• 検索結果がありません。

パーリ学仏教文化学 (24) - 005藏本 龍介「僧院は誰のものか : ミャンマー上座仏教における財の所有」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "パーリ学仏教文化学 (24) - 005藏本 龍介「僧院は誰のものか : ミャンマー上座仏教における財の所有」"

Copied!
24
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

[ems(]

re

tsSkl

ea

me

di

5

cD

h>

l-

ic

tz

-7 --LlliE・illStw

ez

ts

}t

6

fU`OEilits

ma

zts

gg

fi

Whose

Monastery

Is

It?:

The

Ownership

of

Goods

in

Myanmar

Theravada

Buddhism

Kuramoto,

Ryosuke

How

should

Theravada

monks

deal

with

geods?

That

is

one of

their

most

important

problems.

This

study aims

to

investigate

the

Vinaya

[monk's

rulel

with regard

to

the

owr}ership of

goods,

especially

in

the

monastery.

Previeus

studies

have

examined

the

V;maya

Pitaka

[The

Book

of

the

Discipline]

through a

philological

approach, such as

Hirakawa

[1960,

1964]

and

Sato

[1963],

among others;

however,

it

is

difficult

to understand the rules

about

goods

without considering the monk's real

life.

Therefbre,

in

this

paper

I

adopt an anthropological approach

in

the

context of the monks'

interpretation

and administration of the

Vinaya

rules

in

their

lives,

taking

Myanmar

as an

example.

The

fbllovving

two

documents

are used

in

this

papeg

that

is

[1]

the

commentaries on

the

Vinaya

by

the

Myanmar

scholar monks and

[2]

the

law

reports ofthe religious court ofMyanmar.

Chapter

2

considers

the

rule of

the

Vinaya

with regard to

the

ownership and

distribution

of

goods.

The

most

fundamental

factors

that

define

the

process

thatthe

goods

go

through are

[1]

to

whom

donators

donate;

that

is,

"individual monk" or "Sangha" = "paramattha sangha" whieh

is

one of a

Triad

of

Gems

and

[2]

what

they

donate;

that

is,

"lahu

bharpqa"

light

goods

or "garu

bhai)da"

heavy

goods.

The

ownership ofthe

goods

is

splitup

into

"puggalika"

belonging

to a single

person,

"sammulthi-bhUta sanghika"

belonging

to

the

monks who stay on site, "drZma-ttha

sanghika"

belonging

to the monks of the monastery)

"catuddisa

(2)

26

パ ーリ学 仏 教 文 化 学

monastery 伽 m  all 

directions

 

Chapter

 

3

 

investigates

 monastery  ownership  who  can  exercise  what  

kind

 of

legal

 righ 重s and  the various  ownership  

pattems

 and  

the

 

legal

 rights of monks

in

 each  of  

the

 

fbllowing

ll

‘‘

puggalika

” or ‘‘

ga

箪a sanghika ”

belonging

 

to

 

the

group

 monks

2

“蜘

ddisa

 sanghik ゴ’ ,{

3

‘ ら

hpaya

bain

” [

Mya

  ar]

belonging

to 

Buddha

4

‘‘

gihin

−santak

belongi

g

 to 

lay

 

people

 

In

 conclusion

1

 compare  

the

 

Myanmar

 case  with 

the

 

previous

 

philological

studies  and  note  

the

 

differences

. 

The

 most  

distinguished

 

difference

 

is

 

in

 the

understand 量ng of 

the

 classifications  of 

Sangha

 and  

I

 maintain  that 

these

classificat 量ons  arise as a consequence  of needs  to 

define

 the ownership  of the

goods

 that the monks  receive  

from

 

donators

KeywordS

Myanmar

 

Theravada

 

Buddhism

, 

Vinaya

, ownership , monastery

1

 

仏 教 の 比丘

に とっ て, 財 と どの よ うに

わ れ ばい い のか とい う

題は,

家 生

を送 る上で の 大

題で あ る。

 

様々 なモ ノ やカネ は, 人 間が最 も執

しや す い もの の ・一 で あ る。 上座 仏

で は, 「

」 や 「

の もの 」 に

す る

執 着

こ そ が ,

自分 自身

しめ る

因で あ る と説 く。 し た が っ て 上

仏 教が 目指 すの は ,執 蒼か ら離れ るこ と, つ ま り 「

」 で あ り, それに よっ て得 られる心 の

で ある。 し か しその 一 は人 間が 生 きて い た め に は もちろ んの こ 何 らか の 活 動 を行 うため に必 要 不 可 欠 な 手 段で あ る。 そ れ は出 家 生 活 も例 外で は な い 現 実の出 家生活は,

院に

ま り, 袈

そ の

他様

々 なモ ノ な しに は成 り立 た ない

 

したが っ て 仏 道 修 行 に身を投 じた比丘 に求め られ るの は 財 に執 着す る こ と な く,を獲

し,使用 す る こ とで あ る。 しか しな が ら, 一 見 し て ア ク ロ バ ィ ッ ク な こ の

法は, どの よ うに

実行

す る こ とがで き る の だ ろ うか。 つ ま り

は, どの よ うに財 を獲

し,使 用す れ ばい い の だ ろ う か。

 

こ の 問 題 に

して , 具

的な指

を 示 して い るのが

律 (

Vinaya )

(1) 。 律 とは,

 

出 家 者の 生活 規

  儀

礼の や り方や

出家者

として

団生

を送

(3)

      僧 院は誰の もの か      27 る上で の

か ら

る, い わ ば比丘 が

るべ きル ー あ る 。 こ うし た

の諸

目は , 現 実の 出家生 活に根 ざ した形で制 定 さ れて お り, し た が っ て 財 との

わ り方につ い て も具

的 な

示が記されて い る。

 

こ う し た

規 定

を み る と, 財の 獲 得 に

する原 則 は,

単 純

なもの で ある こ と が わか る。 す なわ ち,

 

自ら財 を獲 得 して はな ら ない

済 活

生産

活 動

を して はな らな い

 

は乞

に よっ て, つ ま り

社 会

か らの

援 (

に よっ て獲 得す る,

 

しか し布 施 を わ ざ と獲 得 しよ う と して は な ら ない , とい っ た もの で あ る。 あ く まで も在 家

発 的な

施に

依 拠

し て 財 を獲 得す る, とい うの が基

的なル ー あ る

 

こ れ に対 して

使 用

す る

則は

複雑

で あ る。 なぜな ら, あ る財を

が どの よ うに

使

用 して い い のか は , そ の

して

が どの よ うな

利 を 持っ て い る か , つ ま り 「所 有 」 とい う問 題 と密 接に 関 係 して い るか らで あ る。 そ れ で は

は,

丘 に

して ,

す る どの よ う な

権利

めて い る か。

本稿

で は こ の問

を,

々 な

で も

に,

僧 院

に焦 点を当て て

討 する。 な ぜ な ら

院 こ そが 出家生活の 土 台で あ り, 最も重 要 な財で ある とい えるか らで る。 つ ま り, 僧 院は誰の もの なの か。

が どの よ うな

権 利

を僧

に 対 して行

使

で きる の か。 そ して そ れ はな ぜ か 。 こ う した問

に関す る律 の規

を整理 す るこ とが

稿の 目的で あ る(2)。

 

そ れで は律 の 規 定 を どの よ うに検 討す るか。 先 行 研 究 に お い て は, 平 川

1999

2000

1960 >

2000 (

1964

や佐 藤

[1963]

な ど, 仏 教 学に よ る文

律蔵 研 究

蓄積

が あ る。 し か し

本稿

で は こ う し た

文 献学 的

な手 法 とは別 の切 り口か らこ の 問 題を

討 して み たい 。 そ れ は現 実の 出 家生活の現 場に お い て , 律の 規定 を検 討す る とい う方 法 で あ る。 財の 問題 な ど, 現 実 の 出家 生 活 に

直接 関

わ る

問題

は,

出家

生 活の

実 態

か ら

れて し ま う と, 現

しに くい こ とが

々 ある。 そ こで 本

稿

で は現 在で も

律 (

パ ー リ律

を も とに した

家 生

が み ら れ る ミャ ン マ ー を事 例 として , こ う した実 践 の 現 場 に お け る律の 解 釈 ・運 罵 の あ り方 を検 討 す る とい う方 法を とる。

 

本 稿 で 用 い る資 料 は, 以下の と お りで あ る。

(4)

 

28

      パ ーリ学 仏 教 文 化 学

1

ミ ャ ン マー の 学

に よ る律

 

ミャ ン マ ーで 用い られて い る律 は, タ イ やス リラ ン カな ど, 他の 上

仏 教 徒 社 会 と同 じ く, パ ー リ律 お よびその 註 釈

復 註

あ る 。 た だ し本 稿で は こ れ らの

文献

直接 参

照 するの で はな く, ミャ ン マ ー

学僧

た ち

解 説 を参 照 する。 本 稿 で重 要 なの は, 文 献 学 的 な正 し さで はな く, ミャ ン マ ーの 丘 たちの

解釈

だ か らで あ る。

 

も ち ろん, 比 丘 た ち の

律 解 釈

の遵

守 度

多様

で あ る。 し か しミャ ン マ ーに は種々 の試 験で問わ れ る よ う な , 正統 的 ・規 範 的な

典 解 釈が 存 在す る。 解 釈や

守 度の 多 様 性は, それ 自体 興

深い

題で あ る が,

本稿

で は こ う した正

的 ・規

的な解

確認

す る こ とを

先す る。

具体

的に は, 現 地 で

ら く

照さ れて お り, 定 評の あ る

律解 説書

を用い た。 ま た その

内容

に つ い て は,

律 護 持 師 (

Vinaya

−vidrt

資 格 を もつ 長 老

ts

−一一・確 認を とり, 筆 者 の 独 断を排す る よ うに心 が けた (3)。

2

) 宗 教裁判

 

もう

1

つ の資 料 は宗教 裁 判 の 判 例で あ り, この 判 例

資料

を用い る とい う点 が , 本 稿 の 大 き な

特徴

で ある。 ミ ャ ン マ ー に お ける

制 度

は,

国家

サ ン ガ組

(4)の 成立 に合 わ せ て,

1980

に は じ まっ た。 そ の

徴 は, 比丘 に

す る問

は,

世 俗

で は な く,

に依 拠 して判 決 を 下 す とい う点に あ る(5>。

宗教裁

判で

われ る

内容

は,

 

所 有

権 (

に僧 院の 土 地 ・

物 )

を め ぐ る , 比 丘

1

司士, あ るい は比 丘 と

在 家者

間の

viva (

tadhikara4a

と,

 

丘 の

律 違反 (

anuvAdEdhikaral a

大 別 される が , 実 際の 審 議で は前 者 の 所 有 権

い が圧

的に多い

審議

数の

8

割)

〈fi)。 した が っ て こ う し た判 例は , 僧 院に対す る諸 権 利に関す る律の 規 定 を, 現実 の事 例 に即 して

討 し うる貴 重な資 料で あ る   もっ と も , ミ ャ ン マ ー に お い て は判 例 集が ま とまっ た形で 公 刊 さ れ て い る わ けで は ない 。 そ の た め,筆 者が参 照で きた判 例 も ,非 常 に限 定 さ れ た もの で あ る。 こ の よ う な限 界は あ るが,

い い くっ か の判 例に つ い て は詳

を知

(5)

      僧 院は誰の もの か        29 る こ と がで き たの で , そ の 内

分析

す るこ とに よっ て,

僧 院

所 有形態

に っ い てわ か る こ と を整理 し て み たい 。

 

に,

本稿

構 成

につ い て

べ て お く。 次の

第 2 章

で は ,資 料

 

を用い て , 在

家者

か ら

丘 に

布施

さ れ た

々 な

が, どの よ うに分 配さ れ, 誰の も の に な る の か , とい う問

す る律 の規 定 を整理 す る。 これを踏 ま えて

第 3 章

で は, 資 料

 

を用い て, 僧 院に対 す る権 利の

相 に つ い て

検 討

す る。 そ して 最

の 第

4

で は, 以 上の

論を ま と め た 上 で,律 蔵 の

献 学的 研 究 との 違い に

して , 若

考察

を行 う。

2

布 施

さ れ た

行 方

 

出 家生活を支 える

々 な

起 源は , すべ て

か らの

施に あ る。 そ れで は在 家

か ら比 丘 に布 施 さ れ た財は , どの よ うに分 配 さ れ ,

の もの に な るの か。

本章

で は,

僧 院

々 な財の所 有 ・分 配

の規 定 を

認 す る。

1

> 布

施 され た

方 を

規 定

する要 因 : 「

 

施さ れ た

が ,

の もの に な る か を

規 定

す る

基本 的

な要 因 は,

布 施

の対

象 (

と布施 の 内容

「何を」

で あ る。

 

, 在 家 者が 「 」 布 施 す る か, とい う問 題が あ る。 在

者が 比 丘 に対 して 布 施 す る と き, そ の 対 象 は大 別 して 「

puggala

」 と 「サ ン ガ

sahgha

」 の

2

種 類 に分か れ る。 「 」 に

施す る と は, た と えば 「〜

老に

施 しま す 」 な ど,

布 施

け手 と して具

体 的

丘 を

指 定

す る こ と を 意 味す る。 受 け手は複 数 人 で あっ て も構 わ ない 。 そ れ に 対 し て 「 」 に

施す る と は, 「 」 に対す る

施 の よ うに, 具

的な

け手を

定せ ずに, 「

し ま す 」 とい う

で, 「

とい う カ テ ゴ リー に布 施す る こ と を意 味す る(7)。

 

もち ろ ん, 「 」 に布 施す る た め に も, 受け手 と し て 具 体 的な比丘 が 必 要で る。 しか しその 比丘 を受 け手 と して 指 定せず, 信 仰の 対 象 と して

(6)

 

30

      パ ー学 仏 教 文 化 学 の 僧 宝 を思っ て布 施 す る とい う とこ ろ に ポ イ ン ト が あ る。 こ う した 「

す る

施は, 「

人1 に対す る布 施よ りも, 功 徳 が 大き い とされて い る(8)。

 次

に,

在 家者

が比丘 に対 して 「

を」

施す る か , とい う

問題

が あ る。

施の

は, 「

軽物 (

1aku

 

bhapda

」 と 「

重物 (

garu

 

bhanda

」 に大

さ れ る。

」 と は, 八 聖 資 具

三 衣

重 衣 ・上 衣

, 鉢,

, 針 と

刀 , 水 こ し

や, 草 履, 団扇, 敷 布, 洗 面 用 具, 文房 具な ど, 比丘 の 日用 品 や

消耗

品 を

す。 そ れ に

して 「重

」 とは,

不 動産 健 物

土 地

畑 )

具, 金 属 製の 大き な もの ,

・上 な ど, そ

り,き く重 い もの を指 す。

 

 

財の 行

(9)

巫 }

g9

1

k

      L       ほ      

匯塹ト

個 人 ug9 ・

1

k

・       鹽      ,       ,      .

亟 }

・ ガ所 有 伽 加

dd

・sa … gh… 図

1

  布施 され た財の行 方 につ い ての 模 式 図

 

1

は,

施 さ れた 財 が, 「

「個 人」

「サ ン ガ 」

, 「

「軽 物」

「重 物」

とい う要 因に よっ て , どの よ う な経 路を辿 り,誰の も の にな るの か を示 した 模 式 図で ある。 こ の 図に関して , 説 明 を加 えて い きた い 。

 

まず, 「個 人」 に対 し て な さ れ た布 施は, 「軽 物 」 ・「重 物」 ともに , 布 施の

と して

定 さ れ た 「

複 数

の 「個 人 所

有 物 (

puggalika)

」 となる(ID)。 そ れに対 して , よ り複

なの が, 「 」 に

す る

布施

行 方

で あ る。 「 」 に 対す る布 施の 行 方 は, 布施 さ れ た 財 が 「

」 か 「重

」 か に よ っ て 異な る。

 

施 された財が 「軽 物 」 で ある場 合, 「軽 物 」 を共 同で 使 用 す るの は困

(7)

      僧 院は誰の もの か       

31

で ある ため分 配 して

最終

的には 「

人 所

有物

」 と す る必

が あ る。 そ れ で は どの よ うに

分 配

すれ ばい い の か 。 その

分 配

方 法は,

施 さ れ た場 所が , 僧 院の 「外」 か 「中」 か に よっ て 異な る。

 

の 「外

托 鉢

在 家者

招待

さ れ る な ど

で , 「 」 に

して

施 さ れ た

場 合

施 さ れ た 「

軽 物

」 は, 「その 場」(11)に い る比丘 た ち

= 「現 前

の もの , す な わ ち 「現

サ ン ガ所

有物 (

sammukhi −

bh

茸ta sanghika

と な り,彼 らの で分 配 して よい 。

 

一・方,僧 院の 「」 で , 「 」 に対 して 布 施 さ れた場 合, 布 施 さ れ た 「

」 は, 僧 院の 敷 地 内に い る比丘 た ち

= 「

僧 院

ガ 」

の もの , す な わ ち 「

僧 院

サ ン

有物 (

蕊r五mattha  sanghika

と な り ,

僧 院

の 「

」 で な さ れ た

施の よ う に , その

にい る比 丘 た ち

サ ン ガ

の間で

分配

して はな ら

僧院

敷 地

に い る比丘 たちの 間で 分 配 す る こ とになる(12)。

 

その 他, 「 」 に対 す る布 施 と して 「軽 物」 を受 け取っ た比丘 が, そ れ を 自分の 所 有 物 とする こ とが で き るに もか か わ らず, そ の よ うに せ ず, 行 く先々 で他の 比丘 た ちに知 らせ る とい う変 則 的 な

合が ある。 この場 合 は そ の 比丘 た ち

= 「行 く先々 ガ 」

に も分配 を 受 け る権利 が 生 じ る とい うこ とで 「行 く先々 の サ ン ガ所 有

物 (

gatagata

 sahghika

ば れ る

 

した律の

規定

提 と した,

介 し て お こ う。 あ る比丘 が 鉢 を必 要 と し て い る こ と を 知 っ た在 家 者 が,僧 院へ

施 し き た 。 し か し

院の 「

施 を しな い で , そ の 比丘 を僧 院の 「 」 に連 れ 出 し, 周 りに他 の 丘 が い な い こ と を確 認 し, そ こ で 「 」 に

施 した 。 こ の 場 合, 布 施 さ れ た鉢 は 「現 前 」 の 間で 分 配す る こ と に な るが , そ の 場に は そ の

丘 しか い な い の で

果 的に その 丘 の 「個 人 所

有 物

と な る。 こ の よ うに 一 見 遠回 り み え 布 施 る が , 律に適 い , 比丘 も必 要な 鉢を入 手で き , か つ 布 施 者 の 功 徳 の 多い 布 施 し て称 賛 さ れて い る

U

Kumala

 

l998

103

]。 ま た, こ の 事 例 で は 「前 サ 」 は

1

人 の比 丘 に よっ て 構 成 されて い るこ とも確 認 し て お き た い 。 つ ま り受 け手 と して の 「

ン ガ」 や 「僧 院サ ン ガ 」 は

1

人 で も構わ ない 。

(8)

 32       パ ーリ学仏 教 文 化 学

 次

に, 「 」 に

して

僧 院

な どの 「重

」 が

施さ れ た

場合

にっ い て みて み よ う。 こ の

場 合

施 さ れ た 「

」 は, 「 」 の もの と な り,

分 配

して は な ら な い 「四 方サ ン ガ」 とは, その

僧 院

に四方か らやっ て き た , あ るい は こ れ か らや っ て くるすべ て の 比丘 た ち を

意味

する。 した がっ て 「四

サ ン ガ所

有物 (

cEtUddisa  sahghika

」 と

ばれ る。

 

こ の よ うに, 「サ ン ガ」 に対 して 布 施 さ れ た財 は, そ の 条 件 に よっ て , 「 前サ ン ガ」, 「

僧 院

サ ン ガ」, 「行 く先々 の 」, 「 」 の

所有物

と な り, 「

軽 物

」 に

して は

最終

的に

々人 に

分 配

さ れ る こ とに な る。 注

し たい の は , こ う し た 「サ ン ガ」 の 区

は,

け取っ た財を どの よ うに処 理す る か とい う

丘 の

の必

に よっ て

生 し て い る もの で

施の与 え手で あ る在 家 者 に は関 係な い とい うこ とで ある。 つ ま り在 家 者の 布 施の 対 象は僧 宝 とし て の 「サ ン ガ」 で あり, 「現 前 」 や 「四方サ ン ガ」 とい う区別 は ない 。

 

最後

に 「 」 につ い て の 注 記を して お く。 以 上 み て き た

に は, 「モ ノ 」 だ けで な く, 金

貨 幣

とい っ た 厂カ ネ 」 も

ま れ る。 た だ し 「カ ネ 」 の 場 合, 比丘 は直 接 関わ る こ とが で き ない す な わ ち律は比丘 に対 して , カ ネ に

れ る, カ ネ に言 及 す るな ど, カ ネ の 存 在を意 識 した言 動 を とる こ とを禁 じて い る (13)。 し か し現

と して , 「カ ネ 」 と関わ ら

に出 家生活 を

持 す るの は 困 難で あ る た め, 比丘 が 間 接 的に 「 ネ」 と関わ る方 法が, 「浄 法

kappa

」 とい う

め られて い る。 す な わ ち, 「

浄人

」 を

して 「カ ネ」 を取 り扱い , 「

」 に よっ 問 接 的 に 「カネ

及 し 用い る とい っ た 方 法で ある。 「カ ネ 」 の 場 合 は,直 接で はな く, 「浄 法 」 を

介 しな け ればな ら な い 点 が 「モ ノ 」 とは異な る とい え よ う。

3

の もの か

 

こ こ まで は, 在 家 者か ら布 施 さ れ た

々 な 財 が誰の もの に な る の か とい う 問題に っ い て , 一 般 的なル ール を確 認 した。 こ う した前

ま えて

本 章

で は,

宗教 裁

判の 判 例 を も と に,

院は誰の もの な の か , 誰が どの よ う な権 利

(9)

       僧院は誰の ものか               

33

僧 院

して

行使

で き るのか, とい う

問題

につ い て

検 討

す る。

前章

の ル ー ルを 参 照 す れば, 「重 物 」 で ある僧 院は, 「個 人 」 に布 施 さ れ れば 「

人 所 有

」 に , 「 」 に

施 さ れ れ ば 厂四

サ ン ガ

所 有物

」 に な る。 し か し

所 有 形 態 は よ り多 様 で ある。 以 下,事 例 に則 して み て い き たい 。 なお, 裁調の 概 要に つ い て は プ ラ イバ シー の

に配 慮 して, 匿名 お よび

し て あ る こ と を断っ て お く。

1

人 所

有物

: 「

puggalika

共 同 所 有

: 「

garpa

 santaka

 

1

は,僧 院が 比丘 の 個 人, もし くは共 同所 有 物で ある場 合で ある。 僧

人に

施 さ れ た

場 合

, その

僧 院

は 「

人 所

有 物

」 とな る。 「

所有物

」 とい う

態は,

文字通

り,

僧院

複 数

(2

人 ,

3

人な ど

丘 で共 同 所 有す る とい う もの で あ る。 こ う し た所 有

形態

は ミャ ン マ ーで は の で はない 。 正 確 な 統 計 デ ー わ か らな , ミャ ン マ ー 個 人 所 有

」 で あ る僧 院の 大多 数 (長 老た ちへ の 聞 き取 りに よ る と

7

8

が 「

有 物

」 となっ て い る

 

こ の よ うに

僧 院

所 有

が 一

般 的

で あ る の は, 比丘 は

遺 言

に よ る

遣 産

贈 与が で き な い こ とが 関 係 し て い る。 仮に, 僧 院 の所 有 者 で あ る比丘 が , そ の 僧 院を 生前 に誰に も託 さず に 死 去し た場 合, その 僧 院は 「mata  santaka saAghika

産に

由来

す る サ ン ガ

所 有物 )

ばれ,

自動

的に 「 方サ ン ガ所

有物

」 に な る。 こ う し た

態を避 け,

自分

子な ど

特定

の比 丘 に僧

を相

す るた め に,

子 との 共 同 所

にす る とい う方

が と られ る。 共 同所 有 に し て お けば, 自分 も所 有 権を失わず, ま た死 去 した ときに は 自動 的に共 同所 有 者 に相 続 さ れ るの で あ るα4)。

 

こ の ように僧 院が 「個 人 所 有

」 も し くは 「共 同所 有

」 で あ る場

,所 有 者 の判 断 に よ っ て , 自

に使 用お よ び処 分

貸与 ・

譲 渡

交換

・遺

な ど

す る こ とが で き る。

僧 院

と 「カ ネ 」 を

交換

す る とい う形で,

実質

的に

売却

す るこ と も

能で あ る。 こ う した

権利

は, た とえ比丘 が還

して も

維 持

さ れ る。 こ の よ うに 「人 所

」 も し くは 「共同所 有 物」 に対す る権

(10)

  34        パーリ学仏教 文化学 利の 内 実は, 在 家 者の 場 合 とほ と ん ど変わ らない とい っ て よい 。

  〉

経 緯

1

A

村の 村 人は, 村 にあっ た

A 僧 院

の 建

を新 し く建て

して,

A 長

 

に布 施 した。 その

村長

は トタ ン屋

を 「 サ ン ガ」 に

施 し た〔15)。

2

コ30 年

ほ ど

1983 年

A

健 康

したの で, 別の

僧 院

B

長 老

 

が,

子 の

C

A

僧 院

に送 り, こ の 比丘

C

A

の 世 話 を しな が ら  

A

僧 院で過 ご し た。

[3 ] 1987 年

A 長

老が サ ン ガ

病 院

治 療

して い た と き, 

A

長 老

の も とに,

 

B 長

老 と,

D 長老

まっ て ,

分た ち の 僧

をお互 い に布 施 し あっ て,

 

3

有物 (

ti

 santaka

」 とす る契 約 書を

作 成

し た。 

A

長 老 は その

ま も  な く死 去。 [

4

] 比丘

C

は, 自分の 知 ら な い 内に

A 僧 院

が 「

3

人 所

」 と な っ て い た

 

こ とが

不 満

。 そ して

A 僧 院

は 「

有物

」 で あ り, その 管 理 権 は

  A 僧 院

に居 住 して い る

分 にあ る と主 張して 裁 判へ 判 決

i

] A

僧 院が

A

長 老 に どの よ うに

さ れ た かは

明。 しか し

当時

 

が トタ ン屋 根 を わ ざわ ざ 「

施 して い る の で ,僧 院 本 体 は 「個

 

人 所

有物

」 と して

布 施

さ れ た と考 え られ る。 し た が っ て

A

僧 院は

A

長 老 の

 

個 人 所 有

」 だ っ た と

判 断

で き る

2

] 契 約 書が あ るの で

A

僧 院

A

長 老, 

B

長 老 

D

長 老の 「

3

人所 有 物」 と な り,

A

老が死 去 した た め , 現

B

D

の 「

2

人 所 有 物 」 である。

2

四方サ ンガ 所 有 物 :「catuddisa  sahghika

 

2

つ 目は , 僧

が 「 」 の もの , っ ま り 「方サ ン ガ所 有 物」 で あ る場 合で あ る。 僧 院が 「 」 に対 し て布 施さ れ た場 合や ,僧 院の 所 有

(11)

      僧 院は誰の ものか                

35

者 で あっ た比丘 が そ の

僧 院

を誰に も

さずに死

し た場

僧 院

は 「四方 サ ン ガ所 有

」 と な る。 それ で は 「

所 有 物

」 で ある

僧 院

し て,

が どの よ うな

権 利

行使

で き る の だ ろ うか。

 

僧 院

の所 有

は 「四方サ ン ガ」 に あ る。 先 述 し た よ うに 「 ガ」 と は, その

僧 院

に四方か らやっ て きた あるい は これか らや っ て くるす べ て の 丘 た ち を意 味す る。 注 意 し た い の は , こ の

定義

を みて も わ か る よ うに , 「れ か ら や

だ や っ て きて い な い 比丘 」 を も含む とい う点で, 「 」 と は実

的 な グル ー プで は な く, 僧 院 とい う

単位

に よっ て定 義 され る抽 象 的なカ テゴ リーで あ る とい うこ とで あ る。

 

つ ま り 「

所有物

」 は,

に 「

所 有物

」 の

延長

で は ない 。

院 に居 住 す る 比 丘 た ち は, 「個 人 所 有 物」 や 「共 同 所 有 物」 の よ うに僧 院 を 取 り扱 う こ とは で き な い 。

適 切 に用 い た り,

した りす る と

軽 罪 (

律 違

となる し, また,

僧 院

に居 住 して い るすべ ての 比 丘の

意が あ っ た と して も, 基

的に処

可 能で あ る   。

 

こ の よ うに

僧 院

が 「 」 の所

有物

で ある こ との

重要

な ポ イ ン ト は, 比 丘 の

自由

使

用や

分 を

めな い , とい う点に あ る。 こ の よ う な 「 方サ ン ガ」 とい う概 念は, 現 代で い う とこ ろの 「 」 とい う

念 と近い と 思 わ れ る。 周 知の とお り, 「

」 とは

法律

上 の人

意味

し,

自然

人 同

に,

利 ・

義務

の 主 体 とみ なされ る。 「法 人 」 が 法 律 に よ っ て権 利 能 力 を付 与 されて い る の と同

に, 「 」 は律 に よっ て

利 能 力を付 与 さ れ た カ テ ゴ リーで あ る。 つ ま り, 僧 院が 「 」 の もの で あ る とい うの は

に お い て 僧 院が 「宗 教 法 」 の もの で あ る とい うの と 同 じで あ る。

 

し た が っ て 「宗 教 法 人 にお い て 対 外 的に 「法人 を代

的 に は 「法 人 」 の 所 有 物 で あ る財 産を管 理す る管 理 者を必 要 とす るの と同 じ く, 「 所 有 物 」 に も, そ れ を管理 す る管理者を必 要 と す る。 そ れ で は こ う した僧 院の 管 理 者 は, どの よ うな権 限を もっ て い るの か。 以下の 判 例を みて み よ う。

(12)

 

36

       パ ー学 仏 教 文 化 学

事 例

  〉

1

A

村の

A

の住

A

は,

気 にな っ たの で,他の 僧 院で仏 典

 

の勉 強を して い た弟 子の比丘

B

を呼 び寄せ,

分の 「個 人 所 有 物 」 で ある

 

重 物 ・

物 を口頭で

施 し た。

[2 ] A 長

老の

の 比 丘

M

出家

前 の子

供 )

は , 以前は

A 長

老 と と も

 

A 僧 院

んで い た が ,

A

と仲が悪 く,

8

年 前に村か ら少 し離 れた

 

とこ ろにある僧 院に移 動 した。 しか し

A

長 老が 亡 くな る

3

日前に,

A

長 老

 

が 入

して い る

病 院

へ や っ て きて

A 僧 院

世話

自分

せ て

しい と

 頼

む。 これ に

して

A

長老

い た と

M

は主

3

A

に は,

子の 比丘

B

と, 孫の比丘

M

が 一 こ とになっ た。

 

しか し同居 を始めて か ら

3

年 後 に, どち らが

A

僧 院 を所 有 す るか をめ ぐっ

 

て対 立。 その 際,

A

に あ る も う

1

つ の

僧 院

の住

で あ る

C

老が , 

A 僧

  院

は も と も と 「四方サ ン ガ所

有 物

」 で あ り,近

に住む

自分

理 すべ き

 

で あ る と主

。 三 つ 巴の

い と な る。 ・判 決

1

A

院は ,

当に 亡 くなっ た

A

老の 「

所 有物

」 で あ っ たの か

 

明。

に そ うで あっ た と して も,

子の比丘

B

施 し た とい う証 拠が な

 

に, 孫 の比丘

M

施 さ れ た とい う

拠 もない 。 し たが っ て

A

 

を 「mata  santaka  sanghika

」 と みな す。 つ ま り

院の 所 有 権 は 「   ガ」 に あ る。 そ こ で ,

A

僧 院の管理 権を問題 とす る。

[2

]住 職

C

A 僧

と全 く無 関 係。 自分 の僧 院を しっ か り管理 すべ き。

[3 ]孫

M

は,

A 僧 院

を 出て か ら

8

年 間,  

A

長 老 伏 し い た に

 

もか か わ らず, 死の

前 まで訪

し な かっ たの で,

A

僧 院

を き ち ん と引き

 

継 こ うとする意 思が ない とい っ て よい ま た ,

A 長

老の 「頷き も ,  

A

 

老 の明 確 な意思表 示 と捉 える こ とは

しい

4

A

僧 院

は 「四方サ ン ガ所 有

」 で あ り,

来で あ れ ばその

A

  僧

院 に く滞 在 して い た比丘 に委ね られ るべ 。 し か し

A

僧 院に は住 職

A

(13)

      僧 院は誰の もの か       

37

しか住 んで い なか っ た た め , 適 任

が い ない (17)。 た だ し現

をみ て み る と,

子の比丘

B

10

以 上で

学 に も

れて お り,

以 前

A

僧 院

に も住んで い た。 そ こで

子の 比丘

B

A

僧 院の管理権 を認め る。 孫の 比丘

M

は,

で あ る比 丘

B

の許 可が あ れ ば

A

に居 住で き る が , 共 住で きる状 態で は ない た め, 即 刻

A

僧 院

か ら退 去 する こ と。

 

これ を み る とわか る よ うに, 「 四 方サ ン ガ

所 有 物

使 用

は ,

可が あっ て

め て

能に な る。 も ち ろん ,

は あ く まで も

で あ る た め ,

使

用や処 分 につ い て は先 述 した よ うな制 限が あ る し, また, 後 継 の管 理

を任 命 する権 利 も ない しか ン ガ」 を代

して

僧 院

を管 理 す る管 理 者の 権 限が大 きい もの で あ る こ とは .上 記の事 例 を み て も わ か る だ ろ う。 したが っ て ,僧 院に対す る

利 を め ぐ る

い は, まずは

僧 院

の 所

有権

, そ れ が

め られ ない な らばせ め て

僧 院

獲 得

したい とい う

で展

す る こ とが 多い 。 こ の よ うな所 有 権 と管理権 の 分 離が , 「 四方サ ン ガ所 有 物」 に関 する

権利

態で ある。

   

そ の

の所

有形 態

 

次に み る

2

っ の

事 例

は, 所 有 者が

 

ッ ダ あ るい は

 

在 家

で ある 場 合で あ る。

 

ブッ ダ

パ ゴ ダ ・

仏像)所有物

:「

hpaya

bain

 

こ れ は ,

僧 院

の 土地が 「

釈 尊

」 の もの で あ る とい う場 合で ある。 「 」 が 土地を所 有 する とい うの は一 見,奇 妙 に 思わ れる か も し れ な い こ こ で い う 「 」 とは, 「 」 の 聖

遺物

な ど を

め た 「パ ゴダ

仏塔 )

」 や , 「ブッ ダ」 の

姿形

し た 厂

仏像

」 を

す  。 こ う し た パ ゴ

仏像

丘 と並ぶ 主

施 の

対象

で あ り, した が っ て 布 施 に よっ て 多 くの 財を所 有 して い るの で ある。

 

こ う し た パ ゴ 仏 像 に布 施 され た様々 な財は, す べ て 「 ッ ダ」 に帰 属

(14)

 

38

       パ ーリ学 仏 教文化学 す る。 し か し 「

ら は , こ う した 財 を

理 ・運用 で き ない 。 そ こで 「 ッ ダ」 の 代わ りに,

パ ゴ

仏 像

者 (

比丘 や在

家 者 )

が, こ う した財 を 管 理 ・運 用す る こ ととな る。 こ の よ うな所

有者

関係

は, 先に み た 「 所 有 物 」 と相 似 的で ある。 つ ま り 「 所 有

」 に おい て, 「 」 の代 わ りに僧

理 する

可 欠で あ る の と 同

に, 「 ダ 所

」 に も, 「ブッ ダ」 の

わ りにパ ゴダ や

仏像

を管理 す る管理 者が不 可欠で あ る。

 

以下の

例は, こ う した 「 ッ ダ所

有物

」 で あ る土 地の 上に あ る

院の 管 理

をめ ぐる裁 判で あ る。 下

で 示 した とお り, そ の 管 理

や強 固な もの で あ り, 土 地を

借用

して い る

僧 院

は,

許可

指導

も と あ る とが わ か る。

事例

  〉

経緯

[1 ] 1931 年

に,

く か ら ある

A

パ ゴ

隠者

ウ ー ・カ ン テ ィ (19)がやっ て き

 

て,

A

パ ゴ

の周 辺 に

ん で い た

A

に , 「

A

近 く

 て た い 」 と申し出る。

A

長 老 は許 可 し て仏 像 完 成。

[2 ] 1942 年

A 長

老 は

A

パ ゴ ダ を

理 す る 「

顧 問比

」 にな っ た。

 

そ こ で

子の比丘

B

仏像

理 を

せ る。

[3 コ1955 年

A 長

老 死 去。

子の 比丘

B

老 い たの で ,

仏像

の管理 を

 

委 託

す る。 そ の

その

は,

2

人の

丘に

仏像 管

理 を

委託

。 そ

 

2

人 の 比丘 は仏 像 の近 くに建 物 を建て て そ こ を僧

と して住 む よ うに な

 

る。 そ の 後その 僧 院を

C

長 老が 受け

ぐ。

4

仏 像 や僧 院の 管 理 をめ ぐっ て ,

C 長

老 と

A

パ ゴ ダの

委 員会

 対

立 が 生 じ る。 ・判 決

[1 コ A

パ ゴダの 土 地は, マ ニ ー ー ト に よ

さ れ た とか れ

 

が あ り, 「

所 有物

」 で あ る と認め ら れ る。

(15)

      僧 院は誰の もの か       39

2

仏 像 も

C

長 老 の 住ん で い る

僧 院

も,

A

パ ゴ の 土 地 にあ る以上 , 

A

 

管 理 委 員 会

理 すべ き もの 。

C

長 老は

A

パ ゴ ダ管 理 委 員 会の

 

な く

僧 院

に住 む こ と はで き ない 。

  在 家者所 有物

:「

gihin

santaka

 

最 後 は,僧 院を在 家 者 が所 有 して お り, 比丘 が そ れ を僣 用 して い る とい う形 態で あ る。 こ うした所

形 態が

能な の は, 「

」 の

施の 一

態 と して 「tava 

k

lika

時貸

とい う方 法が あ る こ とに

関係

して い る。 こ れ は, 所

有権

譲 渡

し ない が, 一 時 的に 「重

」 の

理 ・

使

を預 ける こ と を意

す る。 「

布 施 (

dana

」 とい う用 語に は 「所

有物

放棄

す る」 とい う含 意が あ り, そ の 意 味で は 「一

与」 の 布 施 と は語 義 矛 盾 の よ うに も聞こ え る が, ミャ ン マ ーで は

っ た

布施

の 一

手段

として

め られて い る こ う し た 「

tava

kalika

」 は,

通の

布施

と同

在 家者

か ら

丘 へ の

施だ けで な く, 比丘 同士 , あ る い は比丘 か ら在 家 者へ 行わ れ る場 合 も あ る。 そ して在 家 者か ら比丘 に僧 院が貸 与された場 合, その 所 有 権 は在 家

にある。

事例   〉

1

] ある在 家 者が

A

長 老 に僧 院を布 施 した。

A

長 老 の 死 後, 布 施 者の 子 ど

 

もが こ の僧 院土 地 と建

は 自分の もの で あ る と主 張。 これ に対 して

A

 

老 の

子 が僧 院の 所 有

を主 張 した た め 裁 判へ 。 ・

[1 ]

こ の

僧 院

は,

施 者が

A

に 「tava 

kalika

と して 一的 に

した

 

もの, つ ま り 「

gihin

 santaka 」 で あ るた め, 

A 長

老 の 死 去 に

い 所

権は

 

元の在 家

に戻っ た。 し た が っ て 現 在, 僧 院の 重 物 ・軽 物 所 有 権

 

在 家

に あ る(2° 。 そ れで は 「

t2va

 

kalika

」 の 布 施を受 けた場 合, そ の

僧 院

を どの よ うに

使

(16)

 

40

       パ ーリ学 仏教文化学 す るこ とが可 能 なの か。

与とい う意 味で は, 先 の 「 ッ ダ所 有

」 と

て い る。 しか し

僧 院

が 「

所有物

」 で あ る

合 は,

僧 院

に対す る 「ブッ ダ

パ ゴ ダ や仏 像

」 の

理者の

限が大 き く,管理者の意 に反 して 僧 院を使 用 する こ ’とは で き な い が, 「

tava

 

k

lika

一 時

された場 合は, 所

権 は ない た め処 分す るこ とはで きない が,

用 者が そ こ で 活 動す る限 りは ,僧

の 管 理 ・使 用 は 自

で あ る。 その 点を , 以下の

例で

確 認

して み よ う。

事 例

  〉

[1 ] A 僧 院

は も と も と

A 長

老の 「

所 有物

」 だ っ た が, その

B

長老

 

の 「

2

人所

有物 (

dur

 sntaka

にな る。

[2 ] 1978

年,

A 僧 院

の 土 地 の 一 部 をモ ゴ ッ ク瞑 想 セ ン

在 家 組 織

 

t2va

 

kalika

! と して 布 施 し た。 モ ゴ ッ ク瞑 想セ ン タ ー は そ 土 地

 

建て , 定期 的に

想 コ ー

開催

す る よ うに なっ た。

[3 ]

そ の

後 A 長

老は死 去 し た た め,

A 僧 院

B 長 老

の 「

有 物

」 と  な っ た。

4

その後

B

長 老 は還俗 し,

A

僧 院を 「tEva 

ktilikal

と し

C

長 老 布 施  た。 [

5

C

長 老は,

A

僧 院 内に あ るモ ゴ ッ ク瞑想セ ン タ ー

土 地

 

と建 物 の 管 理 権を主

して

へ 。

判 決

1

] 問 題の 土地 は, 当 時の 僧 院の所 有 者で あ る

A

長 老 と

B 長

老が, モ ゴ ッ

 

ク瞑想 セ ン タ ーに対 して 「

tava

 

k51ika

と し

契約書

が あ

 

る。 し た がっ て この 土 地 と, そ の 上に建て ら れて い る建 物 は, モ ゴ ッ ク瞑

 

想セ ン タ ー が活 動を

け る限 り, モ ゴ ッ ク瞑 想 セ ン タ ー に管 理 権が あ り

 

C

長老 は介入で き ない 。 こ の 事 例 は, 比 丘が在 家 組

に対 して ,

僧 院

の 土地の 一

を貸与 した とい

(17)

      僧 院は誰の もの か      

41

う記

が あ る た め ,

当該僧 院

の住

で さ え も その 土地 に

関与

で き な い とい

例で あ る。

に,

  〉

で み た よ うに,

し手 が

在 家者

で, 借 り手が 比 丘 で あ る場 合で も, 比丘 が僧

に住む 限り, 全面 的な管理 ・使 用が

め ら れ る。 しか し僧

を移 動 した り, 死 去 し た りする と, 僧 院は再 び在 家

の も の にな る。

 

以 上み て きた よ うに,

僧 院

の 所

形 態は多

で あ る。

僧 院

は 「

軽物

」 と

す ぐ

消費

さ れ て な くなる もの で はない こう した

僧 院

耐久性

が ,

の多

な所 有 形 態を 可能に し て い る と考 え られ る。 そ し て こ うし た 多 様 な 所 有形 態は, 裁 判 におい て

に則っ た もの として認め られ て い る。

4

結論

考 察

 

以上 ,

本稿

で は, ミャ ン マ ー に お け る

律の

を, 特に僧 院に注 目して 検 討して き た。 まず 第

2

章で は, 在 家 者か ら比丘 に布 施 さ れ た財が, 「

」, 「

施 さ れ た か に応 じて , 「

所有物

」, 「

サ ンガ所

有物

」, 「

僧 院

サ ン ガ所

有物

」, 「四 方サ ン ガ所

有物

」 とい う形に分か れ る こ とを確 認 し た。

く第

3

章で は,

僧 院

の 所

形 態に は, 「個 人

共 同

有物

」, 「 所 有

」 だ けで な く, 「 ダ所 有

」, 「在 家 者 所 有 物」 な ど, 多様な あ り方が あ るこ と, そ して そ れ ぞ れの所 有 形 態にお け る

内実

を明 らかに した。 こ こ で は

最 後

に, こ うした

検 討

か ら明 らかに な っ た い くつ か の ポ イン トの

仏 教 学

律 蔵研究

が 明 らかに した こ と との

い を ,以 下 に

3

点, 整 理 し て お きた い 。

  1

点 目は, 「 」 ・「現 前 サ ン ガ」 とはなにか, とい う問 題で ある。 仏 教 学 の律 蔵 研 究に お け る代 表 的な議 論を整理 す る と, 以下 の よ うに な る。

 

平 川 彰

平 川

2000

3

4

18

23 ]

 

」 :空 間 的に四方に 拡 大 し

間 的に

未来

大 した , 全

を 包        摂 し た サ ン ガ

 

」 :界

布 薩

に立 っ サ ン ガ ー地

域 的単 位

と しての サ ン ガ

(18)

 

42

       パ ーり学 仏 教 文 化 学

 

佐 藤 密 雄

佐 藤

1963

277

280

 

」 :三 帰の 対 象 と して の , 理

的な全

仏 教

サ ン ガ

 

」 :羯 磨 に よっ て結 合 す る生 活 共 同体

  森 章

森 2007

1

14]

 

」 :特

の界 にい る サ ン ガ

構 成

員+ 四 方 か ら や っ て く

        

る客

二 現 在あるい は未 来に羯 磨 を行い う るサ ン ガ

 

」 :.ヒ

の集 団が

ま さに

羯磨

を行っ て い る状 態

 

こ れに

し, ミャ ン マ ー

事例

か ら 以下 え る 。 ま

, 「

サ ン ガ とは, その 僧 院に四方か らや っ て き た , あるい は これ か らやっ て く る すべ て の

丘 た ち を意

す る。 つ ま り,

僧 院

とい う

終着

点に よっ て 定 義 さ れ る, 「

当該僧 院

て の

た ち 」 を意

す るカ テ ゴ リ ーで ある。 そ の 意 味で , 「四方サ ン ガ」 を 「四

が る」 と

え て い る

川 ・

佐藤 説

と比 べ て, 「 らや っ て くる とい う

意 味

を主

す る

に お い て

森 説

に近 い 。 また, 本

稿

で は こ う した カ テ ゴ リ ー , 財の 所

主 体で あ る 「法 人 」 と い う

念に近 い とい うこ と を指 摘 した。

 

次 に 「現

サ ン ガ」 につ い て み て み よ う。 ミャ ン マ ー

事 例

か ら る の は, 「現 前 」 とは, 受け取 っ た布 施

tZ

を比丘 た ちの 間で ど の よ うに処 理 す るか とい

に際 して, 分 配 の 対 象 者

所 有 権 利 者

とし て その 都 度現 れて は消 えて い く瞬 間 的な まとま りに 過

ず, 継 続 的な集団で は な い とい うこ とで あ る。 .それ は先 行 研 究で は取 り上 げら れて い な い 「僧 院 ン ガ, 「行 く先 」 も同じで ある。 ま た,

藤 ・

で は , 羯

と の 関わ りが 指 摘 され て い る が , ミャ ン マ ー 事 例 , 「 J も 「現 前 」 も,財 に対す る

利,つ ま り所 有

に関す る概

で あ る こ と を今一 度強調 して お き たい 。

 

2

点 目は ,

僧 院

の所

有形 態

に つ い て で あ る。 た と えぼ

は,

僧 院

を は じ め とす る 「

」 は, すべ て 「

所 有

」 で あ る と主

して い る [平 川

2000

31

48

。 しか しミャ ン マ ー 事 例 , 比丘個 人は も ち ろ ん の

参照

関連したドキュメント

といったAMr*"""erⅣfg"'sDreα

[Publications] Masaaki Tsuchiya: "A Volterra type inregral equation related to the boundary value problem for diffusion equations"

"A matroid generalization of the stable matching polytope." International Conference on Integer Programming and Combinatorial Optimization (IPCO 2001). "An extension of

[r]

the materials imported from Japan into a beneficiary country and used there in the production of goods to be exported to Japan later: ("Donor-country content

"Kimetsu no Yaiba" infringing copyrights are recorded, during the one-year period from January to December of 2020. [Case 1] Smuggling of goods infringing

[r]

PLENUMS: For plenum-type structures which use a sealed underfloor space to circulate heated and/or cooled air throughout the structure, apply the dilution at the rate of