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小原図芳先生の宗教教育 一 一 女

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(1)

小原図芳先生の宗教教育

一 一 女

l H 露 子 百 次

iま乙め!こ

h qu

と』土

ぐくま 1.  ~宗教教青とは

2.  霊の教育の抵要性

見輩の宗教心 1. 

礼拝 2.  芸術教育

3.  第二塁持者と労作教育 む す び

引 用 文 醸

しては次の記 なお,

小;訳出芳著:

r教育の者全本問題としcの〉ji教A F教予言論文・教育随j出 い

~{{不rl48年版 ( (論) Q) A 

I f  // 

n A n

A

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i Q U

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'

? f /1 

/1  ' /1 

町長教教育論 1明和47年 版

『全人教育論J 昭和50年肢 〈全)

F師.道ぷ 昭和49年 版 ( 宮 市 ) 頁

F教 育 一 路 1¥本経済新時社 昭和51年 版 (教 TI

i諸 島 洪 : 著 の お や じ ,JJ  :)11大 学 i昭和42年 版

学 校 集 内 昭和52年 版

悔原拡箸『美と宗教の発見」 筑車番勝 間和46年 肢

(2)

弘前学i詫 大 学 紀 要 第14 iまじめに

キリス との関りあいはまことに大同なJf¥f ...t..

1)はキリスト Ifl}む を ニ つ 〈 教 のようなものであるといっているが,中心が二二つあるということ f るところのキリスト くという るということである。キリスト らとし、って, グワス

チャン しているわけではなく,ノン・クリスナャン くな

っている よっていては生活も教育もま もが失なわれる恐れ があるO

もの ること, '11ら学ぶ

キリスト に[i'司つ

わしくなくなって,

ことよりも生活を守るための

し応うものであってほしいと顕う。ところが,

ことで耳立がし、っばし、,

てしまいがちtこなっ

なノ, ちの1'=]の輝きも失なわれるのではないかと心配されるO

らよいのかということが

となった。そのよう 小 先11::Jall午 の こ と を 知 ノ '

日本 として, Ilffj立されていることへの驚ぎ,さら

もったの

としたのである。先生の とら

で,五)1

これまでのお{ して周知のことであるが,今日,キリスト教

Iflにあって,これほ正までに大きくなっ られる fri立のイnJたるかを白分なり していきたい。

るお考えは刈ものにもとらわれなL 、な心のIIIにすべてのもの

で;ままた, ご (j Jl)ものに汁す

ら h~ l, ているよう iこJ思えるしい・んル と九えられて,そこから,ご円分の となっているのではないかと思う

れ,その11'から溢れ出る点みと知識と

グワスチャンなのだ人うβ !土;いう ¥ [f詳し、ていきた L、

cn.1)亦城泰氏 1968/,ド弘前学院同期ノピ ilf封 印f1隊 合 流 出 キ リ ス ト 教 総 合 乍 閑 に お ける六つ!:)!~II   t]it;j))(;J111司記録P.

(3)

上手間:小!民国芳先生の宗教教宵…一考察

小版関芳先生の県教

1.  宗教とは,神とは

2)との対談の中で,

というものがなくて, とし、うのが;f:.htJ誌にあるようにお見うけするがJ (3) る。ニ ち,特に先生をクリスチャンであ ると思っている人たちにはなおのことだと思うのであるO そこで,

2

,お寺でプ」メンが出たりするのです。その っとも才的はないのです。なにしろ,叔母が熱心な仏教徒で,その叔ほから

受けました。長家〈註4) 。 36佑通り

ば小さく見える くなっていく ってよく見えてくるO 最高によくよよえた人の一人が もう ‑人はイエス様だった。

といい,イエス棋は鷲とおっしゃった。(註5)ということである

tll らといって,そ 受けるものではないこ とは ちの15・えることである合しかし, なわれ,イ

コを火なわれ,

代々の極めて

Hい問!などを

トと

、をするようになノ,

抹介にした新しいれ抑

C

it 2) I明治42年生まれ。

3) C諭)ゆ 325

;1.)1Jlti42々よから六 11:8

(れら)(論)@:325

i1ウソクのうじ

ものと見うけられるし, しても先生が され,またキリスト

H)に出会ったことがきっかけとなって 9)方ミら られて, キリス されたようである。

と~。

(

えt6)説 鷲 『 教 山j'lb]行主主 計波文H' 114Uo

7 !1fi381lm9J:I.(ll!i 註!1\1~校人ヴ ぷ)Harrict M. Lおれおm

11)11内2(}11:~211 r:削 (23~24 ,Y) 1I二本に渡米,成1)1i乏量得に,やがてぬ山品に。プレスピテ プン探の教会に九時す。昭和民主ド:3)Jγメ リ カ

Cli: 9)  (1計約八イ 1"~11{1ヂ11251,1つ

長Ilr;,i1:1L1II"?lti乍却す ト!木ニ干リスiI]j渋谷教余所属。

(4)

弘前学院大学来日要 14

宗教あるいは神をどのようにとらえているかをもう少し詳しく見ていきたい。

宗教とは「神と人との関係なりり(註10)と 定 義 づ け ら れ る 。 宗 教jむには主観

υ

、間) と(容観) (宗教心の対象である人関誌上の結対者すなわち紳とか仏)との両極があるO

宗教は全人搭の要求であって,人間がにの対象者感知し,信街し,愛し,合体し,いろい ろ感激することである。 J(11)

私たちクリスチャンにとっては,先生がごくごくあたり前のように「宗教は神と人との るJと矩義づけられても理解できるO しかし,先生は神が死んだといわれるよう になった現代にあって,な 絶対者の存在を訴えておられるのである。

たとえば,人間が完全無欠なものであったとしても,ある日,突然深い森の中でたった一 人になった時,ひしひしと身にせまってくるものは人毘以外のものではないか。又,多勢 っても孤独を感じる時があるがそのような持に心にせまってくるものがあ るのではないか。そのような時に信仰が芽生えるのではないだろうか。

ちに

とは神と人と

ある。 j と晃ておくのが最も

で述べており,さ あろうと思う。 JC註12)と 述 べ て い n 神を出と克ることはシュライ広/レマヴヘ/レが において,

裁は,

し,宇富

でまらる。 J(設13)と述べ, さらに との中に在って,

丸鳴

ようとする口

宗教は, ょう ってとらえられ, されよ

うとする C1i14)と述べているG

後述の万教帰ーの教えが,これら はないかと考えるむ

してノト原先生の中にはぐくまれてきたので

中に苦かれてい ものが再び結びつき,

ようなものでiあ る と も 述 べ ら れ ったものが本気になっ と良心とが再びもどり,

ように人が犠りゆくことがある。

ものが本選に立ち帰り,

より正に, J 行くことであるむその正,完全,高さ,訟の に融合一散しようとすることが宗教である。 J(15)

より高い所を求めるのはそ していると思わ

:lO)l

(設l1)J

註12)西市幾多郎仁詩の研究』緒波新議脹 186

(~t: 13) (註14) Friedrich 秒 間ielErnst Schleimacher (17川一1834) むミ敬語ioJl波新議按 49j."J: 

主15)(袈)A.  c;~) 14

c

論)@384

(5)

坪田:小原園芳先生の宗教教育一考察一

れるが,一方ではぬるま湯のようなところから抜けきれず,平平凡凡の中に自分をおき,

自分の損になることは一切しない傾向をもっているのも人間であることは確かであるD 剣に生きょうとする人にとっては,宗教が不必要なものであるとすることはできない。求 めでたどりつくところ,全生命の要求としてたどりつくものが宗教であると同時に,人聞 は誰でもその人の内奥にひそかに持っているものが宗教であると考えられる。人が人であ ること,自分がこの世に生を受けて存在していることの意味あるいは意義を考える時に宗 教は生まれる。

小原先生は次にシュラィェノレマッヘノレの言葉を引用きれながら続けられるD

「シュライェノレマッへノレのいうように『人』になることであるD 真の宗教をつかもうと することは真の『人,~になることである D 先ず『人』を見出すことである。IJ'人』にまで 進むためには,神を承認せずには,神なしには宗教なしには行かれない。インド宗教でい うように,党,真我が一つなのだろう。 Brahman Atmanは 一 つ な の だ ろ うD だ か ら,ソクラテスが人生の信条とした Knowthyself (汝白身を知れ) ということは宗教の 究結であるD

『人』の研究IJ'人,avこ徹すること,それが真に帰依し,宇宙の根元に帰することであ D 神を把握し,発見し,神に信頼し,還元するものでなければIJ'人』の発見は山来な いし,自己を知ることも出来ないのだと思うo(註16)

西田幾多郎の『苦の研究』には「宇宙の本体は Brahmanで Brahmanは吾人の心即 AtmanであるD このプラハマン即ア」トマンなることが印度哲学及び宗教の奥義であっ J(17)と書かれであるD さらに『善の研究』では「宗教的要求は自己に対する要求 であるD 自己の生命についての要求である。 J(18)小原先生も「宗教は人間内奥の止む に止まれぬ必然の要求,点人の叫びで、あるD 真 実 に 生 き ょ う と す る 人 の 必 然 の 結 果 で あ り,その人の生活そのものであるD ペスタロッチ(註19)の宗教はベスタロッチその人であ り,釈尊もキリストもそうであるD 内からF11然としてLBてくるものであるo(註20)と述 べておられるD

宗教が人の心の内奥にひそんでいるものであるということは,また人が人だけで、は存在 しえないということ,絶対者の存在を認めることであり,その絶対者への帰依ということ

(註16)()40 (宗)30 (註17)岡田幾多郎 前掲書 51 (18)西 田 幾 多 郎 前 掲 書 181

(主19)Johann Heinrich Pestalozzi (17461827)  (20)(宗)30

(6)

弘前'下 になるのだろうか。

さらにシュラィェルマッヘノレの ければならないo

とのこつが合 u

'父としての神と白 るところt ること,それが七 いう 引}召しながら,

まれているO つまり あるとj惑じること あるO 11人の合ーであるO

仰であるo(21) においても

ある

ることカLでき,

なはこ るにあるのである。只[Jち我々 'fj己の

J苔~i~・川.J̲ 

¥ 正E二‑'fふ1' るにあるのである。 J(22)とある

ることによってなされることであり,それ は古代イスラヱノレの人た JU として, として最も

もったものとして「父Jという 37かえたのではないかと思うG だからこ そ. ちは る神よj と親しく祈ることがでさ?るのではないだろうか。

2. 

とら れは r生長のJ

るためにはぜひ次の;丈を引用しなければならないが,こ ょく とし、う という f1)

いほどあっても ~-c、あり,唯一でなければ

な ら な い と ず る 。 … ・

、のだろうか。そこで問題になるのは人で あるO

々のメ、であるつそこ 識 に と っ て は ユ の 顕 現 で あ る

ら,そ

異 な る のでまちるO 前にも j主べたように 界人口が3創立為れば, 361誌の〉j:(教があるということになノ,

IIIj・の神は五えれないし,同ーの京教はないのであるO ペア}ヴぷ

り,天と見れば儒教であり,仙様と見れば弘教であり,

た と な L、 と見ればキリス

(此21)(fl~)28瓦, (京)38ft  (論)@82J' (;)@387 (えはわ西国幾多郎 JiJi指南:190;'ι

(7)

会ドrH:小話回芳先生の宗教教ち一一考察

のである。そこに自 もあるが, 九二リス あってもキ

ストの述べたままのキリスト教を有することはlH来ない。 Gt23)

まさにこれであると思う。だからこそ,一人 A人の以教を大切に抜 われ, ざるのだろうと思うが,はたしてグリスチ々ンとして

仰の基盤となっているものは何だろうという ゾてくるりこ られるので以ドにそれを引用する

r~ッたしは, ょっ わたしはキリストと共に

る適切な

十字架につけられた。川きているのは, もはや,わたしではない。キリストが,わたしの うちに生さておられるのである。 I(25) rだれでもわたしについてきたいと思うな

うて,わたしに捻ってき?なさい。

わたしのため,ま

うと それを救うで

よるのである。

よってではない口ただ!キリ

シ ェ ヴ イ コ ノ レ マ ッ ヘ ノ レ も において, って人々

何のためだろうか。

とも宗教には!請さなし

ため,あるいは

じている人々を 学のためであって,

…・つのtf{11J,一つの時悼の Hこ毘えようとはしなし、 Clt27)といっているO

3. 

ところ

ι

J r :

あり,谷あノ,

として, タに丹沢,

~~'tVI~ を

りという66 秩父, 日光の

イよる各校舎が点在しているO

あり,さらに人間以正の大きな)Jとおのずと 与えさせずにはおかない。

U'3七時川のおやGJIにはその白黙の中からとんなに設かなもの してみよう

いるのでそ 守口3)(宗)49~51 長 128f{o

!jjL 34}{

〈討:25) ガラテヤ人への千紙第 2 与 19~20的。

c2G)マノレコによる栴汗書第 8 34~35節。

Cit27)シ ュ フ ィ !Vマ ッ ヘ Ji} 59

(8)

弘 前 学 院 大 学 紀 要 第14

「玉)11の教育も,間平の大地の息吹きに抱れた僕らの生活を無視しては,半分 来ない。

丘には松が多く, ~苗,

の出には,僕らによって伐り関かれた焔があった。

密婚の巣箱や,鶏,

っていた。その殊に緩かな丘 フレ」ムや果樹圏や ことは強みであったが,中には小鳥を浮べた拾があった。王手には,

顕した。秋には,小松原の中に茸が験生した。林を少し輿に分け入ると,至る処に架があ った。山百合も匂っていた。春から支にかけて,名も知れね小鳥が数知れず集ってi轄 れ ば,やがて,満山を襲う蝉時雨になり,間もなく,昔楽には素人で篤い信仰家である某先 生が u'ベ}ト」ベンTl上の大苦楽.ノ』と

らの雄心は勃勃たるを覚えるO 五}lJ,点に立って,

を見下す時,それらの止のーとを雄大な謀の去来するのを眺め

き丘の起伏

中に光ちて,

よりほかに恐れるものがないことを機信させる

るためにどれほと、大きな影響を与えるものであるかは玉) とたんに感じられるものである。特に霊山でのおごそかな としての神の偉大な力を覚えさせずにはおかない。

らしさ も何度も書かれているが,それ と向時にその美しさの中にあるところ

られ,そこから出教心が芽生えたものと忠われる。

りとられ,田畑は開めたてられ, どんどん白

れ都市化された生活の中で、私たちは自然の中で静かに自己をみつめ,神と

もとらえ

る機会が 少なくなってきているのではないだろうか。

ニ 宗 教 教 育 論

1.  宗 教 教 脊 と は

玉)11大学の学校案内を見るとまずはじめに「玉川学園はキリスト教の教えを基盤として さらに広く教派を超え,特に神鰐仏の長所をとり入れ,高く広い宗教を形成しているが,

る『全人教育3をその日標としていることにより,ただ単に 知識の修得のみに片容りがちな従来の大学教育とは,いちじるしく異なった様程を呈して

(誌28)諸星洪『玉mのおやじJl17

(9)

坪凹:小原因芳先生の宗教教育一考察一

いるD 各学部,各学科ごとに真理探究の厳しい修練が,学生生活の中ではあるが,魂の浄 化と清らかな│育操の養成を目指して,宗教礼拝と豊かな芸術教育とを特に尊重し,学業を 合む真義をとらえるために,労作を重んじ個人の尊い個性の伸長をはかるよう行き届いた 指導を目指している口J(29)とあり,小原先生ご自身は「宗教教育とは狭い意味では,も とより宗教への教育であるO 宗教の本質を理解させ,教義や儀式の知識をさずけ,更に,

宍践訓練をもさずけて, ff~Y仰へ導くことである O 広義に解すれば,一般に一人間性に根ざ す宗教的要求を解明し,これにもとづいて児童,生徒の宗教性を陶治,宗教的情操の酒養 を通して人間形成の根幹を確立することであるO 突に,宗教教育は一つの分野,一つの特 殊方向であるばかりでなく,むしろ教育全般の根底をなすものであるo(30)

宗教教育は建学の精神であるからといって看板だけのものであってはならないし,礼拝 だけのものであってもならない。その学校の教育内容のすみずみまで,また学校生活のす べてに行きわたっているのがのぞましいと考えるO

諸星洪氏の『玉)11のおやじ』には次のように書かれている I先生によってつくられた 玉川の生活というものは,示教教育を除いたら,も抜けになってしまうD 宗教教育は玉川 教育の中核だ口朝のえKi谷から森の中の祈祷に始まり,タベの聖書研究と祈りに終る一日の 生活は,すべて宗教教育でないものはなかった。ただ,ここで一言言っておきたいことは 先生は決して信仰を僕らに強制されたのではないということであるD J[l.のお祈りにして も,お話にしても,いささかもキリスト教臭いと思われるようなものはなかった。かえっ て,偏った,いわゆるキリスト教臭い先生や先輩たちを退けられたのであるO 僕たちを,

宗教家に育てようなどという立区│は微躍も持たれなかった。教育の根本問題として宗教を 先生は考えられていたに過ぎない。 J(註31)

学生は,食べず嫌いも甚しく,示教教育と聞いただけで,信教の白出は由、法で認められ ているからといって逃げるO 宗教教育は,例えば,西洋文学,西洋哲学,西洋史を学ぶ上 でキリスト教は欠くことの山米ない要素となっているものであるO 学生達は毎日の生活の

q‑lにあって,イム檀や神棚のある生活をとのようにとらえているのだろうか。人間が生活す る上でのあらゆるものが示教的体験であることに気がつかないのだろうか。学問も道徳 も 切 の も の が 公 教 と 結 び つ い て い る こ と に 気 づ か な い 人 が 多 い こ と は 残 念 に 思 うO

小原先生は I!'illli道』の1¥1で次のように断百ーされ, 日 本 の 教 育 を 咲 い て お ら れ る 日 本 (註29)~kJ ll 大学案内 1977年 版 7 n

(日0)(論)① 383

(註31)N HIi掲書 102C

(10)

10  弘 前 学 院 大 学 紀 要 第14

る生きた京教 も神仏によっ う第一の道は突に宗教であると思うの

ければならぬ。道掠も芸体;も学問も教養も,

ちれることが大切である。

ことである。 I(註32) :‑ ,.. 

こと ¥ている人がし、るむ

『美 その ¥た

L よって行なわれるべきである口そ

化をもち,しかも仏教が文化のrfiにしみこんだこの凶では,もっともす ~ く仏教思訟の形をとって った。しかも

教議への信仰ではなく,むしろ,それは仏教の突にさまざまな解釈をゆるす百花鞍乱たる 思想で為る。 l各一 われわれの祖先たちは,このようにすぐれた思想の百葉を大ωにし てきたけれと, Iblif市教育は,こういう

も教えない。おそらくこう とし、う Ilt 、て残ったカスのよう

されたのであろう として してきたのである。!なt33)

2. 

るとおりであるとしても,果た られるものだろうか。ここで先生が強調される

ら見ていきたい。

くなって吉年,つまり

いる

ということIこなるカミ り,それによっ

ると,先生は「あ tこ,どこ ?lよであ った。

ものであろう。

d

は, 寸 ‑

l)?O

レオ ある

〈ぷ~12) (11110泌氏, c漁〉也 491ito (討;33)栴主 u"美と京教の発見 54flo (34)(沿)@318

(討:35)}LJ~irít~~:ý,~がハj日~~}Jとの JUlfi なうたっ

(11)

ある くることなりげと したり /'  と思う。」

36)と答えられている。

梅原弘氏も「己れの拙を再検副'せよ。」と次のように訴えられる。

るこの百年間, 日本の知識人は,宗教に対して, 1ズ対というより,

といわれ

げかけてきた。そして,その冷たい限が, ょうであった。私ももち 己れの魂に対す もなしの無関心な態

O し方、し,

ある。

さの 限りなく冷えてゆき,眠りなく

え 引

u

とること,

なり, r~良りなく h昆安になって行かなかったとすれば卒:である。宗教は,庁悩の

した虚構だと人は…日うかもしれない。しかし苫悩の熱情の生み山した世に対決する

0) vt ; した真理でなくてはなるまい。 I(37)

るようだり きことを忘れ,試験地獄の どころではなくなってしまっていることはただ単に残念だとだけ って

ではすまされないo

)jや火星にまで人が行けるl止の1r1である。科学者が科学の よって神を再認識してほしいとねがうもので島るO

ること?こ

w:に愛さ 梓ぶべきくこと,

られるものはない。 も口を拘ji

;; 

ること,その夫以燐識なことを論破している。キリスト えて

の;日夜祝福をはじめ u'よく聞きなさい口心をし、れかえて幼な Fのようにならな 天│ばにはいることはできないだろう。この幼な子のように白 くする

'T)  あるO メット

}よヌン O)~ い 0) な話であるQ

ものはない。 IGi'f:39) 

月を見てもj止を凡でも,日Jや草木すべてのものに対して人rVllと同じように按 することが多く,それらのlいから矢口らず知らずのうちに自然に対する恐怖や尊敬や服従な

どいわゆる沢教心の制本であるJ針附が主われる。

Cit36) () 31Hno

(討:37)111f)京 抗 告Ijf品主

討3め マ タ イ に よ る

程)93fi

11 

(12)

12  弘 前 学 協 大 学 紀 要 第14

るものであるが,そ として早くから存するものである。

体法貝uに対する依従の心である。

って外在無形の勢力に対する依従の心となったときすな らわれ るのである。 J(註40)

私たちおとなの責任は聖識に「あなたの若い日に, あなたの造り主在覚えよ。 J(註41)

み<t:>

とあるように,また讃英歌に「いやしき心のなきおさなご 宝座のたからにかぞえられ」

註42)とあるようt つみとることなく

ぐくまれている宗教心や汚れのない心を干渉や抑圧で

ることと ることであると思う。

三 宗 教 教 曹 の 実 践

「公立学校では宗教教育は出来ないと,よくいわれるが,とんでもないことであるG

教的薫化はいくらでもHt*る。音楽で,美術で,特に,演劇jで,文学で,

科や算数。いわんやお花,生花。体育で登山でむ 111大沢は仲人を生ず』というo登山 りも,心霊の浄化である。スキ」を特に:玉川で:特:泣する所で、ある。あの白

いわんや,教的その人がもってい が生きた宗教教育である。 J(註43) しあしがあらわれるものであるO

スキ」はむし ある。

すべて

じめて行なわれるもの,

玉川学園教育の内約において,小原先生の教育j型企のlいのヰに山教的なi厄がどのように 生かされ,行なわれているかを見ていきたい。

1. 

られている, ある合

しているが, これ

につけ氏の玉川教育が受けられるという玄味から,

Gt40) (品)φ44凡 〈 論 ) ①71 (註41)伝活のさFt:n;t1節。

註42)譲先歌4581'

(J1;.43) ()91H日立 39

るとともt

るよう してい

(13)

坪田 :IJ¥蹴摺芳先生の宗教教育一一考察ー 13 

G このような考えから,

のできるものであるo 44)

どこの大学でも各校それぞれ年間行事が計画され.~)f:弓:の藤加を叫びかけ喫摘されてい ということができ, 〉 酬 ' ‑ωι

るが,現在の学生を見ていると,

ないものは一切参加しないという領向がある。

で、作り出さなければならない学友会・学生白

しつけとしか見ず,

りつつある。こ ういう

キ リ ス ト

どのような方法があるのだろうか。

fBにするか,毎 となっていることなと,アウトサイダ〕としての

きたい。

「本学では,知,

なす宗教礼拝を行なっている。

としているが,一宗一派にとらわれ

ι  らせることを第・としているc

文化人などを迎えて行なわれ,

ける京教説教なら をはじめとして,内外の著名

としているo

しないので洗礼は:話、要としないが,

(45)

もこ

ス ク } リ ン とっ となっているが,本科生

されているのだろうか,

に対して,はたして学閣としての前述のたてまえがどこま そし どんな反応をしめしているのだろうか。

ければ会らない。 じくも,

ときびしく教えてTさったり全く尊いことで為るO 生き

(44)玉川大学案内 1977年版制頁。

(えはめ :IUII大学京内 1977年 版44

(14)

14  弘 前 学 院 大 学 紀 要 第14

ら,仏教でも 1117JI した。 ち の 尊 い 裟 は 心 か くなるむ あとで, fI]  5 10 100円 と 献 金 が 行 な わ れ , 年 に300万 円 位 に

もなり, テレピに出る

あった人た のシュヴァイツァ

:48)

されるのは次の聖句で

にさまざまな形があるが,

あ る 。 わ た し た ち って, 、をす『るようt キリスト・イエス占こあ って巡られたのである。 わ た し た も が , 良 い 行 い を し て 日 を 過 ご す よ う に と , あ ら

って,

さったのであるo(49) よるのではなし、 J(50) し、るよう あっても,

とさまもるのは, よるのであ

もの,

だ け の も の で は な し 確 出 た る 信 仰 の よ に 立 っ て , 持 と 自 分 と そ し て 周 盟 の 人 た ち と と も ら 学 び と っ た も の を 実 践 す る も の と な ら な け れ ば な ら な い 。 神 か ら 受 け た 窓 み を,紫を, 1告の人たちに分け与えるものとならなければならない。

2.  のも

!一点一両,

ある。 こ の こ と は 神 の 恩i訟の版物であるの Jな述。

も描くにも, i歌 う に も 捕 る に も , す べ て に 白 日 が 現 わ れ O 純一であればあるほど,傑作であれば、あるほど,自

物 そ の も の に 各 自 の 哲 学 が 現 わ れ るO つ ま り 芸 術 家 の 臼 そ の 広 樹 に 現 わ れ て る の で あ る ゥ 丈は人なり』

あるo(52) 主制は白

1げ、られる。

って, とし、われるから,

ところから自

あるとするならば, ちがそ

Ci:46) Albert Sch weIzer (18751965) 

。すべて

1Jというのはその

るのであるの

といわれ 比聴d:‑,読むこと

CHA7)宮崎松記 ア ジ アJ政 フ イ 協 会 イ ン ド セ ン タ (48)(論)①54. C~ç)l 出頁, (教)166

1972年飛行機事訟のため急逝。

Cit49)ヱペソ人への…子紙 2~10加。

(註50) ヤコプの f紙第 2 ヰ'!~24節。

51)()168J札〈段)312

Ct52) (論)①150 319TI

(15)

:小j京間芳先生の宗教教育一一考結 15

によってその作品のもつ尊さを味わうことを学ぶべきであるし,さらにその なものを感じとることができるようにと感覚を鋭くしなければならな

しかし,特別緊張して鑑賞するのではなく, Jむを燃にして見れば万物流転の和で見える ともいわれるから, {IUもまして出分の人格修養に努めることが大切であるG

3. 

|教官のI::~ O すなわち, とは,

もし,だれかが,あなたをしいでーマイル行かせようとするなら,その人と共に二マイ ル~なさい L~ (註らめという型匂によるもので日ら意義な見出して行なう行動は, {

しい,いやな,つらい,

τ;

もづてjr.l当する)1とは1;:J11のよなット」

で主うるG

1:'¥1fこくましし

ものでなく,

あるG ピラミッドのザ上 f J((:1:51) 

と 憧 れ と に き る の f守克子 択の光となる

知 加

齢 、

‑人 一 人 が そ れ ぞ れ の 慎 を 与 え ら れ て こ のIU:にあることを自覚し,なくてはならない 一人一人であり,きらιなくてはならないものは何かを求めるものに,自己を;越えたもの をとめる人となってほしい。また,自分か

うにと願うものである

と生れてくるよ

ある。

任,誠実などを体得し,

併にも[['‑[1不作,

1:)1

自己をみつめ,

を学ぶととも し,最も

およ して,それらのすべて し て , 体 と し て とつの人格形成につとめる

間とt正月せされるものではなく,

53)マタイによる福J庁、占第5(IAltiJ1

あるO このよう

c

r54)iJiJ.j;: {古文, (議〉①3βort(沿182fio

、から,

あるo (詫57)

(註55)Geoτg Kersehenstein (18541932)によって労作教育の社会的, LhJ家的立場が確立 された。彼の.L1長は,数百の脅さから演料し,労作学校は労作共同社会と

組して形成され,それによって社会的,同誌的教TJに資するというものである。

Ci'ゅ の 百 丈 紅 禅Wli(14年没〉の反応。

白川7) 前財下校~.iWJ 15瓦 。 会)@35t ci命)φ7~出, C~~) 1出兵, (教)171

(16)

16 

弘 前 学 院 大 学 紀 要 第14ry

しておられる

即ち,

更に,鍵康と

は大 価値と と健慌のニ手段器能。この六つをコスモスの花の如き美しい った全,人持を,完全人格を熱望し、たします。しかも,この大事業は

る労作教育によらねばなりません。

して働くべき f一日不作,

な く . 作 の 作 で す 。 ペ ス タ ロ ッ

の崎地。

もって強調した通ノ,

1

しんでいる子‑供たちにとって,第二月1行者の教えも労作教育も不必 余計なこととしか思われないかもしれない。しかし,だからこそ,このこつのこと はもっともっと撤底されてしかるべきであると考える。

む す び

これま とらえようと努)Jしてみたが,まとめるにあたっ て大きなミス 一つは引用文の羅列!に経ってしまったこと,もう一つは先生

それもある一部の著書を参考にするにとどまったこと,

的な凶i. シュラィエノレマッヘ/レの

く読んでいなかったことである。さ

なとをよ を し1111

し,その人たちの考えを取り入れることをしなかったことである。

しかし,私の当初の同的であ いかと』弘

っている。 くにあたって,

とりあげてきたが, もっとも

る坂本的なものは聖書のガラテヤ人へ 8 によるキリスト者と

そこからにじみでた教育論,実践方法で今日の王)1

された玉川 したものではないか

と思う。

して,ただ γ人 』 にj借 り た い の で ただ u'人の教育』です。そこには自ら否応なしに,ホントの教 (:58)C詰〉①田氏。

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