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時代 を見つ めて

W.G.ゼ ー バ ル ト と の 対 話:,AUfungeheurdtnemEis̀̀

小野 森都子

ゼー バル トの,A』fu㎎eheurd血memEb"(『 か く も薄 き氷 の上 で』 以 下 『か く も』) (2011年 刊行)に は 、1971年 か ら2001年 に 亡 くな る直 前 ま での対 談20篇 が収 め られ て い る。 す で に、 英 語圏 の詩 人 や 著述 家 との対 談集"'IheEmergenoeOf

Memory‑‑ConversationsWithW.G.sebald̀̀が2007年 に刊 行 され て い るが 、 以前 に他 の研 究 書 に採 録 され た3篇 も含 め、 作家 の 没後10年 を経 て 、 よ うや く ドイ ツ語 に よるイ ン タ ヴ ュー 集 が 出 され た こ とに な る1。

小 説 家や 詩 人 のイ ンタ ヴ ュー は、 日記 や 書 簡 な ど と同様 、著 者 とその 作 品 につ いて の理 解 を深 め るた め の一 助 に はな り得 た と して も、す で に著 者 の手 か ら離 れた作 品 を読 み解 く 作業 に おい て 、著 者 自身 の 論評 を慎 重 に扱 うべ きな の は、 言 うま で もな い。 著者 の意 図 に あ ま りに寄 り添 えぼ 、 多様 な 作 品解釈 の可 能 陸 を狭 め る恐 れ が ある。

こ うした 懸 念 を認 め た うえ で 、な お もゼ ーバ ル トのイ ンタ ヴ ュー は、彼 自身 の作 品 を裏 付 け る内容 とな って お り、 読者 に向 か って 語 りか け よ うとす る、彼 の並 々 な らぬ意 欲 を伝 えて い る。 『か く も』 の編 者 トル ステ ン ・ホ フマ ン が序 論 で指 摘 して い る よ うに 、ゼ ーバ ル トは 「対 談 の著 者 」 であ り、彼 の作 品群 は、 「そ の大 半 が語 り手が 主 人公 と ともに行 わ れ る対話 か ら構 成 され てい る」(9)2。 こ のイ ン タ ヴュ ー集 を、ゼ ーバ ル トの作 品 と併 読 す れ ば 、彼 の信 念 や意 図 が 明確 に作 品 に反 映 され てい る こ とが 明 らか に な り、ゼ ー バル ト が、作 家 と して 自分 の資 質 を冷 静 かつ 厳 し く 自問 しなが ら、創 作 活動 に従 事 してい た こ と が うか が え る。 した が って 、本 書 を拠 り所 に して 、ゼ ーバ ル トの作 家 と して の在 り方 を検 討 す る こ とは 、十 分 に有効 で あ ろ う。 全 体 の構成 は、 テ ーマ 別 の編 成 で は な く、時 系列 的 な配置 とな っ てお り、 内容 的 に重 複す る談話 も散 見 され る が、 ドイ ツ文学 の研 究 者 で詩 人

iWG.Sebald:TheEme㎎ ㎝oe(蜘Cbnv㎜at㎞swhhWαS翻d2007

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SJ㎞ 鞄 ㎏,F曲tamM虹n200■ なお 本文 中()の 数 字 はペ ー ジ数 を示 すb

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で もあ った ゼー バ ル トの 足跡 が 、読 者 に はむ しろ具 体 的 かつ 明快 に提 示 され てい る と言 え よ う。

本 論 では 、前 半 でゼ ーバ ル トの 作品 の 際立 った特 徴 と され る語 りの 技法 、 す なわ ち 「 り手」 の 立 ち位 置や 、 虚 実 が混 交 した 描 写、 それ に作 中 に挿 入 され て い る数 多 くの 写真 の 意 味 と役 割 につ い て、 彼 の見 解 を整 理 し、次 に こ の よ うな語 りの技 法 の背 景 となっ てい る 要 因(作 家 自身 の生 い 立 ち、 第 二次 世 界大 戦 後 の ドイ ツの 世 相や 文 学状 況 な ど)、 そ して 自 らの経 歴 、一連 の作 品 に通 底す る作 家 の歴 史認 識 や文 明観 を 中心 に 、彼 の考 察 を ま とめ る。 さ らに 、第 二次 大 戦 中か ら戦 後 の社 会 を、 同時 代人 と して見 つ め た 日本 の歴 史家 や 作 家 の見 解 を 引用 し、 と りわ け 日本 の 読 者が 、ゼ ー バル トの 作 品の 受容 を通 じて考 え るべ き 点 に触 れ たい。 母 国 の 戦後 を語 るゼ ーバ ル トの言 葉 に は、 日本 人 と して熟慮 す べ き点 が 少 な くな い。

(1)語 りの技 法一語 り手 の位 置、虚 実 の混清 、写真 の効 用

『か くも』 を一 読 して明 らかな こ とは、 内省 的 で メ ラン コ リー に満 ち た文 体 で知 られ る ゼ ーバ ル トが 、心 身の健 康 を含 め た個 人 的体 験 を交 えて 、執 筆 の動 機 や作 品成 立の 経緯 等 を、詳 細 か っ 率直 に語 って い る点 で あ る。作 家 が そ のモ チー フ とテ ー マ の選 択 にお い て 、 きわ め て意 識 的で あ る こ とは 当然 と して も 、一 方 で彼 が 『眩 量 、感 情 』 につ い て答 えてい る よ うに、 この作 品 の大 胆 な構 成 を読 者 の 自在 な解 釈 に委 ね て 、読 者 が能 動 的 にテ キ ス ト に 関 与す るこ と を促 して い る ので あ る先

か な り複 雑 な構 造 で は あ ります が、 このテ キ ス トを単 に物 語 として あ るい は次 々 に つ な がっ て い くか 、 しか しまた は横 並 び に、 そ して互 い に入 り組 み な が ら進 んで い く 一連 の物語 と して読 む こ とがで き るの です。(51)

この よ うな彼 の姿 勢 は、 作 中 の語 り手 の扱 い に も通 じて い る。編 者ホ フマ ンは 、 あ とが き で 「稼 、彼 の本 の語 り手や 登 場 人物 の間 の分 離線 が、 しば しば対 談 の 中 で消 え」

(265)る と述 べ てい るが、 ジャ ンル の 区別 を超 越 して 、客 観 的事 実 と虚 構 が混 然 一体 と な ったゼ ー バル トの 散 文作 品 の本 質 、お よび彼 が 一貫 して追 求 したテ ー マ を象徴 した 言葉 であ る。

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,EtmkfUrtamMain2002.

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ゼ ーバ ル トの散 文作 品に おい て 、語 り手 は、道 案 内 人 、 また は作 品世 界 全 体 を統 括す る 管 理 者 と して の役 割 に徹 してい るの で はな い。

布 民 は作家 とは少 し違 い ます 。 作家 は 語 り手 とは少 し違 い ま す。 そ して語 り手 はま た 、彼 が 描 く人 物 た ち と もい さ さか違 うの です 。(204)

語 り手 は どこ にい るの か?彼 は舞 台 の 端 また は平 土 間 で語 り、何 が 演 じ られ てい る か を見つ め てい るの です 。(157)

語 り手 の位 置 に つい て述 べ て い る箇所 で あ る。 これ らの引 用 に よれ ば、 ゼ ーバ ル トの散 文 作 品の 語 り手 が 、そ の人 物 設 定や 物 の 見方 に おい て 、作 家 自身 と二重 写 しに見 える のは 確 か で ある が、彼 に よれ ば 、語 り手 は あ くまで物 語 か ら一 歩 引い て観 察 す べ きで あ り、 作 家 と語 り手 との 同一 視 を拒 んで い る。 ゼー バ ル ト自身 、 『眩 量』 で は 「む しろ個 人 的 な視 点 が優 先 して しま った 」(95)が 、 この 手 法 を 「も う一度 取 る ことは で き ない と感 じま した」(95)、 と打 ち 明 け て い る。 「私 と何 等 か の関 係 に あ る他 人 の人 生 を描 く」(95) 方針 を、彼 が変 更 した こ とは無 いが 、描 く対 象 か ら間隔 を置 くこ との重 要性 を説 きつ つ 、 語 り手 の 立 ち位 置 につ い て、 以 下 の よ うに述 べ てい る。

今 日で は、 語 り手 が価 値 観 を持 た な い審 級 で あ るか の よ うに書 くこ とは 、 もは や で き ませ ん。 語 り手 はカ ー ドをテー ブル の上 に並 べ な くて はな らない ので す。 ただ し、

で き るだ け慎 重 にで は あ ります が。(95)

い か な る価値 判 断 を も行 わ ない 、超 越 的 かつ 全 知全 能 な語 り手 を想 定 す る こ とが不 可能 で あ る、 と考 え る作 家 はゼ ーバ ル トに限 らな いが 、彼 の 場 合は語 り手 の微 妙 な 立 ち位 置 が、

散 文作 品 とい うジ ャンル の意 義 、 さ らには作 品世界 の本 質 に深 く関わ っ てい る点で 興 味深 い。

1993年 のブル クハ ル ト ・バル ツ ァー との イ ン タ ヴュー で 、ゼ ー バル トが 「語 り手 と登 場 人物 た ちの密 な関係 を、 自伝 的 な次 元 ゆ え に危 険 だ と考 えて い る」(81)と 指摘 され て い る こ とを受 けて 、次 の よ うに応 じて い る。

私 の経 歴 は 、他 の人 々の それ と重 な り合 って きま した。 それ か らこの重 な りが私 の 頭 の 中で 、 さ らに私 自身 の 、国 外移 住 者 と して は るか に穏 や か な経 験 の た めに 、人 々 に対 して よ り一 層感 情 的 な 同一視 に至 っ て しま っ た こ とは、 そ の通 りです 。 語 り手 が

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何 度 も繰 り返 し、外側 に と どま ろ うと して も、 彼 を 引 き入れ よ うとす る力 が働 い てい るの です 。(81)

ゼ ーバ ル トが、 作 品 にお け る語 り手 に つ いて 象徴 的 に述 べ て い る箇所 であ る。 これ は、

彼 が なぜ 散文 とい うジ ャ ンル に こだ わっ てい た か、 とい う問題 に も関連 して い る。虚 構 の 登 場人 物 や設 定 に もかか わ らず 、彼 が 自作 を長編 小 説(Roman)と は異 な る と断 じてい

る理 由は 、 「長 編小 説 に は 、対 話 と、 本物 の 長編 小 説 の著 者 に期 待 され る完壁 な引 き立 て 役 が欠 か せ ない の です 。 それ は 私 の手 に余 る こ とで す 」(199)、 としてい る。 な るほ ど ゼー バ ル トの散 文 には 、例 えば特 定 の性 格 を有 す る人 物 設 定や 、 完結 的 な物 語 世 界 の構 築 な どの 意 匠 は見 られ な い。 彼 が定 義 す る よ うに、 通 常 の長 編小 説 にお い て は 「主 に人 間 関 係 が 大 事 で、 非 常 に多 くの対 話 が現 われ る」(235)の だが 、 「私 は対 話 も書 くこ とが で き ませ ん。 これ は結 局 、私 自身 がす で に長 い 間外 国 に暮 し、 目常 の ドイ ツ語 か ら遠 く離れ てい るこ ととい ささか 関係 が あ ります 」(199)、 と分 析 して い る。ゼ ー バル トの 作 品で は、 本文 の冒頭 で も述 べ た よ うに、語 り手 が登 場 人物 た ち の体 験談 を聞 く場 面 が多 い が 、 両者 の直 接 的 な言 葉 のや り取 りは省 かれ 、再 現 され た 登場 人 物 た ちの 話 が続 く。 語 り手 を 含 め て 、登揚 人 物 た ち の寡 黙 さは 、ゼ ー バル トの作 品に お いて確 か に際 立 って い る。

ゼ ーバ ル トは、 フ ィ ク シ ョン とい うジャ ンル に徹 する こ とが で きな い こ とを認 め る一方 で 、 い わ ゆる ノ ンフ ィ クシ ョン、ル ポ ル ター ジ ュ の手 法 も避 け てい る。 彼 は 、虚 構 と史 実 を織 り交ぜ て作 品化 して い る理 由 につ い て、 幾つ かの イ ン タ ヴュー の 中で 触 れて い る が、

まず 歴 史 に関 す る論 文 が で きな い こ とは、 あ る集 団 の歴 史 的 な推移 の隠 喩 また は 寓意 を 作 り出す こ とです 。 しか し、 隠喩 化 す る 中で よ うや く、私 た ちの歴 史 は感 晴移 入 しや すい 身近 な もの とな る ので す」(85)、 と答 えて い る。 勿論 これ は 、複 雑 な歴 史 的事 象 を 単 純 化 し、消 化 しや す い表 現 に置 き換 え て、 い たず らに読 者 に迎 合 す る こ とで はな く、 ゼ ー バ ル トの濃 密 な文 体 が それ の何 よ りの証 で あ る。 そ して彼 は 、物 語 の土 台 と して 、 なか ん ず く現 実 に起 こった 出 来事 を重 ん じて い る。

良い物語を作 るには、できるだけ正確で、で きるだけ真正 な材料 が必要です。私 は これをほとん ど仕立て屋の職業 と同 じよ うに見ています。虚構は服 の型紙 ですが、も し布 、すなわち材料がみすぼ らしいものであれば、良質な型紙な ど何の役 にも立ちま せん。それ 自体正当性 に基づ く材料 があれ ばこそ、良レ壮 事ができるので洗(85)

た だ し、ゼ ー バル トの 作 品は 、 明 らか に リア リズ ム だ けで は 、彼 の物 語 世界 を描 くの に は不 十 分 で あ る と窺 わ せ 、彼 自身 も次 の よ うに語 って い る。

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い かな る フ ィク シ ョンも、 平板 な もの に した くな けれ ば、 どこか 周辺 部 で幻 想 的 な ものや 神 秘的 な ものへ と変 わっ てい か な けれ ば な りませ ん。結 局 の とこ ろフ ィ クシ ョ ンはそ こに依 拠 してい るので す。 した が って 、 リア リズ ムか ら私 は ど う して も離 れ ら れ な い とは い え、 それ だ け で は十分 で は あ りませ ん 。 リア リズ ム とい うのは 、常 に あ る段 階 で 踏み 越 え な けれ ば な らな いの です(98)

ゼ ーバ ル トは こ こで 、作 品 に奥 行を持 たせ るた め に虚 と実 の並存 が必 須 の条 件 で あ る こ とを説 い てい るが、 「どこか周 辺 部 」 とい う表 現 が示 す よ うに、虚 構 か 否 かの線 引 きの 難 し さに も、別 の イ ン タ ヴュー の折 に触 れ てい る。

私 は、 自分 が語 る様 々 な経 歴 が本 物 か ど うか 、 よ く尋 ね られ ます 。 どこ に分離 線が 走 っ てい るの か、決 して 分 か らな い こ と こそ 、虚 構 の 秘 密 なの です 。(181)

彼 は、 別 のイ ンタ ヴ ュー で、 自動 操 縦装 置 付 き車 を運転 す る状 態 を 引 き合 い に出 して、

い わ ば手 の滑 らか な動 き に よっ て、 事 実 と虚 構 の間 を行 き来 し、 は た して 自分 が どこ に い るのか 、決 して判 然 と しない よ うに模擬 実 験 を試 み て い る」(117)、 と述 べ てい る。

さ らに、 両者 の曖 昧 な境 界 にお い て創 作 の意 義 を見 出 してい る。

記録 と虚 構 の問 の ち ょ うど縫 い 目に、 文学 的 に興 味 深 い もの が あ る と、私 は思 い ま す。(198)

彼 はま た 、 『移 住者 た ち』4の 中に登 場 させ た 作 家ナ ボ コ フ を例 に、 リア リズ ム と虚構 の微 妙 な兼 ね合 い につ い て 、次 の よ うに述べ て い る。

もち ろん 私 は こ う考 えます 。 リア リズ ム とい うの は、所 々で それ 自体 を超 越 した と き、 つ ま りリア リス テ ィ ック なテ キ ス トで は実 際 に は決 して見 つ か らな いか も しれ な い よ うな神 秘 的 な面 を、 テ キ ス トが持 った と きに 、初 め て本 当 に機 能 す る と。 さ らに、

リア リステ ィ ックな テ キス トは始 め か ら思 い切 っ て寓 意 的 な語 り 口で 突 き進 ん で も よ く、 始 めか ら濃 密 な 寓意 性 を持 つ べ きだ と思 い ます 。 した が って 、 あ る種 の、完 全 に

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は 見通 せ な い機 能 を持 っ た 、そ の よ うな(蝶 の採 取家 の ご とき)半 ば具 体 的 な 、半 ば 抽象 的 な 人物 が い な けれ ば な らない の です 。(107)

詩 人 で も あっ たゼ ー バル トが 目指 してい た の は、 高度 に洗練 され た作 品世 界 で あ るだ け に 、彼 に とって は、 そ の土 台 と して 事実 関係 は一 層重 要 で 、 それ らの証 拠 とな る資 料 を 可 能 な限 り多 く収集 し、 それ らを比 較分 析 す る こ とが 、創 作 の前 提条 件な の であ る。 彼 の散 文作 品 にお い て は、 き め細 か い多 角 的 な調査 に基 づ いた 緻密 か っ広 範 な 展 開 におい て 、文 学 研 究者 な らで はの 特 性が 生 か され てい る。 また 、彼 の ドイ ツ文学 を講 じて きた経 験 のみ な らず 、一 読 者 と して数 多 くのテ キ ス トに触 れ て きた こ とが 、 作 品 に結 実 して い る こ とは 明 白で あ り、 そ の点 をゼ ーバ ル ト自身 も認 めて い る。創 作 の拠 り所 の 一つ と して、彼 は読 書 経 験 の蓄積 を 「書物 が 、 ま るで部 屋 の 家具 の ご とく 自分 を取 り巻 い て る」(97)様

にな ぞ らえ、画 家 の世 界 に あ って は、 「いわ ば深 い 敬 意 の表 れ と して 、 同僚 の作 品 か らの モ チー フを 自身 の作 品に借 用 す る こ とが 、長 い 間慣 わ し とな っ てい る美 徳 」(97‑98) で あ る点 を指 摘 し、 「書 き手 と して私 もや って みた い の はそ の こ とな の です 」(98)と 述べ て い る。

事 実 関係 の精査 に加 え て、先 人 の 業績 か ら学 ぶ とい う、 き わ めて正 統 的 な方 法 と言 える が 、ゼ ー バル トに あ って顕 著 な のは 、特 に前者 につ い ての 徹 底 した姿 勢 で あ る。 ゼー バル トは、 従 軍 した若 者 た ち の書 簡や 日記 を含 め た膨 大 な数 の記 録 が残 され て い る英 国の 例 を 引い て 、 ドイ ツ側 には これ らが極 め て乏 しい こ とに触 れ 、戦 争 に 関 して 「根 本 的 に取 り組 む記 述 の形 式 とい うものが 過去 に も現 在 に もあ り、そ れ を拠 り所 と し、 そ こか ら作 り出 し てい か な けれ ば な らな い」(245)と す る。

空 っ ぽの頭 か ら何 等 か の物 語 を で っ ち上 げ る こ とはで き ませ ん。 それ は無 理 です 。 そ の よ うな物 語 を作 るた め に は実在 の例 が必 要 です 。 何 しろ、結 局 の とこ ろ肝 心な の は 、(中 略)人 生 が恐 ろ しい もの で あ る とい うこ とを、読 者 に何 とか 分 かっ て も らえ る こ とで す。 そ してそ の 正 しい 尺度 を見つ け るた めに は 、本物 の価 値 が あ る物 語 が 必 要 です 。 それ らの物 語 か ら、 ここ で扱 われ て い るの は 、単 に 書 き手 の私 的 な 問題 を何 とか して公 表 した 内容 で は ない 、 と知 る こ とが で き るので す。(中 略)つ ま り、 語 り 手 の関 心 は 自分 自身 に と どま っ てい るので は な く、語 り手 が描 く人物 た ちに あ り、 こ れ らの 人物 た ち、 あ るい は彼 らに よ く似 た 人 々が 、 現在 そ して過 去 に実 在 して い る の です 。 そ して 、 ま さに この よ うに して 、彼 らを正 当 に評 価 しな けれ ば な りませ ん。 も ち ろん書 く過程 にお い て、 止む を得ず 題 材 に あれ これ 手 を加 え、端 を切 り落 と し、少

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し広 げ た り強 化 します。 何 しろ事 実 を あ りの ま まの状 態 で本 のペ ー ジ にのせ るわ け に はい きませ ん か ら。(234)

事 実 と虚 構 の兼 ね合 いは 、作 家 で あれ ば絶 えず 意識 せ ざる を得 ない 問題 だが 、上 記 の 引 用 には 、ゼ ーバ ル トの一 貫 した創 作態 度が 現 われ てお り、表 現 者 と して の衿 持 と ともに 、 彼 の 良 心 と誠意 が示 され て い る。彼 が、題 材 を見 つ け るた めの努 力 と忍耐 を惜 しむ 戦 後 の 作 家 た ちの 傾 向 を憂 い てい るの は、 こ うした文 学 観が 背 景 に あ る。 ゼ ーバ ル トは 、 「ドキ ュ メ ンタ リー 的記 述 とい う段 階が 、戦 後 文 学 にお い て極 め て重 要 で あっ た」(181)に 違 い な い と認 めた うえで 、 「記 録 を ど うして もそ の まま の形 で提 供 す る必 要 は な く、物 語

りな が ら適 応 させ る ことが で き る」(181)と して い る。 しか も現 実 の出 来事 に接 す るに '

あた っ て、 ゼー バ ル トは 「も ち ろん何 等 か の先 入観 に と らわれ る必 要 もな く、 自分 の前 に 広 が って い く道 に身 を ゆだ ね るべ き」(213)で あ る と説 く。 事 実 を掘 り起 こす 労 を怠 る べ き で はな い とい う彼 の 毅然 と した態 度 と、 この よ うな柔 軟 な 姿勢 は決 して矛 盾 す る もの で は な く、例 えば 『眩 最 、感 晴』 にお け る物 語 の偶 然 的展 開 に反 映 され て い る通 り、事 実 、 と りわ け過 去 の 事象 をた どる過程 を象徴 して い る と言 え よ う。 それ は 、証 言や 資料 だ けで は 、 自身 が 目指 す作 品 に は 結実 し得 な い 、 とい う上 記 の理 由に加 えて 、過 去 の 出来事 に対 して、 常 に距 離 を置 く必 要 をゼ ーバ ル トが認 識 してい る か らで あ る。

ゼー バル トの 散 文作 品 の大 半 は 、第 二次 世 界大 戦 を経 験 した人 々 の逸 話 に よ って 占 め ら れ てい るが 、常 に登 場 人物 の記憶 を、語 り手 が いわ ば仲 介 者 と して 再現 す るこ とで 、第 三 者 の視 点が加 わ り、前述 の 「物 語 りな が ら適応 させ る」(181)手 法 が生 か され てい る。

つ ま り、実 際 にそ れ を共 に体験 した人 々は 、ひ ど くステ レオ タイ プ な方 法 で しか 記 憶 す る こ とはで き ない の です。(中 略)現 実 に起 こっ た こ とにつ い て、 真 実 の報 告 は ほ とん ど存 在 しませ ん。 いず れ にせ よ文 学 に も家 族 の歴 史 にお い て もで す。 そ れ は語 りえな い こ とです 。 それ は衝 撃 的な経 験 と同 じ意 味 で 、受 け入 れ難 い もの です 。(中 略)こ れ らの年 、 日々や 週 に 、 あ るい は どの よ うな様 子 で あ った か を、 今 日私 た ちが 想 像 しよ うとす るな らば、 敢 え て考 古学 的 な作 業 とい う形 を取 る他 あ りませ ん。(中 略)私 た ち が見 っ け た断 片 か ら全 体 を あ る形 へ と再構 築 し よ う と試 み る ので す。(163)

ゼ ー バル トは、 上記 とは別 の イ ン タ ヴュー におい て 、ペ ー ター ・ヴァイ ス の 『抵抗 の 美 学』 にお け る凄 惨な場 面 を例 に、作 家 自身 が実 際 に 目の 当た りに して いた な ら、 決 して 描 写 で き な かっ た で あ ろ うと述 べ 、 日常 をは るか に逸 脱 した過 酷 な 出来 事 を描 く際 に は、

必ず しも恐 怖の 現 場 にい る必 要 は ない 」(123)こ とを強調 して い る。 さ らにゼー バ ル

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トは 、 「戦 陳す べ き 出来事 をい か に して言 葉 に置 き換 え るか とい うの は、 著 述の 基本 的 な 問題 です。 それ は 、 この20世 紀 にお け る著 作 者 た ちに とって 、そ れ 以前 の 時代 に比べ て は るか に大 きな 問題 にな りま した」(123)と 述 べ、 ホ ロコー ス ト以 後 の作 家 た ち、 と り わ け本 論 で も後 述す る よ うに、1944年 生 まれ の ゼー バル トと同世 代 の作 家 た ち が直 面す る困難 な課 題 を も示 唆 してい る。 実 体験 の有 無 は偶 然 に よ るもの で 、書 き手 の選 択 の及 ぶ 範 囲で は ない 。 したが っ て事 実 を一 通 りの事 象で は な く、 眺 め る視 点に よって 異 な った様 相 を示 す も の と して、 多角 的 に とらえ る他 な い。 ゼ ーバ ル トも現 実 は 「結局 は案 出 され た

もので しか あ り得 」(142)ず 、 「具 象物 と して外 在 してい るので は な く、 私 た ちが個 人 的 にそ の現 実 と作 り上 げ る関係 の 中に よ うや く存 在 す る」(142)、 と語 る。

もっ とも、 非 日常 の極 み を描 写 す る際 に、見 落 と して は な らな い陥 穽 にっ い て 、ゼ ーバ ル トは言 及 す る こ とを忘 れ て い ない。 彼 は 、破 局 とは 「範例 の意 味 を持 た ない もので 、 そ れ だ け に これ らの天 変地 異 の よ うな 出来 事 か ら何 らかの 意味 を抽 出す る とい う誘 惑 が 強 い」

(160)、 と警 告す る。 彼 は これ を 「いか な る方 法 で あれ 、神 話 的 な次 元 に組 み 込む 」 (160)態 度 とみ な し、 これ を退 け、書 き手 は破 局 、す な わ ち 「過激 な偶然 性 の この形 に 対 して答 え はな く、そ の様 子 とそ こに至 る経緯 を描 く こ と しかで き な い」(160)と 説 く。

彼 が 作家 と しての 自分 の 「野 心 」(163)と 呼ぶ もの につ い て以 下 の よ うに語 っ てい る点 に注 目 した い。

出来 事 を で き るだ け 中立的 に描 く試 み です が 、無 関 心 に とい うの で は あ りませ ん。

どち らで もま った く構 わ ない とい う態度 で は語 る こ とがで きませ ん か ら。 しか し、 可 能 な限 りの 中立 性が これ らの 出来 事 に 対応 で き る唯 一 の姿 勢 だ と思 い ます。(162)

ゼ ー バル トが どの程 度 まで この 「野 心」 を実現 で き てい るか の判断 につ い て は、読 者 個 々人 に委 ね られ て い る のは もち ろん で あ るが、 彼 の散 文作 品か ら作 家 の意 図 を汲 み 取 る こ とは難 しくな い。彼 が描 く様 々な運 命は 悲劇 に満 ちて い る とは い え、 それ を語 る文 体 は 明晰 で あ り、傭 轍 的 な視 点か ら歴 史 を と らえ る作 者 の透 徹 した 眼 差 しが うかが え るか らで あ る。

こ こで、'「中立 的」 な媒 体 と して、 ゼ ーバ ル トが数 多 く 自作 に掲 載 して い る写 真 に つ い て述べ てみ た い。 ゼ ーバ ル トに よれ ば、彼 が写真 を特 に重 視 す る理 由 は 、 まず資 料 を集 め る過程 、 も し くは旅先 な どで思 い が けず 出会 った事 象 をそ のま ま瞬 時 に と らえ 、そ れ らを 保 存 で き る点 で ある。 「書 かれ た もの は本 物 の記 録 で は あ りませ ん。 写真 が 、 この 上 な く 本 物 の記 録 な の です 。 写真 に よっ て人 々 を説得 で きま す 」(168)、 と語 るゼ ーバ ル トは 、 写真 機 を 「速 記 ま た は 『便 覧(aidem6m(加)』 」(168)と み な し、 「上質 な写真 をテ

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キ ス トに組 み 込む つ も りはな く、単 に拾 得物 の記 録 で、 副 次 的な もの」(169)で あ る こ とを言 い添 えて い る。 作 家 で あ るゼ ーバ ル トに とっ ては 、む ろん言 葉 が作 品の 主体 で あ る に は違 い ない が 、 「書 くこ と と写 真 を撮 る こ とは 、探 究 の技 法 と、 ま さに きわ め て密 接 に 関連 して い る」(173)と 述 べ て い る よ うに、彼 の作 品世 界 は写 真 を抜 きに して は成 立 し 得 ない。

ゼ ーバ ル トが写 真 を含 めた 造形 芸術が 、 時 間 に支配 され る 「動 的 な もの 、終 わ りに近づ い てい くもの 」(140)で あ る文学 テ キ ス トや 音楽 に 比べ て 、 「格 段 に大 きい利 点 」

(140)と す るの は、 「時 間か ら抜 け出す こ とが でき る こ と、不 断 に失 われ てい く もの に 対 して い わば 遮断機 を築 き上 げ る こ とがで き る こ と」(140)で あ る。 彼 が 文学 テ キ ス ト

の 中に 写真 とそ の描 写 を取 り入 れ て い るの は 、 「終 わ りとい う避 け られ ない もの か ら、少 な く と も一 時 的 にせ よ何 か し ら対 置す る試 み で もあ る」(140)と 語 る。確 か に彼 の こ う した 意 図 は、 自作 の 中 で反 映 され て い る。 そ して 、 写真 と文 章 の 関係 につ い て彼 が述 べ て い る こ とは、 自身 の 散文 にお け る虚 実の 複 雑 な混清 に通 じてい る。 さ らに、 ゼ ーバ ル トは 写真 とい う表 現媒 体 の本 質 に触 れ て い る。

お よそ あ り得 ない もの と して、 そ こで語 られ て い る こ とを本 物 ら しく見せ る とい う 機 能 を 写真 は持 って い るが 、 しか し、そ れ に よ って また 、偽 装 をも くろむ 可能 性も生

まれ るので す。 そ して これ は とて も複 雑 で 自己矛盾 す る過 程 で あ り、 最 終 的 には読 者 の頭 の 中で億 識 され る か、 ま た は潜在 意 識 の 中で 絶 え ざ る刺 激 状態 とい う感 晴へ と至 るの です 。(141)

この 引用 は ゼー バル トが 提供 す る写真 が 、文 脈 を追 う読 者 の想像 を裏切 って い るの で は ない か 、 とい う質 問 に対 す る答 えの一部 で あ る。 ゼー バル トはそれ が 作者 の意 図で は ない と しつつ も、 脚 憶 状 態 の 戦略 」(141)が 組 み 込 まれ て い る と打 ち 明 け る。 写真 は 、言 葉 が 読者 の頭 の 中で イ メー ジ を喚起 す る回 路 をい わ ば補完 す る よ うに、対 象 をよ り正確 に 見 つ め る機 会 を与 えて くれ る 手段 と して 、ゼ ー バル トに とって と りわけ重 要 で あ る こ とが 理 解 され る。 そ して ゼー バル トは 、 写真 に 見入 る人 間が 、 「身 体 的 には 、 まだ 普通 の 小市 民 的 な 現 実 の 中に い る」(166)が 、 「しか し眼 差 し と ともに既 に どこか別 の場 所 に い る」

(166)こ とに触 れて い る。 言 うまで もな く、 こ の 「どこか別 の場 所 」 とは 、必 ず しも今 の現 実 だ けで は な く、時 空 を超 えた どこか で あ る。

私 が 常 に写真 とい うもの につ い て感 じて い た こ とです が 、そ れ は、 見 る者 を吸 い込 み 、 現実 の 世界 か ら非 現 実 の それ へ と、 途 方も ないや り方 で誘 い 出す の です 。 この非

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現実 の世界 とは 、そ れ が どの よ うに構成 され て い るの か は よ く知 らない が 、存 在 す る とい うこ とは何 とな く分 か るの です 。(167)

亡 き人 々の 足跡 をた ど りな が ら、 折 に触 れ ては 死 者 との 空想 上 の交 流 を描 くゼー バ ル ト, の作 品 にお い て 、 この非 現 実 の世 界 は 、死 と生 の境 界 を意 味す る。 実 際 に彼 は 、 「黒 白写 真 お よび黒 白写真 の な かの灰 色 地 帯 は 、ま さに死 と生 の 問 に横 た わ る この領 域 を意 味 して い るの だ と思 い ます 」(174)と 答 えてい る。 歴 史 の渦 に翻 弄 され た人 々 の過 去 を掘 り起 こ し、彼 らの生 に真 摯 に向 き合 お う とす る作 家 が 、 こ うした 中間領 域 の存 在 を 暗示 す る写 真 に魅 せ られ る のは 、 ご く 自然 の成 り行 き と言 え よ う。

(2)語 りの 技法 の 背景 にっ い で 一作 家 の 生 い立 ち 、戦 後 ドイ ツの歴 史 お よび 文 学状 況

前 項 で はゼ ーバ ル トの語 りの特 徴 を整 理 してみ た が 、 こ こでは そ の背 景 につ い て彼 の 言葉 を 引用 しなが らま とめ る こ とにす る。

まず 、 ゼー バ ル トは執 筆活 動 の原 点 が 、 自身 の経 歴 に あ る こ とを強調 して い る。彼 は 自 分 が生 ま れ た1944年 の南 ドイ ツの 出身 地 を、食 品 を長期 保 存す るた め の 「ヴェ ッ ク式殺 菌貯 蔵 瓶 」(87)と 呼び 、す で に破 局 に向か って悪 化の一途 をた どっ て いた 、 当時 の ド イ ツ の戦 況 とは ま るで別 世 界 の よ うな牧 歌 的環 境 につ い て、 そ の 「時 代の 非 同時1生」

(87)を 指摘 して い る。 そ して彼 が成長 す るにつ れ て 「戦 争 が まっ た く訪 れ る こ との な か った この南 ドイ ツの村 での 、私 の 何 とな く特 権 的 な赤 ん 坊 の身 分 と、 この国 の荒 廃 や 、 戦争 末 期 に関 連す る他 の あ らゆ る恐 ろ しい 出来 事 との 間の 対照 」(88)が 心 にの しかか っ て きた こ とを認 めて い る。

時 代 の この 同時1生とい うものが 、 当時 の 出来 事 の実 態 にっ い て い えば 、 しか しなが ら、 あ ま りに も非 同 時 的な もので 、今 日ま で私 の 心 をひ ど く悩 ませ てい ます し、 これ につ い て、 た とえ熟慮 し始 め た と して も、決 して乗 り越 え られ な い と思 い ます。 言 う な らば 、私 が 当時 、 こ の無風 の谷 間 で育 つ こ とが許 され た こ とを現 時 点 か ら見れ ば、

不 当 な こ とだ と感 じます 。つ ま り、 なぜ 私 がそ の よ うな境 遇 に恵 まれ た のか 、 よ く分 か らない の です 。(138)

『か く も』 を通 じて読 者がひ ときわ 強 く印 象付 け られ るの は 、幼 少 ゆ えに 、 なす すべ も な か った とはい え 、戦 禍 の さな か に生 まれ た ドイ ツ人 と して の罪 責 の念 が 、ゼ ー バル トに あ っ ては 生涯 一 貫 して 変 わ らな か った こ とで あ る。 無傷 で 育 った 自身 の境遇 と、 迫 害 され

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た無 数 の人 々 の運 命 との落 差 に象 徴 され るよ うな 、現 実 の不 条 理 に思 い を め ぐ らせ るゼー バ ル トの言 葉 は 、戦 争責 任 とは何 か につ い て 、読 者 に あ らた めて省 察 を促 して い る。

ゼ ーバ ル トは 、1949年 に父親 に同 伴 して 初 め て見 た都 会 で あ る ミュ ンヘ ン の様 子 につ いて 、破 壊 の爪 痕 を 目の 当た りに しな が ら、 「父 も他 の誰 も言 葉 を失 わ ず 」(177)、

く自然 に振 る舞 って い た と語 る。 この体 験 を通 じて 、 「都 市 とは 、 巨大 な瓦 礫 の 山が あ る 場 所 、 とい うイ メー ジ を常 に抱 い て 」(177)い た とい うゼ ーバ ル トの告 白に よ って 、彼 が後 年 、廃 嘘 に まつ わ るエ ピ ソー ドを 中心 に展 開す る作 品 を描 くに至 っ た背 景 を 、読 者 は よ り深 く理 解 で き るの で あ る。

何 か 違和 感 を覚 えつつ も平穏 な少 年時 代 を経 て 、次 第 に若 き両親 が生 き た時 代 の 出来事 を知 るにつ れ て 、・彼 の 中で 葛藤 が 深 ま って い く。 アル バ ム を め く りなが ら何 の 気 な しに見 て いた 家族 の写 真 の意 味す る とこ ろが 、 一変 す る さま をゼ ーバ ル トは語 っ てい る(160)。

何 が起 こっ た かは 知 って い ます 。 この関連 にお け る 自分 の親 や 親戚 の社 会 的 な役 割 につ い て、 推 測 は して い るの です 。 そ して今 度 は突然 、 それ をは っ き りと 目の前 に突 き付 け られ て い ます。 そ うな る と、 そ の衝 撃 は決 して止 む もので は あ りませ ん 。 家族 写真 を眺 めた ときの 不安 と動 揺 は、 もち ろん加 齢 とい う過程 と合 わせ て 、 い く らか 関 係 が あ ります。(16gL170)

ドイ ツの 大学 で 学 んだ後 、ゼ ーバ ル トは スイ ス で の短 い教 員生 活 を経 て、 英 国 に落 ち 着 くが 、21歳 で ドイ ツ を離 れて以 来 、終 生 外 国で 暮 ら し、彼 が 描 い た移住 者 や 亡命 者 た ち と同 じく、 ドイ ツを外 か ら見 つ め続 け る。 『か くも』 を通 じて 、 こ うした 生 き方 が 、 作 家 ゼ ーバ ル トに二 つ の面 で大 きな意 味 を持 って い る こ とが読 み 取れ る。

第 一 点 は、英 国 には多 くの ドイ ツ 出身 の ユ ダヤ 人 が住 み 、そ れ ぞれ の事 情 を抱 えた彼 ら の存 在 が 、ゼ ーバ ル トの創 作 の動 機 の一 つ とな って い る こ とで あ る(105‑106)。 ドイ ツ 国内 に留 ま っ てい て は あ り得 なか った 経 験 で あ る。 第 二 点 は、年 月 の長 さに もかか わ ら ず 、彼 は異 邦人 で あ り続 け るこ と を 自覚 し、 あ くま で も母語 で あ る ドイ ツ語 で 執 筆 を続 け た こ とで あ る。 英 国 暮 ら しの心 地 よ さを認 め なが らも、彼 は一 貫 して同化 の可 能 性 を否定

し、 作家 のア イデ ンテ ィテ ィー の問題 を読 者 に提 示 して 興 味深 い。

この よ うな事 情 を踏 ま え る と、 非 ユ ダヤ 人 で あ る彼 が 、敢 えて ユ ダヤ人 を取 り上 げた経 緯 も、 自然 の成 り行 き で あろ う。彼 は特 に関心 を抱 いた ユ ダヤ 系作 家 と して、 例 え ばペー ター ・ヴァイ ス 、パ ウル ・ツ ェ ラー ンや ジャ ン ・ア メ リー を挙 げ て い るが 、特 に ア メ リー につ い て は、彼 の祖父 の 出身地 に、 ゼー バ ル トの祖 父 も しば しば 訪れ(201)、 ユ ダヤ 人 の歴史 がベル リンや 、ハ ン ブル ク、 フ ラン ク フル トだ け で はな く、 田舎 、つ ま り私 の 出

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身 地で も展 開 して いた 、 とい うこ とが不 意 に 思い 浮 か んだ の です 。 そ して そ こ に耳 を傾 け るべ き歴 史が あ る のだ 、 とい うこ と も」(201)、 と述べ てい る。 ユ ダ ヤ人 の 問題 は 、彼 らの多 くが居住 地 だ っ た都 会 に 限定 され て い るわ け で はな く、 ま た歳 月 を経 て もなお 、 き わ めて現 代 的 で身 近 な もので あ る こ とをゼ ーバ ル トは強 調 してい る。

自分 の本 名 を 、い か に も第三 帝 国 時代 の ドイ ツの典 型 で あ る と して忌 避 し、 専 ら頭 文字 のみ で通 したゼ ー バル トの ドイ ツに対 す る複 雑 な 思 いは 、次 の よ うな一節 に も よ く表 れ て い る。

私 は 、い わ ば 自分 に とっ て未 知 の 国か ら移 住 しま した。 そ れ も何 か は っ き り と しな い 理 由か らです 。 当時 は 私 もそ れ ほ ど意 識 は して いな か っ たの です が ぐ後 か ら次 第 に

よ く 自覚 され る よ うに な っ た の です 。 そ の た め 、今 で は頻 繁 に ドイ ツ に戻 る ので す が 、 そ の よ うな場 合 、 は た して私 は 家 に帰 るのか 、 それ と も外 国 に 出 か ける のか 、分 か ら な くな ります 。 これ は ア ン ビ ヴァ レ ン トな こ とで 、 自分 で どち ら とも言 え ない の で す。

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彼 が 自著 の 中 で、 ドイ ツの 直接 的 な描 写 が 乏 しい理 由 を、 「地 方や 都 市 の風 景 に記 録 さ れ た歴 史 の痕 跡 が、 ドイ ツで は ほ とん ど見 え ない こ と、 この 国、 つ ま り ドイ ツで 、第 二次 世界 大戦 の後 半 に遂 行 され た破 壊 が 、 それ が 引 き起 こ したす べ て にお い て 、 ほ とん ど完 壁 なま で に、 ここ で排 除 され て しまっ た」(257‑258)こ とと関連 付 けてい る。 ドイ ツ の 敗 戦 後 の社 会及 び 文学 の状況 に対 してゼ ーバ ル トは、 ご く一 部 の文 学 者 を除 き 、批 判 的 な 姿 勢 を取 り続 けた 。以 下 に 、彼 の 見解 を整 理 して みた い。

ゼ ー バル トは 、 ドイ ツ人 の 非人 道 的 な行 為 を厳 し く断 じ る一 方 で 、 ホ ロ コー ス トを決 して 「特 異 な もの とはみ な して い ませ ん。 そ れ は ヨー ロ ッパ の歴 史 か らあ る種 の首尾 一 貫 した事 情 に よ って発 生 し、 また 同 じ理 由 で ヨー ロ ッパ の歴 史 を侵 食 しま した。 した が って この破 局 の痕 跡 は(中 略)ヨL‑・ロ ッパ 全体 に読 み取 る こ とが で き る」(260)、 と述 べ て い る。 彼 に よれ ば 、 「この きわ めて 無 秩序 な 大 陸で あ る ヨー ロ ッパ を、 は る か に秩序 の あ る、 きち ん として 、末 端 に至 るまで組 織 化 された 強 力 な もの に変 えよ うとい う、遅 くと も ナ ポ レオ ン以 降 、権力 政 治 に よって繰 り返 し追求 され て きた夢 が 、 こ の背 景 に あ る」

(260)。 そ して遅 れ て 欧州 の 表舞 台 に登 場 した ドイ ツ人 た ち が、 「19世紀 の終 わ りに、

これ らの権力 の夢 を奪取 し、 その 夢 の経過 にお い て 、本 当 は だれ も入 り込 み た くなか っ た これ らす べ て の路 地 に入 り込 ん だの は、(中 略)と りわ け風 変 わ りな歴 史 の皮 肉」(260

‑261)で あっ た と語 る。

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ナ ポ レオ ン とあ らゆ るナ ポ レオ ン的 な もの は、 私 の ほ とん どすべ て の本 の 中に現 わ れ て い るの です が 、そ れ は 、 当 時初 め て腕 ず くで 完 遂 され た ヨー ロ ッパ とい う理 念 と、

い さ さか関 連す る歴 史的 範例 と して なの です 。 これ に関 して再 び 私が 興 味深 く思 うの は、 ドイ ツ でお よそ130年 後 に同 じこ とを も う一度 、っ ま りヴ ィル ヘ ル ムII世 か ら 19394(Y41年 に至 る ドイ ツ の覇 権 とい う理 念 を、 さらに暴 力 的 な方 法 で試 みた とい う事 実 です 。(200)

ゼー バル トは、 自国 の歴 史 を栄 光 あ るも の と して共有 で きる フ ラン ス人 とは対 照 的 に、

私 た ち(筆 者 註:ド イ ツ人)の 歴 史 は恥 辱 の歴 史 」(188)で あ り、 それ は 「第 二 次世 界 大戦 だ け では な く、 ワイ マ ール 共 和 国 の瓦 解 、帝 国 の滑稽 さ、 ビー ダー マイ ヤ ー の偏 狭 固 随 さな ど、30年 戦 争 ま で遡 り」(188)、 そ の挙 句 に 「厚 か ま しく も、地 球 の残 りを支 配 で き る と思 い こんで い た この12年 間 の段 階」(188)を 迎 え た と述べ てい る。 ゼ ーバ ル トの表 現 は、 ドイ ツ の歴 史 を大 局 的 に見 据 え、 そ の特 質 を 的確 に述 べ て い る。

植民 地 主義 に対 す る意 見(262‑263)も 含 めて 、ゼ ーバ ル トは ヨー ロ ッパ の歴 史 に つ い て、現 代 にお いて は広 く認 知 され た常 識 的判 断 を 下 して い るが 、 ドイ ツ人 に対す る評 価 は、 当然 なが ら極 めて厳 しい もの で あ る。ゼ ー バル トは 、 「ドイ ツが 社会 組 織 と して 、 フ ァ シズ ム の経 験 を通 じて完 全 に 同質化 され 」(91)、 フ ァシ ズム の体 制 に おい て 「階 級 に関 して は、極 めて融 通 性 の あ る社 会 が 出来 上 が り、(中 略)こ れ は1945年 に 終 わ らな か った」(91)、 と指摘 して い る。 つ ま り ドイ ツは 、封 建 的 な身分 社 会 か ら、 「人 口の 大 半 が 同 じ方 向 に向 か って進 む 社 会」(91)に 変 質 し、 今 もなお 、 その影 響 が 色濃 く残

って い るの で あ る。 ゼ ー バル トは 直接 的 に は言及 して い ない が 、 こ こに全 体 主義 へ の傾 斜 、 とい う民 主 主義 の 弱点 を見 て取 る こ ともで き る。

ゼ ー バ ル トが ドイ ツ人 の 特 色 と して挙 げ て い る の は、 この よ うな根 深 レ傾 向 に加 えて 、 過 去 との 、対 峙 に お け る本 音 と建 て前 の乖 離的 現 象 で あ る。彼 らが 忌 まわ しい過 去 と真 摯

に対峙 して い るの は、 これ を 「しな けれ ば な らない か らで あ り、道徳 的 な義 務 と感 じ、 そ れ が公 的 な課 題 に な って い るか ら」(216)で あ る が、 あ くま で表 向 きの こ とで 、 「個 人

と しては 、相 変 わ らず 極 め てア ン ビヴァ レン トな態渡 」(216)を 取 り続 けて い るの で あ る。1

こ の よ うに ドイ ツ人 が 「一 方 では この道 徳 的 な労 苦 を引 き受 けて い るが 、他 方 で は不本 意 で」(216)あ る理 由 と して、 ゼー バル トが 指摘 す るのは 、戦 後 の ドイ ツに は 「記 憶 と い う、 い わ ば規 定 され た文 化 」(240)が あ り、一部 の例 外 を 除い て 、第 三 帝 国時 代 にっ い て の 「個 人 的 な 関心 事 項 か らは 、 この文 化 が 徹 底 して距 離 を置 い て い る」(240‑241) た めで あ る。 一要 因 と してゼ ーバ ル トは、 フ ラ ンク フル トや ベ ル リンな どの都 市部 で 、ユ

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ダ ヤ人 社 会 が戦 後再 び 生 まれ て い るにせ よ、 ドイ ツ 人 とユ ダ ヤ人 との 日常 で の交流 が皆 無 に等 しく、 「ドイ ツ人 が 引 き起 こ した この破 局 に取 り組 む こ とは、依 然 と して 完全 に抽 象 的 な 、 しか も特 に道 徳 とい う観 点にお い て抽 象 的な 」(241)作 業 で あ る と述べ て い る。

過 去 の 重大 な過 ち を葬 り去 りたい とい う、人 間 ら しい欲 求 を、 ゼ ーバ ル トが 、 ドイ ツ 人 に対 して 一切 容 認 しない の は、彼 が ドイ ツの 国外 で 数多 くのユ ダヤ人 の個 人史 に触 れ、 ド イ ツ人 と しての 罪責 の 重 さを痛切 に受 け止 め て い るか らに他 な らな いが 、 上記 の よ うな 指 摘 か らも彼 の立 場 が読 み 取れ る。

表 現者 の一 人 と して ゼ ーバ ル トは、 ドイ ツの戦 後 文学 の状況 につ い て、 「47年組 (Gruppe47)」 は 「強化 結 束、つ ま り他 の 人 々 との 間 に境 界 を引 こ うと試 み た こ とに よ っ て 、全 体 的 に問題 のあ る装 置 」(182‑183)で あ った とみ な し、50年 代 以 後 の ドイ ツ 文 学研 究 にお け る、 「常 に全 て をひ とま とめに して 承認 あ るい は無 視す る傾 向」(183)

を批 判 す る。 彼 が さらに 問題 視 して い るのは 、 「専 門 的 な基礎 研究 、 この 時 代の 文学 の 実 質 的状 況 の研 究 、つ ま り時代 の伝 記 が 欠如 して い る」(183)点 で、伝 記 の執 筆 が、 専 門 家 の 間で 学 術的 研 究 と して扱 われ て い な い こ との理 不尽 さを訴 えて い る。 ま た、英 国の 例

と比較 しな が ら、 ドイ ツにお い て戦 争 に 関わ る様 々 な記 述 が 乏 しい こ とに も言 及 す る (244‑245)。 こ うした不満 も、 ゼ ーバ ル トが、研 究 か ら創 作 へ と軸 足 を移 して い った 背 景 に あ る、 と察せ られ る。

ゼー バ ル トは戦後 文 学 につ い て の批 判 は、47年 組 の他 に、 イ ン タ ヴュー集 で は空 中戦 を取 り上 げ た作 品 が少 な い こ とや 、戦 闘経 験 の あ る作家 の作 品 自体 に も 向け られ て い る。

まず 空 中戦 にっ い てで あ るが 、 自身 の エ ッセ イ集 『空 中戦 と文 学 』5をテー マ に進 め ら れ たイ ンタ ヴュー で 、ゼ ーバ ル トは、 占領 当時 の事 清を勘 案す るに して も、 ドイ ツ側 の 甚 大 な被 害 に もかか わ らず 、 ドイ ツ人 が被 害経 験 を語 るの を回避 して き たの は 、 「一 片の 罪 が 取 り払 われ た、 とい う感 庸 と もち ろん 関係 が あ る」(155)、 と述 べ てい るが 、そ の記 録 が著 しく乏 しい ゆ え に、検 証 の必 要 性 を強 調 して い る。

た だ し、 ドイ ツ人 の こ うした 沈黙 が 、 「差恥 心(S〔im)」 の 表れ とみ なす 、 あ る種 肯 定 的 な評 価 を 、ゼ ーバ ル トは 「ひ どく衛 生的 」 な もの と して 即座 に退 け(192)、 彼 自身 は 「こ の差恥 心 とい う感 晴に 出会 った こ とは一度 も あ りませ ん。 『恥 辱(SChande)』 い う概 念 が は るか に 的確 で しょ う」(192)と 述 べ てい る。

ゼ ーバ ル トは、 当事 者 の 目撃 証言 や 、彼 らの記 憶 に基 づ い た談 話 や記 録 と同様 に 、戦 争 を体験 した作 家 の場 合 も慎重 に扱 うこ とを説 い てい る。 ゼ ーバ ル トに よれ ば 、耐 え難 い 経 験 を した作 家 た ちは 「初 め か ら 自己検 閲 され た 環境 で 執 筆」(179)活 動 を行 い 、 「これ

5WαS翻 αLu髄g㎜1L㎞ .S踊er馳g.F曲amM虹n」2001

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時代を見つ めて

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が進 行 す る様 相 は部 分 的 に微 妙 な た め、 そ の立 証 は容 易 で はな い」(179)。 彼 らにつ い て ゼー バル トは 要約 して次 の よ うに述 べ てい る。

当時 若者 として 国防 軍 に参加 し、 戦 時 を体 験 した彼 らの関 心 事は 、 自分 自身 に対 し て も信 用 を失 っ た人 間 と して 立 っ てい る ので は ない 、 とい うふ うに 自 らの経 歴 を判 断 す る こ とで あ る、 と見 て 間違 い ない で しょ う。 これ に は外 見 的、 物 質的 、精 神的 な打 撃や 、破 壊 の すべ て を無 視 す る こ と も含 まれ てい ま す。 そ れ は頭 の 中で 、 一種 の 予 防 線(Ckndonsanitaire)に よ って 取 り囲 まれ るの です。 さもな けれ ば 、 そ もそ も 自分 た ち の経験 につ い て語 る可能 性を、 す べ てが 奪 って しま った で しょ うか ら。 恐 らくそれ ゆ えに 、後 の 世代 に人 々が 読 者 として彼 らの本 を読む た び に 、 こ こには何 らか の衝 立 が張 り巡 ら され て い て、 そ の後 ろに は見 えな い もの が あ る、 と感 じる こ とにな る ので す 。(179)

こ う した言 葉 に も表 れ て い る よ うに、12年 間 に お よぶ第 三 帝 国 時代 を生 きた人 々が 、 描 き得 なか った 過 去 の隙 間 を埋 め 、新 た な物 語 を獲 得す る こ とが、 ゼー バ ル トの強 い動 機 にな って い る。 次 に、 彼 の作 家 と して の 立場 をま とめてみ た い。

(3)過 去 の空 白を埋 め るた めに

ゼ ー バ ル トは 、 「ナ チ 体制 にお け る私 た ち の親 た ち 『感 情 教 育(educationsenimentale)』

が実 の とこ ろ ど うい う様 子で あ った の か を、今 日ま で知 らず 」(206)、 そ う言 っ て よ けれ ば 一 フ ァシ ズ ムの 中で 出 世 した ドイ ツの小 市 民 の 『教 育過 程 』 の外 観 を知 りた い」

(206‑207)、 と述べ て い る よ うに、研 究者 と して資料 の扱 い に熟 達 してい る だ けに 、 客 観的証 拠 か らこぼ れ落 ちた 、身 近 な人 々 の 日常 の細 々 した実 相 を発 掘す る困難 さを認 め

てい る。

論 文作 成 に 当た っ て は、 「決 して 『私 』 と書 い て はな らない こ とを初 めか ら覚 え込 ま さ れ た 」(255)ゼ ー バル トは 、 「す べ て主 観 的 な こ とは学 問 か ら排 除 しな けれ ば な らず 、

この抽 象 的形 式 に お いて 学 問 は、 もち ろん専 門 知識 を どん どん積 み 重 ね てい くよ うな もの 」 (255)で ある と述 べ 、次 の よ うに言葉 を続 け る。

資料 収集 とい うこ の形 式 が今 、 も ち ろん全 く無駄 とい うわけ で はあ りませ ん が、 そ れ は私 た ち が 自身 の主 観 的経 験 を 、 自分 の研 究範 囲に投 影 して思 考 す る瞬 間 に、 よ う や く私 た ち に とっ て豊 饒 な もの に な る と思 い ます 。 それ 以 外 に あ りませ ん。(255)

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ゼ ーバ ル トが 「文学 研 究 者 と して は常 に む しろ非 正 統派 の仕事 を し、文 学 研究 にお い て 常 に可能 また は許 容 で き る限界 まで行 った 」(147)の は必然 的 な流 れ で あ ろ う。 彼 は 、

絶 対的 に証 明可 能 な こ と、学 問 的 に証 明 可能 な こ との境 界 に 、十 分 に思 索 しな けれ ば な らな い もの が あ るの で はな な いか 」(147)、 と語 っ てお り、 この 「境 界 」 に こそ 、文 学 者 と しての 表現 の 可能 性 を模 索 して い る こ とが 察せ られ る。

とこ ろで 、ゼ ー バル トは文 学 の意 義 につ いて 、 「社 会 が、 進歩 の 妨 げ とな る過 去 を消 し 去 ろ うとす る傾 向 を一 層 強 めて い るだ け に」(125)、 過 去 の保 管 」(124‑125)で る と強 調 し、 「真 実 の発 見」(147)が 文 学 の究 極 的な 目標 で あ る と述 べ てい る。

こ の仕 事(筆 者 註:文 学)に おい て 逆説 的 で不 可 能 な こ とは、 真 実 の発 見 を ・何 等 か の方 法 で真 実 の創 作 に よ って 実現 し よ うと試 みな けれ ばな らない 点 です。 これ は綱 渡 りで 、 もち ろん落 下 す る可 能 性は 大 い にあ ります 」(147‑148)

創 作 の複 雑 な局 面 を 、ゼ ーバ ル トは的 確 に述 べ て い るが 、彼 の散 文 作 品 の特 質 を言 い表 して興 味深 い。 こ うした困難 な試 み に際 して 、彼 は いわ ゆ る アカデ ミック な方 法 を と るよ りも、 「偶 然 を誘 発 す る」(213)必 要 性 を説 き、 「ち ょ う ど犬 が 探 す よ うに」(214)、

臨機 応 変 に 「拡 散 的 な方 法 」(214)で 行 うぺ きで あ る と述 べ てい る。 さ らに、 そ の途 上 で出 会 った 物 を 「記 念 碑」(214)と して 大切 に扱 うこ と を彼 は主 張 し、 ここ にゼ ーバ ル

トが 散文 に 数 々の 遺物 を登揚 させ る根 拠 が示 され て い る。

それ らの物 体 に は 、黙 して語 らぬ歴 史 の よ うな も のが凝 縮 され てい ま凱 それ ゆ え 私 に とって 、 これ らの物 体 の歴 史 を語 る ことが重 要 と言 え ま し ょ う。(215)

歴 史 の 動 き につ いて ゼ ーバ ル トは、突 出 した人 物 の主 導 の もとに 演 出 され 、 また は論 理 的必 然 性 に従 って展 開 す る出 来事 の 連続 体 で は な く、 「何 か漂 流 す る よ うな こ と、 か き消 され る もの、 自然 史 の型 、混 沌 と した もので 、 あ る とき には凝 縮 し、そ の 後再 び分 散 して い く」(187)も の と して捉 えて い る。 そ して彼 は、 「こ の複 雑 で混沌 と した型 を浮 き彫

りにす るこ とが 、文 学 、 さ らに また歴 史 的 記 述 に とっ て重 要 だ ろ うと信 じて」(187)い る。

こ うした見 解 を裏 付 け る よ うに、 ゼー バル トは 『空 中戦 と文 学』 に関連 して 、 い わゆ る 時 系 列 的 な記 述 では 無理 が あ り、 「混合形 式 」(184)の 必 要 性 を強調 して い る。

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(17)

時代を見つめて

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私 た ちの 頭 の 中に は、 この年 代 順 の経過 も な く、 そ こに は同 時性 と連続1生が あ るの で す 。,物事 は横 並 び にな っ て い ます が、 翌 日に は別 の部 屋 に あ り、 それ か ら私 た ちは 、

しば ら くの 間そ れ らを忘 れ て しま い ます。 なぜ な ら、 それ らは屋 根 裏 部屋 に迷 い込 ん で しま うか らで 、 そ の後 ま た階 下 に戻 され た りす るの です 。(185)

比喩 的 な言 い 回 しに よって 、過 去 を決 して 直線 的 な流 れ と して で は な く、行 きつ戻 りつ す る人 間 の思 考 の なか で掘 り起 こ し、様 々な 出来 事 を互 い に 関連 付 けて い く作 業 が提 示 さ れ てい る。 ゼ ーバ ル トの作 家 と して の業 績 が 、長 年 に わた る学 問研 究 の裏 付 けが あ って こ そ 、可能 であ っ たの は 間違 い な く、彼 自身 も この段 階の 意 味 を十分 認 識 しては い る。 た だ し、 学 術的 方 法 のみ で は納 得せ ず、独 自のや り方 を模 索 しよ うとす る彼 の姿 勢 も うか が わ れ る。

ゼ ー バル トは、 「散 文 の場 合 、 情 況 が可 視 化 され る こ とが とて も重 要 と考 え」(251)、

資 料 を集 めな が ら書 き進 め てい く作 業 と、 自らの足 で 歩 きっ つ 、物 事 を見 つ め る こ との連 関 性 を強 調 す る。

視 覚 的 な要 素 を私 は 大変 重 要 だ と思 い ます 。 それ に音 韻に 関す る こ とや リズ ム もそ うで しょ う?こ の リズ ム は、 もち ろん あ る種 の前 進 と関係 が あ るで し ょ う?(251)

私 の 考 えで は 、何 か文 学 の 生理 学 の よ うな も のが あ りそ うです。 つ ま り、私 た ち の 肉体 性 と身 体 の動 か し方 が、 文学 に転 用 され てい るの か も しれ ない とい うこ とです 。 も しそ の こ とが軽 ん じ られ て い る とすれ ば 、何 か が欠 けて い るの で はな い で しょ う カ、?(251)

文学 とは、人間が全身で体感する実存的な営みであることを示唆 していると言 えよう。

これは前述の 「主観的経験を、 自分 の研 究範囲に投影 して思考す る」 ことに通底している。

(要す るに小 説 とい うよ りもむ しろ)散 文 文 学 と呼 べ る もの が あ る とす れ ば 、そ れ は何 か歴 史的 深 み を必 要 と し、道 徳 的 に正 当で な けれ ば な らず 、 あ らゆ る面 で正 当で あ る こ とを証 明 しな けれ ば な りませ ん。(236)

ここには、明 らかに彼 のモラ リス トとしての衿持が表れている。彼は、 自分が集 めた数 多くの体験談や資料を、ただ機械的に文献学的、書誌学的 な方法で処理す るつ もりはない が、またそれ らに全面的に依拠す るわけでもない。 自身の経歴 との接点を見つめなが ら、

よ り血の通った作品を 目指 して葛藤す る作家の姿が印象付け られる。

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