經 濟 理 論 の 數 學 的 基
酒 礎
井 彦 四 郎
重文4S'ザ・クウォークサ・ヂア‑ナル,オヴ,イ‑カノ︑︑うス,第六十三懇=九四九年二月'第‑班(THE
QUARTERLYJOURNALOFECONOMICSVolLXIIIFebruary,1949No.1) に出ているラングン'スクー
ル・オヴ・イ‑カノミクス(LONDON ・SCHOOLOFECONOMICS)の7‑ ・ヂ‑=7ィ,Tラン(R・G.D.ALLEN)
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一'一般評論‑敷革の任用
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ヒックスによるものとサミュアルサンによるもの
政宗方法は経済理論の雷にお1t,は相厳守︑且つ役に立つように用いられる事は,も賢少しも慧はないゎ
疑間は・どちらかといえば・数̲雷終局叙述においては斥ぞけ怠るペ・きか・P(隻論においてはその臆につ‑べきか
である.政塾は崖に建築物の建築足場か銅銭製の骨組を形迫るか曾了シ7ル(Marshall)は彼の理論を組要るのに披島ける1つの建築足場として数理的方法1此校的に簡単な
ものトを・潤完︒孟方法は彼が警てしまつ蒜は斥ぞけられた蒜d'.魂聖(principles)等の琴の莞琴
を蒙っている︑と私は増える0即ち,為し我々が夏に多数の数理的論究に今っことが許されたとしたならば'我々誓
り少し′の監な論警総じてもつとしっかりした叙碧見つ‑であ受這れ豊よ.墓漂マ‑シァルと多数の
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四八
同時代の人々は叙︿簡単た数理論で満足したことと経済墜の中に数墜を用いることは共の後規模にないても複雑に沿いても設展したととであるo
数国 一・ が多 数の 理論 家に よっ て耽 扱わ
τ置くとτいる態度は彼等は議論を欠陥のある優にしれ
とと例えば・﹁・:なるととは証明することが出来る﹂のような多数の詩句を残すのでなければ斥ぞけるととが出来ぬとい
うような事でb
る ︒
dしかしながら︑数理的展開を附欽に限定するととは今でも可能である︒完成さ札る建築物は漠然とした言葉で叙述す
るととが出来τ︑組立ての明細が示されねばならぬ時は
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ijlその時は特殊事項の附徐に付託させるととが出来る︒これはヂェイ︑ア 1建築物が銅銭製の骨組を持つととを知ることが重要注時は
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8品︒呂町己)の中に探用された方法である︒それは重要な改訂と?﹀附加とを入れた第二版と
なって現われている︒それは︑総かに︑ヒヴクスのような一人の名技エの手になる一つの本笠を達した方法である︒
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今一つの可能性は敏感の本文中えの編入であって︑乙の方法はピ1
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って︑彼の近頃出版された﹁経消分析の基礎﹂ヘ2 t vス
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の中に趨切に説明されている︒此
所には住築物は土台から︑順序を逐︐って︑築き上げられる︒ビルディング︿
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悶)の鋼鍛裂の骨組の中に︑設も困難E
な敏感が早く来る時は川それこそそうあるべき設なのである︒骨組が謹きるまでは賞讃されるような文飾が共底にはな
い︒サミュアルサンの書物はヒックスのよりも世間一般の希求がより少いかも知れぬが︑しかしそれはそれにも拘わらやJ非常に軍要である︒名前に相臨しい経済思論家は皆それを段密に吟味す沼ための反面白な努力をするであろう︒︑tザ7ドハ2
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︑一 九四 七年
﹀ ヒヅ クス とサ ミュ アル サン のこ
G二世の書物は同一主題.即ち経済理論の基礎を多笠に持っている︒北パ等は多量K
同 一
原理に従っている︑その原埋は私は確かに間違いのないものと考える︒共等は同時に︑特に彼等各自の論文の歴史的登
展に徴して研究されねばならぬ︒一九三七年又は一九三八年以来︑各著者は彼の理論を再び形遊りそれを流暢にしてい
るl
投前はかなり民汎な形体をとっていたがl
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そうして各人は今一人の著作によってハあいにく︑地理墜的意味で
経 管 と 伽 臨 済
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はむしろ遠く離れて影響さ札たけ札ども﹀感必された︒今や彼等は要件に鳴しては意見が一致してしまった︒将来の設
展は︑ヒヅクスの又はサミスアルサンのではな︿て二つの叙越の折合った結合から設するであろう︑と私は考える︒経済
珂長一削に語ける研究科の品川伍や専攻科目は来るべき何年間かはこの裂は以に閲係させられるであろう︒
しかしながら︑ヒぷ'スとサミュアルサンは彼等の毒物主主口くととでは兵った目的を考えていた︒ヒサクスは一つの完
全な理論ではないにして・も︑少てともある特別な近似紋の十分な設以を仕浴げ上うと試みる︒彼はよし彼の結論の若干
が他物そうして多分よりよいか法によって法せられたとしても気がかりではない︒サミLアルサンの目的は数皐的原則
の基礎をなしている作泊の⁝品物を示すことによって経済理論の段々の介貯を統一することである︒彼は如何にLて結論
が迷せられるか︑何に汁して正常であり又何が種々の理論に私ゆいて設っているかに長も関心をもっている︒
サミュアルサンは決算の即ちな味深長な結論︑即ち︑少くとも政組的保件で︑経験的資料によって確認されたか反証
された結論に注立を集中する︒彼の主要統一原理はこのような給沿は︑均仰の方程式
( 2 5 Z
o とからでなくて︑一つ
の位大(械小﹀貼を川附託するか又は安定のために要求される不等式(山口2
ロ込 町一 何回
﹀か ら演 料さ れる べき であ ると いう 事
である︒彼が免すもう一つの肋は︑多時党数に長ける同時の鑓化を取扱うことはぺ疋しくてこに沿ける如︿容易であ
り︑又時としては一庇容易であるという主である︒ワルラス(巧丸岡ねるとパレl
トハ
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﹀の功一肢は多竣数の均衡の
資質上の簡単を示すととであヴた︒サミュブルサンの教事的技術はワルラスの及びバレートの以上であって多縫数竣化
又は 変換
︑ヒ ヴク スの ハ
3)比較的阜の非政迎的叙越中に多少失われている或る物︑を容易に取扱っている︒第三黙は結果
は有限謎化と不連続函数一流の文何で︑そうして微分又は連続形式でばかりでなく︑件られ︑度々容易に得られるとい
うととである︒如何にも︑もし結論が経験的資料に趨う舎ならば︑とれは椛んど水質的である︒
ハ3)ヒッグスの叙越は構成分の慣絡が比例して強化するといふ限定の上に組合せ財の概念に用いる事にrって可能ならしめる︒
次には︑ピックスのように︑サミュアルサンは比較静墜︑即ち︑例えば︑もし需要が上の方へ時やるたら︑炉︑格は増ず
か?のような問題に封する併合に多く関係している︒更に1
彼は それ にづ いて は余 カ一 一一 日わ れて い友 い一 つの 分野
︑即 ち比
較動態に恐らく詮せられるであろうそれの大要へ行く︒我々が自然に静早から比較静些へ議民しそしてその時多少比絞
経蹄理的の敬啓的基礎
四 九
m m 管と・笹沼
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O 五
的佼れご岳民に迫った動問?と呼ばれるいくらか兵ったものの中へ準︿と左が屡々考えられる︒サミュアルサシは静思?と
勤昭一ほ経済体系の定式化に師すると力沿する︒一史に︑時を合むすべての定式化は勤墜的ではない︑一つの静撃的体系は
容易に長期又は歴史明援助を包含するととが川米る︒結局︑mm?と勤墜とは全然別強の分析の分校として引渡いである
事は出来ない︑とサミュアルサンは主必ずるP比一収mmは一つからもう一つへの推移の道に閲せ歩一つの均衡叶却をもう
一つのものとの比一以として氾泌するととが川市水る︒これは一少しも動態的定式化を包含するようには思えぬ︒しかしサミ
ュアルザンは比校対川県に沿けるな味深
. h K な給九州は均仰引の安定保件から出るととを示す︒そしてとれらは如何なる事情
に上って均約からの一段位が均術への一佼附(恐らくは派動的)にようて辿らされるであろうかを示す一つの動接的模
型か
らの
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・サミュアルサンの川物の全︐初を取扱うととはどの一汁論雑誌でもちょいと可能ではない︒左の諸節に沿いて︑私は私に
偶然に興味を持たせるある根本問題に集中する︒私はとの書物を経済鶴一a者に封レかかる本質的な讃物にさせることは彼
の松山比一巾ぬ凡よりもむしろサミュアルサンの数限的取扱であるととを加えたい︒過去幾年も経済撃者を苦しめた多数
の⁝引柄はサミュアルサンの荒しつつある分析に長いては非常に簡単に現われる︒彼は異に見営泣いハ
4)
であるものを逐梯
うととには全く容赦がない︒
ハ4﹀ここはかなりの(比較的に取るに足らぬU帯情在記入する場所かも知れぬ︒サミュアルサシは彼の書物た編纂する事や校正
ずる事には明らかに敏密ではなかった︒数多くの設加や不岡した誤Dがある︒あるものは全く惑わされる蕗のものでおU
︑叉
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後見出しの方法も不十分である︒彼は時には彼の言葉の用い方の中に判然ならざる所があり︑又彼は例えば
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二瓦)のような奇怪な調製物た我々に使わずにおいて十分よかった︒彼は必ずしも敢阜の方面に巧みではなくて虻路取らずの傾
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︒怨 問問 者に 沼合 した マト リヴ クス 代敢 に関
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︒ 二
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サミーアルサンの者作の枇丸決定的な部分は究用と生産に閲するものと泊先許需要の理論に閲するものιである︒ととに沿いて彼は現必の川AV一統一し︑川平純にし︑系統を立てる彼の沈みに判ぬいて疑なき成功をじている︒過去の経済墜
者の精一柳を似かせた多くの州日比てと問念とは︑或は叙述の目的のためか一除いては︑大した事でないととが一不されるo一弐奔共生山両放︑泊代行余剰︑及び﹁貨幣ハ三日︒号︑.)の限界放川一定の似定は一野注意する阿川︑依のある偶然の一部
分に過ぎない︒戎る人はそれらを総生せしめることを笠むかも知れぬが︑非常に効力の強い回復力あるものが必要とさ
れるであろう︒サミュアルサン彼自身はそれらには殆ん芝府がない︒彼は泊究者の選好尺度に関する.﹁積分可能性﹂
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﹀傑件についてのみ多少何出向までも不確かである︒そしてそれはと経済望者としては)彼は除去する
ととを好んだであろうが(一数墜者としては﹀伎は全く不問に付するととは出来ない︒
‑/サミュアルサンーは彼の生産の理論︒取扱いにないてヒヴクスとな凡を共にするo伎はそれを泊費者需要の理論の1前に
取扱い︑後には取扱わない︒彼は一つの順序を逐うての分析でそれを夫わしている︑そしてそれはヒックスのより一般
的ではあるが上り形式的な方法と封照をたしているoたとい︑例人として︑私はどちら加といえばサミュアルサンのを取るとはいえ.用者の取扱・いの余地がある︒彼の分析は終的問中北を苦しませそして激烈な論議の題材であった事柄を一居
了解を幼からしめる︒﹁純粋な﹂(ご吉吋伶こ)競争の合まれているな味.﹁合計すること﹂勺よ注一お毛=﹀の問題及び生産
同教に烏ける一小山也統性︑の問題が宣例である︒サミュアルサンは企治は唯一つの生産物をもっと仮定する︑彼は結合生産
の場合への明白な服従を指摘したのもムんもである︒
分析に沿ける階段は︑
mw m(
えられた生産高守口神宮
3 9
に封し費用を極小にする収交宝(宮古"との結合(企業へ血(
えられた債格で)︑間企業に封ずる純牧入ぞ極大にする生産高の選盤︑及びゆ一企業の共他︒産業への外‑部関係︑
鰹潜理論の数堕的基礎
五
経 営 と 経 済
五
である︒初めの二つは混浴させられるが︑第三は臭った問題を持ち主げ分別されねばならぬ︒
仰に封して一つの資例として︑私はま宇必宇しも正しく汗債されない一つの数墜的論黙を立証したい︒唯一つの拘
束保件付の極大(極小﹀の問題は常に同一一結果を持ち合わせの二つの方法で提出される︒一般の規則として︑一つの函
数の極大︿極小)は一つの第二の凶肢の不犯の保刊付で捜し求められる︒これは第一の一つの一定値の保件付で第二の
函致︒極小︿極大﹀を拠える⁝引に従えることが川来る︒例えば︑
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を白川一附放とする︑似しすべての︒は収交笠とする︒右に提出されたように︑
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を似小にすることによって得られる︑但し﹄は一つのラグラ1ンジ
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化は一つの胤(えられたミに封じてRを極中ヘにするととである︒(奥えられた費用に沿ける桜中への生産高︒)とこでは我々はh守
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そしてとれは誌とすべての︒はい℃︿及び牧交霊償給﹀の的数として興える︒結川取は故一一仰と同一である︑・それはなH
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の一つの函数としての討をミの一つの函数としての可の市へ投位して得られる︒
.仰と仰とを綜合した階段にもがいて︑一つの漣続的な生産的数に討して︑符られる少数の意味深長な結果の一つは
山 村 会 但 し
Sは収支笠
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同倒
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企誌の一つの牧交霊の使用はその牧一笠旦の債格が増す(他の牧交差低格O
は一定﹀につれて減守る︒とれが述続の均合である︒しかしもしある不連続性が仮定されるならぽ︑企業の経替の分析
にないて︑又は解俸にないて殆んさ悶燥が後見されない︒その時は有限会が引分又は偏微分係数に代り︑そして意味深
長な結果は
Nb sb sm o
として現われる︒もしすべての牧交泣悦怖が向まるか不援のままであるな
SWC)
なら
ば︑その時は使用される矧はずぺては琳加するととは出来ぬ︒との矧の保件の持つ一つの因婚は等読を溶すととか保持
するととかについては郁かである乙とである︒(サミュアルサンはとの淵に別して必宇しも批判しないでもない︒)とと
では等放が必須である︒我々は使川される一つの牧交霊の抑制はもしその似怖が上るハ他の促格は不縫を保つものとし
て)たちば減宇るであろうとは完全には一一一日うことが出来泣い︒不法統の均介には︑一つの牧交回一旦の使用にたける如何な
る楚化もその.仇俗に必ける的立を随う一事には常にあてがある︒
サミュアルサンは外力が企業の上に加えられる時に一弐奔共生氏同放とめ附伐の分析に封ずる特別な関係について︑
﹁合計すること﹂の問題について一一一口う事に多量に頭のよさをもっ︒多くの総山県有は一失斉次生産函敢によって︑﹁純粋
な﹂競争の下に極小m叫に史別の達成によって及び純牧入(又は利川﹀.本をもっ生産物の完全写分配によって魅惑さ
れるように忠わ.れる︒とこに全くの混乱がある︒光︑ポノ北パの一っか一弘げる伝ら︑一つのC型車位費用曲線(即ち有く
も一つの極小を有する一つの曲線)はそれに封しては阜位及び限界的以川が共に一定である一つの一失費共生産函教とは
府立しない︒サミュアルサンはこの混乱を如何なるものも一つの剰余と洩らないものをもっ﹁限界生産力があるとと﹂
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O含2玄"との詩で湾事を説明する欲求に邸ずる︒一史に︑我々が完全な分配を欲するとしたところで︑そ
れをすべての牧受金にたいて(一共部門次生産函数を川いてのように)求める必要はない︑一つの生産高に沿いて︿単位
究川が一つの秘小である庭の)それを得るに足る︒
第一の総九州は一つの一次済次生産函数の仮定は一般的の意味の外致問一白な意味での﹁特呉な﹂(=ωEmzztJである
.非常に特殊な場合としてを除いては︑棄てらるべきであるというととである︒もし我々がすべての凶子の使用を二倍に
する時何故生産高を二倍にしないかのある説明が要ると我々が感守るならば我々は生一段踊数の中に︑すべての﹁因子﹂
勺長
201Jではなくて︑可測の経済財と用役とに限定された﹁牧受量﹂︿=宮古z.Jのみを含むととは我々は恐らくサ
鰹酒理論の数倍的基礎
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アルサンに同意するであろう︒又は我々は企哉は﹁生丙尺皮を限定し︑且つそれへ余剰が
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﹀総牧盆として負わすと
とが出来る或る定まった生底的機合を有する﹂
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とのヒヴクスの加限定を恐らく引用するであろ
う︒又は我々は恐らくテヱイムパリン(の
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︑ 初 め は よ り 大 な る 牧 受 量 全 体
︑ 増 加 し た 専 門 化 及 び 工
業総済問一か支配するかも知れぬのに︑ね川彼等はハ6﹀川叫んの的支持(川による差引勘定以よであ︐ろうととを主張するであ
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Qしかしながら︑叙越中た除き︑彼は他の人々と意見が合わぬかどうか︒彼等の中で誰か以下に民
泊するであらうか?
金哉の担論は︑もしそれがその構成の中で作るならいくらの調整でも︑同位保持且つ決定資料の車位た持霞する︑一つの賀体た
収扱う︒生産国政はこの宜体に抑制し定義が下され︑且つ自体特有である︒量的思位で刈られるすべての因子は函数中に時理教とし
て現われる︒ハもし一つの﹁因子﹂がそのように可叫でないならば︑どうしてその使用が倍加されることが出来るか?﹀企業が確
定したる悶子の飽敏から倍られる極大生産高也︑即ち企業が一つの同位保持車位として注成することの出来る悶子の最良結合た
その間以は表わす︒回数の取は企業の同位保持力たそれ日身の環境の中に加える︑即もそれは形式上企業が成就た隠し得ること
た示す︒同位の模様はすべては函数の形の中に現われない︒あるものは︑可測因子ハ例えばパシチ在入れたカード設備の如き)とし
て表わされる︒しかし図敏の穆で一訴し得るに過ぎないもの
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れた践余又は余剰として︑企業が獲得することの出来る純収入は因子供給の及び生産に到する需要の限件と共に生産函数で表わ
された形式上の係件次第に依る屯のであ石04一つの企業の純収4へは今一つのものと戒はちがうかも知れぬ︒何故ならそれは呉つ
允供給出嬰慌件に出逢うばかりでなくその生産函数が具なるからである︒ζこで指摘されるように︑極大純牧ーへの決定はこつの
階段で一万すことが山来る︒第一はどんな生霊尺度に関Lてもその中で因子が結合される割合在定める︒第二は生産尺度た決定す
る︒チエイムパリシの分析は今や向い地位につく︒そじて少しの諮に於ても一つの特異な場合としてら除き︑一次賢次生産函数
の限定在余儀なくされる取ら状々れ凶じないのである︒︹
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生産 一関 数は 斉次 でな
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︑川 市伏 先川 内総 は上 く知 られ てい る
d型をとる事が出来る︒﹁純粋な﹂競争の下では生
産物の侭俗は企治へ川(えられろから︑結合したる仰と
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の階段に封しては均衡は限界費用を債格に等しいようにす
る生産高で生十る︒これは偶然にを除いては位小単位変則の黙でではない︑そして企業の利潤を作る︒(利潤は損失の
とともあろうしかしその時は令市は初川阪会する
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一般の呉論はとれは﹁純粋な﹂競争と矛盾するというととである︒
とこでの﹁純粋な﹂競乍の間企は小川に川いられた(生産物の及び牧受量の債格が企業へ興えちれる庭の)ものよりも明
らかにより民汎である︒少し将しいものが加えられた︑それは全く呉った性質の何か︑即ち単位費用が極小であるとと
を包含する企業の利仰が
9と︑論貼を混乱させるととにのみ役依件と見倣さる〆べきであるかは必宇しも明純ではない︒しかし︑たれは芝ちらな・ . 3 であるという保件が新しく加えられた︒とれらのこつのどちら︑零利潤か極小早位費用かが
立つ一つの不適蛍な
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加物
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﹁純
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﹀競宇は正確に持込まれた︿=
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認めて差支えない︑何故ならば﹁完全な﹂ハ・
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ぺぷ競容の概おは余りに泣く標的た泊して鑓U易くなってしまったからであ
る︒それは其の後同一宿命在受けるよろに向って行ってしまった︒
﹁純粋な﹂統一ザ(前記の意味に沿ける)下の又は他の依件下の企哉の均仰を得てから.我々は買際に全く呉った分析︑
即ち
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附段のそれへ逃むととが出来る︒ととには我々はどんな工業にないても如何にして利潤の標準が決定されるか
を明らかにしようと好める︒特に︑我々は外部の企業からのあり符べき競争の﹁自由な入場﹂(=昨号g耳 ︑
Jに依るあ
る保件を立てることが川来る︒録件は限界企業に封する純牧入は零で︑従ってとの企業の生産高は極小単位費用でであ
ることを包合!!とれは必要ではないがーーしても宜しい︒しかしながら︑τ三アールサンが指摘するように利潤を
需に 迫い つめ 'る
﹁競 争的
﹂ (5 0B
宮江号
0.
J力があるととは質生活に沿いては少しも経験的証践がない︒しかし﹁・自由な
経済担拾の致躍的基路
五五
m m 併 と 即 位 沼
五六
入場﹂の傑作が仰い川以支る方法が多くある︒北等は生丸山物及び牧受同互の促格が決定される市場均何の上り炭汎な分析では
附加することが出来るか︑さもなくば淡却さ札るべき貼を残すととが出来る︒
一ニ︑消技者需廷に就いてのヒヅグ久とすミュア
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治究者の需要の瑚論に沿いτ
︑川
ハえ
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た川
内川
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で市場について3財を買い得る典えられた所得円ぞ
有する唯一人の泊代将があるo
むや
︑北 々は 川北 川口 の一 川. 山. 裂が 唯一 通り に決 定さ れる とい う一 果︑ 即ち 彼の 時入 室主
︑
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も=の一川.向政であるという川がいえるという一品をいって見度い︒更に︑需要は所得及びすべて
の悦怖が比例したぽ化に刈し一小ぼであるべきである︒即ち︑需要函数は零失の済弐である︒次に︑比較諮問一ゐ一問題と
して︑ぬ々は所仰と似品とが従化するにつれ如何に
m w 裂が汲化するかを迫跡したいと思う︒特にけこれらの鑓化につい
ての一般の制限︑即ち(完全に)経験的資料から服かめられるか反駁する事の出来た制限を求める︒
決々は政州の机立て︑又は一揃の似泌があるととを後期しなりればならぬ︑それらは同極の現象を﹁説明する﹂
( 亡 命 日 匂E F
‑ ‑ )
のに伐立つ︒その時我々の選叔は設も間収た模型に差し向けられねばならぬ︒経済墜者として︑我々は経問的れ山的市伐の一つの説明に封しては必嬰とされたい絞殺を持ち込もうとは笠まない︒特に︑例えば︑心理問γ
者に
日訴
えても立しい泊先将の行動の容貌には我々は何らの也肢の閲心を持たない︒
泊代朽のほ.裂の一つの説明は︑どんな興えられた所作とa似絡に封してでも︑選好尺皮のよの極大水準に沿いて唯]組
の川入円ーがある︑ととを保証する特性を有する一つの岡山げを示す選好の場の仮定に基礎が沿かれている︒ヒックスは如
何に巧みにとれが解く一与が出来るかを示した︒一つの順序を示す効用函数に閲して不犯な︑均仰を決定し如何にして必
要と され る形 の一 布市 首一 的数 が現 われ るか を一 不す
︑或 る方 程式 会会 主0 5 )
がある︒その順序を一不す効用函裁に関して再び
不設な︑一つの極小よりもむしろ一つの極文を保証する︑或る不等式・公宮全長号とがある︒とれらは所得及び債格が
縫化する時ぽ要尚放の縫化についての制限に換言することが問来る︒生産の迎論に訟ける如ぐ︑とれらの傑件は問題の
玖れか一・小心の定式化から得られる︑即ち依絡は各の場合に沿いて興えられたものとして︑治時礼者は一つの興えられた所
川げに到し効川を械一文化ずるか問えられた効川水準に封し支出を極小化ずるかである︒我々は設明の便宜に従って定式化
を選定する事が出来る︒
ヒヅクスは彼の瑚命令‑民川すり心のに︑小川は沿海副数についての制限を件るのにすべての彼の不等式を川いる一引が出来
なかった事買で狼狽した︒ヒヅクスが(8﹀
M m しいとにらみ出した一mずだが︑今やサミュアルサンはきっちりと一つの不等式が
あり︑そうして非市に凶収なもので︑それから我々は需要之のすべての制限を得るととが出来ることを示した︒との不
等式はM
川市 ヤ指 数託 行の 万法 で川 川八 川の 日々 の純 での 購入 量の
﹁反 封の
﹂
(Z QO
ω∞ご)汗間以弐第で決まる︒震に︑との不等式
は
而婆函放の分析に汁してのみなら子︑向指数理論及び共の他のハ9﹀目的の岱にも基礎として役立つ︒. m
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前掲
引用
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我均は泊究諸に就いて︑添数︒と同とで表わされるこつの均衡貼を比較する︒司輔財︐に就いての総和をし吋と書く
時︑我々はた宇肢初の侃格での第二貼の脱入笠の費用を第一貼の購入査の資際の費用と比較する︑即ち︑我々は旬︑口告
を︑
旬︑
D S
と比較する︒もし旬︑
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とせば︑その場合には兆時処に立つ所得(し町︑
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を用いて第一の黙で量
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が昨入ずる事が出来たのだが︑然るに宍際は八
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との問の比較である︒ととで︑もしMPS川
NP S
とせば︑その時は泊費者は量Sよりも萱3を選ぶ︒首尾
一対せる治免許行動に閲しては︑もし最初の不等式が川町℃山快まるとせば︑第二は効用を槍持出来ない︑且つ逆も成立す
る︒ 此に
︑旬 D ︑ S 川 V N V Q E は ︑ M P U 5 V N p u q H を一 階々 裡に 意味 する
︒と れを 有限 差の 形に 換一 一目 すれ ば
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ならば︑その時は
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・ ( 同 )
とな る︒ 但し
︑ト ゼ‑ E
は一貼からも一つの貼への謎化である︒仰はサミュアルサンが担論の基礎である専を示す不等式
傑件である︒
斯 く て 向 へ通 じて いる 日以 後の 段は
︑
サミュアルサンが
﹁間
開示
され
た選
好﹂
(Z吋ぬぐ
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同誌
な﹃
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﹀と呼ぶものを
程調理論の敢態的基礎
五七