長野工業高等専門学校紀要第3
4号(2000) 65A.
マー シ ャル の特 定経 費 曲線 と生産者 余剰
金 井 辰 郎
Alfred Marshall's Particular Expenses Curve and Producers' Surplus Tatsuro KANAI
TheparticularexpensesCurve(PEC)by MarShall(1920)isafallibleconcept.Marshallhas oftenbeenaccusedofforgettingtotaketheproducers'surplus(PS)intoaccollntinstatinghistax・
bountypolicy.ButasNegishi(1999)pointedout,Marshall'signoranceOfthePSshouldbevindicated becauseMarshalldealt,Withthetax・bountypolicyinthelongrun.andsothatthePECshouldfollow theslopeofthepricelinellOri2:Ontally.ExaminingMarshall'scontext,itseemsthathedescribedthe PECasacurveeqtlivalenttothesllOrt・runSupply(marginalcost)curve,andthereitwasapositively slopedcurve.ButasNegishisays,MarshalladmittedthatthePScouldbe2:erOparticularlyinthe industrialsectioninthelongru n,andhisdiscussiononthetax‑botlntypolicywasabolltthelongrun.
Soifwedraw thePECinthelongru n,itshouldbehorizontaltomakethePSequaltozero,andhis attitudetoignorethePSisutterlyvalid.Contrarytoourwayofthinking,Blaug(1978)insiststhat thePEC,eveninthelongrun,shouldbedrawnasapositivelyslopedcurve.Buthealsohasthesame intentionasustomakethePS equalto2:erOintllelongrun.In suchasense,thereseemslittle differencebetweentheendresult.ofBlaug'slineofthinkingandourown.
キー ワー ド 特 定経 費 曲線 生産 者 余剰 課 税 ・補 助 金政 策
1
マー シャル (
A.Marshau,1842‑1924)の特定経費 曲線
particularexpensescurveは誤 りやすい概念で ある.かれの生産者余剰及び課税 ・ 補助金政策の議論 をめぐる誤解は多分にこの曲線の理解 の方法に問題 があったといってよい.
周知 の通 り, マー シャル は不 当 に も
Ellis and Fellner(1953,p.243),Samuelsom
(1967,p.112), 熊谷
(1978,pp.182‑3),
Blaug(1997,p.352)らに よって,課税 ・補助金分析において生産者余剰 を見落 とした とい う批判 を受けている.しか し,すでに根岸
(1991),Negishi(1999)ら1 ) が示 したとお り,課税 ・ 補助金政策 を論ず る際にマー シャルが前提 していた のは長期に関する議論で,長期において生産者余剰 は 生 じないので,それ を捨象 して議論 を進めることは正 当なことであった.
本稿では,まず
,『経済学原理
』 2)におけるマー シャルの特定経費曲線 と短期 ・長期供給曲線に関す る議論 を,特にその費用構造 を軸に再考 し,その過 程で,特定経費曲線が英はあくまで短期的な性格 を 持つものであったことを確認する.その上で,この
★ 一般科講師
原稿受付
2000年
10月
30日概念を長期に適用 した場合,長期特定経費曲線が水 平になることか ら,上記の課税 ・補助金政策におけ るマー シャルの生産者余剰の扱いが妥当であった こ とを再述 し,最後に,それ らの分析結果を基礎に, 今 日の代表的な経済学史研究である
Blaug (1978,
1985,1997)による特定経費曲線に関する解釈
3)の 是非を検討する.
2
「もしある仕事に対 して支払われ る価格が もっとも 厭な部分を遂行 させ るのに十分なだけの報酬である とすれば,そ してもし一般にそ うであるよ うに厭な程 度のよ り少ない,したがってかれにとって より少ない 実質費用で しかない仕事の部分に対 しても,同額の支 払いが行われるとすれば,そのよ うな部分か らは生産 者 余剰 が得 られ るこ とに な るで あ ろ う
」 (PE,p.14ln
,訳
2,p.6m).これ は厳密にい えば生産者余剰 の一側面である労 働者余剰の説明であるが,マーシャルはこのよ うに, ある数量に対応 した単位費用 を超 えて得 られ る超過 利潤 を一般 に生産者余剰または レン トと呼んだ.そ し て消費者余剰 とともに,この生産者余剰 とい う概念 を もって,経済的厚生を貨幣額に置き換 える方法が示 さ れ るわけである.
マー シャルは 『 原理』付録
H,fig.39において,坐
産着余剰 を次のように図示 している ( 図
1).[ 図
1】(PE,p.811n,Fig.39,訳
3,p.295n,)M H
マーシャルによれば,この
△FSAが生産者余剰で ある.またここでは単に
SSと表 されているが,か れ はここで この曲線 を特定経費曲線
(particular expensescurve,PEC)と呼び,他所で用いている 供給曲線 と区別 している. しか しこの図
1からは必 ず しも供給曲線 と
PECの区別が明示的でない.両 曲線の違いに関する,マーシャル 自身の言葉を確認
してお こう.
r 特定経費曲線 と正常供給曲線の差異は次の点に 存する.すなわち,前者においては,生産の全般的 な経済は国定されてお り,一定であると考えられて いるのに対 して,後者ではそのように考えられてい ないとい うことである.[ 図
1において] 特定経費曲 線は,総生産量は
OHであ り,すべての生産者は, この総生産量に属する内部および外部経済に接近で きるものとする.とい う仮定に終始基づいてお り, このような想定を注意深 く念頭において,農業であ ると製造業であるとを問わず,任意の産業の特定の 局面を表すために用いることができる.しかし生産 の一般的状態を表すことはできない.そのためには
PM
は
OM単位
(OHのような他の任意の量ではな く)が生産 され.生産に利用できる内部および外部 経済は,生産の総量が
OMである場合の代表的企業 に属するそれであるとい う想定に立って.
OM番 目 の単位の正常な生産の経費を表 している正常な供給 曲線によって.はじめて表す ことができる.これ ら の経済は,生産の総量がより大きな量である
OHで ある場合に比べて,一般により劣るであろ う.Mは
Hの左方にあるので,供給曲線に対する
Mにおける 垂線は総生産量を
OHとした場合に画かれる特定経 費曲線のそれ よりも,高いであろう
」(PE,p.811m,
訳
3,pp.295‑
6,[], 下線は筆者).
これ らの言葉から類推できる,供給曲線 と
PECの関係は以下の通 りである ( 図
2).図
2は先の図
1と完全に対応 している.均衡点
Aは長期均衡点を表 す ものとし
,SMCl,SMC2がそれぞれ
OM,OH量 の生産量水準に対応 した外部経済を享受できる産業 の ( 代表的企業の)
4)の短期限界費用曲線すなわち 短期供給曲線を表す.いま
、Dlか ら
D2‑の需要の 増加が起こると,は じめ均衡点は
SMClに沿って点
Cか ら点
Bに移動するが,その後,点
Bで生 じる利 潤を目指 し,新企業が参入する結果,生産量増大に よる外部不経済が生 じ,短期平均費用曲線,短期供 給曲線は,それぞれ
SAClか ら
SAC2,SMClから
'SMC2‑ とシフ トし,新 しい均衡点は利潤の発生 し
ない点
Aに移 る.
【図2】
0
M H
このようにしてひかれ る
SMC曲線群が,マーシ ャルの言 う
PECである.ここでのマーシャルの議 論は確かに長期に関するものであるが
,PECは 「 総 生産量は
OHであ り,すべての生産者は,この総生 産量に属する内部および外部経済に接近できる」と い うマーシャルの言葉の通 り,生産量が固定され,
したがって生産設備 も固定された,実質的に短期 と 同 じ状況下の生産費を表す曲線として描かれる
5).PEC
はそれぞれの生産量に対応 し無数にひかれる
sMC
である
6).短期的には,図
1に関する上述のマーシャルの説 明 と同 じく
,OH量の生産に対しては
△FSAだけの 生産者余剰が生 じることになるであろ う. しか し長 期的には,利潤の存在する限 り企業が参入 し続ける ことで,やがて優良企業の有利性が失われ,均衡点 は
SACの最低点すなわち利潤ゼ ロの点に移動する.
か くして長期においては,この
SACの最低点の軌
A.
マーシャルの特定経狩曲線と生産者余剰 跡がマーシャルの長期供給曲線
(LRS)になり,こ
れは限界‑平均費用曲線である.
ここで筆者は,マーシャルの短期供給曲線を短期 限界費用曲線 と捉え,それに対応 させて,PECを当 該生産量に対応 した外部経済を享受できる代表的企 業の短期限界費用曲線 と考えている
7).しかしこれ に対 し,福岡
(1991 ) らはマーシャルの供給曲線 を 平均費用曲線 と見る解釈 を提案 している8 ) .
福岡
(1991 )は,図
2に示されているような通常 のU 字型平均費用曲線でなく,現在,市場に参入 し ている各企業の平均費用を低い順 ( 生産技術が優秀 なP K)に並べた曲線をマーシャルの供給曲線 と考え る.市場において,それぞれの企業が最終的に生産 している量に対応 した,各企業の
1単位あた りの平 均費用を並べるのである.福岡の指摘するとお り, 確かにマーシャルは『 原理』の次の部分で,通常
,「 平 均費用 ×財の単位数」で求められるはずの 「 総費用
」を 「 限界費用 ×財の単位数」で求めよ うとしてお り, マーシャルの 「 限界費用」とい う言葉はあたかも平 均費用を指 しているかのように見える.
「 総生産費を求めるには限界生産費に財の単位 数をかけるか,あるいは財の各個の部分の現実の生 産費をいちいち加算 し,これに生産上の差別利益か ら得る地代をすべて加 えるかすればよ
い」 ( PE
,p.8
1 0,訳
3,p.293,下線は筆者) .
この部分だけを取 り出 して,文字通 りに解釈する ならば,マーシャルの 「 限界」とい う言葉が,今 日 一般的に用いられている限界概念に基づくものでは なく,単に 「 生産の限界」とい う意味で用い られて いるに過ぎず ( 福岡,1
991,p.10
), したがってマー シャルの供給曲線は限界費用曲線でなく,平均費用 曲線なのではないか との疑念が生 じるのも当然であ ろう.
しか し福岡の指摘する同所は,マーシャルがあく までも長期の安定均衡点における限界費用 と平均費 用の関係を論 じている部分であった
9).図 2にも示 されているとお り,通常の限界費用曲線は平均費用 曲線の最低点を横切 るのであるか ら,長期均衡点に おいて限界費用は平均費用に一致 してお り, したが ってマーシャルのこの言葉だけで,マーシャルの短 期供給曲線が平均費用を表 した曲線であるのか,ま たは ( 長期均衡点では限界費用 と平均費用が一致す ると言っているにすぎず)短期供給曲線 自体は限界 費用曲線であるのか,判断することはできないであ
ろう.
そ して,次のようなマーシャルの説明からは,そ
67 の議論の前提 しているものが,む しろ ( 今 日的な意 味での) 「 限界」 費用曲線であることを印象づけられ る.
「 産業は主要費用を超過する収入がほとんどなく, 固定設備は 『ただで働か』なければな らないとして ち,一年やそれ以上の期間でさえ,かなり活発に仕 事ができるし,, また しば しばやっている. しか し価 格が低下 し,賃金 と原材料,石炭や照明のために一 年間に支払われる現金支払いの経費を回収できない ほど低 くなれば,生産は急激に停止されると考 えら れ る」( PE
,p.421,訳
3,p,138).これは今 日一般に受け入れ られている,企業の損 益分岐点と操業停止点に関する説明と同一のもので ある ( 図
3).【図3】
マーシャルの言菜は,今 日の ミクロ経済学の正統 的説明に完全に符合 している.企業は利潤の生 じな い状況下でも,可変費用 ( マーシャルにおける主要 費用)を超過する収入が少 しでもあるならば固定費 用の一部に充当することができるので生産を続ける ( 図
3,点
Aか ら点
Bまでの区間) .しか し,価格が さらに低下 し,可変費用 も回収できなくなったとき 企業は操業を停止する ( 点
B以下).
ここでもしマーシャルの供給曲線が,福岡
(1991)の言 うような意味での平均費用曲線であるな ら,マ
ーシャルの先の文章は理解不能になる.福岡 らの供
給曲線は,企業 ごとの各生産量に対応 した平均費用
額を低い順に並べたものであ り,曲線 としては様々
な企業の平均費用の系列 を表 していて,あくまでも
企業間の生産性の差を表現 しているにすぎない.マ
ーシャルの説明は,かれの供給曲線を図
3の限界費
用曲線
(SMC)と理解 し,これを横切る平均総費用
曲線 ( ATC)と平均可変費用曲線 ( AVC)とを前提
に してはじめて理解できるものであろ う.
外部経済も考慮に入れたマーシャルの長期供給曲 線が限界費用曲線か平均費用曲線かとい う問題につ いては,それ らが短期平均費用曲線 と短期限界費用 曲線の交点の軌跡であることを想起すれば,両者 を 区別することができないことは言 うまでもない. し か し少なくとも,マーシャルがいわゆる 「 フリッシ ュ‑根岸流の」 ( 福岡
,p.l l ) ,すなわち今 日の教科 書的なスタイル と少なくとも矛盾 しない短期限界費 用曲線 を念頭に生産者行動を説明 していたことは認 め られるべきである
10)伊東
(1965),プラウグ
(1997)は,本稿 と同 じ く,マーシャルの供給曲線が限界費用曲線であるこ とを認 めなが ら
,PECだけを福岡
(1991 ) と同 じ 企業の平均費用の系列を表す曲線 と考 えている
11).しかし
,PECに関 してマーシャルが与えている説明 か らは,特に両者を限界費用曲線 と平均費用曲線に 区別する根拠はないように思われる.マーシャルが 供給曲線 と
PECの違いを唯一,明示的に述べてい るのは,かれの著作の中で上記の部分
(PE,p.811 m, 訳 3
,pp.295‑6)だけであるが,そこか ら読み とれ
るのは
,LRSが正常な ( 長期)供給点の集合を表 し ているのに対 し
,PECは生産量を固定 した ときの (したがって生産設備,生産要素価格固定の)供給 点の集合を表 しているとい うことだけである.すな わち,マーシャルは供給曲線 と
PECを特に異なる 費用曲線 としては説明 していないのであ り,両曲線 は基本的に同 じ費用曲線 として理解 されるべきであ ると考えられる.
本稿では,先に述べたような理由か ら,マーシャ ルの短期供給曲線を限界費用曲線 として捉えた.す れば
PECもそれにあわせて,それぞれの生産量に 対応 した短期限界費用曲線 と考えるべきである.
かくしてマーシャルの供給曲線 と
PECはともに 限界費用曲線 として描かれているものであると推察 される
12).3
マーシャルは
,PEC,価格線 と縦軸によってつ く られる三角形によって生産者余剰を測定する.そ し てそのよ
うな生産者余剰 と
,「 その財をなしで済ませ るよ り は進んで支払 う価格が実際に支払われた価格を超過 す る金額
」 (PE,p.124,訳
1,p.183)であるところ の消費者余剰の和が経済的厚生
13)となる.
ところがマーシャルは,『 原理』第五編第十三章の, いわゆる課税 ・補助金政策を論ずる節で,生産者余 剰 を全 く考慮に入れず,消費者余剰 と課税総額 ・補
助金総額との比較のみで,課税 ・補助金政策を論 じ た ( 図4).
[ 図
4】(1)
収穫不変の場合
(pE,p,468m
,Fig.30,訳
3,p.205m)
A H
(2)
収穫逓減の場合
肝E,p.468n,Fig.31,訳
3,p.206m)
Eq
どCダgg0
3' S'
′■
ゝ
了 L¢A
∫ //‑A
D'
A H X
(3)
収穫逓増の場合
(PE,p.469m
,Fig.32,訳
3,
p.208m)♂gどkl兄CQ
A.
マーシャルの特定経費曲線と生産者余剰 ここでのマー シャルの議論 は以下の通 りである.
( 1 ) の収穫不変に従 う場合 については, この産業に, 商品
1単位あた り
Ssの課税が行われた場合,消費者余 剰 はs
SAaだ け減 少す るが,課税 に よる国庫収入 は
sSKaに しかならない.従って,消費者余剰 は,課税 の場合 には課税総収入以上に減少 してお り,経済政策 としては無意味である.また補助金交付対象の
OH量に,1 単位あた り
sSの補助金が交付 された場合にも, 補助金総額は
sSALであるが,補助金交付に よる消費 者余剰 の増分はs
SAaであ り,補助金 によって生 じる 消費者余剰の利益は補助金全体に比べて′ J 、さく,経済 的厚生 を改善 しない
(PE,pp.467‑8, 訳3,
pp.204‑5).それに対 し ,( 2) の収穫逓減に従 う場合 には,供給 曲線の形状により結果が異なって くる.この産業に,
1単位あた り
aEの割合で課税 され,新 しい均衡点がa になった場合,そのときの課税総受取額はc
FEaであ るが,消費者余剰の損失はc
CAaであ り,その際の政 策妥当性はCFEKと
aKAの大小関係にかかっている.
CFEK<aK
Aな らば消費者余剰の損失の方が大きく, その よ うな政策 は行 わない方 が よい.逆 にaKA<
CFEK
な らば課税総受取額が消費者余剰 の損失 を上 回ることにな り,そのときの課税政策は正当化 され る.
しか しそのような産業に対す る補助金 は,同 じく1 単 位あた り
aEの割合で補助金 が交付 され るとすれば, 補助金総額RCAT に対 し,消費者余剰の増加 はc
CAaであ り
,RcaATの損失を伴 う.したがってこの場合の 課税は供給曲線の形状により,収穫逓減の割合が大き い場合 には正当化 され,また小 さい場合には好ま しく ない とされ る.また補助金政策は.常に補助金総額 よ りも大きな消費者余剰の損失 を伴い,供給曲線の形状 に関係なく,妥当ではない
(PE,pp.468・
9,訳3,pp.
206‑7).
同様の推論 によ り
,(3)の収穫逓増に従 う商品に関 して,SS ‑ を課税前の供給曲線 とし
,ss‑ を課税後の供 給曲線 とすれば,課税総額はc
FEaであ り,消費者余 剰の損失はc
CAaである.この とき,課税総受取額は 常に消費者余剰損失額を下回ってお り,政策 としては 妥当でない.それに対 し,このよ うな産業‑補助金を 出す場合の補助金総額はRCAT であるが,それによっ て生 じる消費者 余剰 の増 大 はe
CAaで あ り, 常 に
RCAT<cCAaである. しか し 「 もし
SS‑ を収穫逓増の 法則がわずか しか作用 しない ように描 くな らば,換言 すれば
aの近 くでほとん ど水平に近い とすれ ば,補助 金 は消費者余剰 の利益に比べ て増大す る」 (
PE,p.469n
,訳3,
p.208).以上の議論 を整理すると次のよ うになる.収穫不変
69
の場合,課税 も補助金 も妥当ではない.収穫逓減の場 令,供給曲線の傾きが大きければ課税は妥 当であるが, 傾 きが小 さければ妥 当ではない.しか し補助金に関 し ては,傾 きに関係な く妥 当ではない.収穫逓増の場合, 課税は常に妥当でないが,補助金 は供給曲線が水平に 近い場合 をのぞいて,妥 当である.そ して以上の分析 か ら
,「 社会が自らの所得に対 してか,または収穫逓 減の法則に従 う財の生産 に課税 し,その税収を収穫逓 増の法則が顕著に作用す る財 に対 して補助金 として 与えるとい う単純な計画」があ りえることを指摘する のである
(PE,p.473,訳3,
pp.212‑3).このよ うにマーシャル は,先に図
1,図
2で示 した 生産者余剰 を,図4 の課税 ・補助金政策では全 く用い ず,ただ消費者余剰 と課税総額,補助金総額 との比較 のみで政策の是非 を論 じている. この点について,
Samuelson (1967)は,「 マー シャル
(『 原理』第五 編十三章,
pp.467‑470)は,グラフ的な消費者余剰の計算において,生産者余剰 を考慮することを忘れ ると い う初歩的な誤 り‑ 需要 と供給の鉄にはふたつの 刃があることをたえず正 しく主張 してきた男のす る こととは考え られない奇妙な手抜か りを犯 したおか げで,費用逓増産業 を縮′ J 、 させ るために課税 し,費用 逓減産業 を拡大 させ るた めに補助す るべきであると い うすぼ らしい経済政策の定理に到達 したのである」
( p. 11 2) と述べた.
しか し,根岸
(1991 ) も指摘するとお り
,「 マーシ ャルが生産者余剰の変化 を考慮す ることを忘れ るよ うな不注意な 『 男』であったなどとい うことを信 じる ことができよ うか 」 ( p.
34).マー シャルが図4に表され る一連の議論の 中で生産者余剰 に一度 も言及 し なかったことにはそれな りの意味があると考 え られ る.その点に答 えたのが根岸
(1991) ,根岸
(2000)な どの研究である.根岸 らは,ここでのマーシャルの 議論が実は 「 長期」に関わるもので,長期の特定経費 曲線は水平に描かれ るべきであることか ら,生産者余 剰 を考慮 しなかったマー シャルの方法が妥 当であっ たことを明 らかにし,マーシャルの方法を弁護 した
1 4)4
以下に,根岸 らの解釈 を手がか りに,PEC と短期 ・ 長期供給曲線の関係 をお さえつつ,マー シャル が課 税 ・ 補助金政策 を論ずる段階で生産者余剰 を捨象 した
ことの意味を考えたい.
根岸
(2000)によれば,図
1 (PE,p.81ln,Fig.39,
訳3,p.295m)は確かに長期の議論であるが,そこで
は土地が 「 生産のネ ック」になってお り,また 「 外部
経済不経済については産業全体の産出量が
OHに固定 されて一定」であるため.それ以上の節約 は起 こらず, 土地の有限性お よび生産要素価格下落の限界か ら生 産者余剰 ( 地代)
△FSAが生 じる.それに対 し,マー シャルが課税 ・ 補助金 を論ず る際に用いた図
4は工業 の長期均衡 に関する議論で
,「 他 に転用のきかない特 殊な土地の使用の可能性 を無視できる工業 の長期的 均衡の場合 には特殊経費 曲線は単に水平な均衡価格 線 に一致 し,生産者余剰 は存在 し得ない.・ ・ ・ 水平線
AC
[ 図
1では
AF]が特殊経費曲線である」とするの である ( 根岸,2000,
p.92,[]は筆者) .
すなわち,後者の工業 における長期均衡に関 しては, 図 4 の (1) 〜 (3) の各図において,それぞれの図 における長期均衡点か ら横軸に平行 にひかれた直線
( 図
4, (1)における
SAと
sa,(2)における
AC,ac , そ して同 じく (
3)における
ACと
ae)が
PECになる のである.
先に示 した図
2は,マーシャル 自身の言葉か らは一 応長期の議論であったが,生産量固定 ( したがって生 産設備 も固定)を想定 しているわけだか ら,生産要素 の有限性 を前提にした短期の議論 と同様である.その 意味で図
2は,確かに長期 ( 正常)供給曲線 を描いて はいるものの
,PECに関 しては長期でなく,短期 のそ れであると言 うべきである ( 短期
PEC).それに対 し, 今, 図
4において取 り上げた
PECは土地の差別的有利 性 も含め,すべての生産要素 ( 価格,投入量)が可変 にな り,生産者余剰 ( 利潤)の存在す る限 り投資が行 われ,もはや利潤の存在 しない長期均衡が達成 された 後の
PECである ( 長期
PEC).すなわち,農業のように有限な土地による制約 を 受ける場合 をのぞき,長期の最適生産量に対応す る
PEC
は,収穫逓減,収穫不変,収穫逓増いずれの場 合に関 して も水平になるのである
15). しか しもち ろんそれぞれの長期供給曲線は水平とは限 らない.
外部不経済によ り,生産量の増大にあわせて生産要 素価格が上昇 し続けるな らば費用関数 は上昇 し,長 期供給曲線が右上が りとなるであろうし,外部性が 全 く働かない とすれば水平であろ うし,外部経済が 生 じるな らば同 じく費用関数が下落 し,長期供給曲 線 は右下が りとなるであろ う.
根岸 らによる水平な長期
PECとい う解釈 は
,PECが生産者余剰 を測定する道具であった ことを表現 し ていると考 えられる.図
2に示された右上が りの短期
PEC
は, 短期 において生産者余剰が
△FSAだけ生 じる ことを表 しているが
16) ,図 4 ( 1 )〜 (3) の水平 な長期
PECは長期 において生産者余剰が生 じない こ
とを表 している.
そ して,マーシャルが課税 ・補助金政策に関 して 扱 っていたのは,このよ うに生産者余剰が生 じない, 長期
PECが水平な状況下の均衡の問題 であった.
したがって,マーシャルにおいては,根岸 らの説明 す るとお り,ここで生産者余剰はゼ ロなのだか ら考 慮に入れ る必要はないのであ り
,「 マー シャルは生 産者余剰 を忘れたのではなく,慎重な考慮の結果そ の変化 は無視できると仮定 した」 ( 根嵐
2000,p.88)
と言 えるのである.
このようにマーシャルが長期の工業における均衡 に関 して,生産者余剰 を考慮 しな くて良いとい うこ
とを意識 していたことは,続いてマーシャルが農産 物に対す る課税 ・補助金 を考える際に,今度は一転 して生産者余剰 を考慮 していることか らも明らかで あろ う.土地の制約がある農業は,長期において も 必ずや現存する土地の量がネ ックになるため,いわ ゆる差額地代は生 じ続け,利潤の存在 しない均衡点 が存在 しない
.「 土地 とその他の生産要因の間には つぎのような差異が存在する.社会的な観点か らす れば,土地は永続的な余剰を与えるが,人間によっ て作 られ た腐朽す る財 はそ うではない
」(PE,p.832
,訳
4,p.337)のである.よってマーシャルは,農産物に対す る課税の問題 を扱 うときだけ生産者余剰 ( 地代) も考慮 した ( 図
5).「SS'は課税前の供給曲線であ り, 地主の地代は
CSA
で表 され る.課税が行われ,供給曲線が
ss'に 高められた場合 には,地主の地代は
haの率で売 ら れ る
Oh量に対 して得 られる総価額
cOhaか ら地代 を除いた
Oh量に対する総生産費
OhESと総課税額
cFEa
を差 し引いた額すなわち
FSEとなる.‑.し たがって地主の地代の損失は
CFEAであ り,消費者 余剰の損失
cCAaにそれ を加 えると
cFEAaとな り, a AEだけ総課税額 を超過す る.他方において補助金 による直接支出は,上述の仮定の下に計算された消 費者余剰 と地主の余剰の増大を超過するであろ う.
なぜな ら
ss'を最初の供給曲線の位置 とし
,SS'を補 助金が与えられたあとの位置 とす ると,これ らの前 提の下での新 しい地主の余剰 は
CSAすなわち
RsTとな り,それは古い地主の地代を
RcaTだけ超過す
る.消費者余剰の増加は
cCaであ り,したがって補
助金の総額
RCATは,消費者余剰の利益 と地主の地
代の利益を加 えたものを
TaAだけ超過する
」(PE,
p.473m,訳
3,pp.213‑4m).A.マーシャルの特定経費曲線 と生産者余剰
【図5】(PE,p.473m,Fig.33
,訳
3,pp.213‑4m)月tJどhlg)β0
S, r g'
㌔
/ ∫ /
/A
D'
もし,図 4の工業に関する課税 ・補助金分析にお いて,単に不注意か ら生産者余剰 を考慮 しなかった とすれば,図5 の農業に関する分析の時だけ生産者 余剰を考慮 したとい うのは奇異である.ここではむ しろ,工業の分析については,生産者余剰を考慮す る必要がなかったからあえて考慮 しなかったのに対 し,農業については,土地の有限性から,長期にお いても差額地代が生 じ続けるので,この場合のみ生 産者余剰を考慮 したと考えるべきである.
以上のことから,次のことが言えるだろ う.一般 に
PECは,ある生産量に対応 した経済 ( 節約)を 享受す る産業が直面す る状況 を表すもので,この
pEC
と価格 との関係において生産者余剰すなわち 利潤が測定される.先に第
2章で示 したとお り,マ ーシャルの
PECとい う概念は,本来的には短期の ものであった.マーシャル 自身の言葉か らは,それ ぞれの生産量に対応 した短期供給 ( 限界費用)曲線 がそのまま短期
PECにな り, さらにそれ ら短期供 袷 ( 限界費用)曲線 ( 短期
PEC)と平均費用曲線の 交点 ( すなわち平均費用曲線の最低点)の軌跡 が 「 正 常な供給曲線」になる.
しか しそのような短期
PECに加 え,長期の場合 に関 しても同様に
PECを考えるとすれば,それは 長期均衡点すなわち価格および限界費用に等 しい、
平均費用の最低点の軌跡である,長期供給曲線上の 任意の点か ら水平に,生産量に対応 して無数に引か れる直線であり,( マーシャルはこのことを必ず し も明示的に述べていなかったため幾多の誤解を招い たわけだが)工業のように,長期においてネックと なる生産要素の存在 しない産業に関 しては,長期的 に生産者余剰 ( 利潤)が生 じないので,それを考慮 する必要がなくなることを表現 している.
かくして,生産者余剰が生 じるのは (1)短期のケ
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‑ス, (2)土地の有限性から長期においても土地の 差別的有利性が失われない農業に関す るケース とい う
2つの場合に限られる.つまり工業部門における生 産者余剰すなわち準地代
17)は,長期 においていずれ 消失 して しま うのだから,農業以外の産業について論 じていたマーシャルの課税 ・補助金分析では,生産者 余剰は考慮 されなかった し,また,すべきでもなかっ たのである.
5
以上の議論によって,マーシャルの
PECおよび 生産者余剰の性格が大方明らかになったと思われる.
本章ではそれ らの議論をふまえて,今 日の代表的な 経済学史研究である,プラウグ
(1978,1997)によ る,マーシャルの
PECお よび生産者余剰に関する 解釈を見てみよう.
【 図6 】 (
Blaug,1997,pp.368,371 )
quani)'ty
プラウグは
PECを,先の福岡
(1991 ) と同様,輿 なった生産量に対応 した各企業の平均費用 を低い順 に並べた曲線 と捉えている
18)( 図
6).プラウグが, マーシャルの
PEC,供給曲線 ( 短期 ・長期)をそれぞ れ平均費用曲線,限界費用曲線とい う異なった費用曲 線 として捉えていることについては,第
2章ほかです でに疑問を提起 しておいたので,ここではひとまずそ のことは視野の外に置いてお くことにする.
問題 はこの
PEC, 供給曲線の定義に続いてなされた, 長期
PECに関する,プラウグの次のような分析である.
「 産業を代表する企業は,長期的にはいかなる生産 者余剰 も得るべきではない.マーシャルは
『oH番 目 の単位の生産者 は差額利益をまった くえない と想定 されている』ことを認めている.そのような場合には
OH
番 目の単位の生産者は限界企業であって,産業の
供給曲線はその産業全体の通常の限界費用曲線であ
る.‑マーシャルが付録Hの冒頭の段落で論 じている
よ うに,‑マーシャル 自身.われわれが
oH番 目の単 位の生産者 を限界生産者 とす るよ うに
PE曲線 を描 く よ う示唆 している.もしわれわれが代表企業の概念に 執着するつ もりな ら,われわれは代表企業の生産者余 剰 をゼ ロに等 しくす るため.
PE曲線 を代表企業の供 給曲線 と交差 させるべきであると思われる」(
Blaug,
1978,p.435,訳I I
I,pp.669670,下線 は筆者)
19)すなわち,プラウグは次のよ うな長期
PECと代表企 業の
LRSを図示す る ( 図 7).
【 図7 】 (
Blaug,1978,p, 435,訳Ⅲ,
p.670)\ 代表企業の LHS
刀●
●
●
●
◆
●
◆
◆
◆
◆
◆
●
●
O
Quantl'ty図中の点線で表 された曲線がプ ラウグにおける長 期
PECである.プラウグは正 しく,長期 において生産 者余剰が消失 して しま うことに触れながら,長期にお いてその よ うに生産者余剰 を消失 させ ることができ るような
PECを苦労 して引 く.図中のp★は長期均衡 価格であ り,長期均衡生産量を表す
Hでは,プラスの 生産者余剰 とマイナスの生産者余剰が相殺 され,生産 者余剰がゼ ロとなっている.
プラウグのこの分析は,彼 自身,直接言及 してはい ないものの,おそ らく
Ⅵner(1931)に基礎 をお くものであるように思われる
20). ヴァイナ‑は,長期 に おいても生産における有利 さが持続す るよ うな生産 要素が存在する場合 には,その生産要素に対 して特別 な支払いがなされるべきであるとし
,「 元来の投資の 純収益率」を表す 「 平均費用」を個々の企業について
「 統計的に」調べ,それ らを低い順に並べると,それ ぞれの生産量に対応 した各企業の平均費用の系列 を 表す無数の曲線が描けるとす る (
Viner,1931,p.223)( 図8)
.ヴァイナ一によれば,ここに挙げ られ る「 平均費用」
とは,あくまで 「 統計的な費用」であって
,「 理論的 な均衡費用ではなく,実際の瞬間に存在するよ うな費 用」である.したがって,それは 「 価格 に対する必然
的な関係を持つ ものではない」(
Ⅵner,1931,p.224)が
,「 も し,統計的な表示あるいはまたア‑プ リオ リ な考慮が行われ るな らば,これ らの最高平均価格は,
『ブーム期』をのぞいては,限界費用 より際だって高 いであろ う」 (
Ⅵner,1931,p.225).[図8
】 (
Ⅵner,1931,p.225)M M
J M2ヴァイナ‑は各々の生産量に対応 した価格 ‑限界 費用の点
(P,Pl,P2)よりも高いところに,その生産 量に対応 した特定経費曲線の終点,すなわちその生産 量に対応する,産業内の最高平均費用を持つ企業の平 均費用
(N,Nl
,N2)がくるよ うな図を描 く.ここに 示 された,特定経費曲線 と産業の価格 ( ‑限界費用) 線の関係に関す るヴァイナ‑の説明は,ただ経験的に そ うなることを強調するのみで、必ず しも論理的なも のではないが,ヴァイナ‑の議論の主眼は,長期均衡 点において価格‑限界費用が成立 していても,個々の 企業の投資の結果は,た とえば土地のような有限な生 産要素の存在か ら,その有利性が存続するとすれば, 正 または負の生産者余剰 ( 利潤)に帰着するとい う主 張だったように思われる.
プラウグの右上が りの長期
PECは, 基本的にこの ヴ アイナ‑の
PECを, 利潤の存在 しない長期均衡点に対 しても適用する試みだったといえよう.長期において も生産 における有利 さが消滅 しないよ うな生産要素 を用いた生産が行われているときには,企業間の平均 費用の間の差異 も存続 し,したがって右上が りの特定 経費曲線が描かれる.しか し,その有利性 も消滅す る よ うな長期 を想定 した場合,ある均衡価格,た とえば 図
8の
Pのよ うな価格水準に対 し,総費用
AOMNと総 収入
QOMPが等 しくなるよ うな特定経費曲線
ANが ひかれ るべきだ とい うことである.
すなわち,図
8において,ヴァイナ‑‑プラウグの
右上が りの長期
PECはAN
,BNl,CN2で示 され るのに
対 して,根岸 らの長期
PECは水平な価格線
P,P.,P2で
A.マーシャルの特定経費曲線と生産者余剰 示 され る.これはあきらかに
,PECをどのよ うな種類
の関数 と捉 えるかに依存する問題であ り,前者が長期
pECを各企業の平均費用の差 を表 した平均費用曲線 としたのに対 し,後者が価格線 としたことに対応 して いるだろ う.
ヴァイナ‑の平均費用からなる
PECは,た しかに長 期 にお ける各生産要素の生産性の差異 を説 明できる 点で,実 り多きものでもあるが,先に挙げたマーシャ ルの言葉か ら
,PECをそこまで解釈 してよいかは疑問 が残る.マーシャルはあくまでも生産量を固定した際 の,したがって,外部経済が一定 とされ,また生産設 備 も一定 とされた場合の供給 曲線 ( 実質的には短期供 給曲線)を
PECと呼んでいる.ここでマーシャルがこ のような想定を設け,実質的に生産ネ ックのある短期 と同じ議論をしたのは,確かに長期においては生産者 余剰が消失 して しま うものの,その長期均衡量に至る までのあいだに,生産量の増大に伴って外部経済が生
じ,各々の生産量水準で短期的に生産者余剰が生 じる ことを述べたかったためだと思われる.
ヴァイナ‑‑プラウグの長期
PECは,確かにその形 状から,われわれの水平な長期
PECと異なるものであ るかの印象を与えた.しかし,プラウグも長期におい て生産者余剰がゼ ロになるよ う長期
PECをひく必要 性 を十分認識 していたのであるか ら
21) ,その結論の 含意はわれわれの主張 と矛盾す るものでないであろ ラ.すなわち,このプラウグの議論か らも,同じく, マーシャルの課税 ・ 補助金分析における生産者余剰の 扱いは正当化 されることになるのである.
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以上 本稿では,マー シャルの特定経費曲線および 生産者余剰 を軸に,かれの供給理論をめぐるこれまで の論争を整理 しなが ら,その論争史のなかで,必ず し も解釈の一致 を見ていなかった諸点に関 し考察 と再 構成を加 えた.
まず,マーシャル供給曲線は限界費用曲線である.
平均可変費用曲線,平均総費用曲線 と限界費用曲線の 区別お よび企業の損益分岐点お よび操業停止点の理 解 といった点か らこのことは説明できる.また特定経 費曲線は,ある生産量に対応 した短期供給 ( 限界費用) 曲線であ り,右上が りに描かれる.その意味で特定経 費曲線は本来,短期 に関 して適用 され るべき概念であ り,生産者余剰が短期において しか生 じないこととも 対応 している.しか しもし長期においても,同様の曲 線 をひ こうとすれば,根岸
(2000)らの一連の研究 が示 した とお り,それは横軸に対 し水平な価格線 とな るであろ う.これは長期 において生産者余剰 ( 利潤)
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が存在す る限 り,新 しい企業の参入が起 こ り,利潤が 消滅 して しま うことと対応 してい る.そ して長期 にお ける特定経費曲線のこの形状は,マーシャルが課税 ・ 補助金政策において生産者余剰 を考慮 しなかった こ
とを正当化することになるであろ う.
長期の特定経費曲線 については,プラウグ
(1978)のように,利潤がゼ ロになるようにひかれた,各企業 の平均費用の系列 を表す曲線 として説 明す る方法 も ある.長期においても,ある期間,特定の生産要素に ついてその差別的有利性が存続す るよ うな場合,その よ うな曲線を想定することには意味があるが,マー シ ャルの言葉を見る限 り,マー シャルの特定経費曲線 を そのよ うな曲線 と解釈す ることには無理が あると言 わ ざるを得ない.
しか し,根岸,プラウグいずれの解釈にせ よ,長期 において生産者余剰 をゼ ロにす るような特 定経費 曲 線 をひ くべきであるとす る意図は共通であ り,その意 味でマー シャルの課税 ・ 補助金分析における生産者余 剰の扱いは,その どちらのアプローチか らも正当化 さ れ ることになると思われ る.
[注]
1)ほかに,根岸
(1985),根岸
(2000)など.また同様 の指摘を行っているものとして,福岡
(1991 )も見よ.
2)
本稿においては,テキストとしてマーシャルの生前最 終版である 『 経済学原理』第八版
(1920)を用いる.また 引用する際には
PEと略記 し,原ページおよび邦訳ページ
を示す.3)プラ ウグのEcoDOn7JlcTheoryinRettlDSPe
C Eは現在, 第
5版
(1997)が最新版であるが,本稿ではそれに加えて 第
3版
(1978)および第
4版
(1985)も用いられる.
4)
マーシャルの 「 代表的企業
Jは産業の小レプリカであ り,市場で観察される産業の費用構造から単一企業の費用 構造を推測するための理論要具である.したがって,マー シャルにおいては,今日の教科書的な議論とはちがって, 単一企業の費用曲線と産業の費用曲線が同形状のものと
して措定されるのである.
5)
このように,マーシャルは図
1, 2に関しても,外部 経済 ・不経済の影響を否定していない.しかし,ここでマ ーシャルが論じているのはあくまで生産量を固定した場 合であるから,その固定された生産量における外部経済 ・ 不経済の効果は一定である.すなわち,当該生産量水準に 到達するまでのあいだは,外部経済 ・不経済が働 くが,い ま
OMなど特定の生産量をとった瞬間に,もはや外部経 済 ・不経済は視野の外に置かれるのである.
6)
この点に関する,輩者の前稿 ( 金井
,1999,p.88,図7) における扱いは混乱していた
7)
マーシャルの供給曲線を限界費用曲線と見る解釈につ いては
,Frish (197
1,p.64・86),熊谷
(1978.pp.176). 根岸
(1991,pp.37・8),
Blaug(1997,pp.355・
7) , 馬渡
(1997,
p.319)などを見よ.
8)
他に
Robertson (1956)も見よ.
9)
問題の箇所の冒頭部にある,次のような見出し文から もこのことは明らかであろう.「 定常状態においてのみ平 均費用は限界費用と正常経費に等しいであろう
」(PE,p.810