海外における野外学校への参与観察が大学院生に与える効果
丸山 広人*
(2011 年 11 月 25 日受理)
The study of educational effects on the graduate students who took part in outdoor school activities in Canada
Hiroto MARUYAMA*
(Received November 25, 2011)
要約
本研究は,海外における野外学校への参与観察が大学院生に与える効果について検討したもので ある。環境教育を実施しているカナダの教育施設におもむき,そこでの活動を参与観察することに よって,学生たちの学びがどのように形成されるかについて検討した。その結果,環境教育といっ た学際的な領域における学びにおいては,①専門性の違い,教育経験年数の違いといった他者との 違いが相互刺激となり,互恵的学習場面が形成されやすくなること,②環境教育やサステイナビリ ティといった明示的テーマが触発されるのみならず,自分の生き方といった暗示的テーマも触発さ れることが示された。従って,これらを絡み合わせ媒介するような働きかけが教育効果を高める上 で重要になることが明らかとなった。
問題と目的
現代社会では経済的交流・文化的交流が盛んになり,環境問題などの地球規模の問題や民族対立 など民族紛争も多発している。また,グローバリズムや高度情報化社会の拡大によって,たとえ遠 くの出来事であろうとも直近の日常に影響を与えかねない状況を生み出している。それらは,文化 の衝突や文化間摩擦といわれるような課題,環境問題やエネルギー資源の課題など,地球規模での 持続可能性を脅かす課題となって噴出しているといえよう。当然,このような課題の解決には,一 つの学問領域だけで事足りるということはなく,学際的な取り組みによる包括的な問題解決の方法 を追究することが求められ,サステイナビリティ学として展開している(小宮山,2011)。
茨城大学教育学部学校心理学研究室(〒310-8512 水戸市文京2-1-1; Laboratory of Psychology, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).
*
学校教育においては,教科の枠を超えてこのような課題を考える時間として,総合的な学習の時 間がもうけられている。総合的な学習の時間では,地域や学校,児童・生徒の実態に応じて,横断 的・総合的な学習が重要視され,創意工夫をこらした教育活動の実施が求められている。そのねら いは,自ら課題を見つけ,論理的思考によって自ら考え,他者とのコミュニケーションを通して主 体的に判断し,よりよく問題を解決する資質や能力を育てることである(文科省,2010)。既存の 知識を受け身的に蓄積するのではなく,主体的に知識を創造し,他者との交流を通してその知識を 深めていきながら,他者との互恵的な学習を展開できる力が求められていると言えるだろう。
高度情報化社会やグローバリズム社会においては,学校を卒業した時の知識だけでは不十分であ り,学校を卒業した後も必要に応じて学びを継続でき,生涯にわたって学びを持続可能としうるこ とが必要となる。従って,それを可能とする教育観や学習観の育成,学力の育成が必要となり,こ のことは,将来教員になる教員養成系大学の学生たちにも求められている。これからの教師は,自 らの教科の枠にとどまらず,学際的に問題を捉えて授業を展開していかねばならない場面が増えて いくであろう。
上記のことから本研究では,総合的な学習の時間を立案し,同僚と共に実行し,その活動を評価 するといった一連の教育活動を実行する教師には,まず,自ら問いを設定し,その問いの質を高め ていく力が必要と考え,その育成を目指した教育活動を実践した。具体的には,学際的な教科の一 つともいえる環境教育の授業を取り上げ,そこでなされている実践を教員養成系の大学院生たちと ともに参与観察し,その参与観察を通して学生たちが自らの問いを発見し深めるというものである。
その際,本研究では,日本における環境教育ではなく,国外の環境教育への参与観察を実施するこ ととした。異国の環境教育を知ることによって,環境教育に対する新鮮なまなざしを獲得するのみ ならず,英語でのコミュニケーションを必要とすること,異国文化に接触すること,異国の授業風 景を直に観察できることなど,学際的な取り組みを可能とする状況が得られると考えたためである。
本研究は,このような教育実践を通して,大学院生たちが①どのような学びを形成するのか,② 学際的な取り組みや持続可能な社会に対する考え方がどのように展開するか,に関して報告するこ とを目的とする。
研究方法
1.観察対象の概要
(1)施設と授業実践者の特徴
参与観察を実施したNorth Vancouver Outdoor School(NVOS)は,2005年にカナダにおける最 優秀の環境教育施設として表彰され,最先端の野外教育活動を実施している。施設は郊外から遠く 離れた大きな森の中にある。一度施設内に入ると,その施設に関係する人や物以外と接触すること はほとんどできない。一番近くの町までは車で15分ほどかかり,その町も森の一角にひっそりと あるだけである。NVOSの建物は基本的に木造の山小屋風であり,周囲の環境によく溶け込んで いる。施設は大きく分けて食事をとる場所と宿泊する場所に分かれ,一室には約6名宿泊できる。
NVOSの脇には川幅が50メートルもあろうかと思うような大きな川が流れ,木には白頭鷲が数多 くとまっているなど,自然豊かな場所である。
NVOS では,地元の小中学生たちに3~5日間の環境教育を実施している。ここでの活動は,授 業のみならず食事の配膳などもおおむねNVOSの教員たちが主導して行い,参加校の教師たちは そのまわりで子どもたちの活動を観察していることが多い。日本で行われている宿泊学習などの 校外学習活動は,参加校の教師たちがプログラムを立案し遂行するが,NVOSではこの施設の教 員たちがプログラムを遂行しているのが特徴である。子どもたちは6人ほどの男女混合グループを 作って活動し,各グループにはカウンセラーと呼ばれる高校生たちが1名ずつ活動の補助としてつ いている。彼らによると,ここでの活動は高校の単位になるという(あるカウンセラーは,リーダー シップを学ぶという授業の単位になっていると話していた)。カウンセラーと子どもたちはこの施 設で初めて会うことになっており初対面である。カウンセラーの中には,NVOSを利用した経験 者も多く,どのような活動が行われるのかについてはよく理解している。
実施される活動はオリエンテーリング,キャンプファイアー,施設の動植物の観察や卵がふ化す る様子の観察,白頭鷲の観察や鮭の捕獲と受精の体験授業などがある。これらの活動にはカウンセ ラーが付き添い,子どもたちの学習の補助をしたり,教師の手伝いをしたりしている。小学生の野 外教育でもあり,カウンセラー(高校生たち)のリーダーシップ教育にもなっており,教育内容が 重層的に組まれている。
(2)野外活動プログラムについて 鮭の受精授業
NVOSの施設の横には,先述したように大きな川が流れ,その支流がNVOSの施設内に入り込 んでいる。その支流には川をのぼってくる鮭を捕獲するための仕掛け付きのいけすが作られ,生き たままの鮭を捕獲してある場所がある。ここで捕獲された鮭は後の授業で用いられ,その授業は NVOSの中で最も印象的なものとなる。その支流は川底が浅く流れも緩やかであるため,子ども たちはいけすまで川の中を歩いて渡り,いけすにたどり着くと鮭を網で捕獲する。
捕獲された鮭はそのまま近くの校舎まで運んでいき,雌の場合はまず頭を棒で殴り,その息絶え た鮭の腹をナイフで切り裂き卵を取り出す。雄の場合は受精させるために精子を取り出し,卵を受 精させる。生きた鮭(雌)の頭を棒で殴り,腹を切り裂く作業はNVOSの職員が行うが,卵を取 り出すのは女子児童が担当する。精子を卵にかけるのは男子児童が担当している。この鮭のプログ ラムは子どもにとって衝撃的であり,思わず顔を背ける子どももいたりするが,NVOSではもっ とも大切にしている活動である。鮭を殺す時にはあたりは神聖な雰囲気に包まれ,その場にいる人 はみなおのずと厳粛な気持ちになる。孵化した鮭は,近くの川に放流され,数年後またこの川に戻っ てくるという。このように,野外教育の中には生態系の観察,生命の循環といった内容もあり豊富 である。
オリエンテーリング
コンパスや地図を用いて行う日本でもおなじみの活動である。5~6人のグループに分かれ,施 設内のグラウンドにおいて実施する。
キャンプファイアー
夜に行われるキャンプファイアーは,主にカウンセラーが企画を立て,児童は全員参加で行われ る。カウンセラーは司会進行から出し物の企画まで全て担い,どのカウンセラーも臆することなく 積極的に場をリードし主体的に活動している。児童は歌やゲームの出し物をカウンセラーと共に楽
しみ,子どもだけで場を成り立たせているのが印象的である。自分のグループを担当しているカウ ンセラーが前に出ると,そのグループの子どもが応援するといった盛り上がりを見せる場面もある。
施設の動植物の観察・卵のふ化を観察
施設ではニワトリ,ブタ,ヤギなどを飼育しており,観察やえさやりなど動物にふれ合う機会を 提供している。子どもたちはこわごわとヤギにえさをやり,その様子は日本の子どもたちとそれほ ど変わることはない。ニワトリが産んだ卵を温めておき,それに光を当てて卵の中の様子を観察し たり,孵化する様子を観察したりするなどの授業がある。子どもたちは卵が孵化する様子をわくわ くした様子で眺め,孵化が始まると集中して見つめている。卵からヒナがかえると感嘆のため息と 安堵のため息が入り交じったような深い息づかいがあたりを包む。
白頭鷲の観察
施設の周りの木々には数多くの白頭鷲がとまっており,その様子を観察するというものである。
白頭鷲のとまっている木のとなりには大きな川が流れ,川と木の間にある道路を散歩しながら,川 の鮭を白頭鷲が捕まえることなどの解説を受ける。この後,川の支流に進み,鮭の受精授業につな がっていく。
以上のような活動を3日間かけて実施している小学校5年生の活動を中心に参与観察を実施し た。
2.参与観察と面接
本研究で学生たちが行った参与観察は,できるだけ児童の活動を妨げないように配慮しながら,
活動の脇でその様子を観察するというものであった。外での活動が多いため,結果的に子どもたち と同じような活動を行う機会が多く,たとえば,川を歩いて鮭のいけすまで行くというようなとき には同様の活動を行った。子どもたちに対して,われわれの方から積極的に話しかけることはせず,
子どもの方から話しかけてきたときにはそれに応じる程度であった。
筆者は学生の様子や子どもたちの活動を観察しながら,その時々で活動のメモをつけ,その日の 夜にノートをまとめるという作業によって記録を行った。
本研究では,参与観察によって学生がどのようなことを学ぶのかの質的変化を調査するために,
プログラムの参加前,途中,参加後にインタビューを実施した。
3.参加学生と教員
本研究は,教育学研究科の「サステイナビリティ教育演習Ⅲ」の授業でもあり,参加している学 生は環境教育やサステイナビリティ(以後,サステナと略記)に興味のある学生が多い。参加した 大学院生は,理科教育専修4名,英語教育専修2名,学校教育専修1名,技術教育専修1名の8名 であった。この演習を履修した学生のうち,2人は現職派遣教員であったが,その他の6名は,大 学院修了後教員になることを志望している。
本プログラムでの経験は,環境教育が大きなテーマとなる総合的な学習の時間においていきてく ると考えられていた。従って,本演習では,学生おのおのが自らの問い設定し,その問いを高めて いくことを求める内容となっていた。
本演習に同行した教員は,理科教育,英語教育,保健体育教育,学校教育の4分野からそれぞれ 1名ずつであった。教員は学生の活動に付き添い,車の運転やプログラムの外枠作り,NVOSと の交渉など学習活動のサポートを行った。筆者は活動の記録者及び学生の面接者としての役割を
担って同行した。
4.実施期間
本演習は平成22年度後期に実施され,カナダへの参与観察は平成22年11月27日~12月5日 の9日間行われた。事前面接は10月中旬に行い,プログラムの実施途中の面接は11月30日~12 月3日,事後面接は12月15日~12月21日に行った。
結果
本研究では,カナダでの演習前,演習の途中,演習後と3回のインタビュー調査を行うことによっ て,学生の学びを質的に調査した。このため,この3回の面接調査で得られたデータを中心に分析 を実施した。適宜,参与観察データも用いることとした。
1.事前インタビューの実施
事前インタビューの内容は,サステナ関連の授業履修状況,修士論文の研究テーマ,希望の進路,
NVOSで何を学ぼうとしているのか(参加動機),自分の学習スタイル,の5点であった。インタ ビューは筆者の研究室で行い,インタビュー時間は一人20分程度であった。
事前インタビューでは,「本プログラムに参加して何を学び取ろうとしているのか」といった,
基本的で素朴な質問を実施したが,学生たちには新鮮だった様子で,みな一瞬,言葉に詰まりそれ から考えながら話を始めていた。自分なりの問いを立て,それを発展させるというプログラムであ るため,自分が何を学び取ろうとしているのか,ということを自分の言葉で事前に表現しておくこ とは,本プログラムに参加したときの動機を明確にするようである。表1は,参加学生の所属,修 士論文の研究テーマと参加動機,進路の希望をまとめたものである。
2.事前インタビューによる参加者の特徴
事前インタビューを実施することによって,今回の学生グループは大きく二つのグループに分か れることが分かった。その一つ目は,環境教育への関心の高いグループ(理科教育の学生でサステ ナへの関心も高い)である。このグループは,自分の研究テーマや関心領域がサステナという考え 方と何らかの関連をもち,今回の演習が研究にもつながる人たちである。将来の教育活動とも直接 的に有益につながるともいえる。ほとんどの学生はサステナ関連の授業を全て履修し,環境教育に 対する関心も高いグループである。これらを理科グループと名づけることができる。
二つ目は,カナダで実施されている教育活動を知ることによって,経験を積みたいというグルー プである。必ずしもサステナや環境教育に関心が高い者ばかりではないが,海外の教育を観察した い,海外の教育に参加しながら観察できる機会を活かしたい,というグループである。このグルー プはさらに大学院生グループと現職派遣教員グループに分けられる。大学院生グループは,将来教 師になった時のための経験として参加を希望し,現職派遣グループは,「教師としての自分」「日本 の教育とカナダの教育の比較」を前面に出して参加する人たちといえる。前者を体験重視グループ,
後者を現職派遣グループと名づけることができるだろう。これらの3グループの人たちが寝食を共 にしながら,サステナをキーワードにしたプログラムに参加することによって,どのような相互作 用が生まれ,どのような学びが形成されるかといったプロセスが今回の報告テーマになる。
表1 事前インタビューの概要
※GとHは,予定を合わせることができず事前インタビューを実施できなかった。
3.中間インタビューの実施
中間インタビューは,NVOSでの演習期間のちょうど真ん中に当たる11月30日~12月3日に 行った。次の項目を中心にインタビューを実施した。まずは,導入として印象に残っていること,
感じていることを述べてもらった。漠然としたインタビュー項目ではあるが,多くの学生はこの質 問に答える時間が最も長かった。次にNVOSに来る前と後ではサステナについて,その他について,
何を発見し何に気づいたかとした。前後の差異に焦点を当てることによって,学んでいることを明 確にできると考えこの質問を実施した。最後に,教師の立場に立ったとしたら何を学ばせたいと思 うかを尋ねた。
インタビューの時間は一人30~60分であり,場所は筆者の部屋,本人の部屋など,その時々 に空いている部屋を用いて行った。希望者には複数回のインタビューを行った。記録は筆記のみで 行い録画や録音はしていない。
4.中間インタビューの結果
それぞれのインタビューを聞き取り,その日のうちにノートに記録した上で帰国後まとめた。学 生たちが学んでいることは彼らの語りのテーマとなって現れるため,そのテーマに名前をつけるこ ととした。インタビューの意味内容ごとに切片化し,それぞれの切片の内容にあうラベルをつけ,
それらをテーマごとにまとめた。この結果,51の内容にラベルを与え,そこから,表2で示した ように5つの大テーマと10のサブテーマを抽出することができた。
表2 中間インタビューで抽出されたテーマ
5.NVOS での学びの実際
次に,学生たちがNVOSでどのようなことを感じ,何を学んでいるのかについてそれぞれのテー
マ別に,学生たちの語りをとりあげながら検討する。なお,文中のアルファベットは表1の仮名の アルファベットに対応している。
(1)カナダの印象
大テーマのひとつ目は「カナダの印象」であり,これは全員が言及したテーマである。日本とカ ナダの自然の違いを述べたものであり,山や湖などの景色の雄大さについては全員が語った。より 細かく石の違いや木の違いに言及する理科教育のグループや,夜がなかなか明けない珍しさを語る 者もいる。もう一つは,人種に関するものであり,自分たちマイノリティに対する差別的なまなざ しのないこと,アジア人の多さに驚いたなどの感想を挙げていた。
われわれの宿泊した施設の中でネズミが罠に掛かっていたことがあり,学生が子どもたちに見せ たところ,子どもたちが悲しみ,かわいそうだと言ったことに驚いたと語る者も数人いた。西洋では,
罠にかかったネズミを殺すのは当然と合理的に考えると思っていたが,そのようなことはなく,自 分たちと同じような感じ方をすることに驚きをもったようである。子どもたちが動物のビデオを見 ているとき,日本人とは全く違うところで笑いが起きていたことに対して,「笑いのツボが全然違う」
といい,カナダの子どもと日本人の違いを語る者もいた。それぞれの異文化体験が語られていたと いえよう。
(2)NVOS やサステナについて
NVOSで実施されている野外教育の目的とサステナを関連づけている内容であり,理科グルー プ全員が言及していることである。(反対に理科グループ以外ではあまり言及されていないテーマ でもあった)。これらは,日本で行われている環境教育との違いとして語られていた。NVOSでの 活動は「サステナというよりは食物連鎖の話」(B),「サステナの前段階であり,そのレディネス づくり。小学校のうちからこのようなことをするので,後にサステナが入っていきやすくなるのだ ろう」(H)といったように,NVOSがサステナを学ぶ場というよりもその前段階を体験させてい るのではないかという意見が共通している。「日本の環境教育は水質汚染の調査法や数値の見方を 学ぶことが多い。しかし,生命への畏敬の念や生命の循環というその前段階の視点があまりないの ではないか」(H)という,日本の環境教育に足りないことへの気づきも語られた。同じことを違 う側面から語る者もいる。「日本の環境教育は,行動に移すことを最終目標にしているが,行動ま で移すとなると目標が遠くなり,なかなか達成感が得られないが,カナダではそのようになってい ない。環境保全の行動にまで移すことが日本の環境教育では強調されているが,カナダでは環境 の大切さに気づくことの教育がなされているので,まずはそれでいいのだと少しほっとした」(A) という。これも日本で強調されることの前段階に目を向け,その重要性に気づいたというテーマと いえるだろう。
NVOSの教育とサステナが離れているのではないかという意見を表明する者もいる。「NVOSは 生命の大事さ,自然への畏敬の念を感じさせるところであり,これが持続可能な社会をどのように 実現するのかということと,深いところではつながっていると思う。しかし発展途上国が台頭して くる中で持続可能な社会を考えるならば,その技術を開発せねばならない。技術開発とそれをどう 途上国にもっていけるかが持続可能な社会の実現に貢献するだろう」(C)という語りである。生 命の畏敬の念といった心情的なテーマが強調されたことによって,かえって現実的なテーマが触発 されたようである。また,カウンセラーたちの多くが,小学生の時にNVOSに参加した経験者で
あることから,「NVOSでは,教育にもサステナが形成されているのではないか」(A)という意見 も出され,サステナに関する知見が広がっている者も見られた。
(3)カナダの教育観と日本
このテーマはNVOSの教育活動を観察することによって,日本とカナダの教育に対する考え方 の違いに触れたものである。先述したように,NVOSの脇には鮭が遡上してくる川が流れている。
そこには橋が架けられているが,その橋には手すりのないのが特徴である。橋には雪が積もってい るためすべりやすく安全とは言えない(川の深さは大人の膝程度で,その流れもゆるやかであるた め,大きな危険があるというわけではない。また,川から橋までの高さは70センチほどである)。
頭上を見れば森の木に数多くの白頭鷲がとまっており,辺りをうかがっている。「このような環境 に対して,カナダ人は当たり前のようにしているのに,日本人の自分には驚異と感じられている。
これは,日本人が守られすぎているからではないか,自然を感じられなくなっているからではない か」(D)という感想を述べる者もいる。また,オリエンテーリングでは吊り橋を渡るプログラム があるが,これは高校生カウンセラーが全てを担当し,教師たちはその場にさえいない中で行われ る。子どもたちが渡る吊り橋の下には安全ネットなどなく,落ちれば川の中である。「このような ことが実施可能なのは,カナダの保護者がそれを問題視していないことであり,日本の保護者とカ ナダの保護者にはやはり安全に対する考え方に違いがあるのだろう」(C)という見解も出されて いた。実際,NVOSの教師たちはこのような疑問に対して,これまでケガをした子どもはいたが,
そのようなことが問題になったことはないと話していた。このことは,NVOSが特別にそうして いるというのではなく,カナダに共通するものであろう。日本は安全を求めるあまり,自然に対す る恐れや畏敬の念が消し去られてしまったのではないか,ということを感じた者は少なくなかった ようである。話はそれるが,バンクーバー市内では,たとえ信号が赤であろうとも安全と判断でき る状況では,人々が当たり前のように横断している様子が見られ,青に変わるのを待っているのは われわれだけというときがあったが,このようなところからも日本の安全観とカナダのそれとは違 うという発言もあった。
NVOSの活動の中にはカウンセラーに任せっきりになっているものもあるため,時間通りにプ ログラムが進まないこともあった。全ての子どもが綱渡りを体験できなかったり,時間がなくなっ たため活動が中途半端になったり,積極的で目立つ子どもばかりが様々なプログラムを体験し,お となしい子どもたちはその活動を見ているだけの時間が多くなってしまっている様子から,「日本 の教師の方がきめ細かく配慮ができている」(E),「安全などの親の願いに日本の教師たちは応え ていこうとしている」(D)と日本の教育のきめの細かさに言及する者もあった。「部屋の中でEさ んが日本の教師の方がきめ細かい,配慮があると語っていたが,確かにそうなのではないかと思う」
(F)という発言も同様のことを感じたものと受け止められるだろう。これらは,異国を通して母 国を知るといった体験を,特に安全や教育という面から捉えた発言といえる。
(4)カナダの授業風景
参加者が教員志望あるいは現職教員であることから,カナダの授業風景に関しては全ての学生が 言及しているテーマとなっていた。
NVOSでは,教師が教科書を用いて授業を展開することはほとんどなく,「トークが長くて,た とえ話なども交えて話し方がうまく」(B),「生徒たちは疑問を感じたらその場で手を挙げて表現
がすごい」(D)という感想が多く寄せられた。「ディスカッションをどのように取り入れて授業を 展開するかの参考になる,自分がやりたい授業の理想に近い」(E)といったように,コミュニケー ションを取り入れた授業を今後の教育に活かしたいという語りにもなっていた。
ここで,少しNVOSでの授業風景を描写してみよう。教師は教科書を見ず話を展開し,子ども たちは疑問が出てきたらその場ですぐに手を上げる。教師は説明の最中だったら指名せずそのまま 話を続け,その間子どもは黙って手を挙げ続ける。一区切りついたら教師が指名し生徒が発言する。
生徒はダラダラと発言することは滅多になく,筆者の観察ではほぼ5秒以内に質問を終えており,
それに対する教師の答えもだいたい5秒以内に終わっている。その発言が終わるとすぐにまたサッ と他の子どもから手が挙がり,テキパキとしたやりとりが続くことで,授業には小気味よいリズム が生まれていた。
教師が表情豊かに身振り手振りを交えつつ,時に冗談や間を置いて授業の空気を作っている様子 から,「教師は授業の中で演じなければならないと学部の授業で教わり,これまではその意味が分 からなかったが,伝えたいことを伝えるためには演じることが重要だと分かった」(B)と教育の 技術面の学びを多くの者が参考にしたようである。鮭の頭を棒で叩いて殺す時,教師は子どもたち が静まるまでじっと待ち,さらに間を置いて緊張感を高め,あたりが神聖な空気に包まれた一瞬を 捉えてことを成し遂げる。このような授業観察を通して,学部時代には単なる一つのお題目であっ た「演じることが重要」という意味が,「伝えたいことを効果的に伝えるため」という,自分なり の意味づけをもって納得できたという。そのほかにも例えば,「学部の時に一つの事象から様々な ことを学ぶ授業が大切であると聞いていたがピンとこなかった。ここに来てその意味がようやく分 かった気がする」(A)という語りも,学部の授業でならったことがここに来てはじめて分かった,
というものであろう。「鮭のプログラムでは,お腹の中からとりだした卵に精子をかけて受精させ る場面があるが,女の子に卵をもたせ男の子に精子をかけさせるなど,生命を考えさせながら性 教育的な意味もある」(D),「教師たちが子どもたちに対して,受精させた鮭は放流してから4年 後に戻ってくるので,君たちも4年後にカウンセラーとしてNVOSに戻っておいでと話しかけて,
NVOSの教育を持続可能とさせている」(A)など,一つの事象からさまざまなことを学べたこと によって,学部時代の学びをより深められたという。このように学部時代に表面的に理解していた ことが腑に落ちた,納得できたという深い学びを経験をした者もいたようである。
NVOSで行われている活動から「日本で使えそうなネタを探している」という動機も出ていた。
「卵に光を当てて中を見るのはすぐに使えそう」(C),「オリエンテーリングで行われていたことに は数量感覚の学習に展開できるのではないか」(F),「子どもと自然を結ぶ場づくりが必要である ことが改めて認識できた」(B)と,授業づくりや自らが教師になったとき,あるいは教壇に戻っ たときの参考にするということが強く触発されているようであった。
(5)自分自身のこと
これまでのテーマは,カナダのこと,カナダの授業や日本との違い,NVOSについてなどであっ たが,もう一つ多くの学生を触発したテーマが自分自身のことというものである。サブテーマとし て演習の意義,自分の生き方,英語に対する思い,西洋と自分というものを抽出することができた。
サブテーマである演習の意義は,主に体験重視グループの大学院生たちが感じたテーマである。「理 科教育の人たちのようにサステナのことを真剣に考えて取り組んでいなかったのでこのままではい
けない,ここにいてよいのだろうかという気持ちもある」(D),「サステナのタイでの演習は,タ イの人たちと一緒に環境問題を見いだし,それを解決するような案を作り出すということであった が,ここではそのようなことがないので,ここに来た目的は何だろう,何を学べばよいのだろうと いうことが分からなくなってきている」(F)という戸惑いである。課題や目的が曖昧な中,理科 教育の学生は専門領域と関連づけて学習することができ,現職グループでは,自らの教育実践に基 づいて問を形成しているが,そのような参照枠のない学生たちにとっては,自らの参加の意義を改 めて問わねばならない状況に置かれ,自らを問い返すといったテーマが触発されていたと言えるだ ろう。
自らを問い返すということは,英語という言語を通して語られてもいた。英語に関する感想は,
例えば,「英語という言語を改めて好きになっているし,学ぼうという動機づけが高まった」(E),
「次第に英語が分かってきていることをうれしく感じる」(B),「きれいな英語を話すよりも自分が ほしい情報は何かをしっかりと持っている方が大切,英語はそのツール」(G)という語りが代表 的である。このような英語に対するやる気や好みとはちがった側面として,英語を話す人たちと自 分たちというとらえ方をする人もいる。これは,英語を話す人たちは英語優位が当たり前という感 覚を持っているのではないか,という疑問として現れていた。カナダではネイティブの人々に対す る尊敬を表明し,その保護も積極的になされている。そのことはバンクーバーオリンピックの時の オープニングセレモニーでも随所に見られた特徴である。しかし本当にそうなのだろうかという疑 念がマイノリティの立場になってはじめてわいてきたようである。「NVOSの人は英語にも日本語 にも優劣などないのだといっているが自己弁護に聞こえる。そもそもそのようなことが言えるのは 自分たちが優者だからではないか」(A),「われわれ日本人が日本に来たばかりの欧米人に対して,
日本における仏教で空海は・・などと難しい話をするわけはなく,それをいつもと同じスピードで 話すことはないだろう。それをNVOSの人たちは自分たちにしているのだから,言語に優劣はな いといいながらもやはり英語優位なのだろう」(G)という感想である。文化摩擦とまでは言えず とも,そのような感覚を生み出すような場面もあったようである。自らがマイノリティであること に感じ入って「日本にいる外国人のつらさが分かる気がする」(F)と言う者もあり,「国外に出て マイノリティになって初めて,日本のマイノリティであるアイヌのことをより勉強したくなってい る」(A)という視点を得ている人もいた。単に英語が聞き取れる,理解できるという感想ではなく,
そこから文化的,社会的視点にまで発展させて問いを高めようとしている姿が見られたと言えるだ ろう。
6.2種類のテーマの表出
本演習では,サステナや環境教育というテーマはあるが,課題は設定されておらず,むしろそれ を発見することが個々人に求められていた。そのような中,表2を見ても分かるように,環境教育,
カナダと日本の教育の違い,サステナといった本演習にとっての本来的なテーマが抽出されている 一方,自分についてという自らのあり方を問うようなテーマも抽出されていた。これは専門領域や 教育経験年数の違いを超えて見出された共通テーマともいえる。そこで本研究では,サステナや環 境教育という本来のテーマを明示的テーマと名づけ,自らのあり方を問うといったテーマを暗示的 テーマと名づけることにしよう。明示的テーマは,何を課題とするか,どのように解決するか,そ こから何を学ぶかといった課題が追求されるが,暗示的テーマは自分のあり方,その場での居方と
いったテーマとして現れる。このようなことから体験学習においては,明示的テーマのみならず,
暗示的テーマにも目くばせすることによって,より体験を深めるような学習を促進できるのではな いだろうか。
7.事後インタビューの実施
本プログラムに参加した学生たちは,その後,改めてNVOSでの観察を振り返ったときに,ど のようなことを学んだと考えているのだろうか。そして,何をやり残したと考えているのだろうか。
そのことを調査するために事後インタビューを実施した。事後インタビューは帰国後10日~2週 間とした。帰国直後に行うとまだカナダの興奮が残っており中間インタビューと同じ内容になるか もしれず,あまり後になってしまうと重要なことまで忘れてしまうと思われるので,このあたりが 適当と判断した。実施時期は12月15日~12月21日であった。質問内容は,次のようにした。
1.印象に残っていること(大まかに振り返ったとき何が残るのか)
2.自分にとってカナダ行きは何だったか(自分にとっての意味)
3.何を学んだか(自分にとっての成果)
4.次の人たちへのアドバイス(次の人へのアドバイスのみならず,やり残したこと,こうすれば よかったということを聞きたかったため)
特に,2.自分にとっての意味,3.何を学んだかということが調査の中心となったが,項目に 従ってまとめてみよう。
8.事後インタビューの結果
(1)異文化体験として
多くの学生たちは,帰国するとすぐに中間発表会やアルバイト,たまっている課題や修士論文の 執筆などがあり,その日常の忙しさによって「カナダ」を遠く感じているようであった。雄大で美 しい自然と先住民を尊重する異国文化といったことを印象深く語り,多くの者にとって異文化体験 であったことが分かる。
(2)自分にとっての成果・学んだこと
理科グループの学生は,中間インタビューで述べた内容を,以前より具体的な形で簡潔に表現し て語っていた。「日本の環境教育では,教育することによって,子どもたちが実際の行動にまで移 すことを求めるが,それ以前の教育(生命の循環など)が必要であることを認識した」(A),「子 どもたちに体験学習の機会を与えることによって,本来教えたい教科書の内容以上のものをその文 脈の中で教えることができ,子どもたちも理解できてしまうのではないか」(B),「いくら知識を 頭に入れても,身体で実感しないと行動にまではつながらないので,体験学習が重要であることが 分かった」(H)といったようなものである。「日本の林間学校の場合,NVOSのような木でできた 施設ではなくコンクリート製であったりして,どこか自然と距離がある気がする」(C)という感 想も,自然を体験することの必要性を別の側面から指摘しているといえるだろう。体験学習を進め るためには,NVOSのような施設を積極的に活用できる体制を作らねばならないという意見もある。
それを可能とするためには,「専門による分業化をすすめていく必要があるのではないか,日本は 教師が全てを担いすぎて手一杯」(A)という,具体的な施設の運営構想にまで発展させている学 生もいる。自分の教科の教え方,教科と関わる施設の活用の仕方といったように,目的意識の明確 な感想があった。
理科グループ以外の人たちは自分を振り返る機会としたようである。現職派遣グループの一人は,
「ストレートマスターの人とは違い,自分は指導してもらえるというより尊重してもらえるように なり,もはや指導してもらえる場所にいるわけではないことがわかった」(E),体験重視グループ の一人は,「理科教育の人たちみたいに自分にも見たいもの,知りたいことが明確にあったはずな のに,日常の忙しさで自分のことを表現せずに殻の中に閉じこもっていた」(D)と他者との立場 の違いによって自分を見つめ直すという機会であったと振り返る。その一方,日常から離れたこと によって,「自分の教科というよりも,人間の幸福って何だろうかと少々哲学的なテーマを考えて いた」(G),「友人関係など自分に向き合うことができた」(F)と,日常から離れることによって 潜在していたテーマが表面化してきたと語る人もいる。
このグループ分けとは関係なく,「誰にとってのサステナか」(A),「誰のためのサステナか」(D) と,サステナをどのような立場から考えるかといった,より根本的なテーマが浮き上がっている人 もいる。人間にとってか,動植物にとってか,それとも自然にとってなのか。「自分は自然にとって のサステナなのだろうと思う。自然がこのままであるために人間はどうしていかねばならないのか,
そのためにライフスタイルをどう変えていかねばならないのかを考えている」(A),「誰のために学 んでいるのだろうかを考えている。自分は後世の人のために学んでいるのだろうと思っている。今 の環境を後世の人にわたすために学んでいるのではないか」(D)。だれにとってという見解は異なる が,自分のためというよりも他の人,他の主体のために自分を変える,学ぶという語り口が見られ,
サステナに対して目的意識が明確になり,より身近なものになっている語りが多く聞かれた。
(3)次の人たちへのアドバイス
今回の演習が来年度もあると仮定した場合,次の参加者たちへのアドバイスを尋ねることによっ て,自分のやり残したこと,やれたことが聞けると思いこの質問をした。自分の感覚(何を発見す るか)を大切にすること・伝えたいことを探すこと,など“発見”を大切にしてほしいという意見 が参加者たちの共通項だろう。「自らが積極的に発見せねばならないという心構えを教えてもらっ たので,次の人たちにもぜひ発見を大切にしてほしい」(D)という語りに代表される。これまで 自分が行ってきた学習が受け身的だったことを知ること,それを知った上で能動的な構えで発見を 大切にしてほしいという語りが多い。発見を促すために,専門領域の異なった人が同じプログラム に参加する意義を語る人もいる。
このようなことから「サステナ学演習Ⅲは課題をこなして知識を増やす内容ではなく,自分の感 じること,疑問を発見し,できるだけ良質の問いを産出することをめざしている」,ということを 事前に繰り返し伝えることは,学生の学びを促進すると思われる。「産出する問い」はサステナ関 連であることは第一の目標であるが,体験しながらサステナを考える以上,「教員としての自分」「自 分の在り方」といったテーマも産出されるということが明らかとなった。
考察
1.各グループの学び
事前インタビューにおいて3グループに分類した人たちにとってこの演習はどのような意味を もっていたと言えるだろうか。
理科教育グループ
理科教育の学生たちは,NVOSでの宿泊が同部屋ということもあり,本プログラムのことを積 極的に部屋の中でも話していた。その内容は,このプログラムはサステナなのか,何を学び取れば いいのかという意味を見いだそうとしているものであった。英語をうまく聞き取れないということ から,それぞれが聞き取れたこと,何が行われていたのかということの情報を互いに共有しながら 学びが展開していた。理科教育という自分の職業アイデンティティに近いところでの疑問が多く,
暗示的テーマが語られることは少なかった。理科という参照枠があるのでサステナに集中した学習 を進める者が多かったと言えるだろう。
現職派遣グループ
このグループは日本の教育制度,日本の子ども,日本の教師といった経験(参照枠)があるので,
その参照枠と比較して自分の体験をスマートに組織化していた。スマートというのは,自分にとっ て必要のないこと(NVOSの活動がサステナといえるのかどうか,日本の理科教育とカナダのそ れとの違いなど)はあまり考えず,職業人としての自分に有益と考えられることを取り入れていこ うという構えであったということである。学校に戻ったときに使えそうなこと,カナダの教師を見 て学ぶこと,自分たちの方が優れている部分,日本の教育制度とカナダの教育制度など,明日から 使えるヒントや自分の教師像を新たにしたようであった。
体験重視グループ
理科教育という参照枠も教師という参照枠もないそのほかの学生たちにとって,参照できるのは
「自分の感じや思い」であるため,自分の在り方を問うといったテーマが前面に出ていた。中間イ ンタビューではなかなか自分の語りたいことが言葉にならず,「演習で自分は何を学べばよいのか 分からない」といった方向性を見失うような場面も見られた。しかし,その時期を乗り越えた後は,
自らの学習の構えがいかに受け身的であったかがよく分かったと語り,「自ら問いを立てて自ら学 ぶ」ことの意味を,教科や経験枠を超えて最も理解できたがこのグループの人たちであると思われ る。
以上のことから,与えられた課題の解決を目指す課題解決型の演習ではなく,本研究のような,
課題を見いだし問いを産出する課題産出型の演習内容の場合,参照枠の有無を事前に調べておくこ とは後の学習に大きく影響することが明らかとなった。この参照枠の有無に応じて学びの方向性が ある程度見通せるのではないだろうか。
2.学びのつながり
NVOSでの活動を通して学生たちの学びはどのように展開したといえるのだろうか。学生たち との面接を通して見いだせたことは,新たな知識を獲得したというよりも,多様なつながりの中で 学びが形成され,それが故の効果が得られたということである。そこで,「つながり」という視点 から学生たちの学びをまとめてみよう。
まず一つ目は,これまでもっていた未完成の既有知識がつながったということが挙げられる。学 部時代に学んだことで,うまくつかみきれていなかったことが,NVOSにきてはじめて分かった という語りに代表される。「学部時代に一つの事象から様々なことが学べる授業が大切と教わった がピンとこなかった」(A),「教師は演じなければならないと学部の授業で教わり,これまでその 意味が分からなかった」(B)といういわば浮遊していた知識が腑に落ちて定着したというもので
ある。先に述べたように,自らの問いを深める本演習のような授業では,自ずと自分の思考や体験 枠組みを省察することが求められる。このような状況の中では,これまで解決せず納得できていな かった知識がよみがえり,ある種の洞察が得られることがあるが,それは,ああそうだったのか学 習といわれる深い学習様式として知られている。全ての院生にこのような学習体験が得られたわけ ではないが,知識が身体化され身につくときの学びが得られたということは,体験学習ならではの 効果があったと言えるだろう。
二つ目は現職派遣教員とストレートマスターのつながりである。NVOSの授業を見て,現職派 遣教師がふと漏らした感想がストレートマスターたちに影響を与えている場面が見られ,ストレー トマスターの語りに反映されていた。たとえば,中間インタビューで語られた「日本の教師の方が きめ細かいのかもしれない」(F),「日本の教師は親のニーズを見たそうとしている」(D)という ストレートマスターたちの発言は,現職派遣教員との会話の中から得られ心に残った話だったよう である。今回のように海外の優れた教育実践を観察するという場合,仮にストレートマスターだけ の参加であったなら,観察対象は全て優れているという前提で学びが展開する可能性があったと思 われる。しかし,現職派遣教員の参加によって,日本の教育とカナダの教育を比較し,それぞれを 相対化しながら考察を深められたと考えられる。それを可能としたのが,カナダの教育実践を日本 のそれと比較できる現職派遣教員の視点であった。その一方で現職教員にとっては「自分はもはや ストレートマスターの学生のように指導してもらえる場所にいるのではい」(E)という自らの社 会的位置を確認する機会となっていた。経験年数の違う者同士が同じ体験学習に参加する場合,経 験の浅い者にとっては教育を考える視点を学ぶことになり,経験の深い者にとっては,自らを振り 返る機会になることが示唆された。
三つ目は専門領域の異なる人同士のつながりである。「Big treeを見たときも,自分は大きい な,すごいなと思っただけだが,理科の人たちは,こけは木に,木はこけに支えられている,支え 合っていてすごいというようなことを言っていた。視点が全く違うので話していておもしろい」(F) というように,専門性の違いがつながっていたと言えよう。理科の学生にとっては,「自分たちの 普段しているような理科の話を他の領域の人がとても新鮮に聴いてくれることが驚きだった。自分 の専門が何であるかがよく分かった。違う領域の人は同じジャンルの人たちとの議論では考えもし ないような疑問を投げかけてくれるので刺激的だった」(A)というように,互恵的な学習の場も 形成されていたと言えるだろう。専門性の違いは,議論の壁を作り相互理解を妨害する場合もある が,学際的な領域においては,特に出来事を共有している場合,その専門性の違いが相互刺激とな り,お互いの学びを促進しうることが示唆された。
以上のように,専門性や教職経験の異なる者どうしが,環境教育といった学際的な領域において 体験学習を行う場合,それぞれの体験は異なっていることを前提しやすいため,討論や議論とは異 なり,他者の視点を取り入れた学びを展開しやすいのではないだろうか。自らの問いを形成するこ とが,自分のことを問い返すという方向性と,他者の視点や学びを積極的に取り入れる学習を促進 するという方向性の二つの大きな方向性が本研究では認められた。このような視点の違いを共有す ることは,多角的に出来事を捉えるために必要であり,互恵的学習を進める効果が得られるものと 考えられる。従って,学生の学びをより効果的に促進するような働きかけがどのようなものかにつ いて,本演習で得られた知見をもとに最後にまとめておこう。
3.学習を橋渡しする者の必要性
本研究によって明らかになったことは次のようにまとめられる。まずは,学際的領域における体 験学習においてはその学習目標となる明示的テーマのみならず,当人のあり方をも問われる暗示的 テーマが触発されるということである。本来であれは主題とならない暗示的テーマにも目を配るこ とによって,当人たちの体験枠組みを拡げたり,深めたりできることが示唆された。二つ目は,専 門領域や経験の違いを前提しつつそれらをつなげることによって,互恵的学習場面が形成されうる ということである。これはそれぞれのパースペクティブから物事をとらえつつ,それらを交換する 作業とでもいえるものであり,他者のパースペクティブを獲得することによる多角的な視野を得る ために効果的であった。パースペクティブの交換は自らの専門性への新たなアイデンティティを形 成するという意味でも効果をもちえたと思われる。これらのことは,観察に同行した教員があれこ れと指示を出すことや,何を学ぶべきかを提示しなかったことによって得られた視点と考えている。
このようなことが明らかになったため,学際的領域における体験学習では,2種類のテーマが同 時に活性化されることや視点の交換がなされうることを念頭に起きながら,それらを積極的に橋渡 しする必要があるだろう。明示的テーマを追求しつつ暗示的テーマも大切にすることによって,個 性的な問いを産出でき学習に対する構えが変わり,専門性や経験の違いを認めそれを活性化するこ とで,他者の視点を交換し複眼的な視野を獲得できることが示唆されたため,それを意図的な働き かけによって橋渡しすることが重要になろう。
今回の演習では,夜にNVOSの校長によるレクチャーがあったり,先住民族の話を聞く機会が あったりと,様々なことが盛り込まれていた関係で,学生たちの学びをその場でつなげ展開するこ とや,体験を共有するということが必ずしもできなかった。そのような中であっても自然発生的に 視点が交換され,暗示的テーマが触発されるということが生起していたのだから,それを取り上げ,
他の人にも拡げていくような橋渡しをすることによって,体験を拡げ多角的な視野を獲得する教育 効果は高まると考える。
引用文献
小宮山宏他編 2011 サステイナビリティ学:サステイナビリティ学の創生 東京大学出版会.
文部科学省 2010 今求められる力を高める総合的な学習の時間の展開.http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/
sougou/1300534.htm
付記 本稿は平成22,23年度科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究 課題番号22650189「多様化した大学教育 活動の分析と持続可能社会を目指した総合的教育戦略の検討」)にかかわる研究成果の一部である。本研究を受 け入れたくださったNVOSのVictor校長はじめ職員の方々,小学校の先生方,児童の皆さんに大変お世話にな りました。記してご協力に感謝いたします。