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構造変化と賃労働関係の変容

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(1)

法経論集第73号 研究ノー一ト

     賃金形成における

構造変化と賃労働関係の変容

遠 山 弘 徳

本研究ノートでは、労働市場の需給状態と制度的要因を組み入れた賃金決定モデ ルを作成し、それにより戦後半世紀におよぶ賃金形成および賃労働関係の変容を 追跡することを意図した。その結果えられたfact findingsはつぎの4点である。

(1>戦後日本の賃金形成において1973−74年に構造変化が発生した。(2)戦後の賃金 の動きは、労働市場の需給状態を表現する変数以上に、労使間の謝度的要因を表 現する変数群によってほぼ説明されるe(3)73−74年に至るまでは、賃金、消費者 物価および労働生産性は同一の趨勢を示すが、構造変化の時期以降、賃金のすう 勢が労働生産性および消費者物価の趨勢を上回る。(4)賃金水準は、個々の企業の 収益性にかかわりなく、限界的な労働生産性水準に位置する企業を基準に調整が

すすめられる。

1.課

 賃金の動きを理解するにあたっては、理論的な対立は存在するにしても、

経験的にはほぼ共通の認識が存在するであろう。すなわち、労働市場の需給 状態だけではなく、労使関係にかかわる諸制度の布置状況にも賃金は依存す るというのがそれである。したがって賃金形成はそうした労働市場の需給状 態、制度的構図といった歴史状況の相違により異なってこよう。賃金形成は 歴史状況に依存せざるをえない。一これが本稿の基本的な分析視角であ

る。

 そこで本稿では、こうした認識にもとづき、(1)ほぼ半世紀におよぶ長期的 なタイムスパンとり賃金形成における構造変化を確認し、②各時代状況に依 存した賃金形成の特徴をあきらかにし、さらに、(3)賃金形成パターンの変化 の背後にある賃労働関係の変容を追求することを目的とする6

一一一一Q7一

(2)

2、賃金形成における構造変化

 本節では、労使間のコンフリクト、妥協、および労働市場の需給状態を考 慮したモデルを作成し、そのモデルにもとづき、ほぼ半世紀におよぶ戦後日 本経済の賃金形成における構造変化を確認する。

2.1 モデル

 各目賃金(wage)の動きを説明するモデルはつぎの諸変数から構成される。

第1に、失業率(unemp)と有効求人倍率(j ob)である。第2に、労使間コ ンフリクトを表現するストライキ性向(strike)。ストライキ性向は争議行為 を伴う行為参加人員を組合員数で除したものである2。さらに、労使間のシエ アリング、より広義には制度的要因をとらえるために労働生産性(value)、消 費物価(price>が組み込まれる。

 モデルは主として2つの部分から構成されることになる。第1に、労働市 場の需給状態をとらえる変数(失業率、有効求人倍率)である。いうまでも

なく競争的な労働市場であれば、そうした変数により、ほぼ完全に賃金の動 きが説明されるであろう。第2に、労使間のコンフリクトないし妥協関係を とらえる変数(ストライキ性向、労働生産性、消費者物価)である。そうし た変数により、労使間のコンフリクトないし妥協が賃金形成にあたえる影響 力をとらえることができる。以上要するに、前者は労働市場を表現する変数 群であり、後者は制度的要因をとらえる変数群といえるであろう。モデルは 以下のようになる。

 の       の      の

wa ge x c十al va l ue十a2 pr i ce十a3strike十a4 unemp十a5 job十e

傍点は上昇率(対前年比)を表現する。cは定数項、 a 1〜asは各変数の係数、

1>ここでいう賃労働関係とは「労働力の使用と再生産を規定する諸条件の総体」

 (Boyer(1986))を念頭においている。ただし本ノートの分析は賃労働関係のき わめてかぎられた部面に焦点をあてたものにすぎない。

2)尾高(1993)。

一28一

(3)

法経論集第73号 研究ノート

eは平均ゼロの誤差項である。Boyer(1992)にしたがえば、 a l、 a 2、 a 3お よびa5は正の符号、 a4は負の符号が期待される。

2.2 構造変化テスト

 まず最初に、ほぼ半世紀におよぶ戦後の賃金形成において構造変化が発生 したかどうか、もし構造変化が起こっていたのであれば、その時期はいつか 一この2点を確認することにしたい。そのため上述のモデルにもとづき逐

次残差の分析をおこなった。図一1は逐次残差の累積和(CUSUM)、 enI−一 2 は同じく逐次残差の累積平方和(CUSUMSQ)をプロットしたものである3。

20

15      ,_ 一メー一陰囎

      剛聯鱒嗣me 一冑脚岬メ隔顧麟

      輸㎡鱒♂

      一廓〆樹齢ユ0       _一_・一一一一.ptp哺 鱒         ●帥瞬顧鯖陶喩♂陽

     _備脚櫛隔♂闘●一  5  −一♂一噂

 ◎      一゜、墨一    !㌔

.56・6ユ62636465666768697・71727374》5卸7禦8°8ユ82838485868788899°9192

−lo      \

−15

−20

図一1 CUSUM 196e−92

1.8

ユリ l.81:l1:l

l 2

18:16°kで65 70 75

  縛ρノ 1

 .一ノ

80 85 90

図一2 CUSUMSQ 1960−92

3)Maddala(1988)。

・−Q9一

(4)

いずれの図でも、プロット線をはさむ上下の線は有意水準5%と等しくなる ようにとってある。このプロット線の動きを見ることにより、構造変化の有 無およびそのおおよその発生時期を確認することができる。

 2つの図をみると、はっきりとした形での変化は2度存在することがわか る。時期的には、いわゆる石油ショックよおび円高ショック時である。すな わち、1973年および1987年近辺である。この2つの時期に構造変化が起こっ たと推定される。とりわけ、前者の1973年近辺では、CUSUMもCUSUMSQ

も大きく変化している。

 そこで、さらに、stepwise Chow testを利用し、構造変化の時期を確定す ることにしたい。図h.一一一3はChow testによるF値を時系列に沿ってプロット

したものである。その図をみると、1973年と74年にF値が大きくはねあが り、モデルのパラメータがシフトしたことがはっきりとあらわれている。ま た、両年とも5%と1%の両検定水準でパラメータが安定的であるという仮 説は棄却された。この点は上述の逐次残差分析と整合的である。一方、逐次 残差の分析により、構造変化が確認された、1987年近辺では、5%水準でも

1%水準でもパラメータが安定的であるという仮説は棄却されなかった4。

 したがって逐次残差分析でもstepwise Chow testでも変化が確認され た、1973−74年を構造変化の時期とする。以上の分析にしたがえば、戦後日

10

 7.5

値 5F

2.5

0

57  59  61  63  65  67  69  7i  73  75  77  79  81  83  85  87  89  91

図一3 Stepwise Chow Test 1954−92

4)チョウ検定の上では構造変化は確認できなかったが、1987年という年は、全日 本金、属産業労働組合協議会(IMF−JC)、いわゆる金属労協が主導する春闘方式が 崩れた年であったことも事実である。

一30一

(5)

法経論集第73轡 研究ノート

本経済の賃金形成は、1973−74年を画期とし、2つの時代に分割されること

になる。

3.両時代の賃金形成

 本節では、1973−74年を分水嶺とした両時期の賃金形成パターンを比較 し、賃金形成にどのような変化が起こったかをみることにする。

 だが、両時代の比較に入る前に、1956−92年期間全体にわたる特徴を簡単 にみておきたい。回帰分析をおこなうさい、名臼賃金にあたえる変数間の影 響力の差をみるために、データを標準化した上であらためて賃金を諸説明変 数に回帰させた。その結果は表の期間56−92(1)に提示してある。

表 名目賃金の変動要因 1956−92

56−−92(1> 56−72(2) 73−92(3>

独立変数 係数   P値 係数   P値 係数   P値

const. 0 02109 0 1.1701 0 0.1153

value 0.46589771 0.0002 0.06460637 0.6黛2 0.53316508 0.0005

  G垂窒撃モ 0.34217176 0.0002 0.46806659 0.0572 0.24765605 0.0423

unemP 0.34217176 0.9766 0.72418ユ91 0.0321 0.08302425 0.4186 job 0.30043272 0.0004 0.98593909 0.0003 0.21173576 0。0043 strike 0.15497705 0.1149 一〇.30321384 0.0475 0.2437048 0.0323

R2 O.8787 0.8153 0.9719

DW. 1,439 1.7973 2.62

*R2は自由度修正済決定係数

 (1)に示された結果をみると、消費者物価と労働生産性により、賃金の動き はほとんど説明される。労働市場の需給状態を表現する変数をみると、失業 率は有意でもないし、期待された符号とも異なる。また、有効求人倍率とは 有意であり、期待された符号にも合致するが、賃金への影響力は幾分弱い。

 したがって戦後の全期間にわたり、賃金は労働市場にではなく、労使間の 諸制度に強く影響を受けていたと推測される。

 こうした分析結果は、歴史事実と整合的である。春闘研究会(1989)によ り戦後の賃金決定を左右した「春闘」の歴史を概観すると、春期に統一要求

一一R1−一一

(6)

を掲げ、同時期に交渉にはいり、同時期に決着するという賃金闘争方式が成 立したのは1955年であった。そして75年頃までは賃金は「労働生産性上昇 後追い型」、「物価上昇後追い型」であり、そしてそれにあわせて賃金も過年 度消費者物価プラスアルファによって決定される傾向が強かったことが指摘 されている。したがってこうした歴史事実とつきあわせれば、上述の回帰分 析の結果は理解可能である。戦後の賃金形成は労働市場の需給要因以上に、

制度的要因によって大きな影響を受けていたといえるであろう。1世紀にお よぶ長期的なタイムスパンをとれば、それこそが戦後の賃金形成の独自性で あるといえよう。

3.1 比

 前節で確認されたように、構造変化は1973 一 74年に発生した。ここでは、

その前後の時期において、賃金形成のあり方に如何なる変化が観察されるか をみてみたい。さしあたり、両期間のそれぞれに上述のモデルを利用し、賃 金を同一の諸変数に回帰させてみた。前掲の表の中の2つの副次的期間56−

72(2>と73−92(3>がその結果である。

①1956−72年の時代には、賃金上昇率を説明する要因としては、労働市場の 需給要因がもっとも強く、それにつづくのが消費者物価上昇率である。した がって賃金は労働市場の動向に強い影響を受けていたと理解することができ

る。

 この期間、実質GNPは毎年およそ10%という急成長を続け、60年代中頃 からは、若年技能労働力中心とした深刻な労働不足という事態に至る。賃金 が有効求人倍率の影響を強く受けていたのはこうした労働市場の逼迫化を背 景にしてのことであったと思われる。他面、60年代末からインフレ圧力が昂 進し、労働側は「生活防衛」を旗印に物価上昇率を上回る賃上げを追求し始 めている。賃金に対する物価上昇率の強い影響力は、そうした労働側の行動 をうけたものと推測される。

 賃金に対する労働市場の強い影響力という結果に限定すれば、この時代の 賃金は労働市場により決定されていたといえるかもしれない。しかし日本経 済のケースはそれ程単純には理解されない。よく知られているように、日本 経済においては外部労働市場をつうじた労働力の配分はほとんどおこなわれ ていない。また、賃金交渉はミクロレベルで行われる。そのため、外部労働市

一一R2−一

(7)

法経論集第73号 研究ノート

場の状況が「春闘」という毎年の賃金交渉をつうじ賃金決定に反映されるにし ても、制度的には賃金水準は企業業績に強く左右される枠組みを有している。

②奇妙なのは1973−92年の結果である。労働市場の軟化にともない、労働市 場の需給要因が賃金上昇率にあたえる影響力はいちじるしく低下する。その 一方で、労働生産性上昇率に対する賃金の感応度が大幅に上昇する。そして 消費者物価上昇率も依然統計的に有意であり、かつ無視できない影響力をあ たえている。そのかぎりでは物価上昇率と労働生産性上昇分のシェアリング が確立されたようにみえる。したがって賃金決定にかんしては典型的な フォーディズムのパタンが出現したかのようである。

 しかし、日本資本主義には、マクロレベルでの団体交渉をつうじた賃金交 渉制度は存在しない。労働生産性上昇分と賃金をつなぐ回路はミクロレベル にある(平野[1993])。賃金交渉のほとんどが企業と企業別組合のあいだで 行われ、企業ごとに賃金協約が結ばれる。そうした企業別賃金交渉のため、

賃金決定には企業の業績が強く反映される。

 したがって、回帰分析の結果にみられる、労働生産性上昇率に対する賃金 の高い感応性は、そうしたミクロレベルの制度的特徴がマクロレベルに現わ れたものと解釈できるであろう。逆にいえば、労働生産性が有意に転じ、そ の説明力が大幅に上昇した回帰分析の結果は、ミクロレベルにおいて賃金が労 働生産性によってより強い影響を受けるということを表現するものであろう。

 こうした解釈を1956−72年の時代に適用すればつぎのようにいえる。その 時代には賃金に対する労働生産性の影響力はきわめて低かった。したがって その点をミクロレベルにパラフレーズすると、ミクロの企業レベルでは賃金 は労働生産性によってほとんど影響を受けなかったか、受けたとしてもごく 微弱なものであったと推測される。

3.2 各変数の趨勢

 ここでは両期間における各変数の動きを追うことにより、構造変化を引き 起こした要因をさぐることにしたい。図一4は、構造変化の時期1973〜74 ・ 100とし、それぞれの水準値を指数化したものである。これにより、構造変化 の前後における各変数の趨勢をうかがうことができる(ただし、グラフの煩 雑さを避けるため、有効求人倍率は除いた)。

 まず第1に、労働市場の動向にかかわる変数をみてみよう。失業率の動き 一33一

(8)

3{}{1

250

2{)0

150

lo(}

50

54  57  6 ) 63  66  69  72  75  78  81  84  87  90

図一4 賃金と労働市場・労使関係 73〜74=100

をみると、その趨勢は1973−74年を機に上昇に転じている。また、ストライ キ性向は73−74年に一時的に上昇するものの、それ以降は60年代水準にも どり、80年代末近くに大幅な低下をみせる。73−74年以前には、労働市場が 逼迫化(低下基調の失業率)し、相対的に労働側のパワーが強まった時期で

あったと思われる。上述の回帰分析の結果も考慮すれぼ、こうした労働市場 の需給状態を背景に、ストライキの高まりが賃金を押し上げる効果を有して いたと推測される。

 一・方、73−74年以降は、労働『市場が軟化(失業率上昇)し、相対的に労働 側のパワーが弱体化した時代である。ストライキ性向の低下がそのひとっの 証拠であろう。しかし、賃金の趨勢をみると、労働側のパワーが弱体化した にもかかわらず、その趨勢は上昇基調にある。したがってこの時期、労働市 場の状態を表現する変数が有意性を失ったこともあわせて考えると、賃金の 動きに対して労働市場の動向はほとんど影響力をもたなかったようである。

 したがって、こうした賃金の趨勢と労働市場の諸変数の動きをみると、労 働市場の需給状態をあらわす変数に構造変化を引き起こした原困を求めるこ

とには無理があろう。

 次に、労使間の制度的要因をみてみよう。73−74年までは名目賃金、労働 生産性および消費者物価の趨勢はほぼ軌を一にした動きをみせている。この 点は、全体の期聞の賃金の変動が消費者物価と労働生産性の変動によりほぼ 説明された、上述の回帰分析の結果と整合的である。ところが、73−74年以 降は、賃金、消費者物価および労働生産性はともに上昇しているものの、そ の3者の動きは大きく乖離してくる。しかも賃金の趨i勢は、後2者とくに労

一34一

(9)

法糸窪…論集第73号 研究ノート

働生産性の動きを大きく上回っている。そうした事実は一一一図一5にもはっ きりと示されるように一一74年以降の利潤シェアの大幅な低下にもあらわ

れている。

 したがって、こうした結果をみると、1973−74年を画期とし2つの期間に分 けた場合、その顕著な変化は労働生産性と賃金の動向に認められるであろう。

︑\

  ノ

  ︑  ノ︽︑

V 1

7

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︽り  ︽︾  ハU濃U  5  4

3

AU  ハUり論  竃工

0 這◎o心

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図一5 利潤シェアと利潤率

4,賃金と労働生産性

前節でみたように、構造変化以前と以後に戦後の賃金形成を分割する顕著 な差異は、賃金と労働生産性の趨勢の乖離、しかも前者の趨勢が後者のそれ を大きく上園る事実である。もちろん、そうした現象は賃金の下方硬直性と いった概念でもとらえることができよう。しかし、およそ20年間という長期 にわたり同一の現象が観察されているかぎり、そこには賃労働関係の構図に 何らかの変化があったのではないかと考えた方がより適切であろう。

 本節では、そうしたマクロ的現象をミクロないしメゾレベルから観察する ことにより、賃金形成における構造変化の背後にある賃労働関係の変化を追 求することにしたい。

4.1 企業レベルにおける賃金と労働生産性

 たとえば平野(1993)も指摘するように、賃金は「第一義的」には個々の 企業レベルで企業業績に応じて決定される。しかし、こうしたミクロのあり 方がただちにマクロの結果に結びつくものではない。企業の業績にしたがっ て賃金水準が決定されるとすれば、高い労働生産性を示す企業は高賃金を、

一35−一一一

(10)

また逆に低生産性企業では低賃金を労働者に支払うことになる(結果は企業 間賃金の大きなバラツキの発生)。現実の観察結果はあきらかにこれと異な

る。

 図一6は、粗付加価値労働生産性を基準に企業をならべかえ、その上に賃 金(代理変数として従業員1人当たり人件費)をプロットしたものである。

ここでとりあげた企業は資本金10億円以上の323社である。

 図一6からは、個々の企業の労働生産性水準にかかわりなく、企業全体に わたり賃金水準がほぼ一様であることが見てとれる。あきらかに、「企業のi業 績にしたがって賃金水準が決定される」ような状況は観察できない(ちなみ に、両者の相関係数は0.53166であり、順位相関係数spearmanのρは

O.72835であり、Kenda11のぼは0.5496である)。

 5000  4500  4⑪00  3500

位3Q(}⑪

千2500 20⑪0  150◎

 100◎

 50◎

  0

一一e付加価値労働生麗性

一 一一v]業員1人当たり人件

  費

←低生産性企業  高生産性企業→

図一6 賃金と労働生産性 1970年

 さらに注目すべき結果は、賃金水準が隈界的な労働生産性水準に位置する 企業により規定されているようにみえる、ということである。佐野(1981)

も指摘するように、個々の企業は一パタンセッター(賃金相場の設定企業)

は別にして一毎年の賃金改定にあたり準拠する企業・組合を有し、その改 定状況を参照にする。たしかに、そうしたプロセスを経て毎年の賃金相場は 決定される。しかし問題は如何なる水準に相場が落ち着くかということであ る。上の図をみると、実際には、同一産業内の限界的な労働生産性水準に位 置する企業に配慮した形で調整がおこなわれているのではないか、と推測さ

れる。

 同様に、産業レベルでも労働生産性にしたがい産業をならべかえ、そのう 一36一

(11)

涙ミ経論集第73・努} 研究ノート

えに賃金水準をプロットしてみた場合、そこでも同様の事実が観察される。

①賃金水準は個々の産業の労働生産性にかかわりなく、経済全体にわたりほ ぼ一様であること、②しかも限界的な労働生産性産業にあわせ、経済全体の 賃金水準が決定されているようにみえるということ一この2点である。

 マクロの賃金水準が限界的水準に位置する企業の付加価値の範囲内におさ まるように決定されている以上、「企業の業績にしたがって賃金水準が決定さ れる」にしても、高生産性企業では準拠される業績の幅がかなり限定的なも のだということである。

 限界的な労働生産性水準に位置する企業周辺への賃金の平準化一一一こう した賃金調整の結節点はミクrc Vベルというよりもメゾレベルにあるといえ る。したがって労働生産性の成果はメゾレベルにおいて所得分配に結びっけ られることになろう。企業レベルの賃金水準が直接マクロレベルの賃金水準 に結びつくのは、労働生産性水準において限界周辺にある企業群だけである。

そうした限界的水準に位置する以外の企業は、相対的に高水準の利潤シェア をうけることになる。その結果、マクロレベルでは高水準の利潤シェアが観 察されることになる。事実、1973年に至るまで、著しく高い水準の利潤が観 察されている(図一5)5。

 こうした観察結果は、理論的にはCarlin and Soskice(1990) の企業間 協調モデルに近い。そのモデルによれば協調的な企業群は過度に大幅な賃金 上昇を認める企業に対し集団的に制裁を課すことにより賃金上昇を抑制す る。したがって上述のマクロ的結果をもたらすのは、そうした企業間の協調 ということになろう。

4.2 賃労働関係

最後に、上述の分析結果を歴史事実とつきあわせ、賃労働関係の変化に言 及しておきたい。

 限界的な労働生産性水準の近傍に位置する企業群にあわせて賃金の平準化 がはかられるという調整のあり方は焦点をメゾレベルへとシフトさせること になるが、戦後そうしたレベルで賃金調整を担ってきたのは「春闘」に他な

らない。そこで「春闘」方式による労働生産性の成果配分に触れておかなけ ればならない。

労働側が「春闘」方式の賃金交渉スタイルをとったもともとの目的は、賃

一37−一

(12)

金水準の平準化と賃金水準の上昇にあった。しかし限界的企業の労働生産性 水準近くに賃金が平準化されるということは、労働組合側の当初の意図にも かかわらず、「春闘」型の賃金交渉が所得政策的な機能を担っていたといえる かもしれない。したがって構造変化以降、賃金の趨勢が労働生産性のそれを 上回るようになってきたとすれば、それは「春闘」の担っていた所得政策的 な機能が衰退してきた結果、言い換えれば、「春闘」に象徴されるような労働 生産性上昇分の成果配分方式が変化してきた結果だといえるかもしれないg  r春闘」システム再考の契機は、労働運動側からみれば、その賃金交渉シ

ステム自体すなわち賃金上昇抑制にある。逢見(1994)は、労働組合の制度・

政策形成への参加の歴史を追跡することにより、1975年以降、労働運動が政 策形成に参加しながら政労使の合意形成をはかることに運動の軸足を変えて

きたこと、すなわち労働組合の基本的な行動パター一ンが「パワーゲーム」か ら「参加と協議」へと変化してきたことを見出している。また、賃金交渉面

5)団体交渉を媒介とした労働生産性上昇分と所得分配(賃金)のマクロレベルで  のリンクが日本経済にはみられない一これは共通の理解であろう。むしろ・・一…一一  般的な見方は、労働生産性上昇益が企業レベルで賃金にリンクされているという  ものである。しかしこうした見方はわれわれの観察結果と相容れない。だが、そ  の場合には労働生産性の上昇が如何にして実現されているのか、ということが問  題となる。その問題を考える場合示唆的なのは、山本(1967)、(1994)の事例分  析である。前者の分析は階層化された労働市場が労働者の労働意欲を駆り立てる

構造を有していることを指摘したものである。それによれば日本の労働市場は階  層的に構成され(企業規模劉、雇用形態別階層構成)、しかも各階層間の労働者 の移動がオープンであるため、労働者が互いに競争を強いられる構造を有してい  る。たとえぼ企業内の最下位の職務を担う労働者をみれば、かれらは企業外の労 働者群(臨時工、社外工)と激しい競争にさらされる。したがって各職務の賃率 はその職務を担当する最年少者の賃金水準により規定される、という。濠た、後 者の分析は職場の作業編成を歴史的に追跡することにより、流れ作業の職場では 労働能率が基本的にコンベヤーのスピードによって規制されるということをあ  きらかにしている。

6)都留(1992)、R◎wthorn(1991)らにより、1970年代にはいり賃金のバラツキ が拡大してきたことが指i摘されている。r春闘」システムによる賃金の平準化機 能が衰退してきた結果であろう。

一38一

(13)

法経論集第73弩 概究ノー一ト

でも「過年度物価上昇率プラス実質生活向上分」という形での賃金要求から、

1981年以降マクロ経済との整合性を考慮する賃金シミュレーションの結果 を参考にした賃金要求へと変わってきたことを指摘している。この逢見の分 析は、労働側が1975年以降「春闘」方式による労働生産性上昇分の成果配分 方式の転換を志向しはじめたことを物語るものであろう。

他方、企業側からみれば、メゾレベルにおける労働生産性の成果配分方式 が一上述のCarlin and Soskiceモデルによれば一企業間の協調の上 に成立するものである以上、1973−74年以降企業間の協調が維持し難くなっ てきたこと一これが「春闘」方式の再編を促す契機であったといえるかも

しれない。コーポラティズム論の雷葉をかりれば、1973 一一一 74年以降、労使間 のコンフリクトからセクター間のコクフリクトへのシフトが発生したといえ

るであろう。

〈データの出所等〉

①賃金は現金給与総額(事業所規模30人以上)。出所:労働省「毎月勤労統  計調査」

②労働生産性は国民総生産を就業者数で除したもの。出所:国民総生産は経  済企画庁「国民経済計算」、就業者数は総務庁「労働力調査」

③消費者物価指数、出所:経済企画庁「国民経済計算」

④ストライキ性向は、争議行為を伴う行為に参加した人員数を組合員数で除  したもの。出所:労働省「労働運動白書」

⑤失業率、出所:総務庁「労働力調査」

⑥有効求人倍率、出所:労働省「労鋤白書」

⑦粗付加価値労働生産性および入件費、出所:通商産業省政策局編「わが国  の企業経営分析」

⑧利潤率よおび利潤シェア、出所:Armstrong, P., Glyn, A.,&Har−

 rison, J.(1991)Capitalism sin ce 1945, Basil Blackwell.なお、データ  の解析には、TSPver.4.2 AとSASver.6を利用した。

参考文献

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参照

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