業近畿大学農学部紀要第肘 119~ 凶 (2009)
119絶滅危倶種ホトケドジョウの人工繁殖
宮 本 良 太 * 勝 呂 尚 之 * * ・ 細 谷 和 海 *
*近畿大学大学院農学研究科環境管理学専攻 柿神奈川県水産技術センター内水面試験場
A r t i f i c i a l p r o p a g a t i o n o f a n e n d a n g e r e d f r e s h w a t e r f i s h , t h e Hotoke l o a c h Lefua e c h i g o n i a J o r d a n e t R i c h a r d s o n
Ryota MIYAMOTO*
,Naoyuki SUGURO
料andKazumi HOSOYA *
事Programin Environmental Management, Graduate School of Agriculture, Kinki Universi砂
Fisheries Ex.βerimental Station of Kanagawa Prefecture
Synopsis
The spawning of an endangered freshwater fish. the Hotoke loach (Lefua echigonia). was induced by human chorionic gonadotropin (HCG) to establish a method for artificial propagation. Artificial spawning was performed from November to December 2007. which was not the natural regular spawning s巴asonof the loach. The gonads of broodstock fishes were developed in 30 days by raising the water temperature to 20 t皿dlengthening the photoperiod (14 L‑10 D). Matured fishes were selected at a rate of 5 pairs per section. Sections were prepared in different sets as those injected with HCG (30 IU/g BW)田dnon‑injected controls to represent natural spawning. When fish injected with 30 IU/g BW of HCG did not spawn during the first 24 hours after injection. they were re‑injected at the same dose. The hatching rate of the fish injected with 30 IU/g BW of HCG was lower出anthat of the natural spawning fish. However. many eggs and larvae were obtained in the section of fish injected with 30 IU/g BW of HCG compable to the natural spawning五sh. These findings indicate that HCG injection of Lefua echigonia is useful to induce spawning and to extend their spawning season.
Key words: RDB: Ex situ preservation: HCG: Seedling production
はじめに
ホトケドジョウ
L φ
taechigoniaは,コイ目ド ジョウ科フクドジョウ亜科に属する日本固有の 淡水魚であり,青森県および中園地方西部を除 く本州,四国東部に分布する九本種は,里山 に見られる谷戸の代表種とされ2) 湧水を水源 にもつ細流や水田に生息する3)。産卵期は3月 下旬から6月上旬で,体形は小型で細長く,円 形状を基本とする1.4)。同じくドジョウ科のド ジョウMisgurnusanguillicaudatusやシマドジョ ウCobitisbiwaeとは,口ひげの数が異なり, ド ジョウが5対10本,シマドジョウが3対6本で あるのに対して,ホトケドジョウは4対8本である。体色は地域や個体により変異があるが,一般 的に茶褐色または赤褐色で体側に黒点が存在する
ものが多い5)。本種は分布が広範囲で、あるため,
しみずどじょう,やまどじょうなど地方名が多く
4) 昔からなれ親しまれた魚である。しかし,都 市化にともない里山周辺の生息地が減少し環 境省版レッドリストでは絶滅危慎IB類に指定さ れている 6)。特に都市近郊の生息地は減少してお り,神奈川県では,県のレッドデータブ、ツクにお いて絶滅危慎IB類に指定されている 7)。
そのため,神奈川県水産技術センター内水面試 験場ではホトケドジョウの系統保存を進めるため に,種苗生産に不可欠な採卵方法や仔稚魚期にお ける最適飼育条件の解明など,技術開発を行なっ
てきた2.8)。しかし近年,病気の発生による大量 へい死や親魚が産卵しないなどの新たな問題が発 生している。現在のホトケドジョウの採卵方法は すべて自然産卵によるものであり,産卵誘発ホル モン(ヒト胎盤性生殖腺刺激ホルモン.Human
Chorionic Gonadotropin. 以下.HCG) を 投 与 した例はないoHCG投与による採卵は,同じド ジョウ科のドジョウ9.10)やアユモドキ L
ゅ ω
bo白Gcurta1U2)の他,ギパチPseudobagrustokiensis13).
ヒナモロコAρhyocyρrischinensis14). カワノtタモ ロコHemigrammocyρrisrasborella15.l6)などの希 少性淡水魚でも行なわれており,飼育管理の効率 化を図った系統保存を可能としている。ホトケド ジョウへのHCGの投与が有効であれば,産卵期 にとらわれず,光周期や水温調節による成熟促進 と併用することで周年採卵が可能となり,大量へ い死などの事故への対処とともに,産卵日時を集 中させることで飼育管理の効率化を図れる。そこ で本研究では,ホトケドジョウの人工繁殖法の確 立の lっとしてHCGを 投 与 し そ の 有 効 性 に つ いて検討した。
材料および方法
実験期間
実験は.2007年11月13日から 12月29日ま での47日間,神奈川県水産技術センター内水面 試験場で実施した。
供試魚
今回の実験に用いた供試魚は,神奈川県鶴見川 水系万福寺産の 2007 年 4~5 月に産卵した 2007 年産卵魚(以下,万福寺経産卵群)29尾.2007 年未産卵魚(以下,万福寺未産卵群)60尾およ び金目川水系三ノ宮産の未産卵魚(以下,三ノ 宮未産卵群)60尾の3系統を用いた (Table
1 )
0これらの供試魚のうち 万福寺経産卵群は2007 年に長日処理(明期 14時間+暗期10時間,以 下,長日処理はすべて同じ条件)を施し,自然産 卵させた系統である。供試魚は,実験開始5ヶ月 前から水温17.0~ 28.3 'c (22.6 :!: 2.8 'C.平均 値±標準偏差)および自然の日長下で循環ろ過式 により飼育した。
親魚養成
親魚養成に先立ち,供試魚の成熟状態を確認す るための予備飼育を行なった。予備飼育は,飼 育開始から5日間,産卵基質に人工水草(キン ラン)を設置し,水温16.4~ 18.9 'c (17.3:!: 0.7 'C)および自然の日長下で飼育した。しかし 産卵は確認されなかったため.30日間生殖腺の 発達促進飼育を行なった。生殖腺の発達促進飼 育は,キンランを取り上げた水槽に100Wヒー ターを設置して20'c以下にならないように加温 し 白 色 蛍 光 灯 (20
W)
による長日処理を施し た。水槽は56l水槽 (600x 300 x 360 mm)各 2面で,上面ろ過装置(スライドフィルター600. ニッソー製)とスポンジをろ材とした鑑賞魚用ろ 過装置(テトラニューブリラントフィルター,テ トラジャパン製)を用いた循環ろ過式で飼育し た。給餌は.9時と 13時に熱帯魚用配合飼料(テ トラミン,テトラジャパン製)および粒径300
~420μm のアユ用配合飼料(ラーパルフィード 5μD.科学飼料研究所製)を手撒きで.16時に 冷凍アカムシ(クリーンアカムシ,キョーリン 製)を水で解凍したものをピペットで,それぞれ 飽食量を与えた。
水質は,水温を各系統l面の水槽で1日2回, 9時と 13時に測定して代表値とし.pHと溶存酸 素量 (DO) を7日に1度.13時に測定した。水 換えは7日にl度,水槽容量の2/3を 交 換 し 残
Table 1. Morphological characteristics of experimental fishes of the Hotoke loach Manpukuji Manpukuji 5annomiya 5train
spawning自shes not spawning fishes not spawning fishes Number of官shes 29 60
Age 1+ 1+
5tandard length (mm) 48.3::!:: 4.2'2 40.6::!:: 4.6 Body weight (g) 1.8 ::!:: 0.4 1.0::!:: 0.3 Condition factor'l 15.8::!:: 1.4 15.1士1.5
'lW/L3 X 103: W=Body weight (g) • L=5tandard length (cm) '2Mean土50
60 1+
45.2土3.7 1.3::!:: 0.3 14.2::!:: 1.8
絶滅危慎種ホトケドジョウの人工繁殖 121
餌などは毎日手網で取り除いた。 熟の目安として肥満度の高い個体を雌雄10尾ず つ選定した。実験区は もっとも効率的に採卵 親魚の選定と HCG投与 が可能である雌雄
l
尾ずつをl
組として8) HCGホトケドジョウは外観上の雌雄差がないため, を投与する投与区5組と 対照として無投与区5 雌雄の判別は生殖腺の目視によって行ない5) 成 組を設定した (Table2)。
Tabel 2. Summary of data on spawning experiments with HCG‑injection and non‑injection to the Hotoke loach
HCG‑injection (30 IU/g BW) HCG‑non‑injection (0 IU/g BW) Manpukuji spawning fishes
Tank No. 2 3 4 5 6 7 8 9 10
Male
Standard length (mm) 50.9 52.6 50.1 49.3 48.8 53.1 50.4 50.4 50.4 49.3 Body weight (g) 2.1 2.5 2.1 1.9 2.0 2.7 1.8 1.6 1.9 2.0 Condition factor (%)判 16.1 17.0 16.5 15.7 17.0 17.7 13.9 12.7 15.1 16.4 Female
Standard length (mm) 55.4 54.5 54.0 54.2 48.9 50.3 48.1 54.2 49.7 49.5 Body weight (g) 3.4 2.9 3.3 2.6 2.2 1.9 1.6 2.4 1.9 1.8 Condition factor (%) 20.1 17.6 20.8 16.2 19.2 14.8 14.6 15.3 15.4 14.9
Number of injection 2 2 1
。 。 。 。 o
Total eggs 385 40 632 98 189
。 。 。 o 。
Total hatched larvae 221 3 339 7 68
o o 。 o o
Total larvae 183 231 5 33
o o 。 o o
Manpukuji not spawning自shes
Tank No. 2 3 4 5 6 7 8 9 10
Male
Standard length (mm) 49.3 43.1 54.9 43.8 40.5 48.9 41.6 41.7 45.6 43.7 Body weight (g) 1.5 1.2 2.3 1.2 1.0 1.8 1.2 1.1 1.4 1.3 Condition factor (%) 12.8 15.2 13.6 14.7 14.9 15.0 16.9 15.3 15.2 15.5
Female
Standard length (mm) 48.1 50.0 50.4 48.0 51.8 47.9 42.3 45.2 42.6 44.8 Body weight (g) 2.1 1.8 2.0 1.8 2.3 1.9 1.5 1.5 1.4 1.6 Condition factor (%) 19.3 14.6 15.2 15.9 16.2 17.3 19.5 16.0 17.9 17.7
Number of injection 2 2 2 2 2
o o 。 。 。
Total eggs
。
147'2o
5。 o
94 38。 o
Total hatched larvae
。 o o
5o 。
67 38。 。
Total larvae
。 o o
3。 。
57 27。 o
Sannomiya not spawning fishes
Tank No. 2 3 4 5 6 7 8 9 10
Male
Standard length (mm) 46.3 46.7 44.5 45.0 43.3 45.7 46.6 53.9 45.1 48.3 Body weight (g) 1.6 1.5 1.4 1.2 1.3 1.5 1.5 2.0 1.4 1.6 Condition factor (%) 15.9 14.5 15.3 13.2 15.3 15.7 15.0 13.0 15.4 14.0 Female
Standard length (mm) 46.1 51.1 51.3 51.1 56.0 54.9 48.8 53.7 51.9 49.8 Body weight (g) 1圃6 2.0 2.1 2.0 2.5 2.3 2.0 3.0 2.1 1.7 Condition factor (%) 16.1 15.3 15.3 15.1 14.6 14.0 17.3 19.4 14.9 13.5
Number of injection 2 2 2
o o o 。 o
Total eggs 2 159 143
。 。 o o 。 。 。
Total hatched larvae
。
106 59。 。 。 o o o o
Total larvae
。
14 47。 。 。 。 o o o
'lW/L3 X 103: W=Body weight (g) ,L=Standard length (cm) 可ncludecompressed 135 eggs at HCG injection
を行なった。その後は再投与を行なわず
¥6
日間 産卵の有無を確認した。産卵が確認された水槽 は,魚を取り上げた後に卵をピペットで回収して 卵数を計数した。 9時に産卵を確認した場合は,キンランを交換して再ぴ親魚を水槽へ戻し.16 時に産卵の有無を確認した後,実験を終了した。
卵は21プ ラ ス チ ッ ク 水 槽 (207 x 132 x 136 mm)へ100粒を上限として小分けに収容し 20
℃に設定した恒温器 (MIR‑252.三洋電機製)を 用いて管理した。卵と仔魚の状態は毎日観察し,
ふ化数と浮上数を計数した。卵を収容した水槽の 水質測定は,水温.pHおよび
DO
を,恒温器内 の左端に置いた水槽を代表として9時に測定し た。水換えは卵への影響を考慮し,水面に油膜が 認められた場合に適宜行ない,同じ恒温器内で一 晩汲み置きした水道水を用いて水槽容量の1/3を 交換した。結 果 投与方法は,近縁種のドジョウに準じ.0.6
%
NaCl 溶液に溶解したHCG(ゴナトロピン5000. 帝国臓器製薬製)を,選定した親魚に対して体重
19あたり 30IU腹腔内に注射(テルモシリンジ ツベルクリン用1ml.注射針26G x 1/2.テル モ製)した9.10)。注射の際には,魚体への負担を 最小限にするため,オイゲノール (FA100. 田辺 製薬製)を水で1/5000の濃度に希釈して麻酔し た。麻酔により横転した親魚は体重を測定し湿 らせたタオルの上にのせて標準体長を測定した 後,上顎から総排j世口までの距離を 100%とし て,総排
t
世口から上顎側約20%の位置から体軸 に沿って針を刺し,腹腔内へHCGを投与した。投与は21時に行なった。
産卵用水槽には 121ガラス水槽 (315x 185 x 244 mm) を使用し,鑑賞魚用ろ過装置を用 いた循環ろ過式で飼育した。水温は100Wヒー ターを設置して20
t
に保ち,白色蛍光灯(15 W)を使用して長日処理の条件下で飼育した。産 卵基質には,キンラン(乾燥重量20g)を1本ずつ設置した。 親魚養成
実験開始時の供試魚は,生殖腺が未発達で雌雄 判別が困難で、あったが 30日間の親魚養成によ
り雌雄判別が可能となった。
実験期間中の水質は,万福寺経産卵群で水温 19.2 ~ 20.9
t
(19.9 :t 0.5t ) .
pH 7.6 ~ 8.7 (8. 1
産卵の確認産卵の確認は.9時と 16時に卵の有無を目視 で行なった。 I回目のHCG投与から 24時間後に 産卵が確認されなかった投与区の個体には再投与
14
∞
12
∞
1 0 0 0
8
∞
6ω
4
∞
2
∞
s s
弓 s
按
a
﹄ ︒
Z
﹄g s z
30 IU/g 8 W 0 IU/g 8 W Sannomiya
not甲awning自由es 30 IU/g 8 W 0 IU/g 8 W
Manpukuji not勾加awningfishes 30即Ig8W 0 IU/g 8 W
Mar司pukuji spawning fishes
o
HCGunit
Fig. 1. Effect of HCG injection of the Hotoke loach.
口:
Total eggs. ~: Total hatched larvae.図:Total larvae. Asterisk: lncluding 135 eggs when the belly of an adult female was compressed at HCG injection.絶滅危慎種ホトケドジョウの人工繁殖 123
:t 0.5), DO 7.8 ~ 7.9 glml (7.9 :t 0.04 glml) ,
万福寺未産卵群で水温19.8~ 20.8 t (20.4 :t 0.2), pH 7.7 ~ 8.4 (7.9 土 0.3),DO 7.7 ~ 7.9 glml
(7.8 :t 0.05 glml) ,三ノ宮未産卵群で水温 20.0~
20.9 t (20.7:t 0.3 t) , pH 7.4 ~ 8.0 (7.7 :t 0.2), DO 7.5 ~ 7
. 8
glml (7.7 :t 0.15 glml) であった。HCG投与による産卵状況
各実験区の産卵結果を Table2およびFig.1に 示した。 HCGを投与した親魚の産卵行動は,自 然産卵と同様に雄が雌を追尾し,産卵基質へ数粒 の卵を産卵・放精する行動を繰り返した。投与 区は,万福寺経産卵群では5組すべてで産卵が 確認され,平均268.8士 241.5粒,合計1344粒 の卵から平均127.6:t 147.5尾,合計638尾がふ 化し(ふ化率47.5%),平均90.6:t 108.3尾,合 計453尾の浮上仔魚を得た(浮上率71.0%)。万 福寺未産卵群では2組で産卵が確認され,平均 76.0粒,合計152粒の卵から平均2.5尾,合計5 尾がふ化し(ふ化率29.4%),平均1.5尾,合計 3尾の浮上仔魚を得た(浮上率60.0%)。三ノ宮 未産卵群では3組で産卵が確認され,平均101.3
士 86.4粒,合計304粒の卵から平均55.0:t 53.1 尾,合計165尾がふ化し(ふ化率54.3%),平均 20.3 :t 24.1尾,合計61尾の浮上仔魚を得た(浮 上率37.0%)。万福寺未産卵群のNo.2水槽にお いては,再投与の際腹部を圧迫し, 135粒の卵を 搾出してしまったが,これも産卵数に含めた。た だし,ふ化率と浮上率の算出では除外した。無投 与区では,万福寺未産卵群の2組のみで産卵が確 認され,平均66.0粒,合計132粒の卵から平均 52.5尾,合計105尾がふ化し(ふ化率79.5%), 平均42.0尾,合計84尾の浮上仔魚を得た(浮上 率80.0%)。
卵を収容した水槽の水質は,水温18.7~ 19.2 t (19.0 :t 0.1 t), pH 7.4 ~ 8.3 (7.8 :t 0.2), DO 6.6 ~ 7.9 glml (7.5 :t 0.28 glml)であった。
投与区ではすべての系統が産卵し,無投与区で は万福寺未産卵群のみ産卵した。 1回目の投与か ら12時間後の9時には産卵は確認されなかった が, 19時間後の16時に投与区において万福寺経 産卵群の3組 (No.1
,
3, 5) と三ノ宮未産卵群 の2組 (No.1,
3)で産卵を確認した (Fig.2) 02回目の投与から 24時間以内に産卵したのは,
万福寺未産卵群の無投与区の l組 (No.7)のみ
で,万福寺経産卵群の投与区の2組 (No.2, 4), 万福寺未産卵群の投与区の2組 (No.2, 4)と無 投与区の l組 (No.8)および三ノ宮未産卵群の 投与区の l組 (No.2)はそれ以降に産卵した。
無投与区で唯一産卵した万福寺未産卵群で,投 与区と無投与区間のふ化率と浮上率を比較する
と,ふ化率で投与区が劣り (Fisher'sexact test, P < 0.05), 浮 上 率 で は 有 意 な 差 は 認 め ら れ な かった (Fisher'sexact test, P
>
0.05)。考 察
親魚選定方法の検討
今回供試魚とした万福寺産の両系統では,採卵 に用いた個体と採卵に用いない個体とで産卵期の 飼育方法が異なっていた。採卵した経産卵群に
HCGn側・inj倒 ion (0 IU/g 8W) r一 九 ー 「
O
12
19
24
36
①
4348
HCG injection (30 IU/g BW) 1st injccri叩
.
2.
n.
d iム
niム
ectionA
①
132十 8 .
Fig. 2. Experiment fiowchart of HCG injection of the Hotoke loach, and result of spawning time, after HCG injection.
: ・
Manpukuji spawning fishes,0 :
Manpukuji not spawning fishes,ム:Sannomiya not spawning fishes. Numbers in marks show the tank numbers目
は,通常の給餌体制である 1日2回のテトラミン 給餌に加えて冷凍アカムシを与え,肥満度を高く して生殖腺をよく発達させた。その影響から,採 卵時期を過ぎた 11月でも両系統の肥満度は同程 度であったが(一元置分散分析.P > 0.05).経 産卵群が未産卵群と比較して雌雄判別も比較的容 易で,生殖腺が発達していた。そのため,得られ た卵数は経産卵群が未産卵群と比較して多かった
と考えられるO
HCG投与区と無投与区で産卵した万福寺未産 卵群の雌において,産卵の有無で肥満度を比較す ると,産卵した雌は16.5:t 2
. 1 ( n
= 4).産卵し なかった雌は 17.3:t1 .
4 (n = 6)で,両者に有 意な差は認められなかった(一元配置分散分析,P > 0.05)。本実験では親魚の成熟状況を, 目視 による生殖腺の発達状況と肥満度から判定した が,肥満度が同程度でも産卵する個体と産卵しな い個体が確認された。このことから,これらの判 別方法では親魚の選定が不十分であることが示唆 された。そのため,今後はより確実な親魚の成熟 度判定の方法を改善,開発する必要がある。
HCG投与の有効性
ホトケドジョウの自然下の産卵期は.3月下旬 から6月上旬であるとされている1)。今回.30
日間の親魚養成と HCGの投与によって,春産卵 魚を 12月に産卵させることが可能で、あった。万 福寺経産卵群と三ノ宮未産卵群では.HCGの投 与により産卵誘発効果が高く示された。特に万福 寺経産卵群においては,投与区のすべての組で産 卵を誘発し,無投与区ではまったく産卵しなかっ た。万福寺未産卵群においては,投与区と無投与 区の間で産卵した組数が同じであったことから,
HCG投与の産卵誘発効果を確認できなかった。
以上のことから,同系統である万福寺の経産卵群 と未産卵群を比較した場合,産卵期を過ぎた親魚 へのHCG投与は経産卵群では特に有効であった が,未産卵群では効果の有無が判断できなかっ た。
HCGの投与回数について検討すると.1回目 ではHCGの産卵誘発効果が高く,特定の時間に 産卵させることができたが.2回目以降は産卵を 誘発しても産卵するまで、の時間は一定で、はなかっ た。その理由として,雌の成熟度合いに個体差が あったと考えられる。しかし HCGには産卵を
誘発させるだけではなく,親魚の成熟を促進させ る作用もあることから 再投与の間隔を今回の
2 4
時間よりも空けることでより確実に産卵を誘 発できることが予想される。近年,飼育下において春に採卵したホトケド ジョウの親魚が,自然光・無加温の飼育下で秋に 再び産卵することが確認されている 17.18)。産卵の 誘発要因は不明だが,本実験では産卵期である春 に採卵した万福寺経卵産群において. 11 ~ 12月 に再び成熟させることができたが.HCGを投与 しなければ産卵しなかった。このことは,産卵期 外に成熟しても,何らかの排卵要因がなければ産 卵に至らないことを示唆している。淡水魚におい て,成熟と産卵に影響を及ぼすと思われる主な環 境要因は,光と水温とされている 19)。そのため ホトケドジョウの採卵でも,長日処理と加温に よって親魚を養成しているお)。しかし,秋に産 卵した事例では,水温が一度低下した後,再び上 昇する際に産卵が行なわれることから,長日処理 については検討が必要であることを報告してい る17.18)。本実験では,水温と日長はすべて同条件 であることから,この点については言及できない が,今後ホトケドジョウの詳細な産卵条件が明ら かとなれば.HCG投与による産卵誘発がより効 果的な手法になると考えられる。
ホ ト ケ ド ジ ョ ウ の1尾 当 た り の 産 卵 数 は 約 1500粒と推定されている8)。この事例では,産 卵期中に86日間採卵しているが,これを l日当 たりの産卵数に換算すると,約17粒である。同 様に今回のHCG投与により得られた平均産卵数 は180粒になり,自然産卵よりも多い。しかし 無投与区で唯一産卵した万福寺未産卵群を見る と無投与区と比較して投与区のふ化率が低かっ た。 HCGを投与しない自然産卵による採卵では,
99 %以上の高いふ化率が報告されている8)。こ のような自然産卵と HCG投与による産卵数とふ 化率の違いは.HCGの排卵促進にともない,過 熟卵や未熟卵を含んだ産卵に適していない卵も排 卵されたことが原因でふ化率が低下したものと考 えられる。
万福寺経産卵群は,春に採卵したにも関わら ず.HCGの投与により再度採卵し,多くの浮上 仔魚を得ることができた。このことから,系統保 存の現場において疫病や水質事故などによって大 量へい死が起きた場合に,産卵期以外でも約1ヶ
絶滅危倶種ホトケドジョウの人工繁殖 125
月という短期間で親魚を成熟させ,採卵が可能で、
あることが明らかとなった。絶滅危倶種の系統保 存においては,想定外の大量へい死など緊急時の 対応策が不可欠であり,本実験の結果は系統保存 の応用技術として活用できる。
ホルモンを使用した催熟技術は,水産有用魚種 の増養殖において古くから行なわれており,魚類 の採卵方法として広く利用されている加)。しか し希少性淡水魚の採卵方法としてホルモンを用 いた人工繁殖の事例は少ない。その理由としては ホルモン投与時の内臓損傷,投与後の生理的変調 など,親魚をへい死させる危険性が高いことが挙 げられ,希少魚、の採卵方法には適さないと考えら れている21)。しかし日本でもっとも絶滅が危 倶されているヒナモロコ 22)では,的確なホルモ ン投与を行なえば,へい死を招くことなく高い 確率で産卵を誘発できる 14)。本実験においても,
HCGを投与した親魚に異常は認められず,へい 死魚もなかった。このことから,的確なHCG投 与による採卵は,ホトケドジョウの新たな種苗生 産技術として有効な手法と考えられる。
本研究によって,ホトケドジョウの採卵が自然 下の産卵期にとらわれず,人工的に周年採卵が可 能であることが明らかとなった。しかし今回は 投与量,投与回数および効果の現れる時間に関し ての調査は不十分であるため,今後も継続した調 査を行なう必要がある。
要 約
絶滅危倶種のホトケドジョウにおける系統保存 技術開発のため,産卵誘発ホルモン (HCG)を 用いた人工繁殖実験を行なった。実験は,春の産 卵期を経過した11月から 12月にかけて行なっ た。親魚養成として, 30日間の長日処理と加温 による水温上昇で生殖腺を発達促進した後,親魚 を選定した。実験区は, HCGを腹腔内へ注射し て30IU/g BW投与する区と無投与区を設定し た。 1回目の投与から 24時間以内に産卵しなかっ た親魚には, HCGの再投与を行なった。自然の 産卵期に採卵しなかった親魚では,投与区と無投 与区で産卵した組数が同じであったため有効性は 不明であった。一方,自然の産卵期に採卵した親 魚では投与区ですべて産卵し無投与区では産卵 しなかったため, HCGの産卵誘発効果が高く示
された。投与区ではふ化率が無投与区と比較して 劣るが,得られる卵数と仔魚数が多く,人工繁殖 の技;術として活用できることが明らかとなった。
また,短期間の親魚養成と HCG投与を併用する ことで,自然下の産卵期にとらわれず人工的に周 年採卵が可能であることが明らかとなった。
謝 辞
本研究を行なうにあたり,神奈川県水産技術セ ンター内水面試験場の水津敏博場長,相津 康主 任 研 究 員 , 蓑 宮 敦 技 師 , 中 島 睦 子 氏 , 安 斉 俊 氏,西巻多香子氏ならびにその他職員の方々, 日 本大学の湯浅航平氏,帝京科学大学の田中祐介 氏,東京海洋大学の古川大恭氏,田中友樹氏には 飼育およびデータ収集に協力,助言をいただい た。また,三重大学の高久宏佑氏には有益な'情報 をいただいた。ここに記して感謝の意を表する。
なお,本研究は近畿大学農学部「里山修復プロ ジェクト」の教育プログラムの一環として実施さ れ,実験の一部は環境省試料タイムカプセル化事 業の助成金によって行なわれた。
文 献
1) 津田幸雄 (2001)ホトケドジョウ. 日本の淡 水魚(川那部浩哉・水野信彦・細谷和海編・
監修),山と渓谷杜,東京, p.400.
2) 勝呂尚之 (2002)ホトケドジョウの初期飼育 条件.水産増殖, 50, 55‑62.
3) 神奈川新聞社 (1986)ホトケドジョウ.相模 川の魚たち(神奈川新聞編・著),神奈川新 聞社出版局,神奈川, pp. 112‑113.
4) 細 谷 和 海 (1994)ホトケドジョウ. 日本の 希少な野生水生生物に関する基礎資料(1)
(水産庁編),日本水産資源保護協会, pp. 386‑391
5) 勝 目 尚 之 (2005)谷 戸 の 代 表 種 ホ ト ケ ド ジョウ.希少淡水魚の現在と未来(片野 修 ・ 森 誠 一 監 修 ・ 編 ),信山社,東京, pp. 50‑60.
6) 環境省 (2007)レッドリスト汽水・淡水魚 類環境省, 5pp.
7) 勝呂尚之・瀬能 宏 (2006)汽水・淡水魚 類 神 奈 川 県 レ ッ ド デ ー タ 生 物 調 査 報 告 書
(高桑正敏・勝山輝男・木場英久編),神奈 川県立生命の星・地球博物館,神奈川, pp. 275‑298.
8) 勝目尚之 (2005)ホトケドジョウ種苗生産に おける最適親魚収容数および魚巣設置数水 産増殖, 53, 83‑90.
9) 鈴 木 亮 (1982)図解/ドジョウの養殖.緑 書房,東京 101pp.
10)景平真明 (2005) ドジョウ 水産増養殖シス テム2淡 水 魚 ( 隆 島 史 夫 ・ 村 井 衛 編 ),恒 星杜厚生閤,東京 pp.211‑225.
11)上原一彦 (1996)希少魚の保護増殖試験ア ユモドキの増殖試験.大阪府立淡水魚試験場 業務報告, 28, 135‑142.
12)上原一彦(1997)希少魚の保護増殖試験ア ユモドキの増殖試験.大阪府立淡水魚試験場 業務報告, 29, 85‑92.
13)勝 呂 尚 之 (2001) ギ パ チ 種 苗 生 産 試 験 I 神奈川県水産総合研究所研究報告, 6, 97‑107
14)高久宏佑・金益秀・細谷和海 (2007)絶滅 危倶種ヒナモロコの人工繁殖.近畿大学農学 部紀要, 40, 63‑70.
15)高久宏佑・細谷和海 (2008)絶滅危倶種カ ワパタモロコの人工繁殖.水産増殖, 56, 13‑18.
16)宮本良太・勝目尚之・高久宏佑・細谷和海 (2008)絶滅危倶種カワパタモロコの最適初 期餌料系列.水産増殖, 56, 573‑579. 17)羽田幸司・高橋一孝 (2005)ホトケドジョウ
増殖試験‑II. 山梨県立富士湧水の里水族館 年報, 4, 18‑2
1 .
18)羽田幸司・高橋一孝 (2005)ホトケドジョウ 増殖試験 E 山梨県立富士湧水の里水族館 年報, 4, 22‑23.
19)吉岡 寛 (1974)淡水魚.魚類の成熟と産卵 (日本水産学会編),恒星杜厚生閤,東京,
pp.55‑65.
20)隆 島 史 夫 (1989) ホ ル モ ン に よ る 催 熟 技 法 水 産 養 殖 学 講 座 第4巻水族繁殖学(隆 島 史 夫 ・ 羽 生 功 編 ),緑書房,東京, pp. 132‑140.
21)前 畑 政 善 (1990) ヒ ナ モ ロ コAρhyocyρrzs chine
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22)木村清朗 (1997)ヒナモロコ. 日本の希少淡 水魚の現状と系統保存(長田芳和・細谷和海 編),緑書房,東京, pp.54‑63.