工者は工事請負契約に基づく毅疵担保責任︵同法第六一二四条︶または不法行為責任を負う。しかし、建築 物の利用者にとって、蝦疵の存在は、生命の安全すら脅かす場合がある。たとえば、建物の構造体や設備などは 防災上からも極めて重要であるにもかかわらず、それらの多くは表面の仕上材によって隠れてしまうため、報疵 の存在そのものが外見からは発見しにくく、地震による建築物の倒壊のように万一暇疵が顕在化した場合にはす でに手遅れの状態になってしまうこともある。また、たとえ運良く重大な蝦疵が発見され、それが補修されたと しても、同一施工者の施工である以上ほかにもまだ重大な蝦疵が存在するのではないかといった発注者の不安は 拭えない。しかも、蝦疵担保責任期間として、民法上木造なら五年、RC造、SRC造では一〇年となっている ものの、四会連合協定工事請負契約約款、公共工事標準請負契約約款では二年に短縮されるなど、多くの建設工 事請負契約では責任期間が短縮されている。 また生命や身体の安全には直接関係しない報疵であっても、発注者にとって事後的救済では納得できないケi 159遅喫ll生,産プロセズ謂示義務 ︵2︶ スも多々存在しよう。しかも損害賠償といっても、損害額の立証には困難を伴い、建て替えの費用まで認められ るケースは少ないと思われる。さらに施工者の技術力ないし管理能力不足ゆえに蝦疵が生じた場合、こうした能 力不足の施工者に修補をさせることは不合理である。このほか、建物完成後は、契約解除をしたくともできない ︵民法六一二五条但書︶。この規定は一般に強行規定と解されている。建築物の完成後に解除を認めると、解除の結 果請負人は土地から建物を取り除かなければならないが、請負人にとって酷でもあり、かつ社会経済的にも損失 ︵3︶ というのがその理由とされている。 このように民法上もそれなりの対策は用意されているものの、できるだけ良質の建築物を確保するという観点 から考えた場合、こうした事後的救済措置はあくまで二次的なものであることに注意しなければならない。 ②建築基準法上の対応とその限界 建築基準法上も、建築物の完成時には行政による検査を受け︵同法第七条︶、検査済証の交付を受けなければ 建築物を使用してはならないとされている︵同法第七条の三︶。また仮に違法状態が発見された場合には使用制限 ︵同法第七条の三︶のほか、是正命令︵同法第九条︶、除去命令︵同法第一〇条︶などの措置がとられる。しかし、 完成時の検査は建築物の内部に隠蔽される部位についてまで十分行われない。また実態として命令という措置が ︵4︶ とられることは少く、検査済証の交付を受けないまま使用されている建築物の数もかなり多いと思われる。まし てや、行政による検査は、あくまで適法性の検査であり、工事請負契約上要求されるグレードやデザインの問題 とは全く無関係である。 160
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③ 毅疵の判定の困難さ 建築物が完成した後に蝦疵が発見された場合、民法上施工者が報疵担保責任を負うことは前述のとおりである が、その救済としての不十分さはともかく、この報疵の原因解明も容易ではない。すなわち、建物が完成するま でのプロセスを眺めてみると、まず、設計行為が存在し、その設計図に従って建築工事が行われ、しかもその工 事中工事監理行為が併行して存在する。したがって、澱疵の発生原因を業務主体別に考えると、設計上の暇疵、 工事監理上の蝦疵、施工上の暇疵に区別される。さらに完成後のメンテナンスに問題があれば、メンテナンス上 の報疵が加わる。このほか、発注者の指図にミスがあった場合には、発注者の指図上の暇疵もこれに加えること ができる。このうち、施工者の負うべき建築工事請負契約責任の対象となる報疵は、施工上の報疵であるが、施 ︵5︶ 工上の暇疵と設計上の綴疵との境界は曖昧である。また、報疵の態様をみると、部材そのものの澱疵であったり、 部材そのものには問題はないが、部材間の取り合い︵納まり︶に暇疵がある、あるいは施工方法自体に蝦疵が存 在する場合などがある。部材そのものの暇疵にしろ、納まりや施工方法の報疵にしろ、蝦疵といえるか否かの判 ︵6V 断はそう容易ではない。さらに、建物は自然劣化するので、建物の不具合が自然劣化によるものかどうかの判断 も難しい。 したがって、仮に不具合が発見されたとしても、建物という性質上その不具合が法的な意味の毅疵に該当する か否か、また誰の責任かの判断には困難を伴う。こうした困難さは、基本的に毅疵の存在を積極的に主張・立証 ︵7︶ していかなければならない発注者側にとって決して有利には働かない。 161建蘂生産プワセズ醐示義務 このように建築物の品質確保の観点からすれば、建築物が完成した後の対処はあくまで二次的手段である。 た今後の問題としては、有効な保険制度のあり方など解決すべき問題点も多い。 ︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ま 設計契約を委任契約と解すべきことについて、拙稿﹁建築設計の法律空間﹂東洋法学三一巻一・二合併号、同 ﹁建築設計契約・工事監理契約の法的性質﹂判例タイムズ一九九二年二月一五日号を参照。なお、設計契約の法的 性質論は本稿の内容に影響しないことはいうまでもない。 たとえば、念願の自宅を建てる場合、建物の外壁をコンタリートの打放し仕上にしたところ、完成後に仮設足場 をはずしてみたら、外壁面に斜めにコンクリートの打ち継ぎ跡が明瞭に残っていたり、コンクリートのろがまわら ず、いわゆるジャンカ︵豆板状の面︶がひどいといった状態になったとしたらどうか。この場合、建物の構造や機 能上問題がないとすれば、単なる仕上の不備として修補ないし損害賠償の問題とするのが民法の基本的立場である と思われるが、どんな補修しても打放し仕上とは同じになるはずもない、発注者にしてみれば、損害賠償では済ま されない。 なお、この社会的損失という点を重視し、たとえ完成前といえども工事の進行程度と債務不履行の態様とを相関 的に考え原状回復に重大な社会的損失を与える場合には解除できないとする考え方すらある︵我妻栄﹁民法講義﹂ くω・六四一頁︶。しかしこうした考え方の中心にあるのは、社会経済的損失という経済性であると思われる。経済 性の考慮も必要なことは当然であるが、建築物の品質確保という観点からすれば、逆にたとえ外形上完成した後と いえども債務不履行の態様との相関性からして契約の対象となる建築物が実質的には完成したとは言えず、契約の 解除を認めてよいケースも存在するはずである。なお、東京高裁平成三年一〇月二一日︵判例時報一四一二号一〇 九頁︶は、上棟式を経て外壁も備わり建物としての外観も一応整った建築途上の建物に契約の目的を達成すること 162
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︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ができないような重大な蝦疵がある場合に、注文者は契約を解除できるとする。 この点行政の対応の仕方に問題ありとする考え方もあり得るが、建築行為の私事性ないし自由性を前提とし、か つ違反建築物の使用制限に対する国民的コンセンサスが得られているとは思われない現状や、現実問題として行政 にはそうした対応をするだけの十分な体制も与えられていないことなどを考えれば、行政の対応の仕方の問題とい うより、むしろ品質確保のシステム全体の見直しの問題というべきである。 なお設計者と施工者の力関係︵たとえば、設計者に将来の工事も紹介してもらえる可能性︶などの理由からか、 現実には設計上の理疵か施工上の蝦疵か判断しにくいものも施工者が責任を負うことが少なくない。 たとえば、サッシュと躯体との隙間にモルタルを充填することが多いが、その隙間が大きく、しかもそれが設計 変更など施工者に何ら帰責性のない事情によって生じた場合、施工者は漫然とモルタルを充墳し、その上から塗装 して仕上げた後、しばらくしてから窓廻りに亀裂が入ったとしよう。この亀裂は蝦疵と言えるかどうか。施工者と しては、モルタルはその性質上収縮するものであるから、隙間が広ければコンクリート躯体との境界に亀裂が入る のはむしろ当然であるというかもしれない。他方、発注者からすれば、施工者はモルタルという部材が有する性質 を熟知したうえで亀裂をできるだけ少なくする﹁対策﹂を講じるべきであるのにそれをしない、すなわちモルタル とコンクリートという異種の部材間の納まりないし施工方法に蝦疵があるということになろう。この場合、サッシ ュとコンクリート躯体との間隔が広いのであれば、モルタルと躯体との境界に目地を設け、シーリング材を充填す るとか、むしろモルタルではなく、隙間に鉄筋を入れ、コンクリートを流し込む︵つまり同一部材の結合とする︶ といった方法も考えられる。このような方法を何ら考慮することなく漫然とモルタルを充填した場合、蝦疵といえ るかどうか、微妙に判断の分かれるところでもある。また、遮音性能についても、壁、床、天井といった部位ごと に性能が確保されていても、壁と床、壁と天井との取り合い部分の納まりもしっかりしていない限り性能は確保で きない。したがって、設計上一定の遮音性能を確保するようになっていたにもかかわらず、実際に出来上がった部 屋全体としては性能が確保されていなかった場合、これは設計上の鍛疵か、施工上の鍛疵か、明確にすることは必 163建築生産;プロセズ爾示1義務 ずしも容易ではない。 ︵7︶ 消費者保護の観点から、平成六年六月二二日製造物責任法が制定されたが︵平成七年七月一日施行︶、この法律 において不動産は対象とされない。しかしこれは、不動産について、消費者保護として十分な法的システムが用意 されているからという訳ではない。不動産が対象外とされた理由として、EC諸国など諸外国との調和を図る必要 があったことのほかに、不動産は契約責任による救済が馴染むこと、第三者に対する被害については土地工作物責 任︵民法七一七条︶などによる救済手段が用意されていること、耐用年数が長くその間の劣化や維持・補修を十分 に考慮する必要のあることが挙げられているが︵﹁製造物責任法﹂社団法人商事法務研究会五九頁︶、こうした理由 だけでは本文で述べるような趣旨における消費者の不利益さは十分カバーし切れない。ただ、製造物責任法の基本 的理念は、建築生産にもあてはまり、本文での論述もこうした理念と共通性を有する。 164 三 建築生産プロセスの開示義務 以上述べてきたように、建築工事は技術的に専門的かつ高度化し、新製品が多く開発されるなど材料的な進歩 もめざましい。また、建築物の設計段階においても、建築物に関する法的規制はより詳細かつ専門技術化してお り、発注者としては専門家たる設計者に任せざるを得ない。しかも、施工段階においては、具体的な建築工事に 関する知識・理解度という点で発注者は施工者に格段劣る。このことは、たとえ工事監理者が存在したとしても 変わらない︵工事監理者に全てのチェックをさせることの困難さはすでに述べたとおりである︶。こうした状況 下において、発注者としては、完成品としての建築物に一定の品質が確保されているかどうかを確認することは
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より困難になっている。加えて、万一完成建物に暇疵が発生した場合、暇疵の原因を究明することにはかなりの 困難さが伴うばかりか、たとえ蝦疵を立証できたところで修補や損害賠償では救済として不十分な場合が多々存 在するほか、潜在化している蝦疵の中には、人命を損なう危険性すら秘めているものがあるなど、民法上の事後 的救済では補いきれない場合も多々生じ得る。このほか、建物は発注者だけではなく広く国民全体の財産ともい え、社会的にも良質なストックの蓄積は当然の要請であることも併せ考えると、建築工事における蝦疵は、可能 な限り生産プロセスの中で防止する必要性が大きいといわなければならない。すなわち、建築物の品質を確保す るためには、完成後ではなく、その生産プロセス、すなわち設計プロセスや工事監理プロセス並びに施工プロセ スに重点を置き、かつ品質が欠けることによって被害を受けることになる発注者側の関与を積極的に認める必要 がある。 したがって、設計契約及び工事監理契約は委任契約と解される以上、受任者たる設計者及び工事監理者は、受 任者の報告義務︵民法第六四五条︶の一内容として、発注者に対して設計プロセス及び工事監理プロセスに関す る情報を開示すべき義務があると解すべきである。一方、工事請負契約では、建築物について設計図書で指定さ れる品質ないし社会通念上要求される程度の品質を確保する約束がなされていると考えられる。そして、この工 事請負契約は、建築生産プロセスにおいて建築物の品質確保のためのいわばラストチャンスともいうべき重要な 段階を対象とするものであり、かつこの段階を過ぎた後では毅疵の発見は困難ないし無意味になることを考える と、発注者は施工プロセスに関する情報を積極的に欲するであろうし、また請負者にもそれを拒む理由は全くな 165建蘂生産プロセス粥示義務 いと思われる。そうである以上、建築物の品質確保の約束に関する合理的意思解釈として、施工者は、 ︵−︶︵2︶ 対し、発注者の求めに応じて施工プロセスに関する情報を開示すべき義務があると解すべきである。 ︵1︶ ︵2︶ 発 注 者 に 近時ISO9000シリーズが脚光を浴びている。ISO︵一旨Φ旨簿一〇p巴9窓巳N簿一8︷目ω富注霞9N簿一8、 国際標準化機構︶9000シリーズは、品質管理︵Oq巴一昌寓き譜ΦヨΦ暮︶及び品質保証︵の轟一一蔓︾器貫彗8︶ に関する国際規格であるが、我が国の建設業界でも国際化の進展とともに検討され始めている。これまで日本では TQC︵↓o琶O¢巴一蔓OO旨8一︶などによる品質管理を行ってはいたが、それはどちらかと言えば企業内部の努 力であって、顧客からは見ることができないものである。これに対し、ISOは第三者による企業の品質保証シス テムの認定制度を採用し、いわば顧客側からの品質管理要求として位置付けられている。こうした動きは、単に施 工者内部における品質管理にとどまらず、発注者への情報開示によって建築物の品質確保を図ろうとする本稿の立 場と、その指向性において同一であると考えられる。 公共工事標準請負契約約款は、平成七年の改訂で請負者の発注者に対する履行状況報告義務が新たに定められた ︵同約款第一一条︶。また平成六年改正の建設業法は、請負者は一定の場合、発注者から請求があれば施工体制台帳 を閲覧に供しなければならないとする︵同法第二四条の七︶。これらは、本稿の立場と軌を一にするものといえよ ・つ。 166 四 施エプロセス開示義務 ⑭ 施エプロセス開示義務の内容 これまで建築生産プロセスの開示義務全般について論じてきたが、 これらの開示義務のうち、ここではとりあ
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えず施工プロセス開示義務の内容について若干の考察を加えたい︵設計プロセス開示義務及び工事監理プロセス 開示義務の詳細については後日の機会に譲る︶。 施工プロセス開示は、施工プロセスに関する情報を建築的に素人である発注者に開示することによって完成建 築物の品質を確保しようとするものである。したがって、施工プロセス開示とは、施工過程に関する情報を、発 注者の要求に従い、その情報の性質上必要な時期にいつでも開示できる状況にあり、しかも素人である発注者に も容易にわかるように開示することを意味すると考えられる。そして、具体的な情報内容としては、後に述べる ︵−︶ ︵工事︶工程表のほか、採用した工法に関する施工計画書、設計図などの諸図面︵施工図を含む︶はもちろん、 工事の進行に関連して必要となる諸作業予定表︵製品の製作工程表や未決定事項をいつまでに決めなければなら ないかを示す予定表などーこうした段取りの良否は品質確保にとって重要である︶、搬入材料・製品の諸検査 に関する書類、日々の作業記録︵人工数の記載も含む 下請工の人数は作業の内容・程度を推測する一つの資 ︵2︶ 料となる︶、工程ごとの工事報告書︵超音波探傷などによる溶接箇所の検査結果報告書、配筋などの状態を検証 ︵3︶ ︵4︶ するための写真やビデオといった視覚的資料を含む︶、打合せ記録など、発注者が安心して工事の続行を施工者 に任せるに足り、かつ発注者自らも完成建物の品質を確認できるに十分な情報の開示義務を認めるべきであろ ︵5︶。 貞ノ ︵1︶ ただし、施工方法の中には企業のノウ・ハウが含まれている場合があるので、この点は施工プロセス開示義務の 167建築生産プロセズ鰐示義務 ︵2︶
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︵5︶ 限界問題として今後の検討を要する問題である。 作業記録といっても、どの程度の内容を記載すれば良いかについては今後検討を要する問題であるが、程度はと もかく、その日に行った作業内容の記録そのものが存在しないということは品質確保という観点からして極めて問 題といわざるを得ない。したがって、たとえば、裁判上こうした書証の提出を求められているにもかかわらず提出 しない場合には、澱疵の存在の事実上の推定など施工者の能力不足に関して何らかの不利益を受けることもやむを 得ないケースも存在しよう。 現状における工事写真などは、質・量ともに不十分と思われる。今後の検討課題である。 打合わせ記録は、法的観点も踏まえたマニュアルの作成を考える必要がある。マニュアル化によってこれまで以 上に必要な情報の整理が可能であり、かつ省力化を図れる。 ISO9000シリーズを建設関連企業︵設計・工事監理を含む︶に導入するにあたっての指針が最近発表され た︵﹁建築関係企業の品質保証体制整備のための指針﹂建築関係企業品質保証体制整備指針研究会︶。この中では、 品質システムの要素を中心に解説するとともに、企画、設計、工事監理、施工など各生産段階に応じた品質管理方 法に触れ、建築物完成後の品質システムに言及している。とくに本稿の施工プロセス開示義務と関連の深い記述と しては、材料管理を厳重に行うことや施工中の適切な段階において検査、試験などの検証を行い品質記録として保 管するなどが挙げられる。 168 ロ エ事工程表の提出義務 ところで、施工プロセス開示義務と関連して解明すべき問題は多々存在するが、ここでは一例として工程表を とりあげる。これまで工程表の提出はごく当然のこととされてきたが、本稿では施工プロセス開示義務の視点か ︵−︶ ら、その提出義務及び不提出の場合の法的効果について言及する.菓洋法学
工程表は工事の進行状況を前もって予想するもので、完成という結果を約束する請負契約の本来的意義からす れば、発注者に提出する必要のないものといえる。しかし、現実には工程表を発注者に提出することが多いし、 また契約上提出そのものが義務となっていることも多い。こうした現象は、施工プロセスの開示という方向性の 中ではじめて理解できる。すなわち、工程表は、施工者からすれば建築工事の作業日程を予め想定し、それに合 わせて各工事の段取りをし、かつそれを遵守することによって工期内に工事を終了できることを確認できるもの であるから、要求される品質の建物を工期内に完成させるために重要な役割を果たす。また、発注者からすれば、 工程表は、建物が自分の意図したとおり工期内に完成できるのか、もしできるとすればどういう手順で完成させ るつもりなのかなど、施工者が十分な品質を備えた建築物を完成するだけの能力があるか否かを確認する一手段 になり得る。したがって、工程表が建築物の品質確保の一手段として重要である以上、工程表の提出も施工プロ セス開示義務の一内容たりうるというべきである。 では、発注者の求めに逆らって工程表を提出しないまま工事を進めた場合、どのような法律関係が生じるか。 基本的には、工程表の不提出は契約上の債務不履行と考えられるので、そのことによって損害が生じれば、理論 上発注者は損害賠償を請求できることは当然である。しかし、損害賠償請求できると言っても、現実の場面では その実効性においてかなり疑問があり、発注者の品質確保への期待は必ずしも保護されないことが多いと考えら れる。そこで、工程表の不提出が契約の解除原因となり得るかが問題となる。この点、民法六三五条が存在する こと及び工程表の作成はもともと施工者の裁量事項であり、たとえ不提出でもきちんと完成さえすれば発注者に 169建築生産プロセス鰐示義務 実質的な不利益を与えないことに重きを置けば、工程表の不提出をもって直ちに契約解除原因とすることは難し いかもしれない。しかし、工程表が施工プロセス開示の一手段として建築物の品質確保に重要な機能を果たして いること、実際的にも工程表なしで、あるいは施工中工程表を修正する必要があるにもかかわらず何ら修正せず に工事を進めることは、まさしく場当たり的な仕事しかしない施工者と評価せざるを得ず、そのような施工者に 建築物の品質確保を期待することはできないこと、また解除できなければ結果的に発注者にそのような施工者へ の信頼を強制することになるが、そうしたことの不合理さを考えれば、工程表の不提出は施工プロセス開示義務 ︵2V 違反として契約解除原因になり得ると考えられるのではなかろうか。 170 ︵1︶ ︵2︶ 本稿での問題点は、あくまで工程表の提出についての法的義務についてであり、工程表の内容についての法的拘 束力の有無とは別の問題であることに注意する必要がある。 建築物の完成近くになっての契約解除については、社会経済的損失とのバランスも考慮する必要があるかもしれ ない。しかしこの点に関する考察は、工事請負契約における解除の効果を将来的無効と考えることと関連性を有す るため、後日の機会に譲る。