社会契約説における抵抗権の根拠
i ホ ッ ブ ズ ︑ ロ ッ ク の 場 合 ー
社会契約説における抵抗権の根拠
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序説 白石正樹
政 治 権 力 に 対 す る 抵 抗 は ︑ 人 類 に と っ て 永 遠 の 課 題 で あ り ︑ お よ そ 権 力 に 腐 敗 の 生 ず る 限 り ︑ そ し て 人 間 に 良 心 の
存 す る 限 り ︑ 消 え る こ と は な い で あ ろ う ︒ ヨ ー ロ ッ パ 史 に お い て 暴 君 放 伐 の 最 初 の 事 件 と し て 記 録 さ れ る ︑ ア テ ネ の
借 主 ヒ ッ パ ル コ ス 暗 殺 (紀 元 前 五 一 四 年 ) お よ び ピ ッ ピ ア ス 追 放 (前 五 一 〇 年 ) は ︑ 十 七 世 紀 に い た る ま で 抵 抗 権 思 想
( 1 ) の 有 力 な 伝 承 を な し て い た と い わ れ る ︒
し か し ︑ 抵 抗 権 思 想 が 最 盛 期 を 迎 え る の は ︑ い う ま で も な く 十 六 ︑ 七 世 紀 の 宗 教 的 争 乱 の 時 代 で あ る ︒ フ ラ ン ス を
は じ め 諸 国 に お い て ︑ し ば し ば 支 配 者 権 力 と 結 合 し た 一 派 に よ る 他 派 の 圧 迫 が 生 じ ︑ 事 態 が 深 刻 に な る に つ れ て ︑ 新
旧 両 派 の 論 客 は ︑ 暴 君 放 伐 を 叫 ん で 数 々 の 小 冊 子 を 出 版 し た ︒ こ れ ら の パ ン フ レ テ ィ ア ー ズ は ︑ の ち に バ ー ク レ イ の
著書(ヨ一冨日切錠︒冨ざb恥寄讐︒ミ沁§期㌻§︑ミ凡額§馬越ミb︒ミき§§ミミ鴇bご・ミミ§bq§きミミミミミ心§防ミ§ミ穿
ぎミ黛ら︒恥N辱︑㍉隔§・日ooo)の題名からとって﹁モナルコマキ﹂と総称されるようになった︒
なかでも有名な書は︑ユニウス・ブルトゥス(匿名)のさミミミら§壁魯亭ミ§暑である︒この書は四部からなり
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( 2 ) ︑
それぞれの冒頭に次のような問を掲げている︒第一問︒もし君主が神法(けげO一餌ミO胤○・Oα)に反することを命ずるならば︑臣民は君主に服従すべきか︒
第二間︒神法に違反し︑または教会を滅ぼす君主に抵抗する(﹁OQo一ω什)ことは合法的であるか︒i誰によって︑
いかにして︑いかなる程度まで︑それは合法的(冨鼠邑であるか︒
第三問︒国家(鋤陰びぎの雷8)を抑圧し︑または滅ぼす君主に抵抗するのは合法的であるか︑そしてこのような
抵抗は﹂どの程度にまで及びうるか︒i誰によって︑いかにして︑かついかなる権利または法によって︑それは
許 さ れ る か ︒
第 四 間 ︒ 近 隣 の 君 主 は ︑ 真 正 の 宗 教 の ゆ え に 迫 害 さ れ て い る か ︑ ま た は 明 白 な 専 制 (蔓 冨 ロ 昌 ) に よ っ て 抑 圧 さ れ
て い る ︑ 他 の 君 主 の 臣 民 を 助 け う る か ︑ あ る い は 法 に よ っ て 助 け る 義 務 が あ る か ︒
そ し て ︑ 第 一 問 に 対 し て は 否 定 で 答 え ら れ ︑ 第 二 ︑ 三 ︑ 四 間 に 対 し て は 肯 定 で 答 え ら れ る ︒ そ の 抵 抗 権 思 想 の 論 拠
は ︑ 聖 書 や 歴 史 的 慣 行 で あ り ︑ 国 家 の 始 源 も ﹁ 対 神 契 約 ﹂ と ﹁ 統 治 契 約 ﹂ の 二 重 の 契 約 に 求 め ら れ て い る ︒ ま た ︑ 君
主 が 神 法 ま た は ﹁統 治 契 約 ﹂ に 違 反 し た と き ︑ 抵 抗 権 を 行 使 し う る の は ︑ 個 々 の 臣 民 で は な く ︑ 集 団 と し て の 臣 民 ︑
と く に 監 督 官 (国 9 0 δ ω) や 等 族 会 議 で あ る と さ れ る ︒ し た が っ て ︑ 本 書 の 論 調 は い ま だ 中 世 紀 的 で あ る と い わ れ る ︒
し か し ︑ 時 代 が 進 む に つ れ て ︑ 産 業 の 発 達 に と も な う 社 会 階 層 の 変 化 と ︑ 科 学 的 合 理 主 義 的 思 考 の 目 覚 め に よ っ て ︑
(右 の 問 答 の 表 現 を 借 り る な ら ば ) ﹁ 臣 民 ﹂ を ﹁ 人 民 ﹂ に ︑ ﹁ 君 主 ﹂ を そ の ﹁ 政 府 ﹂ に 代 置 し よ う と の 不 遜 な 要 請 が な さ
れ る ︒ そ の 時 ︑ ﹁ 神 法 ﹂ は ﹁ 基 本 的 人 権 ﹂ に 転 換 さ れ る で あ ろ う ︒ 近 代 の 社 会 契 約 論 者 は ︑ そ う し た 一 連 の 組 み 替 え
作 業 を 自 己 の 理 論 的 任 務 と し て い た と も い え る ︒
社 会 契 約 説 は ︑ 概 し て ス コ ラ チ シ ズ ム の 印 影 を 脱 し た そ の 合 理 主 義 的 思 考 に よ っ て ︑ 統 治 契 約 説 と 区 別 さ れ る ︒ こ
の 二 つ の 契 約 説 の 歴 史 的 順 位 は ︑ い う ま で も な く 統 治 契 約 説 が 先 で あ る ︒ そ れ は 近 代 専 制 君 主 制 国 家 擁 立 の 理 論 た る
社会契約説における抵抗権の根拠
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君主神授権説に対抗して︑政治思想の歴史に登場したのであった︒しかし︑論理的順位を考えるならば︑その逆に︑
﹁社会契約﹂ωoo圃二ρ一〇〇暮這o♂b碧8α"錺ω09讐δPO①ω9ωoけ⇔津ω<臼昌9σqこそ︑﹁統治契約﹂(政府契約︑支配H服従契約)
8算轟9︒hαq︒<︒毎日︒馨℃冨︒89σq︒ロ<︒諺︒臼魯計団興毎︒冨囲房く臼窪9σqに先行せねばならない︒なぜなら︑﹁人民が国王
( 3 ) を 選 出 す る 行 為 を 吟 味 す る 前 に ︑ 人 民 が 人 民 と な る 行 為 を 吟 味 す る ﹂ こ と が 論 理 的 に 要 請 さ れ る か ら で あ る ︒ こ う し
て ︑ ﹁ 人 民 が 人 民 と な る 行 為 ﹂ す な わ ち ﹁ 社 会 契 約 ﹂ が 定 式 化 さ れ る と ︑ 従 来 の 統 治 契 約 説 は ︑ ﹁ 社 会 契 約 ﹂ に よ っ
て 成 立 す る 政 治 的 組 織 社 会 内 の 政 府 と 人 民 の 関 係 ー 政 治 機 構 論 に 変 容 さ れ る こ と に な る ︒ そ の 際 ︑ プ ー フ ェ ン ド ル
フに典型的にあらわれる二重契約説(山︒ロσ竃8昌蚕8は︑契約理説発展における一つの過渡的段階を象徴するものと
みなされてよい︒これに対して︑ホッブズ︑ロック︑ルソーは︑三者三様ながら︑いずれも﹁政府契約﹂の排除ない
( 4 )
し変更を試み︑社会契約説の論理的純化に努めたのである︒この序説において︑なおわれわれは十七世紀中葉の英国ピューリタン革命におけるレヴェラーズ(水平派)の思想
に関説しなければならない︒この一派は︑内乱時に既成の法秩序や政治権力に対する不屈の抵抗の中で︑自然権と近
代憲法に関する金の言葉を吐いたことで知られる︒
当時︑国王派に対抗した革命勢力・ピューリタン諸派は︑長老派(些︒中①ω菖§凶9︒量と独立派(9︒一巳9Φ巳︒艮︒,)
に大別されるが︑レヴェラーズは︑そのうち独立左派に属する人々の政治的クラブであった︒自由な人民の友ジョン
・リルバーンや︑合理主義者ウィリアム・ウォールウィン︑民主主義の戦闘的使徒オーヴァートンらが水平派のりー
ダーであった︒また︑この派からは︑共産主義的思想をいだくウィンスタンレーらの∪貫αq2ωも出ている︒一方︑ニ
ュー・モデル・アーミイを率いるクロムウェルや軍首脳部は︑独立右派であった︒しかし兵士の間には︑しだいに水
平派の勢力が浸透していった︒一六四七年十月︑革命処理の方針をめぐって︑ロンドン郊外のバトニーで軍総評議会
が開かれていた︒この会議の席上︑兵士代表(︾αQ冨8量は﹁人民協約﹂↓冨︾σqお窪︒暮魚誓︒℃80冨と呼ばれる文
書 を 発 表 し た ︒ こ の 文 書 は ﹁ 社 会 契 約 ﹂ 的 構 想 に よ り ︑ 人 民 の 参 政 権 や 権 利 保 障 を う た い ︑ 民 主 主 義 的 憲 法 の 原 型 と
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1もみなしうるものであった︒水平派は四八︑九年にも第二次︑第三次の人民協約を発表したが︑その内容が当時としてあまりにも急進的であったので︑採択されるに至らなかった︒水平派幾世紀も早く生まれすぎた理想主義者達
はクロムウェル派に弾圧されてしまった︒
内乱の過程で︑ピュ!リタン諸派はおびただしい数のパンフレットを出版した︒それらのパンフレット︑とくにリ
ルバーンやオーヴァートンらのトラクトを検討すると彼らが外的状況の変化に対応して︑しだいしだいに自然の自
( 5 ) 己 保 存 権 の 概 念 や 政 治 的 信 託 の 理 論 を 形 成 し て い っ た こ と が わ か る ︒ 例 え ば ︑ リ ル バ ー ン の 獄 中 で 執 筆 し た 小 冊 子
(}︒ぎピまロヨρ穿簑§昏boミ漸︑§こ.ミ︑ミミし①島)によれば︑﹁マグナ・カルタ﹂(這一α)において貴族にのみ確認さ
れたかつての身分的自由は︑イギリスに生まれたすべての人間の﹁生得権﹂にまで転釈されている︒また︑オーヴァ
ートンが四七年に書いた小冊子(国︒冨aO<興8詳卜嵩ミ§N︾︒ミN隷9ミミ§匿ミ詳ミ題譜愚N偽口Oミ)には︑理性
に啓示された法と政治の根本原理として︑次の四つ﹁自然法の原理﹂(個体の訂己防衛)︑﹁必然性の原理﹂(集団
の自己防衛)︑﹁平等性の原理﹂(万人に対する法の与える権利の平等)︑﹁信託の原理﹂(政治権力の源泉は人民にあり︑それ
( 6 )
は人民の福祉のために治者に信託されたものであるとする説)が示されている︒﹁人民協約﹂をめぐっての水平派と軍首脳部︑とくにアイアトン(口9蔓H﹁︒8昌)との白熱した論争iバトニー討論︑ホワイト・ホール討論ーには興味つき
ないものがある︒かりに水平派の思想の中に︑後代のロックやルソーの理論的核心となるものが断片的にではあるが
表明されているとしたら︑クロムウェル派の論客アイアトンは︑その悲観的人間観においてホッブズを想起させるに
十分であろう︒
本稿の主要な契機は︑社会契約説の代表者︑ホッブズ(↓o目霧=oげげ①ρ嵩︒︒︒︒山①謬)︑ロック(冒冨い︒舞ρδ︒︒・︒山刈9)︑
ルソー(い,い幻oロωω窪〜ミH・︒山ミ︒︒Vのうち︑前二者を取り上げ︑彼らの自然法理論や契約理論を整理し比較しつつ︑
社会契約説 における抵抗権の根拠
社 会 契 約 説 と 抵 抗 権 思 想 の 関 連 を 浮 彫 り す る こ と に あ る ︒ 一 般 に ︑ 社 会 契 約 論 者 は ︑ 統 治 契 約 説 お よ び 抵 抗 権 思 想 を
ヘヘヘへ
止 揚 し て 国 家 理 論 を 形 成 し た と さ れ る ︒ し か し こ の よ う に 理 解 さ れ る 場 合 に も ︑ 彼 ら が 抵 抗 権 そ の も の を 排 除 し た と
解されてはならないと思う︒こうした意図から︑本稿はホッブズの﹃リヴァイァサン﹄卜馬.砥..Nぎミ・︒︑ミ恥さ無鳥︑・
窓こ§♪便智ミミミ.亀9ミ§§‑ミ§N罫肉ミ馬鴇翁職途N︑§駄Gきき(一①㎝一)および︑ジョン・ロックの﹃政府二論﹄↓慧
宰§誉aミ.O︒竃ミミ§員一80)を分析の対象とする︒
(1)堀豊彦﹁政治学理説としての反抗権﹂(﹃国家学会雑誌﹄第七〇巻第九号)︑一頁参照︒
(2)旨琶ごω切毎ερさ§ミもミも§妹ミ謬︑§ミひ一零O"bbミ§恥ミ鳶富︑受亀讐§旨寄︑§登一①詑(国昌ひq房げ爲きω一坦,
二〇poh一①Q︒ρ器bユロ8α卿胃窪&ぎ巴ξ国●旨い拶徐一℃一㊤bo劇).
(3)匂・‑旨幻8ωω8∬§ミ帖防9§ミ翁(コ傷匿︒)℃什・同戸℃・ω窃ρ
(4)この変更の試みは︑ホッブズ︑ロックについては本稿において明らかになろう︒ルソーについてはb§O§壁ミ硫o鳥ミ℃一一く・目押魯・図く一を参照されたい︒
(5)≦=邑︒H(⑦e℃臼鳶ら材§卜§ミ凡こぽ寄ミ§孕ミミ§礼亀︒︒点ミN℃ω邑ω・L⑩①錦・一〇§目︒三9qもp§
1 同 O Φ ● 目 同 蜀 曽 8 一ヨ 出 O ω ℃ ℃ ⇔ 答 ↓ ≦ P 卜o 朝 刈 1 ω O 刈 .
(6)︾・ψ℃・<﹃oo爵oロω①(o匹.)鴇寒識ミミ動ミ§織トきミミ℃ち綬.渋谷浩﹁ピューリタン革命における自由と秩序﹂(﹃政治思
想における自由と秩序﹄一九七一)︑三入頁参照︒
ホッブズと抵抗権
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1 自 然 状 態 ︑ 自 然 権 お よ び 自 然 法 に つ い て
ホッブズによれば︑﹁政治体﹂切︒曾勺99器は人間の﹁技術﹂b答によって作られる︒﹁技術﹂は︑﹁自然﹂の
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産出する自然的実体(人間を含む)を模倣して︑人工的実体を創出する︒すなわち﹁コモンウェルスO︒ヨ巳︒浮妻①鼻ゴ
とか国家ω什讐︒(ラテン語のΩく冨ω)と呼ばれるあの偉大なリヴァイァサンは︑技術によって創出される︒そして︑そ
( 1 )
れは一個の人工的人間9︒昌≧け臨岳昌蜜きにほかならない﹂︒この﹁政治体﹂の素材と製作者はともに人間である︒それは﹁契約﹂によって成立し︑﹁主権﹂を人工の魂とし︑
そして内乱はその死を意味する︒ホッブズは︑まず第一に﹁政治体﹂の素材たる人間の考察をおこなう︒したがって
﹃リヴァイァサン﹄の第一部は﹁人聞について﹂である︒彼は︑人間精神の運動を観察し︑﹁感覚﹂﹁イマジネーシ
ョン﹂﹁言語﹂﹁理性﹂﹁もろもろのパッション﹂﹁判断﹂﹁徳﹂﹁知識﹂﹁力﹂﹁マナi﹂﹁宗教﹂などを︑その
ヘヘヘへ
稀 有 な 定 義 づ け の 才 能 に よ っ て 規 定 し て い く ︒ そ の 方 法 は 分 析 的 で あ る ︒ 第 一 部 第 五 章 に よ れ ば ︑ 人 間 は 推 論 す る
時 ︑ 諸 部 分 を 加 算 し て 総 額 を 考 え る か ︑ あ る い は ︑ あ る 額 か ら 他 の 額 を 減 算 し て 残 高 を 考 え る か で あ る ︒ そ れ 故 ︑
ヘヘヘヘヘヘヘへ
﹁ 理 性 ﹂ 図 8 ω 8 は こ う 定 義 さ れ る ﹁ わ れ わ れ の 思 考 を 特 色 づ け ︑ 表 現 す る た め に 協 定 さ れ た 一 般 的 名 辞 の ︑ さ
・⁝(2)まざまなつながりを計算する肉馬象§§晦こと(すなわち︑加えたり減じたりすること)﹂︒
ホッブズは第十一章において︑全人類の一般的性向(ρσ︒Φ器鑓=口o財慈怠8)として︑﹁つぎからつぎヘカを求め︑
( 3 )
死によってのみ消滅する︑不断のやみがたい意欲﹂餌需愚簿§ロ碧飢お︒︒二①ωの号ω冨︒h勺︒≦臼9︒h峠興b︒≦①さ9簿8器Φ昏︒器ξ冒∪8けFをあげる︒彼の自然状態に関する見解は︑第十三章にある︒そこでは︑入間の本性の中には︑三つ
( 4 )
の主要な争いの原因i競争(OOH口娼①怠菖OP)︑不信(∪崔結旨8)︑ほこり(9︒邑iがあるとされる︒彼によれば︑人々は生まれつき平等である︒しかし︑平等から不信が生ずる︒なぜなら︑もし二人のひとが同じものごとを意欲し︑
彼ら二入がともにそれを享受することは不可能だとすると︑彼らは敵となるからである︒こうして︑不信から戦争が
( 5 )
生ずる︒﹁社会状態の外では︑つねに各人の各人に対する戦争が存在する﹂09︒hΩ<一一望舞︒p99巴ω⇔冨螢蕩芝輿お︒h︒<︒蔓︒器餌αq巴霧什︒<︒蔓自Φ・このような自然状態ほ戦争状態における生活上の不便︑不都合はいうまでもない︒何