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スペ イ ン語 の否定語 と否定極性項 目の イ ンター フェイス

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(1)

学苑

No.

8 4 5 ( 2 4 ) 〜( 3 1 )( 2 0 1 1・3 )

スペ イ ン語 の否定語 と否定極性項 目の イ ンター フェイス

洋 ‑

1 .序

本稿 で は, スペ イ ン語 の否定語 ( Pal a br asNe gat i v a s ,以下 PN) と否定極性項 目 ( T6 r mi no sde Po l a r i dadNe gat i v a ,以下 TPN) の特徴 を挙 げ, その機能的差異 と統語的 ・意味的な振 る舞 いを通 し て ,PN と TPN の区分 けを行 うことを目的 とす る。

2 .PN について

本稿で は ,no,nada,nadi e,nunc a,j amas,t ampoc o,ni ,ni nguno/a の 8 つを PN とす る 。PN に共通す る点 は,①動詞の前 に置 くと否定環境を作 ること,②原則 として動詞の前 に複数 の PN を置 くことが出来 ないこと

1

,である。従 って,基本的 にこれ らに違反 した場合 は ( 1 b) と ( 1 C ) が示す ように非文 となる。

( I )a.Jua nnunc av i e neal ar e uni 6 n.

b.* Juanv i e nenunc aal ar e uni 6 n.

C .* Juannunc anov ie neal ar e uni 6 n.

日本語 の 「 誰 も」や 「 何 も」 は必ず否定辞 「 〜ない」 を伴 う必要があ り,内在的に否定要素を持 っ ていないため ,TPN である。一方, スペイ ン語 の nada や nadi e は動詞 の前 に置かれ ることで否定 環境を作 ることが出来 るので,否定要素 を持 っている。従 って, 日本語の PN は 「ない」 の一つだけ であ り , 「 誰 も」や 「 何 も」 は,それぞれスペイ ン語の nadi e と nada の TPN としての機能 にのみ対 応 していると思われ る。

PN が否定 の呼応 の結果 TPN として働 く例 と,単 に否定環境 を好む TPN は以下 のよ うに区別 さ れる。

(2)

a.Nov i nona di e . b.Na di evi no.

C .* Nadi enov i no.

(3)

a.Not ol e r al ame nori nt r o mi s i b ne ns ut r a ba j o.

b.虫 Lame nori nt r o mi s i 6nt o l e r ae ns ut r a ba j o.

C

.

(?)

Lame nori nt r omi s i 6 nnot ol e r ae ns ut r a ba j o.

1 稀に (i)のように複数の PN が動詞の前に置かれても容認される。

(i)Nunc a

y

na di eha ° ena da.

‑(2 4 )‑

(2)

( 2a) は [ no+ Ⅴ 十 PN] の語 順 で あ り, 概念構造 内で は PN の nadi e は対応 す る肯 定極 性項 目 ALGUI EN として出現 している。即 ち ,nadi e は ( 2 a) では動詞 の後 に置かれているために否定環境 を好 む TPN として働 くだけで,基本的に PN である ( nada,nadi e ,ni nguno ,nunc a,j amas ,t a mpo c o , niも同様

)0

( 3a) は否定環境 の中に l ame nori nt r omi s i 6n とい う TPN が出現 しているが ,PN とは 違 い ,l ame nori nt romi s i 6nが動詞 に前置す るだけでは否定環境 を作 ることが出来ず,結果 として ( 3 b) のよ うに非文 となる ( なお ,Lame no ri nt r o mi s i 6 nl at o l e r ae ns ut T a ba j o. のように,E j的語のマ ー カ ‑1 a を入れれば字義通 りの解釈が可能ではある) 。更 に ,PN と違 い , ( 3C ) のよ うに PN と同時に動 詞 に前置 したとして も完全 に非文 にはな らない。

PN と TPN の違 いは以上 の通 りである。要約す るな らば ,PN は否定 の呼応 として TPN と して振 る舞 うことはあるが, それ はあ くまで も PN が持つ一機能 に過 ぎない。一方 ,TPN は ( s i qui e r a を除 いて)それ単独で は否定環境 を作 りえず , ( 3 a) のように PN が現 れ るか , ( 4a) のよ うに否定極性誘 因子が出現 して否定環境 になる場合 を除いて ,TPN が出現す ることはない。

( 4 )a.A Jua nl emo l e s t ae lme norr ui do.

b.A Jua nl eagr adae lme norr ui do.

( 4a) は動 詞 mol e s t ar が否定極性誘胃子 と して出現 しているために ,TPN の e lme norr ui do が 正 しく出現す る。一方 , ( 4b) は動 詞 agr adar が出現 して い る ものの ,e lme norrui do は TPN と して量化的に働 くことはな く,単 に 「フア ンは最 も小 さな音が気 に入 っている」 とい う否定要素が入 らな い表現 とな る 。f' N と TPN の違 いは,前者 が義務 的 に否定環境 を要求す るの に対 し,後者 は ( 4b) が示すように,単 な る叙述 と して機能す ることである

2。

( 5 ) * A Jua nl eagr adani nか nr ui do.

( 5) が非文の理 由は ,ni n如 n が, それ以外 の PN ない しは否定要素 が動詞 の前 に置かれ ることな く動詞 に後置 されてい ること (これは PN の要件に違反 している) ,動詞 agr adar が否定極性誘因子 で はないため ,TPN が現れて はな らないとい うことである (これは否定環境を好むという TPN の特性に反 する ) 。TPN が否定環境 を伴わず に現れ る例 もあるが, その場合 は ( 4 b) のよ うに量化的な解釈 はな

く単 なる叙述であるか , ( 6 ) のよ うに非文 となる。

( 6 )* Es t ano c hehepo di dope garo j o. Sa nc he zL6 pe z( 1 9 9 9 :2 5 6 4 ‑部改)

2 虚辞の否定 ( Ne ga c i 6 nExpl e t i v a) についてはこの原則が崩れることがある。

(i)Cua nt asho r 且snoha br

pa s adoe nl ahamac ac ont e mpl a doe lma r ,c l ar oot e mpe s t uo s o , v e r deoaz u l,r o J Oe ne ic r e pus c ul o,pl a t e adoal al uzdel al una

y

l l e nod em i s t e r i oba j oe l c i e l oc ua j adodee s t r e l l a s . [ Pi oBar o j a,1 9 4 1 :9La 島l nqui e t ude sdeSha nt iAndi a.Es pas a Cal pe . ]

(i)に出現する否定語 no は動詞 ha br るpa s a do の前に置かれているにもかかわらず,肯定文 「 ハ ンモ

ックの中で海を眺めなが ら長時間を過ごした」と解釈される。

(3)

3 .TPN について

TPN とは , ( 7 a) が示すよ うに日本語 で 「決 して」 , 「 全 く」 などのように PN 「ない」 を伴 って現 れ る言語表現 か , 「やむを得 ない」 のよ うに独立 した慣用句 で現 れ る言語表現 を指す 。 ( 7 b) はスペ イ ン語 , ( 7 C ) は英語 の例であ が 。

(

7 )a. フアンは彼のためには指一本動かしません。

b.Jua n nomue v eunde doFo r6 l . C .Jo l l ndo e sno tl i f ta nyf i nge rf orhi m.

TPN は否定文だけでな く,否定極性誘因子 ( Ac t i v a do r e sNe gat i v o s ) として働 く疑問文 ・比較構文 ・

s

i節 などに も出現す るため,厳密 には 「 否定環境 での出現 を好 む言語表現」 と定義す る必要が ある0 TPN は,①段階的な極限を表す TPN ,②慣用句 と しての TPN ,③不定詞句 の TPN ,④名詞 の後 に置かれ た al guno , が挙 げ られ る。共通点 は 「段階的な極限 ( Ext r e moEs c a l ar ) 」 とい う性質 を持 つ ことで あ るO 更 に, ⑤述語 の継続相 と完 了相 に関連 す る語嚢単位, つ ま り前 置詞 has t a や副詞 t odavi a と ya ,⑥限定辞が欠落 した 「 裸 の」名詞句,⑦後置 された al guno , も TPN である。

① の段階的な極限には,統語的 ・形態的 な側面以外 に,談話的 ・社会的 ・文化的な側面 で 「 極限」

が表 されれば ,TPN となる可能性がある

( 8 )Not i e ne( ni )undur o.

( 8) は PN の no が出現す ることによ り否定環境 が与 え られているため ,TPN と して un duro が 出現 し , 「 一 円 もない」 とい う量化 的な解釈 が可能 とな る。最上級が TPN と して機能す るか ど うか は最上級が量化 的か絶対的かで決定 され る。量化的 な最上級 の場合 は TPN と して振 る舞 うことが出 来 るが,絶対的 な最上級 の場合 はその限 りで はない。従 って , ( 4 a) は e lme norr ui do が量化 的か 絶対 的か によ って解釈が異 なるために唾昧 となる。

( 9 )a.A Juanl emo l e s t ae lme no rr ui do,aunquec ur i o s a me nt enoo t r osr ui dosmÅsf ue r t e s . 3 TPN の振る舞いは言語の種類に左右されない,ある程度普遍的な現象のように思われる。 しかし,以下の

ように個別言語間でも語嚢的に多少の差異がある。

(i) a. 私は彼がとても好きですo

b. ? * 私は彼がとても好きではありません。

(i i)a.* Il i kehi m muc h.

b.Ido n' tl i kehi m muc h.

(近)

a.Tequi e r omuc ho.

b.Not equl e r OmuC ho̲

( i v)a.Tykkまま ns i nus t apa l j o n.

b.Ent ykkas i nus t apa lj o n.

(i)は日本語,(i i)は英語,( i a)はスペイン語 , ( i v)はフィンランド語の例であるが,意味的にほぼ 等価な 「とても」 , " muc h " , " muc ho" , " pa lj on" でも日本語では肯定極性項目,英語では TPN として働 く が,スペイン語及びフィンランド語では極性項目ではない。‑方,語嚢ではなく疑問文,仮定節などの言語 環境では , 個別言語 ごとの揺れはあまり見 られない。 このことから ,TPN は統語的要素よりも意味的要素

に大きく依存 していると考えられる。

‑ (26)‑

(4)

b.A Jl ユ a nl emo l e s t ae lme no rr ui do,ypo rc o ns l gui e nt ec ua l qul e rr ui doques e amayor . Sanc he zL毎e z ( 1 9 9 9 :2 5 9 2 一部改)

( 9a) はやや有標的な解釈 であるが , 「フア ンは最 も小 さな音が気 になるが,奇妙 な ことによ り大 きな騒音 は気 にな らない」 とい う絶対的な解釈 を持っ。一方, ( 9b) は無標 の解釈であ り , 「フア ン は小 さな音 さえ気にする,従 って, よ り大 きな音 も気 にす る」 とい う量化的 もしくは段階的な解釈を 持っ。 ( 9 b)が示す量化的な解釈 は,論理的含意 によって発生す るものではな く,一般的知識 に根 ざ した語用論的含意 によるものである。即 ち,ある音 Ⅹ 1が フア ンにとって気 になるものである時,そ れよ り大 きな音 Ⅹ2 ,Ⅹ3 ,Ⅹ4‑ⅩN もまた, フア ンにとって気 になるものであるという推論が可能で ある。つま り, ある階層 ない しは段階 における極限の状態が真であ る場合,極限でない状態 もまた ( 論理的ではなく語用論的に)真であるとい うことが出来 る。従 って, ( 9b) の e ュme norr ui doは量化 的な意味を持ち ,( 1 0) のよ うに量化的な表現であるc ua lqui e rr ui doと置換することが可能 となる。

( 1 0 )A Jua nl emo l e s t ac t l al qui e rr ui do. ( ‑A Jua nl emo l e s t ae lme norr ui do. )

(ll)

a.Onas s i snopodr i apaga re s t el uj o.

a ′ .Nis i qul e r aOna s s i spo dr i apagare s t el uJ O.

b.Fe de r i c onoc o nf i ae ns upr o pl OPadr e .

b′ .Fe de r i c onoc o nf i anis l qul e r ae nS uPr O PI OPa dr e . C .Cua ndoe s t udi onopue doo i re lz umbi dodeunamo s c a,

C ' .cua ndoe s t udi onopue dooi rnis l q ul e r ae lz umbi dodeunamos c a.

Bos que

(1980:1

1

9

‑部追加及び改)

( lュ a) は, 文脈 な しで は最 上級 的 な意味特性 を持 っ語嚢 はな い。 しか し , ( 1 1 a′ ) のよ うに ni s i qui e r aを伴 うと ,. Onas s i s は大金持 ちであるという含意が成立す る。 この意味す るところは,統語 的 ( ないしはme j o r / pe or などの場合は形態的)な量化的最上級 や語嚢特性か ら生 じる量化的最上級の他 に,談話文脈か らの量化的最上級 も存在す るとい うことである。 つ ま り , ( ll a) は 「オナ シスは大 金持 ちである」 とい う背景知識が前提 とな っている場合 に量化的最上級 と して Onas s i s が機能す る だけであ り,単 に ( ll a) を文脈 な しで提示 されて も ,Onas s i s が量化的最上級か どうかを見分 ける 術 はない。 その背景知識 を明示的 に表すには,nis i qui e r aを伴 って出現 させ るか,Onas s i se sun f amos omi l l onar i o. のよ うな意味を持つ文 ( 要はOna s s i s が大金持ちであるという文)を先行 させて文 脈を付加するか前提 とす る必要がある。同様に,( ll b)及び ( ll C ) は,それぞれ ( 1 1 も′ )及 び ( 11 C ′ ) の nis i qui e r aの意味的補助が な くとも, それぞれ propi o padre 及 び e lz umbi dodeuna mos c a が量化的最上級 として機能 しているように見える。 しか し,両者 とも社会的 ・文化的な側面 を含む語 用論的な背景 ない しはnis i qui e r aのような統語的 ・意味的補助が必要である。

総括す ると , ( ll a) は談話 的, ( ll b) は社会的ない しは文化 的, ( ll C ) は社会的ない しは地域的 な原因で, それぞれ極限を表す量化的な最上級 とな り ,TPN と して出現す る。つまり,量化的最上 級 と判断され TPN となるには,統語的 ・形態的側面,語嚢的側面及 び語用論的側面の三っの条件 の

うち,一つ以上を満たす必要があるということになる。

量化的最上級が TPN として機能す るのは,その極限性ではな く,量化的な性質を持っや らであるO

(5)

即 ち 「ある極限以外 の全て」が最上級 の否定であ り,量化的な性質を持 たない絶対的最上級で は 「あ る極限以外 の全 て」 が量化的ではな く,一義的 になるO

( 1 2 )a・Not o l e r al aT Pe nO ri nt r o mi s i b n ( s i q ui e r a )e ns ut r a ba j o・

b.Nof o l e r al ai nt r o mi s i 6 nr e l a c i o na l( ? ? s i q ui e r a )e ns ut r a b a j o.

C .Not o l e r al ai nt r o m is i 6 np r e s i d e nc i a l( ? s i qui e r a )e ns ut r a b a j o.

( 1 2 a) は TPN と して量化的最上級が現れているため,否定 の強調 の意 を表す s i qui e r a が出現 して も非文 にはな らない。一方, 関係形容詞 であ る r e l ac i onal が出現 した場合,量化的な解釈 は得 られ ないため , ( 1 2 b) のよ うに s i q1 1 i e r a が出現す るとやや有標 的な表現 となる。 しか し, 同 じ関係形容 詞 であ る pr e s i de nc i al が出現す ると,有標性 は低 くな る。 これは,形容詞 の性質 で はな く,形容詞 pr e s i de nc i al が持 っ意味的な 「 極限性」 にある。つ ま り,関係形容詞 の機能 自体 に極限性 を表 す要素 はないが,形容詞 pr e s i de ne i al には内在的に 「 学長 ので さえ」 とい う極限の意味が語用論的 に存在す る。

さて, スペ イ ン語 の否定極性慣用句 ( Mo d i s mo sdePo l a r i d a dNe ga t i v a ) は多岐 に亘 るが, それぞ‑

れが何 らかの形 で量化的ない しは極限の意味を持っ 4 。否定極性慣用句 は Sanc he zLb pe z( 1 9 9 9 ‥2 5 9 4 ) でかな りの程度 リス トア ップされているが,概 ね共通 して極限の意味を持 っていることに注 目 したい。

例 えば ,nomove ru n de do/pe s t aAa ( 指一本 ・眉一つ動かさない) とい う慣用句 には,指 や眉 す らも 動か さないので あれば,それ以外の大部分 は当然動か さないとい う上限の規定及 び下方 の含意が生 じ るO指及 び眉 を動かす とい う行為 は,行動 の中で も最 も小 さな ものの一つであ り,極限を表す。 よ っ て, それ以外 の大部分 は量化的な意味合いを持っ。

否定極性慣用句 は単 に統語的ない しは狭義 の意味的な視点か らで は分析で きない,語用論的な背景 知識 を考慮 に入れ る必要がある。仮 に否定慣用 句 move run de do を語嚢 として語嚢部門 ( L6 Ⅹi c o n) に登録 したとして も, そこか ら全ての文脈 において mov e runde do は合意する存在量化子 c ual qui e r a c os a/ni ngunac os a と置換可能 とい うわけではない。

( 1 3 )a.Jua nnomue v eund e dop a r aMa r i a,s i n°ha c et o d ol oq uepue d a.

b.#Jua nnoha c enl ngunaC O S aP a r aMa r i a,s i n°ha ' c et o dol oq uepue d a.

( 1 3 a) は 「フア ンはマ リアのために指一本動 か さないわ けで はな く,, ( む しろ)出来 る こと全てを して あげ る」 とい うメ タ否定的 な解釈が可能 で あ るが , ( 1 3 b) は 「フア ンはマ リアのために何 もし て あげないので はな く, ( む しろ)出来 ること全 てを してあげ る」 とい うメタ言語 的 な解釈 は容認 し づ らい。 これ は ,( 1 3 b) の ni ngunac os a と t odo が相補分布的な関係 にあ ること,指一本動 か さな 4 否定極性慣用句の ( 背景知識からの)語用論的な段階的最上級と,統語的な量化的最上級は厳密に区別する 必要がある。前者はあくまで背景知識に根ざされたものであり,如何なる統語的影響 も受けない。例えば, 否定極性慣用句 mo v e rund e d o は,あくまで 「 指一本も動かさないなら,他も動かさないだろう ( 即ち全 く動かないだろう ) 」という語用論的推論に基づいた段階的最上級 ( mo v e rt i nd e d o に関 して言えば最下位) を含意するだけであるO従って,仮に 「 指一本」 という表現が段階的最上級を合意 しない社会的または文化 的背景が存在する環境ならば ,mo v e rund e d o は段階的最上級を表さず,結果として否定極性慣用句にも ならない。一方,後者は統語的に最上級を明示 しているために ( 極限から量化的な解釈に至るには語用論的 な側面が関与するものの)語用論的な含意による 「 極限」はない。

‑ (28

)‑

(6)

いということは 「 語用論的に」何 もしないことを含意す るが, この含意 は否定 によって取 り消 し可能 であることなどが原因 と患われ る。

極限の意味によって否定極性慣用句 を説明す る原理は,最小量だけでな く最大量 の否定で も発揮 さ れ るO例えば否定極性慣用句 nos e rs ant odel ade voc i bndeal gui e nや nos e rgr anc os a,nos e r c os ade lot r oj ue ve s 等 は,上限を否定す ることによって,それよ り上位 の ものは存在 しないとい う 含意を導 き出す ことが出来 る。つま り,上限を否定することはそれよ り上位 の ものは存在せず,下位 の ものを合意 し,下限を否定することはそれより下位の ものは存在せず,上位の事象を含意す るとい う定式化が成 り立っ。両者 とも, ある段階における極限か ら他方の極限を含意す ることで,量化的な 意味を ( 語用論的ないしは意味的に)持 ち,結果 として TPN として働 きやす くなる。

最小量 ない しは極限を表す表現が常 にTPN になるというわけではない。

( 1 4 )Not e ngounape s e t a.

( 1 5 )Not e ngounape s e t a,pe r °t e ngounr e a l . ( 1 6 )a.Not e ngoundl ユ r O.

b.Not e ngounr e a l . C .Not e ngounc る nt i mo.

( 1 7 )? Not e ngoundl ユ r O,pe r °t e ngOunape s e t a.

( 1 4 ) は実際の金額 にす ると ( 1 6 a ) よ りも安 い ( 1ドゥ一 口‑5 ペセタ) 。 しか し ,( 1 4 ) は単 に 1 ペ セ タを持 っていないと叙述 しているだけで,それより高額のお金を持 っているか どうかは情報 として 与 え られていない。 また,否定極性慣用句 として働 くこともないので , 「全 くお金を持 っていない」

という意味 も持ちえないため, ( 1 5) は容認可能 な文 となる。‑方 ,( 1 6 ) は金額の多寡 にかかわ らず, 全て否定極性慣用句 として働 いた結果 「お金を全 く持 っていない」 とい う情報が上限の規定の含意か

ら導 き出され る。従 って, ( 1 7 ) は 「お金 を全 く持 っていないが,1ペセ タは持 っている」 と解釈 さ れ ることにな り,有榛的または不適格 な表現 となる。

要約す ると ,TPN として働 くには,①量化的な性質を持っ こと,②命題的な性質 を持っ こと,③ 不特定な性質を持っ こと,の うちいずれかを満たす ことが条件 となる。 この うち,不特定な性質を持 つ ことは即ち量化的な性質を持っ と語用論的に推論 しうるため,学童,① と② に還元す ることが出来

る。

名詞 に後置 された al guno は TPN として働 き , 裸の名詞句」 と同 じく不特定の意味を持つ。不定 語 al gunoは,①否定の作用域内に出現 し,②名詞 の後 ろに置かれ,③義務的に単数で出現 した時に TPN として機能す る。

( 1 8 )a.Noha yl i br oal gunoquemegus t e . も.Nov i not ur i s t aal guno.

C .Nomec o mif r e s aal guna. Bos que

(1980:63)

名詞 に後置 された al gunoと 「 裸 の名詞 句 」が統語的に異 なる点 は,前者 が明示的に不特定 の意味

を表 し,命題的な内容 を伴 う必要がないのに対 し,後者 は関係節や前置詞句 などを伴 って命題的な内

容 を明示 しなければな らないとい うことである。

(7)

( 1 9 )a.Noha yl i br oq uemegus t e . b.* Nov i not ur i s t a.

C .* Nomec o mif r e s a.

( 1 9 ) は ( 1 8 )の後置 されたal guno と平行関係 にある。 この うち,( 1 9 a)は関係節 quemegus t e が裸の名詞句 1 i br oに後続す るので適格 だが , ( 1 9 b) の t ur i s t a,( 1 9 C ) の f r e s aは命題 的な内容 を 表 さないため非文 となる。 なお,② の条件 はTPN と しての 「 名詞 に後置 された al g1 1 nO 」 の前提条 件であ り,以下 の文 に出現する名詞 に前置す る al gunoとは意味的に異なる。

( 2 0 )EIpr e s i d e nも enor e s po nd i 6a lg ur i apr e gunt a. Sa nc he zL6 pe z( 1 9 9 9 :2 5 8 1 ) 裸の名詞句単体が TPN として容認 されな くとも, [ 裸 の名詞句+al guno ] の場合 は 「 任意性」 を 持 ち,TPN と して容認す る。 これは,後置 された al guno が英語 の anyとほぼ等価 の働 きをす るこ とを意味す る。即 ち,裸の名詞句単体では命題的な意味内容を持っ ことが必須であったが,後置 され た al gunoは命題 的な意味を付加す ることはないが,量化的な内容をより強めることによって,強い TPN として振 る舞 う機能 を持っ と言 うことが出来 る。従 って,意味的な観点か ら裸の名詞句 と同様 ( ないしはそれ以上)に 「 任意性」 ない しは 「 不特定性」 を持っ ことが,後置された al gl ユ n Oが出現す る意味的条件だ と思われ る。 しか し ,e nmodoal guno 以外 の 「名詞 に後置 した al guno 」 は,単 に TPN としての機能 しか持たず,PN として単独で否定環境 を作 ることは出来ない。

更 に,後置 された al guno は しば しばPNである ni ngunoと対比 して分析 される。

( 2 1 )a.Deni ngdnmo d o.

b.* Demo doa l guno, ( 2 2 )a.* Enni n如nmo d o.

b.Enmo doa l guno. Bo s que( 1 9 8 0 :

64)

ここで語嚢 化 を強調 す るの は,PN で あ る ni n如 nが 出現 す る ( 21 a) 及 び TPN で あ る modo a

lguno( 裸の名詞句+a l guno ) が出現す る ( 2 2 b) は容認 されるのに対 し, それ と意味的等価であ りう る ( 21 b) 及 び ( 2 2 a)は容認 されないか らである。従 って,本節では e nmodoal guno

(及 び

deni ng血 mo d o)を一つの語糞化 された表現 とみな し ,PN として振 る舞 うと言及す るだけにとどめる

以上 の議論 を要約す ると,裸の名詞句及 び後置 された al gunoもTPN となるには,①量化的な意 咲,②命題的な意味,の両方 ( どちらかの意味が強い場合には片方)が必要であるということにな る。

4 . 総 括

本稿で は, スペイ ン語 の PN と TPN の差異 を分析 し, その特徴を見た。畢貴,PN は動詞 の前 に 置かれ ると否定極性 を命題 に与え ること ,TPN は否定環境 を好む表現であること,がそれぞれ持っ 特徴であ り ,PN の中には統語的環境の違 いにおいて TPN となる場合 とPN となる場合 とがある。

また,TPN は基本的 に極限の意味を持つ表現であ り,極限の向きは問わない。本稿で重視 したのは PN として振 る舞 う語が TPNの機能 も同時に持っ場合 を厳密 に区分 けす ることと ,TPN は普遍的に 極限を表 し量化的な意味を持っ ことである。今後 ,PNの対照研究などを含めた普遍的な否定語 の分

‑ (30

)‑

(8)

折が期待 される。

参考文献

Bos que ,I( 1 9 8 0 )Sob r el ane gac i 6 n.Ca t e dr a.

Sa nc he zL6 pe z ,C ( 1 9 9 9 )" Lane gac i b n. "e nBos que ,I

y

De mo nt e ,V.( ai r . )Gr amat i c ade s c r i pt i u αノde l al e n guae s paho l a .γo l . 2 .2 5 6 1 ‑ 2 6 3 4 .ES PASA .

(たばや し よ ういち 総合教育 セ ンター)

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