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海運同盟に關する一研究(二)

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(1)

海 運 同 盟 に 關 す る 一 研 究

︵ 二

− 特 に 米 国 合 衆 国 を 中 心 と し て

− 高

村 忠 也

三︑米国合衆国をめぐる海道同盟

以上に於ては︑専ら︑海運同盟一般に就て︑その木質︑目的︑協定内容︑対抗手段等を概持して来たのであるが︑

以下では本論文の主眼目である合衆国の海運同盟を種火な観点から考察を試みよう︒

︵I︶合衆国海運の生成並に消長︵第十九世紀末まで︶

ノ′

合衆河を中心とする海運同盟を理解するには︑その準備過鋸し︹して︑先づ米国海運の輪廓の認識を試るのが便宜で

あり又必要でもある︒ 妾こで合衆国海運の滑長を概観することに放るのであるが︑それには読く同国が曇れ英国の枯民地であった時代ま

で遡らなければならない︒

第十五世紀の束︑コロンブスによって米大陸が発見されて以来︑この方面に於ける棟険熟は頓空同年ご︒︑信仰の白

山を北めて本国を逃れた非回教徒︑貿易若しくは開拓の利益を聖で有人念寸は腔を接するように新大陸を目指して波

航した︒=堅朝彼等によって開発され︑枯民地活動の一大中心地となったのはニューイングランド︵冨一q E︒g官舎

であった︒この地方は︑西はア︒ハラチア山脈に遮断され︑束は大西洋に臨んだ比較的狭長な地域を占め︑中部︑市部

の植民地に比膜すれば肥沃な農耕地に恵套れず又天然資源にも乏しかった︒然しながら幸にも造帽用の良質木材が豊

海邦同県に関する一研究

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(2)

経 営 と 経 済 官に産出したので︑自然住民の多数が造始業及び海運業に従事すること

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なった︒特にこの潤沢な造船用材料は当時

この地方の低廉な官︑銀と相侠って造船業在大いに発注させ︑一七七六年までには︑この地方の治的業は英国に海外就

航船の三介の一を供給するに至った(註

1 )

米大陸に於ける英国の植民地は︑同上り政府の結営するものでもなく︑叉政府の仰刊誌を一文けたものでもなく︑移民

自らが幾多の困難を排して経営したものであるから︑山知からその独立心は極めて強く︑各州何れも自治制花布さ代議 此休を採用していた︒期して杭民地十三川口小川山独立する述命にあクたのである︒然じながらその独立の決定的効桜 h

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2 )

︒英本同は経済政策の強調として京市主誌を採

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然しながらその際︑浪人一一は兆川王に服従する米杭代地及び

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川引するに見る椛力と効力を有する法伴設に規則を h

制定する権限と松山風とを有しえ有すべきである凶けを主似する山比一川花あしたのとの机本方針に北川いて︑英同議会は絵兵︑

紙︑硝子︑鈴及び茶に関税を却した口これは一向い税率ではなかクたが︑平常使用する商品を対象としているので生活

費のい内総在惹起した︒植民地は直に呉市左巾立て︑その結川市︑一七七 O

年には茶以外の全関税は廃止されることえな った︒然しながら︑既に本同議会の課税を認めない態度を探クている柏民地住民はこの談歩にも満足せ十︑位く主で

も荒川主

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d しない方針在昭一一持したが︑︑終に両者の関係はポストジの茶柏市す件を契機として一段と険悪化した︒間後

同行の川には︑各地で小何突が矧発し︑英同は植民地に極端な圧迫を加え︑他方植民地住民の独立心は入品々品拐し︑

(3)

終に一七七六年七月四日フ

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一じぺ一二午︑いりにルルリイ九で川印された一千仰史的に上(ツて米同十三州の独立が承認され︑終に植民地住民の宿均一一は

山一寸じれにのであるが︑烈したにがら山川沿は決してで仰花却さない状況にあった︒英同は︑平和阿従後も米国に対して

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川小川条例を宍施し︑その対処米同川口川印山口一日切から締出された︒叉英同政府は自同船主に対して合衆同建造

川仙人の作

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怖を拒否し︑克応米同に対して阿川川の山山口おに制限を加えた(註

7)m 然しながら当時の米国政府に

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戦後の花済的困難と社会的不安?とは翠同な述人川政山次立の必国在痛感させ︑終に一七八七年ブ

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法制定会認が開催されて︑北判定法が可決された

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沢川川訟が制定されて︑強力な政府が荷劫を開始する工うにな るや︑海運保設助成措直が採用されるとと

L 友づた︒一七八九年の間前法は二原の治則関税(去のの江口ニロ丘一口

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を規定し︑乙れに上づて米同海運の助長たわ同じ穴ペ一一社立のその一は一般的安川関税 l 印度若しくは支那

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句に関して︑米同船によって愉入された向品に対しては一例の割反を行うーであり︑他は印度若しくは支那

茶に対する治別関税

l( イ)米国胎に工って印度若しくはセ那工り旺長輸入される場合一対度に付六仙乃至一二仙︑

(ロ)米同船に土って欧洲工り間接に輸入される場合︑一対度に付八仙乃至二六仙︑(ハ)その他の方法に上る場合

一一封皮に・付一五仙乃至四五仙ーである︒叉同年米国議会は主別屯税(告 ω の 江

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海沼同限に関する一研究

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(4)

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成措置の効果たるや秘めて問者で︑一七八九年には二三一︑八九三屯であった米間外同貿易就航船肢は︑一八一

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戦争が山次尖鋭化するに伴い︑突戦同はルルパに川﹁・万に対して山々決川氏子段に貯える上うにたり︑旧市には交戦同に物

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同は報筏手段として︑中立国の船舶が仏国及び与問に入治すると止を

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されたものとよれ倣すととを宣言し︑頻に仏国及び中立同の m 舶を'作手術した口そとで犬統領ジェブプゾシ(守口

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(5)

米国は乙れを廃止し︑乙れに代るものとして︑他の欧洲諸国との通商は詐可するが︑英国並に仏国との貿易を禁止す るという非通商法

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欧洲の戦争が長期化するにつれて︑米同も漸次とれに持込まれると

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断的ずる仲間川町在日ム了された(註M)口とれに応じて︑一八一 O 年八月︑ナポレオシはベルリ

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コシ法に某く提案を無伺した︒そとで同年十一

月︑米国は英国との通商が停止されるであろうという克式の予告を行ったが︑英国の米国船攻撃は依然として止まな

かったり期して一九一一一年六月︑終に対英宣戦が正式に布告されるに至った︒一度戦争が開始されるや︑米国の外国

貿易は大巾の減退を余伎なくされ︑その貿易相は︑一八一

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一七弗︑一九一四年には一九︑八九二︑四四一兆へと転沼した(註凶)口叉米国は武装商船で英国船

に兆一中へた損害を与えたが︑然しながら米国防も亦被つ‑た打噌は刊少ではたく︑全捕された船数は一︑︑三

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一八一問年十二月︑平和条約が締結されて紛争が収拾され た ︒

Z や︑合栄同は海事五百主義政策を椋拐し︑その確立

に努力するこ'どもふた夕︑た︒一八一七年︑米国沼会は航海条例

( Z 雪山間色︒ロ﹀♀)左制定し︑合衆国の船舶若しくは当

該向け川の以内地であるか︑或は当設商品が運送の為めに始めて船積みされる困の市民の所有する外国船に工ら良けれ

ば︑如何なる商品も外同の浴から合衆国へ輸入する乙とを得たいり日を規定した(詩口)︒然し友がら互恵主義の立場

から︑合衆国船に対して斯様な制限を判附する乙とのない国には︑同法の規定を迎用し宏︑いという貫要な伺書を設けて

いる(諮問)︒互恵主義確立の企図は︑当初大した成果を牧めなかったが︑諸外国が自由通商主義を次第に採用する

海運同盟に関する一研究

(6)

経 色 と 経 済

七 四

に伴って︑主要海運国は漸次互恵主義を承認するに至った︒一八二八年には︑如何友るゃな別屯税若しくは関税も合衆

国市民の所有する船に認さたいと一一一日う︑外国政府上り合衆国犬統領へ与えられた満足すべき託拠に主いて︑犬統領は

合栄同内に於ける外国差別屯税若しくは主川関税を︑当該船に限り若しくは当設外国乃至他の外向から当該船に上ク て輸入される商品に限クて︑停止する旨を宣言する布告を発する権限を賦与された(註円)白更に一八三

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合衆国議会は︑米国松'の屯税を廃止すると共に︑米国拾に同様な措置を採る同の船舶に対しては︑米同恰同様に屯税

を 課 徴 し な い と 一 一 一 川 う 譲 歩 を 示 し た

一八一五年から一八五 0 年代のクリッパ 1

始時代に至る金時期は︑差別関税が実施された期間並に互恵主義が前政

策に取クて代った別問を川一いして︑清災な市川の発述に上って注立を惹かれた︒然しながらとの発達は︑ナポレオ

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戸が山山始めた︒そ乙で米国議会は一八四五年︑外岡向け郵便迎法契約の締結権を郵政長官に賦与する法律を通過させ た︒一八四七年・に至り︑合衆国政府と犬同洋横断汽柏会社わ色ロ

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な交付する契約が締結された(詰お)︒叉との補助法に主一づいて喫励金を供与された犬同洋航路には︑ニューヨーク

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多数の市部市民の外帆船運送に従事する北部市民も

(7)

亦航路補助金を国庫金の浪費であると非難した︒その結果︑補助金全廃笑が上程されたが︑結局通過しなかった︒そ

こで減額案が提出され︑乙れは一通過を見︑一史に一八五八年には全廃案が可決されて︑終に

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の運命を辿った︒閃に一八四七年乃不一一八五八年の問に︑政府の支払った航路仙助ヘーを見れは︑プレ

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︒補助金の廃止と共に︑犬同洋航路上の米国定期 川公山口出治の止むなきに至ったが︑との米国船の撤退の機会に乗じて外国船の進出は目覚しく︑大西洋上の主要

件川川会社は殆んど皆この時期に進出し来たのである︒一八五八年に於ける大西洋上の米国船は慌に五隻︑一一︑

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で占められていた︒そしてこの木造船は全世界を航海し︑諸外国の胎と競争し︑乙

れを圧倒する程の巧力を保有していた︒乙の問米国の外同貿易就航船肢は活えと増加を続け︑一八五五年には故頂点

に述した(訪山

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然しながら一八五四年乃至五六年のクリミヤ戦争が終総するや︑米国海運の繁栄にも少しづ

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た︒乙れは先づ米国の胎舶建造量に見られ︑︑一八五主年の役一同五八三︑

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海運同盟に関する一研究

(8)

経 営 と 経 済

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斯ー椋な米国海運の衰退傾向に拍市左持けたのは一八六一年に戦端が開かれた役の市北戦争(わ守口出正門)である口

概して言えば︑北部諸州は保謎貿易を利とし︑他方市部諸州は農業地帯であクて自由貿易を利とし︑との市北の経許

的利害の対立が両者の関係を愈々険沼化し︑一止に奴保応止問題が益え乙れに泊を注ぐ結果となクた︒とれが合京国内

戦の主契庶閃と考えられる(討部)︒市川一小の巡洋服は一八六一年乃至一八六五年の問に︑米国商船一一

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屯を脱却し或は川県抗した(討︒︒児に七五一︑五九五屯の船舶が外国々絡に移され︑乙れは合衆国の外国貿易就航

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山北戦争中介氷川外国交易就航的以六九ハいろ川市ハけた伏ったが︑平和川白川伐に於ても︑その衰退傾向は依然として停止

しなかったり乙の理由を︑ジョンソシは次の刊点に涼めている(北川)︒

( I )

帆船から汽船へ並に木造的から欽的への的刊行

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年に於ける英国鉄工業は合衆同のそれを二五年ル五三

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年も泌がし︑ポ同製造業者は︑船休用の鉄の生

産︑動力用機械の製造の何れに於ても︑英同業汗には到し川太刀打ち山米なかった︒その上︑一八九

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年頃まで︑燃料

用石炭は米国よりも英国では逢に保仰であった︒合栄同に於ては︑鉄的の建造比一八七

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年以前には未だ犬して関知

されておらや︑雨後極めて小規枝に行われたに過ない︒米国々肱の下に胎を運航している船主は鉄製汽船の購入を望

ま十︑少くともその需要は合衆国造船所を再建し︑鉄船建造向けに組織させるには是らなかった︒英国は木材から鉄

へ︑又帆から蒸気へと転向する準備が出来ていたが︑合衆国にはそれがなかクた︒

( H )

一八円五年の仙助法の廃止

治的主しし海沌栄に斯る平命が惹起しつえあった間に︑合衆国海運業者の競争力を弱体化するような事由が発生し

(9)

た︒乙の件に就ては既に触れている故︑仙川川中に述べるに止めよう口それは一八円五年九び附後の法作の下に述邦政府

が米国海運に︐与えた支援の︑一八五八年に於ける︑防止である︒一八五八年以昨山北戦午終了去で︑介山本川の外川郎

便を輸送する会社は小川上郎前のみ在公取っていたれ

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如何人八石川川作七一八九一年況で制定三れることはなかった口一八四五年の法作の下に大内洋机断航路に突付された部

向山川令 k 山止する汁田川万一円(の行引は︑北部と市部問の決烈な刺殺に原因し︑その廃止突は南部議員の賛成投票によって

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K 郎似仙助政策の続行が果して犬同社什棋断汽船サ1ヴィスに自同船を引尚め待たかどうかは不明椛で

おるが︑然しながら外同会社との競争にあたクて援助左大いに必要とする際に︑米国汽船に対する政府の支援が放棄

されたことは少くとも不幸であった︒

(目)市北戦争による打撃

市北戦争の合衆国海運に対する影響が極めて大であった乙とに就ても︑既に一言及されている口米同海運は不運にも その重大時期に戦争という非常事態に遭遇した︒造船業者及び海運主者が︑机から蒸気へ︑又木村から鉄へ移行の時 期を切抜けるに際して国家の支援を必要不可欠としていた折に︑外開始の競争に対抗せしめる扱助を交けないばかり か︑却て海運は四ヶ年間主税を認せられ︑そして運送貨物の不足の為めに無駄に過し︑

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一成は巡が黒ければ同盟軍の巡

洋般に捕昨位される結果に陥った口

(四)戦後の泊極的海運補助政策

人口栄同政府は逸平く自国海運に援助を与えるべきであクた︒ん一一一一川うのは︑戦争中︑如何なる産業も海運業程損害を

受けたものはなく︑従クて海運業こそ設も政府支援を必要とした︒議会は出向十保謎関税の維持によって製造工業を保 護したが︑然しながら海運業再建の為めの有効手段は何ら採られなかった口

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来同政府によって海運に与えられた唯 一の援助は︑ニューヨークープフジル問︑カリフォルニア!ハフイ︑日本及支那問の郵便サ1ヴ

4 スに関するもので

海道問問に関する一研究

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(10)

経 営 と 経 済

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これらの補助金は少数の航路左合むに過・子︑その上その商業的主要性は侭皮であクた︒

実際︑合衆国海運は次の諸点でそのけ工 dk 白川左妨げられたのである︒

(イ)一八六六年二月十日の法作に上って︑混会は︑戦争中外同特に杉された合衆同船が米・同符へ復帰することを

拒絶した︒こ︐れは合衆同の造船業た有利に作か次いで︑辺に一般市民に不利誌を与えた︒なんとなれば︑これによっ

て米国海辺の船腹附加が妨汗された︒

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A ︐ N は一八六八年に苅めて防止ぺしれた︒

(ハ)冶仙沼将は︑外川口弘北川の本山一仙のは一山一及び総決に山川される材料に就ては︑一八七二年に始めて︑又同

慌 の 円 的 に 川 市 申 12 れる伐州仙の出泊に山川される村川に就ては︑一八九

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の法作に川似した法作乃一七もっと仙川の広いものが判後山に制山心されるべさであった︒

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合求同海軍のな悦に上って︑治的ル一ぴ小川川両主計ははも有利な収助の一を奪われた︒内戦の終結時には︑木造船は

軍用には時代遅れとなったが︑然しながら八日山市川は欽間川⁝れ川在住山一してその海運を近代化する手段を講じなかっ

た︒そして米国海軍計画の一八六五年から一八八五年乃五以昨への延川は︑造船所の改組並に木造船建造造船所の鉄

鋼深川口船建造施設への移行を遅延させる結果に終クた口

(日日)話溌なる主要海運国の海運助成政策

ブ一ブシス︑ドイツ︑英国及び日本は海運助成に力を注ぎ︑乙れ等は︑合衆国が自国海運に与えた援助よりも︑一段

土品川力な支持た犯供した︒そして外国海運に与えられた援助が米同海運の側に於ける競争をさらに困難ならしめた乙

土は挑山の余地がないロ

(刊)令米同の外同貿易就航船腹衰退に関連する故も根本的た原凶は︑政治的なものよりも寧ろ経済的なものも

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(11)

に見出される︒第十九世紀の後半に至るや︑米国々民及びその利用出来る性一本は︑西部地方の梢民︑農業︑林業軒︑源 の開拓︑鉱山の開発及び広大な地域への突通加設の供給に有利な仕事を見付けた︒その為めに︑東部諸州の古年は阿 部へ門川へと向い︑海上り雌れる上うに次った

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他方︑忽速に発民しつ

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ある東部に於ける製造工業は︑土荒民と海

外からの仰い刊日ししに︑有川次代作化人子するククくの開会を与えた︒若々しい迅速に成長しつ L

ある同に於ては︑浜本

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川内向工たがその同日の向山になる全性木を吸収したり疋に︑海外貿易左目的とする

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行トトしん労仰の川内は川内市場で販売され︑その境界内に於ける一般の報酬率は常に国際市場に於ける主りも高い︒乙

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海運問問に関する一研究

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(12)

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Iarvin : ibid. p 12I. 

(il;l;j;$) 

Marvin : ibid. p. 131. 

(担口)

Bates : ibid. p. 109. 

(相出)

Marvin ibid. p. 178. 

(間色)

Bate5 : ibid. p. 115. 

(相自)

Zeis ibid. p. 8. 

(ït!;j~) John R. ~pears The Story of the American Merchant 

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arine, 1910. p. 172. 

(花自)

Edith M. l'helps American Merchant Marine

, 

1920 p. 11. 

(ïfÇ~) Phelps : ibid. p. 13. (;たお)Eoyal Mee:~er : History of Shipping Suhsidies, 1905. p 156

(~~)広 E 否認さ EZR こさ三位 1 HC 一平同

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e1戸:

ibid. p. 14. 

(;t;日)

MarYIn : p. 284. 

(:%.~)

faulkner: ibid. pp. 352‑353. 

(おお)

Phelps : ibid. p. 17. 

(~~D Emory R. Johnson : Ocean and lnland 

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'ater Tr:msportation. 1906. pp. 280‑286. 

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(13)

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︒一八八二年乃至一八八七年の問︑介決同に於ては向求界にトラ

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川似たか川沿独内化への肌附りには同同氏の大なる関心が払われ︑とれ等のトラストを明確に違法たら

し川右上う次法作な制定すべき碍求が初段に唱えられた︒一八八七年には︑共和︑民主両党共に︑その綱領に於て︑

トサベトに内山する件特に言及し︑市川当た措置を要求した︒共和党は﹁我々は︑トラスト若しくは他の方法で︑我hA

市川町︐川の取引の条件を怒窓的に支配すぺく組織された凡ての民本の結合に反対するととを宣言す︒そして我々は︑議

会放に州の立法者に対して︑その夫々の権限に於て︑その商品に対する不当事仏費用に上って︑或はその製品の市場へ

の運送に対する不当な運賃に工クて︑国民を圧迫せんとする計画の実行を阻止する工うな立法を推奨する﹂と述べ︑

叉民主党は︑﹁国民の利誌は︑不必要注課税に工って︑一方に於て結合する少数の者在不当に山裕にし︑他方︑多数

の我々市民を︑彼等から自然的競争の利誌を奪うととに上って︑掠奪するトラスト及び結合の存在が詐存される場合

には︑裏切られる乙とに友る﹂旨を主張した︒期してトラスト訓禿が下院とニューヨーク州とで実施されるなど反ト

ラスト立法の機運は次第に熟して来た口一八八九年十二月上院活貝シャ

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によって上院へ上程され

た法律案は︑数刊の審議を経て︑現一八九

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年四月に同院を一泊氾し︑次で五月には下院で採上げられ︑短期間の討論

の後︑修五の上通過せしめられた︒然しながら一下院の行った修医ば上院の本れる所止ならや︑その為めに両院の協議

が必要とたったが︑終に下院はその修正を撤同するととに同立し︑児に同年七月二町︑同法案は大統領の署名を完了

して︑﹁取引及び商業を不法怠る制限及び独占上り保諒する法作﹂(﹀ロ

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海運同開に関する一研究

(14)

経 営 と 経 済

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3 )

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﹁ 州 際 若 し く は 対外取引又は商業立制限するあらゆる契約︑トラスト若しくはその他の形式に上る給介又は共謀は︑すべて違法であ る︒斯る契約を締結し︑又は斯る結合若しくは共謀に関与する者は︑有罪と行似す﹂(お一条)と規定して︑取引の 制限花氏止し︑え﹁州際若しくは対外取引又は商業の何れの部八なたりともこれを独占し加しくは独占すぺく他人と結

介し消しくは共ぷずる者は︑すべて有罪左近倣す﹂(第二条)?と規定して独占を禁止している

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如何が問涯となる︒乙れに関述する規定としては︑同法の条文中唯一ヶ条が見出されるに過

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る︒え為され穴行為や以広がれ川の竹山下でおろか

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や協定が外向で山法かどうかについてれ九るしじとら川いたい

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一つ‑の川北山中はその行為又は協定が合衆国の国内取引又

は対外取引に

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法に迎反する場合は︑その行為は禁止され︑注恒三以者

は︑合衆国に於て訴追されるのであり︑合衆国の裁川所は︑合衆同の市民を支配するに限られ宇︑外岡の国民叉は会

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法に迅反して取引を不合理に制限するならば︑とれとにもその作時内にあるのである︒叉外国政府が承認した事 岐に就い亡件同の個人又は会社が協定を行うと正︑又は外岡政附がその協定に加っているとともシャ1

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対する防御ポ止は次らないのである︒即ち︑外国政府が訴追されたい七一一一りつ単なる事実で他の加入している私人又は団

休が刑官官.任在九川れるものではないのである︒乙の点︑外国の同氏又は会社がその国の政府のエ1ジェシトとして行

(15)

勤している乙とや︑外国政府が当該協定に尖質上経済的な利害関係を有している乙とも又同様とるに足らないとされ ている︒そして乙の基本的な問題は︑同際的取引に閃する協定が︑合衆国の国内取引又は対外取引を不合理に制限す

るかとうかとろ一日うことであって︑治法次川町が何処で生じたか︑それの実施椛関が何処に十代るか︑又は外同の政府行

為をなよーする乙とは︑掛川

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ハ心川法行為から九日米川の対外取引及び同内取引を保泌するん

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の川決でおる(訂 5)n 乙れは政府が︑官︑不協定は反トラスト法に違反するとの理由で︑戎る鉄道に村山止する訴訟を

但し穴事件である口十八鉄道会社が︑協定によクて︑ミズリ1州の附側の金貨物に就て︑貨不在決定する乙とを契約 していた︒地方巡回裁判所に提出された故初の起訴状は組令の解散及び若干の会社が協定を実施するのを制止する命 令左前求した︒この起訴状は巡同裁判所に上って来却されたが︑然しながら批向裁判所に上って取泊された鉄道︒の主 阪に上れば(イ)川際交通法

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﹀♀)は山々籾.に民不在決定する権利を鉄道に与えているから︑

議会は反トヨスト法在鉄ぃ泊に尚一周する立川ルはない︑(ロ)反トフスト訟は取引の合部的た制限には泊用ぜ守︑そして

彼等の仕平協定は取引の合理的な制以を汎内応していると口これに対して︑ベックハム

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として・︑(イ)川際交通法と日トヲスト訟は︑相正に矛川ずることなく︑従ってい以トソスト法は︑恰も川際安通法の

存布しない如く︑役辺に山川する︑(ロ)反トラスト法は取引立制限するあらゆる契約を一一一引い︑従って裁判所は︑同

訟の箱川在︑取引を不法に制限する契約に限定する椛限を有しない︑それには︑合理的であるにせよ将又そうでない にせ上︑取引な制限する凡ての契約が合まれる︑(ハ)それ故に協定は反トラスト法に違反し︑禁止令が泊当であ り︑一明件は巡川裁判所に主反されるべきである旨を述べた︒又同判事は︑その見解の第一項目を柏足して日く︑州際 取引れしくは尚北を制限するあらゆる契約等の作成を禁止する法律は︑若し斯様な契約がその直接的な効果によって 取引及び市栄の制限を芯起

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るならば︑競争関係にある鉄道相互間の︑州際取引商品の運送に対する貨物佐平に関す

海出向引に附する一研究

(16)

経 営 と 経 済

^  四

る契約を包合するものと宕倣される︑・::・川際取引商品の運送に対して競争関係にある鉄道によって行われる賃率に

関する協定を除外すれば︑同訟の効果在一蹴返させるととになるであろう︑我々は︑収京に審議した後同法は鉄道事業 を包含する意思のあったこと志伝宇ると︒克に鉄道は︑シャlマシ法は取引及び商業主不法なる制限及び独占より保 護する法律と称せられているから︑それはコシモシ・ロ

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目︒ロ冨巧)が不法と汗倣した制限︑即ち取引の不

合理な制限のみを立味すると主川町したロとれに川合えてペッ

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ハム日く︑我々は︑名称に使用されている用誌は︑同法

の本文中で不法とされる制限及び独占に関係し︑又それ等を包含する乙とを定図されたと伝やる︒その立・味を政める

為めには︑法令日休に訴えられなければならない︒乙の用語の明白にして普通な立味は︑取引を不法に制限するよう な契約のみに限定三れないで︑その川沼には凡ての契約が合まれており︑そして如何なる例外活しくは制限も︑議会 がん白川にしたものな法作の巾に入れない限り︑附加することは出来ない︒乙れに対して︑議会は州際取引を不法に制 限する防火のみな伏

ぜんと巧︑いんたに相迎ないと具︑認を唱える少数立見もあったが︑給付反トラスト法の鉄道への適 ‑ K

川な主似し︑川訟はん川町的たるとしからざるとを問わ歩︑川際取引を制限する凡ての協定立法止する乙とを支持する 多数品が勝な制したのである

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同様に反トラスト訟と交通市犯との問述を取扱った事例としては一八九八年のロ

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l マシ法に違反すると

主張した︒

これを.要するに︑突通業の中鉄道に関する限り︑反トラスト法適用の例外たり得ないことが︑裁判所の判決によク

て次沼に明確化した

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次には︑本命の当而の研究問題としている海運の事業活動は如何に取扱われているだろうか︑

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乙れに一一世を加えよ

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ミ ωゆ門事件の判決は︑海上運送一般︑しかも外国の海巡業もシャ1マシ反トラスト法に所前取引及

び商業の中に合まれる原則在確立した︒別ち︑たとえ運送行為が︑その一部がん口栄同の作似以外で行われ︑しかも外

国法に従って営業する会社によってこれが行われたとしても︑シャ1マシ法は︑人口栄同に向うえは九日米同からの迎送

行為に迎用されると.一川う︒又

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件に於ても︑山川山が外川で締結され︑又は外国で遂行され︑若しくは外国船を使用して行われると一一 U

う乙とはとるに

足らないと述べている︒則ち反ト‑フスト法の祭止条項は︑外国との取引又は商業を制限する契約に広く適用される︒

乙の協定は︑区抜的に︑実質的に斯る商業に影特を及すものであり︑又乙れが商業主不当に制限する場合には乙の協

定は︑シャ1マシ法の適用範域内に入って来る︒シャ

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マシ法は合衆国の領域内で全部遂行されるような協定のみを

扶止するように狭義に解すべきであると一一一日う議論は正当ではなく︑又広義な解釈が国際的紛糾を招くと一一一一口う議論に対

する理由もない︒斯る協定は︑合衆国の市民が締結した類似の結合と同様の基準で審理三るべきである︒凡ての事件

に於て重要な問題は﹁直按的に︑実質的に合衆同の外国貿易に影間一いを及すように合衆国に於て作用する結合である

か﹂と言う乙とである口乙れがこの判決の要旨である︒

一えに進んで︑如何なる行為が違法行為を仙成するかに就て︑判例に拠クてこれを苅うことにする(討

8 )

光づ積極的に競争を排除する為めの巡託制引はこれ主迅訟としている︒太訓史的会社(の円︒巳

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が︑統治才の統九ずを排除する為め︑的主と契約な結び︑会シ1ズシ在通じて所定沿全部に一 A

る曳船サ1ヴィスを当該

会社のみに限定し︑・児柏会社は則る船主に対し︑如何なる場へ

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パーセントを州引くと共に競争業者の

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卜以下に辺氏主制引くこと在約したのであるが︑斯様な契約は向主主不合問に制限するものであると判 決左下された口巳

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・ 事 件 が こ の 実 例 で あ る ︒ 又闘争船を使用する乙と及び迎送中込を受けた貨物を正当な理由なくして引受けるのを拒否する乙とは違法とさ

れた︒とれと直接関連した事件は︑ロロ一件︒弘一回巳

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事件である白米国の船会社が喝ブラ

ジル航路に配船した降︑往航は貨物があクたが︑復航は空船であクた︒とれは︑ブラジルから合衆国への筏航に於て

海運同盟に関する一研究

(18)

経 営 と 経 済

八 六

外国の船会社が海運同盟を結成し︑米国船を排序したからであった︒そとで合衆国司法省は︑同盟側が︑配給︑航海 日時︑貨物の突換︑貸率に就て協定したとしし︑スペースが余っているのに貨物の引受けを拒絶したとと応就て訴え

た︒又同様な事件として dE

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事件がある︒本件に就ては︑司法行は︑海運同 盟︑協定︑プールの取極め︑配船数︑寄沿地︑航海日時︑貨不の協定︑割反に関する事項は秘符でなく公開すべきも

のである旨を提訴したのである︒期川似た二つの羽件に対して︑地方裁判所は︑申込を受けた貨物を王市の運賃で引叉

けないのは︑正当な理由がない限りいれ止己るべきであること及び闘争胎の使用はその事実が証明されるたらば︑叫んい止

さるべき行の判決を下した

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児 に い 地 竹 一 川 一 一 民 川 口 池 山 川 し し 断 定 さ れ た 日 山 川 一 一 心 二 一 川 件 に 於 て は

︑ 我 判 所 は 運 賃 延 兵 制 に 就 て は 何 ら 会 止 的 判 決 を 下 三 な

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コ日・引件に於ては︑これは治訟であると己れた︒本件は︑同県側が運賃延兵制立

以川して川主に対して限外的の利川

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文明かにおな的に決定したと考えられる特別貸平で運送する為め

に一山必のスペース在残してわく上う次行為︑ばした乙ししに此て川えられたのである︒乙れに就て︑故高裁判所は︑シャ

1 マン日トラスト訟の泣民主的成する工うか︑迎竹川一民川︑川九ド郎︑作川の添立的竹一平で運送する為め︑船舶の一定の

スペースを漆立的に尚保するような行為在行うている紋介の治法行為の此に︑以

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は訴椛を有すると判決左下してい

とれを要するに︑海迩業!沿岸海運のみならや海外海却をも合む!日鉄道会と同様に反トラスト法の適用から漏れ る ︒

ない乙とが明かとなクたのである口

既に見て来た如く︑合衆国の海運は︑市北戦争以後漸次衰退の也勢にあるに反しで︑とれに肢を接するように︑英 同左光珂にし尤世界の主要海運同が米国左中心とする諾航路に進出し︑どれに加えて彼等海運業者が組織する海運問 問 の 一 北 山 口

︑ 人

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来同の定期拍車業の発達を妨害し︑引いてはその海辺の独立を極めて困難ならしめるようた状態に立

到った︒その給川市︑小川辺川間以に対する非加川は︑民間に於てのみならやノ亦政府に於ても︑甚だ敗烈であった︒期る情勢

(19)

の折から︑取引の制限を禁止し︑独占を禁止する反トラスト法の成立を見た口従って︑海運同盟が一般的に同法の規

定に収触すると解釈されるのは︑先に述べた世論の動向から推して︑無理のない所である︒

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1)山古田弘文氏﹁間際的海運事業活動に対する米同注規制とオープン・カシブァレンス.︑システム

市入月号

(河川

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山石田弘文氏前掲論文

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岩 田 弘 文 氏 前 掲 論 文 ( 註 8)岩田弘文氏前掲論文

( ト 一 )

﹁海江﹂昭和二十八

( 日 比 ) 心 川 巡 及 び 漁 業 委 日 会 の 波 町

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1 マン反トフスト法

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一小川辺川助との閃係は前述した如くであるが︑然したがら万事司法機関の法的解釈に依拠

して処川ずる上うた方法は︑惚川川多川仰な海辺諸いれ忽を合理的に且迅速に解決するのには︑適切とは一一一口い難い︒斯して

との山川左紘一的札明怖にする日的を以て︑立法化の措泣が諦ぜられる気速が発生した︒

乙 の

1 時︑沼会に於ける日巾功力の

m L へは︑海運業に発展して来た海運連合及び独占を規制し叉統制せんとする運

ゆ を 判 川 判 じ た

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従米長年月に一止り︑攻る米悶の船会社は︑外国の海運独占は自主的競争を抑圧すると不平を言ってい

た︒日仁乙で市会に於ける故初の運動は外向の海運プールに向けられた︒然し間もたく︑合衆国内の船会社も乙れ等の

プールに加問しているととが判明した︒その結果︑下院は第六十二議会に於て︑シャ

1 マ

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反トラスト法記国内並に

外同の海運プールに適用せしめる上う友海運トラスト法案を通過せしめた︒との実は︑芳し裁判一附が海運連合がシャ

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γ

法に違反する乙とを見出したならば︑当該連合が解散する交で︑尚一一校述合船舶に米関諸港の入出港をふ去止め得

海 運 同 問 に 関 す る 一 研 究

参照

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