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著者名(日) 椎橋  邦雄

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(1)

アンドリュー・ワトソン イギリスの陪審制度の諸 側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入 の問題点

著者名(日) 椎橋  邦雄

雑誌名 山梨学院大学法学論集

巻 42

ページ 272‑306

発行年 1999‑02‑26

URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000824/

(2)

アンドリュー・ワトソン イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入

の問題点

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勾Φ−ヲ霞oα仁o江opo︷一貫蜜↓同一巴ho﹃○ユ日冒巴○諏Φp8ω冒一餌℃餌p oH浮①

椎橋邦雄

はじめに

 国際的な視点から陪審を論じることは時宜に適っている︒陪審はスペインにおいて徐々に導入されている︒ロシ       ハユレ アでは一九九三年に五つの地域で陪審審理が再導入され︑現在ロシア共和国全体にこれを広げる計画が存在する︒

陪審審理はおよそ七六年間従前のソビエト連邦には存在していなかった︒アルゼンチン︑イタリアおよびナミビア

翻 訳

アンドリュ l ・ ワ ト ソ ン イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入 の問題点

﹀包括当者

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はじめに

国際的な視点から陪審を論じることは時宜に適っている︒陪審はスペインにおいて徐々に導入されている︒

ロ シ

アでは一九九三年に五つの地域で陪審審理が再導入され︑現在ロシア共和国全体にこれを広げる計画が存在する︒

陪審審理はおよそ七六年間従前のソビエト連邦には存在していなかった︒ イタリアおよびナミビア ア ル ゼ ン チ ン ︑

(3)

  イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 273 問題点

は刑事裁判に陪審審理を導入することを積極的に検討している︒

たって研究されている︒

二 本稿の目的 日本では陪審審理の再導入の可能性が広範囲にわ

 本稿には多くの論点がある︒第一は︑イングランドおよびウェールズにおける陪審審理の歴史を概観し︑また︑

陪審審理が現在どの程度用いられているかを説明する︒第二は︑一九九三年になされた論争の的となっている提案

1この提案が実現すれば被告人の陪審審理を選択する権利を廃止することになって︑陪審の範囲は制限されるで

あろうーを検討する︒第三に︑このような提案に接した各界からの広範囲にわたる反対意見︑また︑イングラン

ドおよびウェールズにおける陪審審理の原則を強く支持する意見を紹介する︒第四に︑イギリスにおいて陪審制度

が支持されてきたいくつかの理由を呈示する︒第五に︑日本における陪審審理復活の賛成意見を紹介する︒第六

に︑日本において一九二八年から一九四三年まで行われた陪審制度を振り返り︑陪審制度が成功しなかった理由を

検討する︒第七に︑日本における陪審審理復活の障害となる事由  この多くは日本の文化に根ざしているーを

批判的に分析する︒最後に︑陪審審理を根づかせるための条件を作り上げる可能性について検討する︒

イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 問題点

は刑事裁判に陪審審理を導入することを積極的に検討している︒日本では陪審審理の再導入の可能性が広範囲にわ

たって研究されている︒

本稿の目的

本稿には多くの論点がある︒第一は︑イングランドおよびウェ 1 ルズにおける陪審審理の歴史を概観し︑また︑

陪審審理が現在どの程度用いられているかを説明する︒第二は︑ 一九九三年になされた論争の的となっている提案

ーーとの提案が実現すれば被告人の陪審審理を選択する権利を廃止することになって︑陪審の範囲は制限されるで

あろうーーを検討する︒第三に︑このような提案に接した各界からの広範囲にわたる反対意見︑また︑イングラン

ドおよびウェ l ルズにおける陪審審理の原則を強く支持する意見を紹介する︒第四に︑イギリスにおいて陪審制度

が支持されてきたいくつかの理由を呈示する︒第五に︑日本におげる陪審審理復活の賛成意見を紹介する︒第六

に︑日本において一九二八年から一九四三年まで行われた陪審制度を振り返り︑陪審制度が成功しなかった理由を

検討する︒第七に︑日本における陪審審理復活の障害となる事由││この多くは日本の文化に根ざしている

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批判的に分析する︒最後に︑陪審審理を根づかせるための条件を作り上げる可能性について検討する︒

273 

(4)

翻  訳 274

三 イングランドおよびウェールズにおける陪審制度の概略

 イングランドおよびウェールズにおける陪審制度は少なくとも中世以来存在している︒十五世紀には︑陪審制度       ︵2︶ は広く行われるようになっていた︒法制史の研究者は陪審制度が基本的なコモンローの原則の確立に大いに寄与し

たことを指摘している︒市民の中から選任された者によって構成されるイングランド︵およびスコットランド︶の

陪審は︑とりわけ十八および十九世紀の問に︑イギリスの植民地が拡大するにつれて広まっていった︒陪審制度

は︑カナダ︑オーストラリア︑ニュージーランド︑アメリカ合衆国など︑以前イギリスの植民地であった諸国で行

われている︒アメリカ合衆国では︑刑事裁判において陪審審理を受ける権利が合衆国憲法修正第六条に規定されて

おり︑民主的な裁判を保障するものとみられている︒世界における陪審裁判の九〇%はアメリカ合衆国で行われて

いる︒イギリスと異なって︑アメリカでは民事裁判においても陪審が広く用いられている︒

 同僚の市民の事件について︑市民が法廷における判決の形成に参加すべきであるとの考えはアングロ・アメリカ

の法律の伝統および文化に深く根ざしている︒イギリスおよび同じような法的伝統と慣習を有する国においては︑

テレビ︑映画︑演劇︑雑誌および新聞にみられる法文化の一面として︑しばしば陪審の評決によって︑正義が左右

されることを示している︒実際︑多くの人にとって︑刑事裁判のイメージは陪審裁判によってつくられている︒

274 

イングランドおよびヴェールズにおける陪審制度の概略

イングランドおよびヴェールズにおける陪審制度は少なくとも中世以来存在している︒十五世紀には︑陪審制度

は広く行われるようになっていた︒法制史の研究者は陪審制度が基本的なコモンローの原則の確立に大いに寄与し

たことを指摘している︒市民の中から選任された者によって構成されるイングランド(およびスコットランド)

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とりわけ十八および十九世紀の聞に︑イギリスの植民地が拡大するにつれて広まっていった︒陪審制度

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アメリカ合衆国では︑刑事裁判において陪審審理を受ける権利が合衆国憲法修正第六条に規定されて

おり︑民主的な裁判を保障するものとみられている︒世界における陪審裁判の九 O% はアメリカ合衆国で行われて

いる︒イギリスと異なって︑ アメリカでは民事裁判においても陪審が広く用いられている︒

同僚の市民の事件について︑市民が法廷における判決の形成に参加すべきであるとの考えはアングロ・アメリカ

の法律の伝統および文化に深く根ざしている︒イギリスおよび同じような法的伝統と慣習を有する国においては︑

テレビ︑映画︑演劇︑雑誌および新聞にみられる法文化の一面として︑しばしば陪審の評決によって︑正義が左右

されることを示している︒実際︑多くの人にとって︑刑事裁判のイメージは陪審裁判によってつくられている︒

(5)

  イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 275 問題点

イングランドおよびウェールズの刑事裁判において現在使用されている陪 審裁判の範囲

 一般的なイメージにかかわらず︑実際には︑クラウン・コートにおける刑事事件の大半は陪審によって裁判され

るわけではない︒刑事事件のわずか三%がクラウン・コートで審理されている︒被告人が有罪を答申した事件およ

び裁判官が無罪とした事件の六〇%以上の調査結果によれば︑イギリスおよびウェールズにおけるすべての刑事事

件のなかで実際に陪審によって審理された事件は一%に満たなかった︒

 多くの事件はマジストレイト・コートにおいてマジストレイトによって審理される︒マジストレイト・コートは

イングランドおよびウェールズの全域に配置されている︒マジストレイトは︑およそ一万五千人おり︑それぞれが

住んでいる地域から選任された無報酬のボランティアである︒マジストレイトは通常訓練を受けた法律家ではない

ので︑法律問題については法律的に資格のある裁判所のクラークからアドヴァイスを受ける︒イングランドおよび

ウェールズの刑法の下における刑事犯罪の大半︵およそ八五%︶はマジストレイトコートで審理される︒これらは

﹁鶏ヨ目曽蔓o巳≦犯罪と呼ばれており︑本質的に比較的軽微な犯罪である︒これとは対照的に﹁ぎ&9筈一①〇三≦

として知られている犯罪はクラウン・コートにおいて裁判官および陪審によって審理される︒ここで審理される犯

罪は︑殺人︑強盗および強姦などの重罪である︒年問およそ︸万八千件の事件がクラウン・コートに送られる︒

 ﹁マジストレイト・コートのみで審理される事件﹂と﹁クラウン・コートのみで審理される事件﹂との間に︑

﹁どちらの裁判所でも審理される事件﹂と呼ばれる中間の領域の犯罪が存在する︒基本的にこれらは重罪と微罪の

イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 問題点

四 イングランドおよびヴェールズの刑事裁判において現在使用されている陪 審裁判の範囲 一般的なイメージにかかわらず︑実際には︑ クラウン・コ l トにおける刑事事件の大半は陪審によって裁判され

るわけではない︒刑事事件のわずか三%がクラウン・コートで審理されている︒被告人が有罪を答申した事件およ

び裁判官が無罪とした事件の六O%以上の調査結果によれば︑イギリスおよびウェ l ルズにおけるすべての刑事事

件のなかで実際に陪審によって審理された事件は一%に満たなかった︒

多くの事件はマジストレイト・コートにおいてマジストレイトによって審理される︒ マジストレイト・コートは

イングランドおよびヴェールズの全域に配置されている︒

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︑ およそ一万五千人おり︑ それぞれが 住んでいる地域から選任された無報酬のボランティアである︒ マジストレイトは通常訓練を受けた法律家ではない

ので︑法律問題については法律的に資格のある裁判所のクラ!クからアドヴアイスを受げる︒イングランドおよび

ヴェールズの刑法の下における刑事犯罪の大半(およそ八五%) はマジストレイトコ!トで審理される︒これらは

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として知られている犯罪はクラウン・コ l トにおいて裁判官および陪審によって審理される︒ここで審理される犯

罪は︑殺人︑強盗および強姦などの重罪である︒年間およそ一万八千件の事件がクラウン・コ i

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﹁マジストレイト・コ l トのみで審理される事件﹂と﹁クラウン・コ 1 トのみで審理される事件﹂との聞に︑

﹁どちらの裁判所でも審理される事件﹂と呼ばれる中間の領域の犯罪が存在する︒基本的にこれらは重罪と微罪の

(6)

翻  訳 276

中間にある犯罪である︒このグループの犯罪には数的に多数を占める窃盗罪が含まれる︒マジストレイトは︑どち

らの裁判所でも審理され得る犯罪のなかで︑ある特定の事件をマジストレイト・コートで審理するか否かを決定し

なければならない︒マジストレイトが審理を拒む場合︑多くの場合︑事件の重大性を理由として︑事件は裁判官と

陪審の面前で審理されなければならない︒毎年マジストレイトはおよそ五万件の﹁どちらの裁判所でも審理できる

犯罪﹂の審理を拒否している︒マジストレイトが﹁どちらの裁判所でも審理できる犯罪﹂を審理することに同意し

た場合︑被告人が望むときにはクラウン・コートにおける裁判官と陪審の審理を選択することもできる︒これは被

告人の陪審審理を選択する権利と呼ばれている︒毎年およそ三万五千人の被告人が裁判官と陪審による審理を受け

る権利を行使している︒

五 イングランドおよびウェールズにおける陪審審理の範囲を縮小する提案

 一九九一年︑一連の誤判事件に対する公衆の懸念を背景として︑イギリス政府は刑事司法に関する王立委員会

︵ロイヤル・コミッション︶を設置した︒この委員会は︑学者︑法律家︑公務員退職者︑警察官退職者等で構成さ

れ︑その任務は︑捜査における警察官の行動や裁判および上訴を含む︑イングランドおよびウェールズにおける刑

事司法制度の諸側面を検討することであった︒一九九三年七月に︑王立委員会は刑事司法の質を向上させるための

三五二の勧告を含むレポートを発表した︒このレポートのなかでとりわけ一つの提案が広範な注目を集めた︒この

提案は﹁どちらの裁判所でも審理できる犯罪﹂について陪審審理を選択する被告人の権利を廃止し︑事件をどこで

276 

中間にある犯罪である︒このグループの犯罪には数的に多数を占める窃盗罪が含まれる︒

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らの裁判所でも審理され得る犯罪のなかで︑ある特定の事件をマジストレイト・コ l トで審理するか否かを決定し

なければならない︒ マジストレイトが審理を拒む場合︑多くの場合︑事件の重大性を理由として︑事件は裁判官と

陪審の面前で審理されなければならない︒毎年マジストレイトはおよそ五万件の﹁どちらの裁判所でも審理できる

犯罪﹂の審理を拒否している︒ マジストレイトが﹁どちらの裁判所でも審理できる犯罪﹂を審理することに同意し

た場合︑被告人が望むときにはクラウン・コ l トにおける裁判官と陪審の審理を選択することもできる︒これは被

告人の陪審審理を選択する権利と呼ばれている︒毎年およそ三万五千人の被告人が裁判官と陪審による審理を受け

る権利を行使している︒

イングランドおよびヴェールズにおける陪審審理の範囲を縮小する提案

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一連の誤判事件に対する公衆の懸念を背景として︑イギリス政府は刑事司法に関する王立委員会

(ロイヤル・コミッション)を設置した︒この委員会は︑学者︑法律家︑公務員退職者︑警察官退職者等で構成さ

れ︑その任務は︑捜査におげる警察官の行動や裁判および上訴を含む︑イングランドおよびヴェールズにおける刑

事司法制度の諸側面を検討することであった︒ 一九九三年七月に︑王立委員会は刑事司法の質を向上させるための

三五二の勧告を含むレポートを発表した︒このレポートのなかでとりわけ一つの提案が広範な注目を集めた︒この

提案は﹁どちらの裁判所でも審理できる犯罪﹂について陪審審理を選択する被告人の権利を廃止し︑事件をどこで

(7)

  イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 277 問題点

       パ レ 裁判するかをマジストレイトの判断に委ねるというものであった︒すなわち︑法律に規定されている諸要因にした

がって︑マジストレイトが自ら事件を審理するか︑または︑事件をクラウン・コートに送って陪審裁判に付すか否

かをマジストレイトが決定するということである︒これらの諸要因には︑被告人の前科︑および︑被告人の名声の

喪失など被告人を有罪にすることの影響が含まれる︒

 マジストレイト・コートにおける事件の訴追はクラウン・コートにおける陪審審理の費用に比べて︑はるかに廉

価である︒王立委員会の委員はこの提案が費用を節約する目的でなされたことを否定し︑提案の目的は上位の裁判

所と下位の裁判所の間の事件配分を合理化することによって︑重罪事件のより効果的な訴追のために資源を振り向

けることにあると主張した︒

六 王立委員会の勧告に対する反応

 被告人から陪審審理を選択する権利を奪うことになるこの提案は︑法廷弁護士︑ソリシターの団体であるロー・

ソサイティ︑司法部の有力なメンバー︑政治家および公衆の一部から激しい批判を受けた︒重要な公の演説にお

 パ ロ

いて︑イングランドおよびウェールズにおける刑事裁判官の長である8巳O謀臥冒ω§①は︑﹁陪審による審理は

基本的権利であるとのわれわれの文化および多くの人々の認識に配慮しなければならない﹂と述べた︒バリスタi

評議会の会長は︑﹁陪審審理を選択する権利は誤判を防止するために必須な憲法上の安全弁であり︑維持されなけ       パ レ ればならない﹂と主張した︒刑事法廷弁護士協会︵9巨冒巴ω巽︾ωωoq魯○づ︶の会長は︑この提案は﹁基本的自

イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 問題点

裁判するかをマジストレイトの判断に委ねるというものであった︒すなわち︑法律に規定されている諸要因にした

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マジストレイトが自ら事件を審理するか︑ または︑事件をクラウン・コ l トに送って陪審裁判に付すか否

かをマジストレイトが決定するということである︒これらの諸要因には︑被告人の前科︑ および︑被告人の名声の

喪失など被告人を有罪にすることの影響が含まれる︒

マジストレイト・コ 1 トにおける事件の訴追はクラウン・コートにおける陪審審理の費用に比べて︑ はるかに廉

価である︒王立委員会の委員はこの提案が費用を節約する目的でなされたことを否定し︑提案の目的は上位の裁判

所と下位の裁判所の間の事件配分を合理化することによって︑重罪事件のより効果的な訴追のために資源を振り向

けることにあると主張した︒

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王立委員会の勧告に対する反応

被告人から陪審審理を選択する権利を奪うことになるこの提案は︑法廷弁護士︑ ソリシタ!の団体であるロ l ・

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いて︑イングランドおよびウェ l ルズにおける刑事裁判官の長である戸︒互の広広守 ω 巴 8 は︑﹁陪審による審理は

基本的権利であるとのわれわれの文化および多くの人々の認識に配慮しなければならない﹂と述べた︒パリスター

277 

評議会の会長は︑﹁陪審審理を選択する権利は誤判を防止するために必須な憲法上の安全弁であり︑維持されなけ

ればならない﹂と主張し(的︒刑事法廷弁護士協会

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翻  訳 278

       ︵6︶ 由﹂を脅かすものであるとの意見を表明した︒ロー・ソサイティはソリシターを代表して︑この提案は︑正義のた        ︵7︶ めではなく︑費用を節約するためになされたと考えている︒この提案に対する反対はマジストレイトからも表明さ

れている︒マジストレイト協会の副会長は︑﹁王立委員会がわれわれに対して信頼を置いてくれていることには感       パ レ 謝するが︑陪審審理を選択する権利を奪うことは問違っている﹂と述べている︒

 弁護士および刑事司法の運用に直接携わっている人々の多くはこの提案に反対している︒議会における野党第一

党であった労働党はこの提案を批判した︒その当時の影の内閣の頃o目Φω①RΦ$曙は﹁司法上の基本的権利が行

政上の便宜のために奪われてはならない﹂し︑﹁陪審審理を受ける権利の決定権をマジストレイトに委ねるのはま        パ レ ったく満足できない﹂と述べた︒別の野党である自民党︵口げR巴U①目oR呂o勺巽昌︶もこの提案に対して明瞭に

反対の立場を表明した︒与党である保守党の議員のなかにもこの提案に賛成しない者もいた︒公衆やメディアのな

かにも反対を表明する者が存在した︒

 政府は︑王立委員会の勧告を若干取り入れて︑一九九四年に刑事司法および公の秩序に関する法律を制定した︒

きわめて注目に値することに︑政府は︑広範な反対に直面した結果︑陪審審理を選択する権利を廃止する提案を採

     ︵10︶

用しなかった︒政府が将来もこの法律を維持しつづけるか否かを確実に予測することはできない︒深刻で複雑な詐        ハれレ 欺に関するトライアルにおいて︑財務に関する専門知識を有する専門家を陪審に代えるという従前からの提案は︑

激しい批判を受けた結果︑採用されることはなかった︒

 ﹁どちらの裁判所でも審理されうる﹂犯罪について陪審審理を選択する権利を奪う王立委員会の提案に対する広

範な反対は︑陪審審理の原則に対する根深い支持がイギリスの法文化にとどまらず︑イギリスの社会一般に存在し 由﹂を脅かすものであるとの意見を表明した︒ ロ l ・ソサイティはソリシタ l を代表して︑この提案は︑正義のた

めではなく︑費用を節約するためになされたと考えている︒この提案に対する反対はマジストレイトからも表明さ

マジストレイト協会の副会長は︑﹁王立委員会がわれわれに対して信頼を置いてくれていることには感

謝するが︑陪審審理を選択する権利を奪うことは間違っている﹂と述べている︒ れ

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弁護士および刑事司法の運用に直接携わっている人々の多くはこの提案に反対している︒議会における野党第一

党であった労働党はこの提案を批判した︒その当時の影の内閣の出︒目︒

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きわめて注目に値することに︑政府は︑広範な反対に直面した結果︑陪審審理を選択する権利を廃止する提案を採

用しなかった︒政府が将来もこの法律を維持しつづけるか否かを確実に予測することはできない︒深刻で複雑な詐

欺に関するトライアルにおいて︑財務に関する専門知識を有する専門家を陪審に代えるという従前からの提案は︑

激しい批判を受けた結果︑採用されることはなかった︒

﹁どちらの裁判所でも審理されうる﹂犯罪について陪審審理を選択する権利を奪う王立委員会の提案に対する広

範な反対は︑陪審審理の原則に対する根深い支持がイギリスの法文化にとどまらず︑イギリスの社会一般に存在し

(9)

  イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 279 問題点

ていることを明白に示している︒つぎの章において陪審審理を支持する理由を検討する︒

七 イギリスにおいて陪審審理が支持されている理由

 刑事事件における陪審審理は︑イギリスの法文化および社会において︑深く根をおろしている︒陪審審理の廃止

に賛成する者はきわめて少ないが︑陪審審理に対しては懸念と批判が生じている︒陪審審理の原則に対する広範な

支持の理由を説明する前に︑これらの懸念や批判について若干検討しなければならない︒懸念や批判としては︑第

一に︑陪審員がトライアルにおけるすべての争点︑とりわけ複雑な証拠による証明を要する争点を理解できないの

ではないかということ︒第二に︑陪審員は弁護士の弁論や感情によって容易に動揺してしまうのではないかという       ハレレ こと︒第三に︑陪審員には評決の理由の開示を求めることはできないこと︒第四に︑陪審員は偏見を抱く恐れがあ

ることである︒

 刑事司法に関する王立委員会の作成した報告書は︑裁判手続き︑証拠およびトライアルにおける争点について陪        ︵13︶ 審員の理解を深めるための数多くの詳細な勧告を行なっている︒人種的偏見の影響を減少させるための方策とし

て︑王立委員会は︑センシティブな事件において︑弁護人または検察官は民族的少数者の地域の代表者を最大三人        パねレ 含んだ陪審の選任を裁判官に申し立てることができるべきであると勧告した︒

 イギリスの陪審制度が支持されているもっとも重要な要因は︑おそらく︑公衆が直接裁判所における判断の形成

過程に参加できるという公衆の感情である︒歴史家であった故E・P・トンプソンは雄弁に次のように書いてい

イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判におげる陪審制度再導入の 問題点

ていることを明白に示している︒ つぎの章において陪審審理を支持する理由を検討する︒

イギリスにおいて陪審審理が支持されている理由

刑事事件における陪審審理は︑イギリスの法文化および社会において︑深く根をおろしている︒陪審審理の廃止

に賛成する者はきわめて少ないが︑陪審審理に対しては懸念と批判が生じている︒陪審審理の原則に対する広範な

支持の理由を説明する前に︑これらの懸念や批判について若干検討しなければならない︒懸念や批判としては︑第

一に︑陪審員がトライアルにおけるすべての争点︑ とりわけ複雑な証拠による証明を要する争点を理解できないの

ではないかということ︒第二に︑陪審員は弁護士の弁論や感情によって容易に動揺してしまうのではないかという

こと︒第三に︑陪審員には評決の理由の開示を求めることはできないこと︒第四に︑陪審員は偏見を抱く恐れがあ

る こ

と で

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刑事司法に関する王立委員会の作成した報告書は︑裁判手続き︑証拠およびトライアルにおげる争点について陪

審員の理解を深めるための数多くの詳細な勧告を行なってい必︒人種的偏見の影響を減少させるための方策とし

センシティブな事件において︑弁護人または検察官は民族的少数者の地域の代表者を最大三人

含んだ陪審の選任を裁判官に申し立てることができるべきであると勧告し問︒ て︑王立委員会は︑

279 

イギリスの陪審制度が支持されているもっとも重要な要因は︑ おそらく︑公衆が直接裁判所における判断の形成

過程に参加できるという公衆の感情である︒歴史家であった故 E ・ p ・トンプソンは雄弁に次のように書いてい

(10)

翻  訳 280

る︒﹁イギリスのコモンローは法と人々の間の契約である︒陪審席は人々が裁判所に来て座るところである︒裁判

官は陪審を見守り︑陪審は裁判官を見守る︒陪審は契約が履行される場所である︒陪審は被告人だけでなく正義や       ︵15︶ 法の人間性に対する判断にも参加する﹂︒

 被告人︑﹁正義﹂および﹁法の人間性﹂の判断にあたって︑陪審には大幅な自由が認められており︑自らが正し

いと信じるどのような結論をも出すことができる︒陪審は秘密に評議し︑評決の理由を述べる必要はない︒したが

って︑陪審は︑法律が気に入らない︑または︑被告人に対して特別な同情を表明したいため︑もしくは︑検察当局

に対して批判を表明したいとの理由から︑事実に対する法の厳格な適用を避けることができる︒

 陪審としての務めを果たすために呼び出しを受けることは一般に歓迎されていないといわれているが︑イギリス

の人々が一般に陪審としての務めを果たすことを嫌がっているという証拠はほとんどない︒多くの人は︑陪審の務

めを重要な市民の義務と考えている︒イギリスの状況はアメリカとは異なっている︒東京大学の客員教授であった

マーク・ラムゼイヤー︵冒巽犀勾鋤目ω塁R︶は︑アメリカ人が陪審の務めを果たすのを嫌がることを日本が陪審審       ︵16︶ 理を採用すべきでない理由の一つとして挙げている︒イギリスでは︑陪審の務めを果たした者の多くが体験は教育        ︵17︶ 的であり︑刑事司法制度に信頼を持つことができたと報告している︒

 陪審審理の原理は︑ある程度︑歴史に基づいている︒多くの者は陪審審理を幾世代にもわたって引き継がれてき

た重要な権利であると考えてる︒このような考えはとりわけ法律家の問に強く根付いている︒これと関連して︑今

日では軽罪であるが︑その当時は死罪とされていた犯罪で起訴された者を無罪とすることによって︑陪審は︑過去

において︑法を人間味あるものにすることに重要な役割を果たしたことを知っている者も存在する︒ る︒﹁イギリスのコモンローは法と人々の聞の契約である︒陪審席は人々が裁判所に来て座るところである︒裁判 官は陪審を見守り︑陪審は裁判官を見守る︒陪審は契約が履行される場所である︒陪審は被告人だけでなく正義や 法の人間性に対する判断にも参加する﹂口

被告人︑﹁正義﹂および﹁法の人間性﹂の判断にあたって︑陪審には大幅な自由が認められており︑自らが正し

いと信じるどのような結論をも出すことができる︒陪審は秘密に評議し︑評決の理由を述べる必要はない︒したが

って︑陪審は︑法律が気に入らない︑ または︑被告人に対して特別な同情を表明したいため︑もしくは︑検察当局

に対して批判を表明したいとの理由から︑事実に対する法の厳格な適用を避けることができる︒

陪審としての務めを果たすために呼び出しを受けることは一般に歓迎されていないといわれているが︑イギリス

の人々が一般に陪審としての務めを果たすことを嫌がっているという証拠はほとんどない︒多くの人は︑陪審の務

めを重要な市民の義務と考えている︒イギリスの状況はアメリカとは異なっている︒東京大学の客員教授であった

は︑アメリカ人が陪審の務めを果たすのを嫌がることを日本が陪審審

理を採用すべきでない理由の一つとして挙げている︒イギリスでは︑陪審の務めを果たした者の多くが体験は教育

的であり︑刑事司法制度に信頼を持つことができたと報告している︒ マーク・ラムゼイヤ

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陪審審理の原理は︑ある程度︑歴史に基づいている︒多くの者は陪審審理を幾世代にもわたって引き継がれてき

た重要な権利であると考えてる︒このような考えはとりわけ法律家の聞に強く根付いている︒これと関連して︑今

日では軽罪であるが︑ その当時は死罪とされていた犯罪で起訴された者を無罪とすることによって︑陪審は︑過去

において︑法を人間味あるものにすることに重要な役割を果たしたことを知っている者も存在する︒

(11)

  イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の

281問題点

 陪審による審理は政府および体制の利益によって刑事法が操作され︑濫用されることに対する安全弁であるとの

見解が一般にもたれるようになった︒歴史的に︑そして現在においても陪審は︑いつの場合においてとは言えない        ︵18︶ までも︑そのような役割を果たしている︒

 市民的自由の推進者︵Ω<出口げR鼠ユきω︶は︑国家によって雇われ︑また︑国家と同様の意見や利害関係を共

有する裁判官よりも︑陪審は国家によって影響を受けることが少ないと考えている︒社会歴史家のE・P・トンプ

ソンは︑国家の強圧的な行為に対する陪審の監視能力に関する著作のなかで︑実際に裁判所に提起された事件だけ

でなく︑陪審が有罪の評決を答申するか否かが不確実であったために検察官が起訴しなかった事例についても考察

   パのレ

している︒イギリスには成文憲法が存在していないので︑市民的自由の推進者は︑国家の権力を抑制することにお

いて陪審はきわめて重要であると考えている︒

 きわめて限られた社会階層の出身である法律家によって支配されている法律制度のなかに︑陪審は︑一般人の常

識や幅広い経験を注入していると広くみなされている︒一般人の常識や人生経験は一般に裁判所が正しい評決に到

達することを助けると信じられている︒裁判所における一般人の存在は過度の技術的文言および手続きの使用を防

止し︑それによって刑事法が社会からあまりにもかけ離れた存在になることを防ぐのに役立っていると考えられて

いる︒  陪審は永続的な機関ではなく︑本質的に一時的な機関である︒陪審員は限られた数の事件を審理するにすぎな

い︒裁判官やマジストレイトは多くの事件を審理する︒多くの事件の中には似たような事件が存在する︒例えば︑

商店の品物を盗んだ事件で︑被告人は︑盗みを働いたのではなく単に支払いを忘れたと主張することがある︒﹁ど

イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 問題点

陪審による審理は政府および体制の利益によって刑事法が操作され︑濫用されることに対する安全弁であるとの

見解が一般にもたれるようになった︒歴史的に︑

(日 )

そのような役割を果たしている︒ そして現在においても陪審は︑ いつの場合においてとは言えない

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有する裁判官よりも︑陪審は国家によって影響を受けることが少ないと考えている︒社会歴史家の E ・ P

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ソンは︑国家の強圧的な行為に対する陪審の監視能力に関する著作のなかで︑実際に裁判所に提起された事件だけ

でなく︑陪審が有罪の評決を答申するか否かが不確実であったために検察官が起訴しなかった事例についても考察

している︒イギリスには成文憲法が存在していないので︑市民的自由の推進者は︑国家の権力を抑制することにお

いて陪審はきわめて重要であると考えている︒

きわめて限られた社会階層の出身である法律家によって支配されている法律制度のなかに︑陪審は︑ 一般人の常

識や幅広い経験を注入していると広くみなされている︒ 一般人の常識や人生経験は一般に裁判所が正しい評決に到

達することを助けると信じられている︒裁判所における一般人の存在は過度の技術的文言および手続きの使用を防

止 し

それによって刑事法が社会からあまりにもかけ離れた存在になることを防ぐのに役立っていると考えられて

い る

陪審は永続的な機関ではなく︑本質的に一時的な機関である︒陪審員は限られた数の事件を審理するにすぎな ︒

281 

い︒裁判官やマジストレイトは多くの事件を審理する︒多くの事件の中には似たような事件が存在する︒例えば︑

商庖の品物を盗んだ事件で︑被告人は︑盗みを働いたのではなく単に支払いを忘れたと主張することがある︒﹁ど

(12)

ちらの裁判所でも審理できる﹂犯罪について陪審審理を選択する権利を擁護するにあたって︑ロー・ソサイティ

は︑裁判官やマジストレイトの中には弁護側が提出した一定の証拠や主張の信用性について不適当に皮肉な見方を       ︵20︶ する者がいることに注目している︒このような状況においては誤判が生じるおそれのある事は明白である︒これと

反対に︑陪審員は少数の事件しか審理しないので︑弁護側の証拠や主張をより慎重に検討すると考えられている︒

また︑陪審の一時的性格は︑裁判官と証人の間に生じる緊密すぎる関係を防ぐのに役立ち︑その結果誤判のおそれ

は減少する︒刑事法を実践する弁護士や多くの一般市民は︑陪審によって審理される事件における正義の質は陪審

によらない場合と比べて︑高いと一般に考えている︒﹁どちらの裁判所でも審理できる﹂犯罪においては︑一般に

弁護士は依頼人に対して︑もし依頼人が起訴事実を争うのであれば︑陪審による審理を選択するように助言する︒

 最後に︑陪審審理の原理がなぜイギリスの社会において支持されているかの説明にあたっては︑一般人が裁判に

対してどのようなイメージを抱いているかを見過ごしてはならない︒一般の人々は昔からさまぎまの情報源を通し

て陪審審理のイメージに触れている︒陪審審理に関するレポートは︑テレビやラジオのニュースおよび新聞記事等

によって定期的になされている︒イギリス国内において制作され︑または︑アメリカから輸入された映画やテレビ

ドラマには陪審審理のシーンがよく見られる︒また︑陪審審理は小説や雑誌のなかにでも頻繁に登場する︒

 多くのイギリス人は刑事法廷についての詳しい知識を持っているわけではない︒もし一般の人々がイギリスの刑

事裁判の最も重要な特色は何かと尋ねられたなら︑多くの人は陪審審理を挙げるであろう︒

 陪審制度はイギリスにおいて長い歴史を有しており︑またイギリスには︑本章で説明したように︑陪審制度を支

持する文化がある︒ ちらの裁判所でも審理できる﹂犯罪について陪審審理を選択する権利を擁護するにあたって︑ ロ l ・ソサイティ

は︑裁判官やマジストレイトの中には弁護側が提出した一定の証拠や主張の信用性について不適当に皮肉な見方を

する者がいることに注目してい(初︒このような状況においては誤判が生じるおそれのある事は明白である︒これと

反対に︑陪審員は少数の事件しか審理しないので︑弁護側の証拠や主張をより慎重に検討すると考えられている︒

また︑陪審の一時的性格は︑裁判官と証人の聞に生じる緊密すぎる関係を防ぐのに役立ち︑ その結果誤判のおそれ

は減少する︒刑事法を実践する弁護士や多くの一般市民は︑陪審によって審理される事件における正義の質は陪審

によらない場合と比べて︑高いと一般に考えている︒﹁どちらの裁判所でも審理できる﹂犯罪においては︑

一 般

弁護士は依頼人に対して︑もし依頼人が起訴事実を争うのであれば︑陪審による審理を選択するように助言する︒

最後に︑陪審審理の原理がなぜイギリスの社会において支持されているかの説明にあたっては︑ 一般人が裁判に

対してどのようなイメージを抱いているかを見過ごしてはならない︒ 一般の人々は昔からさまざまの情報源を通し

て陪審審理のイメージに触れている︒陪審審理に関するレポートは︑テレビやラジオのニュースおよび新聞記事等

によって定期的になされている︒イギリス国内において制作され︑または︑ アメリカから輸入された映画やテレビ ドラマには陪審審理のシ l ンがよく見られる︒また︑陪審審理は小説や雑誌のなかにでも頻繁に登場する︒

多くのイギリス人は刑事法廷についての詳しい知識を持っているわけではない︒もし一般の人々がイギリスの刑

事裁判の最も重要な特色は何かと尋ねられたなら︑多くの人は陪審審理を挙げるであろう︒

陪審制度はイ︑ギリスにおいて長い歴史を有しており︑ またイギリスには︑本章で説明したように︑陪審制度を支

持する文化がある︒

(13)

  イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 283 問題点

八 日本における陪審制度再導入に対する賛成意見

 日本では︑イギリスその他多くの先進諸国とは異なって︑法律制度に素人が関与することがきわめて少ない︒例

えば︑日本にはイギリスのマジストレイトに相当するものはない︒日本では︑一九四三年に停止されるまで︑およ

そ十五年間一定の刑事犯罪について陪審審理が認められていた︒日本における陪審の歴史や陪審が成功しなかった

理由については次章で検討する︒近年︑陪審審理を刑事事件において再導入すべきか否かについて議論がある︒つ

い最近までは︑この問題についての議論は弁護士や学者の間に限定されていた︒最高裁判所は︑陪審審理を研究さ

せるために裁判官をイギリスやアメリカに派遣した︒日本の裁判官はドイツその他の北ヨーロッパ諸国を訪問し

て︑参審制度を研究した︒法務省は陪審審理の研究をさらに行なうための予算を確保した︒陪審審理の復活に関す

る議論は︑近年︑東京の地下鉄における毒ガス事件で起訴された者に対する公判の公正さへの懸念によって再燃さ

れた︒  陪審審理の復活については︑多くの賛成意見が提出されている︒賛成理由の一つは︑国家によって雇われたエリ

ートの法律専門家︵裁判官︶によるよりも︑同僚の市民によって裁判されるほうがはるかに民主的であることであ

る︒また︑賛成者は︑陪審制度は民主的な判断形成過程を人々に教育するための直接的な方法であることを挙げ

る︒さらに︑政治が不安定な時代においては︑陪審は市民の自由を保障する安全弁になると主張する者も存在す

る︒

イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 問題点

ノ ス

日本における陪審制度再導入に対する賛成意見

日本では︑イギリスその他多くの先進諸国とは異なって︑法律制度に素人が関与することがきわめて少ない︒例

一九四三年に停止されるまで︑ えば︑日本にはイギリスのマジストレイトに相当するものはない︒日本では︑

お よ

そ十五年間二疋の刑事犯罪について陪審審理が認められていた︒日本における陪審の歴史や陪審が成功しなかった

理由については次章で検討する︒近年︑陪審審理を刑事事件において再導入すべきか否かについて議論がある︒

い最近までは︑この問題についての議論は弁護士や学者の聞に限定されていた︒最高裁判所は︑陪審審理を研究さ

せるために裁判官をイギリスやアメリカに派遣した︒日本の裁判官はドイツその他の北ヨーロッパ諸国を訪問し

て︑参審制度を研究した︒法務省は陪審審理の研究をさらに行なうための予算を確保した︒陪審審理の復活に関す

る議論は︑近年︑東京の地下鉄における毒ガス事件で起訴された者に対する公判の公正さへの懸念によって再燃さ

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陪審審理の復活については︑多くの賛成意見が提出されている︒賛成理由の一つは︑国家によって雇われたエリ ︒

ートの法律専門家(裁判官) によるよりも︑同僚の市民によって裁判されるほうがはるかに民主的であることであ

る︒また︑賛成者は︑陪審制度は民主的な判断形成過程を人々に教育するための直接的な方法であることを挙げ

2 8 3  

る︒さらに︑政治が不安定な時代においては︑陪審は市民の自由を保障する安全弁になると主張する者も存在す

(14)

翻  訳 284

 陪審制度は誤判の危険を減少させるのに役立つと考えられている︒日本は死刑制度を維持している︒一九四五年

以降︑殺人罪で死刑を宣告された事件で︑再審の結果︑無罪となったものが四件ある︒これらの事件ではいずれも

真実に反した自白が強要された︒再審は何十年も経過した後に︑認められた︒一部の人々の間に存在する︑より一

般的な懸念は︑有罪率の高さである︒無罪率はおよそ○・一%にすぎない︒最高裁判所によって集計された統計に       ︵21︶ よれば︑一九九〇年において︑四九︑八一二人の被告人が有罪となり︑無罪とされたのは六一人であった︒

 陪審制度の採用は︑公判における自白調書への依存を減らすことによって︑誤判を減少させると主張されてい

る︒現在の実務においては︑自白調書にきわめて大きな価値が置かれている︒警察︑検察官および裁判官は調書を

﹁証拠の王﹂と考えており︑警察は︑より﹁客観的な﹂捜査方法を行なうよりも︑自白調書を得ることに慣れてし        ハぬロ まっていると言われている︒現在の制度の批判者によれば︑裁判においては︑他の証拠は︑疑う余地もなく︑二次

的な重要性を有するにすぎないとされている︒現在の制度の下では︑自白証拠が適切に得られたか否かの問題にあ        ︵23︶ まり注意が払われておらず︑また︑この結果︑被告人に対する警察の濫用が助長されているとの懸念がある︒現在

の法律の下では︑警察および検察官は︑逮捕後最大二十三日間被疑者を警察署に勾留して取り調べをすることがで

きる︒この取り調べに弁護士が同席することは許されていない︒国連人権委員会は︑これらの規定を改正するよう

         ︵24︶ に日本に要求している︒

 陪審審理の支持者は︑陪審審理の下では︑公判において被告人や証人が提出する証拠により大きな価値が認めら

れるべきであり︑警察署においてとられた自白調書等の証拠価値は減少されるべきであると考えている︒これに関

連して︑自白証拠が不適切に獲得されたと考えられる場合に︑弁護側は検察に対してより効果的な異議を出せるよ 陪審制度は誤判の危険を減少させるのに役立つと考えられている︒日本は死刑制度を維持している︒ 一九四五年

以降︑殺人罪で死刑を宣告された事件で︑再審の結果︑無罪となったものが四件ある︒これらの事件ではいずれも

真実に反した自白が強要された︒再審は何十年も経過した後に︑認められた︒ 一部の人々の聞に存在する︑

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般的な懸念は︑有罪率の高きである︒無罪率はおよそ 0 ・一%にすぎない︒最高裁判所によって集計された統計に

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陪審制度の採用は︑公判における自白調書への依存を減らすことによって︑誤判を減少させると主張されてい

る︒現在の実務においては︑自白調書にきわめて大きな価値が置かれている︒警察︑検察官および裁判官は調書を

﹁証拠の王﹂と考えており︑警察は︑より﹁客観的な﹂捜査方法を行なうよりも︑自白調書を得ることに慣れてし

まっていると言われている︒現在の制度の批判者によれば︑裁判においては︑他の証拠は︑疑う余地もなく︑二次

的な重要性を有するにすぎないとされている︒現在の制度の下では︑自白証拠が適切に得られたか否かの問題にあ

また︑この結果︑被告人に対する警察の濫用が助長されているとの懸念があ初︒現在 まり注意が払われておらず︑

の法律の下では︑警察および検察官は︑逮捕後最大二十三日間被疑者を警察署に勾留して取り調べをすることがで

きる︒この取り調べに弁護士が同席することは許されていない︒国連人権委員会は︑これらの規定を改正するよう

に日本に要求している︒

陪審審理の支持者は︑陪審審理の下では︑公判において被告人や証人が提出する証拠により大きな価値が認めら

れるべきであり︑警察署においてとられた自白調書等の証拠価値は減少されるべきであると考えている︒これに関

連して︑自白証拠が不適切に獲得されたと考えられる場合に︑弁護側は検察に対してより効果的な異議を出せるよ

(15)

  イギリスの陪審制度の諸側面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 285 問題点

うにすべきとの見解がある︒

 陪審審理再導入の賛成意見として︑陪審員は法廷に常識や人生経験を持ち込むことができるとの見解がある︒限

定された生活しか経験しない階層から選任されたエリートによる排他的な証拠の取り調べはなくなるであろう︒陪

審審理の復活によって︑裁判の質は向上するであろうと考えられている︒

 また︑これと密接に関連して︑陪審制度は︑特別な用語や言い回しではなく︑わかりやすい言葉で行なわれるの

で︑結果として刑事裁判制度を普通の市民にとってより近づきやすいものにするとの考えがある︒

 日本における陪審審理の擁護者は︑陪審の復活は︑一般に緊密︵あまりにも馴れ合いで不健全であるという者も

いる︶であると考えられている警察︑裁判官︑検察官および弁護士の関係を終わらせると信じている︒

 陪審審理に対する別の賛成意見として︑陪審は日本における司法の﹁官僚化﹂を防止するのに役立つとの見解が

ある︒  陪審審理の再導入の賛成意見としては︑刑事裁判がスピードアップされるとの見解もある︒しかし︑現在の制度

の下では︑公判は月単位で延期されているが︑陪審審理の場合︑評決が出るまでに何年もかかることも考えられ

る︒

九 日本における陪審審理の経験

日本において陪審制度が行なわれた期問は短い︒陪審法が一九⁝二年に制定され︑陪審制度は一九二八年から一

イギリスの陪審制度の諸倒面および日本の刑事裁判における陪審制度再導入の 問題点

うにすべきとの見解がある︒

陪審審理再導入の賛成意見として︑陪審員は法廷に常識や人生経験を持ち込むことができるとの見解がある︒限

定された生活しか経験しない階層から選任されたエリートによる排他的な証拠の取り調べはなくなるであろう︒陪

審審理の復活によって︑裁判の質は向上するであろうと考えられている︒

また︑これと密接に関連して︑陪審制度は︑特別な用語や言い回しではなく︑わかりやすい言葉で行なわれるの

で︑結果として刑事裁判制度を普通の市民にとってより近づきゃすいものにするとの考えがある︒

日本における陪審審理の擁護者は︑陪審の復活は︑ 一般に緊密(あまりにも馴れ合いで不健全であるという者も

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であると考えられている警察︑裁判官︑検察官および弁護士の関係を終わらせると信じている︒

陪審審理に対する別の賛成意見として︑陪審は日本における司法の﹁官僚化﹂を防止するのに役立つとの見解が

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陪審審理の再導入の賛成意見としては︑刑事裁判がスピードアップされるとの見解もある︒しかし︑現在の制度 ︒

の下では︑公判は月単位で延期されているが︑陪審審理の場合︑評決が出るまでに何年もかかることも考えられ

日本における陪審審理の経験

285 

日本において陪審制度が行なわれた期間は短い︒陪審法が一九二三年に制定され︑陪審制度は一九二八年から一

(16)

翻  訳 286

      パめレ 九四三年まで実施された︒

 陪審法は︑被告人が権利を放棄しないかぎり︑死刑または無期懲役が科せられる可能性のある犯罪について︑陪

審審理を受ける権利を規定した︒国家に対する重大な犯罪は陪審審理の対象から除外されていた︒最大で刑期が三

年を超え︑また︑最小で刑期が一年未満の事件については︑被告人は陪審審理を請求できるとされた︒

 陪審は一二人で構成され︑年令が三〇歳を超える男性の市民の中から︑くじで選ばれた︒

 開始当初︑陪審制度は︑刑事裁判に民主的な要素を持ち込む方法として︑多くの人に歓迎された︒しかしなが

ら︑きわめて急速に︑陪審制度は日本には合わず︑失敗であるとみなされるようになった︒被告人の大半は︑重罪

事件において陪審審理を受ける権利を放棄するか︑または︑より軽い事件においては陪審審理を請求しなかった︒        ハめレ 合計で四八五件について陪審審理が行なわれたにすぎなかった︒これらの中で︑一九二九年に一四三件︑一九三〇

年に六六件が陪審審理された︒その後︑毎年陪審審理の数は減少していった︒一九四二年には︑陪審審理は二件し

か行なわれなかった︒その翌年︑陪審制度は︑費用がかかることと効率的でないことを理由に︑停止された︒

 日本において陪審制度が成功しなかったことには︑さまざまな理由が挙げられている︒陪審制度は日本の文化に

は馴染みがなく︑機能できなかったことを失敗の理由とする者もいる︒このような見解は終戦直後の時代において

はきわめて強い影響力を持っていたので︑刑事訴訟法の中に陪審制度を盛り込もうとした提案に反対するための理

論として利用された︒他方において︑戦前の陪審制度はごく短期問しか行なわれなかったのであり︑その当時の陪

審制度が成功しなかったからといって︑現在の日本において陪審制度がうまく機能しないとの結論は出せないと主

張する者も存在する︒このような見解を主張する者は︑陪審制度の失敗は当時の陪審法に内包されていた欠陥が原 九四三年まで実施された︒

陪審法は︑被告人が権利を放棄しないかぎり︑死刑または無期懲役が科せられる可能性のある犯罪について︑陪

審審理を受ける権利を規定した︒国家に対する重大な犯罪は陪審審理の対象から除外されていた︒最大で刑期が三

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また︑最小で刑期が一年未満の事件については︑被告人は陪審審理を請求できるとされた︒

陪審は一二人で構成され︑年令が三 O 歳を超える男性の市民の中から︑くじで選ばれた︒

開始当初︑陪審制度は︑刑事裁判に民主的な要素を持ち込む方法として︑多くの人に歓迎された︒しかしなが

ら︑きわめて急速に︑陪審制度は日本には合わず︑失敗であるとみなされるようになった︒被告人の大半は︑重罪

より軽い事件においては陪審審理を請求しなかった︒

合計で四八五件について陪審審理が行なわれたにすぎなかった︒これらの中で︑ 事件において陪審審理を受ける権利を放棄するか︑

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年に六六件が陪審審理された︒その後︑毎年陪審審理の数は減少していった︒ 一九四二年には︑陪審審理は二件し

か行なわれなかった︒その翌年︑陪審制度は︑費用がかかることと効率的でないことを理由に︑停止された︒

日本において陪審制度が成功しなかったことには︑ さまざまな理由が挙げられている︒陪審制度は日本の文化に

は馴染みがなく︑機能できなかったことを失敗の理由とする者もいる︒このような見解は終戦直後の時代において

はきわめて強い影響力を持っていたので︑刑事訴訟法の中に陪審制度を盛り込もうとした提案に反対するための理

論として利用された︒他方において︑戦前の陪審制度はごく短期間しか行なわれなかったのであり︑その当時の陪

審制度が成功しなかったからといって︑現在の日本において陪審制度がうまく機能しないとの結論は出せないと主

張する者も存在する︒このような見解を主張する者は︑陪審制度の失敗は当時の陪審法に内包されていた欠陥が原

参照

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