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4 月 26 日(日)第 30 回京田辺市民総体・第2回木津川ロードレース大会
昨年、会の総力を挙げて実施した標記大会。今回早くも 2 回目を迎えました。役員の皆様の協力 で役割分担もスムースに効率よい運営ができたと思います。昨年の反省から今年は山城大橋付近に 給水所も設けました。雲一つない快晴の下、ランナーには暑さ対策になったと思います。やや残念 でしたのは参加者が昨年を下回ったこと。(当日、事情で 3 名が棄権され走られたのは 26 名でした) 来年は事前の宣伝活動に力を入れたいと思います。スタート時間を 30 分早めたことで 11 時には表 彰・閉会式ができました。 当日役員 23 名他会員プラスαで総員 51 名。前日の距離測定(確認)と看板設置作業に 10 名の 会員が参加されました。 ★ 反省会からの声 ★ 役員の受付も必要。(説明、パンフ・水の配布など不十分) 参加種目を増やしてみたら。参加者が増えるかも。 手作りの幟がよかった。 ゼッケンが小さくて見えづらかった。 最終ランナーの通過前に距離表示を片づけるのはよくない。 後片付けが不充分。表示板の置き忘れ。京田辺走ろう会会報
事務局
TEL/FAX:0774-62-6196 E-mail:[email protected] HP:http://kyotanaberc.web.fc2.com/ HP:http://kyotanaberc.web.fc2.com/2 / 6 レース結果(距離はすべて10 ㎞) 壮年男子 (50 歳以上) 一般男子 1位 武林 誠 41:16 1位 西村 直記 35:34 2 加藤 照男 43:39 2 松本 良輔 38:45 3 藤田 邦昭 44:36 3 満岡佐武郎 39:18 4 藤田 耕平 46:01 4 横尾 祐郁 39:44 5 栢木 利和 46:06 5 小路 義久 42:10 6 小泉 弘道 46:55 6 田實 敬幸 48:36 7 梶 正人 47:19 7 相原 紀章 53:15 8 薮本 哲史 47:46 9 中島 徹 50:25 壮年女子(50 歳以上) 10 森岡 進 52:27 1位 中島 寛子 50:58 11 満岡 政明 52:45 2 満岡冨佐子 52:44 12 泉 弘 53:59 3 相原みやこ 82:02 13 齋藤 正法 55:21 14 坂田 一郎 57:29 *表彰は各部3位まで 15 藤井 満博 59:26 16 越本 彰 60:55
4 月 12 日(日)記録会
今年の春は雨ばかり。ただ、この日は晴天に恵まれ、ランニング日和でした。私は久しぶりの長 距離走でしたが、思った以上によく走れました。(横尾) 気温・天気 12.8 度・晴れ 20km の部 10 キロの部 1 瀬尾 浩司 1 時間 26 分 17 秒 1 坪倉 修二 59 分 47 秒 2 横尾 祐郁 1 時間 26 分 18 秒 2 古野 敏 1 時間 2 分 52 秒 3 浅利 依子 1 時間 56 分 10 秒 3 兼田 政章 1 時間 7 分 35 秒 4 満岡 政明 1 時間 56 分 48 秒 5 齋藤 正法 1 時間 57 分 16 秒 5km の部 6 高岡 理 2 時間 6 分 00 秒 1 藤田 邦昭 26 分 20 秒 7 高岡 元章 2 時間 14 分 55 秒 2 坂田一郎 29 分 14 秒 3 古林 肇 29 分 30 秒 4 木村 明司 35 分 20 秒ゆっくり走って楽しい汗をかこう
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☆大会に参加して☆
2 月 22 日(日)寝屋川ハーフマラソン 2015
横尾祐郁 ハーフ 1 時間 27 分 02 秒(グロス) 一般男子の部 42 位
学研都市線ですぐ行けるためエントリー(東寝屋川駅から徒 歩 5 分)。ハーフの大会だが、フルマラソン並みの盛大さ。寝 屋川市が全力をあげて運営していることがよく感じられる大 会であった。 うれしかったのは沿道の声援が多かったことと更衣用テン ト内に何とストーブが置いてあったことだ。暖かい。そして、 木津川マラソンのように地面がベチャベチャにならないよう にブルーシートまで敷いてあった。感動だ!マラソン大会はど の会場もそうだが、更衣室はテントだけで、中は地面が泥だら けというところが多い。特に木津川はそうだ。晴れていても。 木津川マラソンは好きな大会だが、それだけは毎年不満だ。 さて、話を戻そう。この大会は坂がきついと聞いてはいたが、 最初の成田山までだろうと思っていた。しかし、次から次にア ップダウンが続く。しかもコースは曲がり角が非常に多い。コースとしては最低レベルだ。翌週の 寛平マラソン(フル)に出場するので、前半は抑え気味に走ったが、これだけ坂が多いと息も上が り、結局本気走りしてしまった。1 週間後が怖い。特に最後の坂には参った。12 キロぐらいから急 降下していくのだが、ああ、帰りはこの坂を上がっていくのかと意気消沈しながらも飛び跳ねるよ うに下って行った。案の定、最後の 2 キロはものすごい登り坂。三田国際マスターズの坂も結構な ものだが、それ以上である。 それまでは沿道の声援に笑顔で応えていたのに、この坂に入ると沿道の人に笑われるくらいにも のすごい形相になって走っていた。心臓に負担が大きかったのか、ちょっと違和感を感じながら、 ラスト 200m?の下りを急降下してゴール。無事ゴールできてよかった。3 月 29 日(日) 大阪淀川ウルトラマラソン
中島徹 100K 13 時間 20 分 04 秒
《レースに出た動機》 この大会は第1回目でしたが、昨年11月に広告で知って、チャレンジしようと決めました。 淀川河川公園付近のマラソンはよくありますので、人によっては、代わり映えしなくて、どこに興 味があるのかと思われるかもしれません。僕は、2010年から参加し始めた、毎年9月に行われ ている、村岡ダブルフルウルトラマラソンの100キロにチャレンジして、5回とも未完に終わっ ています。多分、今年もエントリーするつもりですが、その前に、なにか100キロを踏んでおこ うと思っていたからです。 《コース》 枚方市の淀川河川公園に会場があり、スタート・フィニッシュになります。 スタートから5キロ、樟葉に向かい、折り返します。会場に一旦戻り、ここで10キロ、そのまま 東淀川区柴島まで向かいます。そして、川の向こう側の道路を島本町まで向かいます。55.4キ ロの島本町で折り返したら、元来た道を会場まで戻ると、フィニッシュです。 《伴走》 超長丁場を、長居わーわーずの T さんが伴走してくれる予定でしたが、大会の3週間前に一人、4 / 6 本番の走行中に一人、というふうに伴走助っ人が加わりました。ロープを持った順番で、賀茂川パ ートナーズの一年目の O さん(67キロ)、長居わーわーずの U さん(16キロ)、T さん(17キ ロ)でした。この日まで、3人の誰とも、一度も一緒に走ってもらったことがなく、U さんにおい ては、67キロ地点で、初対面の人でした。 《レースを振り返って》 1キロ7分ペースは30キロまではできていました。第一関門(55.4キロ)に到着する前か ら、右足底、内側のアーチ型のあたりが痛くなってきました。島本町 RS でリタイアを考えました。 それ以降第二関門(82.6キロ)の突破めどが立つまでは、走りながら、頭の中は、時間計算で 必死でした。 第二関門からゴールまで17.4キロ、制限まで残り時間は2時間15分、1キロ8分ペースて 走るとぎりぎりゴールというところでした。 足の底の痛みは我慢して、T さんのペースに必死に食らいつき、2時間5分くらいで走れました。 U さんと T さんは、前方でペースダウンしている人に声をかけてあげていましたが、あと6キロく らいあたりで、「一緒に行けば、時間に間に合いますよ」などと言えば、僕らのすぐ後方について くるランナーもいました。こんなことも、僕を走らす、T さんの一つの作戦だったように思います が、プレッシャーを感じたのは当然でした。 「ゴールが見えてきたで」と言われて、どんなにその言葉を待っていたことか。足が痛いから、 歩きたいとは言えない意地と、最悪、1キロでも歩いてゴールしたとして、どのくらいペースを落 とさないで走るのか、気持ちはごちゃごちゃして、走っていたのです。67キロ過ぎまで伴走した O さんはゴールで待っておりました。 午後7時 00 分 04 秒、タイム13時間20分4秒のフィニッシュでした。制限の約10分前でし た。やった!やった! T さんは、「100キロ完走の瞬間に立ち会える」と何度か言っていましたが、僕は、伴走の3人 に、心から感謝、感謝でした。僕らは肩をたたき合ったり、ハグをしたりして、完走を喜びました。 今回、走り終えて、走る前の気持ちとえらい変化がありました。苦しみ、生まれた記録、僕に一 つの宝物ができました。秋の村岡の100キロに、今年は新たな気持ちで挑みたいです。
横尾祐郁 70K 6 時間 54 分 00 秒
この大会は初開催。新聞発表で知り、当初 100 キロの部での出 場を考えたが、召集 5 時 30 分、スタート 5 時 40 分ということ で電車での移動は無理。9 時召集、9 時 10 分スタートの 70 キ ロの部にエントリー。初のウルトラとなった。70 キロとは微 妙な距離である。フルよりゆっくり走れば何とかなるのでは、 と思える距離である。そうした甘い考えを払拭できず、結局、 ウルトラ用の練習は一切せず、いつもの練習だけで臨んだ。ま た、準備のため本大会のホームページを見ると、最近のマラソ ンブームにもかかわらず、100 キロの部は定員 2000 名に対し、 814 名、70kmの部は定員 1000 名に対し 489 名、50kmの部 も定員 1000 名に対し 609 名のエントリーである。この人数、 そして、レース当日の雨予報と私のモチベーションを下げる要 因ばかりである。スタートラインについても緊張感はなく、なんとかなるさぐらいの気持ちであっ た。スタート後はとにかくとばさず、ゆっくりいくことだけを考えていたが、キロ 4 分 40 秒~5 分ぐらいで走っていた。後が怖いと思いながらもそれ以上ゆっくり走れないのである。35 キロ地点 ぐらいだろうか、木村あゆみさんとすれ違う。その時は女性では 4 位だったと思う(結果は 3 位)。 とても 75 キロ以上走ったとは思えぬいいペースだった。さて、私の方は 42 キロ通過が約 3 時間 305 / 6 分ぐらい。ここまでは順調だった。これなら 6 時間切れるかもなどと思っていたが、その直後だっ た。古傷のある右膝に違和感があり、徐々にペースダウン。45 キロ地点から走れず、歩くことに。 あー、あと 25 キロ、この雨の中、歩くのか。3 月 1 日同じ淀川河川敷がコースだった寛平マラソン の悪夢が脳裏をよぎる。低体温症で、マラソン人生初の途中リタイヤしてしまったのだ。その時と 状況は酷似している。唯一の救いはその時より気温が多少高かったことだ。といっても寒い。50 キロ地点では、収容バスが止まっていたので、もうこれに乗ろうとバスの方向に歩きだした途端に 発車してしまった。あー、あと 20 キロ歩くしかない。現金は持ち合わせていないから電車にも乗 れない。無力感というのか茫然自失というのかこの時ほど感じたことはなかった。 そうこうしていると 57 キロあたりで歩きより多少早いぐらいの 100 キロランナーに抜かれ、あ れくらいなら自分でも走れるのではないかと思い、キロ 7 分ぐらいで走ってみる。すると痛みは出 てこない。とにかくこれくらいでもいいから走り続けようと思い足を進めていくといつの間にか痛 みはもう感じなくなっており、どんどんペースアップしていった。歩いている間に抜かれたランナ ーも抜き返し、ラスト 1 キロは 4 分半ぐらいで走り、気分爽快でゴール(写真)。歩いていた時の しんどさはゴールとともにすっかり忘れ、来年の 100 キロを見据えていた。
4 月 5 日(日) さが桜マラソン 2015
満岡佐武郎 3:35:15(N 3:35:04) 596 位/6,198 人中
満岡政明 4:28:56(N 4:26:23) 2,198 位/6,198 人中
満岡冨佐子 4:33:18(N 4:30:44) 269 位/1,380 人中
3年連続で今年も「さが桜マラソン 2015」を走ってきました。当日は終日雨との予報通り前夕か ら降りだした。一月前の篠山マラソンで冷たい雨に打たれ続けて腰痛が発生。心身共に折れてしま ったが、寒くてじっとしておれずウォーク&ランでヨレヨレになりながらもゴールした惨めな記憶 が蘇り、テンションは一向に上がりません。 しかし、当日は予報が外れて曇天。キロ6分ペース維持を目標に9時スタート、早くも 10 キロ 付近から晴れだして気温もグングン上昇(佐賀市の最高気温 24.2℃、平均湿度 87%)。18 キロ付近 で早くも妻に追い付き 28 キロ付近まで並走。かなりペースが落ちてきたので前に出たが、35 キロ からはとても辛い走りになるも無事完走。 今年もたっぷりと良い汗をかくことが出来ました。大変蒸し暑く、私も 24 キロ付近の吉野ヶ里 公園の折り返しからはエイド毎に冷水を頭から掛けて走りました。エイドでの給水・名物の給食な どのバックアップと、沿道の熱い声援が走りぬく大きな力になりました。 制限時間が 6 時間 30 分、国内屈指の平坦コースにもかかわらず今年初めて完走率が 90%を切り、 重篤者は出なかったが、熱中症や脱水症状になるランナーも多かったそうです。天候の変動が大き い季節は服装等々、要注意です。4 月 19 日(日) 第 10 回記念掛川・新茶マラソン
高岡理 フル 3 時間 56 分 17 秒(net3 時間 55 分 43 秒)
25 から 29 歳男子 65 位/283 人・全体 1042 位/4381 人
高速京田辺から夜行バスで掛川へ。 朝 6 時に JR 掛川駅着。そこから会場行きバスに乗る。(有料) 今年からコースが変わり、さらに厳しくなったということだが、往きは下り、後半は急な坂で頑張 ったことが印象に残った。 フルーツのエイドは良かったが、ご飯類の炭水化物がほしかった。参加賞のお茶はおいしかった。 帰りも夜行バス。疲れた~6 / 6