• 検索結果がありません。

南アジア研究 第21号 010書評・三瀬 利之「綾部恒雄(監修)、金基淑(編)『講座 世界の先住民族ファースト・ピープルズの現在 03 南アジア』」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "南アジア研究 第21号 010書評・三瀬 利之「綾部恒雄(監修)、金基淑(編)『講座 世界の先住民族ファースト・ピープルズの現在 03 南アジア』」"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ファースト・ピープルズの現在 03 南アジア』

東京:明石書店、2008年、352頁、4800円+税、ISBN: -4-7503-2745-X

三瀬利之

本書は、綾部恒雄監修の10巻シリーズ『世界の先住民族 ファースト・ ピープルズの現在』の南アジア編である。題目に含まれている「先住民族」 という概念や「ファースト・ピープルズ

fi rst peoples

」というやや聞き 慣れない用語選択の学術的・政治的問題は後述するとして、本シリーズの 基本的なコンセプトは、「人類文化の変化・発展と地球環境の荒廃の中で、 そのマイナス面のしわ寄せを最も苛酷にこうむっている」人々、「自らの 自由な意思や合意の確認がないまま」に国家に組み込まれ「少数民族」と 呼ばれている人々、とりわけ世界人口の4%を占める「先住少数民族と呼 ばれる多くの孤立的集団」(具体的に名前が挙がっているのはアイヌ、マ オリ、アボリジニ、新大陸の先住民、バスク、クルドなど)の今日の苦境 の現状報告と一般的な認知活動をつうじて、彼ら・彼女らの主体性の回復 や民族自決権の改善といった問題に間接的に寄与することが公刊の目的に ある。 第3巻の南アジア編で取りあげられている人々は、インドのラージボン シ、ナガ、サンタル、ビール、サハリア、ドゥーブラー、アーディ・ドラ ヴィダ、トダの8集団(いずれも州毎に「指定部族」あるいは「指定カー スト」に認定されている)、バングラデシュ人民共和国の少数民族チャクマ、 スリランカ民主社会主義共和国の先住民ウェッダー、パキスタン・イスラー ム共和国の言語的・宗教的・民族的マイノリティであるブラーフイ、ヌー ルバフシー派、カラーシャ、そしてネパール王国の民族集団であるマガー ル、マジ、ボテ、チェパン、ネワールの計18集団である(登場順。なお 集団名の表記は本書に従った)。以上から明らかなように、実際の「先住」 民、まして当地において「最初の

fi rst

」と断定できるような人々は実は きわめて限られているが、これは南アジア編だけに見られる特徴ではない。 またブータン王国の少数民族やモルディヴ共和国の事例が抜け落ちている が、これは本シリーズが原則的に現地調査を行った研究者に執筆を依頼し ているためである。また南アジア圏と呼べるかどうかは別として、人類学 書 評

(2)

的にはきわめて興味深いインド領アンダマン諸島の先住民ネグリトへの言 及がどこかであって然るべきであったろうが、本書における対象集団の設 定に関しては欲をいえば切りがない。 本書の性格を一言で形容するならば論集的な民族事典、あるいは民族事 典的な論集であるといえる。インドに関しては冒頭に編者の金基淑による 解説「インド部族民の今日」があるが、基本的に当該集団の人口数、地理 的分布などの基礎的データに加えて、その起源や歴史、民族学的な特徴や 集団内部の区分、当該国家体制での位置づけ、そして近年の動向などが比 較的詳しく記述されている。全体として何かを主張しているものではなく、 対象集団は国別に分類され、どのテーマを掘りさげて深く記述するかは

14名の執筆者の関心によってそれぞれ異なっている。

インド編の各論としては、広い意味でのアイデンティティ・ポリティッ クスに力点を置いた論文と、彼らの今日の経済的困窮に力点を置いた論文 に大別される。前者の例としては、カースト制の周辺にいた西ベンガルの ボドないしコチ系の人々がカースト制の枠内へと積極的に参入していく過 程を扱った「ラージボンシ:トライブからカーストへ」(金基淑)、インド 北東部ナガ丘陵の諸集団に対する大雑把な他称であった「ナガ」が民族名 として実体化し政治化していく過程を詳細にたどった「ナガ:辺境におけ る民族アイデンティティの模索と闘争」(井上恭子)、インド東部のオース トロアジア語系サンタルの言語・宗教・社会構造・文化変容などの民族誌 的記述と国家権力への抵抗の歴史を描いた「サンタル:抑圧に抵抗してき た人々」(金)、インド西部・中西部に集住するビールの人々のアイデンティ ティが「状況的かつ関係的に構築される実相」をその内的多様性と周辺社 会との連続性において論じた「ビール:揺らぐアイデンティティの境界」(三 尾稔)、「原ドラヴィダ」と文字通り「先住性」を主張する南インドの不可 触民パライヤルの地位向上運動を中心に扱った「アーディ・ドラヴィダ: 実体化された不可触民カースト」(杉本良男)、そして人口規模が小さいに もかかわらずその形質的・文化的特異性からキリスト教宣教師や人類学者 などに注目されてきたトダの歴史と近年の伝統保存の試みを紹介している 「トダ:外部からの視線」(杉本)がある。後者の例としては、さまざま国 家政策のもとで森林依存の生活から日雇い労働への依存を強め、文化的独 自性を失いつつあるマディヤプラデーシュ州のサハリアについての詳細な フィールド報告「サハリア:窮乏化する『後進的部族』」(岡橋秀典)、グジャ

(3)

ラート州およびその周辺に居住するドゥーブラーの植民地期の「ハーリー 制度」(アナヴィル・バラモンとの「債務奴隷」的な「パトロン・クライ アント」関係)とその解体、独立後の経済変化と開発のなかでの孤立を描 いた「ドゥーブラー:開発に取り残される平原部の部族民」(篠田隆)が ある。インドに関しては、「部族」が「部族」として自然発生的に自生し ているのではなく、国家政策や周辺社会との関係で実体化され、ある独特 の(しばしば抑圧的な)生活様式を実際に、あるいは実質的に強要されて いると捉える視点が基本認識として共有されているように思われる。よっ てイギリス植民地期の人口分類や部族政策、独立後の留保制度や開発政策、 植民地期の地位上昇運動や独立後の分離主義運動などにみられる結社や協 会による中間エリート層の政治運動、あるいは周囲のヒンドゥー教徒との 関係や改宗の問題などがおおむね共通のファクターとして重視されている。 留保制度が重要な意味をもっているインドの事例とある意味で対照的な のが実質的に「少数民族」政策が行われていないムスリム国家のパキスタ ンとバングラデシュの事例である。パキスタンでは、イスラームによる国 家統合を国是としてきたため諸民族の自立性は認められず、何らかの配慮 がなされるべきマイノリティといえば、長らくキリスト教徒やヒンドゥー 教徒など宗教的少数派であったからである。なおかつ人口規模で半数に迫 るパンジャービー語話者(「パンジャービー民族」)や、分離独立期の移民 である「ムハージル」が政府や軍の要職を握り、ウルドゥー語が国語とし て特権的な地位にある。本書に登場するパキスタンの3集団は、こうした 支配的な民族・宗派・言語から差別をうけてきた人々の現状を描いている。 例えば「ブラーフイ:パキスタンのドラヴィダ語話者たち」(村山和之) では、ドラヴィダ語族の最西端として位置づけられるブラーフイ語話者 (「バローチ民族・ブラーフイ族」)の社会組織や「名誉や恥辱」に関する 倫理観、それらがもたらす経済的周辺化の実情を扱っている。また「ヌー ルバフシー派:バルティスターンの宗教マイノリティ」(子島進)は、イ ンドとの北部国境近辺の農村社会に暮らす神秘主義教団の末裔たちが、 シーア派・スンナ派双方からの都市的文化を基盤にした知的な改宗運動に さらされてきた様を描いている。「カラーシャ:ヒンドゥークシュの谷間 に生きる『異教徒たち』」(丸山純)も、アレキサンダーの末裔神話が残る パキスタン北部チトラル県南部の多神教信者の現在を、特にムスリムへの 改宗へのさまざまな圧力と、他方で近年顕著な海外からの支援金を当てに

(4)

した伝統文化の演出やアイデンティティの操作の現状を紹介している。 マイノリティへの一定の配慮がみられるパキスタンに対してそうした措 置がほとんど実質的に見られないのが、ベンガル人の国として分離独立し たバングラデシュである。「チャクマ:バングラデシュの知られざる少数 民族問題」(高田峰夫)では、ミャンマーと接するチッタゴン丘陵地域の、 先住民族ではないものの代表的な少数民族であるチャクマの事例から、「民 族問題」の存在すら認識されていない同国の少数民族の不遇な境遇を描い ている。問題の存在どころかその存在そのものが官庁統計からは消えてし まったスリランカの先住民ウェッダーの現状を扱っているのが、「ウェッ ダー:スリランカの先住民の実態と伝承」(鈴木正崇)である。そこでは 彼らの社会構造や民間信仰などの歴史的変化と、多数派民族シンハラとの 緩やかな差異のなかで生きてきた彼らの状況を描いている。 民族とカーストが連続的に把握されているヒンドゥー王国のネパールに ついては、大雑把にいって、支配層ではないものの一定の人口規模と社会 的影響力をもつ先住系民族と、人口数も少なく経済的な困窮化にさらさて いる少数民族が取りあげられている。前者の例として、グルカ兵や近年の マオイスト人民軍の主要な構成民族であったマガールの内的多様性と、近 年の社会改革運動の実態を扱った「マガール:仏教への集団改宗をめざす 先住民」(南真木人)、土着の商業民としての勢力拡大と支配者との軋轢の 歴史、その過程でのカースト制の流用や、支配者による土着のクマリ(ア ジマ)信仰の取りこみの経緯などを扱った「ネワール:民族移動と文化的 アイデンティティをめぐって」(和智綏子)がある。後者の例として、河 川での「渡し守」としての既得権を享受してきたマジとボテの、国土の近 代化に伴う零細化の実情を扱った「マジとボテ:『川の民』と呼ばれる先 住民」(南)、「ネパール先住民連合」で「極度に周辺化された民族」の一 つに指定されたチェパンの自他認識と開発政策をめぐる問題を論じた 「チェパン:後進性をめぐる問い」(橘健一)がある。ネパールのいずれの 論文でも、1990年の民主化以降の「民族運動」の活性化が重要なテーマ として言及されている。 さて、地域もテーマも多岐にわたるこのような論集を学術的に査定する ことは、評者の力量を超えている。評者自身、植民地期インドの国勢調査 を研究し、メガラヤ州の指定部族カーシー(

Khasi

)の現地調査を行った ことがある。よってインド北東部を中心とするインド全般、また訪問経験

(5)

があるネパール、パキスタン北部、チッタゴン丘陵地域では若干の土地勘 も働く。しかし知識の多寡や好みに偏りがあることも告白せねばなるまい。 評価すべき点の当然ありうべき見落としについては、ご容赦願いたい次第 である。また個別の事例の細部については、随所にきわめて興味深い点、 逆に幾つか学術的に問題があると感じられる点(特に植民地期の『……の 部族とカースト』シリーズを連想させるようなややステレオタイプ化され た民族誌的記述や、外部からの影響に起因する社会変化や文化変容をその 内実が地域や時代に応じて異なるはずにもかかわらず、単に「ヒンドゥー 化」等々とマジョリティー側の名称を冠して一括してしまうことの分析的 問題など)の双方あったように思われたが、紙幅の都合もあり、その個別 判断は専門的な研究者の評価に委ねることにしたい。ここでは全般的な論 点だけをコメントするに留める。 まず、これは編者や執筆者の責任ではないが、本のタイトルと内容の齟 齬については指摘しておかねばならないだろう。編者の金が「解説」で述 べるように、「アーディヴァーシー(原住民)」と呼ばれているインドの部 族民の多くが実際には当地での先住民ではないことを筆頭に、先住性の問 題は各国の記述の随所にあらわれる。よって本書は、南アジアの「先住少 数民族」の現在を必ずしも語っているものではない。そもそも冒頭でも述 べたように、ある土地の集団的な占有に関する「後・先」を確定すること の学術的な困難さや、「先住性」や「先住権」という概念そのものが持つ 政治性と反動性については、本シリーズの他の編者(特にイスラエル・パ レスチナ問題を抱える第4巻の中東編や第6巻のヨーロッパ編)において 強く認識されている。「ファースト・ピープルズ」というジュリアン・バー ジャーの造語をやや安直に拡大解釈して用いた監修者の概念の混乱が、シ リーズ全般での対象集団の選択に波及しているようである。結果的に、危 機に瀕する「先住民」「少数民族」以外の社会集団が多数含まれ、当初の、 そして全体的な問題意識が拡散してしまった感は否めない(なお概説的な 説明という点では、『世界民族事典』(弘文堂、

2000年)に寄稿された「南

アジア」および各国の事情に関する、簡潔かつ目配りの利いた記述が参考 になる)。 本書を一つの論集としてみれば、南アジア研究の文脈においては、「部 族民」「少数民族」の現在について日本語の研究書が公刊されたことは一 定の評価が与えられて然るべきであろう。とりわけそれらを国家との関係

(6)

において捉える視点や、集団の内的多様性や流動性の問題への留意がみら れたことは積極的に評価できる。本書では、集団内の氏族・親族組織、母 語集団、地縁結合、そして植民地期以降生じている階級的な区分が注目さ れていたが、今後、世代間関係、都市・農村格差、ジェンダー区分、ある いは個々人の経験といったことへの議論が深まることが期待される(本書 では指定部族や少数民族の女性の人権問題への言及がほぼ皆無であった)。 同時に、チッタゴン丘陵地域の事例が示すように、しばしば辺境の国境地 帯に居住する少数民族の問題が「潜在的な国際紛争」になっている点や、 居住地に埋蔵していることが多い天然資源の所有権の問題もある。「少数 民族問題」の解決が、主権や自決権の段階的な譲渡といった形だけでは簡 単にいかない理由がある。そこでは国内政治の問題だけでなく、経済・外 交・軍事戦略の見地からも「少数民族」の現在を読み解く必要があろう。 もちろん、そもそも外部の研究者がマイノリティ集団を敢えて「分節化」 することの意味の多面性には常に自覚的であるべきだが、本書がこれらの 点においてもきわめて示唆に富む論集であることはいうまでもない。 みせとしゆき ●国立民族学博物館外来研究員

参照

関連したドキュメント

 仮定2.癌の進行が信頼を持ってモニターできる

必要な食物を購入したり,寺院の現金を村民や他

第?部 東南アジアの環境法 第6章 インドネシアの 環境法と行政制度.

評価員:評価基準案の項目に挙がっている全体という表現は、他業務の評価基準案の表現と統一

はじめに 第一節 研究の背景 第二節 研究の目的・意義 第二章 介護業界の特徴及び先行研究 第一節 介護業界の特徴

ビジネス研究科、言文センターの事例を紹介している。いずれも、普段なかなか知

南山学園(南山大学)の元理事・監事で,現 在も複数の学校法人の役員を努める山本勇

大学設置基準の大綱化以来,大学における教育 研究水準の維持向上のため,各大学の自己点検評