長崎大学総合環境研究 第
8巻 第
2号
pp.165‑177 2006年
8月
環境研究と環境教育一最終講義補遺
山崎素直
EnvironmentalResearchandEducationatNagasakiUniversity
‑ aFollow‑upofmyFinalLecture
SunaoYAMAZAKI
はじめに
「 環境」という言葉 の示す範 囲は限りなく広 い。と いうよりは取 り扱おうとする主体 の外側 にあるものすべ てを環境という言葉で表現 しているから, 「 なんでもあ
り」ということとほぼ 同義になる。環境科学部の講義科 目を見ても,すべての科 目に 「 環境 ○ ○学」とついて いる。これ は従来の 「 ○ ○学」を環境の立場から見た らどうなるか,という形で提示されているものらしい。
しかし,環境学とはもっと主体的な学問でなけれ ば な らないと筆者は考える。つまり
19世紀未から
20世紀に かけて大発展した科学 ( 学 問と研究)とその成果 とし ての産業の発展といったものがもたらした結果が今 日 の環境破壊を生んだと考えるなら,われわれ
21世紀 の人間の 目指すものは,この大発展の影 に潜む負 の要 因 ( 破壊の原 因とその道筋)は何だったのか,を解き 明かすことによって問題解決 の道を見 出し,それ によっ て破壊された環境 の修復のデザインと技法を構築 しな けれ ば ならない。環境破壊をもたらしたものが大量生 産 ・ 大量消費 ・大量廃棄であるなら,これを可能 にした のが科学技術
technologyということになろう。そしてそ
受領年月 日
2006( 平成
18年)
3月
31日 受理年月 日
2006( 平成
18年)
4月30日
の技術をもたらした根源が科学
scienceに遡る。
19世 紀末からの科学が大発展した所以 は究極 のところ人間 の未知 なるものへ の絶えざる好 奇心と知識へ の欲求 の結果である。科学 自身は両刃の剣といわれるように, それ 自身に善悪 の基準があるわけではないが,使 い 方次第で良くも悪くもなる表裏一体 の代物であり,なお かつ科学 の内容が進展すれ ばするほど表裏 の差が大 きくなる。科 学がどちらの方 向へ われわれを導 いてく れるかは科学を用いる人間の考え方ひとつで決まって しまう。環境破壊における科学の視点と環境修復 にお ける科学 の視点 の違 いは何かといえば ,前者が人間 の欲望を達成する結果とするなら,後者は人間の欲望 を如何に抑制するかの視点であろう。失われ た環境を 取り戻すためにどのような手段を用 いるかといえば ,す べてを捨てて原始時代 に戻ることのできない人間は, やはり科学 の力と科学技術 の力によって問題解決を図 らなければ ならない。否,これしか解決 の方法がない。
人間は進歩なしには生きられない生き物である。進 歩を可能にするものは人間の欲望 ‑エゴイズムである。
エゴイズムなしに人間の前進 はありえない。 同時にこ
のエゴイズムが環境破壊をもたらした原動 力であるこ
とも間違いない。 「 人間がいなけれ ば環境問題は起こ
らない」とはよく言われる言葉であるが,けだし名言で
ある。地球 の資源やエネルギーが無限であり,かつ生
態系の恒常性が保たれるのであれ ば ,この原動 力が 限りなく発動されても構わないが,塘球も,資源やエ ネルギーも有限である状況では,無差別のエゴイズム の発動が間違いなく自分の首を絞めることになる。
「 生きる」ということ自体がエゴイズムの発露である なら,人間の存在 自体が大なり小なり環境を破壊して いるということになる。よく 「 人間と自然との共生」と いう言葉が使われるが,この言葉は後付的に人間が作 った言葉ではないのか。人間に都合のよい自然のあり 方を表現しているようで胡散臭い。全地球上に何万種 といる生物種のうち,ただ一種のみが異常に増殖し, その増殖のために都合のよい環境が 「自然」であると いうなら,それこそエゴイスティックではないか。食わ れるものがあってはじめて食うものが生きられるのが 生態系であるから,われわれは他者の犠牲の上に 「 生 かされている」存在であることを真に理解しなけれ ば ならない
。21世紀の環境とは,人間を含めて,あらゆ る生物が共存できる環境でなければならない。しかも 持続的に。
人間活動による地球環境の破壊がこのまま進めなど うなるか。人間活動がもたらす凄まじいまでの地球環 境破壊に気づいた人間は,急激な開発に代えて持続可 能な社会の構築 の必要性 に目覚めた。持続的生物生 産とか持続的共生とか,「 持続的」という言葉は確かに 環境を見る新しい視点を提供したが,これとても環境 劣化 の速度を鈍化させる意味はあっても,劣化そのも のをゼロにするわけではない。人々の考えは極めて楽 観的である。このままいけば
100年か,あるいは
1000年か,いずれはエントロピーが発散して生態系は崩壊 するであろうと,筆者は考えているが,悲観的過ぎる であろうか。
自然環境は時間軸に沿って,まさに時々刻々と変化 する。二度と完全に同じ状況がないのが環境である。
環境を修復する, といっても
2つの点で極めて難しい。
一つは,二度と同じ状況がない環境というものを科学 的に解析できるのか。科学の科学たる所以は再現性に あるが,過ぎ去った環境とまったく同じものを再現する ことはできない。われわれ の行う研究とは,時間軸の
ある切断面を見ているにすぎない。近年はコンピュー タシミュレーションにより,時間断面を連続的に観察す ることができるようになり,環境変化をかなり正確に近 似できるようにはなったが。もう一つは,絶えず変化を 続ける環境を修復するとき,何がベストな環境なのか, 誰も知らないことである。たとえば 生物多様性の必要 性が説かれているが,どのような状況がベストか,具 体的なモデルがないまま,描かれる姿はまさに多様で ある。究極のモデルがない以上,過去のある状況を以 ってよしとするのか,あるいは現状の問題点を取り除け ば今よりはましな環境が 出現するであろうとの期待か ら改良すべき環境の姿を描いて行くのか,とにかく試行 錯誤的に進むしかない。
さまざまな環境問題の中で,自然環境破壊ほど大き く,かつ修復が困難な問題はない。廃棄物処理やエネ ルギーの効率的利用など身近で重要な問題も多いが, これ らはいずれ人知を集めて解決できる問題と考える。
自然環境破壊は多くの場合,人知を超えている。とり わけ人間の必須な生産活動と密接に絡んでいることか ら,これを最小限に抑え,修復技術を確立することが 何にも増して急務と筆者 は考える。
以上が環境と環境科学に向かう筆者のとりとめもな い想いである。この観点から,長崎大学環境科学部に おいて行った研究の概要を略述する。詳細は引用した 発表論文を参照されたい。
環境研究 一環境生物化学 ‑の概要
1.
有明海海苔の色落ちに関する生物無機化学的研 究
1〜5)2001
年
1月有明海では大規模な海苔の色落ちが発
生し生産に大打撃を与えた。諌早湾締め切りの影響を
含め,窒素やリンの栄養塩欠乏,赤潮プランクトンの大
量発生,農薬汚染,病原菌,異常気象など,有明海
を取り巻くさまざまな外的要因が検討されたが決定的
な因果関係は明らかにされなかった。きわめて興味深
いことに,こうした外的要因については多くの議論があ
るにもかかわらず,色落ちを誘起した直接原因は何か,
環境研究 と環境教育 ‑最終講義補遺
という点に関する研究はほぼ 皆無であった。病気を治 すには病気の原 因を知ることが第一であり,原 因が分 かれ ば対処の仕様も自ず と分かってくるとの考えから, 本研 究では色落ち海苔 の構成成分 の分析 から色落ち の直接原 因を探った。種 々の分析の結果,色落ち海苔 では,
① 構成色素 ( クロロフィル,カロチノイド,色素タ ンパク質フィコビリン)がすべて半減 していた。
なお,フィコビリンはフイコエリスリン,フィコシ アニン,アロフィコシアニンを主とするタンパク 質で構成されるが,これらすべてが減少してい た。
② 構成元素のうち,主要元素
N,P,微量元素
Fe,
Zn,
Mn,
Cuがすべて激減 していた。Ca とMg
一̲には変化がなかった.
③ 構成色素と主要元素
N,Pおよび微量元素
Fe,
Zn,Mn ,Cuの間にはそれぞれ明瞭な相関が
あった。
以上の結果,色落ちは典型的な栄養失調症であるこ と,しかも微量元素欠乏で色落ちしていることから,ア ルカリ土壌で陸上植物 に頻 発する鉄 欠乏クロロシスと 同じ症状であることが分かった。海洋植物で鉄欠乏ク ロロシスが見 出された最初 の例である。
次 に色落ちの結果としてこれ ら元 素が欠乏したのか, あるいは元 素欠 乏が色落ちを誘起 したのかが 問題 と なった。ここでは特にFe 欠乏と色落ちの関係に着 目し た。スサビノリをフラスコで培養し
,Fe無添加と添加の 条件下で色素の変化を追ったところ,Fe 無添加では色 落ちが誘起され,Fe 添加では色落ちが回復した。この ことからFe 欠乏が色落ちを誘起することが確認された。
クロロフィルや色 素タンパク質フィコビリンの生合成を 触媒する酵素のいくつかは
Feを含む酵素であり,Fe欠乏はこれ ら酵 素の活性 を抑制するため色 素合成 が 抑制されることが推定され た。
Fe以外の微量元 素
Zn,
Mn,
Cuも光合成色素生産 に不可欠の役割を担っており,したがってこれら微量元 素の欠乏が色素合成を抑 制し,したがって色落ちを誘起 したと結論付 けた。
次 に海苔 はどこから微量元 素を獲得 しているのだろ
うか。 海水 中では
Feをはじめとする微量金属イオンは, 海水の
pHが
8とアルカリ性であるため極めて溶解度 が低く,正常な海苔に含まれる金属濃度とは桁違 いに 低 い。有明海で採取した底質と浮泥を分析 したところ 上記の微量元素をすべて含んでいることが分かった。
含まれる元 素は固体に吸着した状態であることから,こ れを海苔は吸収できるのか,が問題となった。そこで
Feを完全に除いた人工海水 中にFe源として浮泥を加 えて海苔を培養した。分析の結果 ,海苔の生育,色素 合成および
Feの取り込みがすべて培地に加えた浮泥量に依存していた。したがって,海苔は浮泥 中の不溶 態の
Feを利用できること,および
Feなどの元素の供 給源が浮泥であることが分かった。
最後 に,浮泥があるのに海苔は何故色落ちするのか。
これから先は推論になるが,干拓,埋め立てによる湾 流の速度低下が浮泥 の巻上げ量を減少させ たことが 考えられる。もうひとつは,色落ちは栄養失調症であ ることから,他生物との食物連鎖上での栄養元素の奪 い合いに敗れたことが考えられる。2000 年
12月は例 外的に多雨で水温が高かったために珪藻などの植物 プランクトンが大量発生したことから,
N,
Pの主要元 素のみならず,
Fe,
Zn,
Mn,
Cuなど光合成に必要な 微量元素も争奪戦の対象となり,これ ら元素の欠乏を 誘起した可能性が考えられる。1例を図
1に示す。
"海洋食物連鋳系で どち らが勝者か ?"
2001年1月 海苔の色落ち
( 高
海苔等植物)栄養塩類 (河川か ら)
㊨
必須徴重元素
2 0 0 0 年 1 2 月 温 暖 多 雨 珪 藻 の 大 発 生
珪藻
(植物
プランクト ン)
図1 .海苔の色落ち原因( 仮説)
この結果を海苔栽培 の現場の色落ち防止に役立たせ
るには,海苔網に付着した海苔に効率的に微量元素を
吸収させる方策を考えればよい。たとえば ,海苔網 中
に比較的溶解性 の低 い形 の微量元 素を絡み込ませる といった方法が考えられる。
2.
高等植物の耐塩性 因子 グリシンベタインの機能 に 関する研究 6
‑10)21世紀の食糧 問題を考えるとき,現在 の優良農耕
地での更なる生産性増強が望めない状況下で急増す る世界人 口に見合う食糧増産を達成するためにはどう したらよいか。そのためには世界の陸地面積 の
50%以 上を占める乾燥地、塩類土壌、酸性土壌、アルカリ性 土壌など、生産性 の低い化学的劣化土壌における作物 生産性の向上が不可避となっている。現在世界中でこ れらの環境ストレスに耐性を持ち,生産量 の多 い品種 を獲得するために,耐性品種の育種,品種選抜,遺伝 子組換体 の作 出が行 われている。筆者 は過去 に中国 の乾燥地および塩類土壌地帯での作物品種導入試験 に立ち会ったが,その土地 に適応した最適品種を選抜 するまでに長年 月を要した。これを何とか分析的な手 法で簡便迅速 に品種選抜できないものだろうかと考え たのが研究 の始まりである。
高等植物が示す環境ストレス耐性 はどのような仕組 みになっているのだろうか。本研究では、そのうち耐 塩性植物 の多くに見 られる耐塩性 因子グリシンベタイ ン
(GB)による耐塩性機構 に焦点を当てた。
GB
はアミノ酸 のグリシンのトリメチル体 の水溶性イ オンで細胞毒性を示さない。
GBは環境からのストレス ( 乾燥、塩、低温など)が加えられると細胞 内に誘導 合成され、細胞 内の水分保持を図る浸透圧調節物質と いわれている。筆者 は塩ストレスを負荷した植物 がど のようにストレス応答して環境適応を図るかを
GBの誘 導合成量から解析した。分析には従前より開発してき たキヤピラリー電気泳動法による簡便迅速 ・高感度分 析法を用いた。以下に結果を要約する。
① 耐塩性をもつ植物 ( シチメンソウ,ビートなど)で は,種子 中に
GBを蓄積し,その蓄積量はその植 物 の耐塩性 の強さと一致する。
② 発芽するまでの期間はこの内生
GBでストレスを回 避する。
③ 発芽後 は葉で
GBを合成する。合成量 はストレス の強さに依存的である。
④ 生長期では
GBは光合成能の向上に寄与する ( 推 定)0
⑤ 成熟期 には種子 中へ
GBを蓄積し,次の世代へ の 耐性 の伝達をはかる。
違 品 へ 00 器 と 相関
発 芽からG
B. の譲等合成
塩 濃 G 度
Bを 依 合 存 成 的 に 植 物 種 の 子 耐 中 塩 の 性 6 分 8 含
類と量は相関発芽まで昔穣されたGBでス トレス匝Ⅰ遭
図 2 .G
Bに
よ る 塩 ス トレス の 制 御 と 耐塩性の獲得
この結果 ,図
2に示すように植物は種子 の発芽から次 に世代に至る生活環 のなかで
GBという小分子を巧 みに伝達することによって環境からのストレス回避を図 っていることが分かった。①の種子 中の
GBの存在は 本研究が初 めての発見である。② は,塩生植物を塩ス トレス下で栽培するとき,土壌 中では発芽するが水耕 では発芽できないことから,水耕では
GBが水 中に拡 散 してしまうためであることを分析的に証明した結果で ある。 ④ は
GBを合成できないインゲンに
GBを投与す ると光合成タンパク質の一種であるプラストシアニンが 増加することを
MALDIITOF‑MS法により見 出したこと による。実験 回数が少ないため推定の段階である。い ず れ にしろ,植物 は 自らの限りある物質合成 系を極 め て巧妙 に利用 して環境適応 の仕組みを作 り上 げ世代 の継続を図っている。植物 の環境適応戦略の見事さに 改めて感じいった次第である。
3.
オオムギの耐塩性の品種間差に関する研究
11・12)前記
2と同じ植物 の耐塩性の研究であるが,ここでは世界に
1万種以上あるといわれるオオムギ において,
それぞ れ の品種
(variety)間に環境ストレスに対する環境研究 と環境教育 一最終講義補遺
応答にどのような違いがあるだろうかを,
GBの存在量 から判定することを試みた。中国での選抜試験では, 約
8,000種の中から優良品種を選抜するのに
7年かか っている。選抜期間を短縮する方法を開発することも本 研究 の主題である。岡山大学資源生物科学研究所の オオムギ保存施設からいただいた約
300品種のオオム ギ幼植物 ( それぞれ乾燥ストレス負荷と対照として非 負荷したもの)について, それぞれ
GB量を定量した。
なお,乾燥ストレスは塩ストレスと同等に
GBを誘導す ることから,実験 の簡便さから乾燥ストレスを負荷した。
その結果,
( 丑 幼植物時の耐塩性がわかっている品種
14品種に ついて,乾燥ストレス負荷と非負荷 における
GB誘 導量について線形判別関数
Zを求めたところ,
Z値から耐塩性強 の品種と弱 の品種を明瞭に判別 することができた。
② この判別式を用いて耐塩性未知の
300品種を分析 したところ,おおむね半数が耐塩性強,残りが弱 と判定できた ( 図
3)。
言 6号 rE)D
図
3.オオムギ
300品種の耐塩性に関する判別散布図
\、、繰形判別関数Z, 1耐塩性既知の14品撞, D乾燥ストレス負荷のときのGB量,㈹ 非負荷 (対岸)のG日量
③ 同一種の中でも
GB誘導量が塩生植物に劣らない くらい高濃度に誘導するものから, 塩感受性植物並 みの弱い耐性しか示さないものまで千差万別であ った。
④ 殆ど在来種からなるエチオピアの品種では
,GB誘 導量は年間降雨量と逆相関していたことから,オオ ムギは長年 月の間にその土地 の乾燥度を遺伝子 に記憶し,環境に適応する耐性を
GB誘導量とし
て表現していることが分かったo
⑤ 本法を用いて
GB誘導量から耐塩性の強弱を判定 することができた。
⑥ 今後実際の品種選抜試験に先立って一次スグ」一 二ング的に本法を用いれ ば選抜時間の大幅な短 縮が図れることが期待される。
⑦ 本法 はオオムギ以外 にもコムギ,アルファルファ ( 牧草)など
GBあるいはその関連化合物を誘導 する植物のストレス耐性判別 に応用可能である。
本研究では,栽培した幼植物を実験材料としたが,
2で示したように,種子 中の
GB量から耐性を判別でき ればさらに簡単に結果を知ることができる。ただし,人 間が求める穀物種子は可食部の多い ( でんぷん含量 の高い)品種,かつ良質 のでんぷんを含む品種であるo
GBが大量に合成されるということは,その分だけ可食 部に使われる栄養素が環境ストレス耐性のために使わ れるわけであるから,でんぷん含量と
GB誘導量は相 反する関係にあると思われる。どうしたらこの関係を求 めることができるかが今後の課題である。
4.
レーザー励起 蛍光検 出キヤピラリー電 気泳 動法 ( CE ‑ L I F) による環境ホルモンの新規分析法の開発
13)
環境 中に放 出された人工化学物質が人間を含めた
生物全体にどのような影響を与えるか,は環境科学研
究の最も大きな問題のひとつである。一般に環境中の
これら化学物質はきわめて濃度が低いため,定量する
ためには試料の濃縮,マトリクス成分の除去など,分
析機器にかける以前の試料処理が大変煩雑である。な
おかつ操作 中に容器や試薬から汚染する危 険性を含
む。現在環境基準で指定された化学物質の多くは,ガ
スクロマトグラフィー ・質量分析計
(GC‑MS)で分析
されるが,試料の前処理から測定まで操作量が多く,
かつ煩雑である。本研究では
GC‑MSより操作が簡便
で分離能の良い新しい分析法を作ろうと考え,レーザ
ー励起蛍光検 出キヤピラリー電気泳動法について検
討した。分析対象として環境ホルモンとしてビスフェノ
ール A ( BPA) を,ホルモンとして β‑ エストラジオー
ル
(E2)について検討した。その結果,
( 丑
BPAおよび
E2に共通する官能基であるフェノール 基を蛍光試薬
5‑bromomethy1‑fLuorescein(5lBMF)で標識する反応条件を確定した ( 図 4)0
H ロ
H ロ ◎ e ぺ ヨ ロ H ・ ‑ こ \ ト 二 ・ ・ 、 ・ .
BPA‑:BMF 蛍光誘導休
図
4.ビスフェノール
Aの蛍光誘導体化反応
② 標準品の標識誘導体の分析では
488mmで励起し,
520nm の蛍光を測定した。
③ 検 出限界として
BPAでは試料溶液
3ナノリットルを 用いて絶対量で
4.2アットモル
(0.96フェムトグラ ム)を達成した。ただし検 出限界濃度は
0.28〟Mと
GC‑MS法には及ば なかった。
④ 実際の下水試料や底質試料について行ったところ, 共存物による副反応が多く,ピークの同定が難し かった。
以上より
,BPAおよび
E2の高感度分析の可能性が 示されたが,問題点も山積 した。より反応性の高い効 率的な蛍光試薬 の開発ならび に実試料での副反応を 減らすために効率的な前処理法を考案することによっ て新たな分析法の開発が期待されるO
5.
底質中の無機元素の定量による大村湾の環境評価 に関する研究
13・14)長崎県固有の内湾である大村湾は二重閉鎖性水域 であるため年 々漸進的にではあるが水質 の悪化およ び水産資源 の減少が顕在化 し,長期的に見れ ばきわ めて深刻な状況 になりつつある。 「 大村湾再生」が長 崎大学環境科学部 の文理融合プロジェクトとして立ち 上げ られ,総合的な観点から大村湾研究が始まった。
本研究は,そのうち底質 中の無機元素濃度から汚染の 有無を検証することを目的とした。今回は大村湾の河 口域ならび に比較対照として有明海の河 口域を中心に
39地点の表層底質のサンプリングを行い ,I C P発光分 光分析計,水銀分析計,炭素一窒素分析計を用いて 重金属および軽元素分析を行った。その結果, ( 丑 極端な人為的汚染と思われる汚染は見 られ なか
ったが,大牟田川中流域で
Cu,Pb,Zn,Hgが高か った。この地区は古くから化学工場が多数あること, あるいはかつての炭鉱であったことが原 因と考え られるが今後の調査が必要である。
② 測定地点全体の測定元素濃度の比を取って比較 することにより, 自然 由来のバックグラウンドか人 為的な汚染( あるいは何らかの異常値) かを見分け る方法を考案した。これにより過去のデータがない 状況下で汚染かバックグラウンドかを判定すること が可能になった ( 図
5)0
附加知か.Jo
BrBtLEtaAeIIU
0 1 2 3
Nlevelmglg
図 5. 底質中の C と N の相関
試料No.15のみが 自然 由来のバックグラウンド より高い炭素含量を示している。
③ このうち大村湾木場川で
Crが,有明海東岸一帯 で
Moと
Mnが,大村湾田島沖で
C( 炭素)が高 い値を示し,何らかの汚染を示唆する結果を与え た。
これら元素の発生源 が何であるかは今後 の調査が
必要である。今後継続的にデータを積み重ねていくこ
と,および他 のデータ ( 有機汚染物質の分析値あるい
は人 口動態や産業の導入など)を含めて総合的に環境
変化を観測する中から大村湾の現状を理解していく必
要がある。
環境研究 と環境教育 一最終講義補遺
以上,筆者の 「 環境生物化学」は海の中の海苔か ら始まって干潟のシチメンソウ,耐塩性植物のビート, オオムギ,コムギ,アルファルファ,塩感受性植物イン ゲン,アルミニウム耐性植物ソバの環境ストレス応答を 観察してきた ( 図 6).
環境生物化学 二 転
生物の環境適応力を知る‑生物の力を生か した環境創成 t=
食糧生産に向けて ⇔ 環境保全型持続的生物生産系の構築 環境ス トレス応苓棟境の解明 (耐塩性,耐乾燥性,低温耐性,如 .) 耐性偉物品種の選抜法の開発
図
6.環境生物化学の守備範囲
さらに大村湾 ・有明海の底質分析,環境ホルモンの 新しい分析法の開発と手を広げたために,
5年間の長 崎での研究はどれもが 中途半端 の感が否めない。興 味に任せて守備範囲を広 げてしまう悪 い癖が出てしま ったが,どの問題も面 白く,有意義な時間であったと 改めて感じている。
長崎大学における環境教育
環境現象は個 々の状況 のディテール に応 じて解釈 が変わり,数学のように単一の解があるわけではない。
したがって状況設定を明確 にした上で講義する必要が ある。ある状況 A に応じて解 B があり,この A と B を セットで理解なければ意味がないのであるが,往 々に して学生さんは結論
Bだけを覚えようとするので中々 難しいo個々のディテールを話すためには講義内容が 具体的であることが不可欠である。ただし内容を具体 的にすると単一解を求めたがる学生さんは,この間題 はこう考えればよいのか,と短絡的に受け取られ,か えって固定観念を生んでしまう恐れがある。しかし抽象 論や難解な解釈あるいは人から借りてきた論理などは 好まれないのも事実。筆者 はできる限り筆者 自身が体
験してきた研究を題材 に講義 内容を構築したつもりで ある。例えば環境科学概論
Bの 「 食糧と人 口」では,
「 東アジアの地域環境 に調和した持続的生物生産技 術開発の関する研究」の中で筆者が中国で行ってきた 技術開発の 目的と問題点,方法,結果,将来性など について自分の考えを述べた。約
150名の
1年生のレ ポートには,お隣の中国で起こっている食糧問題,環 境問題の現実に初めて触れたことに新鮮な驚きを示し たものや, 自分もこういう研究がやりたいという意見が 多々あった。具体的にイメージできる内容ならばスンナ リ理解できるということだろう。筆者は,教師の仕事は 学生さんの尻に火をつけることである,と考えているが, 若い人の気持ちの中に煉っているものに点火し,それ を契機に走り出してくれれば ,と望むものである。以下 に
5年間の授業の中で興味深い経験を
2,3述べたい。
1.
全学教育「 化学の基礎
J(身の回りの化学物質) 平成
16年度の全学教育の化学をやってくれとの依 頼に,はて何をやろうかと考えた
。2点考えた。一つは 化学が嫌いという学生さんに如何に化学を好きになっ てもらうか,もう一つは我々の生活を取り巻く多種多様 な化学物質一特に人間に対して毒性を持った人工化 学物質一に若い人ほど無関心というか無知というか, 知識と現実が乗離しており,何も知らずに使ったり食べ たりしているが,これを如何にして正しい認識を持たせ るか。そこで副題を身の回りの化学物質とした。前者 の化学が嫌いになった理 由は,化学を受験科 目として 暗記を強要させられたこと,しかも沢山の化合物や反 応式を憶えなけれ ば ならなかった,ということらしい。
こういう化学嫌いの学生さんに化学物質を次々に出し て構造やら反応やらを並べ立て,その上毒性やら危険 性を強調したらそれこそ逆効果になってしまうだろう。
化学嫌いを直し,化学物質を面 白がるような講義はで
きないだろうか。考えているうちに,はたと思い当たっ
た。自分が学生だったころ,初めて生化学の講義を聴
いて,細胞の中間代謝とエネルギー獲得の仕組みを知
ったときの感動を何とか再現できないだろうか, 細胞の
弛みない営みによって我 々は生きているのだ,その過
程では細胞 内の様 々な化学物質が整然と化学反応し, 代謝され,その過程で生きるためのエネルギーを生み 出しているのだ,といったことを実感させるような授業 はできないだろうか,と考えた。教える対象を人工化 学物質から生体 内の化学物質に大幅に変更したわけ である。生化学では糖,脂質,アミノ酸,タンパク質, 核酸,酵素,ビタミンなど山ほど化合物が出てくるが, 兎に角全部出した上で,「 覚えようとするな,化合物の 連係プレーによってもたらされるエネルギーを細胞が どのように獲得し,利用しているか,その流れを大きく 理解せよ」と口を酸っぱくして言おう。我々がご飯を 食べ,呼吸し,その過程で元素でいえば
C,H,0
,Nを 組み合わせて有機物を合成することによって生長をし ていく,その間の髄 みを理解してもらおう,と考えた
( 図
7)。酸素呼吸とエネルギーの獲得
食べ物
216'HL.?.‑61\
呼吸 02 E i
排気
/ co2十H20
生長 生物個体
または細胞 生頼はどのようr=
C6H1206
+
602‑‑‑‑‑ 6CO2+
6日20誓表諾J L t i
AG=̲686kcal/mol(発熱反 応 ) のか?
図7.
全学教育「 身の回りの化学物質」 の講義の‑コマ
このような人間の営みにもちゃんと質量保存の法則 が成り立ち,熱力学的に一番合理的なシステムになっ ていることを理解してもらおう。というわけで,酸素の 利用として呼吸の仕組みを,炭素の利用は植物の光合 成を,窒素は地球上の大循環から始まって微生物によ る窒素固定の仕組みを,水 素は細菌 の水素固定の仕 組みを,中心に話していくことにした。さらに自然界の 森羅万象から細胞内の細かい反応まで,そして反応を 司る
ATPをはじめとする様 々な機能を持った有機分子 たちや反応触媒となる酵素の作用メカニズムなど,当 然内容の難しい授業になることが予想された。そこで, 効果的なパワーポイント図を作ろう,話 し言葉で大きな
声で ( マイクを使って)話そう,できるだけ気の効いた エピソードを盛り込むことにしよう,など対策を練った。
特に授業の終わりには毎回質問や分からなかった点を 書いてもらい,次の時間に解説することにしたところ,
100名余いた受講生の4割以上が毎回熱心な質問を書いてきたのにはびっくりした。欠席者も数えるほどだ った ( 尤も試験は何が出るかとの質問に,心配の必要 なしと繰り返し申し上げた)。授業でこれほど手ごたえ を感じたのは後にも先にも初めてであった。学生さんの 質問状 の内容が授業 が進むにしたがって変 わってき たのが面 白かった。当初は 「 今 日は難しかった」,「 は っきり言って覚えきれません」,から 「 試験にどんな問 題が出るのか」といったものが多かった。如何に単位 を取るかが学生さんの最大の関心事なのであろう。そ れが次第に 「 覚えなくてもいいといわれると安心する が,やっぱ り理解するのが難しい」, 「 よく分かった」,
「 面白かった」に変わってきて,さらに 「 これ はどうい う意味か」, 「 今まで間違って理解 していたがやっと分 かった」とか,段 々と内容へ の質 問が多くなっていっ た。最後に,「 今まで化学は好きではなく受験のために 勉強してきたが,この講義を聴いて化学への関心が湧 いてきた」, 「 この授業では化学の不思議さと面 白さを 学びました。詰め込みでなかったので楽しく学べました。
そしてとてもためになりました」,「 化学,生物学,工学 が我 々の身近で大きく関わっていることを改めて実感 した。生命現象に微量元素がこれ ほど深く関わってい ることを知りびっくりした。今まで受けたことのない画期 的な授業でした」, 「 生体 内の反応経路を見ていると, いつもややこしいと思うけど,その複雑さには意味があ り,細胞 はすごいなあ,と思います。 自分の体 のこと なのにこんなに謎が多く分かっていないということが, また楽しい」など,お世辞
8割としても久々にうれしい 思いでした。「 先生は何を研究しているのですか」との 問いに最後 の授業で筆者の研究例を紹介したところ,
「 今 回の授業で今までの授業で学んできた意味が分
かった。やはり実例があると理解がし易い」と,教師
が抽象的に言 ってきた講義 内容 が実例 によって具体
的になったということだろう。この生命化学的講義の中
環境研究 と環境教育 一最終講義補遺
でもうーっ言いたかったことは,「 生命 の尊厳」につい てであった。現代の社会生活 の中ですでに風化 してし まっているこの言葉 にもう一度息吹を与えるには生命 の中の何を強調すれ ばよいのか。遺伝子工学が生ま れて以来遺伝子は商売のための道具と化し,もはや尊 厳の対象とはなりえない。今回の授業で,細胞の中の 一糸乱れず弛みなく行 われる化学反応 により細胞が 活動でき,生物 自体が生かされているのだ。君たちが 寝ながら授業に出ていても細胞は休みなく君のエネル ギーを作り出しているのだよ,こんな働きをしている細 胞をすごいとは思いませんか,この細胞 の働きにこそ 感謝して当然ではないだろうか」という話をした。それ に対し,「 生命の尊厳について考えてはしいという教師 の意図に感動した。生物でもなく,化学でもなく,今ま でとまったく別 の切り口で生命活動を考えることで新た な発見が沢山ありました」, 「 細胞 の働き,メカニズム の複雑さ,構造の精巧さに改めて生物体 の神秘を感じ た。同時に生命の尊厳を感 じた 」 との評価があった。
すべてがこのようなコメントばかりではないが,かなり 多くの学生さんが興味を持ってくれたようで,筆者も熱 を入れた甲斐があった。勿論,「 シラバスには身の回り の化学物質とあるのに,話 は身の中の化学物質ではな いか。話が違うぞ。それ はそれなりに面 白いけど」と いうお小言もいただいた。一つの授業には 「 分からな い」人から 「 良く分かった」人まで理解度は十人十色 である。概ねトップの
1,
2割が積極的に関心を持って 受講している人,同じく下 の
1,
2割がまったく訳分か らず受講している人,真ん中の
7,
8割が方針未定で 単位取得を心配 している人に分類できると思うが ,こ の
7,
8割の中から数名でも 「 尻に火がつく人 」 が出 れ ば講義として上出来 なのではないかと筆者 は考え ている。学生による授業評価もあまり紋切り型になると 本末転倒になるような気がする。
2.
授業と実験の一致
三十余年間学生実験を指導してきたが,実験と授業 内容を効率的に組み合わせることは時間割のうえで殆 どできなかった。ところが平成
16年度の新カリキュラ
ムでは偶々であるが非常にうまい組み合わせができた。
というのは,
2年前期の基礎実験
A( 必修)で
「ICP発光分析法を用いた水の分析」を行った。各人に試料 を採水して来させ,主要な元素
(Na,K,Ca,Mg)を分 析するわけである。これは最も身近にある 「 水」という ものの元素組成を理解させると同時に分析法を理解さ せることを目的としている。毎週
6‑8名の学生がグル ープになって実験するわけであるが,約
80名の全員 の結果がでる学期末には夏休みになって全員の結果 を纏めて評価する時間が持てなかった。筆者は後期に
「 環境計測学」の後半を担 当していたが,この中で誤 差を講義するコマがあり,この題材として前期 の学生実 験の結果をご披露することができた。 ( 図
8)0
市販飲料水( C ¢ ) 大学の水道水
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8.実験 と授 業の連携
2年前期 「基礎実験A」‑ 2年後期 「環境計測学」‑ 解説・試験問題と実験と 授業を連携させることができた。
受講 生は殆ど実験をやった学生だったので 自分 の 分析結果に大変興味を持って聴いてくれた。さらに 「 こ の結果を試験問題に出すぞ !分析値 の違いが誤差な のか,水質 自体の違いなのか,図を見ながらよく考え てこい」と試験の前週に言い渡した。結果は殆ど全員 が良く考えて解答していた。これも自分のやった結果 は具体的であるし,関心があるところだからであろう。
いず れ にしろ実験 一講義一試験 と少ない予算 の学生 実験の結果を有効に生かせたことが大変良かったと思 っている。
3.
学生さんの栄養状態
3
年の学生実験
C( 選択)で, 自分の毛髪中の重
金属 ( 鍋,亜鉛,鉛)を分析させた。これも身近な題
材として毛髪を選んだことにより学生さんの関心は高 かった。銅,亜鉛は必須元 素,鉛は毒性元素である。
結果を図
9に示す。
学生実験C (3年選択.41名) 毛髪中の銅.亜鉛,鉛の分析
○ 銅欠乏的学生さんが多い
○亜鉛も下限ギリギリが多い OE常の食生活における摂取不足
図
9.毛髪分析による学生さんの健康診断
通常この手の分析では同じ試料を
2連以上分析して 平均を取るのが常道であるが,予算と時間の都合上, ひとり
1サンプルで行った結果である。初めて自分で やる分析で手の震えている学生も多く,したがって当然 誤差を含んでいるが
,40数名の分析値を並べてみると 傾向ははっきり見て取れる。図中横線は 日本人の毛髪 中の元素濃度の下限を示すO必須元素の銅,亜鉛は 多くの学生で下限近くあるいは下限以下であった。こ のことは如何に普段の食事からのこれら元素の摂取が 不足しているかを物語っているO近年のコンビニ的食 事が如何に栄養偏重をもたらすかを示している。毒性 元素の鉛は全員下限濃度以下であったが,そのうち高 いほうの女子学生で茶髪にしているひとに 「 もしかした ら脱色斉摘1 ,着色剤の中に鉛が入っていたのかもしれ ない」というと,茶髪にしていた学生さんが以後 ほぼ 全員茶髪をやめてしまった。高校生の茶髪問題はけん か腰であったが,環境の女子学生さんは叱ることもなく やめてしまったのは,皆さんやはり健康が気になるから なのであろう。学生実験も毎年繰り返し行うわけである から,有効に利用すれば多数の検体を分析できること になり,意味のあるデータが取れるのではないかと筆 者は思っている。
おわりに
環境科学という新しい分野に飛び込んで,しかも
5年間という期限付きで教育と研究をすることになった。
いったい何ができるだろうか,というのが 当初の最大
の関心事であった。これまでやってきた生命科学と,こ
れからやろうとする環境科学は,同じ対象を内から見る
か外から見るかの違いで方法論としては同じ手法が使
えること,また,長崎へ来る前の
10年間は専門の分析
化学の立場から多少なりとも環境の重要性を認識し,
かつ環境問題をかじっていたこともあって,環境科学部
での研究の中身については抵抗感はなく,むしろ期待
感の方が大きかった。ただし, 研究に必要な,研究費,
分析機器,人など,特に研究費がどのくらいかかるか
想像がつかず大いに不安であった。研究はアイディア
が第一といわれるが,現代の科学研究では,金,物,
人の
3要素が不可欠である。しかし欲張ることはない,
予算次第でテーマは
1つでもよい,じっくり研究を進め
られれば 良しとしよう,何よりも長崎でなけれ ばできな
い面白い研究をしよう,と考えた。平成
13年度は科研
費の継続分があったことが幸いであった。当初学部内
にどんな設備があるのか,皆 目わからない。自前で買
い揃えるには資金不足,5年間の時間を考えると無駄
な出費になりかねない。出費を最小限にして研究をや
るには共同研究をお願いして機器 はできるだけ借用し
よう,と調子 のよいことを考えた。勿論その間に科研費
をはじめとする研究助成 に積極的に応募し, 自力操業
できる道を確保しなが らやる以外にないと考えた
。2年
目の平成
14年度は科研費の基盤研究
Aを含め
3件
応募したが欲張りすぎて大失敗,全件落選。どうにか
民間の助成金を得て乗り切った
。15年度は慎重に応募
先を選択し,基盤
B( 平成
15117年度)と萌芽研究 ( 平
成
15‑16年度)の
2件が 当たり,やれやれと息をつい
た。
16年度以降は科研費の継続で凌ぎ,その間民間
へ積極的に応募,5年 目を何とか無事に乗り切ること
ができた。法人化以後,運営交付金が減額され, 読
争的資金獲得が声高く要求されるようになってきたが,
全 国的に行 われた法人化 により国公立 の研究者が数
少ない競争的資金に一斉に応募することになり,助成
環境研究 と環境教育 一最終講義補遺
金獲得の苦しさは益々ひどい状況になってきた。環境 研究の場合,環境ホルモン研究のようにすでに広範な 研究展開がなされているテーマや,地域に密着した研 究が求められているにもかかわらず ローカルな色彩の 強いテーマでは競争的資金獲得 は極 めて難 しいとい うのが実感である。どのようにしてテーマの特色を出す か,頭のひねりどころであるが,これが中々難しい。
2
年 目から卒論生が配属になり,同時に東大で学術 振興会のボスドクをやっていた張経華君が外国人客員 研究員として参加することになり,卒論生中心に研究ら しきものが始まった。張君は自分の実験 の傍ら,卒論 生の実験指導にも熱心で,お陰で研究が少しずつ進展 し始めた。平成
14年度には大学院環境科学研究科が スタートし,
2名の修士生を迎えることになった。退官 までの
4年間,卒論生
15名,修士生
6名,外国人研 究員
2名となり,狭い研究室のスペース作りが毎年の 頭の痛いところであった。
研究テーマは年とともに人が増えるたび に拡大して いった ( 前述)。環境研究でもっとも大事なことは,問 題の発生した現場を自分の 目で見て原 因となる状況を 把握することである。これを現場第一主義と呼ぶが, 現象を追跡する上で欠かせないステップである。近年 はシミュレーションなる技法でコンピュータ上で行う現 象解析が盛んであるが,やはり自然現象の変化は現場 の状況を体験し,一次データの積み重ねから実証的に 解析 していくことが何よりも重要である。当初, 「 海苔 の色落ち」と 「 塩生植物の耐塩性」をテーマにしたこ とから,新入生歓迎を兼ねてレンタカーを駆って諌早 湾の潮受け堤防を見学し,有明海北岸 の海苔栽培現 場と塩生植物シチメンソウの自生地 ・養生地を見学し, 学生さんたちに少しでも自分の問題としてテーマに取 り組んでもらおうと考えた。九州地区出身の学生さんで も現場を見たことのない人が大部分であった。
どこの大学でも同じであろうが,卒論研究のスタート 時に就職活動がオーバ ーラップするために継続 的に 実験 ができず夏休み明けくらいまでは研究が思うよう に進展しない点 はまことに困ったものである。もっとも 大学院進学希望者にとっても落ち着かない時期である
ことから,こちらとしては
9月以降に発破をかけるしか ない。毎年,
10月ころからピッチが上がりだし,年末 から年明けが大忙しの状態となる
。2月の修士発表会 および卒論発表会では,全員全力投球でやっていただ いた。恐らく学生さんにとっても大学に来て初めて 「 研 究なるものをやった」という実感を持ったのではないだ ろうか。少なくともそう思ってもらえるように対応してき たつもりである。
研究がある程度進展した段階でできる限り科学論文 として投稿することを心がけた。勿論いただいた研究 費が国民の税金であることから,研究成果を世間に公 表する義務があることから論文発表は当然であるが, 私としては研究を推進してくれた学生さんが 「 長崎大 学環境科学部で 自分が挙 げた成果 として後 々振り返 って思い出せる記録」となるものを作成することを主眼 とした。したがって高級な論文というわけには行かず, できるだけ早く出版できる雑誌に投稿し,インパクトフ ァクターなどは考慮の外であった。論文としてまとめら れなかった研究には,できるだけ学会発表を心がけた。
最終年度 の学生さんにはこの両方がかなわなかった が,逐次論文を作成しようと考えている。研究業績は 近年は研究者の個人評価として喧しいが,齢
60半ば の私にとっては 「 何をいまさら 」 であり,むしろ共同研 究者の業績になればよい,といった程度の認識のほう が強かった。
大学の法人化について
当初は疑心暗鬼というよりむしろ反対 の立場であっ たが,平成
15年
2月の遠山文科省大臣の
「100年に
1度の大改革,思い切ってやれ」との通達に,それな らば ,と賛成に転じた。以後,法人化委員会のいろい ろなお役 目を仰せつかったが,いざ始まってみるとどう も様子がおかしいと感じ始めた。長期 目標を各部局で 作る段になって, 目標達成を具体的に評価できるよう に書けと言われてやっと分かった。これはお役人が大 学を評価するための基準を作っているのであり,大学 側の自発的 目標達成の計画書ではないということに。
ここに至って一挙に力が抜けてしまった。といいつつ膨
大な学部の長期 目標を作成 したところ,二転三転,結 局はわずか
10ページ程度 のものになってしまった。膨 大な努力の結果がこれではと先が思いやられた。
法人化後,部局の権限が大幅に縮小され,本部主 導 になった。 自由度が高まるという期待とは逆 に煩雑 な諸手続きに悩まされる結果となった。運営交付金も 毎年削られた。大学というところが本来的に持つ 自由 度と,部局の独 自性といったものが姿 を消し,研究も 成果主義に,個人の活動もすべて成果 に還元されるよ うになってしまった。大学における研究 は,本来,全く 未知 の問題だからこそ始まるのであり,成果が 出るの は
100発打って1発 当たれ ば大もうけで,99 発 の無 駄玉があって始 めて成 り立つものだと思う。成果 が約 束されたものだ けしかやらない,とは真におかしな状 況になってしまった。今後法人化 はどうなるのか,
「100年に
1度の大改革」が大学を潰してしまわないことを 祈るのみである。
文理融合について
「 環境科学部には文理融合という理念があって面 白 いよ
」という高倉学部長の言葉に曳かれて長崎に来て しまったが,なるほど理念的には領 けるが,研究を共 同でやろうとするとこれほど難しい組み合わせはない。
パソコンで打つと 「 分離融合」と出てくる。こちらのほ うに思 わず共感 してしまう。文理 の考え方が縦糸 と横 糸 ほどに全く異なっている。本来一人の人間の中に文 系的発想もあれ ば 理 系的考え方 も共存 しているはず である。また,筆者は長崎に来る前に中国での共 同研 究で農業経済学者や社会学者も含 めた持続的生物生 産技術開発のための研究に参加した経緯から,文理の 共 同研究 は可能であると考えていた。
結局のところ,文理の完全融合は不可能であるが,プ ロジェクト型 の研 究 ならば 共 同研 究ができることが わ かった。法人化で言われる 「 地域に密着した研究」と して環境科学部でできる
プロジェクト研究とは何か,と の考えから学部長裁量経費による 「 大村湾再生研究」
が生まれたわけである。この中では文系 ・理系それぞ れ の立場から大村湾を題材 に環境研究 をすれ ばよい。
ただし,研 究 の最終 目標 を文理双方で確認 しておくこ とが不可欠である。 「 大村湾再生研究
」の始まった段 階で退官になってしまったが,是非とも実りある研究に していただくことを切望 している。
謝辞
海苔の色落ち研究を始 めるにあたり,高倉直学部長 のお力添えで水産学部 の藤 田雄二教授,松 岡数充教 授を紹介いただいた。藤 田先生にはその後海苔の栽培 法から,海苔試料 の調達まですべてにわたって大変お 世話 になった。ここに厚 く感謝 申し上げたい。海苔研 究 をはじめ研 究全般 を支えてくれ た外 国人研 究員 の 張経華博士 には言葉に表せないはどお世話 になった。
同じく海苔研 究では学位授与機構 の森敏教授 に研究 のきっかけを提示していただいた。教育学部陣野信孝 教授 には塩 生植物 のシチメンソウに関してご教授 いた だいた。オオムギ研究では本学部増 田研助教授にエチ オピアの情報をまことにタイムリー に提供 いただいた。
これらの方 々に改めて感謝 申し上げたい。
生産科学研究科 の後期課程 「 環境科学専攻」立ち 上げに当たっては,当時 の石原忠研究科長の絶大なる ご協 力をいただいた。先生の並外れ た推進 力がなけ れ ば平成
16年度 の専攻立ち上げ はなかったであろう。環境科学部側から参加 したものの一人として深甚の謝 意 を捧 げ たい。いちいちお名前は挙 げ ないが ,学部 の諸先生方 には多大なご協 力をいただいた。改めて感 謝 申し上げ たい。今後 の学部 の益 々の発展を祈念 い たします。
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