相貌の戯画的表示についての知覚論的考察
その他のタイトル Perceptual Problems in Caricaturing the Faces
著者 池田 進
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 21
号 1
ページ 1‑21
発行年 1989‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00022623
相貌の戯画的表示についての知覚論的考察
池 田 進
Perceptual problems in caricaturing the faces Susumu IKEDA
Abstruct
Information for discriminating someone's face would be relied on some invariant factors preserved in the continuous saptio‑temporal transfor‑
mations within it.
In caricaturing sitter's face, artists exaggerate some salient attri‑
butes in his face to settle those factors into shape. They intuitively select the attributes of the face for that purpose.
One of the quantitative ways selecting the attributes as such is to detect extreme deviates of parameters of features from the averages of those in the universe of human faces as statistical norms. Moreover there would be some more attributes which could not be described quantitatively.
Psychological problem for caricaturings are how to specify those invariants in the face, and the outcomes should give us good clues for clarifying mechanisms of recognizing faces.
Key words : Perception ; Facial pattern recognition ; Caricature
抄 録
常に変化する相貌の変形の時間的空間的継起の中に保存されてある不変項が観察者にとって個 体識別のための情報となる。
そのような情報を図像の中に保存するために,戯画の方法は,対象の相貌の特徴を極度に誇張 しようとする。作家は誇張すべき特徴を直観的に選択している。この特徴を量的に選択するひと つの方法として,相貌の種々のパラメータの母集団平均値からの対象個体の変位量を用いること ができる。おそらくそれ以外にも,当面,量的に明確化できない特質があると思われる。
相貌の知覚のための情報としての不変項を戯画化の際にどのように特定するのかが心理学上の 問題点であり,かつ,それは一般に顔パタン認識の仕組みを探る手掛りとなるものでもあろうc キ ー ワ ー ド : 知 覚 顔 パ タ ン 認 識 戯 画
‑ 1 ‑
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(1)
日本で制作年代が確定できる最初のカリカチュア的人物像は,法隆寺金堂を解体修理したとき に天井板や台座の裏から発見されたいくつかの顔の絵だとされている (宮尾しげを,
1967)。そ れらの絵は寺の創建にかかわったエ人たちの似顔絵ではないかといわれているが,あるものはま るで伎楽面のような大きな鼻の持主であったり,頬骨が高く張っていたり,見事な顎髯をたくわ えていたりして,多分,特徴を誇張したものと思わせる巧みな線画がユーモラスに彼らをとらえ ている。
13
世紀の鎌倉時代には「似絵(にせえ)」とよばれるカリカチュア的な技法が存在した。似絵 とは,飯塚米雨
(1931)によれば, 「その人物の顔貌姿態の特徴を輪廓的に櫻んで, その人物の 精神気品,又は情操を現はしたものである」とされている。似絵の名手,藤原信実の筆と伝えら れる絵巻の中の部分を図
1に示したが,誇張して描かれた人物像は架空のものではなくて,そば に実名が記されているその人物のポートレートなのである。今の私たちにとって何某の風貌がど のようなものであったか知るよしもないが,同じ時期のイコン化された肖像画よりも一層なまな ましく,数百年を経て彼らの形骸を私たちに伝え得る理由は,図像のデフォルメのありかたにあ るのではなかろうか。
図
1似絵
藤原信実筆「白描中殿御会図」(部分)
こうしたカリカチュア的技法は近代カリカチュアの輿隆によっていっそう技巧的なものになっ
ていく。(相貌のカリカチュア的表現はたとえばレオナルド・ダ•ヴィンチの遺稿の中にもいく
つも見ることができる。レオナルドは顔の特徴を顔の相貌要素
(features)に分割して,例えば
種々の形の鼻をカリカチュア的に強調して描いたスケッチを残している。しかし,近代カリカチ
ュアと呼ぶにふさわしい様式への萌芽は西洋美術の世界においては
16世紀にはいってからのこと になる。わが国では徳川中期の
18世紀から
19世紀前半にかけて,多賀朝湖(のちに英一蝶)の
「百人男」「百人女脹」や,芳虎, 国芳, 貞秀の描いた暗喩的な浮世絵版画が弾圧の対象になっ
図
2ルイ・フィリップの戯画 ドーミェ作「
1831年の仮面・指導的政治家の顔」
(ラ・カリカチュール誌,
1832年所載)
図
3ルイ・フィリップの戯画
フィリッボン作「洋梨」(ル・シャリヴァリ誌,
1834年所載)
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関西大学「社会学部紀要」第21巻第1号
て作家や版元が投獄されたり遠島になるという事件が何度かくりかえされているが,様式として の近代カリカチュアが現われるのは現代にいたってからである。)
Gombrich, E. H. (1959)は近代カリカチュアとは何であるかを示すために, 17世紀の批評家 Filippo Baldinussiの定義を引用して,「描かれる人物に最大限に似させることを意図したボー トレートの作成の一つの方法なのだが, しかしながら,楽しみのために,あるいは時には嘲笑の 種にするために,写しとろうとしている顔かたちの欠陥を不釣合いに拡大したり強調したりする ので部分の形は違ってしまっているけれども,なおかつ,全体としての形はまさにその人そのも のに見えるというそのような方法だ」と述べている。
迩うけれども似ているというこの性質を例示するために, Gombrichはドーミェが洋梨に見た てて諷刺した市民王}レイ・フィリップの風貌の戯画(図2)をとりあげている。
洋梨のルイ・フィリップはシャルル・フィリッポンが主宰する「ラ・カリカチュール」 (1830 年創刊)に掲載された。洋梨<poire>には まぬけ', 'うすのろ'といった意味が含まれるので,
そのためにドーミェも主宰者のフィリッボンも多額の罰金を科されている。図3はそのことをま た皮肉った一連の戯画である(「ル・シャリヴァリ」 1834年所載)。この戯画では一こまずつ描写 が変わるごとに
「このスケッチが}レイ・フィリップに似ているということのために非難するのか?」
「では第一の絵に似ているこの絵も非難せねばなるまい。」
「したがって,第二の絵に似ているこの絵も非難せねばならぬ。」
「けっきょくそういう次第で,最初のスケッチに似ているこの梨も許すわけにはいかないの だ。」
と椰楡している。
ここでは,その絵の社会諷刺の側面はさておき,ではなぜこの洋梨が王の顔に見えるのか。そ このところに図像のデフォルマシォンの 客観性 の秘密がかくされているのではないだろうか。
この一連の戯画の中では一こまごとに図像の部分的な形は変異していくけれども,図像全体の 独自性はどのこまにおいてもきわめて高く保たれるので, この独自性こそが図像のそのひと ら しさ を維持する主要な要因であるのは確かなことのように思われる。 この独自性を成り立たせ る基準がどのような要因によって構成されるのかを追跡することのなかに,相貌の認知の知覚心 理学上の問題点が典型として現れるといえるのではなかろうか。
(2)
戯画のそれ らしさ'を成り立たせる基準についてはすこし補足を加えねばならぬ。そのひと つは, Gombrich(1970)が提起している Tab仮説である。 Tabとはファイルから目的の書類 を引き出すために付けたつまみ,または付箋のことで,ひとはそれを目印にしてすばやく目的に
アクセスすることができる。
Gombrichの説は,戯画において強調された特徴は見るひとの注意をひくので,それが本人を 同定する Tabになるというものである心では,戯画の技法において何を強調して描くと Tab になるのかといえば,たとえば,そのひとが常時固執する持物や服装や身づくろいの癖など万人 がみとめる性癖があればそれらを強調して Tabとすることができるし,身分,職業,所属団体 などその人独自の社会的政治的帰属をしめす標識,紋章,習俗などもTabとして利用することが できる。
しかし,この形式の強調が Tabとなって当人を指し示すためには,持物や服装なりが慣習的 にその人物の特徴に代置されるほどに十分に,記号としての意味性を獲得していることが前提と なる。だからその慣習的な文脈をはずしてしまうと(あるいはそのような文脈に関わりのない部 外者にとっては)それがその人物を同定することにとって有効な Tabに は な っ て こ な い だ ろ
う。
そこで,もうひとつの Tabの形式は,対象者の相貌の際立った特徴をより強調して描くこと である。 Perkins,D. N. & Hagen, M. A. (1980) はこの形式の強調を Super‑portrait仮説 とよんでいる。
強調された相貌の特徴は,すくなくともこの本人を見知った者にとっては彼を同定するのに十 分な Tabとなるし,見知らない者にとってもその人物のイメージを房罷とさせるに足る十分な キイとなる。
ひとは或る戯画を見てこれは誰それの絵だと反射的に読み取ってしまう。そのことを可能にし ているところの図像の物的な基礎は何なのだろうか。そこで, 以下の論考ではこの第二の Tab の形式,すなわち,同定を求められる対象者の相貌の図形的コーディングの問題として戯画の特 質を考察することにする。
Perkinsら(1980)は,図像の局所的な特質 (attributes)が, その図像のホリスティックな 見かけ (look)'の成立に寄与していると考えている。
彼らはここでいう図像の特質 (attributes)を相貌要素 (features)の概念とは区別してもち いている。すなわち,特質とは,目ならば目というコンテクストによって限定的に定まる相貌要 素の周辺をより広く含む場合や,相貌部分のより限定的な領域を指す場合をも含めた柔軟な概念 であり,同時にそこにはその相貌部分の相貌全体に対する方向性や位置関係のパラメータも含ん だものである。
しかし,このようなパラメータが個々の作品の具体的な事例においてどのように設定できるの かという問いに対していまここでただちに答えを出すことは難しい。あるいは戯画の制作過程に おいては,相貌の特質を計測するパラメークは,作家の感性がきわめて恣意的に選びとるそのよ
1) Perkins, D. N. & Hagen, M. A. (1980)はTab仮説のことを Tag仮説とよんでいる。
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うな性質のものであろう。
また別の視点で Brennan,S. E. (1985)は, われわれの視覚体験にとって相貌要素は,セマ ンティックな区分の基準として妥当なものであるかもしれないが,識別機械の感覚システムにと っては未解決の問題であると述べている。しかし,相貌の認知過程においてヒトの視覚システム が顔の特徴的部分をどのように選びとるのかという意味では,相貌部分という概念がヒトの視覚 システムにとって妥当する区分の基準であるのかどうかもまた未解決の問題と言わざるを得ない だろう。
したがってここでは特質の厳密な概念化はひとまず先送りして,上述のとおりのゆるい規定の もとで諸々の効果をまず観察するのが得策であろうと思われる。
(3)
或る図像を特定の人物の画として識別させることができるような図像の局所的な特質を作家は どのようにして選びとっているのだろうか。
Perkinsら(1980)はそれらの特質がどのような図像の形式として指摘できるかを例示するた めにニクソン元大統領を描いた戯画の特徴をとりあげた。
彼らは雑誌や新聞から38枚のニクソンの戯画を集めて 6枚の顔写真と比較し,そこからつぎの 4つの形式を抽出した。
( 1 )
長くひき伸ばされた鼻。描かれたニクソンの典型的な鼻は長くかつやや平べった<顔面か ら下向きにのびており,必ずとはいえないが多くの場合,先端にむかって反りかえってい る。作者によっては鼻の先端に縦の厳をつけ加えている。( 2 )
抜けあがった生え際。頭髪が額の両側で大きく抜けあがって描かれている。( 3 )
<びれた顎。顎が顔の輪郭線からはみ出している。( 4 )
頬から喉の垂れ肉。ほとんどすぺてのニクソンの戯画はこの4つの形式を含んでおり,かつ,比較のために選んだ他 の幾人かの戯画にはこれらは含まれていなかった。 Goldman,M. & Hagen, M. A. (1978)は 17人の作家がえがいているニクソンの戯画にあらわれる特質を数えて,すくなくともこの4つが 現れる頻度が他の特質のあらわれる頻度に較べて上位にあることを確かめている。したがってこ の4つの形式の組み合わせがもっともよくニクソンの戯画を識別する特質であると考えられた。
また Perkinsら(1980)はダヴィド・レヴァインが描いたニクソンの戯画からこの4つの特 質を1つずつ取り去った Perkins(1975)の実験について言及している。
図4の
a
はレヴァインの絵をそのままトレースしたもの, bは4つの特質のすべて, Cは頬の 肉, dは生え際, eは顎,f
は鼻のそれぞれの特質を他の特質に置き換えたものである。ニクソ ンらしさの印象は,特質の 1つを交換することによって程度の差はあれ損なわれること,そし巳
a色 h 已
c
d 巳巳 e
f 図4 ニクソン元大統領の戯画の4
つの特質a. レヴァインによる原図
b. 4つの特質をすべてとり除いたもの
C. 頬のぜい肉の特質だけをとり除いたもの d. 生え際の特質だけをとり除いたもの e.
2
重あごの特質だけをとり除いたもの f. 鼻の特質だけをとり除いたもの(Perkins & Hagen, 1980, p. 265, Figure 8. 2より転載)
て, bのように4つの特質すべてを交換することによってほとんど失われてしまうことが明らか であった。
この実験では図像の特質が単に取り去られる(たとえばマスクする)のでなくて,他の特質と 置き換えられるという操作がなされている点に留意せねばならない。ここではこの置き換えの操 作によって,操作された特質だけでなくて図像全体の形質の交互作用が生じて,それが印象の成 立にとって臨界的な役割を持ったかもしれぬからである。また逆に,いくら描かれた画がその4 つの特質を具備していても描く技術が劣っていたならそれはとうていそれらしく見えるはずのも のでないことも明らかである。しかし,大筋としては当面,実験の要点にもとづいて,少数の局 所的な特質が或る特定の人物を同定する十分なキイとなりうるものであると仮定しておいてさし つかえないと考えよう。
Goldman & Hagen (1987)はこのキイについて検討を行った (Perkins& Hagen, 1980)。 彼らはいくつかのパラメータを設けて戯画の図像を定量的に計測して相貌の誇張の仕方が作家の 間で整ー的であることを示した。彼らのもちいたパラメータは, 計測値の間の11個の比率であ
る。
彼らは, 1973年に17人の作家によって描かれた100枚のニクソンの戯画を計測して,頭(顎か ら頭頂まで)の長さに対する鼻の長さの比,鼻の長さに対する額の長さの比,などの11個の比率 の平均値を作家ごとに求めた。いっぽう,同じ年に撮影された 5枚のニクソンの写真について同 様の計測値の比率の平均値を求めて両者の差を比較し,差の大きさによって11個のパラメータを
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作家ごとに順位づけた。
17人の作家間の順位の一致度係数は有意であったので,相貌の誇張の仕方は作家によって整一 的であることがわかった。
またこれらのパラメータが示す値を経年的に比較することによって図像の誇張の仕方の時間的 な変化を確かめることができる。 5人の作家の1972年の作品と, 1973年の作品とを比較すると,
11個のパラメータのうち 9個で誇張の程度の増大が認められた。この間にはウォーターゲート事 件があってニクソン大統領の威信が失墜した時期である。戯画化される当人をめぐる社会的政治 的批判が強くなるほど(あるいは逆に彼に対する愛着が強くなるほど)描かれ方がひどくなって いくのは通例であって(例えば図
9
参照), この結果はそのような傾向をうらづける一つの事実 であろう。このようにしてデフォルメされた相貌がくりかえし描かれ多く人目にさらされること によって,識別のキイとしての特質が Tabとしての独自の権利を強化されるので,それらが極 度に誇張されたものであっても(たとえば洋梨のルイ・フィリップのように)十分に図形的コー ディングのための記号として機能することができるようになっていくのだろう。(4)
Brennan, S. E. (1985) はコンビュータ画像をもちいて戯画を描くために, どのような手順 で相貌の特質を強調すればよいのかを種々の方法によって探っている。最初の探索は,まず顔型 のグリッドをフレーム・バッファにして対象者のもとの顔の主要な輪郭の描線をつなぎ合わせた 線画を画面に描き,つぎに全体の印象に注意しながらフレームの中の部分画像を拡大縮小したり 回転したりする手順をくりかえして,もとの線画よりもいっそう対象者らしさを表現するよい描 写をつくりだしていく。
彼女の目標はもとの顔の画像の形を出発点にしてこのような制作過程を自動的に遂行するアル ゴリズムを発見することである。しかしそこにはすくなくとも 2つの大きな問題点があるように 思われる。その 1は強調すべき特質をどこに決めるのかという点と,その2はそれを機械に自動 的に選択させることが本来的に可能なのかという点である。
まず第1に,或る人物の顔の何を指して特徴というのかという問題である。幾枚かのニクソン の顔写真には前項で述べた4つの形式の特質のいずれもが含まれている。だから,戯画というも のがもとの顔の特徴をいっそう強調するものだとするならば(第1項参照), この4つの特質は もともとニクソンの実の顔の印象をかたちづくる主要な特徴だったのだということができる。幾 人もの作家たちにとって,いわばこれが 目立つ'特徴であった。ではなぜ,おそらくいくつもあ
る彼の顔の特質のなかから大部分を無視して特定の4つを作家たちが選んだのか。そこで,或る 特質が目立つとか目立たないということ自体の意味を検討しておく必要がある。
Harmon, L. D. (1971, 1973)は特徴リストの説明にもとづいて255枚の写真の中から目的の
‑ 8 ‑
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図5 Harmonの実験で評定者が顔の評定をおこなうた めに用意された評定尺度と尺度項目。図は1人の評 定者が下段に示した標的の顔写真を見て判定を記入 したプロトコルの1例である (Harmon, 1971, p. 215, Fig. lQaとp.216, Fig. 10bより作成)
—, _
関 西 大 学 『 社 会 学 部 紀 要 」 第21巻 第1号
1枚の写真を探しだすことを試みている。特徴リストの項目は全部で21項目であった。目的の写 真の特徴リストには,よく訓練された評定者10人が5段階評定をおこなった結果(図5にプロト コルの一例を示した)の平均値を標準値としてまえもって各項目ごとに与え説明としている。被 験者は手渡されたこの一連の説明を手掛りにして, 255枚の写真を1枚ずつ観察して特徴が説明 に適合するか否かを判定する。判定は標準値が最も極端な値を示した項目から始めることにす る。その 1番目の項目の説明に適合しない写真をすべて捨て終わると次の項目に移る。次の項目 は標準値が2番目に極端な項目で,それによって残った写真を判定し,順次おなじ手順をくりか えして適合しないものを捨てていって,最後に目的の 1枚に到達しようというのが手続きの要点 である。最後の 1枚には平均7.3回の判定で到達し的中率は53パーセントであった。
この方法では, いわゆる 目立つ'特徴というのは, 標準値が極端な値を示す 項目に対応して いるから,いはば,目立つ特徴から順に判定したことになる。では標準値とは何か。
Harmonの手続きにおいては標準値は特徴リストの項目についての評定者の評定平均値とし て定義されるから,そのような評定をおこなう評定者にとっては評定のための心理的な基準が暗 黙のうちに形成されていたはずである。すくなくとも21の特徴項目の1つ1つを変数とする 255 枚の写真の形の変量の心理的な平均値が係留点になったかもしれぬし,あるいはもうすこし普遍 的に, よく訓練された 評定者が経験した多数の顔のコンテクストの順応水準的な枠組みが判定 の基準になっていたと想像することもできるだろう。
もちろん,その基準がどのようなものなのかはこの実験手続き上では明確にはされえない。
Brennanは,戯画家が,いつも意識しているとはかぎらないが,「比較のための基準をもってい る」と述べている。その基準は, 彼女によれば, 「人はかつて見たすべての顔の平均値を近似す るような総体的な顔を蓄積している。・・・人は最も無記的な顔を描くことができるし,解剖学者や 美術家が提示する理想的な顔を選ぶことができるし,あるいは自分自身の顔を比較の基準に用い ることができる」 (Brennan,1985, p. 173)。
いまもし多くの顔の形状の母集団を平均することによって定義できるような総体的な顔モデル を想定するならば,そこに属する標本の形状の特性は母集団平均値からの偏位によって記述する ことができるだろう。その意味では, Harmonの手続きで現れる標準値の極端な値とは,評定 者の判断基準の中で母集団平均から大きく逸脱した標本の特性を指し示すものだといってよい。
つまり,或る顔の目立つ特徴とは総体的な顔モデルから大きくずれた特質だと考えられる。
しかしながら判断の基準となるそのような総体的な顔モデルというものが現実にはどのような ものであるのかは想像のしようもないけれども,黒川隆夫 (1987a, 1987b, 1988)が,表情を解 剖学的構造モデルによってシミュレートするという研究の中で,或る母集団の平均的顔の形状を コンビュータに描かす可能性について述べているのは興味深い。
黒川は顔の形を計測するためにモアレトボグラフィ法を用いて,対象者の顔を正面から見たと きのモアレ縞を描いてコンビュータに入力し,このデータから補間によって顔面の任意の点の3
‑‑10, ―‑
次元座標を計算できるようにした。
つぎに,顔の解剖学的および形態学的特徴をもとにして選んだ
33個所を基準点として選び,そ れらを結ぶ
3角形群によって顔面の形状を近似させた。そこで
3個の節点の座標値が定める
3角 形の平面と,その位置に対応する顔の曲面との間の誤差が大きい区画では
3角形をさらに
2分割 して誤差が許容値以下になるまで繰り返した。得られた画像では,形が単純なところでは
3角形 は粗く,形が複雑な部分ほど細かな
3角形があつまることになる。
図
6顔面の形状の記述に必要な節点配置,
(a)は男性
(b)は女性。
記述のために必要とされる節点の数は男性
2,237,女性
1,524であった。形の複雑な部分ほど節点が密になっているのがわ かる。(黒川,
1988,p. 6,図
4より転載)
このようにして顔面の形状を所定の精度で近似できる節点の配置が,
20 30歳代の男女各
50人 について求められた。これらの対象に共通に適用できる節点の配置は図
6に示すとおりであり,
節点の数は男性
2,237個,女性
1,524個であった。
すなわち,これだけの数の節点の位置の
3次元座標値をすべて求める
I)ことによってすくなく とも現代の日本人のあらゆる顔の形状を記述することができ,必要とあればそれをコンビュータ に描かせることも可能である。もしそこで,或る母集団に属する人たちの節点の座標値の平均値 を入力すればその人たちの平均の顔を描くことができる(図
7)。
こうして平均的顔が決まれば,特定の個人の顔の特徴は各節点の座標値の母集団平均値からの 偏位の量の大きさにもとづいて定量的に選びだすことができる。
先述の
Brennan(1985)による自動作画への手掛りは, 特定の個人の顔のデータを基準とな る標準データと比較して差異を増幅する操作であった。 この標準データは
P.Weilが
1982年に コロラド州アスペンで得た白人男性のデータベースその他の情報から求めたデータの平均値であ
1) Kurokawa, Hirota, Takada & Tsuchiya (1987)
は曲面による近似を用いて顔の
3次元形状の記述 を試みたが,必要とされるデータの数は
3角形平面による近似の場合とほとんどかわりなかった。
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つ結んで即を多数の四知形に分
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﹁ 五 十 人 並 み
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︵ 生 体 工 学
︶ ら の グ ル ー 細 か い し ま 醤 の 上 に 別 の し の 努 其 を 扱 彩 し た
︒ 翌 朋
゜ プは、人間の顕の形を誤逹一昴ま探様を知ぽを変えて常彪する正面からの撮影なので、ぽお一平一
Ji—二十七磁の男性四十成 以内でディスプレー上に再瞑すと︑新しいモアレじまが現れ竹の外側あたりを一応の瞬郭線四人と十八ーニ十九歳の女性五 偉 桑味を開発した︒デスマスクる︒曲面の上に殺彪すると等証とし︑目︑葬︑腐の躙など︑だ十人について分析したところ︑
年 ︐
8風の写真は︑この方式で若い女一腺のようになるので︑立体形状れの顔についても定められる九一人の顔を再現するのに必要な9性五十人の顔のデータを平均しが測定できる︒黒川さんらはこ+点を決めた︒これから四皐点は︑欝では二璽'1 l=
= ] 百
ー
水罐日 亭
J若い女性の平均像
(30度の角度から)
京 都 工 繊 大 黒川助教授ら
正面からの平均像
= い ず れ も 黒 川 隆 夫 ・ 京 都 工 芸 繊 維 大 助 教 授 提 供
図
7コンピュータに描かせた5
0人の女性の平均の顔。
曲面による近似を用いて設定した節点に5
0人の計測値の平均値を入力して得 た黒川らの画像。(朝日新聞夕刊,
1989年
2月2
2日掲載記事より)
る。図
8に は そ の よ う な 操 作 に よ っ て 描 か れ た ケ ネ デ ィ 元 大 統 領 の 戯 画 の 作 成 過 程 が 例 示 さ れ て いる。 ( a )はもとの顔の形のデータをそのまま入力して描いた画像, ( b )は そ れ を 標 準 デ ー タ と 比 較
: ︒ [ > > >
la I ! b I (c I Id) le l
図
8コンビュータによる自動作画によって得たケネディ元大統領の一連の似顔絵。
(a)
は原図
(b)以下は白人男性のデータベースと比較して差異を拡大したもので,そ の割合は
(b)が50%,
(c)が100%, (
d)が140%,
(e)が160% である。
(Brennan, 1985, p. 175, Fig. 6
より転載)
して差異を
50彩だけ増幅した画像, ( c )は
100彩 , ( d ) は
140彩 , ( e )は
160%それぞれ増幅した画像で ある。
Brennan
の場合には比較の基準となるデータベースは
2次元の座標値であるから, 黒川の方 法を
Brennanの操作と結合すると
3次元の戯画の作画が可能だということになる%
これらの研究の成果が,特定の顔の特徴というきわめて微妙な変量を定量的に示すひとつのい とぐちを与えてくれたことは大きな貢献だといわねばならないが,その特徴を見分けるわれわれ の視覚系にとっては,この方法で特定化できる特徴の側面だけが識別のための刺激の変数なのか どうかということは慎重に考慮せねばならぬ問題点である。
例えば
Brennanによるケネディのカリチュアはそれらしさという点でよい似顔絵だが,その 方法では図
9の土井たか子像のような奇抜な図柄をつくりだすことはできない。描くために特徴
図
9及川信ー作「土井たか子」
(週刊朝日,
1988年12月30日 ,
p.170所載)
を捉えるということと描かれた画をみて特徴がわかるということとは分けて考えることは必要だ が,いずれの視点からしても図
9の図柄もまたよい似顔絵といわねばならない。そこに今の段階 ではにわかに定量化できない相貌の特徴の変数があるかもしれぬことを念頭におく必要がある。
Brennan
の自動作画の演算の理論は, 対象の顔のデータと基準のデータを比較して両者の間 の定量的な差を拡大して画像を描かせることであるから「このシステムは個体の際立った特質に
1)
原島・雀・武部
(1989)は
3次元モデルを用いて,コンピュータ画像による顔の表情の合成を試みてい る。彼らは顔面を約
600個の
3角形で近似し,これを対象者の正面像に整合させた。この点で彼らの方 法は黒川
(1988)の方法に似ているが,彼らの目的は顔の表出運動を画面に再現することであった。
そこで彼らは,表出に際して運動量の大きい顔面の部分をいくつかの定点群で指定して, そ の 運 動 を
Ekman, P. & Friesen, W. V. (1977)の
FACSを変形モデルに用いて運動させ,様々の表出をシミ
ュレートしたものである。この研究は,表情識別の手がかりとしての刺激の変数を探索するうえで知覚 論の立場にとっても興味ぶかい。
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関西大学「社会学部紀要」第21巻第1号
ついての定性的な決定はおこなわない」 (Brennan,1985, p. 173)。それに対して,ひとの目は あるいはこの未知の定性的な決定ないしは選択をおこなうのかもしれぬ。
さきに, 21項目の特徴リストによって顔写真のファイルを検索する Harmonの実験を紹介し てきたが,彼はあのような検索をコンビュータにもやらせている。まずすべての写真の説明デー タを機械にいれておき,つぎに目的の写真をこのファイルの中から見つけだす。その際,ひとの 質的判断とコンビュータの演算能力とを結合すると効率がきわめて高くなることを彼は示した
(Harmon, 1973)
。
Harmonのひとと機械のハイプリッド方式では, 顔の特徴を一瞥で見極めることができるひ との特殊な能力が利用される。最初は被験者が手配写真(正面・斜め前・横の 3枚の写真)を見て 特徴リストを検索していく順番を決定する。まず第 1番目に検索すべき項目として,手配写真の なかで最も目立つ特微を選択する。そこで被験者はその特徴の程度を指示する評定値を決定して 機械に入力する。機械はその指示にしたがってファイルのすべてを重みづけ適合度の高い順に順 位づける。つぎに被験者は
2
番目に目立つ特徴を決めて評定値を入力する。機械は同じ演算によ って順位づけを修正する。この手順を何回か繰り返すと目標の写真はかなり高い順位のところに 繰り上がってきているはずである。被験者がもはや目立つ特徴を決めかねるところまでくると,あとは機械の演算能力を利用して検索すべき項目を機械に自動選択させる。こうして何回かの順 位づけの修正によって目標の写真がいずれは適合順位の第1位にあがってくる。問題はそれが何 回の作業で達成できるかであるが, 100回の試行のうち70回までは, 10回の分類作業で目標の写 真が第1位に上がってきていたということである。
Harmonのハイプリッド方式では, 顔の特徴を一目で検出することができるという, 機械に はない人間の特殊な能力が利用された。
このような定性的な特殊な能力が特定の顔を見たときにどのようにはたらくのか,あるいは特 徴がコードされた図像からもとの顔を読みだすのにどのようにはたらくのか。
(5)
私たちは環境のなかに存在するさまざまな形象をひとの顔のかたちに見立てることをする。意 味のない(ランダムな)壁のしみや空に浮かんでいる雲が顔に見えたり,岩の形がひとの横顔に 見えたり(図10),あるいはロールシャッハ・テストの Hd反応といった知覚経験は,普通のこ とであるが,このことは顔というひとつの対象がどのような特徴的な形象によってでも規約化で きるということを意味している。そして,規約化された形象は十分な代表性をもって特定の相貌 を読みだす記号となる。
いっぽう,私たちが日頃に目にする顔かたちは千差万別であってそこにいる人の数だけのヴァ リエーションがある。そのように無数のヴァリエーションをもつ顔が,同様に無限のヴァリエー
‑ 14 ‑
図
10自然のかくし絵。大魯閣渓谷(台湾)
峡谷の岩壁が人の顔にみえる。
ションをもつランダムな図形と容易に対応関係を持ってしまって,雲や壁のしみや,ことによっ ては洋梨の実までが或る特定の顔に見えてしまうのであるから,いわゆる顔 らしさ'を決めるキ イは,形の多様性の中に内在する二次因子的構造ともいうべき,きわめて限られた数の基本的な 特質によって十分に説明できると考える方が得策かも知れない。
内田敏夫
(1979)は眉・目・鼻・ロの
4つの形態要素によって構成した顔図形を用いて,顔ら しさの印象の強さをあらわす
2つの部分尺度の系列を見出した。
その
1つは目と口の組み合わせから鼻にいたる系列で,相貌要素の組み合わせと顔らしさの印 象の強さとの関係を示し,もう
1つは要素の数に対応する系列で,描かれた相貌要素の数の多さ
と顔らしさの印象の強さとの関係を示すものであった(図1
1)。
彼の方法は直径
3cmの円の中に
4つの要素の組み合わせを描いた
15種の顔図形について顔ら しさの印象があるか,ないかの判断を被験者に求めて得た結果を多重尺度解析の手続き
(Lingoesの
Multiple Scalogram Analysisの方法による)によって処理して部分尺度系列を抽出した ものである。
内田の第
1の部分尺度は,円の中に目と口の要素だけしか描かれていない図形が,観察者にと
‑ 15 ‑
関西大学「社会学部紀要」第21巻第1号
図
11内田による顔らしさの印象の強さの尺度。
Lingoesの
Multiple Scalogram Analysisの方法によって得られた。
2つの部分尺度系 列が観察される。上段にみられる尺度系列は要素の組み合せと印象 の強さの関係,下段にみられる尺度系列は要素の数の多さと印象の 強さの関係を示している。
( 内 田 ,
1979,p. 108, Fig. 2より一部分を転載)
っては十分に顔らしい形に見えるのだということを示した。周知のニコニコワッペンは円板のな かの特定の位置にわずか
3つの形態要素を配置しただけのものであって,それが一目で顔ーーし かも笑った顔に見える。僅かの数と組み合わせの相貌要素を描き加えることによって自然物でも 人工物でもあらゆる物を人格化するのはマンガやアニメでいつも使われる普通の手法である。こ うして顔らしさの印象は図形の形態要素としてきわめてかぎられた数の相貌要素を与えれば十分 に生ずるものである。
内田の研究では形態要素の形と位置を定常に保ち,数と配置の組み合わせを変化した。いっぽ うで形態要素の形と位置も顔らしさの印象にとって効果をもつはずである。内田の図形では,目 は
2つの小円であり,鼻は小さな
3角形であり,眉や口は短かな水平線分である。これらの幾何 学的な形が目鼻のしかるべき位置に描かれることによって単なる幾何学図形ではなく,目として 鼻として知覚される。図
12のマグリットの絵はすこし変な 顔 に見え,それが女性のトルソであ ることに気付くのは後である。眼のあるべき位置に置かれた乳房は乳房ではなくて目に見える。
この場合では形態要素の形と位置の相互関係で位置の要因が優位である。
図
12ルネ・マグリット「
LeViol, 1934」図
13に掲げた中村敦夫を描いた似顔絵は相貌要素の形と位置の相互関係で形の要因が優位であ る。それはいかにも中村敦夫らしく見え,キュクロプス的おどろおどろしさは彼らしさの強烈な 印象にとってかわる。顔としてはありえない一つ目であっても,大まかな配置の条件さえ満たせ ば図像は十分に顔に見える。かつそれが単に一つ目小僧一般ではなくて特定の人物の顔らしく見 えるのは形態要素のなかに彼の相貌の特徴に関する主要な情報が含まれているためといわねばな
らない。
相貌要素の位置と形の相互関係そのものが識別にとってキイになる場合がある。図
14のダリの 絵は数メートル離れて眺めるか薄暗くして目を細めるかして眺めるとリンカーンの像になる。も
図
13中山政道作「中村敦夫」
(週刊朝日, 1989年12
月
30日, p.136所載)図
14サルバドール・ダリ「リンカーン」
5, 6
メートルの距離から観察すると画面はリンカーンの顔 にみえる。照明を暗くして目を細めるようにしてみると効果 は大きくなる。
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関西大学「社会学部紀要」第21巻第1号
とのダリの絵の濃淡のプロックの配置がリンカーンの顔の図像の空間周波数の低周波領域の配置 に一致させられているためである。目鼻もさだかでないようなひどいビンボケ写真でも大抵の場 合はだれそれの顔とすぐにわかるものだ。そのとき顔の細部ーーいいかえれば高周波領域の構成 が必要条件にはなっていない。中村敦夫の似顔絵の場合にも図像の輪郭が彼らしさの印象をもた
らす副次的な条件になっているかもしれない。
あるパタンが与えられた時にひとの目がパタンのどの部分を選択的に重みづけてそこに代表権 を与えるのかは興味のある問題点である。ポーターの図形(図
15)はひとの顔の形に対応したパ タンとそうでないパタンを画面のなかに含んでいる。その際,ひとの目は顔的配置がもたらす情
図
15ボーターの図形。画面中央部に男性の 半身像がかくされている。
(Porter, P. B., 1954, p. 550, Fig. 1
より転載)
報を切り出して
I)重みづけ,他の部分の情報は縮減して平準化するという特異の分割をおこな う。例えば樹木の幹が顔に戯画化されたとき顔パタンに当たる特定の部位が分割されて顔として 特殊化され,枝や葉や根っこの他の部分は特殊化されない身体の全体像である。
顔を規約化する形象の特性は異なるレベルのいくつもの要因が相互に関係しあって層的構造を なしているようである。ひとの目はこうしたコードを解いて顔を読みだすために図像をフィルタ
リングしたりフォーカシングしたり,あるいはそれを同時にやってのける非常に柔軌な機能を備 えているものと思われる。その意味で「顔」を読みださせるコードにとって基本的な,形の共通 的一般的特質の探索は重要である。
(6)
Gibson, J. J. (1973)
は戯画の認知についてひとつの仮説を提起している。彼は戯画について
I)
ひとの目が顔の情報をどのように切り出すのかについては柿崎
(1966)の精密な考察がある。また,本稿上梓後に発表された柿崎
(1989)の考察は次項に述べる J.J. Gibsonの所論の意義を批判的に補うとい
う視点にとって重要である。
つぎのように述べている。
The caricature may be a poor projection of his face but good information about it. The'form'of his face is distorted but not the essential features of the face.
(p. 44)
彼がここで言っている情報 (information)とは何か。
立体的なまとまりをもつひとつの対象が環境の中に一定の位置を占めると,特定の観察点との 間の位置関係も同時に決定される。 そのとき, 対象の形 (form)は2つの違った観点から定義 することができる。
その 1は射影像としての形(projectedform)で,対象と観察点との相対的な位置関係が変化 すると,関係の変化に対応して射影像には特定の型にしたがった系統的な変形が生ずる。
その 2は実体としての形 (substantialform)で観察点との相対的な関係いかんにかかわらず 不変のものである。いまそれを観察点との位置関係の変化に関連づけて述べるならば,実体とし ての不変の形は射影像の変形を相互に関係づける射影幾何学的な構造にもとづいて記述すること ができるはずである。
ところで,知覚体験の側面から常に変化する対象の形を眺めてみた場合に,それはどのような 過程によってひとつの印象として直接経験的に生成されてくるのだろうか。いいかえれば,立体 的なまとまりをもつひとつの対象はなぜそこにあるそのようなものとして,すなわち,そのよう な形の全ー的な単体として知覚されるのだろうか。
そのような知覚的体験を生ずる条件は感性面に与えられた射影像の変形の事実の中に求めざる をえないから,射影像の系統的な変形の系列がもつ固有の構造がそのような知覚をもたらす情報 であると Gibsonは仮定した。すなわち,変形の系列から検出される不変項 (invariants)とし ての固有の変形の構造が,全ー的な単体としての対象の表面の知覚にかかわる情報を担っている という仮説が Gibsonの理論の根底にある。不変項とは, 変形の特定の系列として変形を相互 に関係付けている数学的な構造である。そして,対象の形の知覚は感覚系が備えているところの 不変項の検出機能に依存している。
このような Gibson理論の一般的仮定が対象の姿を写しとった図像の知覚においてどのように 適用されるのであろうか。
そこで彼はつぎのようなもう一つの仮定をおいている。
A good picture is not just one out of a vast family of perspectives. It contains graphic information, not forms, and this information is of the same kind as the mathematical invariants that become noticeable during a sequence of perspective transformation. (p. 44)
図像の知覚においても変化する外界の中から抽出されるのと同質の不変項が重要な要因だという
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関西大学「社会学部紀要」第21巻第1号
のだが,では静止画像としての図像からいかにして不変項が抽出できるのか。彼の仮定は,描画 がもたらす光学配置は環境中の対象がもたらす光学配置の継起が伝達するのと同種の情報を伝達 する,すなわち,凍結された変形の系列としての不変項が保存されていることによって描画は見 てあるとおりの外界よりももっと面白い対象を描き出すというものである。
Is it conceivable that there are formless invariants in a picture, paradoxical as this may sound? Do we learn to detect invariants in a frozen arrey as well as in a changing array? Is it possible that the information in a picture does not consist of the forms in that picture? By now there are a number of facts and lines of reasoning to support the hypothesis that invariants are information for perception, even in the special case of pictorially mediated perception. (p. 44)
その種の凍結された情報を伝達する図像は,たとえば映画のフィルムの一コマをとりだすよう なかたちで変化の或る一瞬を固定したものであるという必然性はない。私たちは絵画や彫刻,さ らには漫画や商標として描かれてきた走る馬の図像を見て,なぜそれが走っている馬 らしく 見 えるのかということにはあまり注意をはらわない。しかし競馬の判定写真にはそんな形に写って いる馬は一頭もいないのである。つまり走っている馬は ほんとうは'図像のような走りかたはし ていない。それにもかかわらず図像がそれらしく見えるところに視覚のはたらきの何かがあるは ずである。 Brennan(1985)は戯画は時間軸をとおして得られる 3次元の情報の投影であって,
この投影が観察者が対象について持っている心的モデルを満足するのだといういいかたをしてい る。
ではその心的モデルというのがどのようなものでありどのようにして形づくられるのかが問題 になるのと同時に, Brennanのいう時間を内包した 3次元情報の投影,あるいは Gibsonが仮 定するところの不変項を,戯画の場合にどのように明確化するのかというところに心理学上のひ
とつの問題点が残されているといってよい。
戯画の知覚の基本点には相貌が戯画にエンコードされることをめぐる問題と戯画がデコードさ れることをめぐる問題が含まれている。戯画のデコードの問題には戯画の画像の識別と画像が指 示する事物の識別の 2重構造がある。 Gibsonの理論はこの最も後者に関するものである。相貌 のカリカチュア的表現の知覚心理学的側面における基本点を包括する理論化はまだないといって よい。
〔 参 考 文 献 〕
Brennan, S. E. Caricature generator : The dynamic exerggeration of faces by computer. Leonardo, 1985, 18, 170‑178.
Ekman, P. & Friesen, W. V. Facial action coding system. Consultant Psychologist Press, 1977. Gibson, J. J. On the concept of'formless invariants'in visual perception. Leonardo, 1973, 6, 43‑45.
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