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現代朝鮮語の名詞化接尾辞{-m}{-gi}について
小山内 優子 (日本課程日本語専攻) キーワード:朝鮮語、名詞化接尾辞、転成名詞、語構成、意味変化 0. はじめに 本稿は現代朝鮮語の名詞化接尾辞{-m}1と{-gi}に関する研究である。辞書をコーパスとし て用いて用例を収集し、その語構成と意味の面から考察することで、{-m}と{-gi}の使用状 況、それぞれの特徴を明らかにすることを目標としている。 {-m}、{-gi}について詳しい記述のある国立国語研究院 (1999: 859-860, 1972) や、延世大 学校言語情報開発研究院編 (1998) では、これら{-m}、{-gi}の名詞形を、「個々の用言に転 成語尾がついてできた名詞」と、「動詞もしくは形容詞に接尾辞がついてできた名詞」の2 つに区別している。これにならって、本稿では前者を「用言の体言化」、後者を「転成名詞」 と呼び、今回はこの「転成名詞」を研究の対象とする。 なお、用例番号、例文のグロス、および日本語で書かれた文献以外の日本語訳は筆者に よる。また本稿では、人名や特別な場合を除き、福井玲式 (金珍娥 2007: 403-407) を用い てハングルを表記する。 1. 先行研究 紙幅の都合上、ここでは多和田真一郎 (1961)、沈在箕 (1980)、浜之上幸 (1987) の研究 を取り上げる。このうち、沈在箕 (1980) は朝鮮語の名詞化2全般を扱っている研究であり、 一方、多和田真一郎 (1961)と浜之上幸 (1987)は{-m}と{-gi}の二つの名詞化のみを研究対象 としている。 1.1. 多和田真一郎 (1961) 多和田真一郎(1961)では、{-m}、{-gi}の二つの間に存在する、意味や用法などの違いを 具体的な例を挙げて考察している。{-m}には「純然たる名詞に転化したもの」(多和田真一 郎1961: 73)があり、’er-ym (氷) < ’erda (凍る)、tuigi-m (天ぷら) < tuigida (油で揚げる) などがこれに当てはまると述べている。一方{-gi}名詞形がついて純然たる名詞になったも のはないと述べている。 また、{-m}によって作られる名詞が対象それ自体を指示していることから、{-m}に〔+ 対象化〕、{-gi}に〔-対象化〕という特徴を与えている3。 1 {-m}には /-m/ と /-ym/ の二つの異形態がある。前者は母音末語幹や r で終わる語幹につき、後者はそ の他の語幹につく。本稿ではこれらをまとめて{-m}で表すことにする。 2 朝鮮語には{-m}、{-gi}の、他に{-i}や{-gai}などの名詞化接尾辞がある。 3 〔対象化〕という特徴は任洪彬 (1974) で述べられているものであるが、その論文は未確認である。他に綴字法による意味の違いにも触れている。 1.2. 沈在箕 (1980) 沈在箕 (1980) は、現代語に限らず、通時的な考察も行い、あわせて用言の体言化につ いても考察している論文である。また、{-m}、{-gi}、{-i}以外の{-gai}や{-ai}のような生産 性の低い接尾辞についても言及している。 沈在箕 (1980) は「名詞が本質的に世界に存在する実体につけられた名前」(沈在箕 1980: 86)であることから「名詞は優先的に実体性が要求される」(沈在箕 1980: 86)と規定してい る。そしてそれを踏まえ、{-m}による転成名詞が{-gi}による転成名詞よりも多いことに注 目し、{-m}による転成名詞に〔+実体性〕を、{-gi}によるものに〔-実体性〕を付与して いると述べている。 1.3. 浜之上幸 (1987) 浜之上幸 (1987) は、{-m}と{-gi}を用いた転成名詞を、その語構成と意味の面から考察 した結果、以下の結論を導き出している。 {-m}について ・形容詞語根であるものはその語根の語彙的な意味により、辞書に記載されるかどうかが 決定される。話し手の主観的判断もしくは精神状態を示すものは辞書に多く記載されて いる。一方、物事の性質や状態を客観的に述べるものは記載が少ない。 ・動詞語根であるものは、多くの場合辞書に記載されるが、転成名詞化の過程で語彙的な 意味が変化するものがあり、それらは転成前の動詞の対象語となる場合がある。 ・{-m}は複数の語形成要素を伴う場合も多く、その際動詞語根を含んだものが多数を占め、 辞書に掲載されるものが多い。 {-gi}について ・{-gi}による転成名詞は 1 つの用言語根からなるものが少ない。 ・複数の語形成要素を含む場合、その内部構造が「名詞語根+動詞語根+{-gi}」というも のに限られており、辞書の記載も少ない。 (以上、浜之上幸 1987: 25-40, 126-127 を要約 1.4. 先行研究の問題点 多和田真一郎 (1961) は、「転成名詞」と「用言の体言化」を区別していない点が問題で あると思われるが、綴字法による意味の違いにふれており、客観的な視点を持っている点 は参考になる。 また、浜之上幸 (1987) は{-m}と{-gi}を内省に拠らない実例から検証している点で、沈 在箕(1980) を含むそれまでの多くの内省による先行研究とは異なる。また、{-m}と{-gi}
91 -による名詞の内部構造にも注目し、「一つの語幹からなる転成名詞」と「複数の語形成要素 からなる転成名詞」に分けて考察している点も重要である。しかし用言の意味分類の基準 が明確ではなく、辞書の記載の有無と名詞性とを関連付けながらも、辞書を用例収集の資 料として用いてはいなかった4。 これらの先行研究の問題点を踏まえ、本稿では辞書をコーパスとし、収集した用例を形 の面から数量的データで示した上、意味の面も考察する。 2. 調査 2.1. 調査方法 小学館・金星出版社共編 (1993)『朝鮮語辞典』をコーパスとし、{-m}、{-gi}を用いた名 詞を手作業で収集する。小学館・金星出版社共編 (1993) を用いた理由は、収録語数が約 11 万語と豊富だったためである。集めた用例を남영신 (1989) の分類辞典を用いて分類す る。남영신 (1989) の収録語数は約 15,000 語である。 このようにして集め、分類した用例を{-m}、{-gi}についてそれぞれ「一つの語幹からな る転成名詞」と「複数の語構成要素からなる転成名詞」の2 つに分けた。 2.2. 調査結果 2.1 節の方法で得られた{-m}または{-gi}名詞形は全部で 280 語であった。そのうち、「一 つの語幹からなる転成名詞」は112 語、「複数の語形成要素からなる転成名詞」は168 語で あった。 表1: 一つの語幹からなる転成名詞 表 2: 複数の語形成要素からなる転成名詞 動詞 形容詞 合計 {-m} 75 29 104 {-gi} 7 1 8 合計 82 30 112 以下、「一つの語幹からなる転成名詞」と「複数の語形成要素からなる転成名詞」のうち、 本稿では紙幅の都合上、「複数の語構成要素からなる転成名詞」について考察する。 3. 複数の語構成要素からなる転成名詞の考察 ここでは複数の語形成要素からなる転成名詞の内部構造を 語形成要素 (前部要素) + 動詞あるいは形容詞語幹 (後部要素) に分け、前後の境界線を=で示した。 4 浜之上幸 (1987) では、何らかの資料から用例を収集していることはうかがえるものの、その資料に関 する情報がなかった。 動詞 形容詞 合計 {-m} 109 1 110 {-gi} 58 0 58 合計 167 1 168
複数の語形成要素からなる転成名詞168 語のうち、{-m}形は 110 語、{-gi}形は 58 語で あった。 {-m}形は前部要素が後部要素に比べて多いため{-gi}形の 2 倍近い語数があるが、後部要 素の数だけをみると{-m}が 35 語、{-gi}形が 31 語と、後部要素つまり語幹の数は大差ない ことがわかった。 形容詞語幹を後部要素としてもつのは{-m}に jan=buggure-m (はにかみ。jan は「小さい、 ささいな」を表す接頭辞)の 1 語だけであり、他はすべて動詞語幹であった。この jan=buggure-m は例外として今後の課題に残し、以下の 3.1 節から 3.4 節では後部要素が動 詞であることを前提に考察する。 3.1. 形成プロセス 複数の語形成要素からなる転成名詞が形成される過程には次の2 つの過程が考えられる。 ・〔 前部要素 = 動詞 〕という複合動詞 (あるいはそれに相当する慣用表現) がもとも とあり、それに{-m}あるいは{-gi}がついてできた場合 ・〔 動詞の{-m}/{-gi}形 〕の前に前部要素がついてできた場合 以下、便宜上前者を〔X=V〕+{-m}/{-gi}、後者を X=〔V+{-m}/{-gi}〕としてその形成 過程を{-m}と{-gi}それぞれについて考察していく。 3.2. 〔X=V〕+{-m}/{-gi}の形をとる場合 〔X=V〕+{-m}/{-gi}の形をとる{-m}形は 5 語、{-gi}形は 9 語であった。 (1) {-m}形の例 nac=gari-m (人見知り) < nac=garida (人見知りをする) (2) {-gi}形の例 sa=ddy-gi (穴かがり) < sa=ddyda (かがり縫いする) これらの名詞形は複合動詞 (あるいはそれに相当する慣用表現) の名詞形であるので、 「一つの語幹からなる転成名詞」に近いと考えられる。 3.3. X=〔V+{-m}/{-gi}〕の形をとる場合 前部要素X の品詞は名詞、動詞、形容詞、副詞、数詞、接頭辞の 6 つであった。表 3 に {-m}形と{-gi}形それぞれの数を示す。
93 -表3: 前部要素の品詞 名詞 動詞 形容詞 副詞 数詞 接頭辞 未分類5 合計 {-m} 79(4) 1 1 5(1) 1 15 8 110 {-gi} 37(7) 8(1) 0 5 0 5(1) 3 58 合計 115 9 1 10 2 20 11 168 なお、括弧内の数は複合動詞 (または相当する慣用句) の名詞形の前部要素の語数を表す。 3.3.1.節以降、これらの語は除いて考察しているが、参考のため記しておく。 もっとも多くみられた名詞については3.3.1.節で詳しく考察し、他の品詞は 3.3.2.節で触 れる。 3.3.1. 前部要素が名詞の場合 {-m}形{-gi}形共に名詞の占める割合が最も多い。これらの名詞は次のように分類するこ とができる。 ・X と V がひとつの文のなかに共存しうるもの X が動詞の項になるもの X が動詞の主語: a…{-m} 2 語、{-gi} 1 語 X が動詞の目的語: b…{-m} 13 語、{-gi} 17 語 X が動詞の項にならないもの 様態: c…{-m} 15 語、{-gi} 0 語 手段・道具: d…{-m} 19 語、{-gi} 1 語 場所: e…{-m} 4 語、{-gi} 5 語 その他: f…{-m} 3 語、{-gi} 1 語6 ・X と V が文の中で共存しにくいもの:g…{-m} 19 語、{-gi} 4 語 以下、(3) から (14) にこれらの例を示す。 (3) a の例 {-m}: ddaq=’urri-m (地鳴り) 地面=鳴る-m {-gi}: hai=ddy-gi (日の出) 日=昇る-gi 5 前部要素となる語の意味や品詞が特定できないものがあった。これらに関しては今後の課題としたい。 6 この{-gi}1 語については、転成名詞であるとみなしてよいものか問題があるため、ここでは数に入れて いるが今後の調査次第では除外される可能性がある。そのため、(8) の例には示さなかった。
(4) b の例 {-m}: namu=saigi-m (木彫り) 木=彫る-m {-gi}: gyrimja=barb-gi (影踏み) 影=踏む-gi (3)と(4)は、それぞれ語幹となる動詞の主語、目的語となるものである。主語になる語よ りも目的語になる場合が多く、特に{-gi}形は前部要素の名詞のうち、半数以上が目的語と なっている。 (5) c の例 {-m}: gei=ger-’ym (カニ歩き) カニ=歩く-m (6) d の例 {-m}: meg=gyri-m (墨絵) 墨=描く-m {-gi}: bar=ci-gi (水泳で水をける動作) 足=打つ-gi (7) e の例 {-m}: barcis=ja-m (他人の足元で寝ること) 足元=寝る-m {-gi}: goqjuq=ca-gi (空中蹴り) 空中=蹴る-gi (8) f の例 {-m}: ban=jug-’ym (半死) 半分=死ぬ-m (5)~(7) は、前部要素の名詞が語幹となる動詞の様態や、手段・道具、場所を示してお り、動詞を修飾している。 (8) は個々の用例数が少ないため、その他としてまとめたが、個々にみていくと、程度 や量など、c~e と同様に動詞を修飾していると考えられる。 (9) X と V が文の中で共存しにくいもの (g) の例 {-m}: mit=gyri-m (下絵)…??下を描く、??下で描く、??下に描く 下=描く-m
95 -’erim=sei-m (概算、見積もり)…??見当を数える、??見当で数える 見当=数える-m pi=ur-’ym (血の涙)…??血で泣く、??血を泣く、??血のように泣く 血=泣く-m {-gi}: do’um=dad-gi (助走)…??助けで走る、??助けに走る 助け=走る-gi {-m}形は、前部要素と語幹となる動詞が文の中で共存しにくいものが多い。(9) の例を みても、前部要素が語幹動詞の項になる、あるいは語幹動詞と修飾関係にあるとは考えに くく、むしろ後部要素である〔V+{-m}/{-gi}〕が完全に名詞として固定されており、全体 としてN1-N2 (N は名詞)という複合名詞の構造を持っていると考えられる。 3.3.2. 前部要素が名詞以外の品詞の場合 動詞を前部要素としてもつ転成名詞は{-gi}形に比較的多い。
(10) ’eb’e=ci-gi (背負い投げ) → ’eb’e < ’ebda (背負う) ggo’a=ddy-gi (縄編み) → ggo’a < ggoda (縒る)
また、形容詞を前部要素としてもつ転成名詞は{-m}形に 1 つのみであった。
(11) ssyn=’us-m (苦笑い) → ssyn < ssyda (苦い)
副詞を前部要素としてもつ転成名詞は{-m}形{-gi}形共に 5 語であり、みな語幹となる動 詞を修飾している。 (12) {-m}: ’ajaq=ger-’ym (よちよち歩き) よちよち=歩く-m {-gi}: godcu=ddui-gi (垂直跳び) まっすぐ=跳ぶ-gi 数詞を前部要素としてもつ転成名詞は{-m}形に 1 語のみであった。 (13) han=dorri-m (ひと回り) ひとつ=回る-m 前部要素となる接頭辞には、動詞のみにつくもの、名詞のみにつくもの、動詞と名詞両 方につき得るものがある。名詞のみにつく接頭辞を前部要素としてもつ転成名詞は、〔V+ {-m}/{-gi}〕がある程度名詞性の強いものであると考えられる。
(14) {-m}: ces=ger-’ym (第一歩) → ces は名詞につく
最初の=歩く-m
{-gi}: nairi=ssy-gi (縦書き) → nairi は動詞につく
上から下へ=書く-gi nyj=sim-gi (おそまき) → nyj は動詞、名詞両方につく 遅い=植える-gi 4. まとめと今後の課題 3 節で述べてきたことをまとめると、複数の語形成要素からなる転成名詞は、複合動詞(あ るいはそれに相当する慣用表現)に{-m}または{-gi}がついたものと、動詞または形容詞の {-m}、{-gi}形転成名詞の前に語構成要素がついたものの 2 つの形成プロセスがある。 後者はその多くの前部要素が名詞であり、その前部要素である名詞と語幹との関係によ って複数のパターンに分かれる。前部要素が名詞以外の品詞である場合、接頭辞が{-m}、 {-gi}ともに比較的多い。 (9) が複合名詞の構造をもつことや、(14) ces=ger-’ym の ces が名詞のみにつく接頭辞で あることを考えると、{-m}形名詞の中には〔V+{-m}/{-gi}〕が、もともとは動詞や形容詞 から転成した名詞ではあっても、今では名詞として固定化されてしまったものがあると予 想できる。 今後の課題としては、いくつかの例外や分類しきれなかった用例の分析と、辞書に限ら ずコーパスを拡大することで、辞書以外の実例を集めることが第一に挙げられる。また、 {-m}と{-gi}の生産性についても、コーパスや母語話者に対するアンケートで調べていきた い。 参考文献 【朝鮮語で書かれたもの】 国立国語研究院 (1999)『標準国語大辞典』서울: 두산동아 남영신 (1989)『우리말 분류사전(풀이말편)』서울: 한강문화사 沈在箕 (1980)「名詞化의意味機能」『언어』 5-1: 79-102. 한국언어학회 延世大学校言語情報開発研究院編 (1998)『延世韓国語辞典』서울: 두산동아 任洪彬 (1974)「名詞化의 意味特性에 대하여」『國語學』2 國語學會 【日本語で書かれたもの】 金珍娥 (2007)「韓国語のローマ字表記法」野間秀樹編著『韓国語教育論講座 第 1 巻』東 京: くろしお出版 多和田真一郎 (1961)「朝鮮語の{m}と{ki}」『都大論究』14: 73-82. 東京都立大学国語国文 学会 浜之上幸 (1987)『現代朝鮮語における名詞化接尾辞 -(y)m と-gi について』 東京外国語 大学 昭和 61 年度卒業論文 調査資料 小学館・金星出版社共編 (1993)『朝鮮語辞典』東京: 小学館