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研究ノート
現 代 ソ 連 社 会 論 の 研 究 (3 )
i ﹁ 全 体 主 義 ﹂ 論 と ﹁ 近 代 化 発 展 段 階 ﹂ 論 を 中 心 と し て ー
中 西 治
53
は じ め に
嶋本稿は筆者が現在関心をもっている現代ソ連社会論にか
んする研究ノートの一つである︒筆者はさきに本誌﹃ソシ
オロジカ﹄第一巻第一号に﹁現代ソ連社会論の研究(1)1
﹁発達した社会主義社会﹂論を中心としてー﹂を発表し︑ソ
連が主張するソ連社会論とこれに関連して行なわれた日本
の研究者のあいだでの論争を紹⁝介した︒また︑第二巻第一
号には﹁現代ソ連社会論の研究(2)ー﹁全人民の国家﹂論
と﹁社会帝国主義﹂論を中心としてlLを発表し︑ソ連が
新憲法において宣言した﹁全人民の国家﹂にかんする諸問
題とこれを批判する中国の主張を検討した︒そこで本稿で は主として欧米諸国のソ連社会論である﹁全体主義﹂論と
﹁近代化発展段階﹂論をとりあげる︒ここではまず﹁全体
主義﹂とは何かという問題が検討され︑続いてソ連を﹁全
体主義﹂と規定する諸主張が紹介される︒この﹁全体主
義﹂論を批判しながら︑同時に﹁全体主義﹂論と同じ一元
的支配論に属する︑﹁党支配政治﹂論も検討される︒その
後︑ソ連を工業化を軸とする近代化発展段階の立場から考
察する諸論が紹介され︑この﹁近代化発展殺階﹂論と密接
に関連する﹁収敏﹂論も検討される︒最後に︑一連の研究
ノートのまとめとして︑様々な現代ソ連社会論が整理さ
れ︑筆者の試論的な分類が提示される︒この問題にかんす
る研究ノートは本稿で終りとする︒
̀
〆
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54
一一﹁全体主義﹂とは何か
西側の全体主義論者はソ連をナチ・ドイツ︑.ファシスト
・イタリアと並ぶ﹁全体主義﹂としているが︑ソ連はもち
ろんこれを否定している︒一体︑全体主義とは何なのであ
ろうか︒まず︑はじめにこの問題を検討しよう︒
レオナード・シャピロの﹃全体主義の概念﹄(いΦ℃昌霞q
ω魯巷膣ρ§偽Oo§魯帖亀↓o帖ミ簿ミミミ防§\.ω彗くo唄︑︑"
20.刈ω"︾暮コ彗昌6①㊤)によると︑全体主義(8$犀餌昌寧
巳の旨)とはもともとイタリア・ファシズムの用語である︒
イタリア・ファシストの指導者ムッソリー二が︑叶99洋餌ユo︑
という言葉を初めて使用したのは一九二五年六月二二目の
演説においてであるといわれるが︑当時︑この用語は︑嵩び興巴..にたいする対抗の意味が強く︑ムッソリr二は一
九二四年四月の選挙を.8冨葎9﹃δΦ嵩ぴ卑寓o一αΦ"と規定
し︑後にイタリアを︑ざ馨鉾08け巴津9急O.と宣言したの
である︒
他方︑もう一つの全体主義とされるナチ・ドイツでは︑.8什巴#餌H︑とか︑.8け巴︑(.畠Φ﹃叶oけ既①ω雷暮.)という言葉
はナチ政権初期には使用されたが︑後に減少したといわれ
る︒これはヒトラーがこれらの用語の使用がイタリアの模
倣という印象を与えることを嫌い︑."葺o﹃騨弩.の方を好ん だためであるといわれる︒●
ソ連ではこの用語は一九四〇年以前には使用されず︑使
用されたあとも︑ファシストと同義であったどされてい
る︒︑
このように︑当該国では全体主義とはファシスト・イタ
リアを意味する言葉であったが︑英語では比較的早い時期
からこの用語がファシストにも︑コミュニストにも使用さ
れていたといわれる︒シャピロは‑O蔦oa国昌ぴq冨げ夏?
菖8霞団によって英語での初めての使用を一九二八年とし
ているが︑一九二九年にはすでに↓犀Φ§日Φのが︑芸o帆叶O叶巴沖餌跳O昌博"O﹃賃昌#餌同同℃Oo什9什Φをファシストにも︑コ
ミュニストにも使用し︑一九三四年出版の↓げΦ国昌O矯Oす
b器ユ冨O隔けずΦω09毘ω9Φ印8の.曾讐Φ.の項ではO.=.
ω蝉げぎΦがこの用語をファシストとコミュニストの︑︑8①‑
b母信の鼠けΦ.に同じように適用していたとしている︒
たしかに︑理論的にもファシストとコミュニストを全体
主義としてとらえる考えは第二次大戦前にもあった︒たと
えば︑エミール・レーデラは﹃大衆の国家﹄(国日旨目Φ甲
傷興①斜⑦甘尉無慧鳴§鴇a・寒鳴↓ミ鳴ミ駄帖ミ9蕩物§物
⑦8隷譜℃冒芝.妻・Σo﹃8昌騨Oo日b鶴昌〜乞Φ≦団o爵弘逡O・
青井和夫︑岩城完之共訳﹃大衆の国家ー階級なき社会の脅
威1﹄東京創元社︑一九六一年)において︑﹁全体主義国 亀
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1燭奄噌︑
〆
55現 代 ソ連社会論 の研究③
家は大衆の国家であるLと規定し︑プロレタリアート独裁
とファシスト独裁を基本的には同じものとして次のように
論じている︒﹁とにかく︑永久的ではないにしても︑かな
り永続的な政治体制であるあらゆる独裁がそうであるよう
に︑プロレタリアートの独裁もテロリズムにたよらねばな
らず︑政党︑つまり指導的なギャング集団の権力独占とな
らざるをえない︒それは必然的に社会を破壊し︑すべての
ものを隷属させるであろう︒プロレタリアートの独裁は︑
非常時に対処する過渡的な段階とは考えられないのである
から︑現代ではファシスト独裁と同じく︑すべてのひとを
大衆にかえて︑大衆国家をつくり出さなければならない︒
もちろん両者の間には違いがある︒たとえば︑ファシズム
が社会的危機の時期にあらわれたままの群集から出発し︑
その方法も大衆を永続させるところにあったのに対し︑コ
ミュニズムは︑特定の社会的・経済的構造を目的とする計
画の下で︑一階級の他の階級に対する闘争であった︒しか
も︑入念に仕上げられた観念を基盤にしているのである︒
だが独裁はそれが存在し持続するに必要な条件をつくり出
さなければならないので︑コミュニズムもラァシズムと同
じ方向に進まざるをえない︒われわれの経験に照ら七て
も︑両体制の方法は同じ方向に進みがちだ︒一般市民の立
場についてもそうである︒いったんすべての思考と決定を 権威者にゆだね︑あてがい扶持の物質的・精神的食物に甘
んずる以上︑日常生活の面でも︑職務の面でも︑機会で
も︑ファシズムとコミュニズムの下でσ労働者の生活には
ほとんど違いがないだろう︒Lと︒
また︑シグマンド・ノイマソも﹃恒久の革命﹄(ω赫彗qロユ
ZΦ賃Bo昌P㌧ミ§黛ミミ肉§ミミ軌§・§軸↓ミミ駿ミ恥画ミ
亀ミ箋ミミきき三.磯ごH㊤島.岩永健吉郎︑岡義達︑高
木誠共訳﹃大衆国家と独裁‑恒久の革命i﹄みすず書房︑
一九六〇年)において現代の独裁制としてソヴェト・ロシ
ア︑ファシスト・イタリア︑︑ナチ・ドイツの三つをあげ︑
それらに共通する特徴として︑安定の約束︑行動第一主
義︑擬似民主的基礎隅戦闘精神︑指導者原理を指摘したの
であった︒同時にノイマソはボルシェヴィキ革命の歴史的
特異性を強調し︑この革命の性格を規定するに当っては︑
その伝統的イデオロギi性とその独自のロシァ的性格(ヨ
ーロッパとアジアにまたがるロシアの特異な環境)︑その
独特の歴史的条件を重視するよう指摘した︒ノイマンにあ
っては︑ソヴェト・ロシアは多くめ点でツァーリズムの雷表
返しであったのである︒
右のごとく︑ファ︑シズムとコミュニズムを共に全体主義
ないし現代の独裁制としてあつかう考えは第二次大戦前お
よび戦中にもあったが︑それは一般化せず︑米国において
も 一 九 四 五 年 の 第 二 次 大 戦 の 終 結 ま で は ︑ 全 体 主 義 は 主 と
56してファシスト︑・イタリアとナチ・ドイツに適用されていたのである︒ところが︑第二次大戦後の米ソ冷戦の激化の
なかでこの言葉の使用頻度がいちじるしく高まり︑全体主
義にかんする研究も増大した︒と同時に︑米国では全体主
義という概念が対ソ敵視政策を正当化する.8亘暮巽占αΦ守
δoq団︑として利用されることになった︒
一九五〇年代の前半には全体主義にかんする業績がっぎ
つぎに発表された︒一九五一年にはハナ・アーレントの
﹃全体主義の起源﹄(国き昌Pげ︾器ロ鼻"§軸Oミ偽画蕊ミ
↓ミミ画ミ蕊§蹄§b出母8仁昏切轟oρ2・磯ごH¢盟・大久保
和郎︑大島通義︑大島かおり訳﹃全体主義の起源﹄1︑皿︑
皿︑みすず書房︑一九七ニー七四年)が出版され︑一九五
一︑一年にはJ・L・タルモソの﹃全体主義的民主主義の起
源﹄(匂・い.臼o言8噂↓ミOミ無蕊亀↓︒ミミミ馬§b停
§oミ織竜℃勺益o鵬Φお乞.嘱こ,H⑩認)が公刊された︒一九五三︑年三月には米国で全体主義にかんするシソポジゥムが開か
れ︑同会議に提出された報告が翌五四年にカール・フリー
ドリッヒの編集により﹃全体主義﹄(O理一臼.周二〇脅甘ず
(巴シ↓ミ亀§ミ軸§蹄琴ξ§ぽ切ミ§b国9才錠住O巳く曾ω器団
℃﹃o︒︒ロ︒℃O臼Bび円達αqΦ"嵐山ωのこH㊤α心)として出版された︒ま
た︑同五四年にはG・W・F・ハルガルテンの﹃なぜ独裁 者か﹄(O・奢.男禺巴叔p辞ΦP§黛b腎帖ミミ鴇↓ぎO黛蕊題
§織肉ミ§恥旦寄憶§§§N肉弍執鴨⑦§融③8しロ・O.讐寓2︒‑
o日崔四P乞.嶋こH㊤αト西川正雄訳﹃独裁者﹄岩波書店︑
一九六七年)も出版された︒
アーレソトの﹃全体主義の起源﹄は第一部﹁反ユダヤ主
義﹂︑第二部﹁帝国主義﹂︑第三部﹁全体主義﹂の三部から
成り︑全体主義の問題をヨーロッパの知的伝統の流れのな
かで考察したものであるが︑アーレントはヒトラーのドイ
ツとスターリソのソ連だけを全体主義とし︑ムッソリー二
のイタリアはこれには入れなかった︒タルモソの﹃全体主
義的民主主義の起源﹄も同じ視点に立つもので︑民主主義
には自由主義的民主主義と全体主義的民主主義の二つの形
態があると主張している︒そして︑この後者の起源をルソ
ーなどの十八世紀の政治的メシアニズムのなかに求め︑'そ
の思想の流れを一七八九年のフランス革命時のジャコパソ
派やバブーフ派の活動・教義により解明しようとしてい
る︒フリードリッヒ編の﹃全体主義﹄にはH・ア1レン
ト︑R・パウアー︑C・J・フリードリッヒ︑A・インケ・ルス︑G・ケナソ︑H・D・ラスウェルなどが寄稿し︑︑全!
体主義の問題を全体的に解明しようとした︒また︑ハルガ
ルテソの﹃なぜ独裁者か﹄は︑独裁を﹁古典﹂独裁︑﹁疑
似革命﹂独裁︑﹁反革命﹂独裁︑﹁超革命﹂独裁の四つに分
い
膨,O醗'