商業政
策の 基礎(一)
輸出成長率を決定する最も重要な原理
−ハロッド動学︑特に﹁貿易差額﹂の問題に関する方法︵論︶的註解−
川 田 俊 昭
﹁
﹃ 商 業 政 策
﹄ の 扱 い 方 は 様 々 で
︵ 今 日 に し て 倫
︶ 一 定 の シ ス テ ム あ る 訳 で は な い
︑
︑
︒
﹂ し か し 体 系 的 な も の と し て 大 体 三 つ の 敢 抜 い 方
− 三 つ の 方 法 が あ る と 考 え ら れ る
︒ ( 1 )
﹁ 先 づ 商 業 の 本 質 を 論 じ
︑ 次 に 対 内 及 び 対 外 商 業 政 策 に 分 説 す る 方 法
﹂
− で あ る
︒ そ の 典 型 的 な の が J . G r u n z e l : S y s t e m d e r H a n d e l s p o l i t i k , 1 9 0 1 で あ る
︒ ( 2 )
﹁
﹃ 商 業 政 策
﹄ と 言 う 表 際 の 下 に 専 ら 対 外 商 業 政 策
︵ 貿 易 政 策
‑
‑
−
﹁ 商 業 政 策
﹂ 固 有 の 領 域 た る
︶ の み を 敢 扱 い
︑ 対 内 商 業 政 策 に は 全 然 触 れ ぬ 方 法
﹂
− で あ る
︒ G . M . F i s k
− G r u n z e l
︐ 乃 至 R . v . d . B o r g h t
︵ H a n d e l u n d H a n d e l s p o l i t i k , 1 9 0 0
︶ に 倣 い 乍 ら も
︑ 彼 独 自 の 体 系 を 創 っ た
‑
‑ の I n t e r n a t i o n a l C o m m e r c i a l P o l i c i e s , 1 9 0 7 に よ っ て 代 表 さ れ る も の が そ れ で あ る
︒ ( 3 )
﹁
﹃ 国 際 貿 易
﹄ と 言 う 表 題 の 下 に 二 部 正 分 ち
︑ 第 一 に
﹃ 対 外 商 業 政 策
﹄ を 説 き
︑ 夢 二 に
﹃ 国 際 貿 易 の 理 論
﹄ を 扱 う
︵ 逆 も 可
︶ 方 法
﹂
−
− で あ る
︒ G
. H a b e r l e r : D e r i n t e r n a t i o n a l e H a n d e l , 1 9 3 3 副 題 T h e o r i e d e r W e l t w i r t s c h a f t l i c h e n Z u s a m m e n h a n g e s o w i e D a r s t e n u n g u n d A n a l y s e d e r A u s s e n h a n d e l s p o l i t i k 英 訳 副 題 w i t h i t s a p p l i c a t i o n t o C o m m e r c i a l P o l i c y
︶ が そ 輸 出 成 長 率 を 決 定 す る 最 も 重 要 な 原 理 一 四 一
経 蛍 と 経 済
のよき一例である︒
貿易︑国際経済に関わる英米流の今目的文献に等しく︑本稿の立場も第三のそれである︒それは前二者に比しより新しい︑より
効呆的な方法ということが出来る︒即ち貿易理論乃至国際経済学(実証的研究を含む)の中心テ
1
マをそのまま商業政策の基礎︑商業政策の場のための主たる﹁原理﹂として利用し得る第三の方法の場合︑﹁貿易差額﹂等の問題を中心とする種々の経済的効果
も当然客観的に考瞳勘案し得ることとなり︑従って叉﹁関税︑数量制限などの商業政策の効果の吟味にも容易に応用出来る﹂優越
を保持し得るからである︒
従来︑商業政策といえば︑関税︑輸入制限等:::極めて狭い︑しかもその単なる技術論に終始し勝ちであった好ま
L
からざる諸事情も当然是正されること
L
なろう︒将来ある商業政策論i
というものが今日もしあるとすれば︑それはまさに斯様な方法i
貿易原理と表裏一体化した
l
に基づくものである︒││例えば同・開・冨g
色合
目同
巾叶
FOO
門司
O
問問ロ
芯円
E Z
︒ s ‑
n 一 開
o
ロ0 5
宮 司
0 2
・
3
︿
o‑‑
A
220
・叶宮回巳片 岡
M ミ
B O E Y
邑 2
・しかもそれが依然第一︑第二の方法の系譜に連なるものである乙とは君過さるべき四
でな
い︒
R
‑ F
・ハロッドによれば︑
( 註
4l)
﹁ 輸 出 の 成 長 に 関 す る 公 式
﹂ は 次 の 様 に 表 示 さ れ て い る
D
点 は 輸 出 成 長 率
︑
E
は同上の価値︑ρ
は国内市場向産出高の成長率︑
H
は 向 上 の 価 値
︑ ん は 国 内 市 場 向 産 出 高 の 適 正 成 長 率
︑ そ う す る
の
と開
1
t%:1+1 1+
日
F
国I~
.
わ
1 1
の
わ
1 1
C r
,
従って
b V
F のならば聞の﹀の
次
l
乙︒ の 司 ト 入
μ
耳 ( 註
2 )
ー ー ー
rい
il
l‑
ゎ ︑
H
のさわw H h
開 + 回 目︑
故に戸川(適正成長率)はぶより小さく戸川より大きい︒
﹁これらの条件において輸入性向が一定ならば
(4
ヱ 吾 吾
O 匂
g u g
巴qgE6
︒ ュ
g ロ
ω 丘
ロ 同 ) b
︹貿易差額即ち
( 註
3
)
輸出超過︺は時の経過とともに(吾
g g m v Z B O )
増大するであろうよ
ζれ か ら し て ぷ が 大 な ら ば 大 な る 程 丸 は
従 っ
て ぬ
の
V F
の 同
色 な
ら ば
h v V の
さ 又
は
F の
さ ﹀
の さ
相対的に大きい乙とを可能とせられる︒従って﹁丸がら(自然成長率)を超える傾向があり︑その結果として不況
への慢性的傾向のある固においては︑ b の値が正であれば有利であろう︒乙の乙とは明らかにらの値を減少させ︑
それとらとの関係を前よりも改善させる様な傾向がある︒:・:::或る国において︑さらに成長するための潜在的能
( 註
4
)
力に比較して貯蓄が多過ぎるとすれば︑その国は海外に投資する機会を得ることによって救われるであろう︒﹂
それでは斯かる重要な効果をもっぷ即ち﹁輸出成長率を決定するもの﹂は何であるか︒こ︑でハロッドは﹁三つ
( 註
5 )
の支配的な原理﹂を挙げている︒
然して︑これら三つの条件が等しく意味するところは︑結局上述の展開に従って︑・点の戸川又はゐとの北離の
z n
︐
問題に他ならない︒只その場合の手離の仕方乃至条件の相違が問題となっているわけである︒しかし﹁これらの原理
( 註
6
)
の中で最も重要(︒同吾
2 0
自己
n v
吾 O
B ︒ 2EG
︒ ユ
ω 三)なものは全体としての外国経済の成長率であるよ
そして又本稿で専ら問題にしようとするのも実にこの第一の原理に関している︒第二︑第三の原理が従来の比較生
7
( 註)
産費の原理ーーーハロッドにおいては主として﹁国際経済学﹂において取扱われた古い原理乃至﹁静的分析﹂であるに
対し︑第一の原理が庁所得成長率比較の原理 d ともいうべくその視野の新しさを有すると共に︑﹁動態経済学への途﹂
輸 出
成 長
率 を
決 定
す る
最 も
重 要
な 原
理
一四
三
経 営 と 経 済
一四
四 に お け る 貿 易 論 或 は 貿 易 政 策 上 極 め て 重 要 な 中 枢 的 役 割 を 務 め て い る と 考 え ら れ る か ら で あ る
︒
( 註
1
)
出向
円︒
守︑
H︐ ︒
4 Z E m ω U
ミ
u EER
開円
︒ロ
B
︒r r
a お
‑ F 2 Z R K
ア(
三︑
2 0
R F
明 ︒m
ロ切と
山口
2
・ 司・ 一
o m ‑ ‑
吋・訳一四三頁︒
( 註
2
)
ハロッドの式では二つの式における各左項の分子が+でなく乗式で一訳されている︒藤井茂﹁国際経済不均衡の視点﹂国民
経済雑誌第八六巻第四号︒北川一雄﹁経済発展と外国貿易﹂昭和二入年四
O
九頁
参照
︒
( 註
3
)
国 ω円 円
︒ 仏口 伊
豆 内田
JPS
ア訳
一四
一一
一頁
︒備
J円 ︒
4 3
目・の訳本(高橋長太郎︑鈴木諒一訳)は
E
a d g u g
丘一司
同
0 5
H E z ‑
を﹁
‑
輸出性向﹂と誤訳(?)している︒﹁輸入性向﹂が問書第四講同に占める役割を
4 4
慮する時例え一字と雛もこの誤りは軍大で
ある
︒
( 註
4
)
出 ω同 円
︒ 品川
F E
‑ ‑ P A o m
‑ ‑ m
訳一四二頁︒
bを貿易差額の所得に占める割合とすると
ののHH咽
l F
叉は
の弓
口︑
H切
lF(H
の﹃
酬の
可)
となる︒何れの場合にも正の貿易差額bはそれ自体独立した資本需要の増大
1 1
対外授資を示す︒﹁それはその国自体の
立場から言つての乙とである︒が︑国際政策においてはわれわれは他の国の立場からも事態を眺めねばなるまい︒﹂
( 註
5
)
同 町 円 ︒
円 四 日
F E
‑ ‑ M M
・‑
o∞
18
・訳一四五i
入頁
︒
( 註
6
)
国民
叫
O
仏h F E ‑
‑
一
司 ・
4{︺
∞・
訳一
四五
頁︒
( 註
7
)
国
ω
円円︒
仏日
目ロ
件︒
g
円t o g ‑
明︒
︒ロ
︒自
芯
PS
ωω
・ 岡 山
04
宮内
田自
門戸
刻︒
z y s s
・藤井訳﹁国際経済学﹂︒
句 ︒ ロ ロ
円 山
ω
件 ︒ ュE m ?
志向
・︑
2 0
0 己
ZF
48
ω
等には備本稿では国民同
O T
﹀円
︒︑
5 8
ロ国釦
門倉
E
ヲロ22
明 白 弓
Y S Aア
故意に触れなかった︒
第一の原理によれば││﹁全体としての外国経済の成長率::・::もし
ζの成長率が国内経済の成長率を超えれば︑
他の事情にして等しい限り︑貿易差額の超過は増大するであろう︒とれは貿易差額を好転させるための︑最も容易に
して自然な仕方であるこ
J z z z
︒ 片
岡 同
0 4 2 E
え 吾
ゆ 向
︒ 円
︒ 仲
間 ロ
2 ︒ g
自 可
ω ω ω
老 町
︒ ‑ O i
‑ ‑ ‑
ロ s
‑ ω 2 2
ω 0 仏
吾 ︒
ggo 同
m g
d ユ
﹃ え
O 吾
品 ︒ g
g z
︒ ︒
︒ ︒
ロ ︒
B M ご
5
・ ︒ 2
52
吾 Z
m ω v o E m o A C ω f
( 註 1 )
2 吉 ︒
2 0
・ ↓
F Z U P O B 0 2 2 ω
可 ω ロ
円 四
ロ 巳
ロ g
‑
当
ω
可 向
︒ 円
伊 丹
Z E 2 S E ‑
‑ ‑
神 宮 ︒
σ 巳 ω ロ
の 角
川 ︒
間 同
g p w d i ‑
ハロッド自身はとの﹁仕方﹂そのものについて別に詳しい説明を行っていない
Dしかし要するにこれは次の様に││
些か便宜的に説明され得ょう︒
先づハロッドがと訟で用いている ω ﹁外国経済の成長率﹂と ω ﹁国内経済の成長率﹂とを概念上区別すると次の如
く な
る ︒
︑ ︑ . ︐ ︐
T且︐ ︐ 屯 ︑
園内経済の成長率
国内経済の成長率とは︑世界諸国の各国内における国内市場の成長率である︒ 一体輸入の変化は︑貯蓄又は消費等
と 同
じ く
︑
その一般的性格としてその国の所得の大ききに依存している︒(所得効果)前者は後者について略一定で
ある︒従って斯様な輸入(輸入性向)が所得構成の一要素として加わっているならば︑
F の従って向︒ v ︑の(輸入成長率)が貿易差額(正)の傾向値又は増加率となる︒││それ故か冶る説明は単に国 一平離としての司の﹀の乃至
内における所得成長率のみならず︑輸入の成長を同時に把握している︒
( 2 )
外国経済の成長率
輸 出
成 長
率 を
決 定
す る
最 も
重 要
な 原
理
一四
五
経 嘗 と 経 済
一四
六
次に外国経済の成長率とは︑それが前述の如き国内経済の対外的関聯の一ったる輸入の成長に直接関係する
ζと に
よって︑世界貿易市場の成長率として把握される︒乙の場合世界諸国聞における一つの平均的な輸出︑輸入のための
( 註
2
)
プールが形成されるのである︒
1 1
ぞれは前述の各国の成長率が個性的︑具体的なるに対し一般的︑抽象的な性格を
有する︒従ってこの説明では︑全体としての世界諸国の成長率の函数たる世界一般乃至世界共通の輸入成長率︑換言
すれば世界各国にとっての輸出成長率 l 特定の一国にとっての輸出成長率でなくーがその平均値として把握されるの
で あ
る ︒
ハロッドのとの原理は斯様に説明される万が多分に合理的と考えられる︒叶︒43Eω・の訳本から判断すればハロ
ッドの﹁外国経済の成長率﹂とは︑特定の一国を除いた他の諸国の成長率の平均︑換言すれば﹁外生的与件として
( 註
3
)
共存する他の諸国民経済を一括して見た場合の成長率﹂の様に読みとれるが︑乙れには比一か肯けない節がある︒何
故なら特定の一国の(輸出)成長率と雌も︑ ﹁人の移動︑金の貸借︑商品の売山県等﹂を通じ︑他の諸国一般の経済構
( 註
4 )
﹁多角的﹂な相互関係︑相互作用をなしてい 造乃至経済成長と事前に複雑にして密接不可分││一般的︑複合的︑
る(それ自体貿易論同様一九世紀の歴史的産物であるが)のが実際であろう︒││﹁各国は︑自国の経済が:::商
( 註
5
)
品︑人間︑貨幣乃至証券の国際移動を通じて他の諸国の経済と密接に結びついているという事実に直面する︒﹂
従ってハロッドによって示ずれている如き(論理的)性格の﹁外国経済﹂の成長率(の平均)には︑特定の一国
( 仮
に
A 国!アメリカとする)の成長も一緒に含め︑
文 字
通 り
E ω
ω ω
t J
廿︒=として考薗さるべきである︒ c ‑
国
の成長と他の諸国の成長とを'一面的に対立させるとも︑貿易関係が斯様な一面的対決によって関聯づけられるので
( 註
6
)
もなければ︑貿易収支が決済されるわけでもない︒例えばプレトンウッズにおけるケインズの見解︑ ﹁ 自 国 の よ り
多くの輸出のためには︑先づ自国のより多くの輸入を﹂︑或は所謂国際経済機構
( I M F
︑
IBRD
︑
ITO
︑ G
ATT
等)の根本精神は明かに後者の方式から正しく類推され得るものである︒
尚同訳本によれば
︒ B E F
o g c ロ
件 門
司 =
( 司
・ 5 ∞)を﹁問題にしている国﹂(訳一四五頁)とすることによって︑恰も
( 註
7
)
それが特定の国かの様に感じさせるが︑むしろそれ程強い意味でない﹁各国﹂﹁諸国﹂又は﹁自国﹂とかに訳さる
べく︑特定の一国を指したものでないと見たい︒次に
JZ22ω
向 ︒
ぇ
gc
ロ 片 岡
2 山
. .
3
・ 二
一 )
は ﹁
他 の
国 々
の
(訳一四人頁)と訳されているが︑別に
E O 同
2 町
8 z E ユ
o o ‑ ‑
としていない点乙れも少々意味が強すぎる様で
平 均
﹂
ある︒もっとも戸己∞には
J F O
円
︒ ω 件︒向者︒ユ円四=の語が見えるが︑この場合乙れと直接関係づけるのは疑問で
あ ろ
う ︒
ζ
︑での見解に有利と思われる点は︑就中 E
吋F O
︒ B085 F
ェ ミ
FSB2
己 可
件 ︒
円 ︒
g E
芹
ω
同 ) 円 ︒
︒ ︒ ・ 2
Z ロ
州
wz
mF
mw
円 ︒
︒ 内
向 ︒
3 ‑ m
ロ B
R W
・ = 2
( 司 ・ ↓
C ∞ )
﹁各国は外国市場について自国の比例的分前を保持しさえすればよ
い︒﹂(拙訳)が︑各国による世界貿易市場への作用乃至反作用の関係││﹁在外的構造決定因と国民経済構造との
( 註
8
)
外国貿易を通じての作用並に反作用の関係﹂・ーーとして︑就中反作用のそれとして︑理解される様であること︑
即ち他の国々との平均に︑各国すべてが予め参与していたという感じが読みとれること︑確かにこのことなくして
はこの文意は不可解の様である︒
結局ハロッドが用いている﹂︒
2
百 ロ
2
︒ ロ
︒ 自
︺ ﹃
ェ と
z
品 ︒
B g 立
の ゅ
の ︒
ロ ︒
B u ‑ ‑
の概念そのものが問題になるであ
( 註
9
)
ろう︒こ︑での見解からすれば︑むしろ﹁世界経済﹂(世界貿易)と﹁国民経済﹂との対照として考えられるから
である︒しかし t
問
3 ︒
百 ロ
2
︒ ロ ︒
E u ‑ ‑
の所得成長と﹁世界経済﹂(当
2 E
︒ ロ 2
可 ︒ B
ω ω ω
項 目 回 ︒
‑ o )
のそれとは
結果的に同じ変動傾向をもっている故︑貿易関係を示すためには︑後者の成長率を用いる方が正しくもあり︑とり
(以下本稿ではこの論法を用いる) わけこ﹀では特に便利であろう c 従ってこの問題は︑一便利二的一は半ば陀宜的
輸 出
成 長
率 そ
決 定
す る
最 本
重 要
な 原
理
一 四
七
経 蛍 と 経 済
一四
入
(註
巾)
な解釈の問題として︑そのま︑保留した方がよさそうでもあるつもっともこれをもって︑本稿によるハロッド乃一予
(註
竹)
従来の貿易論(外国貿易論)の(徴視的)方法に対する一批判とすることは妨げない︒
(A国)
(註
也
以上の関係は簡単乍ら上の如く図示されよう︒
﹁国民所得の変動が輸入を動かし︑それら各国の輸入は総体として
( g
ω
老町
‑ o
︒)
世界貿易の流れにプールされる︒ 一国の輸入は結局何れか
の国からの輸出であるから各国の輸入は全体として各国の輸出と一致
する︒斯くして各国の輸出は世界貿易量(それは各国の輸入の合流した
もの)の増減と正に比例的に上下する︒しかし世界貿易量は結局各国の
輸入の合成であり︑更にこの輸入は各国の国民所得に依存している故︑
各国の輸出の好︑不調は世界各国の景気︑不景気如何に左右される乙と
(註
叫)
になる
o﹂
従って通常の如く︑ ﹁川国民経済を孤立的に考慮する場合には︑輸出
はその固にとって所与の経済重であるが︑ ω 世界全体を綜合的(巨視的)
に考察すると︑各国の輸出は各国の輸入の合成としての世界貿易に左右
(註
朽)
される被決定量に転化する︒換言すれば世界景気の従属変数となるわけである︒﹂││勿論このことは︑従来の方法
(註
怖)
の不毛を意味しない︒︑貿易現象の二面性ミからいって︑更に広い視点による︑補完を必要とするというのである︒
か﹀る関聯においては︑﹁各国は外国市場について単に自国の比例的分前を保持しさえすればよい︒﹂即ち世界市場の
思慧は各国共通││無差別(衡平待遇)であり︑何ら特別積極的な努力を要しない︒むしろ意識的特別な発展助長の 努力(政府の干渉を含めて)は︑却って貿易の不振を招くに至ろう
o i l ‑
﹁その国が進歩的だというととは︑それ自
(註
仔)
体ではかえって貿易差額を減少きせることになる傾向がある︒﹂無為︑無策こそまさに最上︑最善の策である︒
斯くて第一原理︑文字通り﹁乙れは貿易差額を好転させるための︑最も容易にして自然な仕方
FOB
︒ ぇ g ω
可 ω ロ 円 四
( S E E
‑
さ弓)﹂である︒何ら努力なしても││貿易市場が自由であり︑価格水準乃至為替レ
l トは一定:::
或は技術も所与:::等﹁他の事情にして等しい限り︑貿易差額の超過は増大するであろう﹂から︒
以上の考え方からして││(現実に窺われる如く)﹁若しアメリカが引続いて他の国々の平均以上に一層進歩的なら
ばそのこと自体がアメリカ貿易差額を減少に向わせるひとつの力となるであろう︒すなわちアメリカの輸入は︑その 易 輸 差 出 額 の を 捌 増 口 加 よ さ り せ も る 急 原 速 因 に と 増 な 大 t る す
乙 るす で ぎ あ
し な ろ 主 1
L : : 1 8
か 史
て ー く ど
つ の 力 は 乙 の 第 義 的
な力 を
相 殺 す
る以
上 t
乙及 び
る
つ
程 度 ま で 貿
﹁アメリカの貿易差額は減少すると期待され︑ それはアメリカ
にとって不都合な乙とである︒:::アメリカは苛烈な不況に陥る傾向があり︑そのことは世界中を通じて不利な反作
用をもたらすであろう︒アメリカは乙の非難に対して答えて日く︑ アメリカが度々襲われる不況の傾向があるのは︑
まさに世界の他の国々が相対的に沈滞しているからだ︑
(註
旬)
ている︒﹂ともあれ﹁世界市場にアメリカ商品がますます氾乱するのではないかと恐れている人々は︑乙れら諸原理
(註
却)
を参照して︑その思考を鍛え直すべきである︒﹂ と!あらゆる一方的な非難は︑ 一口うまでもなく甚だ馬鹿げ
( 註
4l)
出回
円円
︒門
戸川
︑吋
0 4 Z
円︽
回目
白
U U
二百日目︒開︒︒ロ︒
s r y p
∞
s
・訳
一四
五頁
︒ ( 註
2 )
﹁ ﹃ 外 国 ﹄ と い う 言 葉 は 勿 論 拍 象 で あ る ︒ 外 界 は 同 質 的 な 場 所 で は な く て ︑ そ れ ぞ れ 独 自 の 条 件 を 備 え た 多 数 の 単 独 国 か ら
成っている︒自国にとっての貿易上の利益を考察するために1︑他の諸国1すでに彼等が適当と考える貿易関係を結んで
輸出成長率を決定する最も重要な原理
一四
九
経 営 と 経 済
お旬︑かつ相互間に一種の均衡を確立しているものと仮定し︑従って研究すべき現象そ遊離させる目的をもって︑われわ
れは世界の爾余の諸国がすべてその複雑な関係を保ち︑しかも自国と貿易しない場合の状態と︑世界の爾余の諸国がすべ
てその複雑な関係を保ち︑かつ自国とも貿易する場合の状態とを比較しうるものと仮定するのが便利
( g
ロ ︿2
芯ロ
同)
なの
であ
る︒
﹂(
出向
g
仔FZ
自己z s ‑
開
n
g
︒ 自 由n y
己・訳五一頁
p
1 1
傍点筆者)
3
( 註)
北川
一雄
﹁外
国貿
易と
経済
発展
﹂四
一一
一一
頁︒
( 註
4
)
いうまでもなく乙の相互関係(貿易関係︑国際的経済関係)乃至相互作用を︑その均衡と発展について︑理論的に解明す
るのが︑貿易論︑国際経済学ll経済学の一アプリケlショシ乃至﹁一般経済学の一分派としての﹂
の一部としての﹂││貿易政策)│l本来の基本的課題である︒
一 五
O
(同様に﹁経済政策( 註
5 )
同・
開・
ω o
丘
E
ロぬ
い司
ユロ
己主
2
︒同
開︒
︒ロ
︒
B r
M M
己片
山ご
S m
∞ ・
門u
ym
・
uJプゎ ︒
B
B O
R E
‑ ‑
ヲニ
片山
可ω
ロ品
目
E2
ロ
E
ロ ω
E
戸
開︒
︒ロ
︒自
由︒
∞・
匂
‑ M
包・訳二三七頁︒
( 註 6
)
三菱経済研究所研究叢書﹁世界貿易﹂(昭和三一年)は第二次大戦後の世界貿易構造の変化として﹁単一世界市場の崩壊︑
多角貿易および決済機構の解体﹂をその著しい特徴として挙げている︒﹁自由多角的な国際貿易および決済の制度の再樹
立というととが︑戦後の閏際経済の理想像﹂│!とされている所似である︒
( 註
7
)
﹁自国﹂についても些か問題がないわけではない︒﹁﹃自凶﹄
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ロロ同門司=)と呼ばるべき一国の地位を世界の爾余の諸国に対立せしめて考察するζ
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己・訳五
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頁)
( 註
9
)
( 註
8
)
藤井﹁外国貿易の概念﹂上田貞次郎博士記念論文集第二巻﹁経済の歴史と理論﹂所牧︒
﹁国内商業と国際貿易との区別︑即ち困内及び外国についての:::経済的概念規定﹂に関しては国与
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藤井︑前掲論文参照︒
(註
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の理論は︑ハロッドと略同一問題を同一
(註竹)
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・訳
一一
一一
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六頁
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﹁われわれは世界の見地から最善の分配を考えているのではなくて︑いかにして任意の特定闘が︑外界の条件を与えられ
たものとして︑その資源を最もよく利用しうるかを考書しているのである己(田山円円︒円
T E E ‑
‑ P
お・訳九包頁) 方法で処理している︒
(註但)篠原三代平﹁輸入と国民所得﹂日本経済新聞昭和二九年一一月一九日号参照︒
(註旬)成長を規定する諸要因を取扱った今日的なものとしては﹀
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勾 ・(註川内)最近は景気循環が世界的な規模であらわれるようになった︒一九二Ol一一一一年の不況および一九二九l三一一年の不況がそ
うであった︒:::かくして景気循環を分析するためには︑世界を単一の単位とみなすことも︑あながち事実と矛盾してい
るとは思えない︒:::もし各々の国家がその他の国家から全く孤立せしめられていたならば:::同時性が発生するとは考
えられないのである︒﹂(国型
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仔 叶 宮 叶
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・ 同
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・1 m
・訳一六一!二頁)
(註侶)勿論乙Lでの方法的見地は︑如何なる政策的要請ll例えば﹁すべての国の利益のために諸国の対外経済︹商業︺政策を
調整する国際経済J︹商業︼政策への要望﹂(ボウルディング)︑或は如何なる世界観l!例えば︑﹁資本主義は経済制度の
古い孤立性と封鎖性を(したがってまた精神生活および政治生活の狭さをも)破壊して世界のすべての国を単一の経済的
合一体へと結合する﹂(レ1ニン)の如きーーとも無縁である︒只それらの事実とは関係がある︒
(註時)貿易政策(対外商業政策)は︑今日においては
H
国家の政策d l l
﹁国民経済政策の一部としての対外経済政策﹂(グル
シヅエル)として貿易に干与するのであるが︑その対象とする貿易現象が斯様に二面性を帯びる乙とによって︑貿易政策
もその政策主体に或は政策客体に﹁二面的性格を反映せしめる乙とになる︒﹂とりわけ﹁広い視点﹂︑広い視野(世界的見
地)が要請される乙ととなる︒li﹁一国のとるべき行動の基準:・・:専らその国の経済に関連して定式化した::::・そ乙
で設定された準則は︑もしわれわれが視野をひろめ︑善隣性の原理に重きをおくならば︑乙れを修正する必要があるかも
しれない︒好況や不況はしばしば世界的鉱がりをもっ現象であり︑従って一国が︑世界社会の構成員であるという乙とを
輸出成長率を決定する最も重要な原理
五
経 営 と 経 済
顧膚して︑自らの政策の粋をきめることは︑その闘にとって正しいことであろう
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・訳一
四六
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(註
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・訳
一四
八│
九頁
︒
斯様にハロッドは第二の原理
ll
アメリカの﹁輸出品の生産︹比較的優位の産業︺における能率の増加が:::門比較的劣位の産業
ll
︺一般的な能率の増如を越える﹂程度︑第三の原理││利潤以外の﹁生産要素への実質的な報酬︹賃金︺の
平均の増加が一人当り生産物︹生産力︺の平均の増加に対して:::及ばない﹂程度ーーに対しては至極消極的な見解を示し
ている︒従ってハロッドの斯かる考え方からすれば︑アメリカは﹁一時的偶然的にはともかく︑長期的には輸出超過を維
持し得ない﹂乙とになる︒
(註
川口
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訳一
四五
頁︒
(註
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国民
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コナ訳一四八頁︒しかしながらハロッドのこの原理は︑その様な現実的︑客観的妥当性を引出すべく︑
か︒││勿論
ζの原理には
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という条件が附いてはいる︒
し か し こ の 条 件 を 考 慮 し た と し て も
︑ 尚 且 つ ハ ロ ッ ド が
﹁ 最 も 容 易 に し て 自 然 な 仕 方
﹂ で あ る と い
¥ 又 そ れ か ら 直ちに現実のアメリカの貿易差額の如何を云々すること(アングロサクソン流の││認識と実在との安直な混清)に よって︑この問題の再検討の余地を尚そ
ζ
に残しているということが出来よう︒しかも変転極まりなき﹁経済活動の
そ れ 自 体 完 全 な も の で あ ろ う
世界は︑か︑る想定を変更し︑文は想定をつけ加え︑更には制度的干渉を行って理論の整然たる論理を屡々かき乱す
﹂ものである︒換言すれば︑乙の原理は果してハロッドの説く如く︑自然な仕方で︑アメリカの貿易差額の不利化を
導き出せ得るかーーという問いに他ならない︒
前 述 の 如 く ︑ ハロッドはアメリカの貿易差額がいかにも不利な過程を歩むが如く説いている︒しかしながら吾々の
現実乃至客観的事実は︑ まさにその論理の逆を歩んで来た︒
( 註
1 )
超︑乃至国際経済の﹁根本的不均衡﹂の問題がこれである︒
即ち世界的﹁ドル不足﹂││アメリカ経済の恒常的出
もっともこの問題に関しては︑ハロッドのジョンブル的弁明らしきものがないわけでもない︒彼は言う︑
用計画をもっアメリカの行政が︑輸出に対する格差をつけた補助金を与えることによって︑充分な輸出の余剰額を達
﹁ 完
全 雇
成するために自然的障碍
( Z E E
‑ 与
2 ‑ え
g )
を克服しようと努力していることは真実である︒・::::しかし輸出
の成長率を自然的諸力
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片岡回同ω ‑ p v
円 ︒
︒
ω )
によって決定される率以上にするためには︑おそらく時の経過と共に乙
れらの補給金を累進的に増加させて行くことが必要であろう︒アメリカ人の輸出しようとする不当な圧力を危険だと
( 註
2
)
認めるならば︑政府の輸出補給金の範囲を限定する協定を結ぶ乙とが正当であろう
o﹂
( 註
3
)
(実際︑事実といわれる)彼の第一原理の しかしその弁明が例え事実に基づくものであろうとも︑
﹁ 自
然 な
仕 方
﹂
( S E E
‑
当ミ)を妨げている唯一の理由とするには︑いさ︑か根拠が薄いと考えられる︒ ll ハロッドもいう如く
﹁あらゆる一方的な非難は︑言うまでもなく甚だ馬鹿げている
o﹂
事由はともあれ
1 1
か﹀るドル不足は︑単に ω ドイツ︑オ i ストリヤ︑ギリシャ︑イタリー︑日本等の旧敗戦国乃
至被占領国のみならず︑ ω イギリスを含む西欧諸国︑更には ω スウェーデン︑カナダ︑
ヵ︑アジア諸国も︑すべて悩まされ又悩まされて来た真に一般的世界的な アルゼンチン︑ラテンアメリノ
ー但し共産圏諸国を除く 問題なので
輸 出 成 長 率 を 決 定 す る 最 も 重 要 な 原 理
一五
三
経 醤 と 経 済 一 五 回 ( 註
4 ) i (
註
5
)
ある︒剰え単にアメリカ経済の輸出超過の現象としては︑はるかに古く第一次大戦以来の乙とである︒
それではどうして斯様な事態が発生したのであろうかc││斯かるドル不足の原因並びに対策については︑多くの
( 註
6
)
学者︑実業家等によって﹁深浅広狭区々﹂の見解が述べられて来た︒しかしこ︑では飽迄以上のハロッドの第一原理
( 註
7 ) (
註
8
)
そのもの﹀理解を貫ぬく乙とによって││むしろあらゆる見解を綜観すべくーーその簡単な︑しかし適切にして有効
な(内在的)批判を試み︑以下乙の回答を得たい︒
先 づ
︑
ハロッドのこの原理においては︑ 一見正当と思われるにも拘らず︑実はその基本的仮設乃至前提に││許す
べからざる││一つの重大な省略︑又は過誤(?)を犯していることが発見せられ得る︒それはハロッドが所得成長
率と輸入成長率との聞に一定の比例的な相関々係を想定したことは或程度正しいとしても︑所得対輸入としてのその
絶対値における構成
l l
即ち輸入性向(輸入額を所得に占める割合として表わしたもの)が何れの国にあっても必ず
しも等しくないという乙とである︒要するに(限界)輸入性向が各国毎に異った値を有しているーーという自明の事
実である︒││従って例えアメリカの所得成長率がイギリスの所得成長率より高いとしても︑そのことは必ずしもア
メリカの貿易差額がイギリスの貿易差額より一義的に小であるという乙との証明にはならない︒それは明かに﹁自然
な仕方﹂ではないのである︒
むしろハロッドのモデルにおいて︑各国民経済における輸入性向の差別的な値を閑却する限り︑﹁貿易差額﹂の
問題そのものが元来発生し得ない筈である︒何故なら︑事実上各国民経済の輸入性向と輸出性向とを夫々等しく想
定して差支えないハロッドのモデル︑換言すれば H 完全国際均衡 H の状態では︑所得成長の遅速︑高低如何に拘ら
ず︑各国の貿易差額は等しくゼロの値をもっ乙とになるからである︒
( 註
9 ]
要するにハロッドの所得成長なる量的概念では︑貿易差額そのものが先づ導出し得ないーーのではあるまいか
Jむしろ貿易差額 b を導出すべく国民経済の成長率乃至外国経済の成長率とは︑所得成長の値そのものではなく︑異
った値をもっ各国民経済の輸入性向(限界輸入性向)乃至外国経済についてのその平均値(各国民経済につき等し
い値をもっと想定された限界輸出性向)にその説明の根拠が代用されねばならないであろう︒
l l
﹁貿易の量﹂で
な く
︑
﹁貿易の質﹂乙そ重要である︒
更に輸入性向は│消費性向︑貯蓄性向同様
l景気変動によって変化し︑ ﹁長期的にも短期的にも一定の常数では
ない﹂乙とが注意さるべきである︒
然して斯かる深長さにおいてこそ(限界)輸入性向は︑貿易差額決定の基礎たる役割を果し得るのみならず︑
一「
各国の景気変動(構造変動︑或は恐慌を含む)を他の諸国に敏感に伝えるパイプラインの役割﹂をも果すことによ
っ て
︑
﹁国際的な景気変動の波及に重要な役割を演じ﹂得る
l l
即ち外国貿易乃至国際貿易の現象︑論理双方に中
﹁殊に今日のアメリカの如く︑世界所得の半分という膨大な部分の集中 心的な役割を演ずる乙とになるのである︒
例え限界輸入性向が大なるものでなくとも︑(事実は極めて小である)増減する所得その
ものが他国に比し極めて大なる故︑限界輸入性向を乗じて導出される輸入の増減も非常な巨額にのぼることが期待 している間にあっては︑
さ れ
る ︒
﹂ l
ρ l 換言すればアメリカの景気の動向が︑輸入性向︑輸入成長 又は輸出成長を通じて世界全体に及ぼ
す影響はまさに圧倒的︑支配的であり︑極めて大なるものがあるわけである︒
界 は
風 邪
を ひ
く ︒
﹂
﹁アメリカがくしゃみをすると︑世
輸 出
成 長
率 を
決 定
す る
最 も
重 要
な 原
理
一五
五