Komazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty
駒 澤 大學 佛教學 部
研 究紀
要第
57
號平 成
ll
年3
月 (1
)Tattvasamiksa
考
o
金
沢
篤
miyamanaparityago
badhake
n恕atl sphu キe/d
;爭tat
karyopapattau
ca
n透
d
;与taparikalpana
!/(1)
は じ
め
に表 記
の『
タ ッ ト ヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』 (
Tattvasamiksa
二TS
)と
は、
シ ャ ン カ ラ(
Safikara
)
の『
ブ ラ フ マ スー
ト ラ注
解
』(
Brahmas
瓧 raSahkarabh郎
ya
:BrSuSBh
)
に
対 す
る重 要
な
注 釈
『
バー
マ テ ィー
』
(
Bhamat
i
:BM
)
の著 者
と
し て知
ら
れ
る
ヴ ァ
ー
チ ャ ス パ テ ィ ミ シ ュ ラ(
Vacaspa
七imi6ra
:Vacaspati
)
の未
回
収
の著 作
であ
る
。vacaspati
の人
と
思 想
の解
明 を
ひと
つ の課 題
と し
て多 年 種
々文 献
に か かず
ら
っ てき
た筆 者
にと
っ て は、 む
ろん気
にな
る著 作
で はあ
っ たが 、
未 発
見
で は如 何
せ ん
、
手
を
こ ま ぬ い てき
たと
いう
のが
偽
ら
ざ
る と
こ ろであ
る。 し たが
っ て 、 マ ンダナ ミ シ ュ ラ
(
Ma4danamiSra
:Mapdana
)
の『
ブラ フ マ シ ッデ
ィ』 (
Brahmasid
−
dhi
:BrSi
)
に対
す
る注 釈
書
と
して広 く知
られ
る こ のTS
に関
し て、今
日語
り得
る こと
は驚
く
ほど
に少
な く
、断
簡
に せ よ 、そ
の写 本
が
発 見
さ
れ
る日 を
密
か に夢 見
てき
たと
言
っ ても
よい立
場
にあ
る わけ
だ が 、
つ い先 頃
、
イ ン ド思 想 史
を
塗
り
替
え
んぼ
かり
の意 欲 的
な 研 究
の推
進 者
と
し て有
名 な
S
.
Sankaranarayanan
(2)(
SN
)
に よ っ て 、“
Tattvasamik
頭
ofVacaspatimigra
:A
Fresh
View
”
(3)(
SNTS
)
と
題 され
た
論 文
が 発 表 され
た 。TS
が
真
っ向
か ら論
じ られ
る こ と自体 前 例
を知
らず
、
魅 惑
的
な 「
新 見 解
」 と
の副 題
が
付
され
て い た こと も あ り、
遂
に何
か重 要
な
新 資
料
でも
発
見 さ れ
た か 、と
の期 待
と共
に直
ち
に通
読
した
。微
妙 な
問 題
を
含
ん で い る こと
も
あ
っ て相
当
に難
儀
し たが
、何
と
か著
者
の新 見 解
を 咀
嚼
でき
た よう
に思
わ れ
る 。ま
た、
色
々散 逸
・
錯 綜
し て い る か のTS
関 連
資
料
を
整 理 す
る
絶
好
の機 会
と
も
考
え ら
れ 、 小 論
を起
こ してSN
の所 説 を
検 証
し、
少
しく私 見 を ま と
め て、
今 後
のさ ら な
る研 究
に備
え
た いと
念
願
し た 。1
.
V
δcaspati の著
作
とTS
関
連 基 礎
資 料
Ma
輿
ana及
びBrSi
等
の諸
著
作
、ま
たVacaspati
及
び そ
の数 あ
る著 作
に関
し て
一
464
一
Komazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 〔
2
)Tattvasamik
頭 考
(金 沢) は、
既
に盛
ん に論 じ ら れ
、さ
らな
る研 究 も
鋭
意
継
続 され
て い る の で、
徐
々 にそ
の全 貌
が解
明 さ れ
つ つあ
る 、と
は言 え
る (4) 。 だ が、
Mandana
研 究
の側
から
も
、ま
た
V
.i
caspati研
究
の側
か らも
TS
に関
して は 、 これ ま
で組
織
的
にあ
るい は網 羅 的
に論
究
され
た こと が な
か っ た 。そ れ
を縦
横
に論 ず
る に値
す
る直 接 的 な
資 料
が 乏
し か っ た こと
に よ ると
考
え
られ
るが
、残 念
な が ら
、今
回
も
、SN
に よ っ て新 資 料
が
提
出 され
たと
いう
こと
で はな
か っ た 。そ
の独 創 的
な
ア イデ
ア に啓 発
され
は し たも
の の、
これ ま
で の研 究 成 果 を 必
ず
しも十 分
に踏
ま え
て いな
い不
経 済
論 文
であ
り、
そ
の論
述
にも看 過
し得
な い粗 相 が
時
に見
受
け
られ 、
随 分
と
不満
が
残
っ た こと
を、予
め告 白
し て おく
べき
であ
ろう
。さ
て、
こ こ で の手
続
き と
して、 既
に周
知
の こ とで はあ る が 、
vacaspati
に以 下
の著 作
のあ
る こと を
確 認 す
る こと
から
始
め た い (5)。『
ニ ヤー
ヤ カ ニ カー
』
(
Ny
弖yakarpika
:NK
)
『
タ ッ トヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』 (
TS
)
r
タ ヅ トヴ ァ ビ ン ドゥ』
(
Tattvabindu
:TB
)
r
ター
トパ リヤ テ ィー
カー
』
(
Nyayavarttikatatparyatika
:NVTT
)
『
ニ ヤー
ヤ ・ スー
ト ラ ・ ウ ッ ダー
ラ』 (
NyayasUtroddhara
)?
『
ニ ヤー
ヤ ・ スー
チー
ニ バ γ ダ』
(
Nyayasicinibandha
)?
r
タ ッ トヴ ァ カ ウムデ
ィー
』 (
Tattvakaumudi
:TK
)
『
タ ッ ト ヴ ァ ヴ ァ イ シ ャー
ラデ
ィー
」 (
TattvavaiSaradi
:TV
)
『
バー
マ テ ィー
』 (
BM
)
か
ら
の
7
著 作
はVAcaspati
の真 作
で、
TS
を
除
い ては、
何 度
も出 版 さ れ
て い る。 いず
れ も
今
日容
易
に参 照
・通
覧
が可 能 な
著
作
であ
る 。 ?を 付
し た ニ ヤー
ヤ学 派
の2
著 作
は 、や
はり
公 刊 も
さ
れ
て い る小
著
であ
る。共
に コ ロ ホ ン に著
作 年
代
と思 し
き
年
号 を
持
つ こと
から
、vacaspati
の年
代
論
にあ
っ て は従
来 重 要
な
役 割
を
果
た し てき
たが
、当
のvacaspati
の真 作
か偽 作
か に関
して は未
だ
意 見
の分
かれ
ると
こ ろが
あ
り、TS
に主
眼
を お い た本 稿
で は考 慮 外
に おく
(6) 。と
が
ミー
マー
7 サー
学 派 (
バー
ッ タ派 )
、
が
ヴ ェー
ダー
ン タ学 派
、
は ニ ヤ
ー
ヤ学 派
、
は サ
ー
ン キ ャ学
派
、
は ヨ
ー
ガ学
派
、
そ
し ては ヴ ェ
ー
ダー
ン タ学 派
の著 作 と便 宜
上
分
類 さ れ
る こと
があ
る 。 こう
した
ヴ ァ ラ イ エ テ ィ に富
む
著 作
を
遺
した
Vacaspati
は、
ミテ ィ ラー
出身
、
9
世 紀
、 な
い し10
世
紀
こ ろに活 躍
し た思 想 家
と
一
463
N工 工一
Eleotronlo LlbraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty
Tattvas
,amlksag’
(
金 沢 )
(
3
)
見
な さ れ
て いる
。思 想 史 的
にも
重 要
な そ
の7
著 作
の成 立 順 も 、
自著
に おけ
る自 著
言 及 ・
引
用 な ど を
チ ェ ッ クす
るだ け
で、
か な り明確
に し得
るが 、
今
日な
お活
用
参
照
され る 研 究 文 献
にも
、誤
解
・
誤 記
が散 見す
るの 。後
出
の資
料
に明
かな
通
り、 こ の著 作
リス ト は 、BM
の コ ロ ホ ン の記
述
に則
っ たも
の で 、そ
の著 作
順
ま
でも盛
り込
んだ
も
のと
推
定 さ れ
て い るが 、
現 時 点
で は、 そ れ
に明
確
に齟 齬 す
る
事
例 も
報
告
され
て は いな
い 。そ
こ で、 こ の未
回
収
のTS
であ
るが 、
従 来
そ れ
に関
し て確 定 的
に言
い得
た こと
を
改
め てま
と
め て み ると 、
以 下
の よう
にな
る。TS
は 、(
イ)回 収 さ れ
て いな
いも
の の 、BM
など
の著 者
た るvacaspati
の真 作
であ
る。(
ロ)
時
に『
ブ ラ フ マ・
タ ッ トヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』 と
呼
ば れ
る。(
ハ)
Mapdana
のBrSi
に対
す
る注 釈 書
であ
る 。(
ヴ ェー
ダー
ソ タ の著 作
?)
(
二)
NVTT
やTV
やBM
に先 行
す
る 。(
イ)
は、
BM
以
外
の自
著
の中
にも
、一
度
な ら
ず
そ
の名前
が言
及
さ れ
て い る こと
から
、確
実
であ
ろう
。(
ロ)
は、
後 出 (
ii
)
(
iii
)(
iv
)(
V)(
ix
)
の用 例
で明
か であ
る 。(
ハ)
を
裏 付 け
るの は 、Vacaspati
のBM
に対 す
る
ア マ ラー
ナ ンダ
(
Amalananda
)
の注 釈
書
『
ヴェー
ダー
ン タ カ ル パ タ ル』 (
Vedantakalpataru
:VK
)
の記
述
(
viii)
が
あ
る ぼ
かり
であ
る
。(
二)
は、
Vacaspati
の著 作
のうち 、
NVTT
と
TV
と
BM
の3
著
作
に、
TS
に つ い て の言 及
のあ
る こと
に よ る。ま
たTS
に言 及
しな
いTK
に はNVTT
へ の言
及
が
あ
る(8)から
、TS
は 、NVTT
やTK
やTV
やBM
に先 行 す
る 、と
言
い替
え
ても
よい 。NK
や
TB
に はTS
に対 す
る言 及
はな
い 。さ
ら
に 、NVTT
に はTB
へ の言
及 が
あ
り(9> 、TB
に はNK
へ の言
及が あ
る (lo)こ とに触
れ て おけ ば
、Vacaspati
のi
著
作
相 互
の関
係
に関 す
る基 礎 資
料 を 尽 く
したも
のとな
ろう
(ll) 。次
に 、TS
関
連
基
礎資
料
と言 う
べぎ も
の を拙 訳
を付
し て以
下
に示
し た い 。筆 者
の知
る
限
り、
歴 史 的
サ ン ス ク リッ ト文
献
の中
にTS
の名
前
が
出
てく る
の は 、 こ の9
例
の み であ
る。うち
Vacaspati
自身
に よ るも
のが
3
著 作
7
例 (
NVTT
中
に3
例
、
TV
中
に1
例 、
BM
中
に3
例
)、
Vacaspati
のも
のを 除 く
と、 わ
ず
か に2
著
作
2
例
(
viii)
(
ix
)
しか知
られ
て いな
い 。共
にV
飢 aspatiと
も関
わ りの深
い ヴ ェー
ダー
ン タ の学 匠
に よ るも
の であ
ること
は注
目
に値
し よう
。即
ち
、先
にも触 れ
たBM
に対
す
るAmalAnanda
に よ る注 釈
VK
と 、
アー
ナ ン ダ ボー
ダ(
Anandabodha
)
の『
プ ラ マー
ナ マー
ラー
』 (
Pram
融
alnala :PM
)
の用 例
であ
る。 二人
共
に13
世
紀
ころ
の思
一
462
N工 工一
Eleotronlo LlbraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University 〔
4
)Tattvasamik
蕗 考 (金 沢 )想 家
と され
るが 、
先 述
した 通
り、
前 者
は、
TS
が
Mandana
のBrSi
の注 釈 書 と
の貴
重
な
情 報
を
与
え
ると
いう
点
で 、ま た
後 者
はTS
より
の直 接
の引
用 (と 思、
しき
も
の)
が
唯
一
見
いだ さ れ
ると
いう点
で 、重 要
であ
ろ う
。NVTT
;☆
(
i
)
dihmatram
atradargitam
prapaficas
t
旦一
asmabhiり
krta
ity
uparamyate/(
NVTT
,
p
.
91
,
ll
.
3
−
4
)[
adNSu
I
−
1
−
2
]
(
1
)
こ こ で は 、方 隅
の み示 され
た 。詳 論
は 、『
タ ッ トヴァ サ ミー
ク シ ャー
』
に お いて
わ
た し たち
に よっ てな
され
た の で、
これ
ま でと
す
る。(
ii
)
vipaficitarp caitad asmabhirbrahmatattvasamiksanyayakapikabhyam
ity
uparamyate
/
て
NVTT
,p
.
561
,ll
.
13
−
14
)[
adNSu
III
−
2
−
14
]
(
2
)ま
た 、 ヤー
』 と す る 。 これ
は 、 わ た し たち
に よ っ て 、『
ブ ラ フ マ ・ タ ッ ト ヴ ァ サ ミー
ク シ 『ニ ヤー
ヤ カ ニ カー
』 に お い て詳
し く論
じ ら れ て い る の で、
こ れ ま で と(
iii
)
vipaficitarp caitad asmabhirbrahmata
茎圭一
〔12)/
(
NVTT
,
p
.
614
,
ll
.
15
−
16
)[
adNSu
IV
−
2
−
40
コ
(
3
)
また
、 これ
は 、.
わ
た し たち
に よっ て、『
プ ラ フ マ ・ タ ッ トヴ ァ パ リ[
サ ミ]
一
ク シ ャー
』
に お い て詳
しく
論
じ ら れ た 。TV
:(
iv
)
pratyak
爭anusarata
eva
samagryabheda
り
parok
§y
彑p
巨rok 撃yadharmavirod
−
ha6
copapadito nyayakapik 訌yam
/
ak 爭arpikasya carthakriya nyayakapika−
−
upap 弖diteti
sarvam avad 酖 am/
/(
TV
,
p
,
39
,
1
ユ
.
13
−
16
)[
adYSuI−
32
]
(
4
)直接 知 覚 (
pratyakSa
)
に適 合 す
ること
に基
づ い て の み、 原 因
集
合 (
samagri)
の無 区 別
、及 び 不 可
視
・
可視
の諸
性
質
の無 矛 盾
が
成 立 す
る こと 、
は、 『
ニ ヤー
ヤ カー
461
一
N工 工一
Eleotronio LibraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University
Tattvasamiksa
考
(金 沢)
(
5
) ニ カー
』
に お い て説 明
さ
れ
た 。ま
た刹 那 的
な ら
ざ
る も
の(
aksanika)
に、
効
果 的
作
用 性 (
arthakriya)
のあ
る こと
、 は 、『
ニ ヤー
ヤ カ ニ カー
』 と 『
プ ラ フ マ ・ タ ッ ト ヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』
に おい て説 明 され た
。し
た が っ て、
一
切
が明 白
と な
っ た 。BM
:☆
(
v )
tat
bodhakatvena
svata
り
pr
彑m
的
ya4m
且vyabhic 且repeti vyutpadayadbhir asmabhiり
parih
;tarp
nyayakapikayamiti
nehapratanyate
/
difimatrarp
c且sya
smrtipramo §abhafigasyoktam
/
vistarastu _
avagan.
tavya
iti
,_ (
BM
,p
.
30
,11
.
8
−
10
)[
adBrSu
I
−
1
−
1
]
(
5
)
そ れ
は 、[
そ れ が
]覚
知
せ しむ
るも
の であ
る こと
に よ っ て、
自
立
的
に認 識
手
段
た る こと
(
svatahpramarpya)
が
あ
るの であ
っ て、
逸 脱
しな
い こと
(
avyabhicara)
に よ っ て で はな
い 、と
知
ら
しめ んとす
るわ
た し た ち に よ っ て 、『
ニ ヤー
ヤ カ ニ カー
』
に お い て論
破
され
た の であ
るから
、 こ こ で は論
じな
い 。 ま た 「想 起
の欠 損
[説 コ
」 (
smrtipramoSa)
に対 す
る論駁 (
bhapga
)
に つ い て は、
方 隅
の み述
べら
れ
た の であ
るが
、詳 細
は『
ブ ラ フ マ・
タ ッ トヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』
に就
い て理 解 さ れ
た い 。☆ (
vi)
na
ca cint 且s凰k
§齔karayor
vidhiriti
−
asmabhir upa−
paditam
/
vistarepa cayamarthas
tatraiva
prapahci
七ab/(
BM
,p
,
713
,1
.
32
)
[
adBrSu
III
−
2
−
21
]
(
6
)
ま た 、瞑 想 (
cinta)
や直
覚
(
sakSatkara)
に対
し て の儀 軌 (
vidhi)
が
あ
る 、
と いう
こと
はな
い 、と
『
タ ッ トヴ
ァ サ ミー
ク シ ャー
」
に おい て、
わ
た し たち
によ
っ て説
明
され
た 。そ
し て、
こ の意 味
は、
まさ
しく そ
こ で 、詳
細
に論
じ ら れ
た の であ
る。
☆ (
vii)
yan
ny 且yakapikatatt
又asamiks 飢attvabindubhi
り
/
yan
ny ξ廴
yasa
!Pkhyayog
盃n ゑrP
vedantanarp nibandhanaib//
3
/
/
samacai 爭arp mahat
pupyarp
tat
phalarp
pu
爭kalarli
maya /samarpitam athaitena
priyatarp
paramegvara
り
,
・
〆/
4
/
/(
BM
,p
.
1020
,11
.
19
−
22
)
460
一
Komazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University
(
6
)
[
BM
’
s colophon]
「
1
’ attVaSamikSa考
(金
沢 )(
7
) 『
ニ ヤー
ヤ カ ニ カー
』 『タ
ッ ト ヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』
『
タ ッ ト ヴ ァ ビ ンド
ゥ』
に よ っ て、
ニ ヤー
ヤ、
サー
ン キ ャ 、 ヨー
ガ の 、[
ま
た」
諸
々 の ヴ ェー
ダー
ン タ(
ウ パ ニ シ ャ ッ ド)
に関 す
る諸 著 作
に よ っ て、 わ
た しぱ大
いな る
功 徳
を 積
ん だ が、 そ
の大
いな
る果
実
を わ た しは奉
納
す
る。そ
れ故
に、
最 高 自在 神
は、
これ を嘉 納
さ れ た し(13)。VK
(
ofAmalananda
)
1☆ (
viii)
nyayakapik 巨 vidhivivekaika
/
tattvasamiks
弖brahmasiddhivyakhya
/
tattvabindur
bha
amata6raya 叩 svakrta 卑
prakarapam
/
nyayasya nibandhonyayavart 三
ka
七atparyaVka
/
tattvakaumudi
sarpkhyanibandhab 〆〆yoganibandha
−
narp
patafijalabhaSyatika
tattva95radi
/
vedAntanarp sarvopaniSadaJp nibandha−
nam
iyam
evabhamati
/(
VK
,
p
.
1021
,
11
.
9
−
11
)
[
adBM
’s colophon]
(
8
)
『
ニ ヤー
ヤ カ ニ カー
』
と
は 、『
ヴ ィデ
ィ ヴ ィ ヴェー
カ』
の解 明
であ
る 。『
タ ッ ト ヴァ サ.
ミー
ク シ ャー
』 と
は、 『
ブ ラ フ マ シ ッデ
ィ』
の注
解
であ
る。『
タ ッ トヴ ァ ビ ン ドゥ』 と
は 、 バー
ッ タ派
に依
っ て自
らモ ノ した 論
書
であ
る 。 ニ ヤー
ヤ の著
作
と
は、『
ニ ヤー
ヤ ヴ ァー
ル テ ィ カ ター
トパ リ ヤ テ ィー
カー
』
の こと
であ
る。『
タ ッ トヴ ァ カ ウ ムデ
ィー
』 が 、
サー
ン キ ャ の著
作
であ
る。 ヨー
ガ の著
作 と
は、
パ タ ン ジ ャ リの[ 『
ヨー
ガ スー
ト ラの]注 解
』
の解 明
た る『
タ ッ ト ヴ ァ[
ヴ ァ イ]
シ ャー
ラ デ ィー
』
の こと
であ
る
。諸
々 の ヴ ヱー ダ ー
ン タ 、す
な わ
ち一
切
の ウパ ニ シ ャ ドに関 す
る著
作
と
は、 他 な ら
ぬ こ の『
バー
マ テ ィー
』
の こと
であ
る。PM
(
ofAnandabodha
Yati
)
:☆ (
ix
)
ata evok 七amacarya
幅 caspavatinabrahmatattv
墨蜘
‘sadasad−
ubhayanubhay 弖
diprak
彑rairanirvacaniyatvam
eva
hy
avidyanam avidya−
tvam
’
iti
/
(
PM
,
p
.
10
,
ll
.
28
−
29
)
(
9
)
こ の故
に こそ
、 ヴァー
チ ャ ス パ[
ヴ ァ]
テ ィ先
生
によ
り
、『
ブ’
ラ フ マ ・ タ ッ ト ヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』
に於
い て 、「な ぜ な ら 、
無
明
(
avidya)
の無
明 性 (
avidyatva)
は 、 〈
有
〉(
sat)
、 〈非布
〉(
asat>
、 ま
た く有
に し て非 有
〉(
ubhaya)
、
〈有
に し
459
一
Komazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty
Tattvasamik
彜
考
(金沢
)(
7
) て非 有
・な ら
ざ
る 〉(
anubhaya)
等 と
言
説
し
得
な
い こと (
anirvacaniyatva)
に他
な
ら な
い」 と
、述
べ られ
た の であ
る 。1
.
S
.
Sankaranarayanan
の新 見 解
SN
は、
従 来
の研 究
で既
に使
い古
され
た か のBM
末 尾
コ ロ ホ ン中
の前 節
(
vi)
を
引
く
こ と から 、
そ
の論
を
開 始 す
る
。以 下
のSN
の記
述
は、
筆
者
に は新 鮮
な
驚
き
であ
った
。 ‘‘ln
the
Indian
tradition
−
_
負
塁…一
旦一
us旦
_
Ω劃
一
that too
in
a
correct
chronological
order
.
Now
the
manner
in
whichthese
works are clubbedtoge
七her
by
compoundexpression and common
terminology
in
the
above verses seemsto
indicate
that
the
academic career ofVacaspati
consisted roughly of旦幽
….
”(
SNTS
,p
.
117
,11
.
18
−
24
)
BM
の コ ロ ホ ン で、
vacaspati
は自 分
の全
著
作
リス トを
掲
げ
て い るら
し い 、と
は承
知
しつ つも 、 そ れ
が イ ン ドの伝
統
の中
で稀 有
な
こと
であ
る こと
は 、筆 者
に は確
かと
は自覚
され
て いな
か った
。も
し か し たら
、実 際 そ れ
はと
て つも
な
く稀 有
な
こと
であ
った
の かも 知 れ な
い、 と 思 わ れ
た の であ
る。 ま た、 そ
の リス トの順
番
が
そ
の著 作 順
であ
る可
能 性
が
高
い 、と
は承 知
しつ つも 、
サ ソ ス ク リッ ト詩 文
にお け
るそ
の表 現
の仕 方
の3
様
が
、も
しか したら 、
vacaspati
の経 歴
の3
段
階
を
反
映
さ せ たも
の にな
っ て い る、 と
いう指
摘
も
、筆 者
に はま
った
く
新鮮
な
も
の であ
った
。『
ニ ヤー
ヤ カ ニ カー
』 『
タ ッ ト ヴァ サ ミー
ク シ ャー
』 『
タ ッ トヴ ァ ビ ン ド ゥ』
ニ ャ
ー
ヤ・
サー
ン キ ャ ・ ヨー
ガ の[著作 ]
ヴ ェ
ー
ダー
ン タ に関 す
る著
作
(14)第
1
段
は 、具 体 的
な
著 作 名
が
並
列
複
合 語
の形
で列 挙 され
る。第
2
段
は 、3
つ の学 派 名
が並 列
複 合 語
の形
で列
挙
さ れ
る 。そ
して最 後
の第
3
段
が
、著 作
の対 象 名
(
学 派
の依 拠 す
る聖 典 名 )
で表
現 され
て いる
。SN
のそ
の“
three
phases
” で 、筆
者
に は 、遙
か に遠
い過 去 、
9
世
紀
な
い し10
世 紀
に在 世
し た であ
ろ
う哲 人
Vacaspati
が
如 何
な る 人
生
を
歩
み 、 い か に し て自
ら
の思
想
を 形 成
し て い った
かを 、 ま ざ ま
ざ
一
458
N工 工一
Eleotronlo LlbraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty (
8
)TattvasaiT
[ik
§盃考(金 沢 )
と
見
てと る
こ とが
出
来
る よう
に思
わ れ
たの であ
る。そ
し てSN
は 、そ
の第
1
段
階
を
vacaspati
の ミー
マー
ン サー
期
と捕
ら え 、
第
2
段 階
で ニ ヤー
ヤ、
サー
ン キ ャ、
ヨー
ガと
進
め て、
最後
の第
3
段
階
で、
ヴ ェー
ダー
ン タ哲 学
に畢
竟
し
たと
考
え 、 次
の よ うに言
うの であ
る。“
ln
listing
his
Qwn worksin
chronological order ,Vacaspati
mentiQnsT
α亡亡ひasαmihSdin
Dvandva
compound marked onboth
sidesby
his
two
well
−
known
Bha
ta
Mim
直rpsA works , 〈頃
y
αんα厚論 δ andT
αttv
αろind
召(
ηy
α
一
leapilea
−tattv
αsαmihS 血一
t
αttv
αbin
〔tubhih
).
It
is
thus
logical
七〇
identify
Tattv
αsαmZk $a
also as aMimarpsa
work.
”
(
SNTS
,
p
.
119
,
1
.
28
−
p
.
120
,
1
,
45
)
ま
た、SN
が
こ の部
分
の末尾
に註
5
と して、 「
有 名
な格 言
」
(
famous
maxim)
たる c
’
tanmadhyapatitab
tadgrahapena
g
;hyate
.
’ ”を引
い て い る点
は注
意
す
べぎ
か
と
考
え
る。耳
馴
れ
ぬ こ の格
言 を
、SN
が そ れ
に付
し
た英
訳
‘
‘
the
one
figuring
in
the
midst oftwo
(
or more)
entitiesis
to
be
taken
as a member ofthe
same class
to
whichthe
other entitiesbelong
.
(15)”を
頼
り に訳 す な
らば 、
「
2
個 な
いしそ れ
以
上
の支 分
の間
に置
かれ
た別
の支 分
は 、そ
の同 類
と
見
な
され
る べき
であ
る」 と
でも
な
ろう
か 。TS
を
ミー
マー
ン サー
の著 作
と
見
な
す
こと が
「
論
理 的 」 (
logical
)
、と主 張 す
る一
つ の根 拠
を 示 し た よ う だ
が
、筆 者
に は 、そ
の「
有
名 な
格 言
」の有 効
性
は甚
だ疑
問
であ
る。並
列 複 合 語
に関 す
る こ の文 法 規 則
( 16) に よれ ば
、問 題
の並 列
複
合 語 を
構
成
して い る第
1
支
分
のNK
も
第
3
支
分
のTB
も
ミー
マー
ン サー
派
の著 作
であ
る 、 し たが
っ て、
第
2
支 分
のTS
も
ミー
マー
ン サー
派
の著 作
と考
え る のが 合 理 的
であ
る、 と主 張
した い ような
の であ
る。 が、
い かが
なも
の だ ろう
か?
3
つ の[
同 類
であ
る]著 作 名
から な
る並 列
複
合 語
であ
り、 そ
の リス ト順
を
著
作 順
と
考
え る者
にと
っ て は 、ま さ
しく
蛇 足 と
言 う
べき
理
屈
であ
ろう
。第
1
段
階
に属
す る
NK
はMa
輿
ana の『
ヴ ィデ
ィ ヴ ィ ヴ ェー
カ』
(
Vidhiviveka
:VV
)
に対
す
る注 釈 書
であ
る。TB
は ミー
マー
ン サー
学
派
の ク マー
リラ(
Kumarila
−
bhatta
:Kumarila
)
の言 語 学 説
を
宣 揚
す
る独
立
の著
作
であ
る が
、Mapdana
の『
ス ポー
タ シ ッデ
ィ』 (
Sph
砿
asiddhi :SS
)
の影
響
を
強 く帯
び
て いる
。ま た
、TS
の未 発 見
であ
る こと を
嘆
く
声
はあ
っ ても
、そ れ が
Map4ana
のBrSi
に対 す
る注 釈
書
であ
る こと
に疑 義
を 唱 え た
者
を 、
筆
老
は知
ら な
い 。独
立
の著 作
であ
るBrSi
は、
457
一
N工 工一
Eleotronlo LlbraryKomazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty
Tattvasamiksa
考 (金 沢 )(
9
)「
ブ ラ フ マ ン の証
明 」 と
の書 名
か ら し て 、 ヴェー
ダー
ン タ学 派
の著 作
と
分 類
さ
れ
るのも
無 理
か ら ぬと
ころ
であ
る
。した が
っ て 、そ
れ
に対 す
る注 釈
書
た
るTS
も
、当 然
の よう
に ヴ ェー
ダー
ン タ学
派
の著 作
と分 類
す
べぎ
であ
る ⊂だ
が、
SN
にと
っ て 、最 後
にBM
を
著
す
こと
にな
るvacaspati
の初
期
の ミー
マー
ン サー
の2
著
作
の間
に ヴ ヱー
ダー
ン タ の著 作
が
ポ ツ ンと
置
かれ
て い る事
態
は、
到 底 許
L
難
いも
のと
思
わ れ
た の であ
る 。 しかも
VscaSpati
が 、
最 後
の著
作
BM
に対
して「
ヴ ェー
ダー
ン タ」
と
いう
語
を
敢
え て用
い た こ とは、 そ
の他
の著 作
が 「
非
ヴ ェー
ダー
ン タ」
であ
る
こと
の証
であ
る 、と
解
し得
る“
Thus
by
separatinghis
Vedanta
workfrom
theTattv
αsamihsd ,Vacaspati
certainly expects us nottQ
mistakeit
for
aVedanta
treatise
,
that
is
,
for
a commentary onthe
Br
αhrn
αsiddhi.
(17)”と
のSN
の指 摘
は 、真
に衝 撃 的
であ
る
。従 来
説
に甘 ず
る者
に は一
つ の試
金 石 と な
ろう
。SN
の 「TS
はBrSi
の注 釈 書
でも
ヴ ェー
ダー
ン タ の著 作
でも な く 、
ミー
マー
ン サー
の著
作
であ
る 」と
の新
しい仮
説
に対 す
る、筆 者
な ど
に は 厂明 白
」
(
sphuPa)
と
思
われ
る「
無 効 要
因 」 (
badhaka
)
は2
点
、す
な わ ち
TS
に関
し てあ
る
『
ブ ラ フ マ・
タ ヅ トヴァ サ ミー
ク シ ャー
』 と
いう
呼 称
の存
在 と 、
TS
はBrSi
の注
釈
書
であ
ると
の証 言
の存
在
であ
る。SN
は如 何
にそ れ を 克
服 す
る だ ろう
か 。以
下
に は 、SN
の 、具 体 的 な作 業
を
見
て み よう
。先 ず
SN
は 、TK
が
、時
に『
サー
ン キ ャ・
タ ッ ト ヴ ァ カ ウ ムデ
ィー
』と 呼 ば れ
、TV
が 、
時
に『
ヨー
ガ 。 タ ッ ト ヴ ァ ヴ ァ イ シ ャー
ラ デ ィー
』 と呼
ばれ
る こ とが あ る
と同 様 、
TS
が
、時
に『
ブ ラ フ マ・
タ ッ ト ヴ ァ サ ミー
ク シ ャー
』 と
呼
ば れ
る こと が
あ
る点
を
改
め て確
認 し 、 そ
れ が 、
TS
が
BrSi
の注 釈
であ
る[
と
いう
伝
承
のあ
る]
こと と
、関 係
し て い る点
を仄
め かす
の であ
る 。SN
は 、 さ らにTS
は、
vacaspati
の没 後
、
かな り
早
い時 期
に失
わ れ
て 、「
12
、13
世 紀
の学
匠 た ち
に はも
はや
参 照
不 可
能
であ
った 」 と
いう
大 胆
な
仮
説
を
追
加
し、
以
下
の よう
に明 言
し て、具 体 的
な
作 業
に突
き進
ん で行
く
の であ
る。 <1
>TS
と
誤 謬 論
:“
However
there
are atleast
six referen 鐙 §(
asfar
as
the
present
writerknows
)
to
shedlight
onits
generarl
nature.
Vacaspati
himself
speaks ,in
£gur
contents, of
71
α乙加 αsα厩細
盈 ashis
owntreatise
.
Three
ofthem
occur
in
the
Bh
αm
αtt
itself
and
one
in
Nydy
αvdrttih αtat
ραryaζ
ih
δ.
Besides
−
456
一
Komazawa University
NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty
〔
10
)Tattvasamiksa
考 〔金 沢)V
温caspati , atleast
two
other authors areknown
to
referto
the
work,
One
of
them
is
Anandabodha
Yati
(
c.
12th
century)
whose works,
IV
’
ydy
αm
αfie
α一
rαn(
i
α,Ny
の
・α〔左
ρ面uα
麗
andJ
)厂αmO 弓αmdld well−
knQwn
savantCitsukhacarya
.
(
c.
A
.
D
.
1220
).
The
otherAma
ユ
ananda
(
c.
A
.
D
.
1250
),
the
repu 七ed author ofK
α1
ραt
αru,
the
comrnentary onthe
Bh
αnzα亡i
.
”
(
SNTS
,
p
.
119
,
II
.
13
−
26
)
こ こ に
明
かな 通 り、
SN
は、
前 節
に掲 げ
た
9
例
で はな し
に、 自 ら
の知 れ
る6
例
(
前
節
基
礎 資
料
で は☆
印 を 付 し
た)
に基 づ
い て展 開
しよう と
いう
の であ
る。前 節
でも 見
たvacaspati
の著作
は 、そ
の数
も
さ
ほど
でな く
、当
のTS
を 除 け
ば
、今
日
いず
れ も
簡
単
に参
照
可
能
であ
る。 ま た 、そ
の いず
れ
も
、 ひど く
大部
のも
の 、 でも
な いわ
け
で 、TS
へ の言 及
のあ
りな
し は 、容 易
に チ ェ ッ ク出
来
る はず
であ
る 。 にも
か かわ ら
ず
、
そ
の手 続 き
を
怠
っ て いる
。前 代 未 聞
の「
新 見 解
」
を提 出
し よう
と
す
る の であ
る から
、さ ら
に周 到
な
ア プロー
チを
期 す
べき
であ
っ た ろう
。SN
は 、前 節 (
i
)
のNVTT
の用
例
を 問
題
にす
る
。V
盃caspatiが
種
々 の誤
謬
説 (
khya
−
tivada
)を
検 討
す
る箇
所
に現
れ る も
の であ
る。当 時 流
通 し
て い た5
つ の誤 謬 説 を
論 評
し、
ヴ ェー
ダー
ン タ派
の誤 謬 説
た る anirvacaniyakhyati説
な ど を
退
け
て、
viparitakhyati(
anyath 巨khyati
)
説
を
宣 揚
し て い るの であ る
。が
、そ れ
はKumA
−
rila の
誤 謬
説
であ
り、 そ
こ で引
き 合
い に出 され
る自著
TS
も 明 ら
か に バー
ッ タ派
の著 作
であ
る筈
、と
い うの であ
る。だ が
、そ
の よう
に簡
単
に割
り切
っ て い いも
のだ
ろ
う
か ?ヴ
ェー
ダー
ン タ派
の誤 謬 説
の展 開
上
、重 要
な
役 割 を 担
っ た筈
のMa
廻
ana の誤
謬
説 自体
の変 遷
な
ど も極
め て微 妙
な
問 題
を
含
ん で お り、そ
の思 想 的 展 開
と併
せ て、
今
な
お議 論 す
べき
余
地 が あ
る、 と
いう
のが
実 情
であ
る(18) 。現
に、
SN
自
身
、前節
(
v )
のBM
に おけ
るVacaspati
の用
例
を
問 題
と
し、 そ
こ で のVacaspati
は、
ヴ ェー
ダー
ソ タ の誤 謬 説
であ
る anirvacaniyakhyatiを 宣 揚 す
る中
で、
NK
や
TS
に言
及
す
る と認
め て い る。そ
して 、そ
こ で のVacaspati
の議 論
の主 眼
は akhy 巨ti
説
の
論 破
であ
り、 ま た
、anirvacaniyakhyati
説
は実 効
上
anyath 激hyati
(
な
いし
、viparitakhyati
)
説
と
齟 齬
しな
い の で、
TS
を 召
喚
す
る こと
に は、
−
支障
な
し と し て いる
の であ
る
。そ
の不
整 合 を 棚
上
げ
し た形
で 、SN
は 、そ
の(
v)
の用 例
に関
し てぱ
、 (
viii)を も
たら
す
注 釈
者
Amalananda
が 、
VK
のそ
の箇 所
で は、
Vacaspati
のNK
に おけ る
議
論
に関
し て は紹 介
し て いる
一
方
、TS
で の詳
論
を
紹
介
し て いな
い点
に
読 者
の関
心
を 向け
よう
と
す
る 。そ
して 、 こ の こと
は 、Amalananda
に は 、Va
−
caspati の
TS
が 既
に参
照 不
能
であ
っ た事
実
を
物 語
・
)ている
の で はな
い か、 と
いう