観光行動の促進要因と阻害要因
―JGSS-2010 のデータを用いて―
林 幸史
大阪国際大学人間科学部
Factors that Promote and Constrain Tourist Behavior: An Analysis Using JGSS-2010 Data
Yoshifumi HAYASHI Faculty of Human Science Osaka International University
This study aimed to investigate the factors that promote and constrain tourist behavior by understanding the characteristics of Japanese tourist behavior. We utilized JGSS-2010 data to analyze the association between frequency of travel and psychological factors, socioeconomic factors, and interpersonal factors by using a self-organizing map. The main results were as follows. (1) The motivation for stimulation and introspection promote tourist behavior. (2) The segment of society that an individual belongs to and level of household income were associated with frequency of travel across all age groups, and academic background was associated with frequency of travel among the senior age group. (3) Interpersonal factors such as living with a partner and frequency of having dinner with friends were associated with frequency of travel.
Key Words: JGSS, tourist behavior, sightseeing motives
本研究の目的は、日本人の観光行動の実態を把握することによって、観光行動を促進、阻 害する要因を明らかにすることである。JGSS-2010 のデータを用いて、観光旅行の実施頻度 と心理的要因、社会経済的要因、対人的要因との関連について自己組織化マップによる分析 を行った。主な結果は以下の通りである。(1)観光動機の中でも、刺激を求める動機や、自 己を見つめなおすことを求める動機は、観光行動の生起を促進することが明らかになった。 (2)全年齢層において、社会階層や世帯収入レベルが観光行動の頻度と関連しているととも に、高年層では、学歴との関連も強いことが明らかになった。(3)同居配偶者の有無や友人 との会食頻度といった対人的要因と観光行動の頻度との関連が示された。 キーワード:JGSS,観光行動,観光動機
1. はじめに 1.1 研究の背景 観光は、観光政策審議会が 1995 年に行った答申において「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて 行うさまざまな活動であって、触れあい、学び、遊ぶということを目的とする」と定義されている(佐々 木, 2000)。本研究での観光行動とは、観光政策審議会の定義にあるように、余暇時間の中で楽しみを 目的として行われる旅行のことである。 2007 年に観光立国推進基本法が施行され、わが国でも観光立国の実現に向けての取り組みが推進さ れている。観光立国推進基本法に基づく観光立国推進基本計画では、基本的な目標として、日本人の 国内観光旅行による 1 人あたりの宿泊数の増加や、日本人の海外旅行者数の増加が掲げられている。 国土交通省観光庁(2010)の『観光白書』によると、2009 年の国民 1 人当たりの国内宿泊観光旅行回 数は 1.42 回であり、また、年間の海外旅行者数は 1,544 万人であることが報告されている。ここでの 海外旅行者には、業務出張や研修、帰省などを目的とした旅行者も含まれてはいるが、『JTB レポート 2009』(ツーリズム・マーケティング研究所, 2009)によると、海外旅行者のうち 64.3%が観光目的で あることが報告されている。また、『平成 18 年社会生活基本調査』(総務省統計局, 2007)によると、 過去 1 年間に観光を目的とした旅行を実施した人の割合は、国内旅行が 49.6%、海外旅行が 8.5%で あるという。今や観光旅行は日本人が行う主要な余暇活動の 1 つであるといえよう。しかし、日本の 海外旅行者数を世界主要国と比較した場合、日本は世界で 15 位であり(国土交通省観光庁, 2010)、 その数は多いとは言えない。また、国内旅行での 1 回当たりの宿泊数も他の国々と比べて短い(国土 交通省観光庁, 2010)。これは、もちろん日本人が観光旅行を好まないという訳ではない。財団法人日 本生産性本部(2009)の『レジャー白書』では、旅行の潜在需要(参加希望率−実際の参加率)が、 多様なレジャー活動の中でも最も高いことが報告されている。世界の主要国との比較において、日本 人が行う観光旅行の現状が高い水準にはない理由としては、海外旅行者数の上位国である欧州や北米 の国々とは異なり日本が島国であるという地理的な要因や、年間の労働時間の長さ、有給休暇の取得 率の低さといった社会的な要因が挙げられる。また、個人レベルに目を向けた場合、旅行に行きたく ても行けない理由があることもあるだろう。では、人々の観光行動を阻害する要因とは、どのような ものであろうか。 1.2 観光行動の促進要因と阻害要因 余暇活動の阻害要因としては、個人内、対人的、構造的という 3 つの阻害要因が知られている (Crawford & Godbey, 1987; Crawford, Jackson & Godbey, 1991)。個人内要因とは、パーソナリティ、レ ジャーに対する態度や価値観、興味の欠如など個人の内部に生じる心理傾向のことである。また、対 人的要因とは、家族や友人など他者との社会的相互作用から生じるものであり、一緒に活動する相手 がいないなどの要因である。構造的要因とは、時間や費用の不足、活動環境へのアクセスの困難さと いった主に外的な状況要因のことである。近年、観光行動の阻害要因についても研究が進められてい るが、その多くは Crawford & Godbey(1978)の枠組みを用いたものである(Nyaupane & Andereck, 2008)。
また、わが国でも、近年 20 代と 30 代の海外旅行者数が減少傾向にあることから、旅行の阻害要因 についての研究が行われている(JTB, 2007, 2008; 国土交通省観光庁, 2009; 中村・西村・髙井, 2010; 社 団法人日本旅行業協会, 2008)。たとえば、社団法人日本旅行業協会(2008)は、15∼39 歳の男女を対 象とした調査を実施し、過去 3 年間の海外旅行の回数と年間有給取得日や平均労働時間、世帯年収や 消費性向などとの関連について報告するとともに、海外旅行代金の高さやパスポート取得手続きの煩 雑さが海外旅行の阻害要因となっていることを指摘している。また、JTB が実施した 20 代若者の旅行 動向調査では、旅行をためらう理由として「旅行はしたいがお金がない」、「休みが取れない」、「同行 者とのスケジュールが合わない」といったことが国内旅行、海外旅行ともに共通する理由であること が報告されている(JTB, 2008)。団塊世代を対象とした同様の調査では、旅行する障害となることと しては、「将来の生活への不安」、「自分や配偶者の健康」、「親の介護」が多くあげられたことが報告さ
れている(JTB, 2007)。『日本人の観光旅行の状況に関する調査・分析等報告書』(国土交通省観光庁, 2009)においても、既存の調査結果をもとにした日本人の観光旅行低迷要因についての検討が行われ ている。これらの報告からは、主に構造的要因と対人的要因によって日本人の観光行動が阻害されて いることが分かる。 前田(1995)は、観光行動の成立条件として、時間、金銭、情報という 3 つを指摘するとともに、 これらが潜在的欲求を顕在化させる働きをするとしている。つまり、時間的、もしくは金銭的な余裕 が生まれることによって、観光への欲求がわき起こるというのである。また逆に、欲求が生じること によって金銭や時間といった観光に必要となる条件を整えるための努力をすることもあるという。観 光への動機や欲求は、行動の生起を促進する重要な要因の 1 つであると考えられている。 人に観光行動を起こさせ、特定の目的地に導いていく心理的要因は旅行者モチベーションといわれ る。旅行者モチベーションは、Push 要因と Pull 要因から成る複合的な概念である。前者はさまざまな 余暇活動がある中でも特に観光行動にかりたてる働きをする動機や欲求であり、後者は具体的な目的 地を選ばせるようにはたらく観光地のイメージや魅力のことである。Push 要因にあたる観光動機に関 して、Pearce(1988)は、Travel Career Ladder と呼ばれる観光動機の 5 段階モデルを提唱している。 彼によると、人々の観光動機は 5 段階のトラベル・キャリア(リラックス欲求、安全‐刺激欲求、関 係欲求、自己発展欲求、自己実現欲求)のいずれかに位置づけられ、その段階は個人のライフサイク ルや旅行経験によって変動するという。佐々木(2000)も同様に、観光動機は 5 次元の特性に集約で きるとしている。それらは、逃避やリラックスに関わる「緊張解消」、レクリエーションや楽しみに関 わる「娯楽追求」、人間関係の拡大や強化に関わる「関係強化」、異文化への理解や知識に関わる「知 識増進」、自尊心の向上や自己成長に関わる「自己拡大」である。トラベル・キャリアについての実証 研究では,Ryan(1998)がイギリス人旅行者を対象とした調査から、過去の旅行経験よりも個人の年 齢が観光動機に影響することを示している。本邦では、林・藤原(2008)が、日本人海外旅行者を対 象とした調査から、「刺激性」「文化見聞」「現地交流」「健康回復」などの 7 因子を見出し、それら観 光動機は、年齢を重ねるにつれて刺激性や意外性といった新奇性への欲求から文化や自然を求める本 物性への欲求に変化することを明らかにしている。 1.3 研究の目的 本研究では、日本人の観光行動の実態を把握することによって、観光行動を促進、あるいは阻害す る要因を明らかにすることを目的とする。より具体的には、国内旅行と海外旅行の実施頻度と心理的 要因、社会経済的要因、対人的要因との関連を探り、高い頻度で旅行を実施する人と、そうではない 人の特徴を明らかにすることを目指す。先に述べた日本人を対象とした従来の研究では、個々の促進・ 阻害要因についての単純集計や旅行回数とのクロス集計にとどまっているものが多い。そのため、複 数の要因の中でもどの要因が行動の生起を促進したり阻害したりするのかを明らかにするまでには至 っていない。また、先行研究の知見からは、促進・阻害要因による影響は年齢やライフステージによ って異なることが予想される。そのため、本研究では年齢層ごとでの分析を実施し、要因間の関連を 解き明かすとともに、具体的にはどの要因が観光行動を規定しているのかを明らかにする。 2. 方法 2.1 データ 本研究では、JGSS-2010 のデータを用いた。JGSS-2010 は、全国の 20 歳∼89 歳の男女 9,000 名を層 化二段無作為抽出によって選定して実施された調査であり、A 票(4,500 名)と B 票(4,500 名)に分 かれている。本研究で用いた B 票の有効回答数は 2,496 名であり、回収率は 62.14%であった。分析に は、20 歳∼79 歳の男女 2,358 名のデータを用いた(1)。
2.2 分析の方法
まず、観光行動の実態を把握するために旅行頻度と観光動機について全体での分布を確認する。次 に、回答者を若年層(20∼39 歳)、中年層(40∼59 歳)、高年層(60∼79 歳)の 3 群に分け、年齢層 ごとに自己組織化マップを作成し、観光行動の促進・阻害要因について検討する。自己組織化マップ (SOM :self-organizing map)とは、Kohonen(1995)により提案されたニューラルネットワークモデルの 1 つであり、入力層と出力層の 2 層から構成され、教師なしの学習アルゴニズムをとる。SOM では、 競合学習によって多次元データを圧縮し、低次元のマップを描くことができる。そのため、直観的に は把握が困難な多次元データを視覚的に表現し、全体的な特徴を見出すことが可能となる。SOM の分 析については豊田(2008)を参考にした。 2.3 分析に用いる変数 SOM の分析には、性別、年齢、居住地域といった基本的な個人属性に加え、以下の変数を用いた。 なお、居住地域については、居住地域の規模についての変数を用いた。分析では、「大都市の中心部」 「大都市の郊外」を「大都市」、「中小都市」を「中小都市」、「町村部」「人家がまばらな農山漁村」を 「町村部」というカテゴリに変換した(2)。 (1)観光旅行頻度:国内旅行と海外旅行の実施頻度を用いた。 (2)心理的要因:観光動機を用いた。 (3)社会経済的要因:世帯収入のレベル、階層帰属意識、学歴を用いた。分析では、世帯収入のレベ ルが「平均よりかなり少ない」「平均より少ない」を「収入低」、「ほぼ平均」を「収入中」、「平均より 多い」「平均よりかなり多い」を「収入高」というカテゴリに変換した。階層帰属意識は「上」「中の 上」を「上層」、「中の中」を「中層」、「中の下」「下」を「下層」というカテゴリに変換した。学歴は 中学卒と高校卒を「高校卒以下」、大学卒以上を「大学卒以上」とした(3)。 (4)対人的要因:身近に同行者となり得る人が存在しないことが阻害要因になると予想したため、同 居配偶者の有無と友人との会食頻度を用いた。同居配偶者の有無に関しては、配偶者との同居に関す る質問文に対して、「同居」と回答した人を「同居配偶者あり」とし、「別居」と回答した人、及び「非 該当」の人を「同居配偶者なし」とした。友人との会食頻度に関しては、「ほぼ毎日」「週に数回」「週 に 1 回程度」を「会食高頻度」、「月に 1 回程度」を「会食中高頻度」、「年に数回」を「会食中低頻度」、 「年に 1 回程度」「まったくしていない」を「会食低頻度」として分析に用いた。 3. 結果 3.1 旅行頻度の度数分布 表 1 は、海外旅行の実施頻度と希望頻度の度数分布を示したものである。実施頻度は、「まったく しない」が 76.5%を占めており、海外旅行を実施する人は 25%程度である。しかし、希望頻度は「年 に 1 回程度」が 25.2%、「数年に 1 回程度」が 32.5%となっており、現在のところ海外旅行をしてい ないが、できることならば海外旅行に出かけたいといった意向を多くの人がもっていることが分かる。 表 1 海外旅行頻度の度数分布 実施頻度の度数(%) 希望頻度の度数(%) 月に数回 3 (0.1%) 7 (0.3%) 月に 1 回程度 0 15 (0.7%) 年に数回 30 (1.3%) 139 (6.2%) 年に 1 回程度 105 (4.7%) 569 (25.2%) 数年に 1 回程度 390 (17.4%) 734 (32.5%) まったくしない/行きたくない 1719 (76.5%) 796 (35.2%) 無回答 111 98 計 2358 (100%) 2358 (100%)
表 2 は、国内旅行の実施頻度と希望頻度の度数分布を示したものである。実施頻度は、「まったく しない」が 23.6%であり、70%以上の人が国内旅行を実施していることが分かる。希望頻度に目を転 じると、「行きたくない」は 6.4%であり、高頻度での実施を希望する回答が多いことから、国内旅行 についても、今以上の頻度で実施したいと考えている人が多いことが分かる。 表 2 国内旅行頻度の度数分布 実施頻度の度数(%) 希望頻度の度数(%) 月に数回 18 (0.8%) 46 (2.0%) 月に 1 回程度 52 (2.2%) 239 (10.2%) 年に数回 699 (30.0%) 1138 (48.7%) 年に 1 回程度 596 (25.5%) 597 (25.5%) 数年に 1 回程度 418 (17.9%) 169 (7.2%) まったくしない/行きたくない 550 (23.6%) 149 (6.4%) 無回答 25 20 計 2358 (100%) 2358 (100%) 旅行頻度の各カテゴリの度数には大きな偏りがみられたため、以後の分析では、次のように変換し たものを用いる。国内旅行の実施頻度の「月に数回」「月に 1 回程度」を「国内高頻度」とし、「年に 数回」を「国内中高頻度」、「年に 1 回程度」を「国内中低頻度」、「数年に 1 回程度」を「国内低頻度」、 「まったくしない」を「国内無頻度」とした。同様に海外旅行の実施頻度に関しても「月に数回」「年 に数回」「年に 1 回程度」を「海外高頻度」、「数年に 1 回程度」を「海外中頻度」、「まったくしない」 を「海外無頻度」とした。 3.2 観光動機の度数分布 表 3 は、観光動機の度数分布を示したものである。「文化」「娯楽」「癒し」「自然」といった動機を 選択した人はそれぞれ 50%前後であるが、「交流」「刺激」「自己」といった動機を選択した人は少な いことが分かる。また、「その他」には「温泉」という記述が 19 名(0.8%)みられた。なお、本研究 では Push 要因である観光動機に着目するため、「その他」「特にない」というカテゴリについては、以 後の分析からは除外する。 表 3 観光動機の度数分布(複数回答) 旅行先の文化にふれる(文化) 1193 (51.0%) 旅行先の人々とふれ合う(交流) 414 (17.7%) 家族や友人との関係を深める(関係) 1037 (44.3%) 刺激的な経験をする(刺激) 237 (10.1%) 買い物や食事を楽しむ(娯楽) 1270 (54.3%) ストレスを解消する(癒し) 1155 (49.3%) 自然を楽しむ(自然) 1294 (55.3%) 自由気ままに過ごす(自由) 732 (31.3%) 自分自身を見つめなおす(自己) 172 (7.4%) その他 50 (2.1%) 特にない 120 (5.1%)
3.3 年齢層別の自己組織化マップ 分析では、各変数のカテゴリを全てダミー変数に変換したものを用い、出力層のサイズを 10×10、 ユニットの配列方法を格子状に指定した。年齢層ごとで競合学習を行った結果、入力ベクトルに最も 近い重みの格子点にカテゴリ名を記したのが図 1∼3 である。マップ上で近接するカテゴリは、離れた カテゴリよりも関連が強いことを表しているが、SOM のマップはユークリッド距離で描かれたもので はないため、カテゴリ間の距離は関連の度合いを反映しているわけではない。 若年層のマップの右の領域には「国内高頻度」「海外高頻度」が布置されている。そして、これら には「自己」「交流」「刺激」といった観光動機に加え、「上層」「収入高」「大都市」といったカテゴリ が近接している。下の領域には「国内無頻度」が布置され、「収入低」「高校卒以下」「下層」「男性」 といったカテゴリが近接している。左上の領域には、「女性」「収入中」「大学卒以上」「中層」といっ たカテゴリに加え、「娯楽」「癒し」「自然」「文化」といった観光動機のカテゴリが布置されている。 以上から、上層階層、大都市居住、高収入の人は、国内旅行、海外旅行ともに高頻度で実施している といえる。また、自己、交流、刺激といった動機が観光行動を促進するといえよう。その一方で、下 層階層、高校卒以下、低収入の人や男性は旅行をしない傾向が高いといえる。また、中層階層、大学 卒以上の人や女性は、娯楽、癒し、自然、文化といった動機をもつ傾向にあるが、積極的な観光行動 にはつながらないことが分かる。 図 1 若年層のマップ
次に、中年層のマップに着目する。右の領域には、「国内高頻度」「海外高頻度」が布置されている。 それらに近接するカテゴリとしては、「上層」「会食高頻度」「大都市」と、「自己」「刺激」「交流」の 動機がある。右下の領域には、「国内無頻度」「会食低頻度」「同居配偶者なし」といったカテゴリが布 置されている。左下の領域には、「海外無頻度」が布置され、「高校卒以下」カテゴリが近接している。 左の領域には、「女性」「同居配偶者あり」といったカテゴリとともに、「娯楽」「文化」「癒し」「自然」 といった観光動機が布置されている。以上から、上層階層、大都市居住、友人との会食高頻度の人は、 国内旅行、海外旅行ともに高頻度で実施しており、自己、刺激、交流といった動機が観光行動を促進 している。その一方で、高校卒以下の人は海外旅行を行わない傾向にあり、友人との会食頻度が低い 人や同居配偶者が無い人は国内旅行を行わない傾向にあるといえよう。 図 2 中年層のマップ 次に、高年層のマップに着目する。右の領域には、「海外高頻度」「国内高頻度」が布置され、「刺 激」「自己」といったカテゴリや、「上層」「収入高」といったカテゴリが近接している。上の領域には、 「国内中高頻度」が布置され、「収入中」「中層」「文化」「娯楽」といったカテゴリが近接している。 左下の領域には、「海外無頻度」と「中高卒」が同一座標に布置され、右下の領域には、「国内無頻度」 が布置され、「会食低頻度」「同居配偶者なし」が近接している。これらのことから、上層階層、高収 入の人は、国内旅行、海外旅行ともに高頻度で実施しており、自己、刺激といった動機をもつ傾向が
図 3 高年層のマップ 最後に、3 つのマップを比較してみると、全体的な特徴はどのマップも類似しているといえるが、 年齢層によっていくつかの相違が読み取れる。第 1 は、学歴と旅行頻度との関連である。高校卒以下 であることは、いずれの年齢層においても観光行動の阻害要因となりうることが分かるが、特に中年 層、高年層では海外無頻度との関連がより顕著になっている。第 2 は、同居配偶者の有無と旅行頻度 との関連である。若年層においては、同居配偶者の不在や友人との会食頻度の低さは、国内旅行の阻 害要因にならないが、中年層、高年層においては、国内無頻度との関連が強いことから、阻害要因と なっている可能性がある。第 3 は、性別と観光動機との関連である。若年層と中年層においては、「文 化」「自然」「娯楽」「癒し」といった動機は女性にみられる傾向が強かったが、高年層においては、そ のような傾向がみられない。 4. 考察 分析の結果、高頻度での旅行実施には、上層階層、高収入、大都市居住、高い会食頻度といった特 徴に加えて、旅先で刺激的な経験を求めたり、自己内省を求めたりする動機との関連が示された。逆 に旅行を実施しない人には、下層階層、低収入、高校卒以下、同居配偶者の不在といった特徴がみら れた。以下では、観光旅行の実施頻度との関連が示された心理的要因、社会経済的要因、対人的要因、 それぞれについて考察していく。 心理的要因に関しては、年齢層を問わず、旅先で刺激的な経験を求めたり、自己内省を求めたりす る動機が高頻度の観光行動と関連することが示された。このことから、これらの動機は、観光行動を 促進する要因であるといえる。一方、旅行先の文化や自然に触れたいといった動機や、飲食や買い物
を楽しみたいといった動機は、中層階層や中収入との関連は示されたが、高年層を除き、実施頻度と の関連は弱いことが示された。そのため、これらの動機は積極的には行動を促進するものではないと 考えられる。観光動機の中にも積極的に行動を促進する動機と、そうではない動機があることについ ては、次のような説明が可能である。人に観光行動を起こさせ、特定の目的地に導いていく旅行者モ チベーションが Push 要因と Pull 要因から成ることは既に述べたとおりである。一般には、Push 要因 が働いた後に、Pull 要因が働き目的地が選択されると考えられているが、それとは逆に Pull 要因によ って Push 要因が顕在化することもあろう。「自然」「文化」「娯楽」といった動機については、後者の 場合が多いのではないだろうか。たとえば、雄大な自然の映像を見てそこに行きたいと思うような場 合がそれにあたる。この場合、Push 要因よりも Pull 要因が優勢であるといえる。それに比べて、「刺 激」や「自己」といった動機は、具体的な観光対象を伴わないため、常に Pull 要因よりも Push 要因 が優勢だといえる。このことから、「刺激」と「自己」の動機は、他の動機と比べて、行動に向かわせ る心理的な動力が強いということが考えられる。観光における刺激への動機は、新奇な環境で冒険す ることや、スリルを楽しむことを求める気持ちである(Lee & Crompton, 1992)。このような動機が強 い人は、生活環境の変化や新しい土地に対する不安を受容できるため、積極的に旅行を実施できると もいえよう。 社会経済的要因に関しては、高校卒以下であることは、いずれの年齢層においても観光行動の阻害 要因となりうることが明らかになった。中年層、高年層では海外無頻度との関連が顕著であった。そ れでは、なぜ学歴の高低によって旅行の実施頻度が異なるのであろうか。これには、興味の欠如や語 学力に対する自信のなさといった理由が考えられる。社団法人日本旅行業協会の調査では、短大・大 学卒の者で海外旅行に対して興味があると回答したのは 80%前後であるのに対して、高卒者の者では 70%弱であったことが報告されている(廣岡, 2008)。日常生活圏外の地理や、さまざまな地域の歴史 や文化に関する知識の不足が興味の欠如を招いているのだと推察できる。また、個人で海外旅行を楽 しむためには、ある程度の語学力が求められる。語学力に対する自信のなさが高校卒以下の人の海外 旅行の生起を妨げているのかもしれない。 社会経済的要因に関しては、社会階層によって観光行動の頻度が異なることも示された。具体的に は、上層階層であると、国内旅行、海外旅行ともに実施頻度が高く、下層階層であると旅行を実施し ない傾向が強いことが示された。社会階層は収入レベルにも依拠しているため、経済的な要因による ところが大きいとも考えられるが、それに加えて子どもの頃の旅行経験が影響している可能性も考え られる。現在の自分が上層階層に属していると考える人は、親の社会階層も上層であることが多いだ ろう。そのため、子どもの頃に多くの旅行を経験していることが考えられる。小学生の頃に家族と旅 行に行った経験は、大人になってからの旅行意向や実施回数に影響することが報告されている(JTB, 2009; 国土交通省観光庁, 2010)。また、親が子ども時代の旅行経験を肯定的に捉えていると、その子 どもの観光旅行回数も増加する傾向にあるという(国土交通省観光庁, 2010)。上層階層では、親子間 で旅行経験が継承されるかたちとなるため、社会階層によって観光行動の頻度が異なってくるのだろ う。 対人的要因に関しては、中高年層において、同居配偶者の不在や友人との会食頻度の低さが国内旅 行の阻害要因になっている可能性が示された。『旅行者動向 2009』によると、旅行の同行者は 20 代前 半では友人が約 5 割を占め、30 代後半では約 7 割が家族となり、50 代以上では夫婦が 3 割以上を占め るようになることが報告されている(財団法人日本交通公社, 2009)。また、団塊世代を対象とした調 査でも、60 歳以降に一緒に旅をしたい人という問に対する回答は、男性の 72.5%、女性の 48.7%が「夫 婦」と答えている(JTB, 2007)。これらの調査結果からも同居配偶者の不在は、中高年層にとっては 大きな阻害要因になるといえる。そして、会食頻度の低さの背景には、外向性や社交性が低いといっ たパーソナリティが関与していると考えられる。外向性は個人の活動レベルを予測するものである。
最後に本研究の課題について述べておく。本研究では、日本人の観光行動の実態を把握することに よって、観光行動を促進・阻害する要因を明らかにしてきた。しかし、実態把握を通しての阻害要因 の解明には限界があるともいえる。学歴の低さや上層階層に所属していることが、観光行動を阻害し たり促進したりすることを指摘したが、これらは旅行頻度に間接的に影響するものだと考えられる。 考察でも述べたように、直接的には旅行への興味の欠如や、子供時代の旅行経験が観光行動を規定し ていると考えられよう。また、ある要因が阻害要因になるには、その状況に対する個人の認知のしか たが関わっているかもしれない。今後は、それらの点を踏まえて観光行動の促進要因や阻害要因を検 討していく必要があるだろう。 [Acknowledgement]
日本版 General Social Surveys(JGSS)は、大阪商業大学 JGSS 研究センター(文部科学大臣認定日本 版総合的社会調査共同研究拠点)が、東京大学社会科学研究所の協力を受けて実施している研究プロ ジェクトである。 [注] (1)年齢層を 20 歳区分で構成したため、80 歳∼89 歳の 138 名のデータは今回の分析からは除外した。 (2)「町村部」と「人家がまばらな農山漁村」のカテゴリを統合したのは、若年層で「人家がまばらな農山漁村」 と回答した人が 12 人(1.9%)と少数であったからである。 (3)世帯収入レベル、階層帰属意識それぞれのカテゴリを統合する際には、カテゴリのもとの内容に準じて統 合したが、学歴については、若年層の「中学卒業」が 18 人(2.9%)と少数であったため、「中学卒業」と「高 校卒業」を統合し、「高校卒以下」とした。 [参考文献]
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