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熱ルミネッセンス法による橋川内土器の年代測定

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Academic year: 2021

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

熱ルミネッセンス法による橋川内土器の年代測定

著者 市川 米太, 仲川 公一郎

雑誌名 古文化財教育研究報告

巻 2

ページ 1‑7

発行年 1973‑03

URL http://hdl.handle.net/10105/369

(2)

熱ルミネッセンス法による橋川内土器の年代測定  

市 川 米 太 ・ 仲 川 公一郎  

(奈良教育大学 物理学教室)  

1.緒   言  

考古学において、年代の決定は最も重要な研究分野であるが、考古学的年代は遺物の形式、文   様及び出土された地層の層位によって推定された相対年代である。これに対して、約20年前   Libbyによって放射性炭素法が開発され、理学的方法によって遺物の絶対年代が測定されるよ   うになった。その結果数多くの年代測定のデータが発表され、現在、いろいろな意味で考古学界   に問題を扮ヂかけている。一般に、放射性炭素法を含めて理学的年代測定法は、いくつかの仮説   の上に立っているため、データの信頼性が間篤とされることが多い。このことの解決方法として   は、単一の年代測定法の原理的誤差の原因こついて可能な限りの検討をおこなっても限界のある   ことであって、根本的には異なった原理の上に立ついくつかの理学的年代測定法によって同一資   料を測定することである。この意味において、放射性炭素法と全く原理を異にする熱ルミネッセ  

ンス法の研究が、Kennedy(1960)によって始められた。その後、この方法が放射性炭  

素法と臭って考古学が時間の基準にしている土器の年代を直接測定できる利点を持っていること  

から各国で研究が進められてきた。現在まで出されている主な報告としては、Aitken  

(1964)、Ichikawa(1965)、Ralph(1966)、Fleming(1966)、  

ZirrmerTmn(1967)、Mejdahl(1969)、のものがある。本研究室においてもこ   れまで、日本各地の縄文、弥生土器、マラヤの土器などを試料として研究を進めてきた。   

本研究は長崎大学で発掘した長崎県吉井町の橋川内の縄文前期、縄文中期、縄文晩期、弥生の   5つの土器についての熱ルミネッセンス年代測定の結果について報告する。  

2.原   理  

結晶中には結晶生成時に不純物が混入した不純物原子や損傷などによって格子欠陥が必ず存在  

する。そしてこれらは結晶中の局所に準安定状厳にあるレベルを作る。結晶が放射線を吸収した   とき、価電子帯にあった電子の一部は励起されて伝導帯までジャンプし、結晶中を移動した後に    格子欠陥に捕獲される。   

こうした電子の捕獲状腰は準安定状態であり、結晶が熟せられたとき、熱的刺激を受けたこれ  

一1−   

(3)

らの電子は捕獲状態から解放されて再び伝導帯に励起された後にルミネッセンスセンターと再結  

合して発光する。この現象が放射熱ルミネッセンスと呼ばれるものである。この現象は結晶を    熱したときの発光強度がその原因である捕獲電子の数に比例し、描獲電子の数はまたその原因で  

ある放射線量に比例しているところから、発光強度を測定して結晶の受けた放射線量を測定する   のに利伺されている。一般には、結晶を加熱したときの各温度に対する発光葡度を記録した発光   

曲線によって研究される。   

土器中の石英や長石の結晶は空中からくる宇宙線を、また土器中や周囲の土の中に分布してい   る放射性元素(放射性カリウム、ウラン、トリウム)からくる放射線(α線、β線、γ線)を受   けている。石英や長石は勿論結晶生成以来地質年代にわたって放射線を受けてきているのである   が、土器の焼成時に750℃以上の温度に加熱されるのでそれ以前の放射線の効果は零になって   いると考えて良い。従って土器中の結晶は使用後地中に埋められ、その後現在にいたるまで一定   の放射線の場に置かれ毎年一定の放射線を受けてきた効果を今日示すと推定される。この蓄積   された線量は、土器中の石英や長石の勲発光量を測定し、さらに同じ石英や長石に既知の線量を   照射してその熱発光量を測定し、この両者を比較することによって求めることができる。   

土器が埋められている状腰で毎年受けてきた一年間当りの放射線量は勲ルミネッセンス線量計  

を利用することによって測定できる。これは硫酸カルシウムを不純物として加えることによって   熱発光感度を高めた結晶で小線量の測定に適したものである。この結晶を土器から得た粘土中に   埋め込み、約30日間放置した後とり出してその熱発光量を測定し、これから年間線量を求める   

のである。  

したがって土器の勲ルミネッセンス法による年代(T.L.年代)は  

蔓草鱒射線量    年間線量   T.L.年代=  

から求めることができる。  

8.実   験   

1)試 料 調 整   

試料は長崎県青井町の橋川内洞穴より出土した4偶の土器片で、長崎大学で発掘したもので    あって、考古学的年代区分はそれぞれ経文前期、縄文中期、縄文晩期、弥生時代と推定された   

ものである。これらを順にA、B、C、Dと名づけておく。  

次に試料調整法を簡条書きによって示す。  

−2−   

(4)

① 土器の表面を0.2〜0.3仰の厚さにわたってはく離する。  

㊥ 土器片を銅板に包み、万力によって土器中の石英や長石の結晶を砕かないように注意しな    がら粉砕する。その後さらにメノウの乳鉢で同様な注意をしながら結晶の周臥こついた粘土  

をはがす。  

㊥ 飾い分けによって、28メッシュ以上の鉱物と200メッシュ以下の粘土及び鉱物をそれ    ぞれ除去し、残りを勲発光量測定用の試料とする。   

④ この試料を水及びアルコールで洗浄する。   

⑤ その後、HCl(約10%)とHF(約10%)でそれぞれ1分間と5分間酸処理をする。   

㊥ さらに再び水とアルコールで洗浄する。   

⑦ 試料を乾燥した後に電磁分離鰍こよって無色の非磁性鉱物(石英、長石)と有色鉱物とに    分離し無色鉱物を試料とする。   

㊥ この試料を備によって、28〜42メッシュ、42・〉100メッシュ、100〜200メ    ッシュに粒度分けをする。ただし、試料Aだけは試料の量が多かったので、Aの試料の一部   

についてはHF処理をしないで試料とした。   

2)蓄積放射線量の測定   

上記の調整をおこなった各試料を2等分し、一方はそのまま熱発光量を測定し、他方は   1000Rまたは1500RのCo−60によるγ線照射した後熱発光量を測定した。その結   果が図1から図5までに示してある。  

咄 頼 岩 槻  

−3−   

(5)

軸 覇 米 槻  

(呵1500R照射した試料   囲2 試料A (句天然試料   

嶺 櫛 米 媒  

ー4−   

(6)

地 層 栄 職  毯 覇 米 杵   

この発光曲線から蓄槙線量を測定するわけであるが、低温部の発光はこれに対応する捕獲電子の   の寿命が短いので高温部を使用した。  

3)年間線量の測定   

試料Aの場合について年間線量の測定法をのべる。   

土器Aを粉砕したものの中書帝政射線量の測定に使用した以外のもの(28メッシュ以上及   び200メッシュ以下の試料、また200〜28メッシュの有色鉱物)をすべて200メッシ  

ュ以下まで粉砕してビニールの袋に入れ、CαSO4:Tmをそのままと、ビニールの小袋に  

−5−   

(7)

入れたものとを埋め込んだ。この後者は貫通性の弱いα線をカットした場合と考えられ、HF   で結晶表面をエッチングして蓄積線量を求めた場合に対応した年間線量測定に利用する。   

また、CaSO4:Tm(100〜4.2メッシュ)を厚さ2mmの鋼容器中に入れ、これを前   述の土器の200メッシュ以下の成分を入れた袋とともに橋川内洞穴の土の中に入れた。銅容   器中のCaSO4:Tmは周囲の土からのγ線量を求めるためのものであるが、半径7cmの土の   球の中心に置いた試料で全γ線量の50%、半径30珊で959らのγ線量を受けることが計算   によって判明する。今回得られた橋川内の土の量が少なかったのでその外部を砂で補って測定  

した。試料の放置期間は1972年11月15日から1973年1月8日までの間58日であ   

った。  

試料Bについても測定方法は試料Aと同様にした。   

試料CとDについては、周囲の土からのγ線量と宇宙線量の測定値は試料Aによって求めた   ものを使用した。土器自身の土からのβ線量の測定にはCαSO4:Tm(100〜42メッシ   ュと200〜100メッシュ)を各土器の白色鉱物成分を除いた残りの土を球形にしたものの   中心に入れ、これを3〜5仰の鉛容器に入れ56日放置する方法をとった。  

4.結   果  

今回の実験の結果を表1に示す。  

第1表  橋川内洞穴の土器のT.L.年代測定の結果  

試料番号  蓄 積 放射線量  周りの土か らのγ線  土器内の 放射線  宇宙線  総年間 線 量  TL年代  年 代   

A    2,272R   385mR  5901年  曹9旨9年  

(縄文前期)  1,250R  

号i亨ヶ年         229鮎  5449年   

B  (縄文中期)  877R   207ITR  4237年  色5年   

曾縄文晩期)  990R  129mR  90mR  20mR  239汀R  4142年  雪i亨0年   

D   臥 

(弥 生)  518R  129mR  111mR  20mR  260mR  1992年  0年  

表に示されているように、試料A、B、Dについては考古学年代とよく合った結果になった   が、試料CはT.L.年代の方が考古学年代より古くなっている。この試料Iま得られた土器が    いづれも小さく2つの土器を併せて試料Cとしたものである。  

現在、T.L.年代測定法には土器が吸収する放射線の中でα線の寄与を考慮に入れる敏粒  

−6−   

(8)

子法と、α線の貫通力が弱いために粒子の表面にしか影響を与えないことを利用して、試料の   表面をエッチングして、これを無視する粗粒子法の2つの方法がある。試料Aについての2つ    の結果はこの2つの方法によるものである。今回の実験ではこの両者による差が約450年と    なった。試料B、C、Dについては粗粒子法による結果である。  

最後に今回の実験にあたって土器並に周辺の土を提供していただいた吉井町教育長豊島可成   

氏に深く感謝する。  

引   用   文   献   

1)G.Kennedy:Archaeology13(1961)147  

2)M.J.Aitken、M.S.Tite&).Reid:Nature 202(1964)1032   3)Y.Ichikawa:Bull.lnst.Chem・Res・Kyoto Univ.43(1965)  

1  

4)E.R.Ralph &M.C.Han:Nature 210(1966)245  

5)S.,.Fleming:Archaeometry 9(1966)170  

6)D.W.Zimmerman:ArchaeometrylO(1967)26  

7) V.Meidahl:Archaeometryll(1969)99  

8)Y.lchikawa:考古学ジャーナル 62(1971)8  

−7−   

参照

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