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雑誌名 博士論文要旨Abstractおよび要約Outline 学位授与番号 13301甲第4712号

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(1)

現代中国の地方都市における言語変異の研究―江蘇 省徐州市を例として

著者 日高 知恵実

著者別表示 Hidaka Chiemi

雑誌名 博士論文要旨Abstractおよび要約Outline 学位授与番号 13301甲第4712号

学位名 博士(文学)

学位授与年月日 2018‑03‑22

URL http://hdl.handle.net/2297/00051234

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

様式 7(Form 7)

学 位 論 文 要 旨

Dissertation Abstract

学位請求論文題名

Dissertation Title

現代中国の地方都市における言語変異の研究 ―江蘇省徐州市を例として

(和訳または英訳)

Japanese or English Translation

Study of linguistic variations in a local city of China: A case of Xuzhou city in Jiangsu province

人間社会環境学 専 攻(Division)

氏 名(Name) 日高知恵実

主 任 指 導 教員 氏 名(Primary Supervisor) 岩田礼 教授

(注)学位論文要旨の表紙 Note: This is the cover page of the dissertation abstract.

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Abstract

The aim of this paper is to clarify some aspects of linguistic variations that exist in Xuzhou city, Jiangsu Province, by looking into the lexicons and pronunciations of its dialect. The data was collected from 160 informants born in 1930s to 1980s and raised in urban areas of Xuzhou, with more than 50 lexical items investigated. Based on the results, the discussion was made as to what caused such variations, especially the old and new variations, with reference mainly to the generational gap between the informants.

The piece-by-piece analysis also provides the language change in Xuzhou city. For instance, the

informants born in the 1960s or before and those in 1980s or after are quite different from each other in using some linguistic variations. This generational gap is presumably due to the spread of the common language.

Other language changes going against the rise of the Standard language are also observed.

The variation analysis is based on other issues as well, such as the linguistic difference between the urban and suburban areas, the influences of the informants’ family, and sexual, generational, and situational differences.

要旨

本論文は中国の地方都市の一つである江蘇省徐州市を例とし、この地域における言語変異

linguistic variation)の諸相を多角的な視点から分析したものである。研究対象は徐州市で生まれ

育った「徐州方言母語話者」である。徐州方言はすでに『江蘇省和上海市方言概況』1960、李 申『徐州方言志』(1985)、蘇暁青・呂永衛『徐州方言詞典(以下『詞典』(1996)などにおいて 詳しい記述がなされており、豊富なデータを見ることができる。しかし、これらの先行研究は伝 統的な徐州方言の記述であり、現在の徐州市における方言の使用実態を十分に反映しているとは 言い難い。また、複数の変異形を記述してはいるものの、それが何による差異なのかまでは言及 していない。そこで本研究では多人数調査を実施し、160名の徐州方言母語話者から得られた調査 データを整理・記述した上で、なぜそのような言語変異があらわれたのか、また現在徐州市では どのような言語変化が起きているのか、考察をおこなった。

本論文は6章から構成される。

1章は導入部で、本研究の目的、研究対象、本論文の構成について述べた。研究対象である 徐州方言については、「徐州市の範囲」および「方言という概念」から定義づけをおこなった。

2章では徐州方言の先行研究をまとめた。まず『中国語言地図集』(1987年初版および2012 年第二版)をもとに、漢語方言における徐州方言の位置づけを確認した。つぎに、徐州方言を記 述した主な先行研究を取りあげ、それらの概要を述べた上で、徐州方言の音韻体系(声母・韻母・

声調調値)を提示した。音韻体系は北京方言のそれと比較させることで、対応関係を明確にした。

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3章では本論文で扱う調査データの概要を述べた。まずは、調査項目の選定方法についてで ある。言語変異の研究をする上で重要なのは、変異形が予想される項目を選定する点にある。『詞 典』ではある項目において語彙的変異が存在する場合、A】=〖B〗=〖C〗、A】也叫【BA 也説〖B〗といった併記がなされている。また音声的変異が存在する場合も、[A](或[B]/[C])の ように併記されている。そこで本研究では、こうした併記がなされている項目の中からできるだ け日常生活で使用される頻度の高い語彙(基礎語彙)を中心に選定し、調査項目とした。ただし、

そのほかにも筆者の判断でいくつか項目を加えた。

現地調査は2回にわたって実施した。1回目は201581日~916日、2回目は20163 11日~24日である。調査対象者は徐州市で生まれ育ち、日常的に徐州方言を話す環境にある人 とし、160名から有効回答を得た。調査は被調査者一人一人と対面式でおこなった。大半の調査項 目は、写真やイラストが描かれた調査カードを被調査者に見せ、その事物の方言語形を回答して もらう方法で調査を実施した。ただし、処置文における前置詞“把”など、調査カードを用いる のが不都合な一部の項目に関しては、読み上げ式や翻訳式でおこなった。また被調査者の基本情 報(フェイスシート)についても聞き取りをおこなった。

被調査者160名の内訳は一覧表にして提示した。まず、被調査者を10年刻みの出生年代にもと づいて7グループに分類した上で、「性別」「学歴」「職業」「地域」「外住歴」の別も明らかにした。

出生年代別の内訳は、1930年代生まれ3名、1940年代生まれ14名、1950年代生まれ26名、1960 年代生まれ36名、1970年代生まれ19名、1980年代生まれ33名、1990年代29名である。

4章では語彙的変異があらわれた34項目、および音声的変異があらわれた17項目を個別に 取り上げ、変異形の記述をおこなった上で、変異形の成因について解釈を進めた。各項目の調査 結果は出生年代別に表にまとめた。これは、共時的に見られる世代差から、言語変化の傾向を明 らかにすることができるためである。

項目ごとに考察を進めた結果、本章では主に以下の3点において成果をあげた。

1. 多人数調査を実施したことで、先行研究の補足をした

筆者は本研究において幅広い世代を対象とした多人数調査を実施した。これにより『詞典』に は記載がなかった多くの変異形を明らかにし、先行研究を補足することができた。一方で、『詞典』

には記載があったものの、筆者の調査ではあらわれなかった変異形も存在した。たとえば「くち びる」は、“嘴唇子, 嘴唇子, 嘴頭子”という語彙的変異があるとされていたが、このうち“嘴頭 子”は1例も聞かれなかった。つまりこれは、かつて徐州市において使用されていた“嘴頭子”

が現在ではすでに消滅しているか、少なくとも消滅危機にあることを意味している。

2. 変異形の新旧や言語変化の過程を明らかにした

語彙的変異に関しては、方言語形と標準語形があらわれた場合、前者が古く、後者が新しいも のであると、ある程度の推測ができる。たとえば、「ヘビ」を意味する“長虫”と“蛇”では、“蛇”

が標準語形であることから、後者が新しい語形であると推測する。実際、調査においても高年層 にのみ“長虫”が見られたことから、この項目に関しては推論が正しかったと言える。

ところが、形式的に標準語に近いものが、必ずしも新しい変異形であるとは限らない。

たとえば、徐州方言における「キツネ」“狐狸”の声調調値は、現在確認できるものの中では高 年層に高い割合であらわれる[35+55]が最も古く、[35+軽声]は接尾辞“子”の脱落をきっかけ

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に[3555]から変化したものであることが、調査結果から明らかとなった。“狐狸”を[35+軽声]

と発音するのは標準語とまったく同じであるため、一見すると近年使用され始めた新しい形式の ように思われるが、実際は一部の中高年層にしかあらわれない例外的な調値であった。若年層で 支持されている[55+軽声]は、徐州方言と北京方言の声調対応規則に合わせて変換させた地方共 通語であり、最も新しい音声形式であることがわかった。先行研究における語形や音声形式の記 述をながめているだけでは、こうした変異形の新旧や変化の過程はわからなかったであろう。

3. 関連項目を比較することで、言語変化の速度の違いを明らかにした

本論文では「ヒマワリの花」と「ヒマワリの種」、「セミの成虫」と「セミの幼虫」「大ほうき」

と「小ほうき」(水が)深い」と「(色が)濃い」の“深”の声母、“心里”と“家里”の“里”

の韻母など関連項目の比較をおこない、両者の間に存在する「ズレ」について分析した。

たとえば、「セミの成虫」と「セミの幼虫」の語彙的変異を分析すると、1980・1990年代生まれ では「セミの成虫」の古い語形である“蛈蛚”がほぼ消滅しており、北方で広く使われている“知 了”がこれに取って代わっていた。ところが「セミの幼虫」を調査してみると、上述の若年層も

“蛈蛚亀児”といった“蛈蛚”を含む古い語形を回答しており、世代差はほとんど存在しなかっ た。“蛈蛚亀児”は、「セミ」の“蛈蛚”、幼虫の見た目を例えた“亀”(カメ)、接尾辞の“児”か らなる複合語である。つまり、同じ「セミ」であっても、成虫と幼虫とでは古い語形の残存状況 が異なり、言語変化の速度に差があることが明らかとなった。

ではなぜ「セミの幼虫」では若年層にも古い語形が残っているのかと言えば、一つは「古語は 複合語に残存しやすい」という一般原則が適応されたためであろう。もう一つ考えられるのは、

徐州市においてセミの幼虫を食べるという根強い食文化があり、それが若年層にもしっかりと受 け継がれているからである。「セミの幼虫」を“蛈蛚亀児”など古い語形で回答しなかった被調査 者は3名のみであり、その全員が1990年生まれで、セミの幼虫を食べたことがないと話していた。

そのほか、「父親」と「母親」の語形を比較した結果、「父親」を意味する“答答”の消失する 速度が「母親」を意味する“娘”よりも早いことが明らかとなった。両者の変化の速度が異なる 理由は、“答答”の孤立性と“娘”の使用率の高さに起因するものであると結論づけた。これらの 事例は「どのような語が共通語化の波に乗りやすく、どのような語は生き残るのか」といった問 いに対する一つの答えを提示できたものと思われる。

5章では、徐州方言話者における言語変異と社会的属性の関係について論じた。

1節では、徐州方言話者における世代差について、主に2つの観点から分析をおこなった。

1. 1960年代生まれと1980年代生まれの間に存在する世代差

4章で考察した個別の事例を積み重ねていくと、ある特徴に気付く。それは、「1930~1960 代生まれ」と「1980~1990年代生まれ」というそれぞれのまとまりの中では、いずれも言語的な 世代差が比較的小さいのに対し、1960年代生まれから1980年代生まれにかけては言語差が大きい という点である。すなわち、1960年代以前に生まれた世代と1980年代以降に生まれた世代は、そ れぞれ異なる語彙体系や音韻体系を形成しており、両者の間には言語的に大きな隔たりが存在し ていた。こうした世代差は、おそらく複合的な要因によってもたらされたと推測されるが、本論 文では(1)学校教育における標準語の普及、(2)テレビの普及の2点から説明をおこなった。

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2. 1950・1960年代生まれに見られる非そり舌化現象

標準語化・共通語化が進む中、これに逆行する動きも見られた。それは「非そり舌化現象」で ある。たとえば「叔父」の“叔”の声母は、規則的には徐州方言と標準語(北京方言)のいずれ においてもそり舌音[ʂ]で発音されるはずであるが、19501960年代生まれを中心とする一部の被 調査者はこれを歯茎音[s]で発音していた。“叔”のほかにも、“唇,鼠,深,竹,転,長,虫”な どに歯茎音が確認された。

筆者はこの現象について、ある種の「過剰修正」(hypercorrection)が起きたと解釈した。一般的 な過剰修正とは、標準語などステータスの高い言語を目指すあまり「誤った」修正を起こすこと を指すが、上述の現象の場合、話者の目指す先には「話者がイメージする」徐州方言があると考 えられる。[],[h],[ʂ]と[ts],[tsh],[s]は徐州方言と標準語のいずれにおいてもそれぞれ音素と して存在するが、そり舌音で実現される字は標準語のほうが多いため、「そり舌音の多さは標準語 の一つの特徴である」という意識を生み出す。おそらく、社会において標準語化・共通語化が進 むことでかえって徐州方言を強く意識し、標準語的要素であるそり舌音を排除しようとしたのだ ろう。その結果、非そり舌化といったある種の過剰な修正が起こり、伝統的な徐州方言とも標準 語とも異なる音声形式を生み出したと考えられる。

続く第2節では、徐州市内部の地域差として市街地と郊外の比較をおこなった。その結果、「ト ウモロコシ」における“秫”系語形、「ひざ」における“胳”系語形、「ゴマ」“芝麻”の“芝”に おける声母[ts]、「キツネ」“狐狸”における声調調値[35+55]など、世代差を通じてより古いと認 定された形式が、市街地よりも郊外に保存されていることがわかった。

さらに、郊外の中でもある特定の地域にあらわれる変異形も確認された。たとえば、「ちりと り」の“把叉(子)”は北郊外出身者に特徴的な語形であることが明らかとなった。また、「ヘビ」

“長虫”の音声形式である[tʂʰaŋ55tʂʰuaŋ]や[tʂʰuaŋ55tʂʰuaŋ]は、南郊外出身者に見られる特徴で あることも明らかとなった。これらの音声形式は、南郊外のさらに南に位置する農村部において も使用されていることから、地理的に連続した分布を見せることがわかった。

3節では、祖父母や両親の出身地が方言に与える影響について、「親族呼称」を例として分 析をおこなった。被調査者本人は徐州市で生まれ育ったにも関わらず、徐州市では通常あらわれ るはずのない例外的な語形や音声形式が確認されることがある。その場合、一つの可能性として 被調査者の親族の出身地が影響していることを、事例をもとに明らかにした。

4節は「性差・世代差・場面差から捉える言語変異」と題し、「月経」の名称・表現の使用 実態について考察をおこなった。月経は女性特有の生理現象であることから、男女差は当初から 想定していたが、そのほかにも変異を生み出す要因が存在した。たとえば、同じ男性の中でも1975 年以降に生まれた若年層は、自らのパートナーや親しい仲間内での会話であれば、「月経」に関 する名称を口にするという新たな傾向が見られた。女性は「月経」の名称・表現の使用が豊富で あり、世代差に加え、聞き手が同世代の女性の友人なのか母親なのか、あるいは病院という特殊 な場面なのかによって、使用する名称・表現に違いが見られた。

6章では、全体のまとめをした上で今後の課題と展望を述べた。

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学位論文審査報告書

平成30年 2 月 5 日

1 論文提出者

金沢大学大学院人間社会環境研究科 専 攻 人間社会環境学 氏 名 日高 知恵実

2 学位論文題目(外国語の場合は,和訳を付記すること。

現代中国の地方都市における言語変異の研究 ―江蘇省徐州市を例として

3 審査結果

判 定(いずれかに○印) 合 格 ・ 不合格

授与学位(いずれかに○印) 博士( 社会環境学・文学・法学・経済学・学術 )

4 学位論文審査委員

委員長 岩田 礼 委 員 加藤 和夫 委 員 新田 哲夫 委 員 高山 知明 委 員 上田 望 委 員

(学位論文審査委員全員の審査により判定した。

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5 論文審査の結果の要旨

急激な近代化と経済発展が進行する現代中国においては、言語もまた急激な変化を蒙りつつ ある。変化の実態は、都市と農村で異なり、また地域によっても異なる。本論文が扱った江蘇 省徐州市は華北東部の典型的な大都市であり、その方言的特徴は標準語(普通話)の基礎方言 である北京方言に比較的近いため、外国人研究者の研究対象としては、比較的アクセスが容易 である。本論文の筆者は、博士後期課程進学以前の 1 年半、徐州市に滞在した経験があること からこの町における言語使用の実態調査に着手したものである。

本研究は都市言語を対象とした社会言語学的研究と位置付けられるが、研究の経緯に起因し て方言学的特徴を兼ね備えている。それは筆者の調査項目の多くが、徐州方言に関する既刊の 方言辞典や方言語彙集などに基づいて選定されたことに表れている。これら既刊の方言資料は 1 名ないし少数の方言話者の発話を記録したものであり、当該方言の一つの典型ではあるが、

年齢差、性差、学歴差、市内の地域差等の要素は捨象されている。筆者の関心事の一つは、こ れらの要素を視野に入れて、徐州市街地で通行している語彙、音声の変種を把握することであ った。調査項目は、例えば、ニンジン、ヘビ、キツネ、顎、膝、ちりとり、(水が)深い、(色 が)濃いなど、所謂基礎語彙が多い。一方、標準語の急速な普及によって都市方言が変質しつ つあることは当然予想される所である。この点は、言語規範化(標準語の普及)を任務として 課せられた中国人研究者の常なる関心事であるが、個々の言語要素について、なぜ、どのよう に変質が進むかについては研究量が多いとは言えない。本論文の表題にある“言語変異”

(linguistic variation)とは、このような様々な語彙的、音声的変種の総称である。ただし、調

査の対象はあくまで徐州市街地の話者に限っている。

筆者は、資料収集のために徐州市において2回の調査を行った(通算約2ヶ月)。調査は江 蘇師範大学の教員及び院生の協力を得ながら行われ、合計 327 名についてインタビューを実 施した。本論文が分析対象としたのはうち 160 名である。残り半数は、徐州旧市街地をドー ナツ状に囲む郊外(旧銅山県)の話者であり、伝統的農村方言の残存度が高いことが予想され たため、都市方言を対象とした本論文の分析対象からは除いている。

本論文は 6 章よりなる。第 1章、第 2 章で研究目的、研究対象、先行研究等を記し、第 3 章では調査項目、調査方法、160名の話者の属性などが紹介されている。第4章、第5章は本 論文の中核部分であり、全体の3分の2強の紙幅が費やされている。

4章では、語彙34項目、音声17項目について、一項目ずつ10年ごとに区切られた年齢

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階層による言語差を表形式で示している。例えば、“ヒマワリの花”を表わす語形は、1930 年代~1950年代生まれの世代では「轉蓮」が相対的多数を占めるが、1970年代以降の世代で は標準語形である「向日葵」の使用が圧倒的多数を占める。

4章での基礎データの提示を承けて、第 5章では社会的属性の違いを基準とした分析と 解釈が示されている。世代差による言語変異の出現が最も多いことは、当然予想された結果で あったと言えるが、変化の境目が1960年代生まれと1980年代生まれとの間に存在する傾向 があり、過渡的世代では2語形の併用が見られるとの指摘は重要である。例えば前掲の“ヒマ ワリの花”では、「轉蓮」と「向日葵」など、2語形の併用が 1960 年代生まれの世代で最も 多い。もう一つの発見は、“セミの成虫”と“セミの幼虫”など関連語彙を調査することで、

より古い語形が複合語の中に保存されるという語彙変化の一般的傾向を確認したことである。

“セミの成虫”では 1970 年代生まれ以降では使用が激減する古い語形が、“セミの幼虫”で 1990年代生まれの若年層でも複合語中でなお使用されている。また、若年層における標準 語化について、声調などの音声形式は直接、標準語形式を習得するのではなく、徐州方言と標 準語の音韻対応から類推される形式に変換されることを指摘している。

世代差以外の属性については、顕著な差異は発見されなかった。但し、旧市街地でも一部の 地区で郊外の銅山県方言の特徴が現れる語彙項目があり、市街地から郊外にかけて連続的な分 布を成すものと推定している。また、“祖父”、“伯父”など一部の親族名称について、祖父母 の出身地の方言の影響を指摘している。性別については、生理に関わる語彙を除き顕著な男女 差を観察していない。

本論文については、審査委員会において様々な意見が出された。まず 1960 年代生まれと 1980 年代生まれとの間に存在する世代差については、テレビの普及や標準語教育の影響を挙 げているが、不十分である。一つの観点として、日本における共通語化、地方共通語の形成に 関する研究を参照し、比較してみることが有用であろう。標準語にも徐州方言にも存在する音 声をわざわざ変化させる現象がみられることに着目して、“過剰修正”説によって解釈しよう としているが、論拠が不十分であり、外部方言の影響を考慮しながら再検討する必要がある。

また、男女差が認められた項目は、扱う題材によって必然的に現れたものである。

このようになお不十分な点は少なくないが、徐州現地の教員、学生の協力を得ながらも日本 人単独で 300 人を越える話者の調査を実行したこと、それによって言語使用に関する大量の データを蓄積したことは特筆すべき努力の成果であった。特に、本論文ではストイックに分析

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対象からはずした郊外地域のデータについては、それが旧市街地と農村地域を結ぶ連続性を示 すのか、或いは断絶を示すのかという点をはじめとして、社会言語学と言語地理学の接点とな るような研究に発展することが期待される。

以上のことから、本論文が学位論文としての水準に十分に達していることを委員会全員一致 で認めた。

参照

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