南アジア研究 第29号 018書評・安念 真衣子「名和克郎(編)『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相―言説政治・社会実践・生活世界―』」
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(2) 書評. 名和克郎(編) 『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相. 言説政治・社会実践・生活世界. 』. 第1章と第2章は本書全体に通じる「包摂」の背景、すなわちネパー ルという国家が国内に住む多様な人びとをどのように捉えてきたかを明 らかにする。第1章「近現代ネパールにおける国家による人々の範疇化 とその論理の変遷」 (名和克郎)は、憲法の条文に記された出自に基づく 範疇化( 「民族」 「カースト」など)に注目し、近現代ネパール国家にお る人びとの範疇化を明らかにする。2007年暫定憲法で「包摂」の語は国 家規定の主要原則の一つとして明示され、多様な集団範疇が列記された。 2015年憲法では現実の政治的な交渉を反映して、集団範疇が細分化され る傾向を含みながらその方針は引き継がれている。 国家による集団範疇の捉え方を国勢調査の歴史から考察したのが第2 章「ネパールの「カースト/民族」人口と「母語」人口 国勢調査と時 代」 (石井溥)である。ここでは国勢調査の「カースト/民族」の項目と 言語(母語)人口の変遷を具体的な数字とともに検討する。そしてこれ らの項目が増加し単位が細分化している一方で、一部の大人口グループ では「安定性」があり細分化されずに維持されていることを論じる。 第3章から第6章は、従来中心的に扱われてきたカースト、民族、地 域に基づく集団範疇に注目する。第3章「国家的変動への下からの接 続 カドギのカースト表象の展開から」 (中川加奈子)は、肉売りをカー スト役割としてきたネワールのカドギが、固定的なカースト枠組みとし てではなく、日常的な交渉から自身の帰属範疇を捉え返していくさまを 提示する。カースト差別への異議申し立てから始まった運動のなかで、 国家の変化に応じて彼ら自身が自らを「ダリットではなく先住民であ る」と主張し、ダリット・リストから離脱して「先住民」として国家に包 摂されることに転じていく展開を明らかにする。 第4章「ガンダルバをめぐる排除/包摂 楽師カースト・ガイネから 出稼ぎ者ラフレへ」 (森本泉)では、楽器を携えて村々を渡ってきた楽師 カーストのガンダルバを取り上げる。彼らは1980年代にトゥーリズム現 象に接合され、生業の一部を文化として商品化してきた。1990年代には 「伝統音楽家」としての評価を獲得すると共に、 「不可触民」としての扱 いの不当性を強調し権利主張の糸口にもしてきた。さらにグローバル経 済に接合した兄弟が海外に定住して新たな社会空間を生きる例も示され る。彼らは移住先社会に包摂されることでネパールの「ミドルクラス」 になっている。ガンダルバはネパール社会に定位されるのではなく、よ 245.
(3) 南アジア研究第29号(2017年). り良い関係を求めて国境を超えて移動することで包摂されている。 第5章「ネパール先住民チェパン社会における「実利的民主化」と新 たな分断 包摂型開発、キリスト教入信、商店経営参入の経験」 (橘健 一)は、チェパンの山村社会の社会変化と民主化がいかに進行している かを考察する。チェパンはネパール国内で「後進的」民族として扱われ、 開発プロジェクトやキリスト教の布教の対象とされてきた。それらが チェパンの人びとから受け入れられた要因について、橘は、既存の権力 を批判的に表象する構造的批判言説に即しながら、権力が収奪してきた 実利を平等に是正しようとする民主化の論理によって支えられてきたと 分析する。一方でこうした社会変化に対応できない人びとを生みだし、 ローカルなレベルにおける排除が起きている一例を示す。 第6章「何に包摂されるのか? ポスト紛争期のネパールにおけるマ デシとタルーの民族自治要求運動をめぐって」 (藤倉達郎)では、タライ (ネパール平野部)で、北インド系諸語を話す人びとの総称であるマデシ と、タライに住む民族タルーがおこなってきた民族自治州要求運動取り 上げ、連邦制の構築をめぐる争いを論じる。連邦制の州分割と州名称は、 紛争後ネパールの重要な政治争点であった。包摂的国家と自己規定する ネパールがいかに州の境界を定めるか、その基準が紛糾する点であった。 結果的にジャナジャーティやマデシ運動家の要求は反映されず、民族や 地域アイデンティティに基づかない7州で憲法制定に至った。藤倉はこ うした問題に対する、タライ地域の人びととカトマンドゥ盆地の人びと のあいだにある言説や感覚の違いを描き出す。 第7章以下は従来の枠組みとは異なる角度で範疇を捉える。第7章と 第8章は「女性」を対象とする。第7章「そこに「女」はいたか ネパー ル民主化の道程の一断面」 (佐藤斉華)では、ネパールの「民主化」過程 における女性の関わりを、言説空間で女性がどう語り/語られてきたか という点から検討する。女性をめぐる言説は、開発の対象、暴力の被害 者、権利/変革の主体として変遷してきたが、基本的には「ネパール女 性」を一括りに展開した。つまり「丘陵高カースト女性による丘陵高 カースト女性」についての言説であった。様ざまな集団範疇が細分化し つつ「包摂」を要求する一方で、多様であるはずの女性らは「女性」とい う範疇に括られ、なかでも「ジャナジャーティ女性」は、主流女性運動に おいてもジャナジャーティ運動においても周縁化されてきたことを論じ 246.
(4) 書評. 名和克郎(編) 『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相. 言説政治・社会実践・生活世界. 』. る。 第8章「テーマ・コミュニティにおける「排除」の経験と「包摂」への 取り組み 人身売買サバイバーの当事者団体を事例に」 (田中雅子)は、 人身売買の被害に遭ったサバイバー女性たちが結成する当事者団体シャ クティ・サムハに注目する。そして、構成員の共通の関心事や帰属意識 に基づく結びつきに依拠するテーマ・コミュニティの人びとの、排除の 経験と包摂の取り組みを検討する。田中はサバイバーが経験した家族や 村の社会活動からの排除、市民権証の取得や団体登録の困難という点で の国家からの排除、不十分な就労機会という民間セクターからの排除の 経験と、国家、市民社会、国際社会からの承認を求める当事者団体の活 動とその成果を具体的に示す。 第9章「ストリート・チルドレンの「包摂」とローカルな実践 ネ パール、カトマンドゥの事例から」 (高田洋平)は、カトマンドゥのスト リートで暮らす子どもたちの生き様を描く。高田は、ストリート・チル ドレンが福祉的な支援対象としてばかり注目されて「子どもの声」が代 弁される傾向に批判の目を向けて、彼らの日常実践を記述する。ここに は、空間の意味の読み替えや偶然の機会を仕事に換えながら生活の基盤 を築き、ときに実害を被りながらも日々「なんとかやっていく」子ども たちの姿が現れる。彼らは「女性」や「サバイバー」と同様に対象化され る傾向にあるが、しかし同時に子どもたちは他者に代弁され、自ら集団 として「包摂」を声高に唱えることなく、ただ生活するための戦術を駆 使しているという相違がみえる。 第10章と第11章は「宗教」 、特にキリスト教のプロテスタントとチベッ ト仏教を扱う。第10章「乱立する統括団体と非/合理的な参与 ネパー ルのプロテスタントの間で観察された団結に向けた取り組み」 (丹羽 充)は、草の根の教会と統括団体の関わりを検討する。プロテスタント は、 「生まれながら」ではなく個々人の「選択」が帰属を成立させるとい う特徴をもつ。そのため、従来の範疇を横断して広がるプロテスタント では、既存の固い地縁や血縁を欠くことになり、内部で団結する必要が あった。そして信徒たちは統括団体を立ち上げてきたが、団体の乱立や 団体間での争いも生んだ。丹羽は、一般信徒が利益に与るために複数の 団体に参与することで結果的に利益の生成自体を阻害するという皮肉な 事態を起こしていること、しかし同時にプロテスタント間の緩やかな紐 247.
(5) 南アジア研究第29号(2017年). 帯を維持する役割を果たしていることを分析する。 第11章「 「包摂」の政治とチベット仏教の資源性 ヒマラヤ仏教徒の 文化実践と社会運動をめぐって」 (別所裕介)では、対外的に「仏教」を 主要な文化資源として活用してきたネパールで、 「仏教をめぐる政治」 の進展が国内のチベット仏教徒諸集団といかなる位置関係にあるかを論 じる。社会運動と僧院での文化実践を通してチベット仏教徒諸集団の内 的区分と成立を整理し、チベット難民社会と「ヒマラヤ仏教徒」として 自己規定するネパールの高地住民の双方を、 「チベット仏教徒」として 一元的に捉えられないことを示す。 第12章と第13章は「海外移住」に注目する。第12章「移住労働が内包 する社会的包摂」 (南真木人)では、移住労働者の送り出しシステムの形 成過程を在村仲介者の役割に着目して記述し、主な移住先である中東や マレーシアでの移住労働者の生活実態を明らかにする。移住労働はネ パールの若者にとってライフ・イベントになり、帰還した労働者や携帯 電話を通じた現役移住労働者からの情報やネットワークで人びとが移住 労働へ進出している。国境を超える移住労働は、ネパールの若者を世界 経済に搾取されたような形で包摂するとともに、国籍とパスポートとい う近代の道具の代替不可能性と帰属を発見させ、新たなネパール人社会 に包摂される主体とする契機になっていると考察する。 本書の随所に記される海外移住の例が国内から移出する人に注目する のに対して、第13章「多重市民権をめぐる交渉と市民権の再構成 在外 ネパール人協会の「ネパール市民権の継続」運動」 (上杉妙子)は、海外 移住した人びとを中心とする在外ネパール人協会を取り上げ、 「ネパー ル市民権の継続」運動がもたらしたネパール市民権の再考を論じる。こ の運動は多重国籍/市民権の法制化を目指す運動であり、これを通じて 一部の移出民は経済的権利を得た一方、居住ネパール市民と同等の政治 的権利は得られなかった。上杉は運動を通じた「ネパール人」の再定義 と政治的経済的な国境線の問い直しによる、市民権体制とその概念の再 構築を検討する。 上記の章がネパールの「包摂」の諸相を提示するのに対して、第14章 「現代ブータンのデモクラシーにみる宗教と王権 一元的なアイデン ティティへの排他的な帰属へ向けて」 (宮本万里)は、同じヒマラヤ南麗 の国家であるブータンの「包摂」の状況を、 「民主化」を事例に示す。 248.
(6) 書評. 名和克郎(編) 『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相. 言説政治・社会実践・生活世界. 』. 2007年以降の民主立憲君主制の特徴を、国会、王権、仏教界の役割の変 遷に注目して整理し、民主化が人びとの暮らしや政治意識、公共空間の 形成にもたらす影響について論じる。民主化は国民の政治参加を促し、 新政府および国会への王権の権限委譲を国際社会に示す一方で、国会議 員の要件に大学卒業資格を設定し、宗教者を政治領域から排除するなど の限定をおこなうものであった。さらにブータンでは公の政治領域にお いて民族的、言語的、地域的な差異の強調を避けることが求められ、ネ パールの政治状況とは対照を示すと考察する。 以上、本書の概要を示した。これを踏まえて筆者が興味深く感じた二 点を付言したい。第一に、 「包摂」的な社会と中間組織の存在についてで ある。本書は諸相というタイトルが示す通り、 「包摂」というキーワード に緩やかに連なる多元的なトピックを通して、 「包摂」をめぐる多様な 現象を描出した。これは、 「包摂」の対象設定の危うさと限界を示すこと になった。さらに、ネパールという国家が目指す「包摂」的な社会と、様 ざまな中間組織が目指す「包摂」には、単なる政治的要求に留まらない 相違がみられ、何にいかに包摂されることを願うかは重層的であった。 従来の枠組みを切り崩して地縁や血縁によらない諸集団をも取り上げ、 ネパールにおける「包摂」状況の複雑さを明らかにしたこと自体が本書 の成果である。しかしそのうえで、 「包摂」的な社会とは何か、あるいは、 ネパール社会にとってそれはどうあるべきかについては議論の余地が 残っているように思われた。併せて、諸範疇を表象する組織それ自体に 接合していない人びとの声を「包摂」の対象としていかに取り上げてい くか、今後の更なる研究を期待したい。 第二に民族誌的な面白さについてである。本書はいずれの章にも、著 者自身の体験や意図せずとも現場に巻き込まれていった臨場感が滲みで ている。これは各著者が本書に記された内容に留まらず、これまでに人 びととの長期的な関係構築と詳細な研究をしてきたことに由縁するのだ ろう。政治的経済的な制度変遷や「包摂」をめぐる法的議論のみならず、 著者と対話するフィールドの人びとの様相が随所に窺える。これにより、 「包摂」をめぐる議論が人びとの生活世界に位置づけられ、ネパールの 個々人がもつ「包摂」に対する関心の温度が示されているように感じた。 上記のように、本書はまさに今ネパールで何が問題となっているのか 249.
(7) 南アジア研究第29号(2017年). を多角的に知るうえで読み応えのある良書である。ネパールおよびヒマ ラヤ地域の政治、社会、文化動態を表す一書として広く読まれることを 期待する。 あんねん まいこ ●日本学術振興会/国立民族学博物館. 250.
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