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「不適正意見」と「意見差控」に関する一考察

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「不適正意見」と「意見差控」に関する一考察

その他のタイトル A Consideration for Adverse Opinion and Disclaimer of Opinion

著者 高柳 龍芳

雑誌名 關西大學商學論集

巻 11

号 3

ページ 239‑256

発行年 1966‑08‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00021518

(2)

239 

たいと思っ゜

昭和四十一年四月二十六日企業会計審議会により︑﹁監査基準及び監査報告準則の改訂について﹂が発表された︒

ここに︑今度の改訂によりとりあげられた﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂の区分明確化について若干の私見を述べ

﹁ 不

適 正

意 見

﹂ と

﹁ 意

見 差

控 ﹂

に 関

す る

一 考

察 ︵

高 柳

目 次 一 開 題

二監査報告書の任務について

︱︱︱ィンホメーション・レポートとしての監査報告書

四﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂の場合における情報の差異 五情報としての﹁不適正意見﹂の意味 六情報としての﹁意見差控﹂の意味

七﹁意見差控﹂の解釈をめぐって

八 結 論

﹁ 不

適 正

意 見

﹂ と

﹁ 意

見 差

控 ﹂

に 関

す る

考察

一 七 龍

(3)

240 

﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶

﹁前監査報告準則一は三の﹁財務諸表に対する意見の表明﹂の中で︑

過程において︑多くの論議を経て︑

その回に﹁監査報告書に日の各号に掲げる事

項を記載することによって︑財務諸表に対する意見が無意義となる場合には︑監査人は︑意見の表明を差し控え︑

と規制している︒この前準則においては︑﹁不適正意見﹂と﹁意見差

控﹂との明確な区分が行われていなかったのであるが︑その後の監査実践の途上において︑また︑監査理論の展開

これら二つの概念は区別される必要が認められ︑今回の改訂において区分明確

すなわち︑﹁新監査報告準則﹂は︑三の﹁財務諸表に対する意見﹂の中で︑その口に﹁除外事項が財務諸表に特に

重要な影響を与えていると認めた場合には︑財務諸表が会社の財政状態及び経営成績を適正に表示していない旨及

びその理由を記載しなければならない︒﹂として︑﹁不適正意見﹂についての規制を行うと共に︑四の﹁財務諸表に

対する意見の差控﹂なる項目を新しく設定して﹁監査人は︑重要な監査手続が実施されなかったこと等の理由によ

り自己の意見を保証するに足る合理的な基礎が得られず︑財務諸表に対する意見を差し控える旨及びその理由を記

と述べ︑﹁意見差控﹂が﹁不適正意見﹂とは性格的に異なるものであるとする立場から︑

けだし︑﹁意見差控﹂となる要因は︑監査範囲に著しい制約がなされた場合であって︑これは更に次の二つの場合

に別れると考えられる︑すなわち︑被監査会社側の事情に基く時間的︑経済的制約により当初から監査契約の範囲

が制限を受けた場合と︑監査実施途上において︑内部統制組織や会計制度上の不備︑その他の事情に基いて主要な

監査手続が実施されなかったことや︑異常な未確定事項の存在などの場合である︒

アメリカにおいても︑監査意見に関しては︑﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂の区別 ﹁前準則﹂が規定された当時は︑ これを区別する規制を加えた︒ 載しなければならない︒﹂ 化がなされるに至った︒ その旨及び理由を記載しなければならない︒﹂

(4)

241 

化についてはいまだ必しも明確にされていなかったのであるが︑

おいて明確な区別がなされ︑続く第三三号などの影響を受けて︑今回︑我が国の監査準則にも︑区別されるに至っ

た の

で あ

る ︒

ち な

み に

そ の

後 ︑

一 九

AICPAのステートメント第三二号に AICPAステートメント第三三号は﹁意見の差控﹂に関し次のように規制している︒

﹁ 財

務 諸

表 の

全体としての適正性についての意見を形成するため︑充分にして有効な証拠物件が得られなかった場合には︑独立 監査人は当該財務諸表についての意見表明が不可能であることを報告書に記載しなければならない︒意見差控の必 要性は独立監査人が財務諸表全般について意見を形成する事を不可能ならしめる監査範囲の著しい制約︑あるいは︑

財政状態または経営成績に重要な影響を及ぼす項目の金額︑もしくは︑事項の結果について重大な未確定事項が存

( 1 )  

在する事のために起ってくる︒﹂

この文言は︑我が国の場合における﹁意見差控﹂より詳しく説明しているが︑内容的には同じ意味をもつものと

理 解

で き

る ︒

﹁ 公

認 会

計 博

士 ﹂

第 七

0 号

0 頁 ︒

ここで︑﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂との本質的な差異を論ずるに当り︑まづ︑監査報告害の性格を考えたい︒

旧監査基準における﹁監査基準の設定について﹂の中では次のように述べられている︒すなわち︑﹁監査報告書は︑

監査の結果として︑財務諸表に対する監査人の意見を表明する手段であるとともに︑監査人が自己の意見に関する 責任を正式に認める手段である︒従ってその内容を簡潔明瞭に記載して報告するとともに責任の範囲を明瞭に限定

﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶

注 山

(5)

242 

て表明されるものでなくてはならない︒ ﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶

することは︑利害関係者ばかりでなく監査人自身の利益を擁護するためにも重要である︒﹂

人が自己の意見に関する責任を正式に認めうるためには︑﹁監査の実施に関して公正妥当な任務の限界を明らかにし

なければ︑徒らに監査人の責任を過重ならしめる結果ともなる︒従って監査に対する信頼性を高めるとともに︑任

務の範囲を限定するために︑監査人の判断を規制すべき一定の基準を設けて︑

る︒﹂という前提がなければならない︒

す な

わ ち

これを遵守せしめることが必要であ

ここに︑監査人が責任の範囲を明確に限定することによって︑監査人自身の利益だけではなく︑利害

関係者の利益をも擁護しうる監査制度成立のための前提たる監査基準設定の意義が認められる︒すなわち︑監査基

準設定の精神から︑当然に︑監査人が責任の範囲を明確にするべき手段は︑監査実施の最終段階たる監査報告書の

作成︑さらに言えば︑監査人がそこでなした監査意見に凝結されているとの結論に導かれる︒

監査報告書は︑したがって︑利害関係者が会社の経営成績及び財政状態の適正性に接近をこころみ︑財務諸表を

理解するための唯一の信頼のおける濾過器の役割を果す︒監査報告書は︑会社の財政状態と経営成績を財務諸表が

適正に表示しているか否かについて︑意見の表明という形をとったところの︑利害関係者に対する唯一の立証手段

であり︑したがって︑監査人の自己の意見に対する責任なるものは︑監査制度設立の主旨から云えば︑利害関係者

の利益を擁護するという社会的要請に応じた姿において果される必要がある︒すなわち︑監査人が監査報告書にお

いて表明すべき意見なるものは︑利害関係者が︑会社の財務諸表を誤って理解することを避けうるような姿におい

このような主旨に基いて規制されたものが︑監査報告基準であり︑監査報告準則であって︑監査報告書が︑監査

人の責任を正式に認める手段であると共に︑利害凋係人の利益をも擁護しうるものであるとするゆえんである︒ として︑さらに︑監査

t . 1

0  

(6)

243 

あ る

︒ 監査報告書が︑ さらに︑﹁不適正意見﹂と﹁意見の差控﹂のもつ意義の差異についてその分析への接近をはかるに当っては︑監査

イ ン ホ メ ー シ ョ ン

・ レ ボ ー ト と し て の 監 査 報 告 書

オビニオン・レポートであるのか︑

そ れ

と も

は多くの論議があるが︑久保田教授も指摘された通り︑

と述べ インホメーション・レポートであるのかについて

この二つの違ったレポートの性格を同一のディメンション

に立って論議するから︑混乱が生ずるのであって︑もしも異なったディメンションに立って︑

と︑監査報告書はオビニオン・レボートであるとともに︑ この問題を取上げる

メンフォーメーション・レポートであると考えうるので

同一のディメンションに立った上でなされるレポートの二つの異なった性格の区別については︑例えば︑黒沢教

授は﹁短文式の監査報告書は︑意見報告書であって︑⁝⁝財務諸表に対する意見の表明とともに︑最少限度の特定

の情報を記載しなければならない︒それが範囲区分の記載および補足的説明事項の記載にほかならない︒﹂

られるように︑﹁意見区分﹂がレポートの中のオピニオンに関係をもつものであり︑﹁範囲区分﹂及び﹁補足的説明事

項﹂がレポートの中のインフォメーションに閲係するものである︑とする︒

監査報告書の性格を二つのディメンジョンの立場に立って理解をする久保田教授は︑意見区分は当然オピニオン

・レボートに属するものとし︑範囲区分をもさらにオピニオン・レボートとしての意味をもつものである︑という

解釈が成り立ちうることを説明される︒すなわち︑監査の範囲区分において︑当該監査の実施経過を記載している

( 1 )  

ことについての理解を︑﹁本来的には︑監査人の意見に関する報告誉だと解釈する﹂立場に立ったとき︑﹁監査の概要

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

報告書のもつ任務から考えてみるのが役に立つ︒

(7)

244 

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

区分⁝⁝を意見の記載の方から読みかえてみると︑

象 に

し ︑

そしていかように監査基準と監査実施準則を採って︑

うになったのか︑

この監査の概要の記載内容とは︑いかなる財務諸表を監査の対

その総合意見の表明つまり総合意見の記載をするよ この事情について示しているとも解しうるのである︒いわば︑総合意見の表明のための﹃環境づ

( 2 )  

くり﹄を記載したのが監査概要の区分内容﹂であって︑﹁この環境づくりという意味は︑意見形成のプロセスという 意味ではない︑むしろ総合意見を表明するための地盤・土台をつくっているという意味で﹂ある︑として︑﹁監査報 告書は︑ただ︱つの総合意見を表明するために︑意見表明の﹃環境づくり﹄と﹃その総合意見の形成要因﹄とを含

( 3 )  

めたところのオビニオン・レボートである﹂と思考される︒

さらに︑同教授は︑監査報告書を本来的な意味でオピニオン・レポートであると規定された上で︑近代的な監査 報告書には︑情報提供の機能があることを︑異なったディメンションに立って論ぜられる︒すなわち︑

このディメ

ンションとは︑近代的な財務諸表監査制度への要請を求めたところの︑社会的︑歴史的な立場としての︑外部の利 害関係者からの視点である︒同教授によれば︑﹁今日では外部の利害関係者のためには︑⁝⁝財務諸表についての判 断資料の価値をできるだけ充実せねばならぬという社会的要請が出るのは当然である︒この要請に応ずるために︑

( 4 )  

その一翼を担っているのが︑近代的な社会的監査制度における監査報告書の情報提供の機能である︒﹂このように︑

﹁近代的な株式会社における各種の利害閲係者

1

彼らに対する財務諸表の情報的意味ー←その情報としての判断

資料の価値を充実するための監査報告書の意味という︑

一連の関係において考えてくると︑このディメンションに

(5 ) 

おいて︑近代的な監査報告書にインフォメーション・レポートの性格が浮かび上ってくる︒﹂

授によれば︑監査報告書はその本質上のディメンションからオビニオン・レボートと解され︑歴史的発展の過程に

基くところの社会的要請というディメンションから︑ のである︒久保田教

インフォメーション・レボートの機能を有するようになった

(8)

245 

と︑理解されるのである︒

ここでは︑右に述べた久保田教授の見解を基として︑監査報告書の情報的役割の意義をもすこし掘り下げてみた

供が︑監査人にとっていかなる意味を持つのであるか︑ い︒すなわち︑監査報告書がになう社会的任務としての外部利害関係者への情報提供の内容と︑そのような情報提

いいかえれば︑監査人が表明する意見とは︑情報提供との

関連においていかなる責任を有するに至るのか︑という点について述べてみたい︒

近代の財務諸表監査制度は︑独立の監査人が︑監査を行うことにより︑企業の財務諸表の信頼性を高め︑外部の

利害関係者の利益を擁護することを目的として運用される︒この目的は︑監査実施の最終段階たる監査報告書の作

成によって完徹される︒この監査報告書こそが︑外部の利害関係者の利益を擁護しうる具体的用具であり︑したが

ってまた︑これのみが︑監査人と外部利害関係者の接触できる唯一の手段となるのである︒

それゆえに︑財務諸表監査の目的という立場にたって考える場合には︑監査報告書は︑意見区分とか︑範囲区分

とかの区別にも拘らず︑外部の利害関係者にとっては︑それぞれ︑範囲区分であれ︑意見区分であれ︑﹁ある種の情

報を確認する手段﹂として受け入れられるのである︒しかし︑監査報告書そのものは︑外部の利害関係者が直接に

得たいと希望する情報そのものを示すものではない︒外部利関係者は︑何よりも先づ︑会社の経営成績と財政状態

その経営成績と財政状態とを外部に報告すべき責任を負う︒ とを正しく知りたいという立場にある︒また会社は︑

この責任を果す手段が︑財務諸表の公表であり︑

一の用具なのである︒

﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶ この財務諸表だけが︑会社と外部の利害関係者との接触しうる唯

したがって︑外部の利害関係者が直接に得たいと希望する情報そのものは︑ この会社が公表する財務諸表なので

あって︑真の意味のインフォメーション・レポートは︑外部の利害関係者にとっては︑ この財務諸表なのである︒

(9)

246 

いうことである︒

﹁ 不

適 正

意 見

﹂ と

﹁ 意

見 差

控 ﹂

に 関

す る

一 考

察 ︵

高 柳

このような意味において︑利害関係者の立場に立って考えられるインフォメーションという言葉を使用するのなら

ば︑監査報告書中の範囲区分︑すなわち︑監査人が監査実施過程を説明している部分︑および監査人の総合意見の

部分は︑会社の状況を示すところのインフォメーションというよりは︑﹁情報を確認する手段﹂乃ち︑会社の財政状

態と経営成績が適正か否かを保証する手段であると考えられ︑意見区分において示された除外事項︑および補足的

説明事項において説明された部分のみが︑会社の情報を訂正又は補充するという意味で︑ここにいうインフォメー

したがって︑監査報告書が︑利害関係者の立場から情報的報告書である︑としても︑その情報には︑監査人が

﹁ある種の情報を確認する手段﹂として行為した監査範囲の説朋と︑﹁ある種の情報を修正補足する手段﹂として表

明した除外事項の説明︑などからなっていると考えてよい︒

注山黒沢清﹁監査基準の解説﹂五 0

頁 ︒

図 ⑱

凶 固

久 保

田 音

二 郎

﹁ 監

査 報

告 書

の 情

報 提

供 の

機 能

﹂ ︵

産 業

経 理

第 二

六 巻

六 号

︶ ︒

﹁不適正意見﹂ ションとしての意義をもつことになろう︒

﹁ 意

見 差

控 ﹂

の場合の情報の差異

監査人が︑監査報告書の中において表明した自己の意見に対して責任を正式に認めねばならない︑とする意味は︑

この被監査会社が示した情報に関して︑それが適正であるか否かを監査人の責任において確認せねばならない︑と

ここに︑監査報告書が︑外部の利害関係者に対し︑会社の財政状態と経営成績についての情報の適否の確認を示

すものである︑という点を︑監査人の責任との関係において︑さらに考えてみたい︒

ニ 四

(10)

247 

( 口 )

監査人は︑監査意見を監査報告書に明瞭に記載することにより︑責任の範囲を明瞭に確定せねばならない︒この 場合︑監査手続が実施可能にして合理的であったために省略されることなく︑すべての通常の監査手続を摘用でき︑

かつその上︑財務諸表の適正性については何ら疑念の生ずることがなかった場合には︑監査人は無限定の意見を表 明することができる︒この場合︑会社の財政状態と経営成績に関する情報については︑それだけで完全なので︑そ れ以上にはもはや会社のその他の情報乃至は情報の変更など︑監査報告書の中につけ加えられるものは何も存在し ない︒すなわち︑監査報告誉は︑財務諸表の読者に対して何ら会社状況に関するインフォメーションを補足する必 要もなく︑財務諸表の適正性を保証するだけである︒無限定意見の場合の監査報告書にあっては︑監査人は︑財務 諸表が適正であることを保証すればよいだけであって︑監査人が提供すべき会社側の情報はなんら存在しない︒

しかし︑無限定意見を表明しえない場合︑すなわち︑財務諸表の適正性について確認を与えることができない場 合には︑監査人は自己の責任を限定するために︑監査報告書の中において︑財務諸表の適正性に関しては確認を与

えることができない旨と︑

その理由を説明せねばならないのである︒

監査した財務諸表の適正性について︑監壺人が確認を与えることができない場合は︑次の二つである︒すなわち︑

重要な監査手続はすべて実施したが︑意見区分において財務諸表の適正性を確認しえなかった場合 重要な監査手続を実施しえなかったために︑範囲区分においてすでに財務諸表の適正性を確認すべき前提が 欠けてしまった場合 である︒新準則は︑三の﹁財務諸表に対する意見﹂において︑いの場合を規制し︑四の﹁財務諸表に対する意見の 差控﹂において︑回の場合を規制している︒

新準則も︑今回の改正によって︑表明すべき意見については︑質的に異なった場合があることを認めて新たな項

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

(11)

248 

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

目として﹁意見差控﹂を規制したのであるが︑ この﹁適正性に関する意見の表明﹂は︑会社の財政状態と経営成績

に関する情報を︑財務諸表において適正であるか否かにつき︑確認させるための規制であって︑会社の状況に関す

る情報の適正性についての監査人の判断は︑監査報告書の﹁意見区分﹂において現れる︒他方︑﹁適正性に関する意

見の差控﹂は︑財務諸表の監査範囲が著しく制約されたために︑会社の財政状態と経営成績に関する情報を︑財務

諸表において︑適正であるか否かにつき︑もはや確認をなしえない場合の規制であって︑会社の状況に関する情報

の適正性についての監査人の判断は︑監査報告書の﹁範囲区分﹂においてすでに拒絶されざるを得ず︑﹁意見区分﹂

においては︑もはや意見を述べることができない

o

︑このように︑二つの場合では︑監査報告書上への記載方法に著

情 報 と し て の

前章においては︑﹁適正性に関する意見の表明﹂と﹁適正性に関する意見の差控﹂の場合とでは︑監査報告書上へ

の記載方法が異なる点について指摘したのであるが︑ここでは︑記載の内容においてもその意味する所が︑監査人

いは意見を差控えるのであるが︑ の責任の立場からも︑外部の利害関係者の利害にとっても︑本質的に異なる点について論じてみたい︒

監査人が︑﹁自己の責任を限定する﹂ために︑監査報告書において会社の情報の適正性について意見を述べ︑ある

これを更に言えば︑監査人は︑会社の情報の適正性について︑その確認をなしえ

たかどうかを︑監査報告書において説明することにより︑責任を果すことになるのである︒

すなわち︑﹁不適正意見﹂とは︑﹁会社の情報に関し︑当該財務諸表が不適正であると監査人が確認したので︑その

旨と理由を開陳した上で︑財務諸表の適正性については監査人として保証しうる立場にはない﹂旨を表明したもの

しい差異があることが理解できる︒

﹁不適正意見﹂ の意味

(12)

249 

これを外部の利害関係者の立場に立ってみるならば︑ この除外事項に関する監査人の説明は︑会社状況のインフ

ォーメーションを補うものとして︑または︑そのインフォメーションの間違いを訂正したものとして受け止められ

るのであって︑監査人の責任においてなされたこの説明により︑利害関係者は︑財務諸表を正確な姿に焼き直して

読みかえすことが可能となる︒したがって︑不適正意見の生じた監査報告書は︑利害関係者の立場からすれば︑財

務諸表を修正し︑正確な姿に戻して読み返す可能性を含むところのインフォーメーション・レボートとなる︒

﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶ ね ば な ら な い ︒

で あ

り ︑

監 査

人 は

し た

が っ

て ︑

加えるのであるが︑監査人が加えたこの説明に関しては︑監査人は責任を負わねばならない︒

︑ ヽ

. ヽ ヽ ヽ

監査人が自己の責任を限定するという意味は︑財務諸表の不適正な部分に対しては専門家として保証できるもの ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ ではない︑ということを示すものである︒また︑監査人が自己の表明した意見に対して責任をもっと考えた場合は︑ ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ 財務諸表への責任を限定するために財務諸表の不適正な部分に加えた監査人自身の説明に対しては︑専門家として

当然に責任を負うものである︒

二 七

この場合に︑財務諸表の不適正な部分を指摘してこれに情報訂正に関する説明を

したがって︑﹁不適正意見﹂の表明に当っては︑監査人は監査報告書の中において︑当該財務諸表が会社の財政状

態と経営成績を適正に表示していない旨及びその理由︑更に︑財務諸表に対する影響の程度について記載を行わね

ばならない︒すなわち︑﹁不適正意見﹂の表明の場合には︑除外事項についての説明が綿密に附されている︒この場

合に︑監査人の責任は︑除外事項の説明に関して発生してくることになる︒

監査人は︑財務諸表が不適正であること自体に関しては︑何ら責任を負いうるものではないが︑監査報告書の中

で述べた除外事項への説明については︑自己の見解として︑又はそれについて確認した事実に対して︑責任を負わ

(13)

250 

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

ここでは︑監査の﹁二重責任の原則﹂が支配する︒財政状態と経営成績についての誤れる表示は︑会社側が第一

次責任をもつ立場から会社側が当然に修正を施すべきであるに拘らず︑ これを修正しなかったために︑または不可

能であったために︑監査人が第二次責任をもつ立場からこれを修正したのが︑監査報告書における除外事項の説明

このように︑監査報告書に述べられた意見に対して責任を負うのが監査人である限り︑財務諸表の不適正な部分

に対して責任を負わないとしても︑除外事項の説明に対しては責任を負わねばならない︒この場合︑監査人が︑除

外事項についての説明において間違いを犯した場合には︑監査人は自ら表明した意見に対して責任を負うことにな

このような意味に監査人の責任を考えるならば︑重要な監査手続がすべて実施され︑監査範囲の制約が何ら生じ

ていないに限らず︑不適正意見となる場合の監査報告薔にあっては︑監査人は︑財務諸表が︑不適正な部分を除け

ば他は正しいという意味で財務諸表を限定しえても︑自己の監査責任という意味では︑

情 報 と し て の

それを限定できる立場には

ここで︑﹁意見の差挫﹂について考えてみたい︒これは︑監査手続の重要な部分が省略されたために生ずる︱つの 意見の表明の型である︒すなわち︑﹁意見の差控﹂とは︑﹁会社の情報に関し︑当該財務諸表が適正であるのか︑不適

正であるのか監査範囲の制約のために監査人は確認しえなかったので︑

適正性については監査人として保証しうる立場にはない旨を表明したものであり︑したがって︑監査人は︑

し ゜

る ︒ で

あ る

/

 

﹁ 意

見 差

控 ﹂

の意味

その旨と理由を指摘した上で︑財務諸表の

この場

(14)

251 

合に︑財務諸表の適正性如何については指摘することができず︑単に監査されなかった範囲についてその旨と理由 を指摘しうるのみであって︑

これについての情報提供のための説明を加えることができず︑監査人が加えうること のできないこの空白部分に関しては監査人は会社の情報に関して責任を負うことができない︒

二 九

したがって︑監査人は︑財務諸表の監査しえなかった範囲は指摘しえても︑内容説明乃至は財務諸表に与える影 響については︑金額的な説明を附しえない︒そのために︑会社側が負うべき第一次責任としての財政表示について は︑これを補うものとしての監査人の第二次責任も︑

この除外事項に対しては負うことができない︒監査人は︑財 務諸表を修正して正しい姿に直してインフォメーションを利害関係者に与える立場におかれず︑したがって︑財務 諸表に対する稼極的な意見の表明を与えることができない︒監査人は︑財務諸表に対し︑

それが適正か否かは勿論 のこと︑監査報告書の中においてその影酵についての説明をなすことができず︑消極的に意見を留保することで︑

その範囲については責任をとりえないことを表明せねばならない︒

それゆえに︑﹁意見の差控﹂にあっては︑外部の利害関係の立場に立つならば︑会社の状況に関する正確なインフ ォメーションが︑会社側からも︑監査人側からも︑信じうるものとして与えられなかったことを意味する︒これに 反して︑﹁不適正意見﹂にあっては︑外部の利害関係者は︑除外事項のところで行われている監査人の説明から︑財 務諸表を修正して読み直すことによって︑会社の状況に関する判断を正確なものとして理解する可能性が生ずるの である︒この点︑﹁意見の差控﹂の場合には︑外部の利害関係者にとって︑会社の状況に対する判断はまさに不可能

となるのである︒

し た が っ て ︑

この場合には︑監査報告書は外部の利害関係者にとって︑

たことを示すものであり︑監査人の立場にたった場合には︑

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

インフォメーション提供の機能を放棄し

その除外事項の範囲については︑監査人は何らの保証

(15)

252 

﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶

をもなしえない︑すなわち︑会社状況に関して︑何らの責任をも持ちえないことを示すものである︒このように︑

外部の利害関係者の立場からは︑会社の状況判断に関して﹁不適正意見﹂と﹁意見の差控﹂の意義は重要な差異と

なって現れてくる︒

また︑監査人は︑責任の範囲を限定するために︑意見を限定するのだ︑と云われるが︑すでに述べたように︑﹁不

適正意見﹂の場合には︑除外事項の説明に関して自己の判断に責任を負わねばならないが︑﹁意見の差控﹂の場合に

は︑監査人は︑除外事項に関して何の責任をも持ちえない︒何故なら︑そこでは︑判断の一切について︑ノー・コ

メントの立場にあり︑専門的な能力をもってしても︑.財務諸表の適否についての意見を述べることができないから

このように考えると︑監査人側の責任のあり方の差異︑および外部利害関係者へのインフォメーション提供のあ

り方の差異にいちじるしい性格のちがいがあることから︑準則の規制が︑﹁不適正意見﹂と﹁意見の差控﹂とに明確

な区別を与えたのは︑

﹁ 意

見 差

控 ﹂

つぎのように規制している︒すなわち︑﹁監査人は︑重要な監査手続が実施されなかったこ

と等の理由により︑自己の意見を保証するに足る合理的な基礎が得られず︑財務諸表に対する意見の表明ができな

い場合には︑財務諸表に対する意見を差し控える旨及びその理由を記載しなければならない︒﹂と︒

さて︑右の規制にしたがえば︑第一の解釈としては︑重要な監査手続が実施しえなかった場合には︑いかなる場

合であってもすべて意見の差控となるのであって︑ 新監査報告準則四は︑ で

あ る

この規制には限定意見が存在しない︑と考えられることである︒

の解釈をめぐって

一歩の前進であったといえよう︒

1 0  

(16)

253 

その第一の理由としては︑監査範囲に関する除外事項が生じた場合は︑それが重要である限り︑その旨及び理由を

指摘はできても︑大抵の場合︑

ても自信をもって指摘することは不可能であると考えられる点である︒財務諸表に与える影響がどの程度であるか を指摘しえない限り︑除外事項を除いたかぎりにおいて財務諸表が適正である︑と述べてみても︑全く無意味であ

っ て

それが財務諸表に及ぽす影響の程度については︑たとえ︑専門家たる監査人であっ この場合には限定意見を述べる余地がなく︑直ちに意見差控とならざるを得ない︑とする立場である︒

この規制には︑意見の限定はありえないと考えられる第二の理由は︑新監査報告準則三においては明らかに不適 正意見とともに︑限定意見の生ずる場合がありうることをその規制の中で述べているに拘らず︑その四においては︑

限定意見が生ずる場合があるのかないのか明瞭には述べていないことである︒会社状況についてのインフォメーシ ョンを求める外部の利害関係者にしてみれば︑不適正意見よりも意見差控を生じた財務諸表の方にこそ︑それへの 判断が不可能であるがゆえに︑より重要な利害の影響をうけざるをえないのである︒既に述べたように︑監査範囲 に関して制約をうけることなく監査された財務諸表であれば︑

たとえそれが不適正意見を生ずるような場合であっ

ても︑監査人から綿密に除外事項についての陳述を与えられ︑ときには財務諸表に与えた影響がどの程度であるか を指摘されることによって財務諸表を正しい姿に醜訳できる︒これに反して︑意見差控の場合には︑除外事項が財 務諸表に及ぽす影響がどの程度であるかを監査人により指摘されないのであるから︑利害関係者にとって当該財務

諸表への適正な判断は全く不可能となるため︑

うるとするならば︑

と考えられる︒

このような重要な監査手続の省略に関してもなお︑限定意見があり その三以上にこの四においては︑限定意見に関する規制が明瞭な形で設けられるべきである︑

このように︑その四の解釈として︑限定意見は生じてこないのであるが︑積極的にその四に限定意見を否定して

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

(17)

254 

﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶

いるものではないとの第二の解釈もなり立ちうる︒すなわち︑﹁監査人は︑重要な監査手続が実施されなかった等の 理由によるに拘らず︑自己の意見を保証するに足る合理的な基礎が得られ︑財務諸表に対する意見が表明できる場

と解釈する場合である︒

た だ

し ︑

合には︑財務諸表に対する意見を表明することができる︒﹂

このように︑監査手続の省略された場合であっても意見の限定はありうる︑とする場合には︑除外事項

を明示し︑かつ︑

それが財務諸表に与えている影響を記載せねばならないのか︑影響については記載をする必要が

( 1 )  

AICPAのステートメント第三三号によれば︑﹁監査範囲﹂の項目のところで︑監査人が慣習的な監査手続が適 用できず︑かつその他の監査手続を適用しても満足できない場合︑すなわち︑重要な監査手続が実施できなかった

場合には︑﹁明瞭に監査実施制限を範囲︵あるいは中間︶区分に記載し︑

表全般についての意見を限定するか或いは差控をしなければならない﹂と述べている︒

このステートメンにおける︑意見の限定か︑意見の差控か︑の基準は︑金額の重要性の如何にかかっているよう

( 2 )  

に思える︒さらに同ステートメントは︑﹁限定意見﹂の項目のところで﹁⁝⁝限定意見は特に限定事項に言及し︑限 定の理由並びに合理的に決定可能であるならば財政状態及び経営成績に及ぽす影署について明瞭にこれを説明する

必要がある︒⁝⁝﹂と述べているが︑ その金額の重要性の程度に応じて︑財務諸

この説明にしたがえば︑財政状態及び経営成績に及ぽす影響についてはいか なる場合にも必ず記載せねばならない︑とは考えられない︒すなわち︑合理的には決定不可能な場合であっても︑

監査人の専門的判断にしたがって金額の重要性が︑意見を差し控える程には大きくないと考えられる場合には︑意

見の限定となりうると理解することもできるのである︒

もし︑右のような解釈が可能であるとすれば︑財政状態及び経営成績に与える影替を金額的な大きさにおいて明

ないのかは依然として不明である︒

(18)

255 

瞭に指摘しえない場合であっても︑職業的専門家としての監査人であったならば︑その影響の程度に関して︑意見

を述べるべき立場におかれる場合がありえよう︒すなわち︑監査範囲の制約が一部あった場合でも︑制約をうけた

ために財務諸表全般に与える影響の重要性は︑意見の限定に連なるものか︑または意見の差控になる程重要なもの

であるか︑を監査人は職業家としての判断において決定せねばならないであろう︒

また︑外部の利害関係者の立場において考えてみるに︑監査範囲の制約を受けた場合こそ︑実は︑その財務諸表

が受けている影響がどの程度であるかを納得したいであろう︒勿論︑監査範囲の制約の程度によっては︑財務諸表

に与えている影響を明瞭な金額によって指摘することは不可能であろうが︑外部の利害関係者は︑職業的専門家と

しての監査人ならその影響の程度に関して意見を述べうる立場にあるとの期待をかけるかもしれない︒

監査範囲の制約をうけた場合には︑金額的に影響の程度を指摘することができないから︑直ちに意見を差し控え

る︑と解釈するか︑金額的重要性の程度を専門家としての立場から判断して︑明瞭な計数として記載することはた

とえ不可能であっても︑意見の限定か︑意見の差控かを決定せねばならぬ立場にある︑と解釈するかによって︑監

査人の責任のあり方は変ってくるのである

o .

監査範囲の制約をうけた場合に︑直ちに意見の差控となる︑との解釈は︑影響の程度について監査人が確言を与

えることは責任上極めて危険を伴うので︑監査人は専門家としての判断の行使を避けて意見を差し控えるのだ︑と

の誤解を︑外部の利害関係者に与える危険性がある︒

監査範囲の制約をうけたために︑ そこに監査意見の空白を生じて︑財務諸表への影響の程度を指摘しえないとし

て︑意見を差し控えて責任をとることを拒否する︑あるいはそれとは逆に︑監査意見に関して生じた空白を解明し

て︑専門家として財務諸表への影響の程度を判断して意見を限定するか︑差し控えるかのどちらか決定する︑とい

﹁ 不 適 正 意 見 ﹂ と ﹁ 意 見 差 控 ﹂ に 関 す る 一 考 察 ︵ 高 柳 ︶

(19)

256 

う ︒ おそらく︑今後我が国の監査実践において︑監査範囲の制約に関して意見の限定か︑差控かの問題は︑当然に発

生してくるであろう︒ある監査人は︑

見の限定と差控を使いわけるようになれば︑やはり︑ ろにおいてより大きいからである︒

八 結

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う二つの場合では︑益査人の責任と︑外部利害関係者の利益保護の両面に亙って︑重要な差異が生ずるであろう︒

注 山 図 ﹁公認会計士﹂第七 0

号 四

三 頁

﹁公認会計士﹂第七 0

号 三

九 頁

新監査報告準則が﹁意見の差控﹂に関して︑﹁意見の限定﹂があるのかないのか︑明確な設定を行わなかった点に

関しては︑以上にのべたような文言上の誤解を生ずる可能性と︑今後における実践上の混乱とが予想される︒私見

によれば︑新準則においては︑﹁意見の表明﹂の項目と同じように︑﹁意見の差控﹂の項目のところでも︑まづ意見の

限定の場合についても規制を加えた上で︑さらに財務諸表に対して総合意見が述べられない場合に始めて︑意見を

差し控える旨を規制すべきであったと思う︒その理由は︑すでに何度も触れて来たように︑職業的専門家としての

判断の行使が強く要請されるのは︑﹁意見の表明﹂のところではなく︑監査範囲の制約による﹁意見の差控﹂のとこ

この場合︑すべて意見を差し控え︑ある監査人は自己の判断にしたがって意

﹁不適正意見﹂と﹁意見差控﹂に関する一考察︵高柳︶

この新準則の規制のあり方は問題とならざるをえないであろ

一 四

参照

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問についてだが︑この間いに直接に答える前に確認しなけれ

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これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

【その他の意見】 ・安心して使用できる。

Frauwallner [1937:287] は下す( Kataoka (forthcoming1) 参照).本質において両者に意見の相違は ないと言うのである( Frauwallner [1937:280, n.1]

いてもらう権利﹂に関するものである︒また︑多数意見は本件の争点を歪曲した︒というのは︑第一に︑多数意見は

2) ‘disorder’が「ordinary ではない / 不調 」を意味するのに対して、‘disability’には「able ではない」すなわち