心 理 の 分 析 ︑こ 自 由
(一)
松 尾 正 路
人間が自由を求める意識的な存在として生きてゆく.かぎり︑自己を支へ︑推進するための判断や方法がおこなはれ
る︒それは知的活動であると同時に意志行爲であり︑また︑心理的な動きとして考へられるものである︒しかし︑判
断は心理に優先するものか︑また︑意志とは︑固定した心理の緊張歌態にすぎないものか︑そして︑心理は︑意識の
背後に在つて意識をも支配する猫立した生活者であり︑したがつて︑われわれが普通考へる心理的な論理といふもの
は實は存在しないのではないか︑といふやうな問題は︑分類や定義の便宜に頼る以外には︑明かにすることのできな
い性質を持つてゐる︒文学のなかでは︑これらの諸條件の複雑した有機的な繋りや影響を一般的に心理と呼んでゐる
やうである︒それは︑分析實瞼の樹象として方法的に塵理される心理学上の心理と異つてゐるばかり容なく︑自己を
維持し進める自由の機能としてはたらき︑現實の知鍋や認識の仕方に關係し︑哲学の世界にまで鰯れるものである︒
十九世紀の科学信仰が︑幾つかの試み︑態度︑段階をたどりながら詩科学の方法を文⁝学に探用しようとした結果︑
心理の'分析﹁と直由
人丈研究第六輯
殉
心理小読の概念には︑いつの間にか︑特に心理を方法的に究明表現する作品だけが心理小読であるといふ考へ方が入
つてゐる︒しかし︑この場合にも︑たとへば︑心理に關すゐ作者の生理学的な見解がそのま玉作品の意昧となり︑作
品の償値を決定してゐるわけではない︒.︑等⁝
スタンダールは﹁懸愛論﹂の第三の序文(一八四二)に︑﹁この懸愛生理学の風攣りな形式について讃者の寛恕を
ピ乞ふ﹂と書いてゐるが︑彼の﹁懸愛論]ばすこしも生理学ではない︒むしろ︑最初の序文(一八二六)︑﹁この書物は︑
全燈としては懸愛の情熟と呼ぼれるものの中に︑次ぎ次ぎに績いて起る様々な感情を簡軍に︑正しく︑いはば数学的
に詮明したものである︒﹂といふ言葉が適切であるやうに思はれる︒︑﹁敏学的﹂ではないにしても︑﹁著者は︑懸愛
と稻する魂め病氣の様々な経過を冷静に記述してゐる︒﹂この懇愛精神学とも呼ぱるべき書物は︑スタンダール個入
の経瞼巴反省による分析と分類であつて︑懸愛の生理学的要素は完全に排除されてゐる︒
なぼ︑バルザツクの初期に囑するもので︑﹁結婚の生理学﹂といふ題名の作晶がある︒スタンダールの場合と異
り︒多分に生理学の匂ひを獲散させてゐるが︑俗衆の好奇心にうつたへる程度⑳卑俗な分類観察を展げた雑丈にすぎ
ない.・文学でもなく︑丈学的な心理学でもなく︑まして︑生理学ではない︒﹁人間喜劇﹂の殿堂を築いたバルザック
の情熱の分類は︑このやうな﹁生理学﹂ではなく︑情熱の質と美の力である︒注意すべきことは︑スタンダールの
﹁冷静な﹂心理分析が自己の自由を保持するための求心的な方法論となつてゐるのに反し︑バルザツクの場合は︑そ
れが︑人間親察の旺盛な好奇心のなかに同棲し︑遠心的なはたらきをしてゐることである︒﹁人間喜劇﹂に現れる多
様な人物の多様な情熟の世界は︑バルザツク個入の内的な自由の要求にもとつく自己の矛盾や攣魏の現れとして︑わ
れわれの目をバルザック個人の内部に向けさせるやうな性質︑關係を持つてはゐない︒むしろ︑檬々な情熱が持つそ
れぞれの意昧として受取るべきものである︒興味の中心は︑主題と︑主題に樹するバルザックの野心である︒バルザ
一2一
.還
.ー盛
ツク文学の過剰不均衡は美学的な感畳館力の訣如としてよりも︑彼の作品が自由の不完全な産物であつたと考へるの
が至當であらう︒なぜかといへぼ︑安定と均衡と自律を求める自由は箆まつ︑封象乏自己との正確な關係を手に入れ
ようとする︑いはば︑精神の合理的な節約行爲である︒しかるに︑バルザックの分類や分析は︑ロマン主義の自由︑
即ち︑過剰の自由を調へることさへもできなかつた︒ロマン主嚢の熱情に埋没した自由は︑ズタンダ﹂ルやバルザッ
クの場合めやうに︑分析的な知性によつて︑その牛身を救はれようとしたのであるが︑その後再び同じ運命を繰り返
すことになるのである︒ブールジェの﹁弟子﹂は︑自然法則の實詮的な認識と︑その方法以外には何ものも信するこ
とのできない︑いはば科学信仰のニヒリズムを批判した作品である︒
この小読の主人公﹁弟子﹂の師アドリアン・シクストは︑﹁意志の解剖学﹂.﹁情熱の解読﹂の著者として現れる心︑
理学者である︒さらに生理学者クロード.ベルプールや實瞼心理学の先騙者ザボオの著述がヒの﹁弟子﹂の指導原理
となつてゐる︒弟子は師の敏へを忠實κ實行するために懇人と自己とを心理の實験鉗象として扱ぴながら︑悲惨な敗
北を喫するといふのが︑この小説のテーマである︒.しかし問題は︑青年の選んだ眞理が誤つてゐたといふことよリ
ゴへも︑彼が何故このやうな眞理を選んだか︑といふ黙にある︒﹂人の青年が眞理に服從したといふのではなく.一つの
性格が選び取る眞理としての問題である︒
・小読︑﹁弟子﹂は︑十九世紀後牛の唯物論に毒された青年暦をモデルとして描いたもQであるが︑人間の精神に科学
の法則を適用しようとした﹁弟子﹂の實践は︑すでたそのま玉エミール・ゾラの丈学理論となつてゐたものである︒
﹁私がこの小読のなかで試みた研究は︑人物の性格ではなく︑氣質である︒二人の主人公の愛は︑ある慾望の充足
であり︑彼ちが犯した殺人罪は不義の結果であるコ彼らの良泌の苛責なるものは凸生'理的混・胤の別名にすぎない︒ζの小読は︑まつ何まりも科学的な目的をもつて書かれてゐる︒注意深い讃者は︑この作品の各章が生理攣上の興味に
心.理の分析乏自唱由
人丈研箆究・第六輯
債する研究であることに氣つかれるであらう︒L
これは︑自然主義文学理論の下に最初に書かれた﹁テレ.ーズ︒ラカン﹂の序文であるが﹂文学における性格の否定
は︑まつこのやうに︑人間を生理的なメカ呂スムとして受取る・唱然主義文学から嚢してゐる︒そして︑この考へは︑
﹁ルーゴン・マッカール﹂叢書の理論艦系として書かれた﹁實験小読論﹂h一八八〇)のなかで一暦朋瞭天膿に語ら
れてゐる︒
﹁秘の理諭的防塞は︑あらゆる貼において︑クロード一ベルナールの背後に築かれてゐる︒私の思想を一暦明つき,りさせるためには︑また︑私の思想に科学的な巌正さと眞實性を與へるためには︑殆どの場合︑﹁馨者﹂といふ言葉
を﹁小読家﹂といふ言葉に置き代へるだけで足りるだらう︒仁
̀﹁クロード・ベルナールは︑署術を科学の領域に導くために一生涯を研究とその圖ぴに費した︒彼は︑化岸や物理
学において無機物に適用遷れる方法が︑生理学と馨学において生物に適用さるべきことを鐙明した︒そして私自身
は・この實験方法によつて人間の肉盟の生活を識ることができるとすれば︑おなじ方法によつて情熱や精神の生活を
識ることができることを謹明したいと思ふ︒﹂
そこでゾラは︑交学の實瞼について次のやうに読明する︒
﹁實瞼者どは・自然現象を︑ある目的をもつて攣化修正し︑・自然が提供しなかつた條件や環境の下に研究する人々
である﹂が﹂文学の場合︑﹁作家は︑襯察者であり︑同時に實験者である︒槻察者としての作家は︑彼が襯察した委
﹂の事實を提供し︑やがて人物や人物の環境が嚢展してゆくための固い地盤をつくる︒次に質験者としての作家が現
れ↓實瞼がおζなはれる︒即ち︑・鶴人かの人物をある特定の物語のなかに活躍させるのであるが︑この場合︑事實の
爽生糧績は︑すでに研究された現象の必然法則に從つておこなはれなければならない︒﹂︑
一4一
も弟子﹂の青年が懸人シヤルロッットを實瞼するために﹁グレーヴの奥方隔や﹁ウージェニ・グラマデ﹂,を讃ませ
るのは︑ゾラの﹁實瞼小読論﹂を最も忠實に實行してゐるにすぎない︒ブールジェは何故︑﹁弟子﹂のモデルを先輩
エミ﹂ル・ゾラにとらなかつたのか?ゾラこそ自ら宣言するやうに︑クロ!ドベルナ,ルやデュカや︑また︑交学を
人間生活の調書と考へたテーヌの﹁弟子﹂ではなかつたか?しかるに︑﹁弟子﹂たるべきヅラは︑彼の實験論を︑ブ
ールジェがモデルとした﹁弟子﹂の場合とは全く異つた方向にすΣめてゐる,ブールジェによれば︑一八八〇年代の青
年は二つのタイプに別れてゐる︒その一つは︑精艸の不信と理想の否定を立身出世の方法論に集緒するジュリアン・
ソレル型の怪物であり︑他の一つは︑さらに丈明化された︑それだけに一暦おそるべき︑洗練されたエゴイズ︑ト︑も
しくは﹂ヒリストである︒このタイプにとつては︑λ間の魂は︑精巧なメカニスムにすぎないもので︑實瞼甥象の興
味や好奇心の翁象乏して存在する︒﹁彼の批評精神は飴りに早く目畳め﹂︑﹁二十五歳にして︑‑すでにあらゆる思想
︑をかけ廻り︑﹂世界に残されたものは︑自己の糟神を最も有敷に使用する方法論だけである︒そこから︑自己崇拝の
形となつて現れるエピキュリアンが︑モーリス・パレスの﹁自由人﹂に他ならない︒ところが︑ゾラの自然主義は︑
大きく廻韓して︑肚会主義的な理想へ'向ふ︒ぽ
﹁人間の肉艦的事實や現象は︑輩猫に無關係に現れるものではない︒なぜならぽ︑人間は孤猫な存在ではなく︑肚
会もしくは砒会環境のなかに生きてゐる︒そして︑この肚会環境は絶えす現象を支配する故︑われわれ作家にとつて
最も重要な碑究は︑個人を支配する就会︑ならびに︑就会に甥する個入の研究である︒﹂F﹁われわれが︑將來︑人間を支配する諸々の法則を完全に把握するならぼ︑そしてもし︑人々が理想的な肚会に到
達しようとするならぼ︑われわれはこれちの諸法則をもつて︑個人とその環境にはたらきかけさへすればよい︒われ
われは︑かくして︑一つの一いはば︑懸用胱会牽を爲す者であり︑われわれの仕事ば︑政治学︑経濟攣の補助となる
心理の分析と自由