超⾳波ホーン表⾯状態が及ぼす分解反応効率の影響について
Sonolytic reaction efficiency depending on horn surface
坂倉 幹始
(エーエムアール株式会社 アプリケーションエンジニア)
1.音響科学について
強⼒な超⾳波を溶液に照射すると気泡が⽣じ、加熱等とは異なる特徴的な化学反応が 進⾏する。これらは⾳響化学・ソノケミストリーと呼ばれ、特にラジカル反応が優位に 起きる特徴から、近年では難分解性化合物の分解への応⽤に注⽬されている。⾳響化学 では超⾳波によって⽣じる気泡内部でラジカル種が発⽣するとされているが、その厳密 な機構は、現象の発⾒から 100 年以上経過している 2020 年現在でもいまだに解明され ていない。⼀般的には⾼周波の振動により⽔中に⽣じる負圧から発⽣した微細な気泡が 断続的な圧の変化により、膨張・収縮を繰り返しながら徐々に成⻑する。ある程度の⼤
きさになった気泡のうち圧壊と呼ばれる急激な収縮を起こす気泡があり、気泡内部が急 激な断熱圧縮により気泡に含まれる分⼦種がラジカル化し(図 1)、溶液中に溶け込み化 学反応を引き起こす。このような溶液中での負圧により気泡が⽣じる現象をキャビテー ションと呼び、例えば、船のプロペラの回転による負圧部分やパイプの曲がり⾓のよう な箇所でも発⽣する。キャビテーションは、プロペラ等へ腐⾷を起こす問題や、気泡の 圧壊時に⽣じる衝撃波(可聴⾳を含む)による騒⾳等の問題から研究されており、その 挙動を表すレイリー・プレセット⽅程式などが発⾒された。プロペラ等から⽣じるキャ ビテーションは再現性が⽋けるため、⾳響化学の研究のためには再現性良く気泡を発⽣
させるシステムが必要であり、それには 1917 年のポール・ランジュバンによるボルト締 めランジュバン振動⼦(Bolt-clamped Langevin type transducer: BLT)が開発されるのを待 つ必要があった。ランジュバンは、潜⽔艦探査のために強⼒な超⾳波を照射できる発振 器を開発し、1.5 km 先の潜⽔艦を探知することに成功した。この際、超⾳波発振器は化 学反応を起こすのに⼗分なエネルギーを持ち、河川の⿂が超⾳波化学の犠牲となった。
公開実験を⾒学していたロバート・W・ウッドとアルフレッド・L・ルーミスらは、超⾳
波によって⽣じる泡が⿂へ何らかの影響を及ぼしているのではないか?と考え、最終的 には、強⼒な超⾳波によって⽣じる泡の中では特異な化学反応、特に強⼒な酸化反応が 起きることを発⾒した。⽔溶液に超⾳波を照射することで発⽣する⽔分⼦ H 2 O 由来の
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横浜市立大学論叢自然科学系列 2020年度:Vol.68 No.1・2・3
図1 キャビテーションによるラジカル種生成のメカニズム
OH ・が強⼒な酸化剤として作⽤するためである。対として⽣じる H・はどうなるかとい うと、 H 2 分⼦となり⼤気中へ放出される、と⼀般的に⾔われてきたが、これが実に⼤き な落とし⽳であった。実際には、H・(=⽔素ラジカル)にも独⾃の反応を起こすことが 明らかとなり、この反応のみを起こさせる系を作成できたのは、⽔素ラジカルの研究を
⻑年⾏ってきた、まさしく髙⼭先⽣の妙である。
ちなみに超⾳波は⽿に聞こえないため、静かな実験のイメージがある。しかし、周波
数 f に対して f/3, 2f/3・・・などの分調波、超⾳波振動⼦とビーカーなどの容器との共振
やキャビテーションが圧壊する際に⽣じる衝撃波など、可聴⾳がかなり⽣じるため、実 際の実験では、かなりけたたましい⾳を聞きながら⾏うことになる。
2.髙山研究室で行った音響化学反応について
筆者は髙⼭研究室にて超⾳波の研究を⾏っていたので、本稿ではその研究内容を紹介 する。氷冷したビーカーの中にペプチド溶液を⼊れたエッペンチューブを浮かべ、超⾳
波ホーンを差し込み、超⾳波を 30~60 分ほど照射する。これだけである。実際にはいく つかのノウハウが存在し、たとえばフローターを使う場合、超⾳波の圧⼒でエッペン チューブが沈まないようにする⼯夫が必要である。また、冷却を怠ると超⾳波の摩擦熱 により溶液が蒸発し、無くなってしまうことがある。このほかにも、次節で説明する ホーン先端を適切に研磨する必要がある。超⾳波ホーンの先端もキャビテーションを起 こすため、同時に腐⾷を起こす。ホーン表⾯が腐⾷した状態で強⼒超⾳波を発振すると、
発振効率の低下だけでなく、予想外の共振が⽣じ、発振⼦が破断する危険性がある。定
図1 キャビテーションによるラジカル種生成のメカニズム
OH・が強⼒な酸化剤として作⽤するためである。対として⽣じる H・はどうなるかとい
うと、 H 2 分⼦となり⼤気中へ放出される、と⼀般的に⾔われてきたが、これが実に⼤き な落とし⽳であった。実際には、H・(=⽔素ラジカル)にも独⾃の反応を起こすことが 明らかとなり、この反応のみを起こさせる系を作成できたのは、⽔素ラジカルの研究を
⻑年⾏ってきた、まさしく髙⼭先⽣の妙である。
ちなみに超⾳波は⽿に聞こえないため、静かな実験のイメージがある。しかし、周波
数 f に対して f/3, 2f/3・・・などの分調波、超⾳波振動⼦とビーカーなどの容器との共振
やキャビテーションが圧壊する際に⽣じる衝撃波など、可聴⾳がかなり⽣じるため、実 際の実験では、かなりけたたましい⾳を聞きながら⾏うことになる。
2.髙山研究室で行った音響化学反応について
筆者は髙⼭研究室にて超⾳波の研究を⾏っていたので、本稿ではその研究内容を紹介 する。氷冷したビーカーの中にペプチド溶液を⼊れたエッペンチューブを浮かべ、超⾳
波ホーンを差し込み、超⾳波を 30~60 分ほど照射する。これだけである。実際にはいく つかのノウハウが存在し、たとえばフローターを使う場合、超⾳波の圧⼒でエッペン チューブが沈まないようにする⼯夫が必要である。また、冷却を怠ると超⾳波の摩擦熱 により溶液が蒸発し、無くなってしまうことがある。このほかにも、次節で説明する ホーン先端を適切に研磨する必要がある。超⾳波ホーンの先端もキャビテーションを起 こすため、同時に腐⾷を起こす。ホーン表⾯が腐⾷した状態で強⼒超⾳波を発振すると、
発振効率の低下だけでなく、予想外の共振が⽣じ、発振⼦が破断する危険性がある。定
期的に表⾯を研磨することは、反応以外にも装置の延命につながるため、細胞破砕⽤の ホーンをお使いの⽅も、定期的に表⾯を研磨することをお勧めする。
ペプチド⽔溶液に超⾳波を照射すると酸化⽣成物が多く⽣成するが、抗酸化物質を添 加したペプチド⽔溶液に超⾳波を照射すると全く異なる⽣成物が確認された。抗酸化物
質により OH・が除去され、また抗酸化物質からも⽣じる⽔素ラジカルが独⾃の反応を
起こしたものと考えられる。同⼀のペプチドに対して異なる種類の抗酸化剤を添加し、
それぞれに超⾳波を照射した場合、酸化抑制の程度の差はあるものの、すべてのサンプ ルにおいて酸化⽣成物とは異なる⽔素ラジカルに由来する反応⽣成物が検出された。
当初髙⼭先⽣は、MALDI イオン化で⽣じる⽔素ラジカルによる特異なペプチドの分 解反応、すなわち MALDI-ISD 様の分解が起きると推測されていたが、よくよくマスス ペクトルデータを解析してみると、MALDI-ISD の結果とは 1 Da ほど「いつも」と違う ことが判明した(図 2)。
図 2 (上) 超音波による分解生成物と、(下) これまでに知られている水素ラジカルによる分解生成物の 質量スペクトル。1Da が生じている。
分解⽣成物の違いが 1Da の差に反映されており、これはのちに加⽔分解に起因するも のとされたが、当初はおさまりが悪かった。なぜなら⽔素ラジカルによるペプチドの分 解反応はナノ秒ほどの極めて短い時間で進⾏し、加えて反応⽣成物の構造が安定してい るため⽔素ラジカル付加による分解反応だけでは加⽔分解まで反応が進⾏しないと考 えられていたためである。もちろん超⾳波は⽔溶液中で⾏うため、加⽔分解が起きると 考えるのは⾃然であるが、プロリン N 末端での加⽔分解効率が⾼いというこれまで知ら
カテコール添加 超⾳波処理
MALDI-ISD
1085 1090 1095 1100 1105 1110 1115 1120 1125 1130m/z
CH R
C O H N CH
R' C O H
2N CH
R' C O
CH R
C OH
NH CH R
C O
OH
HC R' C NH
・ OH Ala - Glu
1101
1100
45Da
44Da
139
れているプロトンを介した加⽔分解とはさらに異なる特徴があった。⽔素ラジカルによ る分解反応はこれまでとは異なる機構が存在している可能性から、複数のペプチドによ る実験、アスパラギン等の側鎖にアミドを有するペプチドへの影響、熱により脱⽔が⽣
じやすいグルタミン酸残基への影響、特に酸化が起こりやすいシステイン・メチオニン 残基への影響の調査、リン酸化ペプチドへ応⽤した結果より、ペプチド結合部位のみに 特異的な加⽔分解反応であることが確認された。反応機構は図 3 のようになると推測さ れる。
図 3 本研究室で開発した、ペプチドのラジカル加水分解システム
3.先端形状が反応効率に及ぼす影響
ここで思わぬトラブルに⾒舞われることになる。突如、反応が進⾏しなくなり、再現 性がまるで得られなくなってしまった。調査の結果、ホーン先端の状態が反応効率に影 響していることが分かった。粗い研磨剤で研磨していたものを、⽬の細かい研磨剤で丁 寧に研磨した場合、反応が進⾏しなくなってしまう(図 4)。キャビテーションはホーン 先端から⽣じるため、表⾯が影響していると推測されるのは⾃然であるが、丁寧に磨い たほうが、効率が落ちるのはやや⽪⾁である。下記に 35 um 粒径(サンドペーパー400 番 相当)、 8 um 粒径(同 2000 番相当) で表⾯を研磨した場合の分解に関する代表的なデー タを図 5 に⽰す。図は横軸質量電荷⽐、縦軸イオン強度の MS スペクトルであり、照射 時間 0 分では[M+H] + に⽰される元のペプチド(副腎脂質刺激ホルモンフラグメント
ACTH18-39, Mr:2464)のシグナルのみが強く観測される。照射時間が増すごとに[M+H] +
より⼩さい質量側でピークが出現し始め、 m/z 761 に⽰される超⾳波照射によって特徴的
に⽣じるペプチドフラグメントが確認されるようになる。分解は時間を掛ければ掛ける
ほど進⾏するため、適度な反応量で停⽌させるのがよい。 8 um 粒径で研磨したホーンで
れているプロトンを介した加⽔分解とはさらに異なる特徴があった。⽔素ラジカルによ る分解反応はこれまでとは異なる機構が存在している可能性から、複数のペプチドによ る実験、アスパラギン等の側鎖にアミドを有するペプチドへの影響、熱により脱⽔が⽣
じやすいグルタミン酸残基への影響、特に酸化が起こりやすいシステイン・メチオニン 残基への影響の調査、リン酸化ペプチドへ応⽤した結果より、ペプチド結合部位のみに 特異的な加⽔分解反応であることが確認された。反応機構は図 3 のようになると推測さ れる。
図 3 本研究室で開発した、ペプチドのラジカル加水分解システム
3.先端形状が反応効率に及ぼす影響
ここで思わぬトラブルに⾒舞われることになる。突如、反応が進⾏しなくなり、再現 性がまるで得られなくなってしまった。調査の結果、ホーン先端の状態が反応効率に影 響していることが分かった。粗い研磨剤で研磨していたものを、⽬の細かい研磨剤で丁 寧に研磨した場合、反応が進⾏しなくなってしまう(図 4)。キャビテーションはホーン 先端から⽣じるため、表⾯が影響していると推測されるのは⾃然であるが、丁寧に磨い たほうが、効率が落ちるのはやや⽪⾁である。下記に 35 um 粒径(サンドペーパー400 番 相当)、 8 um 粒径(同 2000 番相当) で表⾯を研磨した場合の分解に関する代表的なデー タを図 5 に⽰す。図は横軸質量電荷⽐、縦軸イオン強度の MS スペクトルであり、照射 時間 0 分では[M+H] + に⽰される元のペプチド(副腎脂質刺激ホルモンフラグメント
ACTH18-39, Mr:2464)のシグナルのみが強く観測される。照射時間が増すごとに[M+H] +
より⼩さい質量側でピークが出現し始め、 m/z 761 に⽰される超⾳波照射によって特徴的 に⽣じるペプチドフラグメントが確認されるようになる。分解は時間を掛ければ掛ける ほど進⾏するため、適度な反応量で停⽌させるのがよい。8 um 粒径で研磨したホーンで
は、m/z 761 の分解⽣成物のピークがかろうじて観測される程度の分解しか起こらない。
ちなみに、さらに頑張って鏡⾯様(図 6)まで磨いてみると、ほぼ反応が進⾏しなくなる。
図 4 浸食を受けたホーン先端の写真、左が使用前、右が 40 分使用後。使用後は、中央が腐食作用によ り黒くなっている。
図 5 ホーン先端の研磨状態による反応速度の変化(MS スペクトル)
600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 2200 2400 2600 2800
x5
m/z [M+H]+
0min
20min
40min 60min 照射時間
600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 2200 2400 2600 2800
x5
m/z [M+H]+