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(最終講義)精神分裂病の人間学

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最終講義 〔東女医大誌 第61巻 第12号頁1077∼1084平成3年12月〕

精神分裂病の人間学

東京女子医科大学 精神医学 アカ ダ トヨ ジ

赤 田 豊 治

(受付 平成3年9月17日) 精神分裂病の歴史(表1) Kraepelinは,早発痴呆(後の精神分裂病)を知 能Intelligenzの障害と考え, Bleulerはこの一群 を理性の障害と見て,精神分裂病の名称を提唱し た.Heideggerの実存哲学を応用したBinswan− gerの現存在分析は,世間の中における人間存在 (世界内存在In−der−Welt・sein)としての患者を, 内側から理解しよう,というすぐれた着眼点が あったが,生命的基礎を欠いていたので,問題提 起に留まった.Schneiderは忠実な症状記載を心 がけ,分裂病の一級症状をまとめた.これは臨床 表1 年表 クレペリン 1899 早発痴呆 ブロイラー 1911 精神分裂病 ビンスワンガー 1933頃 現存在分析 .シュナイダー 1946 現象記述 ヤンツァリク 1959 力動(Dynamik) クラーゲス ハイテッカー *串* 1910 !927 「性格学の原理」 「存在と時間」 論文が発表,または著書が出版された年. ・・*の下は哲学者.ビンスワンガーの現存在分析 はハイデッガーの「実存哲学」の臨床的応用. 表2a 内因性精神病の状態像Triasと好発妄想 思考内容* 微小妄想 誇大妄想 被害妄想 一 齢 凹 一 一 一 一 一 一 一 冒 , } 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一 ■ ■ 一 π 「 「 一 一 一 一 一 一 ¶ T , 一 凹 一 思考(理知)形態** 思考制止1 観念奔逸1’ 思考途絶・滅裂 意志(行動・動作)*串 意志制止2 行為促迫2ノ させられ体験 感情*** 抑欝気分3 上機嫌3㌧易怒 妄想気分(無気味) 一般にまとまりのよさ,出現頻度から習慣的に,1∼3と1’∼3’がTriasとされる。 *,纏C***ヘ,それぞれ表2bの山詞の属性の異常な所産或いは徴候である。

の実地に広く用いられ,アメリカの診断基準

DSM−IIIにも取り入れられるに至った.このよう な主として理性主義,或いは実用主義的な流れの 中にあって,Janzarikは,力動Dynarnikの変化 がすべての内因性精神病の原因であるという,力 動一元論を唱えた.即ち醗病は力動の収縮,躁病 は膨張であるのに対し,分裂病は力動の不安定で ある,と言うのであるが,不安定Unstetigkeitの 表2b クラーゲス性格学における推進力(表2aとの連関)

㌍<鷲欝蕪雑

欲動はほとんど常に動向を介して現れる. 5基幹概念:天分,比例属性(;意志生起性,感情生起性,表 現性能),動向,構築,挙措(態度・動作)

Toyoji AKADA〔Department of Psychiatry, Tokyo Women’s Medical College〕 schizophrenia

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説明が不十分であり,問題の解明に不適当である と思う.しかしこれは分裂病の生命的根底に一歩 踏み込んだ重要な見解と言えよう. 当精神科では長年,千谷教授指導の下にKlages の性格学・人間学を勉強して来た.そのうち1970 年頃柴田教授は,急性発症の分裂病を不安性躁病 として捉え,Klagesの自我とエスの理論を適用し た.千谷教授はこの知見を採用して,その他の所 見をも総合し,精神分裂病はすべて躁醗病の中へ 吸収される,従って内因性精神病はすべて躁欝病 である,という一元論に到達した.しかしそれは まだ序論的,概観的であって,具体的理論的解明 は課題として残されている. 内因性精神病の三主要状態の概観(表2) 周知のことであるが,欝病は元気の落ちこみ, 躁病は元気のあり過ぎから諸症状が比較的容易に 理解される.分裂状態の主として初期,或いは増 悪期における感情面の症状は,妄想気分と言われ る,何か不吉な予感,気配が特徴的である.思考 面には,思考の突然の停止,即ち途絶と,思考の 脈絡のなさ,即ち滅裂がある.意志面では,主と して「させられ」体験であり,これはSchneiderの 一級症状の中でも特に重要である.これらの症状 を,Klagesの性格学から何処まで解明できるであ ろうか. Klagesの性格学(表2a, b)1)2) Klagesによれぽ,動物では肉体に比し心情がま だ小さいけれども,人間では心情が発達して肉体 と同等の大きさになった.これを楕円形の両極と して図示できる.これが生命性Vitalitatであり, エスEsとも言う.これは例えばes regnet「雨カミ 降る」(it rains)の主語のesであって, Klagesは 語源を詳しく考察し,本来は,神とか自然という 超人間的な回る力esが雨を降らせる,という他動 詞regnenの主語であることを究明した3).人間に おけるエスとは,自我に対立する無意識のもので, 自我の意のままにならないもの,という意味で, Klagesが用い始め,後にFreudが採り入れた4). 自我は,生命性に宿った精神であって,肉体と心 情を結ぶ線を底辺とする三角形の頂点にあり,全 体を統括する.自我と肉体・心情との間には,覚 醒時に不断の対立・緊張関係があるが,また協力 の一時もある.この交流の徴候が感情であるが, 肉体・心情の両極間にはもっと緊密な,一体的, 不断の連関があり,覚醒時はやはり感情となって 自我へ伝えられる(図1a, bの矢印).ところで人 間を動かすものは力,詳しく言えば推進力であっ て,下層即ち生命層には,動物と共通の本態的欲 動がある.それは食欲・性欲・哺育・自衛・攻撃・ 遊び・移動であるが,これらすべてに感覚を伴う a b 自我 ●

肉体

←一

心情

Ich Wollung 自 意欲

塾二二=二聯g

エス 説明は本文.矢印は感情を示す.文献1)の50頁より採っ 文献1)の48頁より.動向は感情として動く間は,個体 たが,1937年版(全集IV471頁)により,肉体・心情間 の内部に留まる.欝状態,分裂状態では意欲(意志) の線を追加した. が生じ得ないが,躁状態では意欲の方向が変り易く, 散漫な行動になる.(これは筆者の説明) 図1 人間性格の構造(L,クラーゲス)

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表3 精神分裂病の一級症状(シュナイダー) 1)考想化声 2)対話の形の心心[噂] 3)自分の行為を「何々した」と言う声 4)身体的被影響体験 5)考想奪取などの思考被影響 6)考想伝播 7)妄想知覚 8)そのほか情感・(欲動の)追求・意欲の領域で,他者より為 され,影響されるすべてのこと(させられ体験) 全体の意味:自我と周囲との境界透過 本文では全体の意味と6)8)項について説明した, 運動欲動が共通であり必須である.人間では,欲 動推進が自我という新たな勢力の作用を受けて, 動向という意志推進力となり,その結果遙かに多 様な方向の目標を追求する意志行動が出て来る (表4).人間の中には,常にさまざまの動向が出 番を争い,画き合っているので,それ自体広い意 味の動向間抗争であるが,狭義のそれは,強力な 二つの動向の間の抗争である. 動向を感情の面から見れば,例えば「怒り」は, 相手の態度,仕打ちに対する反撃感情であるが, それは反抗や復讐心という自我復旧動向の徴候で ある.具体的には,怒りは相手を打とうとする衝 動を含んでいるが,これが必ずしも爆発するとは 限らないのは,この衝動に抗争する制止動向が働 らくからであって,それは例えば,相手に対する 恐怖心,自分の出世のための打算という保身動向, 冷静に相手の状態,立場を理解しようとする理論 理性(精神的動向の一つ)や同情(反応的証我の 一つ)など,人により事情によりさまざまの場合 がある.感情は絶えず揺れ動く,変化するという のが,その特質の一つであり,これは不断の動向 間抗争,結局はエスと自我との間の不断の抗争の 微候である.因みにGoetheがファウストをして, 「ああわが胸のうちに,二つの魂が棲む」Zwei

Seelen wohnen ach/in meiner Brust.と嘆かし めたのも,このような内部抗争の文学的表現と解 し得る.さて「怒り」の感情の中で,制止動向が 微弱であれぽ,相手を打つ衝動行動となって爆発 する.精神病患者には,暴力行動や自殺企図など の衝動行動が往々にして見られるが,普通一般の 意志行動に出られない者が多い.これらの患者に おいては,動向は感情として自我とエスの間を往 復するのみで,内部に停滞しており,自我の決断 を要する意欲,その結果の意志行動という外部へ の展開が生じない(図1b).それは,その根底(原 因)にエス(生命層)の変化があって,これが自 我の活動を制約しているのである.さて性格学自 体に話が戻るが,推進力は動向のほか,もう一つ の性格属性である比例属性の中にも働いている. 感情生起性,意志生起性,表現性能という三つの 比例属性の中,中軸的重要性をもつものは意志生 起性である(表2b).これは意志および思考の発 動・進行の速さを言い,目標即ち方向を問わない. 実際には動向による意志行動の速さとして動向に 伴う場合が多いが,動向と直接関係のない単純な 動作,例えば歩く,ドアをノックする,「はい,ど うぞ」の返事,握手,喋る,その他多くの動作に 現れる.日本語で「気が早い」「気が短かい」.ま た逆に「腰が重い」「気が永い」というのは,意志 生起性の大小を表している. 表2aにもう一度眼を向けて見ると,最上段の 思考の内容面,即ち微小・誇大・被害妄想は,或 る種の目標即ち方向を含んでいるので,動向の働 いた所産であることがわかる.次の段,思考の進 行面とその次の意志の段は,思考・意志の動きの 速さ,即ち意志生起性り表現徴候である.精神医 学では一般に,Klagesはあまり応用されていな い.しかし症状の観察,整理に動向と意志生起性 の識別を意識し,適用することが望ましい.因み にKlagesは, Janzarikのようにギリシア語の主

動Dynamikではなく,力KraftとかAntrieb推

進(表2b)という,普通のドイツ語を用いている ので,力動論とは関係がないと思われるかも知れ ないが,実は極めて力動的dynamischなのである (H.A. MUIIer5)). 精神分裂病の一級症状(Schneider)6)(表3) 表の8項目を一読して,如何にも分裂的,或い は狂気に見えるかもしれない.専門家の中には, DSM−IIIのように,この中の第6項考想伝播があ り,1週間続けば,分裂病と診断する,というよ うな用い方もある7).統計のためにはそれもよい

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として,患者の実感はどういうものかを,人間学 的に考察する必要がある.Schneider自身,8項目 の全体的意味をまとめて「自我・周囲間の境界透 過」と言っているが,それはつまり境界がなくな る,ということで,現象記述の立場からすれぽこ こで止まるのもやむを得ない.しかし境界を取り 払ったものは何か?と考えるならぽ,それは外部 の力ではなく,内部の力,正確には運動推進の増 強であると考えられる.これを説明するには,単 純な躁状態から出発しなければならない.躁状態 では一般に,運動推進の増強(生命層の変化)に より意志生起性が充進して多弁,多動となるが, 誇大的傾向を伴わず,ただやたらに動くとか,喋 るという範囲に留まる例もある.それだけでも周 囲に迷惑をかけ,煩さがられるので,患者自身も 困り,動きやお喋りをやめようとするが,自分の 力では止められない.多くの患者は,動作の増大 に誇大傾向(自我拡大動向,表4)を伴い,ふだ んの領分からはみ出して余計なことをする.これ に対し周囲から制限を加えられる(出る杭に打た れる)ので,患者は被害念慮(保身動向)に傾き, 自己主張を強めて反面,反撃する(自我復旧動向). こうして被害妄想に発展することも稀ではない. 表4 クラーゲスの動向一覧表(抄) 捨我(解放) 執我(拘束) 1’感激性能 a真理渇望 b形成衝動 c適正愛 精神的動向 1理性性能 a理論:事理性,批判 b美的:様式欲求 c倫理:義務・責任感 2’a自発的捨印 個人的動向 自然・郷土への愛,献身 2’b受動的捨我 善良,温かみ,柔和 2’c反応的捨我 関与,同情,諦観 2a自我拡大 攻撃・取得・支配・名誉欲 2b保身 心配,警戒,恐怖 2c自我復旧 反抗,復讐心,意地悪 (以下略) 文献2)巻末の第一表より.説明は本文. このような自我と周囲との衝突が個体内部で,い わぽ内面劇として進行するのが,分裂病と言われ る状態像である(図2右).世間が内部へ侵入して 来る,その究極が「考想伝播」であると考えるが, その前段階としての被害妄想から説明する. 或る患者は注n,「世界平和という大きな考えが 浮かんできた.自分の領分をはみ出すような気が する」ので,はみ出さないようにして,ジーと動 21 壷 1↓ ● ・↓ 1 ● \ 3

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一lQ

D M S 図2 欝・躁・分裂状態と世間との抗争関係 →実際の過程,・→臆測 D欝状態:推進減弱(1)により,格別の出来事もないのに,世間の圧力を感じ(2),内にこもる. M躁状態:推進増強により,元気が溢れ出て(1),世間の反撃(2)を受ける. S分裂状態:推進増強(1)により,世間に対し出過ぎたと臆測(1’),世間の反撃を受けるという被害 妄想が生じ(2),噂が広がり注察妄想(一),世間が内部へ侵入(3),時に反撃(4)して,却って逆 襲される.大本は(1,1’)の自我拡大傾向に対し,内部で既に(一1)の制止動向が動いて(2)を呼 び込むところがら始まる. 世間との抗争関係が,内部の促進対制止動向の抗争から生じるのが,分裂状態である.

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かないように努めた.以前は被害念慮を洩らし, 家の中を音たてて動いたこともあったが,自分で 「調節」するようになった.別な患者は注2),これも 律儀な堅物でふだん自慢するような人ではない. ところが電車の中で会社の同僚に,「会社の連中は 算盤が下手だ.俺なんかうまいもんだが…」と言っ た.この話が会社の人々に知れ渡ったと思い,家 の周囲を見張られ,家の中の生活,性生活まで見 られ,知られる.外へ出ると危い,と言い,ナイ フを持つなど,身を護る対策を講じた.また或る 患者は8),特許事務所に勤める弁理士(有資格)で あるが,急に昂奮し始め「無資格の古い事務員達 に妬まれる,あいつは気狂いだ,とか「とやかく」 言って騒ぎ立てられ,丸の内一帯に知れ渡る.警 視庁も奥で紐を握っている…」と不安緊張に満ち, 早口,大声で喋り出す.(冷静な:時の回顧では,世 界中に知れ渡った,と言ったこともあった).さら に昂じると,「のどに器械を入れられた.そこから, 声にな:る前の考えが外に伝わってしまう.器械を レントゲンで調べて,取って下さい」と喚くので, レントゲンをすぐとったこともあるが,すぐにで きない時は説得に一苦労である.これは一級症状 の第6項,考想伝播の1例であるが,患者は,ど んな「考想」かを説明することができないので, 考想というよりは情念のうごめきとでもいう方が 当っている.本直の場合は,堰を切ったように医 者の前で喚き散らしたこと,またそれに関連する すべてであろう. これら3例の症状には,自我拡大動向の傾向, それも萌芽的に過ぎないものが見られる.例1で は,「自分の領分をはみ出す」とか,「世界平和」 という大きな考え.例2は,算盤の腕前を自慢(ふ だん自慢する人ではない.控え目で物堅い,この 人が自慢した点に意味がある).例3は,「無資格 老に妬まれる」ということは,取得・支配欲と親 縁の優越欲が洩れ出たものである.この人達は, 客観的に見れば格別「出過ぎた」わけでもないの に,それぞれに出過ぎたと感じ,問髪を容れず「打 たれる」心配が生じる.例1は,領分をはみ出さ ないように,動物の擬死反射のようにジッとして いた.例2は外部からの攻撃を恐れ,護身策に迫 られた.例3は被害妄想が,体の中にまで侵入し て,当人を苦しめた.これらはすべて用心・警戒・ 恐怖という保身動向が昂進した所産である.いず れも「出る杭は打たれる」の内面劇であり,自我 拡大動向(促進動向)に対する保身動向(制止動 向)の動向間抗争であることがわかる.しかも前 者は後者によって完全に制圧され,後者が出過ぎ て被害妄想となった.この動向は,いわぽ一旦緩 急に際して強力に発動されたのであるが,元来性 格的にこの動向が相当強いのでなけれぽ,急にこ れほど支配的にまでなることはあり得ない.この 人達に,ふだん健康な時に会っても,いわゆる出 しゃばったところを少しも感じない.職業,世間 的交際において,義理堅く真面目で,表情態度に やや堅過ぎる感もあり,道徳規範に背かないよう に心掛けている.つまり義務感・責任感という倫 理理性の動向が強い,そしてこれが保身動向とと もに性格の支柱を成して,平素の行動や態度に現 れている,と考えられる.自我拡大動向も備えて いることは無論で,これがなけれぽ資格取得・職 業生活もできない. ところで動向層は,下層の生命層によって支え られているが,この下層に発生した推進力増大に よって先ず動かされるのは,一般に自我拡大動向 である.これは行動を促進するので,意志・動作 生起性昂進と共に働いて,患者を活動へ駆り立て る.これがいわゆる単純な躁状態である.これに 対し性格的素質的に,保身,倫理の制止動向の強 い者では,下層の推進増強が,表情の緊張や動作 の落ちつかなさ(生起性;昂進)として現象するけ れども,活動促進に対する制止動向が意志行動全 体を制するので,自我活動(能面)は,領取・判 断(=内部行動)9)に注がれ,外部への働きかけが 乏しくなる.これが分裂病と言われる状態である. 躁状態と分裂状態とは,動向間抗争の観点から見 れば,前者は促進動向注3),後者は制止動向が,そ れぞれ圧倒的に優勢になり,支配的になったもの であるが,いずれにしても平生の均衡関係を甚だ しく失っている.発端は生命層における推進増強 であるが,もしこれが普通の元気の一層旺盛なも のであるならぽ,動向間の適度な均衡の下に,自

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我はこの力を有効に活用することができるであろ う.ここには精神の自制力の減弱ないし喪失の問 題があるが,今は触れる暇がない.さて躁と分裂 との二つの状態を,個人対世間の観点から見れば, 躁状態では促進動向の支配の下に,攻撃的・誇大 的になって世間へ打って出るが,分裂状態では制 止動向の支配の下に,世間が個人の内部へ侵入し て来る.家の中を覗かれ,自分の動作振舞をすべ て見られる,という例は非常に多い(例2).その 際盗聴器(例3)や隠しカメラが使われている, というのも稀ではない.この辺までが比較的多い 形の被害妄想(正確には注察妄想)の形である. しかし喉に器械をつけられ,声以前の考えが盗み 取られ,伝わるというのは奇抜である,これはい わぽ器械仕掛の考想伝播であるが,このような器 械を用いない,いおぽ純粋の考想伝播の例も比較 的稀ながらある.結論として,被害妄想の一側面 である注察妄想が,個人の身辺からさらに内部へ 入り,自我の思考過程に及んだものが考想伝播で あると言えよう. 「自我と周囲との境界透過」のもう一つの症状 「させられ体験」に触れてみたい.これは一級症状 の第8項であるが,これの最も単純な形態のもの は,手足な:ど体を動かすのは自分である,という ことはわかっていながら,同時にそれは何者かに よって為されたのだ,という感じを伴うことであ る.日本で通用している「させられ」という訳語 は,やや意訳に過ぎる感もあるが,差し支えない であろう.これと普通の運動意識との間に,自動 運動という移行形がある.例えば,手が自然に動 いて,コヅプを取り水を飲む,というのであるが, 殊更に「自然に」とか「ひとりでに」或いは「勝 手に」と感じるのは何故か.これは,誰でも疲労 している時には,意志力で頑張って体を動かすの とは逆で,運動推進という生命層の力の;昂進の徴 候と考えられる.自分の意志・思考とは関係なく, ひとりでに動くという意識は,それは何者かが やっている,という意識に変ることは容易に考え られるし,事実両者の間を揺れ動く例がある10).さ せられ体験を分析すると次のようになる. 1)a)解釈を混じえない実感として,体がこれ までよりもよく動くという肉体の感覚がある.b) それは過去の肉体感覚との,無意識の比較によっ て生じる.c)以上は生命層における運動推進増強 の徴候である. 2)a)自我はこの推進増強に即応できない.こ の力に乗り切れず,障害感情が生じると,この力 は他者に結びつけられ,それは或る大きな:ものと なり,無気味なものと感じられることもある.b) この力に身を任せ,陶酔感が生じると,他者は「神」 と考えられることがある.いずれにしても「他者」 は自我の解釈である10). 3)動向層との連関から見れば,a)推進増強に は,促進(自我拡大)動向が乗り易い.両者が一 体であれぽ単純な躁状態となる.b)制止(保身・ 倫理)動向は,推進増強に乗るというよりは,こ れに刺激され,対抗して被害念慮が生じ易い.c) 発症初期は特に,促進・制止両動向の力関係が不 安定で,錯乱状態が生じ易い.させられ体験はb) c)において見られる11). 4)生命層と動向層とを媒介するものとして,両 者のいわば接着層に意志(動作・行動・思考)生 起性という属性があると想定されるる. 因みに意志生起性については,他の二つの比例 属性である感情生起性・表現性能とともに, Klagesの説明も十分には理解し難い.多血質と粘 液質が意志生起性の大小の両端である,という説 明はわかる.今のところ一種の体質であると考え ておきたい. 以上により,躁状態,分裂状態は,共に生命層 の推進増強が原1因であること,躁欝病・精神分裂 病の名称はこの原因により惹起された上層,主と して動向層の変化の所産に対しての名称であるこ と,両状態像の発生には元来の性格が密接な関係 があることを概略説明した. ここで二三の重要な事項を追加しておく. 1)分裂状態の初期において,促進対制止の動向 間抗争を,ほとんど或いは全く窺知し得ない例も 多いが,それはこの人も元来もっている促進動向 が,抗争により忽ち制圧されたため周囲に目立た ず,本人も意識しないうちに過ぎたからである. そうするとこれは,推進増強(生命層)に対する

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制止動向(動向層)の抗争が最初から出て来た観 を呈する.しかし既述の促進対制止の抗争の例も, 促進動向の方がより密接に生命層に結ぼれ,これ に後押しされているので,すべて生命層と動向層 との抗争に帰着する. 2)以上の説明理論は,分裂状態の中で緊張型と 妄想型には容易に適用できるが,破瓜型の場合は, 少し事情が異なる.この型の患者達では,誇大傾 向の断片的妄想,上機嫌と,やはり断片的な被害 妄想と,即ち促進動向と制止動向とが比較的弛緩 した関係のままに並存している.ここにはそれな りの性格構築の問題があると思われる. 3)分裂病と躁欝病との間の無数の移行形態,お よび経過中の一方から他方への病像変遷は,動向 間抗争の理論により比較的容易に説明される. 4)分裂病の慢性型は,破瓜型に近づくと言われ ているが,これは生命層と動向層との抗争が長期 に及んで,両者の関係が弛緩して来た内部状態の 表現像と見られる. 5)躁状態,分裂状態に同じ,或いは極めて類似 の薬物が有効であること,同一家系に躁欝病,分 裂病が入り交って現れることが稀ではないこと は,第3)項とともに内因性精神病一元説を支持す る. 人間学的大観(表4) あらゆる動向を左右に分けて,右側は生命性が 自我によって拘束され,生命の力が自我の目的に 向けられる動向,左側は生命性が自我の束縛から 解放され,宇宙自然,或いは人間の仲間と生命的 に心が通じ合う動向が集めてある.真中の横線に よって上下に分けられる.精神的動向とは,人間 一般に普遍的な精神のはたらきで,左は真善美の 創造,或いは享受の感激,右はその理性的追求を 挙げてある.個人的動向の右側2aは,自我の領分 を拡げる,2bは守る,2cは奪回するという動向. 左側は,自我の束縛,角突き合いから解放された 個人が,自然や人間界のさまざまな対象と,融和, 交流する心情的追求である.Klagesの表はずっと 詳密なものであるが,ここでは重要な骨組だけ挙 げておく. さて人間は精神病患者でなくとも,自我者同士 の争いに憂き身をやつしている間に心が澗れて行 く.自我の争いに疲れ果てた心を解きほぐすため には,この左側の解放動向を養うことが望ましい. こういう捨我或いは没我の世界に身を浸すことに よって,右側の無我,即ち外部への余分な自己主 張や内部抗争の世界から離れ,これを客観的に見 ることができる.これは捨我動向とか解放動向と いう言葉を用いなくても,やっている人々が少な くない.Klagesは地球の外から人間界を見た,と 言われる.それは真似できることではないが,物 を見るのにあまり近づき過ぎては,全体像が見え なくなる.先ず適当な距離を置いて全体像を見, また近づいて個々を見るという「移動する眼」12)が 必要である.いわゆる分裂病の研究も同じことで, 細かく記載し分析するだけでなく,これを人間性 全体の中に置いて見る,そして人問を自然の中に 置いて見る心掛けが必要であろう.治療について 一言するが,作業療法,芸術療法,その中で近年 連句療法も導入されたが,これらは人間を腸寂し た世界から解放する,という意義があることは, Klagesの理論によっても証明される. 最後に,自然に没入した心を現わす和歌三首を 思い出しておく.それから人間界における捨我動 向を詠んだものとして,ゲーテの一句,これは学 生諸君の卒業記念アルバムにも記したことがあ る,それを挙げておく. ほのぼのと明石の浦の朝霧に 島隠れ行く舟をしそ思ふ 久方の光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ 湖の氷はとけてなほ寒し 三日月の影波にうつろふ

Edel sei der Mensch, So hUlfreich und gut!

柿本 人賦

紀 友則

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人間よ,気高く 親切でまた,善良であれ! ゲーテ (1991年3月9日,於弥生記念講堂) 注1)外来11,095入院1,872番.1948.7.26.生.1967.8.23. 初診.1983年までに1∼2ヵ月つつ計7回入院. 注2)外来1627入院662番.1918.5.11.生.1957。1.10.初 診.1976年までに2∼3カ,月つつ計5回入院. Ein Versuch, einen Fall. von Verfolgungswahn mit Hilfe der Klagesschen Charaktero至ogie zu erklar・ en.第2回日独懊精神病理学会Graz 1980。 注3)Klagesは促進動向という語を用いていないが「われ われは個人的動向によって主として活動に駆られ,い わゆる倫理的動向によっては主として中止に駆られ る」(文献2,51頁)とあり,後者を制止動向と呼ん でいる,そこで便宜上,前者を促進動向と呼んで論を 進める. 文 献 1)千谷七郎編訳:「人間学みちしるべ」.L.クラー ゲス著,勤草書房,東京(1987) 2)赤田豊治訳:「性格学の基礎」.L,クラーゲス著, うぶすな書房,東京(1991近刊)

3)Klages L:Der Geist als Widersacher der

Seele. S 240−242, Bouvier, MUnchen und Bonn (1960)

4)Hehlmann W l W6rterbuch der Psychologie.

S.120,Krδner, Stuttgart(1962)

5)M髄ller HA: Einleitung. FUr Ludwig Klages

S設mtl. Werke Bd.4, S. XLV, Bouvier, Bonn (1976)

6)Schneider K: Klinische Psychopathologie. S. 135f, Georg Thieme(1976)

7)dito:Primare und sekundare Symptome bei

der Schizophrenie. Fortschr. Neur u Psych 25:

487, 1957 8)赤田豊治:迫害妄想頻発の1例一躁病と性格.精 神医学研究 3:13−48,1983 9)1)の36頁 10)赤田豊治:病像変遷の1例一動向論による考察. 精神医学研究 5:14−26,1985 11)赤田豊治:推進と抵抗一誇大的迫害妄想の例.精 神医学研究 9:1−17,1989 12)2)の237頁

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