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Vol.51 , No.1(2002)038西尾 勝彦「『正法眼蔵聞書抄』における『正法眼蔵』の解釈について -「全機聞書抄」から-」

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Academic year: 2021

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(1)

﹁全

西

道 元 禅 師 ( 一 二〇 〇 ︱ 一 二五 三 。 以 下 禅 師 と 略 称 ) の 七 十 五 巻 本 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ (以 下 ﹃ 眼 蔵 ﹄ ) に 対 す る 最 古 の 註 釈 書 に 詮 慧 、 経 豪 の 両 師 等 に よ る ﹃ 正 法 眼 蔵 聞 書 抄 ﹄ ( 二 三 〇 八 年 。 以 下 ﹃聞 書 抄 ﹄ 、 ﹁御 聞 書 ﹂ ﹁御 抄 ﹂ ) が あ る 。 そ の ﹁ 現 成 公 案 聞 書 ﹂ で は 、 ﹁無 能 所 無 彼 此 、 全 機 ノ 道 理 ヲ ノ ミ ア カ ス 、 第 一 ノ 見 成 公 按 ニ テ 第 七 十 五 ノ 出 家 マ テ 、 ヲ ナ シ 義 ヲ ノ フ ル 、 ﹂ ( ﹃永 平 正 法 眼 蔵 蒐 書 大 成 ﹄ 一 二 巻 、 一 〇 頁 。 以 下 巻 数 、 頁 数 を 略 示 ) と 説 き が ﹃ 眼 蔵 ﹄ の 説 示 を ﹁全 機 ノ 道 理 ﹂ を 明 か し て い る も の と 捉 え て い る 。 本 稿 で は 、 こ れ を 踏 ま え て ﹃ 聞 書 抄 ﹄ の 中 か ら ﹁全 機 聞 書 抄 ﹂ ( 以 下 ﹁全 機 聞 書 ﹂ ﹁全 機 抄 ﹂ ) を 取 り あ げ ﹃ 眼 蔵 ﹄ の 説 示 を 如 何 に 解 し 施 註 し て い る の か と い う こ と を 考 察 し 、 両 註 の 註 釈 姿 勢 の 相 違 に つ い て 卑 見 を 述 べ た い と 考 え る 。 は じ め に ﹁全 機 聞 書 ﹂ の 解 釈 に つ い て で あ る が 、 先 に あ げ た ﹁現 成 公 案 聞 書 ﹂ で ﹁無 二 能 所 一無 二 彼 此 一﹂ と 説 か れ て い た よ う に ﹁御 聞 書 ﹂ は 一 貫 し て 仏 法 上 に お け る 両 物 相 対 観 を 否 定 す る 立 場 か ら ﹃ 眼 蔵 ﹄ の 説 示 を 註 釈 す る の で あ る が 、 そ の 印 度 學 佛 教 學 研 究 第 五 十 二 巻 第 二 号 平 成 十 四 年 十 二 月 前 提 と な る も の が 衆 生 見 と 仏 見 、 世 法 と 仏 法 と の 峻 別 で あ る 。 こ の ﹁全 機 聞 書 ﹂ で は 、 そ の 冒 頭 で 次 の よ う に 註 釈 し て い る 。 仏 ト 衆 生 ト ノ 問 ヲ 云 二 、 詞 ヲ 用 ス ハ 生 ト モ 云 ヘ カ ラ ス 、 死 ト モ 云 ヘ カ ラ ス 、 タ タ シ 世 間 ニ 談 ス ル 生 ノ 詞 ヲ 以 テ 、 生 ト ト キ 死 ト ト ク ニ ハ ア ラ ス ( 二 二 、 二 七 八 ) ﹃ 眼 蔵 ﹄ 本 文 で 説 か れ る 生 死 は 世 間 で い う と こ ろ の ﹁ 生 き 死 に ﹂ を 意 味 し て は い な い と 施 註 す る 。 こ こ で は 世 俗 的 な 言 葉 、 言 語 表 現 を 方 便 と 捉 え て い る の で は な く 、 ま た 言 葉 そ の も の を 否 定 し て い る の で も な い で あ ろ う 。 問 題 は 言 葉 そ の も の に あ る の で は な く 、 そ れ が 世 法 に お け る も の か 、 仏 法 上 の も の か に あ る の で あ る 。 こ の よ う に 世 法 と 仏 法 を 厳 し く 分 け る こ と は ﹁御 聞 書 ﹂ の 基 本 的 な 註 釈 姿 勢 で あ る 仏 法 上 に お け る 相 対 観 の 否 定 の 前 提 で あ り 基 礎 と な る も の で あ る 。 当 然 こ の こ と は ﹁世 間 ノ 報 ハ 善 心 ア レ ハ 善 報 ヲ 感 シ 、 悪 心 ア レ ハ 悪 報 ヲ カ ム ス 、 善 心 ト 云 ヘ ト モ 仏 果 ニ ハ 不 及 、 ﹂ ( 同 ) と 説 か れ る 通 り 言 葉 、 言 語 表 現 だ け に 用 い ら れ る 註 釈 論 理 で は な い 。 179

(2)

﹃ 正 法 眼 蔵 聞 書 抄 ﹄ に お け る ﹃正 法 眼 蔵 ﹄ の 解 釈 に つ い て (西 こ の よ う に 素全 機 聞 書 ﹂ は 仏 法 上 に お け る 相 対 観 の 否 定 の 大 前 提 と な る 衆 生 見 と 仏 見 、 世 法 と 仏 法 と の 区 別 を 最 後 ま で 意 識 し て 註 釈 し て い る 。 こ れ は 道 元 禅 師 が ﹁全 機 ﹂ 巻 本 文 で 、 生 と い ふ は 、 た と へ ば 、 人 の 、 ふ ね に の れ る と き の ご と し 。 こ の ふ ね は 、 わ れ 、 帆 を つ か ひ 、 わ れ 、 か ち を と れ り 、 わ れ 、 さ ほ を さ す と い へ ど も 、 ふ ね 、 わ れ を の せ て 、 ふ ね の ほ か に わ れ な し 。 わ れ 、 ふ ね に の り て 、 こ の ふ ね を も ふ ね な ら し む 。 こ の 正 当 悠 麼 時 を 功 夫 参 学 す べ し 。 こ の 正 当 慈 麼 時 は 、 舟 の 世 界 に あ ら ざ る こ と な し 。 天 も 水 も 岸 も 、 み な 舟 の 時 節 と な れ り 、 さ ら に 舟 に あ ら ざ る 時 節 と お な じ か ら ず 。 (春 秋 社 ﹃道 元 禅 師 全 集 ﹄ 二 巻 、 二 六 〇 頁 。 以 下 巻 数 、 頁 数 を 略 示 ) と 仏 法 上 に お け る 人 と 舟 の 究 尽 す る あ り 方 を 説 か れ る 箇 所 で ﹁ さ ら に 舟 に あ ら ざ る 時 節 と お な じ か ら ず ﹂ と い う よ う に 正 法 の 境 界 と は 、 舟 で は な い 時 節 、 つ ま り 仏 法 で な い 境 界 と 同 じ で は な い 、 と 仏 法 な ら ざ る 境 界 を 想 定 し て 説 か れ て い る こ と を 意 識 し た も の で あ ろ う 。(1) 以 上 の よ う に ﹁全 機 聞 書 ﹂ は 世 法 と 仏 法 と を 峻 別 し 、 世 法 を 捨 て 仏 法 の 立 場 に 立 ち 、 ﹃ 眼 蔵 ﹄ は そ の 仏 法 を 説 い て い る も の と 捉 え て 、 そ の 境 界 に お い て は 相 対 観 は 成 り 立 た な い と 註 釈 し て い る と 考 え ら れ る 。 次 に ﹁全 機 抄 ﹂ に つ い て で あ る が 、 ﹁御 抄 ﹂ に は ﹁御 聞 書 ﹂ に 比 べ て 世 法 と 仏 法 と の 峻 別 と い う 意 識 が 薄 く 、 ﹁ 全 機 抄 ﹂ で は 冒 頭 の 註 釈 で ﹁此 生 死 、 非 二 凡 夫 流 転 ノ 生 死 二条 勿 論 ナ リ ﹂ 尾 ) ( 一 二 、 二 七 二 ) と 二 度 だ け 衆 生 見 、 世 法 に 触 れ る の み で あ る 。 た だ し 世 法 と 仏 法 と の 峻 別 と い う 意 識 が 薄 い と い っ て も 両 者 を 混 同 し て い る の で は な く 、 そ の 区 別 を 註 釈 の 前 面 に 出 す こ と な く 、 は じ め か ら 禅 師 の 説 示 を 仏 法 の 上 か ら 説 か れ た も の と 捉 え 解 釈 し て い く の で あ る 。 禅 師 が ﹁ し る べ し 、 自 己 に 無 量 の 法 あ る な か に 、 生 あ り 、 死 あ る な り ﹂ ( 二 、 二 六 〇 ) と 説 か れ る 箇 所 に は 、 ﹁ シ ル ヘ シ 自 己 ニ ト ア ル 自 己 ハ 、 仏 法 自 己 、 、 所 詮 仏 法 ノ 上 ニ 無 量 ノ 法 ア ル 中 ニ 生 モ 死 モ 有 ト 云 、 ﹂ ( 一 二 、 二 七 三 ) と 施 註 し て い る 。 こ こ で は 自 己 が 仏 法 そ の も の で あ る と 捉 え 、 そ の 仏 法 (自 己 ) の 上 に 無 量 法 が あ り 、 更 に 仏 法 上 の 無 量 法 に 生 死 が あ る と 解 釈 し て い る 。 一 方 、 ﹁御 聞 書 ﹂ は 禅 師 の こ の 説 示 に 対 し 次 の よ う な 註 を 施 し て い る 。 自 己 ニ 無 量 ノ 法 ア ル ナ カ ニ ト 云 ハ 、 此 自 己 ハ 生 、 死 丈 、 タ ト ヘ ハ 生 ニ 無 量 ノ 法 ア リ 、 死 二 無 量 法 ア リ ト ト ク 、 、 生 ニ コ ソ 無 量 ノ 法 ハ ア レ 、 無 量 ノ 法 ノ 中 ニ 生 ア リ ト ハ 心 得 マ シ (同 、 二 八 一 ) 自 己 を 生 死 (仏 法 上 の 生 死 ) と 捉 え 、 そ の よ う な 生 死 に 無 量 法 は あ る の で あ っ て 、 無 量 法 の 中 に 生 ( 死 ) 、 つ ま り 仏 法 が あ る の で は な い と 註 釈 し て い る 。 こ こ で は 両 註 に お い て 無 量 法 の 捉 え 方 に 相 違 が み ら れ る が が こ れ も 両 註 の 註 釈 姿 勢 の 違 い か ら く る も の で あ ろ う 。 ま た 禅 師 が 、 諸 仏 の 大 道 の 究 尽 を 生 死 の 透 脱 、 現 成 で あ る と し 、 そ の あ り 方 、 は た ら き と し て 示 さ れ る ﹁機 関 ﹂ ( 二 、 二 五 九 ) に つ い て も ﹁御 抄 ﹂ は ﹁今 ノ 機 180

(3)

関 ヲ 生 ト 談 シ 死 ト 談 ス ル 、 、 理 致 、 機 関 ト テ 各 別 二 思 習 ハ シ タ リ 、 今 ハ 不 可 然 、 機 関 与 生 非 各 別 丈 ﹂ ( 一 二 が 二 七 三 ) と い う よ う に 、 ﹃ 眼 蔵 ﹄ 本 文 で も 同 様 で あ る が 、 理 致 、 機 関 と い う 接 化 の 手 段 と 理 解 し て は な ら な い 、(2) 機 関 が そ の ま ま 生 死 で あ る と す る 。 す な わ ち 禅 師 が 生 死 を 仏 法 上 の 生 死 た ら し め て い る 無 窮 な る は た ら き と し て 説 か れ る 機 関 を 生 死 そ の も の で あ る と 註 釈 す る 。 ま た ﹁御 抄 ﹂ で 諸 法 の 二 体 性 に 論 理 的 根 拠 を お い て 説 か れ る 一 法 究 尽 の 成 旬 に よ る 註 釈 も ﹁仏 の 上 か ら ﹂ と い う 立 場 に 立 っ て な さ れ て い る も の で あ ろ う 。 ﹁御 聞 書 ﹂ に こ の 成 句 が 見 え ず 、 ﹁御 抄 ﹂ の 釈 文 中 に 頻 出 す る こ と 、 ま た こ の 成 句 の 根 拠 と な る 一 体 の 語 が ﹁御 抄 ﹂ に 多 く 用 い ら れ 、 ﹁御 聞 書 ﹂ で は 僅 か し か 用 い ら れ な い こ と も 両 註 の 註 釈 姿 勢 、 つ ま り ﹁ 御 聞 書 ﹂ が 、 否 定 す べ き も の と し て で あ れ 、 常 に 世 法 を 意 識 し 、 世 法 と 仏 法 の 峻 別 に 意 を 払 い な が ら 註 釈 し て い る の に 対 し 、 ﹁ 御 抄 ﹂ は 、 そ れ を 自 明 の こ と と し て 註 釈 の は じ め か ら 仏 法 上 に 重 点 を お い て 釈 を す す め て い く と い う 両 註 の 註 釈 姿 勢 の 相 違 に よ る も の で は な い か と 考 え る 。 1 道 元 禅 師 が 該 巻 で ﹁舟 に あ ら ざ る 時 節 ﹂ を 想 定 し て 人 と 舟 の 譬 え を 説 か れ る こ と に 関 し て は 、 ﹁現 成 公 案 ﹂ 巻 、 ﹁都 機 ﹂ 巻 等 の 説 示 と と も に 、 ﹁ 三 昧 王 三 昧 ﹂ 巻 の ﹁ ま さ に し る べ し 、 坐 の 尽 界 と 余 の 尽 界 と 、 は る か に こ と な り ﹂ ( 二 、 一 七 七 ) と い う 視 点 か ら 稿 を 改 め て 論 じ た い 。 ﹃ 正 法 眼 蔵 聞 書 抄 ﹄ に お け る ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ の 解 釈 に つ い て (西 尾 ) 2 ﹃聖 二 国 師 語 録 ﹄ ﹁法 語 ﹂ に 素仏 祖 出 興 、 有 理 致 、 有 機 関 、 有 向 上 、 有 向 下﹂ ( 日 仏 全 九 五 、 一 二 四 ) と あ り 、 ま た ﹃ 元 亨 釈 書 ﹄ で は 円 爾 ( 一 二 〇 二︱ 一 二八 O ) が 接 化 の 手 段 と し て 理 致 、 機 関 、 向 上 の 三 種 を 用 い た と 伝 え る (同 一 〇 一 、 二二 一 ) 。 こ れ を 指 し て い る の で あ ろ う 。 ﹃ 聖 一 国 師 年 譜 ﹄ に よ る と 円 爾 が 宋 か ら 帰 朝 す る に 当 り 無 準 師 範 が ﹃ 大 明 録 ﹄ を 授 け た と し (同 九 五 、 一 三 四 ) 、 更 に 北 条 時 頼 に こ の 書 を 講 じ た と 伝 え る (同 、 二 四 〇 ) 。 ﹁大 悟 聞 書 ﹂ に ﹁大 明 録 ナ ム ト ニ ハ 、 悟 ノ ス カ タ ヲ 種 種 ニ 立 テ ﹂ ( 一 一 、 四 八 九 ) と あ り 円 爾 が 将 来 し た 圭 堂 居 士 に よ る ﹃仏 法 大 明 録 ﹄ の 名 が 見 え る 。 こ の ﹃ 大 明 録 ﹄ の 巻 一 が ﹁大 悟 ﹂ 篇 で あ る (﹃ 禅 学 曲 籍 叢 刊 ﹄ 二 、 一 七 〇︱ 一 七 七 ) 。 詮 慧 が 永 興 寺 で こ の 書 を 読 ん で い た こ と 、 ま た 円 爾 の 禅 風 を 知 り 得 た で あ ろ う こ と が 推 測 さ れ る 。 こ の 問 題 に 関 し て は 今 後 の 課 題 と さ せ て 頂 き た い 。 ︿キ ー ワ ー ド ﹀ 道 元 、 詮 慧 、 経 豪 、 ﹃ 正 法 眼 蔵 ﹄ 、 ﹃正 法 眼 蔵 聞 抄 ﹄ (駒 沢 大 学 大 学 院 研 究 生 ) 181

参照

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