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「 副詞的修飾成分+コソ」 と 「 コソ一己然形」

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(1)

天草版 『 平家物語』における

「 副詞的修飾成分+コソ」 と 「 コソ一己然形」

‑ 「コソ一己然形」固定化の一側面 一

徳 永 辰 通

1

は じめに

安田章

(1990)は狂言の用例 を検討 し、「ようこそ一己然形

」 「こそござれ」が 「 挨 拶表現」か ら姿 を消す ところに 「コソ一己然形」の終幕を見ている。それではどのよ うに して 「コソ一 己然形 」 が 「 挨拶表現」 のみ に残 ったのだろうか。 この問いは、

「コソー巳然形 」 が 「 挨拶表現」以外か らどのように して姿 を消 したのだろうか、 と 言い換えられよう。

「ようこそ一己然形」は 「 副詞的修飾成分+コソ一己然形」、「こそござれ」は 「コ ソ+補助動詞巳然形」 と、形式が異 なるため、「コソー巳然形」が 「ようこそ一己然 形」 と 「こそござれ」 とに残 る過程は別々に考察する必要がある0本論は 「 副詞的修 飾成分+コソ」の 「コソ一己然形」が 「ようこそ一己然形」のみに残る過程 を、天草 版 『 平家物語』 ( 以下、天草版) と原テクス トの 「 副詞的修飾成分 +コソ」の比較 を 通 し、考察する( 1 ) o また、「コソ一己然形」が 「 挨拶表現」 とい う固定的な用いられ 方 をするようになる過程、つまり 「コソ一己然形」の固定化 にらいて も考 えてみたい。

2

先行研究

「コソ一己然形」が天草版 に取 り入れ られた要因についてまとめているものに安田 辛 (

1980)があるo安田 (1980)は原テクス トから天草版 に 「コソ一己然形」が取 り

入れ られるかどうかに①文体、②待遇表現、③位相が関わるとしている。それぞれを まとめると次の ようになる。

①天草版 において 「コソ一己然形」は、原テクス トの地の文に相当する箇所か ら排除 され会話文に相当する箇所に見 られる。

② 「 身分的年齢的に、従 って心理的に下位の者に対 して」の会話文である場合

「コソ一己然形」が崩れる。

③ 「 道徳的、身分的に下位の者 に適 したことば遣い」である場合 にも 「コソ一 己然形」が崩れる。

それでは、天草版の 「 副詞的修飾成分+コソ」が安田

(1980)の指摘する限 りでは

ないことを確認 しようo というの も、安田

(1980)の通 りであるとすると、・

天草版 に おける 「 副詞的修飾成分+コソ」 を記述 して も、その記述は安田

(1980)の指摘の域

‑79‑

(2)

を出るものではないか らである。そのため天草版のコソを扱 う場合、 この作業 を怠 る ことはで きない。

まず① についてであるが、天草版の 「 副詞的修飾成分 +コソ」のうち、原テクス ト の地の文 に相当する

8

例のコソが排除されている。そ して会話文 において も

5

例が排除 されている。 このことから、「 副詞的修飾成分 +コソ」形式 においてコソの排除に( 丑 が関与 していない といえる。また、「 副詞的修飾成分 +コソ」の もので 「コソ一己然 形 」 が崩れ、「コソー非巳然形」で文が終止するものはない。そのため② と③ の関与 もない といえる。「 副詞的修飾成分 +コソ」の天草版への採用、排除は安田 (

1980)

の指摘 とは無縁であることが確認で きた。

3

天草版の 「 副詞的修飾成分+コソ

3. 1 考察対象

本論で扱 う副詞的修飾成分 は副詞のみ とする。そのため、 iの 「ただ今のや うに」

のような副詞句は考察対象か らはずす。また、i iの ような 「 副詞+コソ+補助動詞巳 然形」 も考察の対象か ら除 く ( 引用の下線 は筆者 による。一部表記 を改めたところも ある。以下同様。 )0

i 滝口急 ぎ出会ひ見奉れば,少 しも遠はせ られず, 、ただ今のや うにこそおぼえ まらすれと申して,・ ‑

i i 上人世にめでたうこそござったれ とあれば,‑

天草版4

0323

天草版365‑

15

「 指示副詞+コソ」 も本論では扱 わないこととす る。天草版の 「 指示副詞 +コソ」

の ものに 「 かうこそ 」 「さこそ」がある。天草版の 「さこそ」の中には副詞化 してい るものが見 られるため、「 副詞的修飾成分 +コソ」ではない と判断する。「 か うこそ

も 「さこそ」 と同様 「 指示副詞+コソ」であ り、本論では扱わない。

以上、本論で扱 う副詞的修飾成分は副詞のみ とし、「 副詞+コソ+補助動詞己然形」

「 指示副詞+コソ」以外の ものとする。

3.2

「 副詞的修飾成分+コソ」の天草版への取 り入れ方

原テクス トと天草版の対応箇所 における 「 副詞的修飾成分+コソ」の 「コソ一己然 形」の異同を見ると、次のパ ターンとなる

(2)

0

■ = ウ

( ∋対 訳 :原テクス トの 「コソ一己然形」をそのまま踏襲する ( 参置換取入 :天草版で新たに 「コソー巳然形」 を取 り入れる

③変形取入 :原テクス トの 「コソー非巳然形」を天草版 において 「コソ一己然形 」

として取 り入れる

④削 除 :原テクス トか らコソを削除する

‑78‑

(3)

⑤置換削除 :原テクス トの 「 副詞 +コソー巳然形」 を別の語句 に置換する

安達隆一 (

1999)は、天草版 と原テクス トの コソの対応関係 を大 きく対訳、交替、

挿入、削除の四種 に分類 している。本論は安達

(1999)

を参考 に、 さらに細分 して五 分類 とした。Gx2 Xbは天草版 に取 り入れ られるものであ り、㊨ 耳は天草版か ら消 され た ものである。以下、天草版 に取 り入れ られる もの と天草版か ら消 された もの とを区 別 し、それぞれのパ ターンについて考察 してい くこととする。

3. 3 天草版 F 平家物語』の 「 副詞的修飾成分+コソ」

3. 3, 1 天草版 『 平家物語』 に採用された 「 副詞的修飾成分+コソ

以下、天草版 に採用 された 「 副詞的修飾成分 +コソ」 を見てい く ( 原テクス トの対 応箇所が高野本である場合 は用例番号 の右 に

「a」

を付 した。斯道本 である場合 は

「b

」 を付 した。) 0 対訳 (6 例)

1 北条 さござればこそ二十 日と仰せ られた 日数 も既 に延びまらするに,思へば賢 うこそ今 まで遁 しまらしたれ とて,共 に喜びの色 をな し,‑ 天草版392‑

14

1

b

北条サ侯へハ コソ ・廿 日 卜宣 フ ・日数モ既二延候土 ・恩へハ賢 フコソ ・今及遁

シマイラセテ候へ トテ ・共こ悦 ノ色 ヲ成 シ ‑・ ・ 斯道本758‑ l l

コソが接続する 「 賢 う」 と結 び句 の 「 今 まで遁 しまらしたれ」の関係 を見てみる。

「 賢 う」 は 「 運良 く」 と現代語訳 される もので、結び句の 「 今 まで遁 しまらした」事 態 に対する、話 し手 「 北条」の評価 になっている。

2 ・ ‑信俊 はこれを受けて取 って, またこそ参 り奉 らうずれ と言 うて,暇 を申 して

出づれば,‑

\し

天草版63 ‑ 1 5

2a

‑・ 、信俊 これを給 ッて、「 又 こそ参 り倶 はめ」 とて、い とま申て出でければ、

高野本11 3‑ 1 6

3

さて少将は今 しばらくも念仏の功 をも積みたうござれ ども, 都 に待つ人 どもも, 心 もとなうござらうずるほ どに, まづ まか り上る :またこそ参 らうずれ と言 う て,亡者 に暇乞 ひを して,泣 く泣 くそこを立たれた. 天草版79 ‑ 1 6

3a

「 今 しばらく念仏 の功 をも積 むべ う候へ共、都 に待人共 も、心 もとなう候 らん。

又 こそ参 り候 はめ」 とて、亡者 にい とま申しつ 、、泣々そこをぞ立れける

‑77‑

高野本1 57‑ 1 2

(4)

用例

2

、用例

3

は原テクス トの 「 又 こそ参 り候 はめ」がそれぞれ 「また こそ参 り奉 ら うずれ 」 「またこそ参 らうずれ」 とい うように、「コソ一 己然形」がそのまま天草版 に 取 り入れ られてい る。 コソの接続す る 「また」 と 「 参 り奉 らうずれ 」 「参 らうずれ」

の関係 を見てみる。「また 」 は、結 び句 の 「 参 る」動作が再度起 きた り、繰 り返 され た りす る様 を表す ものであ り、 事態生起が再度であることを表 している と捉 えられる。

さて、注意 してお きたい ことは用例2 も用例3 も、 どちらも 「 畷」 を申 し出る場面、

つ ま り別れの場面 とい うことである。「またこそ参 り奉 らうずれ 」 「また こそ参 らうず れ」 は別れの際の挨拶ではないのだろうか。そ うす る と、 「また +コソ一 己然形」 は 別れの際の挨拶、つ ま り慣用的な もの とい うことになろう。

4

木曾 さればこそ と言 うて,二万余騎 を入れ春へて,閑 をどっ と作 って喚いてか かったれば,平家 しば しこそ支へ たれ :志保坂 の手 をも追 ひ落 とされて,加賀 の国の篠原へ引 き退かれまらした. 天草版1

68‑24 4b

木曽 ・サ レハ コソ トテ ・二万騎入 り替テ ・時 ヲ作 り ・ヲメイテ カリ ・平家 ・暫

コソ支ケ レ ・志保手モ追 ヒ落サ レテ ・加賀囲 ・篠原へ コソ引退 キケ レ

斯道本432‑

8

I ̲

コソの接続す る 「しば し」 と 「 支へ たれ」の関係 を見 る と、「しば し」 は 「 支へ た

とい う動 きの時間的あ り方 を限定 している もの と捉 えられる。ただ、 この用例が天草 版 に取 り入れ られたのは 「しば しこそ支へ たれ」が逆接粂件句 だか らであると考 え ら れる。「しば しこそ支へ たれ」 には 「 : 」が付 されお り、一見そ こで文が切れてい る かの ように見 える。 しか し出雲朝子

(1985)による と

、「 : 」が付 され る前後 の文は 文章 として一続 きと意識 されてい る場合 と、会話文の前 に 「 : 」 を付 して会話文 を導 入す る場合 に用い られているとい う。そ して出雲

(1985)は 「コソ一 己然形」に

「 :

が付 されている もので逆接条件句 となっている例 を挙 げているが、その中に用例4 が 見 えている。

5

・ ‑,家貞 これを開いてその ことぢゃ,私が相伝 の主殿忠盛 を今宵各々闇討 ちに 召 され うとあることを伝へ 聞いて ござるほ どに,そのなられ うず る様 を見届 け うとて,か くてまか りゐるほ どに,えこそ出で 申す ま じけれ とて,なは揺 り坐

った : 天草版5‑

20

5a

・ ‑、家貞 申けるは、 「 相伝 の主備前守殿 、今夜 闇打 にせ られ給べ き由承侯 あ ひだ、其 な らむ棟 を見 む とてか くて候。 えこそ罷出 ま じけれ」 とて、畏 て候 け れば、是等 をよしな しとや思 はれけん、其夜 の闇討 ちなか りけ り。 高野本

71

6

‑,ややあって清盛言 はれたは :成親卿 この一門を滅 ぼいて,天下 を乱 らさう

ず ると企て られた.少将 は既 に成親の晴子であれば,疎 うもあれ,親 しうもあ

れ,えこそ申 し宥むま じけれ :もしこの謀反遂 げ られたな らば :御辺 とて も穏

(5)

しうやあ らうと申せ と,言はれたれば :季貞帰 り参 って,‑ 天草版3

9‑2 6a

や ゝあ ッて入道の給 ひけるは、「 新大納言成親、此一門を滅 ぼ して、天下 をみ

だ らむ とす る企 てあ り。 この少将 は、既彼大納言が嫡子也。疎 うもあれ親 しう もあれ、 えこそ申宥 むま じけれ。若此謀反 とげま しかば、御へん とて もおだ し うやおはすべ きと申せ」 とこその給 ひけれ。 高野本

914

用例

5a

、用例

6a

は 「えこそ一 己然形」で対訳 されている。 コソの接続す る 「え」

は、文末の打消 しの助動詞 「ま じ」 と呼応 し、「出で 申す 」 「申 し宥 む」事態が不可能 であることを表 している。用例5 、用例6 の 「えこそ‑ ま じけれ」 は、用例1 か ら用例4

までで見 て きた もの と違い、「えー ま じ 」 「コソー 巳然形」 とい う二重の呼応関係 にあ り、特殊 な例 と言えよう。

置換取入 (

1

例)

7

・ ・ ・ ,牛の鍬 ,胸懸切 り放 し, さんざんに し散 らいて,喜 びの閲を作 って,大波 羅へ帰 ったれば :ようこそ したれ と,誉め られた. 天草版

179

7

a

‑、御牛の軟 ・胸懸 きりはなち、か く散々に しち らして、悦 の時 をつ くり、六

波羅へ こそ参 りけれ。入道、「 神妙 な り」 とぞのたまひける。 高野本

4ト16

天草版 の 「ようこそ したれ」が原 テクス トの 「 神妙 な り」 と対応 している。 コソの 接続す る 「よう」 は、結 び句 「した」事態 に対す る話 し手である清盛の評価である。

変形取入 ( 1例)

8

・ ・ ・:とか くただ独 りいつ とな う明か し暮 らすは慰 む方 もなけれ ども,通盛の上 を見れば,賢 うこそ幼 い者 どもを都 に留 め置 いたれ とあって,泣 く泣 く喜 ばれ

た. 天草版288

10

8b

‑ ・トカク ・唯独 り ・イソ トナク ・明 シ暮スハ ・慰方モ無 レ トモ ・越前三位 ノ 上 ヲミレハ ・賢 クコソ ・稚 キ者 トモ ヲ ・都 二留 メ並 キケル ソ トテ ・泣 々悦 玉 ヒ

ケ リ , 斯道本

568‑ll

原テ クス トの 「コソー ゾ」が 「コソ一 己然形」 に変形 されて取 り入れ られている。

コソの接続する 「 賢 う」 と結 び句の 「 幼 い者 どもを都 に留め置 いたれ」 の関係 は用例 1と同様、「 賢 う」が結 び句 の事態 に対す る話 し手 「 通盛 の上」の評価 となっている。

以上、天草版 に採用 された 「 副詞的修飾成分 +コソ」 を見て きた。用例2 、用例3 は 暇 を申 し出 る際 の挨拶 に用 い られ る もので、慣 用 的な もの と考 え られた。用例4 は

「コソ一 己然形」で逆接条件句 を構成す る ものであった。「コソ一 己然形」 は元 々逆接 条件句 を構成する形式であ り、用例4 は定型的な もの と言 える。 この慣用的、定型的

7 5 ‑

(6)

なもの と、特殊 な呼応関係 にある用例5 、用例6 とを除 くと、用例

1

、用例7 、用例8 の コソが接続する副詞は、結び句の事態 に対する評価 を表す ものであるとい う特徴 を抽 出で きる。

3.3.2

天草版 F 平家物語』に採用されなかった 「 副詞的修飾成分 +コソ」

天草版 に採用 されなかった 「 副詞的修飾成分 +コソ」 を見てい く。

削除

(12

例)

9

・ ・ ・ ,結構 な車に乗 り,侍三四人連れて,常 よりも引 き繕 うて出で られた. まこ とにそれが最後 とは後 に思ひ知 られてござった. 天草版2

4‑6 9a

‑・ 、あざやかなる車に乗 り、侍 三四人召 し具 して、雑色 ・牛飼 に至 まで、常 よ

りもひきつ くろはれた り。そ も最後 とは後 にこそ思 ひ知 られけれ。 高野本78

1

用例9 の 「 後 に」 は 「 思い知 られ」 た事態の生起 した時 を位置づ ける ものである。

事態生起の時 を位置づける副詞 に接続するコソは天草版で削除 されている

10

平家の侍 ども道で馳せ向か うて,西八条へ召 さるるぞ, きっと参れ と,言 うた れば :申 し上 ぐる子細があって院の御所へ参 る,やがて帰 り参 らうと,言 うた

れ ども,‑ 天草版

259

10a

平家の侍共、道 にて馳 むかひ、「 西八条へ召 さる 、ぞ。 きッと参れ と言 ひけれ ば、奏すべ き事 あ ッて法住寺殿へ参 る。やがて こそ参 らめ。」 と言 ひけれ共、

高野本78

14

用例

10

の 「 やがて」は 「 帰 り参」るとい う事態が発生するまでの時間量 を位置づけ ている。事態発生の時 を位置づける副詞 に接続するコソは天草版で削除 されている。

11

勢 はいかほ どあるぞ ?六千騎 と聞いてござる :さらば好い敵ぞ,同 じうは大勢 の中でこそ討死せ うずれ とて,真 っ先 に進 まれた. 天草版244‑

15

l lb 勢ハ何程有ヤラン' ・六千余騎 卜閲へテ候 ・サラハ ヨイ敵 ゴザ ンナ レ ・同ハ ・大

勢 ノ中二テコソ ・討死セメ トテ ・マツサキニ コソ進マ レケ レ 斯道本

495‑5

12

義経馬 ども主々が乗 って,心得 て落 とさうずるには損ず まじい :義経 はか う落 とすぞ とあって,真 っ先 に落 とされたれば,白旗三十流ればか り差 し上 げて三 千騎ばか り続いて落 とす : 天草版271

15 12b

九郎義経馬 トモ ・主々ガ乗テ ・心へテ ・落 ンスルニハ ・損スマシキソ ・義経ハ

・クバ落スソ トテ ・マツ先ニコソ ・落 レケ レ ・白旗三十流ハ カリ ・差拳テ ・三

千騎ハ カリ ・ツツイテ落スハ 斯道本

536‑5

(7)

用例1 1 の 「 真 っ先 に」 は 「 進 まれた」 とい う動作 に主体が関わった順番 を表 してい る。用例

12

も同様 に、 「 真 っ先 に」 は 「落 とされた」 とい う動作 に主体 の 「 義経」が 関わった順番 を表 している。動作 に主体が関わる順番 を表す副詞 に接続す るコソ も天 草版 で削除 されている。

13

もとよ り静 はぬ上 に責 めは厳 しし,残 りな う申 したを白状 四五枚 に記いて,や がて奴が 口を裂 け と言 うて口を裂 かれ,首 を刻 ね られた, 天草版27‑

6 13aもとよ りあ らが ひ申 さぬ うゑ、礼 間は きび しか りけ り、残 な うこそ申けれ。 白

状 四五枚 に記せ られ、やがて、 「しやつが 口を裂 け」 とて、 口を さかれ、五条 西宋雀 に して きられ にけ り。 高野本8

0‑8

「 残 りな う」 は 「申 した」対象 の量 を規定 してい る もの と捉 え られ よう。対象の量 を規定す る副詞 に接続す るコソ も天草版 において削除 されている。

14

ここには大納言殿 こそ ござった もの をブ この妻戸 をばか うこそ出で させ られた が,あの木 をば 自らこそ植 ゑ させ られたが, な どと言 うて,言の葉 につけて も 父の ことを恋 しげに仰せ られた. 天草版80‑

ll 14a

「 麦 には大納 言殿 の、 とこそおはせ しか。此妻戸 をば、か うこそ出入給 しか。

あの木 をば、みづ か らこそ植給 しか。 」 な ンど言 ひて、 ことの葉 につけて父の 事 を恋 しげ にこその給 ひけれ。 高野本1

58‑6

用例

14

の 「 恋 しげ に」 は 「 仰 せ られた」 とい う動作 の行 われた様子 を表 している。

様 態 を表す副詞 に接続す るコソ も天草版 において削除 されている。

15

‑,栄花 とい ひ,朝恩 とい ひ,重職 といひ方 々極 め させ られたれば,御運 の尽 きょうず る ことも難い ことで はない.富貴 の家 には禄位重畳せ り :再 び実 なる 木 はその根傷 む と見 えて ござれば,心細 う存ず る. 天草版48

13 15b

‑栄花 といひ、朝恩 といひ重職 といひ、穿 きはめ させ給 ひぬれば、御運 の尽 き

ん こともか たか るべ きにあ らずO 「 富貴 の豪 には禄位重畳 せ' り。ふ た 、び実 な る木 は、 其根必ずいたむ」と見 えて候。心 はそ うこそおぼえ侯へ。 高野本99‑

12

16

‑ :女院のお乳母の宰相 と申す女房 に頼盛相具せ られたに よって,常 に参 らせ たれば,日ごろは懐 か しう思 し召 されたに,今 このや うに申 して参 られたれば, あ らぬ人のや うに疎 ま しう思 し召 した. 天草版1

37‑15・137‑17 lらb

‑‑ 女院 ノ御乱入 ・宰相 卜申ス女房 二 ・中納言相具 シテ ・常ハマ イラ レケ レハ

・日来ハ ・懐 コソ思召 レシ二 ・今此 申〆マ イ リタレハ ・アラヌ人 ノヤ ウニ ・ 塵

コソ思召 七 斯道本290‑

5・2906

‑73‑

(8)

17

しかれば則ち日本のほか鬼界,高麗,天竺,震旦 まで も御幸のお供 をつかまつ らうず ると,口を揃へて申 したれば,その時督色 をそっ と直いて,頼 もしう思

はれてござる. 天草版1

94‑24

17b

然 レハ則 ・日本 ノ外 ・鬼界高麗天竺震旦マテモ ・行幸 ノ御供仕ルゲキ由シ ・異 口同音二申ケレハ ・ 人々・ 少 シ色 ヲ直シ・ 潰 シクコソ思ハ レケ レ 斯道本471

3

18

北の方へ もお文 を達はされ うと思はれたれ ども,私の文 は許 されねば,言葉で 軍は常のことなれ ども,去んぬ′ る七 日限 りとも知 らいで別れ奉 ったこと心憂 う 存 じたなどと言ひ含め られた. 天草版292‑

22 18

b 北方 ・大納言典侍殿へモ ・御文奉 ラハヤ ト思ハ レケ レ トモ ・私 ノ文ハ許 レネハ

・詞ニテ ・軍ハ常 ノ事ナ レ トモ ・去ヌル七 日ヲ限 リ トモ知 ラス〆 ・別 レ奉 リシ

事 ・心憂 クコソ覚候へ 斯道本574 ‑

4

原テクス トで コソが接続 している用例1

5

「 心ぼそ う」、用例1

6

「 懐 」 「 疎」、用例1 t ■

7

「 塘 シク」、用例1

8「

心憂 ク」は、それぞれ 「 おぼえ 」 「 思召 レ 」 「 思召 」 「 思ハ レ 」 「 覚」

とい う認識 した内容である。原テクス トにおいて認識 した内容 を表す副詞 に接続する コソは、天草版 においてすべて削除 されている。

19a

‑,西光はもとよりす ぐれた大剛の者ではあ り,ちっとも色 も変ぜず悪びれた 身体 もなう,居直 りあ ざ笑 うて申したは ;さもさうず ∴ 清盛公 こそ過分のこと をば仰せ らるれ,他人の前 は知 らず,西光が聞か うず る所では, さや うのこと をばえ仰せ られまい.院中に召 し使 はるる身なれば,‑ 天草版26‑

7 19b

西光 もとよりす ぐれたる大剛の者 な りければ、ち ッとも色 も変ぜず、わろびれ

たる気い きもな し。ゐなを りあ ざわ らッて申けるは、「さもさうず。入道殿 こ そ過分の事 をば、えこその給ふ まじけれ。院中に召 しつかはる 、身なれば、 ‑」

高野本79‑

11

度テクス トで 「えこそ一 己然形」であるものが、用例

19

ではコソが削除 されている.

置換削除 (1例)

原テクス トの 「えこそあるまじけれ」が、天草版で 「 お くまい」 に置換 され、 コソ が削除 されている。

20

‑,清盛 は大 きに怒 って,たとひ関白な りとも清盛があた りをば障られ うずる ことぢゃに幼い者 に左右 なう恥辱 を与へ られたことは遺恨 の次第ぢゃ :このや うなことよりしてこそ人には欺かるるぞ :このこと思 ひ知 らせ奉 らいではお く 旦 ヒ :関白殿 を是非 とも恨み奉 らうずると言はれたれば,・ ・ ・ 天草版1

5‑20

L

‑72‑

(9)

20a‑、入道大 きにいか ッて、「た とひ殿下な りとも、浄海があた りをば、博 り給 ふべ きに、お きなきものに、左右な く恥辱 を与へ られけるこそ、遺恨 の次第な れ。か ゝる事 よりして、人にはあ ざむかる 、ぞ。此事思知 らせてたてまつ らで は、えこそあるまじけれ。殿下 を恨奉 らばや」 との給へば、・ ・ ・ 高野本

40‑9

用例1 9 、用例20の 「えこそ」 は、対訳 もされる一方で コソが削除 された り、置換削 除 された りと、原テクス トと天草版の対応の在 り方で特殊な振 る舞いを見せている。

天草版 に取 り入れ られるコソの接続する副詞は、結 び句の事態 に村する評価 を表す とい う特徴があったが、削除 されるコソには評価 を表す副詞に接続するものはな く ‑ 、 事態内成分 を修飾する ものばか りである。

3. 4 天草版 F 平家物語』への 「 副詞的修飾成分+コソ」の採用 ・不採用の要因 3. 4. 1 句の種類の変更 とコソの削除の関係

本節では天草版への 「 ー 二 副詞的修飾成分 +コソ」の採用 ・不採用の要因を考察するが、

その前 に句 の種類の変更 とコソの削除の関係 について述べてお きたい0

コソが削除 される用例

12

であるが、声の例 は原テクス トにおいて 「 マツ先ニコソ ・ 落 レケ レ」 とあ り、 これは条件句ではな く主句であると考えられる。それが、天草版 において 「 真 っ先 に落 とされたれば」 と順接条件句 に変更 されている。 また、用例1 3 では、原 テクス トで 「 残 なうこそ申けれ 。 」 と主句であるのが天草版では 「 残 りなう 申 したを白状四五枚 に記いて」 と準体句 に変更 されている。

「コソ一 己然形」 は主句 となる場合 と、逆接条件句 となる場合がある。用例

12

は、

原テクス トの主句 を天草版で順接条件句 に変更するためにコソを削除 したと考 えるこ ともで きよう。そ して用例 1 3では、原テクス トの主句 を天草版 において準体句 に変更 するためにコソを削除 した とも考 えられる。

句の種類の変更が コソの削除を促 したか どうかについて、用例1

6

が示唆 を与えて く れる。用例1

6

は原 テクス トでは 「 懐 コソ思召 レシニ」 と逆接条件句内にコソが生起 し ている。それが天草版 においてコソが削除 されるのであるが、「 懐 か しう思 し召 され たに」 と逆接条件句のま まとなってお り、句 は変更 されないにも関わらず コソは削除 されている。そ うすると、句の種類の変更が原因でコソが削除 された とは考 えられず、

コソの削除には別の要因があると考 えられる。‑

3. 4. 2 天草版 F 平家物語』への 「 副詞的修飾成分 +コソ」の

採用 ・不採用の要因 前項では句の種類の変更が コソ削除の要因 とは考 えられない ことを述べた。それで はコソの採用 ・不採用には何が関与 したのだろうか。

採用 される 「 副詞的修飾成分 +コソ」の、 コソが接続する副詞は、一部の慣用的な もの、定型的な もの を除 き、結 び句 の事態 に対する評価 を表す ものであった。一方、

採用 されない副詞は、原テクス トと天草版 とで特殊な対応関係 にある 「えこそ」 を除

7 1 ‑

(10)

くと、すべて事態内において働 くものであった。天草版への 「 郡詞的修飾成分+コソ

の採用 ・不採用には、コソが接続する副詞的修飾成分の質が関わっていると考えられ そうである。

仁 田義雄 (

1993)

は副詞を 「 言表事態修飾語」 と 「 言表態度修飾語」 とに二分 し、

前者 を 「 言表事態の成 り立ち方 を様々な観点か ら修飾 ・限定 した もの」、後者 を 「 事 態に対する話 し手の評価的な態度や捉 え方や伝 え方 を表 した もの」 としている( 3 ) 0 天草版に採用 されるコソが接続する副詞的修飾成分は、結び句の事態に対する評価 を 表 してお り、「 言表態度修飾語」に相当する。一方、天草版で削除 されるコソが接続 する副詞的修飾成分は事態内において働 くものであるため、「 言表事態修飾語」 に相 当 しよう。

天草版への 「 副詞的修飾成分+コソ」の採用 ・不採用には、「 言表態度修飾語+コ ソ」は採用 され、「 言表事態修飾語+コソ」はコソが削除されるというように、 コソ の接続する副詞的修飾成分の質が大 きく関与 していると考えられる。

4

「 コソ一己然形」の固定化

4. 1 「 挨拶表現」への 「 コソ一己然形」の残 り方

安田

(1990)

は狂言の用例から 「コソ一己然形」の終幕を 「 挨拶表現」か ら姿を消 すところに見ている。ちなみに、虎明本において 「 副詞的修飾成分+コ ソ 」 を探 して みると

34

例見えるが、すべて 「よう+こそ」であった

(4)

0

これまでの考察をまとめると、図

1

のようにまとめられる。「えこそ‑ まじけれ」の ような特殊な呼応関係 にあるものを除 くと、原テクス トの 「 副詞的修飾成分+コソ 」 には 「 言表態度修飾語+コソ一己然形 」 「 言表事態修飾語+コソ一己然形」 とが見 ら れる。「 言表態度修飾語+コソ一己然形」は 「 賢 うこそ一己然形」のみであるが、一 方の 「 言表事態修飾語+コソ一己然形」は広い言表事態修飾語に接続するかたちで見

られる。

天草版の 「 副詞的修飾成分+コソ」は、一部の慣用的 ・定型的な表現をするものを 除 くと、「 言表態度修飾語+コソ」であった。このことから、天草版成立時までに慣 用的な表現 をする場合 を除 き言表事態修飾語 にコソが接続 しな くなったことが窺 え る。用例

8

は原テクス トで 「コソ‑非巳然形」であったが、天草版に 「コソ一己然形 」

として取 り入れられている。このことから、天草版成立時までに、言表事態修飾語か らコソが離れる ( 図 1 の①)一方で、「 言表態度修飾語+コソ」 と 「コソ一己然形」の 結びつきが強 くなった ( 図1 の( 令)ことが窺える。

天草版の 「 言表態度修飾語+コソ」には 「 賢うこそ一己然形 」 「ようこそ一己然形 」 が見えたが、虎明本 には 「 賢 うこそ」が見えな‑ い。 このことか ら、天草版成立後 に

「 言表態度修飾語+コソ」の 「 賢 うこそ」から 「コソ一己然形」がはずれ ( 図1 の③) 、

「ようこそ・ 「巳然形」のみに残るようになったと考えられる。「えこそ一己然形」につ いては、天草版において削除、置換削除されていたことを考えると、コソが 「え」に

70‑

(11)

接続 しな くなった り, 、「えこそ一 己然形」が他 の形式 に取 って代 わ られるようになっ たことで姿 を消 した と考 えられる。

4.2

「コソ一 己然形」の固定化の一側面

さて、天草版成立時 における 「コソ一 己然形」 の固定化 について触れてお きたい。

天草版 の 「 言表態度修飾語 +コソ」 はすべ て 「コソー 巳然形」 となっていた.そ して コソが接続す る言表態度修飾語 は結 び句 の事態 に対す る評価 を表 してお り、「 評価 + 事態」になっていた。この ような 「 評価 +事態」に 「コソ一 己然形」が関わる用例 は、

本論で挙 げた用例 のほかに天草版 に

2

例見つかる

。1

例 は 「されば こそ一己然形」、 も う1 例 は 「さて こそ一 己然形」である

徳永辰通

(2008)

で は天草版 の 「されば こそ一 己然形 」 「さて こそ一 己然形」 は

「されば こそ 」 「さてこそ」が予想通 りであることに気づ く表現 をする感動詞的用法で、

結 び句 の 「 一 己然形」 には予想通 りであった事態が表 される ものであることを明 らか に した。 この 「されば こそ一 己然形 」 「さて こそ一 己然形」 であるが、 「さればこそ」

「さて こそ」は 「 一 己然形」の事態 に対す るある種の評価 を表 してお り、「 評価 +事態」

となってい る。接続詞的用法の 「されば こそ」 と 「さて こそ」 の場合、「コソ一 己然 形」 となる用例 はない。

以上 をまとめる と、次の図2の ようになる。

‑69

(12)

天草版の 「 副詞的修飾成分 +コソ」 は 「 言表態度修飾語 +コソ

に限 られ、かつ

「 言表態度修飾語+コソ一己然形」形式 となっていた。そ して、一部の慣用的な表現 の場合 を除いて言表事態修飾語 にコソは接続 しなかった。徳永

(2008)では、感動詞

的用法の 「さればこそ 」 「さてこそ」の場合に限 り 「さればこそ一己然形 」 「さてこそ 一己然形」 とな り、接続詞的用法の場合は 「さればこそ一非巳然形 」 「さてこそ一非 巳然形」 となっていた。天草版 に見 える 「 言表事態修飾語 +コソ一己然形 」 「されば こそ一己然形 」 「さてこそ一己然形」は、いずれ も 「 評価 +事態」形式 となってお り、

「コソ一己然形」 と 「 評価 +事態」の結び付 きの強 さが窺える。

「コソ一己然形」 と 「 評価 +事態」の結 びつ きの強 さは、天草版成立時におけるも のである。用例

8

は原テクス トで 「コソー非己然形」であ り、天草版 に 「コソ一己然 形」として取 り入れられている。また、天草版 において感動詞的用法の 「さればこそ」

である 「さればこそ一己然形」は原テクス トにおいて 「さればこそ‑非己然形」であ る。 このことか ら、「 副詞的修飾成分 +コソ」 と 「さればこそ」 を見た限 りではある が、天草版成立時に 「コソ一己然形」 と 「 評価 +事態」の結びつ きが強 くなったこと が見て取れる。図1の②で

『 言表態度修飾語+コソ』 と 『コソ一己然形』の結びつ き が強 くなる」 としたが、 これは

『コソ一己然形』 と 『 評価 +事態』の結びつ きが強

くなる」 と改めるべ きか もしれない。

それはさてお き、「コソ一己然形」 と 「 評価 +事態」の結びつ きが強 くなったとい うことは、「コソ一己然形」の固定化 を意味する。天草版 における 「コソ一己然形」

と 「 評価 +事態」の結びつ きの強 さは、天草版成立時における 「コソ一己然形」の固 定化の一例 と位置づけられよう。

E t H

5

おわ Uに

本論で明 らかにした点をまとめる。

「 副詞的修飾成分 +コソ」の 「コソー己然形」が 「ようこそ一己然形」のみに残る 過程 を原テクス トと天草版の比較を通 して考察 した。その過程は、まず天草版成立時 までに言表事態修飾語 にコソが接続 しな くな り、かつ 「 言表態度修飾請 +コゾ」 と

‑68‑

(13)

「コソ一 己然形」 の結 びつ きが強 くなる。 そ して天草版 成立後 に 「言表態度修 飾語 + コソ」 の 「賢 うこそ」 か ら 「コソ一 己然 形」 が はず れ、 「ようこそ一 己然形」 のみ に 残 る ようにならた と考 え られる。

また、 天草版 の 「副詞 的修飾成分 + コソ」 と 「され ば こそ」 を見 た場合 、「コソ一 己然形」 と 「評価 +事態」 の結 びつ きが強い こ とを明 らか に した。 そ して、 この結 び つ きの強 さは天草版成立時 にお ける 「コソ一 己然形」 の固定化 の一例 と位 置づ け られ る こ とを述べ た。

本論 で扱 わなか った 「副詞句 + コソ」 と 「指示副詞 + コソ」が 「コソ一 己然形」 と の関係 をどの ように推 移 させ てい ったのか については今後 の課題 とす る。

注】

(1) 近藤政美 (1999)に倣 い高野本巻 第一 〜巻第三、斯道本巻第四〜巻 第七、巻第九

〜巻 第十 二 を 「原 テ クス ト」 とす る。欠本 である巻第八 に国会図書館本 を用 いた 研 究 もあ るが、本論 は用 い ない。

(2)本論 で扱 ったテ クス トは次 の通 りである。

天草版 『平 家物語』 :近藤政美 ・地相奈代 美 ・演千代 いづみ共編 (1999)天草 版 平家物語語嚢用例総索 引 (

1 )

』勉 誠出版

高野本 :新 日本 古典文学大系 『平 家物語』岩波書店 斯道本 :斯道文庫編 『百二十句本平家物語』汲古書 院

(3)仁 田義雄 (2002)に従 うと、 「言 表事 態修 飾語」 は 「命題 内修 飾成分」、 「言表態 度修飾語」 は 「モ ダリテ ィ修 飾成分」 となる。

(4) 池 田唐 司 ・北 原 保 雄 『大 蔵 虎 明本 狂 言 集 の研 究 本 文 編 上 ・中 ・下 』 (表 現 社 ) を用 いた。

参考文献】

安達 隆一 (199

1

)係 助 詞 『コ ソ』 の構 文 史一 近代 日本語構 文 の成立 に関連 して‑」

神戸外大論叢』 第42巻 第2

安達 隆一 (1999)不 干ハ ビア ンと 『天草版平家物語

』‑

『コソ』 の行 方

『ことば と

文学 と書 :春 日正三先生古稀記念論文集』双文社 出版

出雲朝 子 (1985)天草版平家物語 にお ける句読点の用法

青 山学 院女子短期大学紀 要』 第39

江 口正弘 (1994)天草版平家物語 の語嚢 と語法』笠 間書 院

近藤政美 (1999)天草版 『平家物 語』 の翻字 に関す る諸問題

天草版平家物語語嚢

用例総索 引 (1)』勉誠 出版

徳永辰通 (2008)天草版 『平家物 語』 の 『されば こそ一 己然 形』 と 『さて こそ一 己 然形』‑ 『コソ一 己然形』採 用 の一要因

‑ 」

上越教 育大学 国語研 究』第22 仁 田義雄 (1983)動詞 に係 る副詞 的修 飾成分 の諸相

『日本語学』第2巻 第10号 (

治書 院)

‑67

(14)

仁 田義雄

(1993)

「 現代語 の文法 ・文法論 」 『日本語要説』 ひつ じ書房 仁 田義雄

(2002)

『 副詞 的表現 の諸相 』 くろ しお出版

安 田 章

(1980)

「コソの拘束力 」 国語 国文』 第

49

巻第

1

号 安 田 章

(1990)

「 係結 の終

外 国資料 と中世 国語』三省堂

( 中部大学非常勤講 師)

‑66‑

参照

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